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パンデミック下における国際通貨基金(IMF)の低所得国支援

国際通貨基金日本理事室 理事補 菊池 由紀恵


1 はじめに
初めまして、国際通貨基金(IMF)日本理事室の菊池と申します。私は新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の世界的な感染拡大から約3ヶ月が経過した2020年7月に現職に着任しました。COVID-19パンデミックは世界中の国々に多大な経済的影響をもたらしましたが、特に低所得国への影響は甚大で、低所得国の多額の資金ニーズに対応し、その経済回復・成長を支援していくことは、国際社会にとって喫緊の課題となりました。IMFも、その使命である、すべての加盟国の持続可能な経済成長と繁栄の実現のため、パンデミック発生直後から、低所得国支援の強化に向け様々な対応・取組を行ってきました。本稿では、パンデミック後これまでの約2年間にわたり、IMFがどのように低所得国支援を強化してきたのかを概観することを目的とし、その主な対応である、(1)大災害抑制・救済基金を通じた債務救済、(2)緊急融資枠の拡大、貧困削減・成長トラストを通じた融資制度の見直し、(3)特別引出権の配分、(4)能力開発の強化、(5)強靭性・持続可能性トラストの設立について、述べたいと思います。なお、本文中の意見、感想等については筆者の個人的な意見であり、また誤りがある場合も筆者個人に責任があります。

写真1:IMF本部


2 大災害抑制・救済基金(CCRT)による最貧国への2年間の債務救済
大災害抑制・救済基金(CCRT)は、壊滅的な自然災害や、大規模かつ急速に拡大する公衆衛生上の緊急事態が発生した場合に、IMFが適格の低所得国*1に対して債務救済を行うための基金です。2010年のハイチ地震を契機に、大規模災害に見舞われた貧困国がIMFに対して追う債務を救済するため、CCRTの前身となるPCDR基金が設立されました。その後2015年に、前年のエボラ流行を機に、感染症流行国に対する債務救済が対象に加えられ、名称もCCRTに改称されました。
CCRTの下で行われる、感染症流行国に対する債務救済は、エボラ流行という一部の地域における感染症流行を念頭に、当該国において人命に関わる感染症が複数地域で発生し、その感染拡大により著しい経済的打撃が既に確認されている場合にのみ、債務救済を行う制度となっていました。しかしながら、COVID-19パンデミックのような全世界的な感染症発生時には、ある国において、その時点ではそれほど感染症が拡大しておらず、経済的影響もまだそれほど見られない場合であっても、今後他の国と同様に感染症が拡大していく蓋然性が高く、早期の感染拡大防止策や経済対策の実施が必要となります。この観点から、2020年3月末に、CCRTの適用基準の拡大が理事会で承認され、理事会が当該感染症を「公衆衛生災害」であると認定した場合には*2、当該「公衆衛生災害」による国際収支上のニーズが発生していること、当局が同ニーズに対処するため適切なマクロ経済政策を実施していることを条件に、すべてのCCRT適格国が最大2年間にわたり債務救済が受けられるよう制度が変更され、債務救済額についても、最大クオータ対比20%から、24ヶ月間に返済期限を迎える債務全額に変更されました*3。また同時に、「公衆衛生災害」として理事会で認定されたCOVID-19パンデミックによる経済的影響を受けているCCRT適格国の流動性確保のため、2年間にわたる債務救済を実施するとともに、今後想定される新たな災害発生に備えるため、ファンドレイジングが開始され、日本を含む18カ国及びEUより、総額で6億SDRを超えるグラント貢献がありました。これらのグラント貢献等により、2年間で31ヶ国に対し総額約6億9,000万SDRの債務救済が行われ、CCRT適格国における流動性資金の確保に大きく貢献しました。


3 緊急融資枠の拡大、貧困削減・成長トラスト(PRGT)融資制度の見直し

(1)IMFの融資制度の概要
パンデミック発生後の緊急融資枠の拡大や、貧困削減・成長トラスト(PRGT)融資制度の見直しについて述べる前に、IMFの融資制度について簡単にまとめたいと思います。IMFの融資は、加盟国の国際収支上の困難を解決し、強固かつ持続可能な経済成長を支援するために行われ、すべての加盟国が利用可能な一般資金勘定を通じた融資と、低所得国*4のみが利用可能なPRGTを通じた譲許的な融資があり、異なる国際収支上のニーズに応じた様々なスキームがあります(参考1 IMFの融資制度(引用:IMFファクトシート)参照)。通常、IMFの融資は、一般勘定、PRGT共に、事前に当局とIMFとの間で合意した経済政策プログラムに基づき、特定の政策を実施することを条件(=コンディショナリティ)に融資が実行されます。一方で、災害や紛争発生、コモディティ価格の変動等により、喫緊のニーズが発生した場合には、事前や事後のコンディショナリティを原則伴わずに、緊急融資を実施するスキームもあります(一般勘定、PRGT)。その他、既に強固な政策を実施している加盟国に対し、国際収支上の危機が高まった際に速やかな資金実施を行えるよう、事前に融資枠を設定する制度もあります(一般勘定のみ)。なお、IMFのリソースを保護するため、一般勘定、PRGT共に、年間及び累積のアクセス上限が設けられています。

(2)緊急融資枠の拡大、年間アクセス上限の一時的引き上げ
パンデミック発生後、特に新興国や途上国において、感染拡大対策や経済対策等の実施により、喫緊の資金ニーズが高まっていることを受け、2020年4月に、コンディショナリティを伴わない緊急融資スキームである、RFI(一般勘定)、RCF(PRGT)について、年間アクセス上限が50%から100%に、累積アクセス上限が100%から150%に、それぞれ6ヶ月限定で引き上げられました*5。その後、複数回にわたり、上限の引き上げ期間が延長されましたが、緊急融資の年間アクセス上限の引き上げは2021年12月末で終了し、現在の年間アクセス上限は、RFI、RCF共に、クオータ比50%と設定されています。一方で累積アクセス上限については、2021年12月に18ヶ月間の延長が承認され、2023年6月末までは150%のアクセス上限が維持されることになりました。
また、2020年7月には、一般勘定及びPRGTの年間アクセス上限が、145%から245%、100%から150%にそれぞれ引き上げられました*6。これらのアクセス上限の引き上げにより、IMFはパンデミック発生直後の加盟国の資金ニーズを速やかに支援することができ、2020年と2021年上半期に、PRGT適格国69ヶ国のうち53ヶ国に対し、約140億ドルのPRGTを通じた無金利の融資が実施され、その大半は緊急融資スキームであるRCFが占めていました。

(3)PRGT融資制度見直し
(2)で述べたとおり、パンデミック発生直後の低所得国の喫緊の資金ニーズに対応するため、初期対応として多くの低所得国に対し緊急融資が実施されましたが、低所得国が抱える構造的な債務脆弱性や対外不均衡を解消し、強靭な経済回復・経済成長を実現していくためには、中長期的に構造改革に取り組んでいくことが不可欠です。一方で、パンデミック前からの融資残高やパンデミック後の緊急融資により、既にアクセス額を上限近くまで活用しており、譲許的なPRGTによる融資がほとんど活用できない状況となっている低所得国も多くあったため、年間・累積アクセス上限の引き上げを中心に、PRGTの制度改革にかかる議論を早急に進めていく必要がありました。また、PRGTの融資は、一般勘定による融資とは異なり、加盟国の出資により保有している自己資金は用いず、別途貸付原資を市場金利(SDR金利)で加盟国から調達したうえで、これを市場金利より低い金利で低所得国に貸し出しを行っており、この調達金利と貸出金利との差額分については、過去の金の売却益やドナー国からのグラント貢献により得られた資金を原資とした投資収益により充当される(=利子補給)される、“self-sustaining”な独立したファイナンス構造として設計されています。パンデミック発生直後の2020年4月に、融資の急増に対応するため、取り急ぎの対応として融資原資のファンドレイジングが開始されましたが、低所得国の急増する資金ニーズに対応していくためには、大幅な資金不足が見込まれる利子補給金への対応を含め、より中長期的な観点から資金基盤の強化を検討する必要がありました。こうした問題意識を背景に、理事会で、1年近くにわたり慎重な議論が行われ、2021年7月に、(1)次回レビュー(2024-25年を予定)までの間、PRGTの年間・累積アクセス上限を、一般勘定と同水準の、年間145%(2021年12月末までは一般勘定と同様245%)、累積435%に引き上げること、(2)より所得水準の低い国が、一定の要件を満たした場合に認められる、(1)のアクセス上限を超えた例外的なアクセスの上限を撤廃すること、などが承認されました。また、PRGTの資金基盤強化については、低所得国の資金ニーズに適切に対応するために必要な融資能力を確保するため、4.で述べるSDRチャネリング等を通じ、融資原資126億ドルSDR、利子補給金28億SDR*7を目標とするファンドレイジングが開始されました。本年3月時点で、日本を含む複数国より、総額融資原資約73億SDR、利子補給金5億SDRの貢献がありましたが、特に利子補給金については大きく目標額から乖離している状況にあり、IMFは引き続き経済的な強固な加盟国とその貢献に向けた議論を行っているところです。


4 特別引出権(SDR)の配分
2021年8月、パンデミックによる世界的経済危機において、国際的な流動性を確保するため、IMF史上最大となる6,500億米ドル相当の特別引出権(SDR)の配分が承認され、うち約2,750億米ドルが新興市場国・発展途上国に配分されました。これらの配分額は、各国において準備資産の積み上げや、パンデミック対応のための社会支出等に活用されています。また、全加盟国に配分されたSDRを、脆弱国支援に有効に活用するため、対外収支が良好な加盟国が、自主的に自国のSDRを部分的に振り分けるSDRチャネリングも進められており、日本を含む複数の加盟国より、先に述べたPRGTの資金基盤の強化のためのSDRチャネリングを通じた貢献があったほか、本年4月に新たに設立された強靭性・持続可能性トラストへのチャネリングに向けて各加盟国との間で議論が行われています。


5 強靭性・持続可能性トラスト(RST)の設立
本年4月、低所得国と脆弱な中所得国を対象に、気候変動やパンデミックなどのマクロ経済的リスクを伴う長期の構造的課題の解決を後押しするため、強靭性・持続可能性トラスト(RST)の設立が承認されました。RSTは、一般勘定とPRGTに次ぐIMFの融資スキームの第3の柱として、長期的な低コスト融資を提供し、適格国の長期的な国際収支安定性の強化を支援することを目的としており、本年秋のオペレーション開始を目指し現在準備業務が進められているところです。


6 能力開発
(Capacity Development)
能力開発は、IMFの3つの中心的な組織的役割の1つとして、サーベイランス(加盟国の経済政策や金融政策のモニタリング)、融資と共に、重要な役割を果たしています。財務当局、歳入当局、中央銀行等の政府の経済関係当局の能力強化は、経済の安定、包括的な成長、雇用の創出のための効果的な政策を実施していく上で不可欠であり、IMFは50年以上にわたり、加盟国当局の能力強化に取り組んできています。特に低所得国においては、当局の能力強化が不可欠であり、IMFの能力開発関連の予算のうち、約5割が低所得国向けに活用されています。なお、日本は最大のパートナーとして、1991年よりIMFの能力開発に資金貢献を行ってきています。
パンデミック発生後、IMFは速やかにバーチャル形式でのミッションに移行し、160ヶ国以上の加盟国に対し、各国のニーズに応じ、喫緊の課題である、国内歳入動員、公共資金管理能力強化、債務能力管理強化等の能力強化を実施しました。またパンデミックを受けて急増する新興国・低所得国の能力開発ニーズに対応するため、COVID-19 Crisis Capacity Development Initiativeを立ち上げ、加盟国の適切なパンデミック対応、経済回復に不可欠な分野の能力開発を提供してきました。その他、パンデミックにより対面での技術協力や研修の実施が難しい状況下において、加盟国の政府職員の能力強化を効率的に行うため、日本政府等の資金提供により、オンラインコースを拡充し、これまでに加盟国の130,000名以上の政府職員等がコースを受講し、36,000名以上がコースを修了しています。

写真2:オンラインコース


コラム
パンデミック後のIMFの勤務形態
IMFは、スタッフに感染者が発生したことなどを受け、2020年3月中旬から完全リモートワークに移行し、その後翌2021年5月末まで、物理的な出勤が不可欠なスタッフ以外は原則リモートワークとする体制が続きました。理事会も2021年6月末まで完全バーチャルとなりましたが、公式理事会、非公式理事会含め、全部で500回以上の理事会がバーチャルで開催され、加盟国への融資や、パンデミック対応のためのポリシーの見直し等、多数の案件が承認されました。


7 おわりに
パンデミック発生から2年以上が経過し、ワクチンの普及等により、低所得国を含む多くの加盟国においてパンデミックからの回復傾向を見せていましたが、今般のウクライナ戦争を契機とした食料・燃料価格の上昇等により、低所得国は新たな危機に直面しています。今後もIMFがその使命である、低所得国を含む全加盟国の持続可能な経済成長・繁栄に向けて、国際社会において重要な役割を果たしていくことが重要であり、理事会の一員としてその議論に貢献していきたいと考えています。

図表.(参考2)PRGTを通じた融資実績(2008‐21年)(単位:SDR billion)


*1) 1人あたりGNIが、世界銀行グループ・国際開発協会(IDA)の適格基準以下の国(2022会計年度:,205)、及び、1人あたりGNIがIDA適格基準の2倍以下の、人口150万人以下の国。
*2) 世界保健機関(WHO)のガイダンスに従う。
*3) 半年ごとに、その時点のCCRTの残高を踏まえて、理事会でディスバースの可否が判断される。
*4) 2020年2月時点で、69ヶ国がPRGT適格国として認定(2年ごとに見直し)。
*5) RFIはRegular windowとLarge Natural Disaster(LND)window 、RCFはRegular window、Exogenous Shock(ES)window、LND windowで構成されているが、この時アクセス上限が引き上げられたのは、RFIのRegular window、RCFのES windowのみ。大規模自然災害発生時に活用可能なLND window(RFI、RCF)については、2021年6月に年間・累積アクセス上限がそれぞれ50%ずつ引き上げられ、130%、183.3%とされた(その後同年12月に、年間アクセス上限は元の水準である80%に引き下げ)。
*6) 一般勘定の年間アクセス上限の引き上げ期間は、複数回にわたる延長の後、2021年12月末をもって終了し、現在のアクセス上限は、パンデミック前の水準と同等の145%。PRGTのアクセス上限は、2021年3月に、(3)で述べるPRGT融資制度見直しが理事会で承認されるまでの暫定的な措置として、年間アクセス上限245%(2022年1月より145%)、累積アクセス上限435%に引き上げられ、その後、同年7月に開催された理事会において、次回レビュー(2024-25年を予定)までの引き上げが承認された。
*7) うち5億SDRは、PRGTの管理運営費用等の一般勘定への支払を一時的に停止することにより確保。