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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~13

なぜ米国債はグローバルな安全資産なのか*1
 
財務総合政策研究所 主任研究官 松岡 秀明
 
 
 
今月のPRI Open Campusでは、財務総合政策研究所に所属する研究者が行っている研究の内容を紹介します。近年、米国債の金利が他国の金利よりも安定して推移してきた背景として、米国の国内事情だけではなく、米国債がグローバルな安全資産として位置付けられてきたという事情があることが、多くの国際金融の専門家や実務家からも指摘されています。グローバルな安全資産とはどのような概念なのか、なぜ米国債がそのような資産として位置付けられてきたのかについて、「ファイナンス」の読者の方々にも関心を持っていただけるように、わかりやすく紹介します。
本稿では米国の長期金利として参照される米国債がグローバルな安全資産である背景を整理する。本稿では以下、1.グローバルな安全資産の基本的な特徴、2.グローバルな安全資産の決定要因の理論的な整理、3.米国債の安全性に関する実証研究の整理の順で説明をする。
 
 
1.グローバルな安全資産の基本的な特徴
1.1.基本的な性質:価値保蔵と流動性
プリンストン大学のブルネルマイヤー教授らの論文Brunnermeier et.al(2021、2022)によれば、安全資産には主に2つの特徴(i)市場ストレスがある時(例:世界金融危機など)でも価格が下がらない(価値保蔵)、(ii)高い流動性(いつでも米ドルなど信用力のある決済通貨に交換可能)があるとしている*2。すなわち、危機時に価格の値下がりなしで売却が可能で、資金を調達出来ることが特徴である。また、現IMFチーフエコノミストらが執筆したGourinchas and Jeanne(2012)によると、グローバルな安全資産の特徴の「価格の値下がりがない」ことについて具体的に、3つのリスク-デフォルトリスク、インフレリスク、為替リスク-がないとしている。いくつかの新興国・途上国では、頻繁に起こる対外債務の不履行、高インフレ、為替の大きな変動など自国経済が不安定で、金融システムが未成熟なため、自国ではグローバルな安全資産を作り出すことが困難である。Brunnermeier et.al(2021)によれば米国債、ドイツ国債、日本国債がグローバルな安全資産としての資格を持っていると述べている。
 
1.2.グローバル安全資産が必要な理由
米国債のうち外国人投資家の保有割合は2000年代以降、一貫して約2、3割(米国資金循環統計)を占めている。その中でも他の国にはない特徴として、新興国の外貨準備を通じた公的セクターの保有が太宗を占めている(図1-1 米国債の海外保有内訳(公的、民間))。World Bank(2021)が世界の中央銀行に外貨準備を持つ理由についてアンケート調査をしたところ、「将来の対外的なショックに備えた予備」が80%と最多であった(図1-2 世界の中央銀行が外貨準備を持つ主な理由)。そのため、危機の時に自国通貨安、債券安で大きな経済損失を防ぐために予め安全資産を保有する動機を持っている。さらに、実際に世界景気の先行きが危うい時(リスクオフの状況)には新興国・途上国の株や低格付け債券などリスク資産から米国債などの価格が安定した安全資産に資金が流れる(“安全への逃避”と呼ばれる)。
また諸外国の米国債保有は、米国の世界一の規模の経常収支赤字が密接に関連している。国際収支統計の経常収支と金融収支は定義上ほぼ裏表の関係になっている(この他に資本移転等収支と誤差脱漏がある)*3。米国の場合、貿易相手国が米国向け輸出で稼いだ外貨を米国の債券市場に投資をする傾向があり、米国にとっての主要輸入先である日本や中国は、1、2位の米国債保有国になっている。
 
1.3.安全資産需要の国債利回りへの影響
以上から米国債にはグローバルな安全資産としての需要が常に一定程度存在する。結果、この海外需要は米国債の利回りの押し下げ要因になっている。
米国の長期金利の決定の海外要因が注目され始めたのは、2005年当時の米連邦準備理事会(FRB)の議長と理事の一連のスピーチがきっかけである。Greenspan(2005)はFRBが政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利を引き上げ続けたにもかかわらず長期金利が上昇しなかったことを「謎(conundrum)」と言及し、その後、Bernanke(2005)が中国・アジア諸国と中東諸国などの原油輸出国の外貨準備を通じた米国債購入が長期金利押し下げ要因となっているという“世界貯蓄過剰(Global saving gluts)説”を唱えた。
 
 
2.グローバルな安全資産の決定要因
では米国債はなぜ日本やドイツの国債と比べて海外投資家からの安全資産としての需要が大きいのであろうか。He, Krishnamurthy and Milbradt(2019)は、米国債がグローバルな安全資産である背景として米国債供給量の「大きさ」があることを理論的に分析している。ただし、その「大きさ」は諸刃の剣であり、(1)「流動性」と同時に生じる(2)「借り換えリスク」とのバランスが必要である(図2-1 安全資産の決定要因)。
(1)「大きさ」と「流動性」
経済規模の小さな国の国債市場で平時に需要が旺盛であれば、すぐに供給量に達し、需給が逼迫、価格が上昇、利回りが低下しやすい。そのため、利回りを追求した場合、保有する魅力が薄れる。一方、米国のような大きな国債市場は世界中に投資家を生み出し高い流動性を作り出す。市場に厚みが生じ、価格が安定的になる(市場が大きいため、需要増により急激に価格上昇することがなく、利回りが急に大きく低下しない)。つまり、他の条件を一定とすれば比較的高い利回りを生み出す大きな国債市場の方が魅力的となる。
 
(2)「大きさ」と「借り換えリスク」
一方、グローバルに存在する安全資産の需要では満たせないほどの大きい債務残高となると、借り換えリスクが生じる。この場合、投資家は借り換えリスクの小さい国の国債市場(少数の投資家需要で十分な国債発行を満たせる)へと移る。
以上、(1)(2)から、グローバルな投資家は国の「絶対的な特徴」より、「相対的な特徴」を重視する。世界金融危機時のように「絶対的」に国の財政状況が悪化したとしても米国国債が他国の国債より、相対的に借り換えリスクが小さいのであれば安全への逃避が起こり米国債へ資金が流れる。
一方、「相対的な評価」はグローバルに存在する安全資産の需要に限りがある場合に、より重要になる。各国間の借り換えリスクに大きな違いがあった際には、投資家は他の投資家もリスクの小さい国債を買うと考え、追従し、借り換えリスクが大きい国から資金を引き上げる。
 
 
3.米国債の安全性に関する実証研究:近年の米国債の安全性の変化
以上、安全資産の特徴とその決定要因について整理した。本節では近年の米国債の安全性に関する実証研究を整理する。
3.1 米国債プレミアム縮小
国際金融市場で裁定取引が働いている場合、為替リスクをヘッジした他国の運用収益率と米国債の運用収益率は等しくなり、両者の差はゼロになる(カバー付き金利平価の成立)。一方、プラスのかい離が存在する場合、米国債が相対的に低い収益率にも関わらず運用されているという米国債プレミアムが存在していることを意味している。Du et al.(2018)は米国債と他国の国債の利回り関するカバー付き金利平価からのプラスの乖離を米国債プレミアムとして計算している(図3-1 5年物米国債プレミアム)。
2000年代に存在していた米国債プレミアムが近年ではドイツ国債、英国国債などについて縮小傾向にある。Du et al.(2018)は他国との財政スタンスの違いから、米国の国債供給量が他国と比べ増加、需給が緩み、金利の押し下げ幅、すなわち米国債プレミアムが小さくなっていると指摘している*4。*5
 
3.2 新型コロナ危機時における海外部門による米国債売却
2008年の世界金融危機、2011年の欧州債務危機の際は、安全資産とされる米国債へ資金が流れた(図3-2 海外投資家の米国債のネット売買高(海外公的部門と海外民間部門))。これらの動きは、価値の下がらない安全資産へと資金が流れる典型的な例であった(安全への逃避)。一方、2020年3月、新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大した際、海外投資家が米国債を大量に売却し、金利が上昇、これまでの危機に見られた安全への逃避は見られなかった。
米国債のネット売買を地域別でみると、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ロシア等の産油国の米国債の売り越し幅が大きい(図3-3 主要新興国の米国債のネット売買高)。これらの地域は、従来、原油輸出により得た外貨(準備)を米国債で運用しているが、2020年3、4月の新型コロナショック時は全世界的な経済活動の停止で原油需要が大幅に減少、原油価格が大暴落した*6。その結果、歳入を原油収入に大きく依存する産油国での緊急の資金確保のため、米国債が多く売却されたとみられる。また、Weiss(2022)や岡本(2020)、川澄、片岡(2020)によれば、海外民間投資家も手元資金需要が急激に増加し、特に、ミューチュアルファンド(投資信託)による解約増加に備えた手元資金確保のため米国債売りの動きが進んだ。特に償還期間が長い財務省中期証券(Treasury-Notes)と10年超の利付き長期国債(Treasury Bonds)が多く売られた(図3-4 海外民間投資家の米国債ネット売買高)。その結果、2020年3月中旬に米国債の金利は大幅に上昇した。
もっとも、その後、FRBの米国債の大量購入が中心的な役割を果たし長期金利は安定化した(Vissing-Jorgensen(2021))。また、米国債のネット売買は2020年後半には新型コロナ危機前のトレンドに戻っている。よって、新型コロナ危機時の海外部門による米国債売却は安全性を揺るがす構造的な変化ではなく、一時的な現象だったとの見方が多い(Weiss(2022)など)。
 
 
4.まとめと議論
本稿では、米国債がグローバルな安全資産である背景を探るために、安全資産の特徴やその決定要因について整理した。要約すると以下のようになる。
(1)安全資産とは、市場ストレスがある時でも価格が下がらない(価値保蔵)、高い流動性(いつでも米ドルなど信用力のある決済通貨に交換可能)を特徴とする。
 
(2)米国債がグローバルな安全資産である重要な要因には他国と比べた米国債供給量の「大きさ」がある。ただし、この大きさから生まれる「流動性」と同時に生じる「借り換えリスク」とのバランスをとる必要がある。
つまり、米国の安全資産の地位は(1)国債市場の大きさが他国より小さくならず、(2)米国債の借り換えリスクが他国と比べて小さい限り維持されるであろう。
米国の長期金利の決定要因は国内要因のみならず海外要因も大きく影響する。さらに、その海外要因として重要な米国の安全資産としての地位は他国との相対的な財政ポジション等も影響する。本稿を通じて、米国の長期金利の決まり方には様々な要因が絡み合い、他国の長期金利より複雑に決まっていることが分かる。
今後の注目点は、昨今の世界経済の情勢の変化によって海外投資家の構成が変わりつつあることである。2000年代は中国をはじめとして外貨準備を通じて公的セクターの保有が太宗を占めていたが、そのウエートは徐々に小さくなりつつあり、民間セクターの存在感が大きくなっている(図1-1)。こうした変化がどのような影響を及ぼすのか、引き続き理論と実証面から研究をしていく必要がある。
 
 
 
参考文献
・Bernanke, B. S. (2005). The Global Saving Glut and the U.S. Current Account Deficit, Speech 77, Board of Governors of the Federal Reserve System (U.S.).
https://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2005/200503102/
・Brunnermeier, M.K., S.A. Merkel, and Y. Sannikov. (2021). “A Safe-Asset Perspective for an Integrated Policy Framework.” In S. J. Davis, E. S. Robinson, and B. Yeung, eds. THE ASIAN MONETARY POLICY FORUM Insights for Central Banking. World Scientific Publishing Co. Pte. Ltd., World Scientific Book Chapters, chap. 8, pp. 302-332.
・—. (2022). “Debt as Safe Asset.” NBER Working Paper 29626, National Bureau of Economic Research.
・Du W., J. Im and J. Schreger (2018)“The U.S. Treasury Premium,”Journal of International Economics, vol.112, pp.167-181.
・Gourinchas, Pierre-Olivier and Jeanne, Olivier, (2012), Global safe assets, No. 399, BIS Working Papers, Bank for International Settlements.
https://www.bis.org/publ/work399.htm
・Greenspan, Alan. (2005). Federal Reserve Board’s Semiannual Monetary Policy Report to the Congress:Testimony Before the Committee on Banking, Housing, and Urban Affairs, U.S. Senate, February 16, 2005, Speech 59, Board of Governors of the Federal Reserve System (U.S.).
https://www.federalreserve.gov/boarddocs/hh/2005/july/testimony.htm
・He, Zhiguo, A. Krishnamurthy, and K. Milbradt (2019) “A Model of Safe Asset Determination.” American Economic Review, 109 (4):1230-62.
・Vissing-Jorgensen, Annette (2021). “The Treasury Market in Spring 2020 and the Response of the Federal Reserve,” Journal of Monetary Economics, vol. 124, 19-47.
・Weiss, Colin (2022) “Foreign Demand for U.S. Treasury Securities during the Pandemic,” FEDS Notes. Washington:Board of Governors of the Federal Reserve System, January 28, 2022.
https://doi.org/10.17016/2380-7172.3046
・World Bank. (2021). Central Bank Reserve Management Practices:Insights into Public Asset Management. Third RAMP Survey;. World Bank, Washington, DC. https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/36442
・岡本貴志(2020)「米国国債市場の不安定化とわが国国債市場への影響―新型コロナウイルス感染症の拡大と金融市場(1)―」日銀レビュー2020-J-9日本銀行2020年8月
https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2020/rev20j09.htm/
・川澄祐介、片岡雅彦(2020)「米国短期金融市場の不安定化とグローバルな波及―新型コロナウイルス感染症の拡大と金融市場(2)―」日銀レビュー2020-J-10日本銀行2020年8月。
https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2020/rev20j10.htm/
・小枝淳子(2021)「年限構成からみる国債管理政策」財務省財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』令和3年第3号(通巻第146号)
https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/fr_list8/r146/r146_08.pdf
・棚瀬順哉(2019)『国際収支の基礎・理論・諸問題-政策へのインプリケーションおよび為替レートとの関係』財経詳報社
 
 
 
プロフィール
財務総合政策研究所総務研究部財政経済計量分析室 主任研究官
松岡  秀明
日本経済研究センター、世界銀行を経て2021年4月より現職。詳細はHPの研究官等紹介をご参照ください。
https://www.mof.go.jp/pri/summary/cv/matsuoka.html
 
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html
 
*1) 本稿の内容や意見は全て筆者の個人的な見解であり、財務省および財務総合政策研究所の見解を示すものではない。本稿における誤りのすべては、筆者の責に帰すべきものである。
*2) ブルネルマイヤー教授らは、安全資産としてのこれらの特徴を“必要な時にそこにいる親友のようなものである”と例えている。
*3) 経常収支は貿易・サービス収支と所得収支、金融収支は金融資産と負債の受け支払いの項目(直接投資、証券投資、金融派生商品、その他投資、外貨準備)が含まれる。国際収支統計についての解説は棚瀬(2019)が丁寧に行っている。
*4) 国債供給と金利の関係についての分析は小枝(2021)を参照。
*5) フォワードプレミアムは予約レートと現在の為替レートの差。
*6) 2020年4月に5月の原油先物価格はマイナスを記録した。