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講師 室伏 広治 氏(スポーツ庁長官 アテネ五輪ハンマー投げ金メダリスト)

演題 スポーツ環境の向上に向けて

令和4年4月15日(金)開催


1.運動・スポーツが求められる理由
私は2020年10月1日に水泳の金メダリストである鈴木大地前長官の後を継いでスポーツ庁の長官に就任しました。就任会見で述べたとおり、感動していただけるスポーツ界、健全でフェアなスポーツ界を目指して政策に取り組んでいます。
スポーツ庁というと、オリンピックやパラリンピックに関する施策が注目されますが、それだけではなく、子どもの体力向上や生涯スポーツ社会の実現にも取り組んでいます。
近年では新型コロナウイルス感染症の影響で、外出自粛に伴う運動機会の減少やストレスの増加、そしてテレワークの増加による運動不足など社会変化に伴う様々な問題があります。
こうした問題に対処していくためにも運動やスポーツが求められていますし、運動やスポーツで体を健康な状態に保つことによって、医療費の抑制効果も期待できます。
アスリートがやっていることだけをスポーツとして捉えるのではなく、生涯スポーツとしてスポーツを捉え、計画的に施策として国が取り組むことが大切だと思います。
国民の心と体をどういうふうに健全に、健康にしていくのか、そうしたムーブメントが大切だと考えています。


2.東京オリ・パラのスポーツディレクター
スポーツ庁長官に就任する前、私は6年半にわたって東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツディレクターを務めました。民間企業、国、東京都をはじめとする様々な地方自治体、そういった方々と一緒に仕事をすることは大変素晴らしい経験でした。
無観客開催となり残念ではありましたが、コロナ禍で大変な時期にもかかわらず、おかげさまで無事、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を終えることができました。


3.研究・教育活動との両立
私はスポーツをしながらアカデミックなバックグラウンドと両立させてきました。それは、怪我をしたら明日にでも引退しなければならないというリスクがアスリートには常にあるため、アスリートだけでやっていくのはよくないという思いがあったからです。私の恩師でもある父が大学の先生をしていたということも理由のひとつです。
2014年には東京医科歯科大学スポーツサイエンス機構サイエンスセンター長に就任し、アスリートを中心に怪我や疾病予防、術後の早期回復のための運動療法に取り組んできました。スポーツサイエンティストとメディカルが一体となってアスリートをサポートする、こうした連携が今後ますます重要になってくると思います。


4.生活の中でスポーツに親しむ
(1)昔の人は力持ち?
スポーツ庁の長官室には俵が3つあります。俵は一俵60kgもありますが、100年前の資料では小柄の女性が俵をいくつも背負っている写真もあって、昔の人は力持ちだったのではないかと思います。日常の生活や労働の中に運動があったのではないでしょうか。
現代を生きる私たちはオフィスなどで同じ姿勢のままでいることが結構あって、同じ筋肉しか使っていません。こうしたことを何か月も何年もやっていると、いずれ体のどこかに問題が起こってしまう可能性があります。ですから、体の様々なところに刺激を与えることが大切です。
アスリートも同じです。私たちは中枢神経で体をコントロールしながら微細な動きをしているので、同じ運動の繰り返しでは筋肉はついても運動能力は必ずしも上達するわけではありません。マシンを使って繰り返す運動ばかりではつまらないという側面もあるので、米俵の方がよっぽどいいかな、と私は思います。常に新鮮さを感じながら運動することも大切です。

(2)新聞紙を丸める運動
スポーツ庁でも推奨しておりますが、新聞紙を丸める運動があります。片手で新聞紙を丸めていくのですが、真剣にやるとアスリートでもきついと感じるくらいで結構疲れます。
少しの工夫でこうしたエクササイズを生活の中に取り入れることも大切だと思います。
皆さんも新聞紙丸めをぜひ実践してみてください。

写真:コロナ禍における外出機会の減少等による健康二次被害の予防対策について


5.「スポーツ=健康」が成り立つ条件
体の機能がある程度満たされていないと「スポーツ=健康」が成り立たないと私は思います。
そこで私は、自分で体の状態をチェックする方法を考えました。首から足首まで、自分で体の柔らかさや筋力をチェックするためのセルフチェック動画と問題がある部分に適した運動の動画もありますので、スポーツ庁のホームページをぜひご活用ください。
こうしたセルフチェックを取り入れていくことで、運動やスポーツでの痛みや怪我を予防できると思います。

写真:運動・スポーツの実施に向けた普及啓発の例


6.ハンマー投げと私
(1)父である室伏重信に憧れて
私がなぜハンマー投の競技を行ったのかというと父の影響です。父は日本選手権で12回優勝しています。
私が子供の頃、父がロサンゼルスオリンピックの開会式で日本選手団の旗手を務める姿を見て、かっこいいな、いつか私もオリンピックに出場したいな、と思いました。
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会は残念ながら無観客開催となりましたが、幼いころ私が父に憧れたように、子供たちへの影響が少なからずあるのではないかと思います。

(2)Hal Connolly元選手との交流
父がロサンゼルスオリンピックに出場する頃、私もアメリカで現地の学校に行き、ハンマー投を教わることもありました。1984年にハンマー投元選手のHal Connolly氏が国際陸上連盟で初心者に教えるハンマー投指導のためのムービーを作るということで、私もムービーに出させてもらいました。フィルムが出来上がった時にはとても嬉しかったです。
Hal Connolly氏とはその後も交流を続け、2004年アテネオリンピックの後でHal Connolly氏にお会いした時には、私の金メダル受賞を大変喜んでくださいました。
私にとってのHal Connolly氏のように、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会で活躍した選手たちは子供たちに「こういう選手になりたい」という夢を与えることができると思いますので、選手と子供たちとの交流やオリンピック・パラリンピック競技大会を通じた教育はとても大切だと思います。

(3)良き指導者を育成することが大事
スポーツで大成するには、良き師につくことが大切です。私はたまたまスポーツ科学等のきちんとした知見を持った父に教わったので伸びたのだと思いますが、発育・発達に応じて運動することが大切です。
発育・発達に合わせた指導をしないと子供はスポーツが嫌いになってしまいますので、こうしたことをよく知っているよい指導者を育成していくことが大切です。
最初に教わる指導者の影響は大きいと思いますし、幼少期には運動の楽しさとよい動きを身に付けさせることが重要です。よい動きを身に付ければ一生ものです。

(4)父の教え:練習は裏切る
父が私に教えてくれたことは「練習は裏切る」ということです。「練習は裏切らない」と信じ込んでトレーニングをしている方がいますが、ただ量をこなすだけでは駄目で、父もスランプから抜け出そうと闇雲に練習量を増やして、かえってひどい状態になった苦い経験があったそうです。
こうしたことを父から聞かされていたので、私も父に続く成績を残すことができたのかなと思います。自分を客観的にしっかり見つめていくこと、これは科学するということだと思いますが、とても大事なことだと思います。

(5)不易流行
いつまでも変わらない本質的なものの中に変化する新しいものを取り入れていく「不易流行」という言葉が好きです。変わらないものと変わるもののバランスはその時々で変わると思いますが、時代に合わせて変化していくことも不易を守っていくことにもなると思いますし、改革する気持ちを持つことが大切なのではないかと思います。
長い競技人生の中で体のメンテナンスをしないといけない年もありましたが、そういう時期に私は研究をしたり、様々な新しいトレーニングや運動をしていました。

(6)成功体験と失敗体験
成功体験が邪魔をするということも覚えておく必要があると思います。2004年のアテネ大会で金メダルを獲得してから10年以上競技を続けましたが、もし金メダルを獲得した時に「自分にとって最高の状況ができたからもういい」と思ってしまったら競技を続けなかったと思いますし、挑戦することもなかったと思います。成功したがゆえに挑戦することを恐れてしまうようなことがあってはいけないと思います。
一方、失敗を体験することがむしろ人を大きくしていくこともありますので、両方を考えながら取り組むことが大切です。
私はオリンピックと世界選手権に代表として14回出場しましたが、メダルを獲得できたのは5回でした。9回はノーメダルで、実は予選落ちや怪我で出場できなかったこともあります。
できたところばかりではなくて、上手くいかなくてそれを乗り越えたところにこそ、多くの方に共感していただいたり多くの方のためになるということもありますので、失敗があったことは恐れずに語る方がいいとアスリートに伝えています。
何事も失敗を恐れず、チャレンジすることが大切だと思います。


講師略歴
室伏 広治(むろふし こうじ)
スポーツ庁長官 アテネ五輪ハンマー投げ金メダリスト
1997年中京大学体育学部体育学科卒業、2004年中京大学大学院体育学研究科博士課程単位取得後退学、2007年同大学復学後、博士号取得(体育学)。
2014年に東京医科歯科大学教授を務めると同時に、スポーツサイエンス機構サイエンスセンター長にも就任(2020年9月まで)、また、2014年に公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会スポーツディレクターに選任され(2020年9月まで)、2020年10月より現職。
陸上競技ハンマー投げ選手として2000年シドニー大会から2012年ロンドン大会まで連続出場。2004年アテネ大会では日本人のハンマー投げ選手としてはじめて金メダルに輝く。世界陸上では、2011年テグ大会で男子最年長優勝者として金メダルを獲得。
世界陸上とオリンピック両大会での金メダル獲得は、日本人として史上初であるほか、日本陸上競技選手権大会では1995年~2014年まで20連覇を達成。

図表.11項目の機能総合点と痛みの関係