評者 渡部 晶
北村 亘 編
現代官僚制の解剖~意識調査から見た省庁再編20年後の行政
有斐閣 2022年3月 定価 本体3,800円+税
最近、日本の国家公務員の在り方については、その受験者の減少や若手の退職者数の増加とともによく報じられるテーマとなってきた。日本経済新聞が、この8月に「崩れゆく国家公務員」というなんともいいようのない表題で連載を朝刊政治面で行っていた。
そのような中、本書は、6月25日付朝日新聞朝刊の読書欄で、「改革の道筋ただし再生策を探る」(犬塚元・法政大学教授執筆)と題して、嶋田博子・京都大学公共政策大学院教授の「職業としての官僚」(岩波書店)とともに、「いかに官僚制に有能な人を集めて、うまく機能させるかを考える導きとなる」著作として紹介されていた。
本書は、現在日本の官僚の選好を官僚に対するサーヴェイ調査から分析するものである。対象は、財務省、総務省、経済産業省、国土交通省、厚生労働省、文部科学省の6省の官僚に職場環境や業務に関する認識を尋ねている。
これに先行するものとしては、村松岐夫氏(当時京都大学法学部教授:行政学)が主導した、1971年、1985年、2001年と3回の行政エリート調査がある。その後、青木栄一氏を中心に2016年に行われた文部科学省幹部職員を対象としたサーヴェイ調査では、村松氏の調査とは異なる特徴が出ており、改めて調査が行われた。第10章で北村教授が「官僚意識調査の実施上での課題」で詳しく述べているが、近年この種の調査にはかなりの困難が生じていることがわかる。特に、現場の課長補佐クラスの意識調査は難しいとする。
日本政府の行政のキーワードの1つは、「EBPM」だが、「まず隗より始めよ」というように、行政学などの研究者が容易にアクセスできる調査を制度官庁がきちんと行っていくようなことが考えられないのか、国家公務員をめぐる上記のような問題解決のために、周智を集めようとするならば、真剣に検討すべき状況にある。
評者は、上記「行政エリート調査」をもとにした村松岐夫氏の『戦後日本の官僚制』(1981年)を1986年夏の官庁訪問のころに読んで、中央省庁に務めるものの考えというものはこういうことかと印象深く思った。入省後に出た村松氏の『日本の行政─活動型官僚制の変貌』(1994)も日本の役所の特徴である「大部屋主義」(最大動員)を鮮やかに分析したものとして大いに納得し、行政学の意義を認識した。
編者の北村亘氏は、現在大阪大学大学院法学研究科教授で、行政学、地方自治論を研究分野とする。北村教授の著作『政令指定都市』(2013年)は、本誌2013年9月号、『地方自治論』(共著 2017年)は本誌2018年4月号の本欄で紹介した。
本書の構成は、はじめに:官僚意識調査から見た日本の行政─2019年調査から見えてきた日本の行政の変容(北村亘)、第1章 省庁再編後の日本の官僚制─2019年調査のコンテクスト(北村亘・小林悠太広島大学大学院人間社会科学研究科助教))、第2章 政策選好で見る官僚・政治家・有権者の関係(曽我謙悟(京都大学大学院法学研究科教授))、第3章 官僚の目に映る「官邸主導」(伊藤正次(東京都立大学大学院法学政治学研究科教授))、第4章 政策実施と官僚の選好(本田哲也(金沢大学人間社会研究域法学系講師))、第5章 なぜデジタル化は進まないか─公務員の意識に注目して(砂原庸介(神戸大学大学院法学研究科教授))、第6章 2019年の中央官庁の自治観(北村亘)、第7章 官僚のパブリック・サービス・モチベーションと職務満足(柳至(立命館大学法学部准教授))、第8章 何が将来を悲観させるのか─リーダーシップ論からの接近(小林悠太)、第9章 官僚にワーク・ライフ・バランスをもたらすものは何か(青木栄一(東北大学大学院教育学研究科教授))、第10章 日本の官僚制はどこに向かうのか(北村亘)となっている。
第1章では、2000年代の統治機構の改革の概括的な振り返りと注目論点が指摘される。そのうえで、政治学における官僚制研究が停滞する一方、「組織としての官僚制」に関する研究は、経営学の知見や心理学アプローチの導入により大きく発展したという。「海外では官僚の選好や行動を探るための重要な学術ツールとしてだけではなく、人事政策を考えるうえでもサーヴェイ調査が重要な位置を占めている」という。さらに、本書の構成について紹介されている。
第2章では、有権者、政治家、官僚といった三者の関係を計量的に捉えようとした取り組みであるが、「そこから浮かび上がったのは、プリンシパル・エージェント関係の連鎖として現代の民主制を捉える教科書的な視点と実体のずれだあった。すなわち、有権者と政治家の距離は必ずしも近くなく、他方で有権者と官僚の距離は必ずしも遠くない」という。この点は、経済論壇などでよくみうける単純なプリンシパル・エージェント論にやや首をかしげていた身としては膝を打った。しかし、「政党の対立軸が基本的には国家権力志向の軸を中心としており、政治家と官僚の分析による第2軸、すなわちグローバル化への対応と財政運営といった対立軸では政党間の違いは大きくなく、省庁の違いがここでは現われることを再び想起しよう。(中略)政府の方向性を考えるうえで重要な争点において、官僚制がそれぞれの省庁の役割からも異なる立場を持っており、それを政策の実現において反映していることが重要なのである。これが専門性を備えた組織としての官僚制に期待されていると言える」という。この箇所の注(47頁の注16)において、「有権者からすると、国家権力を受け入れつつ社会的争点ではリベラルな態度をとるものなどもそれなりにいるわけだが、そうした立場を代弁する部分が、政治家と官僚には存在しないということでもある」とし、「これは主に政党政治の側が対応すべき問題だろう」としている点は目を引いた。
第3章では、首相官邸主導体制についてはそれを受け入れていることが析出されている。ただし、「官僚制の専門性と士気を保持するためには、人事における各府省の自律性を確保することが決定的に重要であるという官僚たちの『声なき声』が聞こえてくるようである」とする。そして、「政策形成において首相・内閣の主導性と官僚の専門性を両立させるモデル」の構築が依然として日本政治の課題であるとする。
第4章では、「政策実施に関して、経済社会に対する国家の関与を一定程度確保することは必要であるが、官僚自身が現状からさらに業務を引き受けることは難しいと考えている」と分析する。
第5章では、「効率性を重視しない意識や政府の外部組織との調整を重視する意識が情報通信技術への態度と関連していること」を明らかにした。「行政による手続き的正義の重視が情報通信技術の導入を遅らせる可能性を示唆している」という。
第6章は、「官僚たちは地方自治体をどのように見ているのか?」ということだが、パートナーとして地方自治体を見ているタイプ(厚労省)、規制対象として地方自治体を見ているタイプ(文科省、国交省)、そもそも無関心や依存していないという意味で地方自治体を分離して考えているタイプ(経産省、総務省)、徹底的に地方自治を敵対的な存在とすらみているタイプ(財務省)の4タイプを析出したという。「多数決民主主義的に迅速に中央政府で決定すべきことも増えていくかもしれないが、その際に政府内部で意見対立が発生して暗礁に乗り上げてしまう危険性もある」というのだ。
第7章は、調査回答者のパブリック・サービス・モチベーション(PSM)の平均値は高いのに対し、職務満足度の平均値は、PSMに比して低いことが明らかになったとする。やりがいを感じている人は、PSMが高い傾向がみられた。また、やりがいを感じ、ワーク・ライフ・バランスがとれ、府省庁幹部のヴィジョンが示されていると認識している人は、職務満足度が高いという傾向もみられたとする。
第8章では、巨額の財政赤字を抱える時代の行政リーダーのあり方が問われていると指摘する。そして、官僚制内部では国家財政の運営をめぐる亀裂が走っていて、組織の一体感が失われているということを意味するとの分析を示す。
第9章では、「金銭的な報酬で官僚の対応に報いることができないのであれば、官僚たちの自己成長欲をいかに刺激して満たしていくのかということが人事管理上の大きな課題になることがあらためて確認できた」という。また、「業務以外の家庭生活への配慮や睡眠時間の確保などのような一見業務に無関係な要素がワーク・ライフ・バランスを高めるということも指摘」され、「従来の『無限定・無定量の業務』をこなす官僚像からの訣別が求められている」とする。
第10章では、上記でも引用した各章の知見が整理されている。その上で、「2019年調査の分析から浮かび上がった現代日本の官僚像は、政府を取り巻く環境が激変する中で、必死に変わろうともがき苦しんでいる姿であった」とする。しかし、北村教授は、「雲の切れ間には光が見えている」として、社会的課題の解決案の作成や実施でのやりがいやおもしろさをいかにして刺激するのか、専門性向上のための成長の機会の確保、トップの活性化、新しいテクノロジーの導入を契機とした業務の見直し、人事統制のあり方の見直しなどをあげる。
日本の衰退が、コロナ禍の中、可視化されてきた現在、国家運営の質の向上は死活的なものになってきた。ぜひ、江湖に読まれてほしい1冊である。
北村 亘 編
現代官僚制の解剖~意識調査から見た省庁再編20年後の行政
有斐閣 2022年3月 定価 本体3,800円+税
最近、日本の国家公務員の在り方については、その受験者の減少や若手の退職者数の増加とともによく報じられるテーマとなってきた。日本経済新聞が、この8月に「崩れゆく国家公務員」というなんともいいようのない表題で連載を朝刊政治面で行っていた。
そのような中、本書は、6月25日付朝日新聞朝刊の読書欄で、「改革の道筋ただし再生策を探る」(犬塚元・法政大学教授執筆)と題して、嶋田博子・京都大学公共政策大学院教授の「職業としての官僚」(岩波書店)とともに、「いかに官僚制に有能な人を集めて、うまく機能させるかを考える導きとなる」著作として紹介されていた。
本書は、現在日本の官僚の選好を官僚に対するサーヴェイ調査から分析するものである。対象は、財務省、総務省、経済産業省、国土交通省、厚生労働省、文部科学省の6省の官僚に職場環境や業務に関する認識を尋ねている。
これに先行するものとしては、村松岐夫氏(当時京都大学法学部教授:行政学)が主導した、1971年、1985年、2001年と3回の行政エリート調査がある。その後、青木栄一氏を中心に2016年に行われた文部科学省幹部職員を対象としたサーヴェイ調査では、村松氏の調査とは異なる特徴が出ており、改めて調査が行われた。第10章で北村教授が「官僚意識調査の実施上での課題」で詳しく述べているが、近年この種の調査にはかなりの困難が生じていることがわかる。特に、現場の課長補佐クラスの意識調査は難しいとする。
日本政府の行政のキーワードの1つは、「EBPM」だが、「まず隗より始めよ」というように、行政学などの研究者が容易にアクセスできる調査を制度官庁がきちんと行っていくようなことが考えられないのか、国家公務員をめぐる上記のような問題解決のために、周智を集めようとするならば、真剣に検討すべき状況にある。
評者は、上記「行政エリート調査」をもとにした村松岐夫氏の『戦後日本の官僚制』(1981年)を1986年夏の官庁訪問のころに読んで、中央省庁に務めるものの考えというものはこういうことかと印象深く思った。入省後に出た村松氏の『日本の行政─活動型官僚制の変貌』(1994)も日本の役所の特徴である「大部屋主義」(最大動員)を鮮やかに分析したものとして大いに納得し、行政学の意義を認識した。
編者の北村亘氏は、現在大阪大学大学院法学研究科教授で、行政学、地方自治論を研究分野とする。北村教授の著作『政令指定都市』(2013年)は、本誌2013年9月号、『地方自治論』(共著 2017年)は本誌2018年4月号の本欄で紹介した。
本書の構成は、はじめに:官僚意識調査から見た日本の行政─2019年調査から見えてきた日本の行政の変容(北村亘)、第1章 省庁再編後の日本の官僚制─2019年調査のコンテクスト(北村亘・小林悠太広島大学大学院人間社会科学研究科助教))、第2章 政策選好で見る官僚・政治家・有権者の関係(曽我謙悟(京都大学大学院法学研究科教授))、第3章 官僚の目に映る「官邸主導」(伊藤正次(東京都立大学大学院法学政治学研究科教授))、第4章 政策実施と官僚の選好(本田哲也(金沢大学人間社会研究域法学系講師))、第5章 なぜデジタル化は進まないか─公務員の意識に注目して(砂原庸介(神戸大学大学院法学研究科教授))、第6章 2019年の中央官庁の自治観(北村亘)、第7章 官僚のパブリック・サービス・モチベーションと職務満足(柳至(立命館大学法学部准教授))、第8章 何が将来を悲観させるのか─リーダーシップ論からの接近(小林悠太)、第9章 官僚にワーク・ライフ・バランスをもたらすものは何か(青木栄一(東北大学大学院教育学研究科教授))、第10章 日本の官僚制はどこに向かうのか(北村亘)となっている。
第1章では、2000年代の統治機構の改革の概括的な振り返りと注目論点が指摘される。そのうえで、政治学における官僚制研究が停滞する一方、「組織としての官僚制」に関する研究は、経営学の知見や心理学アプローチの導入により大きく発展したという。「海外では官僚の選好や行動を探るための重要な学術ツールとしてだけではなく、人事政策を考えるうえでもサーヴェイ調査が重要な位置を占めている」という。さらに、本書の構成について紹介されている。
第2章では、有権者、政治家、官僚といった三者の関係を計量的に捉えようとした取り組みであるが、「そこから浮かび上がったのは、プリンシパル・エージェント関係の連鎖として現代の民主制を捉える教科書的な視点と実体のずれだあった。すなわち、有権者と政治家の距離は必ずしも近くなく、他方で有権者と官僚の距離は必ずしも遠くない」という。この点は、経済論壇などでよくみうける単純なプリンシパル・エージェント論にやや首をかしげていた身としては膝を打った。しかし、「政党の対立軸が基本的には国家権力志向の軸を中心としており、政治家と官僚の分析による第2軸、すなわちグローバル化への対応と財政運営といった対立軸では政党間の違いは大きくなく、省庁の違いがここでは現われることを再び想起しよう。(中略)政府の方向性を考えるうえで重要な争点において、官僚制がそれぞれの省庁の役割からも異なる立場を持っており、それを政策の実現において反映していることが重要なのである。これが専門性を備えた組織としての官僚制に期待されていると言える」という。この箇所の注(47頁の注16)において、「有権者からすると、国家権力を受け入れつつ社会的争点ではリベラルな態度をとるものなどもそれなりにいるわけだが、そうした立場を代弁する部分が、政治家と官僚には存在しないということでもある」とし、「これは主に政党政治の側が対応すべき問題だろう」としている点は目を引いた。
第3章では、首相官邸主導体制についてはそれを受け入れていることが析出されている。ただし、「官僚制の専門性と士気を保持するためには、人事における各府省の自律性を確保することが決定的に重要であるという官僚たちの『声なき声』が聞こえてくるようである」とする。そして、「政策形成において首相・内閣の主導性と官僚の専門性を両立させるモデル」の構築が依然として日本政治の課題であるとする。
第4章では、「政策実施に関して、経済社会に対する国家の関与を一定程度確保することは必要であるが、官僚自身が現状からさらに業務を引き受けることは難しいと考えている」と分析する。
第5章では、「効率性を重視しない意識や政府の外部組織との調整を重視する意識が情報通信技術への態度と関連していること」を明らかにした。「行政による手続き的正義の重視が情報通信技術の導入を遅らせる可能性を示唆している」という。
第6章は、「官僚たちは地方自治体をどのように見ているのか?」ということだが、パートナーとして地方自治体を見ているタイプ(厚労省)、規制対象として地方自治体を見ているタイプ(文科省、国交省)、そもそも無関心や依存していないという意味で地方自治体を分離して考えているタイプ(経産省、総務省)、徹底的に地方自治を敵対的な存在とすらみているタイプ(財務省)の4タイプを析出したという。「多数決民主主義的に迅速に中央政府で決定すべきことも増えていくかもしれないが、その際に政府内部で意見対立が発生して暗礁に乗り上げてしまう危険性もある」というのだ。
第7章は、調査回答者のパブリック・サービス・モチベーション(PSM)の平均値は高いのに対し、職務満足度の平均値は、PSMに比して低いことが明らかになったとする。やりがいを感じている人は、PSMが高い傾向がみられた。また、やりがいを感じ、ワーク・ライフ・バランスがとれ、府省庁幹部のヴィジョンが示されていると認識している人は、職務満足度が高いという傾向もみられたとする。
第8章では、巨額の財政赤字を抱える時代の行政リーダーのあり方が問われていると指摘する。そして、官僚制内部では国家財政の運営をめぐる亀裂が走っていて、組織の一体感が失われているということを意味するとの分析を示す。
第9章では、「金銭的な報酬で官僚の対応に報いることができないのであれば、官僚たちの自己成長欲をいかに刺激して満たしていくのかということが人事管理上の大きな課題になることがあらためて確認できた」という。また、「業務以外の家庭生活への配慮や睡眠時間の確保などのような一見業務に無関係な要素がワーク・ライフ・バランスを高めるということも指摘」され、「従来の『無限定・無定量の業務』をこなす官僚像からの訣別が求められている」とする。
第10章では、上記でも引用した各章の知見が整理されている。その上で、「2019年調査の分析から浮かび上がった現代日本の官僚像は、政府を取り巻く環境が激変する中で、必死に変わろうともがき苦しんでいる姿であった」とする。しかし、北村教授は、「雲の切れ間には光が見えている」として、社会的課題の解決案の作成や実施でのやりがいやおもしろさをいかにして刺激するのか、専門性向上のための成長の機会の確保、トップの活性化、新しいテクノロジーの導入を契機とした業務の見直し、人事統制のあり方の見直しなどをあげる。
日本の衰退が、コロナ禍の中、可視化されてきた現在、国家運営の質の向上は死活的なものになってきた。ぜひ、江湖に読まれてほしい1冊である。