このページの本文へ移動

財務省における公文書の電子的管理の取組等について


前・大臣官房公文書監理官 渡部 晶


はじめに
公文書管理法(公文書等の管理に関する法律)が2011年4月1日に、また、いわゆる情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)が2001年4月1日に施行されたことから、昨年(2021年)は、それぞれ法施行10年、20年の節目の年であった。特に、公文書管理の分野では、デジタルの波が押し寄せてきており、実務的な課題が山積している。
昨事務年度(2021年7月~2022年6月)に、筆者は、大臣官房公文書監理官を拝命した。財務省組織令第11条第4項において、「公文書監理官は、命を受けて、財務省の所掌事務に関する公文書類の管理並びにこれに関連する情報の公開及び個人情報の保護の適正な実施の確保に係る重要事項についての事務並びに関係事務を総括整理する」と規定されている、いわゆる「総括整理職」である。
「公文書管理の適正の確保のための取組について」(後掲)に基づき2019年度から各省に設置された比較的新しい職である。財務省においても2019年4月に公文書監理官及び大臣官房文書課公文書監理室が設置された。
2008年7月から1年間大臣官房文書課情報公開・個人情報保護室長をしていたことがあったが、それ以来のこの分野での業務となった。なお、上記の公文書管理法は、2009年7月1日に公布されており、法案(与野党合意による法案の修正も含む)を当時担当として勉強したことは覚えている。
また、2001年2月から2003年7月まで福岡市に出向したが、その際の最初の仕事が、前任の総務企画局長が収賄罪で逮捕された市政の混乱の収拾への取組に加えて、福岡市の情報公開条例の見直しであった。「福岡市における情報公開制度のあり方について(答申)」(2001年12月)*1は、筆者が担当局長として事務局を務めたものであるが、公文書管理の充実についても言及がある*2。
本稿は、昨事務年度のこの分野における財務省の取組を中心に紹介するものである。


1.「公文書管理の適正の確保のための取組について」以降の政府全体の取組動向
(1)「公文書管理の適正の確保のための取組について」(2018年7月20日行政文書の管理の在り方等に関する閣僚会議決定)
まず、はじめに、最近の政府全体における公文書管理政策の動向について簡単に整理しておきたい。
公文書管理についての、政府の取組に関する最近の重要な文書は、「行政文書の管理の在り方等に関する閣僚会議」(2018年6月5日閣議決定で設置)で決定された「公文書管理の適正の確保のための取組について」(2018年7月20日行政文書の管理の在り方等に関する閣僚会議決定)*3である。
本文書は、「職員一人ひとりが、公文書は国家公務員の所有物ではなく健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源であり、行政文書の作成・保存は決して付随的業務ではなく、国家公務員の本質的な業務そのものであることを肝に銘じて職務を遂行し、公務員文化として根付かせていく」との基本理念のもとに作成された。取組の方向性としては、文書管理のPDCAサイクルの確立、政府全体で共通・一貫した文書管理、文書管理の実務を根底から立て直し、政府CROによるチェックと各府省CROによるガバナンス、人事評価への的確な反映と懲戒処分の明確化があげられた。
この中の「公文書管理の適正を確保するための取組」の中で、「財務省、防衛省においては、それぞれの省において発生した事案の調査結果を踏まえて定めた再発防止策を着実に実行することが重要である」とし、財務省については再発防止策を着実に進めることについて特に名指して記載がなされている。
また、「3.(2)行政文書をより体系的・効率的に管理するための電子的な行政文書管理の充実」では、「一連の公文書をめぐる問題において、不存在と決定された行政文書が後刻発見される事案が発生する等、行政文書の確実な所在把握が課題となっている。行政文書を電子的に管理することにより、体系的・効率的な管理を進めることで、行政文書の所在把握、履歴管理や探索を容易にするとともに、職員一人ひとりにとって文書管理に関する業務の効率的運営の支援につながり、ひいては文書管理の質の向上をもたらすことが期待される。
まずは現在電子化されている行政文書の効率的な管理を進めるため、電子的な行政文書の所在情報把握ができる仕組みを構築する。さらに作成から保存、廃棄・移管まで一貫して電子的に管理する仕組みについても検討する」としていた。

(2)「行政文書の電子的管理についての基本的な方針」(内閣総理大臣決定)
これを踏まえて、「行政文書の電子的管理についての基本的な方針」が2019年3月25日に内閣総理大臣決定され*4、従来の方針を大きく転換し、電子媒体を正本・原本とする原則を打ち出し、新たな国立公文書館の開館時期(2026年度)を目途として本格的な電子的管理に移行することとされた。
具体的には、「その中では、利便性・効率性と機密保持・改ざん防止のバランスを確保しつつ、プロセス全体を電子化することとされ、手作業を自動処理化して確実・効果的に管理可能な枠組みを構築することが理念として示されている。これを受け、メタデータの管理や移管・廃棄の電子上での実施などを自動化・システム化する枠組みを構築することとし、業務フローや仕様の標準例を具体化することとなっている。
これは、電子的管理を機に、文書管理の効率化と適正化を一体的に進める取組であり、文書管理と業務の適切な遂行を両立させる極めて重要な試みといえるだろう。」*5
と指摘される極めて重要な文書である。
財務省においても、この「基本的な方針」を踏まえて、行政文書の電子的管理の検討が鋭意進められてきた(後掲2.参照)。

(3)「デジタル時代の公文書管理について」の報告書(WG報告書)
2021年4月には公文書管理委員会*6の下にデジタルワーキング・グループ(WG)が設置された。WGは3回開催され、幅広い論点について専門的かつ集中的な議論を行い、7月に「デジタル時代の公文書管理について」の報告書(WG報告書)がまとめられた。WG報告書は、同年7月26日に開催された公文書管理委員会で報告され、議論が行われるとともに、小幡純子委員長から「政府におかれましても、ワーキングの取りまとめ結果や委員会の意見も踏まえまして、制度の見直しやシステムの構築を進めていただきたい」との要望がなされた。
その後、2021年度内に行政文書の管理に関するガイドラインなどの関係規定の改正が行われ、公文書管理のための新たなシステムの整備の検討が進められた*7。

(4)第95回公文書管理委員会における経過報告(「行政文書の電子的管理のためのシステム整備について(経過報告)」)
2022年度の最初の2022年4月20日開催の第95回公文書管理委員会では、「行政文書の電子的管理のためのシステム整備について(経過報告)」(内閣府大臣官房公文書管理課・デジタル庁省庁業務サービスグループ)が報告されている*8。その中で、「行政機関に、意思決定過程や事務事業の実績に関する文書の作成が義務付けられている以上、行政文書の作成、整理・保存等は、行政の営みの核となるものと言える。すなわち、行政文書の管理のデジタル化が実現されなければ、デジタル・ガバメントの実現は成しえない。」との重要な認識が示されている。また、「公文書管理業務については、その制度、現行の一元的な文書管理システムの操作等、必ずしも平易なものではない。
制度や情報システムに詳しい職員ばかりではなく、個々の職員にとっては、固有の業務に加えて日々の公文書管理業務を行うことが、大きな負担となっている。
このため、基本的な方針等で求められている改ざん防止や、各工程の自動化といった機能の実現に加え、デジタル化による情報の利活用を考慮し、分かりやすく簡素なシステムとすること、システムのUI・UXの向上を図ること等により、職員の負担を減らし、適正かつ効率的な行政の運営を目指すことも大きな目的の1つであることを確認したい。」としている点は、実務的な課題を的確に示していると考えられる。

(5)直近の動向
直近では、2022年7月28日開催の第97回公文書管理委員会*9で、新たに整備する文書管理のための情報システムで扱う行政文書及び業務の範囲並びに業務フローについて、内閣府公文書管理課から報告が行われ、質疑応答・意見交換が行われている。


2.財務省における公文書管理についての取組
(1)「森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書」
2018年6月4日、財務省は「森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書」を公表した*10。
そのなかでは、文書管理について以下のような点を指摘した。
○研修等を通じた職員に対する内閣府の公文書管理に係る新ガイドライン等の周知徹底及び確実な実施
○幹部職員も含めた総合的な研修の実施
○電子化されていない決裁について、電子決裁とすべく、業務フローの見直しを推進(本省及び財務局)
○修正等が必要な場合には決裁を取り直すことを原則とするなど、決裁ルールの見直しの検討(その後実際に見直し実施済)

(2)「財務省再生プロジェクト」における公文書の電子的管理の取組
(1)「財務省再生プロジェクト」
財務省のホームページのトップメニューの「財務省再生プロジェクトについて」を開くと、
「財務省が様々な課題に取り組むに当たっては、一連の問題行為を真摯に反省するとともに、信頼の回復に向けて、財務省の再生に取り組むことが極めて重要と考えています。
このため、平成30年7月27日の新体制発足以降、ボストン・コンサルティング・グループの秋池玲子さんを財務省参与にお迎えし、一連の問題行為のようなことを二度と起こさないよう、省を挙げて、財務省再生のための取組(「財務省再生プロジェクト」)を進めています。」
とある*11。
また、「財務省再生の取組においては、各事務年度における取組の実施状況と翌事務年度以降の課題を整理した進捗報告を毎年作成・公表することにしています。」とされ、直近の「進捗報告」は2022年6月17日に公表されている*12。
再生プロジェクトでは、6つのテーマに取り組んでいるが、そのうち中核となる「コンプライアンスの確保」に向けた取組の中で、「行政文書の適正な管理とハラスメントの根絶」が「重点対象分野」とされている。
(2)「進捗報告」(2022年6月17日公表)
今回の「進捗報告」では、まず、「行政文書の電子的管理」に関して以下のように報告が記載されている(参考資料 「進捗報告」(2022年6月17日公表)(2)コンプライアンスも参照)。
○適正な文書管理を一層進めるため、システム(ツール)を活用した行政文書の電子的管理を今事務年度(筆者注:2021事務年度)より試行的に導入
具体的には、行政文書の電子的管理について、本省の先行課室(13部局28課室)に対し、試行的な導入を実施し、ヒヤリングを行ったうえで、取組状況を検証
○行政文書管理に関し、今年1月に本省職員向けにアンケート調査を実施し、文書管理における現状把握や課題抽出を行い、改善点について電子的管理の構築に反映
○電子的管理により、作業担当者の負担軽減、電子保存による省スペースも促進
○試行的導入から得られる効果や課題を抽出のうえ、必要な改善策を検討し、まずは、本省において2024年度の本格導入を目指し、以降、地方支分部局への展開を図る
としている。
また、「過年度行政文書の電子化作業」については以下のように報告されている。
○紙媒体の過年度行政文書をスキャナで読み取り、電子媒体に変換のうえ、行政文書の正本として管理する電子化の取組について、機密情報管理や品質保持の観点を踏まえ、国立印刷局において今事務年度に財務省の行政文書を検証素材とした調査研究を実施
具体的には、紙媒体の過年度行政文書の電子化(PDF化作業)について、国立印刷局が本省と一部の地方支分部局の行政文書を検証素材として、調査研究を実施
としている。
なお、国立印刷局の「令和4年度事業計画」(2022年3月30日)では、「「紙媒体を電子媒体に転換する場合の扱い、行政文書ファイルが紙媒体と電子媒体で混在する場合の管理の手順等」(令和3年3月25日内閣府公文書管理課)等に基づき、財務省大臣官房文書課と協議した上で行った行政文書の電子化に係る調査研究・検証結果の結果を踏まえ、財務省等が取り組む行政文書の電子化作業に協力します」とされている*13。
また、「進捗報告 参考資料」に「来事務年度」(筆者注:2022事務年度)の課題が記載されている。
「文書管理に関する実効ある更なる取り組み」において、
・電子的管理について、本省においては、2024年度の本格的な導入を目指し、段階的に先行課室を拡充しながら、課題を抽出のうえ、必要な改良を実施していく予定。地方支分部局についても、2025年度以降の各組織ごとのLANシステム更改に合わせ導入することを検討
・電子的管理について、研修等の機会をとらえて、地方支分部局に取組の進捗状況について情報発信
・紙媒体の過年度行政文書の電子化(PDF化作業)についてニーズを的確に把握し、取組を推進
・行政文書の原則電子化を踏まえ、文書管理に関する実地監査を通じて、行政文書の電子化の徹底を指導
としているところである。


3.「公文書の電子的管理」への財務省の貢献
財務省本省では、2022年2月にLANを更改した*14。これにより、クラウドサービスの活用やBYOD(Bring Your Own Device)等の利便性の向上が図られた。
文書管理についても、これを前提に、2021年6月25日に公表した「進捗報告 参考資料」では、「文書管理に関する実効性ある更なる取組」を掲げ、具体的な内容として、「行政文書の電子的管理を推進し、行政文書をより体系的・効率的に管理することで、適正な文書管理を確保」を「来事務年度」(筆者注:2021年度)の課題としたのであった。
この取組については、上記2.で述べたが、中央省庁初の取組であったことから、図らずも各省庁が今後公文書の電子的管理を具体的に進めていくためのモデルケースとなった。公文書監理室、情報公開・個人情報保護室においては、システム部門と協力して、全力で取り組み、そこから得たものについて、内閣府公文書管理課をはじめとする各府省の公文書管理の担当部署と共有することができた。
その結果として、前述の2022年7月28日開催の第97回公文書管理委員会で議題となった「新たに整備する文書管理のための情報システムで扱う行政文書及び業務の範囲並びに業務フローについて」に関する資料*15に、財務省のシステム構築に向けた苦労や知見を反映させることができ、制度官庁や各省の担当部署の今後の円滑な取組に貢献することができたものと自負している。
歴史をさかのぼれば、大蔵省が先駆的なモデルであったという「公文書管理」の歴史は過去にもあった。下重直樹氏(学習院大学文学部准教授)の研究*16によれば、戦後、人事院は公務能率研究を展開し、主権回復後の1952年5月に公務能率研究会を設け、同年6月から1956年3月の第13回まで定期的な会合が開催され、公文書の様式や文書交換などについて議論が交わされた。「第1回目の文書部会において披露された100条を超える「大蔵省文書管理規則」(52年訓令第1号)は、管見の限りでは行政事務の領域で「文書管理」という言葉が用いられた初めての事例であり、内容面でも先駆的な規程として評価することができる。(中略)意思決定手続きの適正性の確保に加えて迅速な事務処理―プロセス管理として理解された能率増進とを両義的に達成することが、今日まで続く日本の公文書管理における規範の原型であったといえよう」とし、その後60年代後半から70年代前半にかけて、大蔵省(そしてそれに続いた農水省)を模範例に「文書管理」規程が整備されたという。


4.公文書管理についての回想など
以上、財務省における公文書管理の2021事務年度の電子的管理に向けた取組等を概説した。ここで、公文書管理と筆者の縁などを述べてみたい。

(1)米国の公文書管理について感銘
筆者にとって、「公文書管理」というものの重要性をはじめに認識したのは、国際法を割と真剣に勉強していたこともあって、学生時代に読んだ五百旗頭真氏(当時神戸大学教授)の「米国の日本占領政策―戦後日本の設計図」(上・下巻。中央公論社 1985年)であった。
本書は、第7回サントリー学芸賞受賞作である。その選評で、細谷千尋氏は、
「米国の対日占領政策の形成過程、あるいは戦時中の米国の戦後日本の処理計画の検討という問題については、ここ十数年来すぐれた研究成果が、日米双方において出されている。1972年、米政府が外交文書公開の30年ルールにふみきって、戦前から戦中にかけての機密外交文書の多くが研究者の目にふれるようになったことが、この点にあずかって力あったといえる。
五百旗頭氏の著作は、一面において、これらの研究成果を充分ふまえて、集大成を試みたものであるが、他面新しい一次史料の使用や、関係者とのインタビューにもとづいて、独白の解釈を随処にもりこむ、力量感に溢れるものとなっている。外交史研究として、近年にないスケールの大きさが、受賞理由の第一に上げられる。著者は、本書について、「日本史家による『外への旅』の試みである」というが、たしかに石原莞爾という人物を中心に、日本の近代政治史を専攻した著者が、アメリカ現代史という新しい知的分野に足をふみいれて、対日戦後処理政策の形成というドラマに参加したアクターたちの動きに、好奇心に満ちた描写を行っている。そこには「外への旅」ならではの、新鮮な感覚と大胆な見方がある。トップの政策決定者、とくにローズベルト大統領と国務省との間の対日政策の差異とその統合過程に、著者はとくに多くの筆をさくが、ここでしめした分析はすぐれており、また、大統領と国務長官ハルとの関係についての叙述も、中々に斬新で面白い。(以下略)」*17
としていた。日本に寛大な政策を求めた国務次官のジョセフ・グルーが生き生きと描かれていたことは印象的であった。ここで、この素晴らしい研究書である本書が、米国の公文書館の利用によってもたらされたことを知った。
また、入省してから、秦郁彦著『官僚の研究―不滅のパワー・1868-1983』(講談社、1983年)を当時の大蔵省文庫(現・財務省図書館)で見つけて読む機会があった。秦氏が旧大蔵省に在籍していた際、米国の外交文書を活用して、『昭和財政史 終戦から講和まで(3) アメリカの対日占領政策』(大蔵省財政史室編、東洋経済新報社、1976年)を著したことを知り、こちらも米国の公文書館の存在に深い感銘を受けた。
このようなことがあったことから、「はじめに」で述べたように、福岡市出向時代に福岡市立図書館の公文書館機能の強化について「答申」に記述が入ったことは大変うれしかったわけだ。

(2)いわゆる「財政密約」に関連して
2010年3月12日に、「沖縄返還に関する財政負担に係る文書」及びいわゆる「無利子預金」に関する調査結果の報告にあたっての菅財務大臣談話が公表された*18。
この中で、「本件調査を通じて、一定額以上の無利子預金を維持する措置が継続されていたにもかかわらず、関連する事項が組織的に引き継がれていなかったことや、文書の保存管理において歴史的資料を残すという観点が希薄であり、重要な歴史事実の検証が困難になっているなど、組織としての事務運営の在り方の問題点が判明した。こういった点については率直に反省しなくてはならない」との言及がある。
筆者が情報公開・個人情報保護室長在任中に、情報公開法に基づいて情報公開請求がなされたこともあり、注目の談話であった。
服部龍二中央大学総合学部教授は、『外交を記録し、公開する~なぜ公文書管理が重要なのか』(東京大学出版会 2020年3月)で、「文書管理による外交優位性の追求」という観点から、元外相で枢密院顧問官の石井菊次郎が1933年に枢密院審査委員会で述べた「書類整備の完否は結局、外交の勝敗を決するものである」という言葉や、加瀬俊一を通じて知られる重光葵の標語「記録なくして外交なし」を紹介している。
服部教授は、国内面での公文書管理の意義を(1)行政の透明性と説明責任(アカウンタビリティー)の確保、(2)政治主導と文民統制の推進、(3)文化政策、文化資源の一部、(4)公務員や市民への手引きと、(5)歴史学や行政学の貴重な素材、という点をあげ、国際的視点からは、上述の「文書管理による外交的優位性」(行政的文書)のほか、「ソフト・パワーとしての文書管理」(歴史的文書)という形で整理している。
国内面での意義は当然として、財務省においても「文書管理による外交的優位性」(行政的文書)については、「財政密約」の教訓として、今後の取組においては十分配意する必要があろう。アメリカでは記録管理がきちんとしていて、日本側では事情を知る者が現職の中にはいなかったというのは「痛恨事」であった。

(3)記録管理・アーカイブズの重要性、情報ガバナンス(Information Governance)
記録管理学会長、ARMA(国際記録管理者協会)東京支部長を歴任し、現在はARMAInternational米国フェローである小谷允志氏は、昨年、その編著になる「公文書管理法を理解する」(日外アソシエーツ)を出された。たまたま筆者は、近所の三鷹市立図書館でこの本を見かけたことをきっかけに、昨事務年度お話を何度か直接伺う機会を得た。
小谷氏の記録管理学会2015年研究大会における特別講演「なぜ日本では記録管理・アーカイブズが根付かないのか」*19は印象的な論考である。
すなわち、「欧米に比べ日本の記録管理・アーカイブズは、立ち後れが目立つ。なぜ日本ではこれらが根付かないのか。その要因を探り、それに対する処方箋(対策)を考えるのが本稿の目的である。ここではその要因を、日本の組織、日本社会に内在する特性に起因する、より本質的なものとして捉え、それらを、(1)"今"中心主義、(2)無責任体質、(3)合理性を欠く意思決定プロセス、の三つとした。またそれに対する処方箋(対策)を記録管理・アーカイブズに携わる者の果すべき役割として捉え、(1)記録管理・アーカイブズの重要性を説く、(2)現用と非現用をつなぐ、(3)専門職体制の確立、の三つとしている。」という内容である。ここで主張される処方箋の最初の1つである記録管理について、従来の単なる文書整理的な文書管理ではなく、グローバル・スタンダードに基づいた本格的な記録管理を説明することの重要性を主張する。記録管理が組織の情報管理の重要インフラであるとする。
その上で、上記の編著では、最近米国の情報管理・記録管理分野で広がってきた新しい考えとして「情報ガバナンス」(Information Governance:IG)を紹介している。そして、「現在、組織における情報は、従来の紙媒体から電子情報に大きく比重を移しつつあることについては誰も異論がないだろう。これら激増する電子情報がどこにあるかと言えば、各クライアントのPC、あるいは共用のサーバー、CD-R、DVD等の外部記録媒体から、さらにはクラウドなど実に様々な場所に存在している。そして組織は、このような情報のすべてを総合的に管理しなければならない。しかも情報公開等の説明責任、リスク管理、歴史的記録のアーカイブズなどの要件も満たしながら情報の保護を図るという難しい対応が求められているわけだ。つまりこのような情報環境の変化に対応するためにIGという新しい情報管理の概念が登場したと考えることができるだろう。」(同書179頁)という。
日本では、歴史的な経路依存により、記録管理が確立する前に、情報公開法が結果として先行するということになり、そのことが適切な記録管理の哲学が普及することの壁になっているという指摘もある。このような壁を乗り越えるためにも、この「情報ガバナンス」という新しい発想について更なる研究・理解の促進が求められている。


おわりに
前出の服部龍二著『外交を記録し、公開する~なぜ公文書管理が重要なのか』は、はしがきの冒頭で、「文書による行政は官僚制の大きな特徴である。マックス・ウェーバー(Max Weber)は合法的支配、伝統的支配、カリスマ的支配の3類型を区分し、合法的支配たる官僚制の性質として、規則に基づく権限や官職階層性とともに文書主義を挙げた」と指摘している。
この官僚制の本質にかかわる文書主義(行政事務の遂行に当たっては、記録として文書を作成すること)は、最近動揺激しい公務員制度の再構築にも密接に関連していると思われる。我々は今一度初心に立ち返ることが必要になっているのかもしれない。
(本稿の資料作成において、村上顕・大臣官房文書課公文書監理室公文書監理係長を煩わせた。村上係長を含む、2021事務年度において筆者とともに財務省の情報公開制度・公文書管理制度の運用に携わった二宮悦郎・前情報公開・個人情報保護室長兼公文書監理室長(現・欧州連合日本政府代表部参事官)ほか同室のメンバー*20にも謝したい。ただし、本稿で、ありうべき誤りなど文責は筆者にあり、意見にわたる部分は筆者個人の見解である。)
(以上)

(追補)
筆者は、本年はじめより、2017年5月に設立された「デジタルアーカイブ学会」(吉見俊哉会長)に個人的に参加している。ホームページは、http://digitalarchivejapan.org/である。
この学会は、「21世紀日本のデジタル知識基盤構築のために、デジタルアーカイブに関わる関係者の経験と技術を交流・共有し、その一層の発展を目指し、人材の育成、技術研究の促進、メタデータを含む標準化に取り組みます。さらに、国と自治体、市民、企業の連携、オープンサイエンスの基盤となる公共的デジタルアーカイブの構築、地域のデジタルアーカイブ構築を支援するとともに、これらの諸方策の根幹をなすデジタル知識基盤社会の法制度がいかにあるべきかについても検討をおこないます。
デジタルアーカイブに取り組む諸関連学会、研究者を繋ぎ、共通の認識基盤を形成しながらこうした具体的課題に取り組みます。」というものである。
行政文書の電子的管理も、このデジタル知識基盤の重要な構成要素の1つと考えられる。このような広い視点から、財務省の今回の取組が持つ歴史的な意義を評価することもできよう。


プロフィール
渡部 晶(わたべ あきら)
前・大臣官房公文書監理官
1963年福島県生まれ。87年京都大学法学部卒、大蔵省(現財務省)に入省。福岡市総務企画局長、財務省大臣官房地方課長、内閣府大臣官房審議官(沖縄政策担当)、沖縄振興開発公庫副理事長などを経て、22年6月から財務省大臣官房政策立案総括審議官。「月刊コロンブス」(東方通信社)で書評コラムを掲載中。出身の福島県いわき市の応援大使を務める。デジタルアーカイブ学会員 本年4月より、インターネットのジョルダンニュースで、「観光を起爆剤に誇れるわが街に」と題した記事を不定期投稿。
写真:筆者者近影(フレディ(3歳7か月)といわき市薄磯海岸にて)

*1) 福岡市HP「情報公開制度について」
https://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/johokokai/shisei/023.html
*2) 答申には、「なお,公文書を適正に保存することは,情報公開上の重要性に加えて,歴史的・文化的価値のある資料を後世に残すという意義も認められるため,国や一部の地方自治体においては,「公文書館」が設置されている。本市においては,総合図書館において公文書館機能を担っているが,後世の市民へ歴史的・文化的に価値のある資料を確実に伝えていくことの重要性に鑑み,本市における公文書館機能のより一層の充実が望まれるところである。」と記述された。
*3) https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/tekisei/honbun.pdf
*4) https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/densi/kihonntekihousin.pdf
*5) 村上耕司(内閣府公文書監察室参事官補佐)「行政文書の電子的管理における文書管理の効率化の試みー働き方改革を契機にー」(国立公文書館「アーカイブズ」第74号(2019年11月29日))。なお、この論考で、村上氏は、「文書管理と行政事務の効率化の歴史」を考察し、「文書管理と業務効率化は古くから意識され、ときに互いに緊張関係をはらみつつも、ときにはマネージメントの手段として位置付けられ、情報公開制度の議論の発展とともに、文書管理の意義について再認識されてきたということがいえるだろう」と指摘している。また、臨時行政調査会の「行政改革に関する第5次答申-最終答申-」について」(昭和58年3月18日閣議報告)が、情報化社会の黎明期の中で、「文書等管理の問題は,単に事務処理上の問題にとどまらず,情報の有効利用の観点からより総合的な改善方策を検討する必要に迫られている。」、「情報管理の理念を従来の保管・保存のための管理から有効な利用・提供を図るという方向へ転換する。」としていたことに言及があり、示唆深い。
https://www.archives.go.jp/publication/archives/no074/9171
*6) 公文書管理委員会は、国民共有の知的資源である公文書等の適切な管理に関して、専門的・第三者的な見地から調査審議を行うため、2010年6月28日に内閣府に設置されたもの。同委員会は、公文書管理法に規定された権限に関する事務を行うこととされている。具体的には、特定歴史公文書等の利用請求に係る審査請求(第21条第4項)、政令の制定又は改廃(第29条第1号)、行政文書管理規則(同条第2号)、特定歴史公文書等の廃棄(同条第2号)、利用等規則(同条第2号)、公文書等の管理について改善すべき旨の勧告(同条第3号)について調査審議を行い、内閣総理大臣等に対し答申を行う。
*7) 詳細は公文書管理委員会の開催状況のうち、2021年度(第87回~第94回)を参照。
https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2021.html
*8) https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2022/0420/shiryou2-1.pdf
*9) 2022年度の開催状況のうち、第97回を参照。
https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2022.html
*10) https://www.mof.go.jp/public_relations/statement/other/20180604chousahoukoku.html
*11) https://www.mof.go.jp/about_mof/introduction/saisei/index.html
*12) https://www.mof.go.jp/about_mof/introduction/saisei/20220617_houkoku.pdf
*13) 国立印刷局「令和4年度事業計画」P6参照のこと
https://www.npb.go.jp/ja/guide/uploads/20220330_jigyokeikakuR4.pdf
*14) 「財務省行政情報化LANシステム(ネットワーク基盤)業務 一式(賃貸借期間:令和4年1月1日から令和7年3月31日)」は、一般競争入札(総合評価方式)で入札に付され、財務省会計課は、日本電気株式会社(東京都港区芝5-7-1)とNECキャピタルソリューション株式会社(東京都港区港南2-15-3)と2021年3月16日に契約金額41億794万1380円で契約を締結している。
また、「財務省行政情報化LANシステム再構築に係る工程管理支援等に関するコンサルティング業務 一式」は、一般競争入札(総合評価方式)で入札に付され、財務省会計課は、株式会社野村総合研究所(東京都千代田区大手町1-9-2)と2020年4月23日に契約金額2億5245万円で契約を締結している。
(「「公共調達の適正化について」(平成18年8月25日付財計第2017号)に基づく競争入札に係る情報の公表(物品・役務等)及び公益法人に対する支出の公表・点検の方針について」(平成24年6月1日行政改革実行本部決定)に基づく情報の公開)
https://www.mof.go.jp/application-contact/procurement/approach/tekiseika/index.htm
*15) https://www8.cao.go.jp/koubuniinkai/iinkaisai/2022/0728haifu.html
*16) 「戦後日本における公文書管理システムの形成―行政運営をめぐる規範・組織・人間」『年報行政研究』第55号(日本行政学会編 ぎょうせい 2020年5月)
*17) https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/detail/1985sk2.html
*18) https://www.mof.go.jp/public_relations/statement/other/20100312okinawa_danwa.pdf
*19) https://www.jstage.jst.go.jp/article/rmsj/69/0/69_KJ00010120262/_article/-char/ja/
*20) 昨事務年度のメンバーは以下のとおり。二宮悦郎室長、津田広和補佐、籠島敬幸補佐、村上純補佐、柴田憲一郎係長、末廣夏乃係員、村上顕係長、杉元洋平係員、鈴木清香補佐、寺谷正美専門官、髙木将宏係長、岸根あゆみ主任、鈴木浩一係員、前田直紀補佐、服部晃平係長、竹内由夏係員、進祥大係員