このページの本文へ移動

令和4年度職員トップセミナー

講師 小林 りん 氏(ユナイテッド・ワールド・カレッジ ISAKジャパン 代表理事)

演題 真の多様性を育む~ISAKの取り組み事例

令和4年5月16日(月)開催


はじめに
皆様おはようございます。現場におります一人の経営者である私にこのようなセミナーでお話しさせていただく機会をいただき、ありがとうございます。本日は私から一方的にお話しするのではなく、今の教育現場で起こっていること、あるいは日本の教育において何が不足しているのか、といったことを、配布資料にとらわれることなく、皆様とともに考えていきたいと思います。

1.学校概要
(1)建学の理念
どの学校にも建学の理念というものがありますが、私たちの学校の場合、「変革を起こす人、これまでの価値観と違うものを生み出していける人、そういうチェンジメーカーを育みたい」という想いで現場を運営しております。
チェンジメーカーを育てる3つの力として「多様性を活かす力」「問いを立てる力」「困難に挑む力」を掲げております。
(2)「多様性を活かす力」
私たちは学校の建て付けから多様でありたいということで、軽井沢の2万坪の敷地の中に約200名の高校生が、80以上の国と地域から集って学んでいる高等学校です。インターナショナルスクールというと、国籍が多い学校というのはほかにもたくさんありますが、私たちの場合、多様性というのは国籍が多ければよい、ということではないと思っております。世界に渦巻いている分断とか軋轢とか紛争は、必ずしも国境だけが問題となるわけではなく、宗教観、歴史観の違いなどいろいろな要因が複雑に絡み合って引き起こされます。そこで、私たちの学校は、国籍の多さだけではなく、70%の生徒に奨学金を給付することによって、経済的社会的バックグラウンド、宗教観を含めてたくさんの多様性が渦巻く学校にしたいということを目指しております。
この奨学金の給付がなぜ持続可能なのかということをご説明いたします。私どもでは約5億円の奨学金を出しておりますが、財源のほとんどが支援者の方々から集まるふるさと納税です。これがあるからこそ70%の生徒に奨学金を支給することができるのです。
教員も80%~90%が外国人です。
写真 画像提供:ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン
(3)「問いを立てる力」
教育の場においては「問題解決能力」という言葉がよく使われますが、これは問題が既に存在していて、それをいかに早く上手く解くか、という能力だと思います。私たちはそもそも「解かれるべき問いは何か」を見つける力が、より大事になってきているのではないかと思っております。降ってくる問いをただ解くのではなく、そもそも何が解くべき問題なのかを自分から見極めていく。この能力がこれからの若い人たちにとって極めて大事になっていくのではないかと思っております。
(4)「困難に挑む力」
チェンジメーカー、変革を起こす人を育てることを標榜しております。どんな多様性の中で仕事ができて、あるいはどんなに良い問いを立てられたとしても、新しいことを成し遂げていく、新しい価値観を作り上げていくのは本当に困難な道のりです。ですので、困難な状況に置かれても怯まずに行動を起こすことが非常に大事なのではないかと思っております。
ある程度リスクをとる、ある程度生徒が失敗してもいい、そういう学び舎でありたいと思っております。
(5)日本の高等学校の資格あり
私どもの学校がなぜメディアに取り上げていただくようになったか、ということですが、それは私どもの学校が日本で初めての学校教育法第1条校に規定する高等学校の資格を持つインターナショナルスクールである、ということがポイントになるかと思います。日本国内の他のインターナショナルスクールの多くが各種学校という扱いで、塾などと同じ位置付けであります。
今までのインターナショナルスクールは日本の教育の仕組みの外に存在していたと思うのですが、我々はあくまで日本の高等学校として運営していることが大きな特徴であり、それがまた困難にもつながることになっているのですが、そのことはまたあとでご説明できればと思います。
それから国際バカロレア資格というものについて簡単にご説明いたします。もともとフランス発祥のもので、平たく言うなら、「国際大検」のようなものです。これを修了して試験である程度の点数が取れれば、日本をはじめとして世界75の国々の大学に入試または進学資格が得られるというものです。我々の卒業生はほとんどが国内外の名門校に進学していくという形ですが、それだけでなくて、大学に進学せず起業家になったり、ギャップイヤーをとることで、ボランティアや世界旅行など自分の情熱や興味をさらに深めることに時間をあてたり、と多様な選択を行っております。

2.なぜ創ったのか
(1)日本の高校を1年で中退
私は1970年代半ばに東京都下の多摩ニュータウンで一般家庭の一人娘として生まれました。小学校は地元の公立で、中学高校は国立大学の付属校に進学しました。
高校の1学期で大きな転機がやってきました。1学期の期末試験で数学が100点満点中24点でした。赤点です。理科も赤点すれすれです。夏休みに先生に呼び出されました。先生から「あなた、理数系の勉強を頑張らないと大学に行けませんよ」と警告されました。ふつうなら理数系の克服に取り組むのでしょうが、私は「先生、私は文系科目はほぼ100点です。学級委員もやっています。バスケットボール部でも補欠ながらボール磨きはよくやっています。なぜ私の欠点から入るのですか?」という話から始まり、結局、高校1年で中退することになりました。そのような私に奨学金をくださって、カナダ留学に送ってくださったのが経団連さんであり、その中にあるユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)日本協会であったのです。この奨学金がなければカナダへの留学はできませんでした。期せずして自分が創設した学校がまた数十年を経てユナイテッド・ワールド・カレッジの加盟校となり、運命を感じています。
(2)メキシコで貧困、教育格差を痛感
カナダ留学の時にも大きな転機が訪れます。私は受験英語は得意でしたが、話したり、聞いたりすることが全くできなかったので、カナダで全然英語がわからないという日が続きました。私の親友がメキシコ人で、彼女も英語ができずに私と同じくらい苦労していたのですが、高2、高3の夏休みに彼女が自分の家にホームステイに来ないかと誘ってくれたのです。喜んで出かけて見ると、彼女の家は質素な家で、ドラム缶に雨水を貯めてそれで洗濯をしておりました。彼女の叔父さん曰く、「うちは中流階級ですよ。3度の食事ができて、家があって、職があるからです。あなた、本当の貧困を見たほうがいいよ」と。それで連れて行ってもらったのがスラム街です。今でもその時の光景が臭いまで含めて思い出せる気がします。メキシコの灼熱の太陽の下に広がる広大なスラム街、昼間なのに子供たちは学校に行かずに走り回っていて、大人はただ目の前に座っていて宙を眺めているだけ。ああ、これがスラム街か・・、こんな貧困、教育格差があるのか、と衝撃を受けました。
私は受験とか奨学金とかラッキーなことが続いてきたのですが、これは私のためだけにラッキーなのではなくて、たくさんの方のために何かをなすべく授かった幸運なのではないか、という使命感を覚えたのが17歳の夏の出来事でした。
(3)フィリピンで貧困層教育に従事
次の大きな転機は、前職であるユニセフのフィリピン事務所時代に貧困層教育に従事したことです。先ほど申し上げたようにメキシコでの原体験もありましたので、まさにこれをやりたかったのです。ところが、フィリピンに滞在された経験がある方はお判りでしょうが、圧倒的な格差と渦巻く汚職に直面します。こうした中で貧困に対処するだけで何か根底が変わっていくのだろうか、という問題意識を持ち始めたのが2005年から2007年あたりにかけてです。
(4)変革を起こす人を育成する学校創設へ
そうしていくうちに、社会に新しい変革を起こす人を育成するための学校を一緒に創設しよう、という人が現れたのが2007年です。
私は折角ユニセフに職を得たこともあり、学校づくりのためにユニセフを辞めてしまうのはどうか、と1年逡巡しましたが、2008年に「やはりやろう」と決意して、ユニセフを辞めて日本に帰ってきました。そして、その翌月にリーマンショックが起きたのです。
当初は一緒にやろうと言ってくださった方が20億円を用意できる、というお話でしたが、リーマンショック後にその方から「申し分けないが、20億円でなく、200万円になってしまった」と連絡が来ました。
その当時は一般財団法人を立ち上げるのに300万円必要だったので、その方の200万円と私の貯金の100万円とで立ち上げる羽目になりました。

3.学校プロジェクト:様々な困難
このように衝撃的なスタートから始まった学校創設のプロジェクトですが、どうやって開校にまでこぎつけたのか、ということもお話ししたいと思います。
(1)資金集めに苦労
学校づくりで苦労した点は、1つ目が資金集め、2つ目が用地探し、3つ目が行政の許認可でした。
時間の関係もあり、1つ目だけお話しします。資金集めに関しては、前述の通りリーマンショックの影響で20億円が200万円になってしまいました。
そこで私は、共同創設者の方のご紹介もあって、雑誌に出てくるような有名な資産家の方々に片っ端からコンタクトを取ってお会いしてみました。皆さん、学校創設の主旨は理解してくださるのですが、1円も集まりませんでした。ことごとく断られました。
そうした中で2010年初頭にある起業家の友人が「アーリースモールサクセス(early small success)が大事だよ」とアドバイスしてくれました。
つまり、初期の段階で、小さくてもいいから、何か結果を出してみることが大事だ、ということです。そうでないと、20億円集めたいと言っても誰も信じてくれないのです。
そうか、と思って取り組んだのが、2010年のサマースクールです。このサマースクールを見てくださったたくさんの方々が「これ、もしかしたらいい学校なるかもしれない」と言ってくれたのです。
最初の出資者はこのサマースクールの生徒の母親でした。その方が1,000万円出してくださいました。そうか、1,000万円なんていう金額を個人の方から出してもらえるのか。ならば1,000万円×100人の出資者を募り、まず10億円を集めて学校を作ろう、ということになりました。
(2)東日本大震災・福島の原発事故を経て
サマースクールで弾みがついたので、2011年のひな祭りの頃までに10人分の1億円が集まりました。この10人の方々にもう10人ずつご紹介いただいて100名の名簿を作りました。皆さんご紹介された方なのでどんどんアポイントが取れていき、これはうまくいきそうだと思っていた矢先に、東日本大震災が起きました。70件近くあった約束が全部キャンセルとなりました。それに加えて福島での原発事故がありましたので、「日本で学校を作っても海外からは誰も来ないよ」と言う方が大勢いらっしゃいました。「2011年7月の2回目のサマースクールもやらない方がいい」という意見がほとんどでした。でも決行しました。持てるすべての情報を日本語、英語、仏語で開示して、「日本が安全だとは言いません。しかしこれが私たちが知りうるすべての事実です」と伝えましたところ、ほとんどキャンセルなく、生徒も先生も世界から集まって2回目のサマースクールが実施できたのです。
国際的に発信できる力とかリーダーシップとかがかなりメディアでも取り上げられるようになっていたご時世でしたので、私どものサマースクールには、あの夏4台のテレビカメラが入り、8紙の新聞・雑誌の記者さんたちが来てくださって、私たちの活動が国内外に大きく報道されることになりました。それからおよそ1年で15億円の資金が集まり、2012年に行政の許認可が取れて校舎の建設に着工、2014年秋に日本で始めての秋入学の高等学校として開学いたしました。
写真 画像提供:ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン

4.学校づくりで学んだ3つのこと
学校づくりの経験を通じて私が学んだことを3つご紹介いたします。それは「共感力」「感謝力」「楽観力」です。
(1)共感力
共感力というのは、原体験の力とでも言いましょうか、事業においては、マーケットシェアだとか、成長率とかいろいろなことを考えますよね。それも大事なことと思いますが、事業を起こすということはたくさんの困難が降ってくる、そうした中、腹の底からこの事業が必要かどうか、自分自身が突き動かされることがなければ、他人を突き動かすことはできないのです。腹の底からこれが必要だと思えたなら、それでもって周りの人も同じように共感して同じように使命感と意志をもってプロジェクトを一緒に率いてくれるのです。これの連鎖反応で本校は気付かないうちにムーブメントになっていたのではないかと思います。
(2)感謝力
立ち上げ期の数年間で、仲間に感謝することの重要性も痛いほど思い知りました。
2008年から2012年まで、許認可が下りるまでは、寄付には一切手を付けないと決めており、全員ボランティアでやっておりました。本業を持つ人が空いた時間に手伝ってくれるとか、子育て中のお母さんが日中にちょっと手伝ってくれるというボランティアの集団が数十人おりました。そうすると、本業が忙しいとか、子供が熱出した等々でやってくれるはずのことがなかなか進まないとか、いろいろなことが出てきます。私が10人いたらもっと早くできるのに・・、と思うことが正直ありました。でも、私は一人しかいないし、実力が10しかないとすればどんなに頑張っても11くらいまでしかできないのです。でも2人目、3人目の人が8でも5でも3でも力を貸してくれれば、総力は10よりも大きくなるのだから感謝しなければいけない、ということに途中で気が付きました。そこからは、あらゆるメンバーにありがとうという気持ちが湧いてきました。
(3)楽観力
楽観力は私の性格なのではないか、と言う人もいるのですが、これも人や組織を培う力なのではないかと思うのです。私どものような小さな組織においても皆が私の背中を見て走ってくるのですから、トップが不安になったり、いろいろな困難に怯んでいると、周囲の人にもそれが伝わっていくのです。その時に必要となるのが、意志を持った楽観力だと思うのです。すなわち「時間がかかるかもしれないし、思ったように進んでいないかもしれないが、必ずできる術を探る」と周囲の人たちに伝えて、実践することなのです。意志を持った楽観力で何回かそういうことをやっていくと、自分だけでなくてチーム全体がそういう力を持ち始めるということを、これまでの経験を通じて教えてもらった気がしています。

5.そして世界へ
(1)UWCの加盟校として
最後に、私たちがどうやって世界とつながり始めているかについてお話しいたします。
私どもの高校は、先にも名前が出ましたユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)という非営利組織の日本で唯一かつ初めての加盟校です。このUWCは世界18の国々に加盟校を持つのですが、これが大きなポイントではなくて、世界約160の国々の国内委員会において3,000人から4,000人のボランティアが、その国で優秀で志ある若者をリクルーティングして選抜して派遣してくれることになっており、これがポイントになっております。
日本ではユナイテッド・ワールド・カレッジ日本協会という経団連の組織が日本における国内委員会をになっており、脈々と日本人学生を海外に派遣しております。
我々が加盟校になることで、軽井沢にいながらにして世界160カ国から生徒が推薦されてくるのです。このインフラの力は大きいと思います。
もう一つUWCのポイントがあります。卒業生のためのDavis United World College Scholarsという大学進学奨学金です。我々の場合、高校に入るための奨学金はあります。でも大学に受かったら学費を払えますか? となった時に、払えない人が結構いるのです。それを問題視して下さった米国の篤志家の方が、米国の90を超える加盟大学に入れさえすれば、大学とその財団とで半々奨学金を出してくださる仕組みを用意してくださいました。この奨学金をいただいて、今卒業生の半分以上が米国の大学に進学しております。
(2)世界で羽ばたくチェンジメーカーたち
最後にどのような卒業生が出ているか、例をお示しいたします。
ご覧いただいている女性はタジキスタンから来ました。タジキスタンでは特に地方において女子教育が進んでおらず、しかも彼女は少数民族なので、高等教育になかなかアクセスできないことから、彼女自身がタジキスタンに帰ってサマースクールを始めております。ゆくゆくは学校を作りたいと奔走しております。
またシンガポールに拠点を置く宇宙ベンチャーであるAstroscaleという会社は高度な専門知識を必要とするので新卒は採用しないのですが、私どもの第1期卒業生がその門を熱心にたたき、まずはインターンから始めて、去年初めての新卒採用となりました。
教育から宇宙まで分野は多岐にわたりますが、それぞれ自分の信じる道を恐れず進んでいっております。
写真 画像提供:ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン
(3)悲観は気分に属するが、楽観は意志である
最後に私の座右の銘であるフランス人アランの書いた「幸福論」の中にある「悲観は気分に属するが、楽観は意志である」という一節をご紹介させていただきます。日々悲観材料に囲まれているのが我々の現状かと思いますが、その目の前にある悲観材料に見えるものを解決しながら、その先にある未来を楽観視できる未来にできるかどうかが私たち一人一人の意志ある楽観にかかっている、という言葉だと思っております。
写真 画像提供:ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン

講師略歴
小林 りん(こばやし りん)
ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン 代表理事
経団連から全額奨学金をうけて、カナダの全寮制高校に留学中、メキシコで圧倒的な貧困を目の当たりにする。その原体験から、大学では開発経済を学び、UNICEFプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在。ストリートチルドレンの非公式教育に携わるうち、リーダーシップ教育の必要性を痛感する。帰国後、6年の準備期間を経て、2014年に軽井沢で全寮制国際高校を開校。
2017年には世界で17校目となるユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)へ加盟し、ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパンへ改名。同校は80カ国以上から集まる生徒の7割に奨学金を給付している。