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コラム 経済トレンド97

企業による気候関連の情報開示について

大臣官房総合政策課 調査員 大井 克彰/高根 孝次

本稿では、企業による気候関連の情報開示の取組みとその意義について考察する。


気候変動対策とTCFD
地球温暖化の進行に伴う海面上昇や異常気象等の自然災害は、世界規模で経済損失を生み出している(図表1 世界の気象災害による経済損失)。今後も経済損失の増加が懸念される中、10年間に重大な悪影響を及ぼすグローバルリスクをみても環境問題が上位を独占しており(図表2 今後10年で最も深刻なグローバルリスク(2022年版))、こうした背景から、国際機関や各国で気候変動対策に関する様々な取組みが加速している。
その一つとして挙げられるのが、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下TCFD)である。TCFDは、企業等が気候変動リスク及び機会についての情報を正しく開示しないことによって、金融機関等が企業の価値を適切に評価することができず、結果的に金融システムの安定性が損なわれる脅威に対応するために、G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)によって設立された。
2017年6月には、気候関連のリスクと機会に関わる「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」を自主的に情報開示をすべきとする提言がなされた(図表3 TCFD提言と推奨される情報開示)。


TCFDの推進状況
TCFD提言は、すべての企業に情報開示を推奨しているが、産業・企業間で気候変動に対する事業への影響や開示可能な情報には差があるため、あくまでも任意の情報開示のための枠組みとされている。また、企業等がTCFD提言に賛同し、段階的に様々な企業や組織に広がることで、包括的な理解が形成されることが期待されている(図表4 TCFD提言実施に向けた道筋)。
こうした中で、気候変動に関する財務情報開示を積極的に進めていくという趣旨に賛同する機関数は、日本が最多であり(図表5 各国のTCFD賛同機関数(2022年4月25時点))、その開示内容においても、CDP(注)評価で最も高評価であるAスコアを獲得した企業数が最多となっているなど(図表6 CDP 気候変動Aリストにある企業数(上位8か国))、日本企業が時間と労力を投入して量・質ともにTCFD提言の推進の一翼を担っていることがうかがえる。
足元では、各国で企業に気候関連財務情報の開示を求める動きがみられ、日本では2021年6月の「コーポレートガバナンス・コード及び投資家と企業の対話ガイドライン」の改定により、TCFDの提言に基づいて開示すべきであることが記載され、2022年よりプライム市場上場企業1,841社に開示要請がされている。情報開示を通じて、投資家の投資判断に必要な情報を適切にわかりやすく提供するとともに、企業と投資家との間の建設的な対話を通じて、企業の中長期成長を促すことが期待されている。

(注)気候変動に関する質問書を企業等に送付し、それに対する回答からスコアを付与して公表するNGO。2018年よりTCFDに準拠する形で質問書を改訂し送付している。


気候関連の情報開示が求められる背景
気候変動は企業経営に重要な影響を与えるリスクになる一方で、企業特性によっては、気候変動やそれに係る対応が様々な利益を生む機会にもなり得る。そのため、TCFD提言においては、企業に「リスク」と「機会」双方を投資家の投資判断要素として提供するよう推奨している。
具体的には、リスクとしては、気候変動による物理的リスクと共に、低炭素経済へと移行する中で「政策及び法規制」「技術」「市場」「評判」の変化による移行リスクが挙げられている。一方で、機会としては、気候変動対策のための投資を通じた効率化や、消費者や生産者の選好の移り変わりによる需要増などが挙げられており、こうした低炭素経済へ適応する取組みは、企業にとって競争力が強化され、利益を得るチャンスにもなる(図表7 TCFDにおける気候関連リスク・機会・財務的影響)。
また、そうした気候変動をビジネスチャンスにする取組みには、中長期の投資が不可欠である。そのためにも気候関連リスク及び機会を適切に評価し、自社にもたらす財務的影響を開示することが、投資のための資金調達を可能にし、企業の持続的な競争優位に繋がる。実際にTCFDへの賛同・情報開示を行う企業へのアンケートでは、情報開示が、リスクと機会やそれに対する戦略への理解向上とともに、金融機関等や顧客との関係性向上に役立ったと回答する企業が増加している(図表8 TCFDへの賛同・情報開示で得られたメリット(金融機関・非金融機関計))。


企業における気候変動への向き合い方
TCFD提言は、気候変動に関するあらゆる政府の規制が、企業の海外逃避等に帰結する恐れがある中で、あくまでも国際的な協調をもって、自主的な裁量で情報開示を推奨したことに意義がある。低炭素経済に向けた取組みについては、費用をかけてまで情報開示を行うことに便益を感じない企業も存在するが、日本においては、社会的要請が強く、気候変動に要する資金調達が必要な業種・大企業が情報開示を行い(図表9 環境に関する情報開示企業割合)、それを評価した投資家が投融資を行うという形が生まれており(図表10 国内企業等によるグリーンボンドの発行実績)、TCFD提言の目的は一定程度達成されていると考えられる。
企業が目指すべきゴールは、情報開示そのものではなく、情報開示を通じて投資家からの理解を得て、必要な資金を調達し、低炭素経済に資する技術やノウハウを実装することにある。気候変動に関するリスクや機会が複雑化する中において、今後、日本企業が、目指すべきゴールを意識した質の高い情報開示を行っていくことが期待される。


(出典)World Meteorological Organization“WMO ATLAS OF MORTALITY AND ECONOMIC LOSSES FROM WEATHER,CLIMATE AND WATER EXTREMES(1970-2019)”、世界経済フォーラム「第17回 グローバルリスク報告書 2022年版」、TCFD「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」、TCFDコンソーシアム「TCFD開示・活用に関するアンケート調査」、CDP「気候変動レポート 2021:日本版」、環境省「環境にやさしい企業行動調査」「グリーンファイナンスポータル」
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。