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債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)と債務問題の今後の展望

国際局開発政策課 開発金融専門官 小荷田 直久*1/同 調整係長 川野 晋平*1


近年、低所得国を中心に、開発途上国の公的セクター(政府や政府系機関等)による海外からの借入が増加し、債務持続可能性への懸念が高まりつつある。こうした中、新型コロナウイルス感染症の拡大が低所得国の経済活動や国家財政を直撃し、多くの国が当面の資金繰りに窮する事態に陥った。この事態に対処すべく、2020年4月、G20及びパリクラブ*2は、「債務支払猶予イニシアティブ(DSSI:Debt Service Suspension Initiative)」を立ち上げ、低所得国が抱える公的債務の支払いを一時的に猶予する措置に踏み切った。DSSIは2年弱実施され、2021年末にその役割を終えた。本稿では、DSSIの成果や教訓を紹介し、今後の債務問題を考える上での足がかりを提供することとしたい。


1 DSSI合意までの背景
途上国、中でも民間投資資金の流入が限られている低所得国は、インフラ整備等の膨大な開発資金ニーズに必要とされる資金の多くを、海外からの借入で賄っている。これまでは、日本を含む伝統的な先進債権国(パリクラブ国)がそうした資金の出し手であったが、近年、パリクラブには所属しない、中国等の新興債権国やユーロ債券の保有者を始めとする民間債権者が主要な資金の出し手として存在感を高めている(参考1 低所得国における対外公的債務残高(対GDP比)と債権者構成割合参照)。低所得国が抱える公的債務は年々累積し、IMF・世銀は、いまや過半数の低所得国が債務破綻状態又は債務破綻に陥る高いリスクがあると警鐘を鳴らしている(参考2 IMF・世銀の低所得国向け債務持続可能性分析における格付比率参照)*3。こうした中、新型コロナウイルス感染症は、低所得国の経済活動を直撃し、国家財政の悪化に拍車をかけることとなった。
パリクラブが主要債権国だった一昔前であれば、パリクラブが対応を検討し、アクションを起こすことで、多くの問題に対処できたが、今日、中国等の新興債権国を含むG20が、パリクラブと共に、途上国の債務問題への統一的なアクションを主導する形となっている。2020年3月25日、IMF・世銀がG20に対し、低所得国の債務支払を猶予すべきとの提言を盛り込んだ共同声明を発出したことを契機に、同年4月15日、G20及びパリクラブはDSSIに合意した。連日連夜、G7やG20、パリクラブ等での交渉が集中的に行われ、舞台裏では、喧々諤々の議論があったが、IMF・世銀の共同声明から僅か3週間で、非パリクラブ国*4を初めて巻き込んだ画期的な債務の取組みとして、DSSIが結実した。なお、DSSI合意に向けて、フランスが果たした役割は決して小さくはない。同国の経済・財政省は、かれこれ60年以上も、議長・事務局としてパリクラブを率いる一方、G20でも債務問題を取り扱う作業部会の共同議長を務め、一人二役で双方の議論を取り仕切り、パリクラブ・G20間の橋渡しを行った。


2 DSSIの概要とその実施プロセス
DSSIの概要は以下の通り(後掲図参照)*5。当初、2020年5月から同年12月末までの8か月間に支払期日が到来する債務支払を猶予し、コロナ禍での保健分野等への優先的な支出配分に貢献するとの合意であった。しかし、その後もコロナの影響が長引き、支払猶予の対象期間を二度延長し、DSSIはトータルで1年8か月の期間の取組みとなった*6。
債務国がDSSIの恩恵を受けるには、各債権国と二国間で個別に交渉し、融資契約等の規定を修正し、これに合意する、という法的な手当てが必要となる*7。ここで、各債権国による猶予措置(例えば、返済スケジュールに関する規定等)がバラバラになることを避けるため、パリクラブ債権国の場合は、事務局を務めるフランスが共通の合意文書(覚書)を用意し、要請国と、債権を有する全てのパリクラブ債権国が、これに署名するプロセスを経ることとした。これにより、要請国と、各パリクラブ債権国は、原契約の修正等にあたり、この覚書の内容をモデルとして二国間交渉を進めることが可能となり、パリクラブ債権国内での具体的な措置の整合性を確保することができた。一方で、非パリクラブ債権国の場合は、パリクラブのような事務局機能を有する主体が存在しないため、モデルがないまま、最初から、二国間で個別に交渉を行っている。
その他、実効性を確保するために、DSSI要請から二国間合意まで相当の時間を要するため、債権国は二国間合意で法的な手当てが完了する前でも、DSSIの要請があったことをもって、事実上、債務支払猶予を開始する取扱いとした。また、DSSIよりも前から発生していた延滞債務は、DSSI実施期間中は返済を求めない整理となった*8。


3 DSSIの成果
DSSI対象期間中(2020年5月~2021年12月末)、凡そ50か国の国が恩恵を受け、債務支払猶予額は、以下の通り、129億ドルと推計される*9。*10*11

パリクラブの額は全体の半分にも満たず、非パリクラブ国を巻き込むことが如何に重要かは明らかである。低所得国は、DSSIで支払猶予を受けた129億ドル分を保健分野等への優先的な支出配分に貢献することができ、DSSIは、国際金融機関からの支援*12と合わせて、こうした諸国の社会・経済活動を下支えしたと言えよう。


4 DSSIの教訓
DSSIは短期間の言わば突貫工事で合意した取組みであったこともあり、様々な問題が実施過程で顕在化した。このうち、大きな課題として、2点紹介したい。

(1)非パリクラブ国との協調:パリクラブの場合、要請国との調整の窓口役を務めるパリクラブ事務局に全ての情報が一元的に集められ、同事務局がパリクラブ債権国の措置の整合性の確保のために重要な役割を果たした。一方で非パリクラブ債権国については、全体を俯瞰して進捗管理等を行う事務局が存在せず、パリクラブ事務局としても、越権行為を承知で、非パリクラブ債権国の情報収集に乗り出し進捗管理等を行えるような例外的で踏み込んだ体制を確立するには至らなかった。G20作業部会が全体の進捗モニタリングを行っていたものの、非パリクラブ債権国の措置は基本的に彼ら任せとなり、その結果、特定の要請国を巡り、パリクラブ債権国だけがDSSIを実施し、非パリクラブ債権国は実施していないと思われる事象が散見された。この問題は最後まで解消せず、課題として残った。

(2)民間債権者の参加:G20・パリクラブはDSSIに参加することが当然とされた一方、民間債権者は、同等の条件でDSSIに参加することを「要請」されるに留まった。このように官民の債権者の間で差異を設けたのは、民間債権者には、銀行や資産運用会社、ヘッジファンド等、多種多様のステークホルダーが複雑な契約形態で関与*13しており、one-size-fits-allのアプローチの採用が困難であること、民間債権者に債務支払猶予を強制すれば、DSSI要請国の国際金融市場からの将来の借入コストの上昇、ひいては民間投資資金の流入減少が懸念されたこと等が背景にあり、公的な二国間債権者との性質の違いに鑑み、あえて意図的にそのようにしたのである。更に、格付会社は、民間債権者によるDSSIの実施は、公的な二国間債権者の場合と異なり、ソブリン債の信用格付に適用する評価手法に基づき、実質的なデフォルトと見なすことを示唆しており*14、実際にパキスタンやエチオピアでは民間債権者のDSSIへの参加を念頭に格下げされる可能性も示された*15。こうした懸念に対処し、民間債権者の参加を促すため、彼ら向けのDSSI実施要領や、デフォルトをトリガーさせないウェイバー条項を盛り込んだ契約雛形等も作成された。しかし、中国政府が“民間金融機関”と主張する、鵺のような中国国家開発銀行を除いて、民間債権者のDSSIへの参加は得られなかった。


5 今後の展望
DSSIは、パリクラブ国と非パリクラブ国間の公平な債務措置の実効性の確保や、民間債権者の関与の確保の点で、多くの教訓を提供した。また、DSSIは、あくまで一時的な支払猶予を行い、流動性を供給する方策に過ぎず、途上国の中期的な債務持続可能性の回復まで約束するものではない。このため、G20及びパリクラブは、DSSIで急場を凌いだ上で、低所得国が抱える債務問題の根本要因に切り込み、持続的な経済成長の実現を支援するための新たな協調の枠組みとして、2020年11月、「DSSI後の債務措置に係る共通枠組(Common Framework for Debt Treatments beyond the DSSI)」に合意し、これに基づき、個別国の債務救済の議論が現在行われている*16。特に、DSSIが終了した2022年は、低所得国の債務支払の負担(参考3 低所得国の対外公的債務支払額参照)はコロナ禍以前の水準まで戻り、また、現下のエネルギー・食料価格高騰の影響が、非資源国を始めとして重くのしかかる中で、債務問題は一層深刻化している。こうした中、非パリクラブ国を含む公的な二国間債権者が、「共通枠組」の下で協調し、迅速に債務救済を実施すると共に、民間債権者による同等の貢献を確保していくことが、低所得国の経済再生の道筋を作る上で、極めて重要である。また、本稿では、低所得国に焦点を当てたが、それ以外の国でも同様の問題に直面*17しており、国際社会が一体となって、債務問題に対処し、危機を未然に防ぐための取り組みを進めることが期待される。
(以上)


*1) 本稿において意見の表明に当たる部分は、筆者個人の見解であり、財務省、日本政府の意見を代表するものではない。ありうべき誤りは全て筆者個人に帰する。執筆者の肩書は令和4年7月1日現在。
*2) 対外債務の返済が困難となった国に対し、二国間の対外公的債務に係る債務再編措置(債務の繰延や削減)を取り決めるための、主要債権国による非公式会合。日本を含む22か国(G7諸国(加・仏・独・伊・日・英・米)・オーストラリア・オーストリア・ベルギー・ブラジル・デンマーク・フィンランド・アイルランド・イスラエル・韓国・オランダ・ノルウェー・ロシア・スペイン・スウェーデン・スイス)が参加。
*3) 2022年6月末時点、アフリカ諸国では低リスクに分類される国がなく、一層懸念されている。
*4) パリクラブに参加していないG20の国は、アルゼンチン、中国、インド、インドネシア、メキシコ、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ。
*5) 2020年4月15日G20財務大臣・中央銀行総裁会議声明のアネックス2に記載。
(https://www.mof.go.jp/english/policy/international_policy/convention/g20/g20_20200415_01.pdf)
*6) 2020年10月に、2021年6月末までの半年間の延長に合意し、2021年4月には、更に2021年12月末までの期間延長に合意。関連するG20財務大臣・中央銀行総裁会議声明は以下を参照されたい。
https://www.mof.go.jp/english/policy/international_policy/convention/g20/g20_201014.pdf
https://www.mof.go.jp/english/policy/international_policy/convention/g20/g20_210407.pdf
*7) 日本の場合、対象となる債権を有する貸付等機関は、JICA、JBIC、NEXI、農林水産省の米売払代債権。日本政府が相手国と交換公文を締結した上で、更に契約変更等の必要がある各機関は相手機関との間で手続きを行う。
*8) 2020年11月13日G20財務大臣・中央銀行総裁特別会合声明のアネックス2に記載。
(https://www.mof.go.jp/english/policy/international_policy/convention/g20/g20_201113_1.pdf)
*9) DSSI要請状況をもとに集計した計数(各々の計数において、単位未満を四捨五入している)。確定値ではなく、推計値としているのは、本稿執筆時点で、一部の債権国と要請国との間で二国間合意が完了しておらず、要請取り下げ等による計数の変更が起こり得るためである。なお、ドルへの換算レートは、当初分は2020年4月30日、延長分及び再延長分は2020年12月23日時点のものを使用している。
*10) 当初DSSIの額、延長DSSIの額及び総額はG20財務大臣・中央銀行総裁会議声明から引用。再延長DSSIの額はその差し引きで算出。なお、中国政府は、中国国家開発銀行(CDB:China Development Bank)が民間債権者として、当初DSSI及び延長DSSIに参加した旨発表しており(CDBのウェブサイトで公表)、それぞれの期間にはCDBの自己申告による債務支払猶予額が含まれている。再延長DSSIについては、CDBは債務支払猶予の実施の有無を含め、明らかにしなかったため、当該額は含まれていない。
*11) 非G20・非パリクラブのポルトガル、G20・非パリクラブのトルコの2か国は、一部の要請国について、パリクラブ債権国と共に対応したため、当該分の債務支払猶予額はこの内数に含まれている。
*12) 国際金融機関の支援としては、DSSI対象国に対して、2020年4月~2021年12月までの間に、IMF総融資額260億ドル(純額214億ドル)、MDBs総支出額660億ドル(純額482億ドル)、を計上。
*13) 国際金融協会(IIF)によると、DSSI対象国のうち、民間債権者からの借入は半数程度、ユーロ債券を発行しているのは22か国。
*14) 例えばMoody’s“Potential credit implications of G20 debt relief initiative for private-sector creditors”(2020年4月24日)やS&P“COVID-19 and implications of temporary debt moratoriums for rated african sovereigns”(2020年4月29日)を参照。
*15) Moody’sのレポート(パキスタン(2020年5月14日)、エチオピア(2020年5月7日))を参照。
*16) 2022年6月末時点、「共通枠組」に基づく債務措置を、チャド、エチオピア、ザンビアが要請中。
*17) 近年、アルゼンチンやエクアドルでは、対外民間債務に対してデフォルトを起こし、債務再編が行われた。こうした新興国は、対外公的債務残高に占める民間債権者のシェアも大きく、債務問題への彼らの関与が一層重要となる。