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コラム 経済トレンド101

ライブエンタメ市場の現状と今後の展望
 
大臣官房総合政策課 調査員 楠原  雅人/胡桃澤  佳子
 
 
本稿では、ライブエンターテインメント(以下「ライブエンタメ」)市場の可能性について考察する。
 
ライブエンタメ市場の現状
近年、消費行動の傾向として、購入したモノやサービスからどのような経験・体験を得るかという「コト消費」だけでなく、その瞬間・場所・人でしか味わうことのできない価値を共有する「トキ消費」にも重きが置かれるようになってきている(図表1 今後、広がると考える消費潮流(n=1,500))。
ライブエンタメは、「トキ消費」の3要素である「非再現性」「参加性」「貢献性」をすべて満たすものであり(図表2 トキ消費の3要素とライブエンタメとの親和性)、こうした新しい消費潮流の中で、年々早いペースで拡大してきた。
新型コロナウイルス(以下「コロナ」)の感染が拡大する前の2019年には、ライブエンタメの市場規模は6,295億円となっており、この10年間で約2倍に拡大している。2020年以降、大きく落ち込んだものの、2023年には2019年の水準まで回復し、2025年には6,639億円となり、市場規模はコロナ前を超えて拡大していくことが予測されている(図表3 ライブエンタメ市場規模の推移)。
※なお、「ライブエンタメ」の正確な定義はないため、本稿では「音楽・演劇(ミュージカル、歌舞伎)などステージでのパフォーマンスをホールや劇場といった施設で行い観客を楽しませるもの」と定義することとする。
(注)図表3:推計にオンライン配信市場は含まない。2022年以降は、2022年3月までにイベント開催制限が完全撤廃され、政府の支援が2025年まで継続することを前提とした予測値。
(出所)博報堂生活総合研究所「研究タグ:トキ消費」に関するHP、ぴあ株式会社「ライブ・エンタテイメント市場規模の推移予測グラフデータ」(2022年6月15日)
 
ライブエンタメ市場の課題
しかし、ライブエンタメは、多くの人にとって身近なものにはなっていない。1年のうちに直接鑑賞したことがある文化芸術をみると、ライブエンタメは5位以降まで挙げられていない(図表4 直接鑑賞したことがある文化芸術(n=20,006))。文化芸術を直接鑑賞しなかった理由として「関心がなかったから」と回答した人が、コロナに関する理由を除き最も多く、さらに、会場が遠方であることや費用も理由として挙げられている(図表5 文化芸術を鑑賞しなかった理由(n=12,065))。
確かに、リアルライブのチケット価格は上昇傾向にあり(図表6 ライブエンタメの平均チケット価格の推定値推移)、公演の開催は東京、大阪、愛知などの人口規模が大きい都市に集中する傾向がある(図表7 都道府県別公演回数(2021年))。ライブエンタメに触れる機会が限られてしまうことで、「関心がない」層には勿論のこと、関心がある層にも十分に訴求できていない。ライブエンタメ市場のさらなる発展には「会場へのアクセス」「費用」といったボトルネックを解消すること、さらに「関心がない」層を取り込み、市場に参加する人を増やすことが重要であると考える。
ボトルネックを解消する手段のひとつとなりうるのが、オンライン配信である。コロナの感染拡大を契機として、それまでほとんどなかった有料型のオンライン配信という形態が定着した。鑑賞する場所が限定されず、価格設定も低いという手軽さから、市場規模も拡大傾向にある(図表8 オンライン配信の市場規模推移)。
(注)図表7:一般社団法人コンサートプロモーターズ協会(ACPC)が全国各地の正会員社を対象に行った調査をもとに作成。
(出所)文化庁「文化に関する世論調査報告書(令和3年度調査)」、ぴあ株式会社「ライブ・エンタテインメント白書」(2022年6月15日)より筆者推計、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会「2021年 基礎調査報告書」、ぴあ株式会社「チケット制有料オンラインライブ市場規模」(2022年6月15日)
 
ライブエンタメ市場におけるオンライン配信の有用性
オンライン配信は手軽である一方、「生のライブに行ってみたくなった」「臨場感がなかった」という感想が挙げられている(図表9 オンライン配信の感想(複数回答あり、n=201))。音楽ライブではVR(バーチャル・リアリティ)技術を使用した配信も行われており、VRゴーグルといった専用機器を用いれば、臨場感や没入感を感じることができるが、現状、ライブ映像を鑑賞できるだけにとどまっている。リアルライブと同じ状況で参加することはできないことから、オンライン配信は、まだリアルライブを完全に代替するものにはなれていないと言える。
ただ、オンライン配信のチケット価格は、リアルライブの半額程度に押さえられている(図表10 オンライン配信のチケット価格(2020年3月~8月期))。これまで関心があったものの、時間や場所、金額の制約を受けていた人々が購入しやすくなったことで、ライブエンタメへの心理的ハードルが下がったと言える。しかし、オンライン配信を行うことでボトルネックは解消できたものの、「関心がない」層にライブエンタメを訴求することまではできていない。
ライブエンタメの市場規模を今後も拡大していくためには、「関心がない」層を取り込み、オンライン配信ひいてはリアルライブへの参加者を増やすことが必要である。オンライン配信の中には、参加者の選択によってリアルタイムでストーリーが変わる演劇や、ラジオ局といった普段見ることのできない場所で上演される演劇等、オンラインならではの視点による作品が誕生している。チケット料金はリアルライブと同程度のものもあるが、斬新なアイディアから、「関心がない」層を呼び込むことに繋がっている(図表11 オンラインならではのライブエンタメの一例)。
(出所)株式会社クロス・マーケティング「有料オンラインライブに関する調査」(2020年11月19日)、ZAIKO「コロナ禍以降(2020年3月~8月期)におけるオンラインライブ配信に関するマーケット調査結果(ZAIKOユーザー対象)」(2020年9月16日)、DAZZLE・株式会社Meets・株式会社SCRAPの各HPより
 
ライブエンタメ市場の今後の展望
これまでリアルライブに参加してきた層は、コロナにおける行動制限やイベント開催制限といった消極的な理由でオンライン配信を使用しており、リアルライブへの参加意向が強いことから、併用しつつもオンライン配信へ軸足を移す人は少ないと考える(図表12 音楽リアルライブへの今後の参加意向(n=2,822)、13 オンライン配信での観劇に対する消極的な意見(アンケートのフリーコメント欄より抜粋。n=586))。また、オンライン配信でライブエンタメを初めて経験した層も、次の機会には臨場感を求めて、リアルライブへ参加しようとする可能性もある(図表9)。オンライン配信は、リアルライブへの参加を妨げるものではなく、逆に参加を促すことができるものと考える。
これまで劇場チケット収入が収益源だったライブエンタメ市場は、オンライン配信を実施することで、チケット収入だけでなく、ECでのグッズ販売や、配信時のネット広告によるスポンサー収入、配信収入といった新しい収益モデルに変わりつつある(図表14 オンライン配信による新しい収益モデルへ)。
オンライン配信を拡充させ、ライブエンタメに「関心がない」層を取り込み、リアルライブへの参加者を増やすことができれば、興行回数や興行場所を増やすことが検討されるだろう。結果として、より多くの人が、より多くの場所でライブエンタメを楽しむことができるようになる。オンライン配信を一層充実させることで、ライブエンタメ市場規模を、現状予測されている以上に拡大させることができるのではないだろうか(図表15 ライブエンタメの収入増加を生み出す好循環)。
(出所)株式会社SKIYAKI「音楽ライブ配信についての意識調査レポート」(2020年9月9日)、中本千晶「オンライン配信、そして『オンライン演劇』実際どう?演劇ファンの複雑な胸中」(2020年12月24日)、株式会社IMAGICA GROUP「(令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業『文化芸術収益力強化事業』)委託業務成果報告書」(2021年3月31日)
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。