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ファイナンスライブラリー

評者 渡部 晶

Hiroshi Kakazu 著
Nissology
A Study of Island Sustainability focusing on the Islands of Okinawa
NextPublishing Authors Press
2021年10月 定価 本体3,500円+税


本書は沖縄の本土復帰50周年を記念して刊行され、島嶼(しょ)に興味のあるすべての読者の目に触れることを願って、価格は原価に設定されている。島嶼学とは、「島そのものを多面的な視点から“ありのまま”に研究する」学問領域である。
著者は、1942年沖縄に生まれ、ネブラスカ大学大学院より経済学博士号を取得。琉球大学、アジア開発銀行、国際大学、名古屋大学、日本大学、テンプル大学日本校などで要職等を歴任している。また、1997年6月から2001年3月まで沖縄振興開発金融公庫副理事長を務めたほか、政府の沖縄振興審議会委員でもあった。現在、琉球大学名誉教授、日本島嶼学会名誉会長、沖縄県振興審議会離島過疎地域振興部会長である。
本書に関して、著者は、「1994年に沖縄で国際島嶼学会(ISISA)の創立憲章が採択され、初の学会が開催されました。その意味では沖縄は島嶼学(Nissology)の発祥の地と言えます。その後日本島嶼学会、韓国島嶼学会などが創設され、世界各地で島嶼研究、教育ネットワークが構築されるに及んで、島嶼学がグローバルな教育・学術研究の分野として『市民権』を獲得しつつあります。本書は、おそらく英文による世界初の島嶼学入門書です。本書は著者の『島嶼学への誘い:沖縄からみる「島」の社会経済学』(岩波書店、2017年、伊波普猷賞受賞)と『島嶼学』(古今書院、2019年)に大きく依拠しながら、最近の潮流となっているSDGs、デジタルトランスフォーメーション(DX)、新型コロナ後の島嶼、とくに沖縄の持続可能な発展のありかたについても新たに論述し、巻末に沖縄の小歴史を追加しました」という。
巻中の構成は、プロローグ(島嶼学誕生の背景)、第1章:島嶼の定義、方法論、分類、第2章:島の特性と可能性、第3章:島の持続可能性を求めて、第4章:島嶼型持続可能性技術の開発、第5章:島嶼間ネットワーク、第6章:島嶼文化と観光―バリ島と竹富島のケース―、第7章:島をめぐる国境紛争と解決策―尖閣諸島と南沙諸島を中心に―、第8章:島嶼の政治経済学―持続可能な発展への挑戦、補遺:琉球・沖縄小史、エピローグ:著者の島嶼学研究の歩み、となっている。
ここでは、第6章、第8章での嘉数氏の印象的な指摘(英文)を紹介したい。
第6章では、島嶼の観光開発について論じているが、早くも「overtourism」について深い検討がなされる。また、「The Role of Champurû Culture」の節で、「Okinawa’s champurû culture represents cultural diversity,which is a norm of international society,particularly in the Asia-Pacific but also empowers the local people through a healthy lifestyle and warm yuimâru spirits.」(p169)とある。氏の沖縄文化への強い誇りが窺われる個所である。
第8章では、沖縄の貧困問題についても他の島嶼地域との比較も踏まえ的確な考察がなされる。その上で、「Although Okinawans should stand up against the power outside the prefecture that pushes the new military base construction against the will of the majority of its citizens,they also need to improve their social norms.」(p276)と指摘し、基地問題に対する著者個人の見解とアカデミックに認識された問題をきちんと切り分けて冷静に論じる。
沖縄では、基地問題をめぐる政治的対立が深く横たわっていることによるものなのか、マルクス的な知行合一の運動論者の影響によるものなのか、嘉数氏が参照する、マックス・ウエーバーの指摘した「価値からの自由」というアカデミズムの立場が、経済数値を踏まえて冷静に論じられるべき沖縄経済の論壇において、残念ながら一貫して守られているとは言い難い状況にあるように思う。管見では、嘉数氏、および同期になるという来間泰男・沖縄国際大学名誉教授の諸業績は、少なくともその立場を守ったものと思う。
著者のように、学問的にきちんと筋を通して沖縄経済を論じることは、場合によっては、これまでかなり孤独な立場に立たされてきたと思われる。嘉数氏は、様々な国際的な研究ネットワークを自ら構築する中でそれを克服されてきた。愛する故郷(パトリ)である沖縄の発展の可能性を真摯に探求するその努力に深甚の敬意を表したい。本書は、半世紀以上の著者のひたむきな研究活動を支えてきた伴侶嘉数美代子氏(Miyoko)に捧げられている。なお、「島嶼学」を日本語で縦書きにしてやさしく書いて欲しいという要望が著者に寄せられたことから、本書の改訂要約版である『島嶼学からみた沖縄振興の半世紀』が「プリントオンデマンド(POD)」で同じ出版社から本年5月に発行されていることを付記する。