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コラム 経済トレンド99

トルコのインフレと利下げ

大臣官房総合政策課 川原 竜馬/伊藤 恭平


本稿では、トルコ経済における現状と課題、同国の金融政策について考察する。

金融政策と経常収支
インフレの加速は世界的な現象だが、その中でもトルコは特にインフレが昂進している。各国がインフレ対応に利上げで動く中、トルコはインフレ対応に利下げを行うという独自の金融政策を取っている。物価が上昇する中でも中央銀行は2021年9月から4ヶ月連続の利下げを行い、政策金利を19%→14%とした(図表1 消費者物価上昇率および主要政策金利の推移)。トルコ中銀は「金利が低下すれば、資金調達コストが低下して、設備投資・雇用・輸出が増加し、経済の安定化によりインフレが抑制される」と説明するが、果たしてインフレは抑制できているのだろうか。本稿は同政策が与えた影響について以下考察を行う。
トルコの経常収支は長らく赤字の状態が続いているが、その主な要因はエネルギーの輸入である(図表2 経常収支の推移)。エネルギー資源に乏しいトルコは、その大半を輸入に依存してきた為である。
政府は、この問題を重要課題としており、近年は、再生可能エネルギーや原子力の導入によるエネルギー内製化を目指している(図表3 エネルギー供給源の割合)。その結果、再エネは年々増加傾向にある一方で、原子力については、2023年以降に初めて稼働を予定している原発を含め、計12基の建設計画に遅れが生じており、エネルギー内製化による経常収支改善の道程は厳しいものとなっている。
(出所)トルコ中央銀行、トルコ統計局、BP「Statistical Review of World Energy」

通貨安の影響
エネルギー内製化などの構造転換には時間を要するため、経常赤字は海外からの資金によってファイナンスされなければならない。海外からのファイナンスの内訳としては、直接投資や証券投資の割合が比較的高い。しかし、足元では証券投資の割合は大きく減少し、その他投資の割合が増加している(図表4 金融収支の推移)。直接投資や証券投資はその他投資と比べ中長期の資金を多く含み、その他投資は短期の資金を多く含むと考えられることから、足元では多くを一時的な借り入れでファイナンスしていることが分かる。
通常、経常赤字国が海外資金の獲得を目指すには、金融政策によって自国の金利水準を高めに設定することが多い。実際に足元では米国の利上げに対応する形で、新興国では利上げによる資金流出を防ごうとする動きが見られている。
一方でトルコは2021年9月からは利下げに転じている。利下げに踏み切ったことでトルコリラ安が加速し、インフレが進んでいる。トルコは中間材、資本財の多くを輸入に依存しており、トルコリラ安の進行は輸入品価格の高騰を引き起こし、消費者物価指数の伸びの加速をもたらしている(図表5 通貨安と消費者物価指数)。
また、トルコリラ安は不動産価格の高騰ももたらした。インフレ下で資産価値防衛に迫られた資金が不動産に流入した為である。5月の不動産価格指数は前年同月比2.5倍となっている(図表6 不動産価格指数の推移)。不動産価格の上昇は賃料の上昇につながり、インフレ率をさらに押し上げるというスパイラルが生じている。
(出所)トルコ中央銀行、Bloomberg、OECD

インフレと民間消費
こうしたインフレの加速によって、民間消費が抑制されている。
トルコの賃金・給与指数を見てみると、実質ベースの賃金・給与指数はインフレの加速を受けて増勢が鈍化していることが分かる。トルコ政府は最低賃金を大幅に引き上げるなどの対応を行っていることもあり、名目ベースの賃金・給与指数は増加しているが、足元の実質ベースではインフレの加速により、その効果も薄まりつつある(図表7 賃金・給与指数の推移)。
実質賃金の伸びの鈍化は実質消費を抑制し、GDPの6割を占める民間消費は4四半期ぶりの減少へ転じている(図表8 実質民間消費の推移)。
次に、輸出入を見てみると、民間消費をはじめとする内需の増勢が鈍化していることを反映して、輸入数量が伸び悩んでいることが分かる(図表9 貿易量指数の推移)。インフレが加速することによって、民間消費が抑制されて、経常収支の悪化が押しとどめられている状況にある。
経常赤字に歯止めがかからなければ、更に通貨安になり、その通貨安が更なる輸入インフレをもたらすという悪循環に陥る可能性がある。しかし、トルコではインフレが進み過ぎたことによって、実質消費が減少し、結果的に経常赤字の拡大に歯止めがかかった。
(出所)トルコ中央銀行、トルコ統計局

経常赤字国の教訓
インフレにより民間消費が減少することで、経常収支の改善がもたらされた訳だが、この状況を国民はどう捉えているのであろうか。消費者へのアンケート調査である消費者信頼感指数を見てみると、同指数は低下を続けており、消費者は景気の見通しを悲観していることが分かる(図表10 消費者信頼感指数)。
これまでトルコ経済は、豊富な労働力を背景に消費を中心に経済を拡大させてきた。人口構成を見てみると、生産年齢人口がそれ以外の従属人口の2倍以上ある状態であり、いわゆる人口ボーナス期にあるといえる。実際に、生産年齢人口が上昇する中で(図表11 生産年齢人口推移)、国内の消費は押し上げられ、GDPの拡大に寄与してきたが、足元ではインフレの加速によって、購買力の伸びは鈍化し、経済成長は減速している。
現在のところ、トルコの金融政策は、意図するようなトルコ経済の安定化やインフレ抑制を実現できていない。利下げは通貨安を引き起こしたが、通貨安は輸出の増加をもたらさなかった(図表9)。実質金利の引き下げが、国内の投資や生産を拡大させたとは言えなさそうである(図表12 実質金利と自然利子率)。
インフレ下で異例の利下げ政策を行ったトルコの経済政策は、我々に大きなインプリケーションを与えてくれそうだ。経常赤字国が低金利政策を続けた場合の重要なケーススタディと成り得るだろう。同政策の継続性も含めて、トルコ経済が今後どのような道程を辿っていくのか注目したい。
(出所)トルコ統計局、Bloomberg、トルコ中央銀行、国際連合「Department of Economic and Social Affairs」、Orhun Sevinç「Potential Growth in Turkey:Sources and Trends」
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。