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特集 日本産酒類の販路拡大・消費喚起に向けたイベント推進事業 国税庁の「Enjoy SAKE! プロジェクト」

国税庁は日本産酒類の競争力強化・輸出促進に向けた取組を行っているが、令和3年度の補正予算では、「Enjoy SAKE! プロジェクト」として各種イベントや情報発信のモデル事例の構築で酒類業界の支援をしている。本特集ではその内容を紹介する。
取材・文 向山 勇

国税庁の任務
内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現と酒類業の健全な発達

酒税は安定した税収を確保できる国家財政に大きく貢献する税目
酒類は、酒税が課される物品であり、安定した税収が見込まれることから、財政上、重要な役割を果たしている。
酒税は、明治以降に地租とともに政府の大きな財源となり、一時は地租を抜き国税収入の中で首位となったこともあったが、その後は、所得税・法人税等の直接税のウエイトが高まり、令和2年度においては、酒税が国税収入に占める割合は1.7%となっている。しかし、酒税は、年によって大幅な増減がない安定した税収を確保できる税目であり、国家財政に大きく貢献している。
その中で酒類事業者が消費者へ酒税を円滑に転嫁し、酒税を確実に徴収できるよう、酒類の製造及び販売業については免許制度が採用されている。国税庁は、酒類業の所管官庁として、免許事務を取扱い、事業者からの相談や申請等に対応している。また、人口の減少、生活様式の多様化といった環境の変化を踏まえつつ、酒税の保全と酒類業の健全な発達を図るため、施策を行っている。
更に酒類は、「百薬の長」と言われているなど、その国の食文化ともかかわりが深く、伝統的な嗜好品の一つといえる。ただし、アルコール飲料であるため、致酔性、習慣性を有するなど、社会的に配慮を要する物品でもあり、酒類の適正な販売管理を確保する必要がある。国税庁は、酒類事業者と連携し20歳未満の者の飲酒防止の啓発活動、アルコールの健康障害対策等への対応にも取り組んでいる。加えて最近は、資源リサイクルに関する社会的な要請も高まっているため、酒類容器のリサイクル等の取組も行っている。

高付加価値化、海外展開等により酒類事業者の新たな取組も
一方で酒類の国内出荷数量は、平成11年度をピークとして減少してきているが、近年では、商品の差別化、高付加価値化、海外展開等に取り組む事業者も少なくない。また、酒類は地方創生やクールジャパン等の観点からも重要なコンテンツであり、こうした新たな観点からの展開も広がっている。また、日本産酒類への国際的な評価の高まりから、輸出も拡大している。
国税庁は、酒類業の更なる競争力強化や輸出促進を図るため、関係省庁・機関等と連携して、国内外における認知度向上のための情報発信、海外における販路開拓支援、国際交渉等を通じた輸出環境整備に積極的に取り組むなど、国内向け施策と輸出促進施策を両輪に酒類業の振興に努めている。
このうち、日本産酒類の輸出促進に係る取り組みについては、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画・フォローアップ」(令和4年6月7日閣議決定)等累次の閣議決定において、輸出拡大等の方針が示されている。
また、政府全体としては、「農林水産物・食品の輸出額を、2025年までに2兆円、2030年までに5兆円とすることを目指す」とされており、目標の達成に向けて、「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」(令和2年12月15日農林水産業・地域の活力創造本部決定)において、重点27品目及びターゲット国ごとの輸出額目標等が定められた。酒類については、清酒、ウイスキー、本格焼酎・泡盛の3品目が重点品目とされたことを受け、国税庁ではこれらの品目及びターゲット国ごとに定めた戦略を着実に推進していく予定。

新型コロナウイルス感染症の影響への対応
令和3年度補正予算で「Enjoy SAKE! プロジェクト」を実施

新型コロナウイルス感染症の影響により、苦しむ飲食業界や酒類業界
令和元年度に発生した新型コロナウイルス感染症の影響により、その感染が拡大するとともに、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が発令され、飲食事業者は、休業や時短営業を余儀なくされることとなった。特に飲酒を伴うことの多い、年末年始の忘年会、新年会や、3月から4月の歓送迎会といった会の開催も控えられることとなり、そうした場所を提供してきた居酒屋等の飲食店に重大な影響を及ぼすこととなった。その影響は、ひいては、そうした飲食店に酒類を卸している酒販店や酒造メーカーにも、甚大な被害をもたらすこととなった。

令和3年度補正予算で販路拡大・消費喚起に5.5億円
上述のとおり、酒類業界の直面する厳しい状況がある中、国税庁の令和3年度補正予算(酒類業振興関係)では、新型コロナウイルス感染症の影響による外食産業の落ち込みに伴う酒類消費の大きな減退に対応するため、酒類事業者による販路拡大・消費喚起につながる取組や酒類事業者が直面する課題の解決に向けた新市場開拓のための取組への支援を推進している。具体的には(1)新市場開拓支援事業(8億円)、(2)日本産酒類の販路拡大・消費喚起等推進事業(5.8億円)となる。
新市場開拓支援事業は、酒類事業者が直面する課題や新型コロナウイルス感染症拡大の影響で顕在化した課題等に対応した、酒類事業者による新市場開拓のための取組を支援(フロンティア補助金)している。
日本産酒類の販路拡大・消費喚起等推進事業は、販路拡大・消費喚起推進(5.5億円)と無形文化遺産登録の機運醸成(0.3億円)に分かれる。販路拡大・消費喚起推進では、酒類事業者団体等による日本産酒類の販路拡大や消費喚起に向けた各種イベントや情報発信について、有効な開催手法や形態にかかるモデル事例の構築を行い、支援(Enjoy SAKE! プロジェクト)することとしている。
なお、無形文化遺産登録の機運醸成では、「伝統的酒造り」の登録無形文化財登録が答申されたこと等を踏まえ、日本酒等のユネスコ無形文化遺産登録の機運醸成への取組を加速化している。

「Enjoy SAKE!プロジェクト」の協力事業者33件を決定
前述のとおり、「Enjoy SAKE!プロジェクト」は、新型コロナウイルス感染症の影響による酒類の消費減少により酒類事業者が大きな影響を受けていることから、経済活動再開を前提としたコロナ後に向け、国内外における販路拡大や消費喚起を図るものである。
具体的には、酒類事業者団体等から協力事業者を募り、協力事業者が自ら企画・実施する日本産酒類の販路拡大や消費喚起に向けた各種イベントや情報発信について、実証・分析することで、有効なイベント等の開催手法や形態にかかるモデル事例を構築するものである。
さらに、このことで、まん延防止策等の影響で飲食店などの消費が鈍化し、結果市場に出回らなかった酒類を積極的に流通させる支援をするとともに、コロナ後の時代において、酒類事業者の継続的な販売促進につながる事業を支援する。
協力事業者の選定にあたっては、本年2月24日(木)から4月14日(木)まで募集を行い、応募総数は152件となった。
なお、協力事業者の実施するイベント・情報発信の内容により、以下の通り分類している。
ア大規模イベント
おおよそ全国の消費者を対象とし、国内外における酒類の販路拡大・消費喚起を目標とするもの。
イ中規模イベント
複数の都道府県にまたがる範囲の消費者を対象とし、その地方を中心に販売されている酒類について、近隣の大都市や都道府県庁所在地での販路拡大を目標とするもの。
ウ小規模イベント
一つの都道府県の消費者を対象とし、地域の酒類製造者及び酒類販売業者が連携して取り組むことにより、コロナ後の中での消費拡大を目標とするもの。
事業全体のテーマは「『乾杯!でつながろう』~乾杯!を増やして消費喚起、販路拡大~ #乾杯エピソード~」。
これらのテーマに則り、外部有識者等により構成される審査委員会による審査の結果、33件の協力事業者を決定した。協力事業者の事業テーマやイベント日時等については、次ページで紹介する。

コラム
令和4年度当初予算でも引き続き日本産酒類を振興
国税庁は令和3年度補正予算と合わせ、令和4年度当初予算でも引き続き日本産酒類の振興を推進していく。まず、新事業創造関係について、(1)日本産酒類の海外展開支援事業費補助金に7.0億円、(2)日本産酒類ブランド化推進に1.6億円を計上。(1)は酒蔵ツーリズムによるインバウンド需要開拓事業等が対象となる。(2)では地理的表示(GI)酒類のブランド価値向上のためのシンポジウム等を実施する。また、新規事業として若年層向けビジネスコンテストを開催する予定。
次に輸出促進関係について、(1)海外販路開拓支援に3.9億円、(2)国際的プロモーションに2.0億円を計上した。(1)では、酒類輸出コーディネーターを中心として、国内の酒類事業者を海外バイヤーや輸出商社等と連携させ、オンライン商談会やビジネスマッチングを推進する(図表 海外販路開拓支援のイメージ参照)。(2)はジャパンハウス等でのPR、海外酒類専門家等の育成、ユネスコ登録の機運醸成(令和3年度補正予算に上乗せ)等が対象となる。

輸出金額は10年連続で過去最高を記録
伸びしろの大きい海外市場に向け日本産酒類の輸出振興に取り組む

国内市場は縮小が続くが高付加価値商品の需要の高まりも
酒類の国内市場は、中長期的に縮小が続いている。これは、少子高齢化や人口減少等の人口動態の変化、高度経済成長後における消費者の低価格志向、ライフスタイルの変化や嗜好の多様化等が原因と考えられる。また、各酒類の課税移出数量の構成比率の推移を見ると、近年、その構成が大きく変化していることがわかる。特にビールの課税移出数量が大きく減少しているが、これはビールから低価格の発泡酒やチューハイ、ビールに類似した酒類(いわゆる「新ジャンル」)に消費が移行していることが一因と考えられる。さらに清酒の課税移出数量は、全体として大きく減少しているが、純米酒及び純米吟醸酒については増加していることがわかる。更に、清酒製造業の出荷金額の単価は上昇し、出荷金額も平成24年から増加基調にある。これらは、より高付加価値の商品の需要の高まりを表すものと考えられる。一方で酒類業界の大半は中小企業だが、商品の差別化、高付加価値化、海外展開等に取り組み、成長している事業者も少なくない。

国・地域別の輸出金額では中華人民共和国がトップ
そうした中で、国税庁では国内での酒類の販路拡大・消費喚起とともに輸出振興にも注力している。ここでは最近の酒類の輸出状況について紹介しよう。
令和3年の日本産酒類の輸出金額は、約1,147億円(対前年61.4%増)となり、平成24年以降、10年連続で過去最高を記録した。輸出金額を品目別にみると、ウイスキーが最も多く約462億円(対前年70.2%増)、次いで清酒の約402億円(対前年66.4%増)、リキュールの約121億円(対前年40.0%)と続いている。一方、輸出金額を国・地域別にみると、中華人民共和国が約320億円(対前年85.2%増)でトップとなり、アメリカ合衆国が約238億円(対前年72.0%増)、香港が148億円(対前年48.0%増)と続いている。
中でも清酒の輸出金額は、国際的な評価の高まり等を背景に、平成22年以降、12年連続で過去最高を記録している。清酒の輸出金額を国・地域別に見ると、中華人民共和国が約103億円(対前年77.5%増)と初めて最大の輸出国となった。次いでアメリカ合衆国が約96億円(対前年89.2%増)、香港が約93億円(対前年50.7%増)となった。輸出単価も12年連続で増加しており、マカオ、香港、シンガポール等が上位となっている。

酒類業界の抱える5つの課題
こうした状況の中、関係法令等のコンプライアンスの確保はもちろんのこと、酒類市場や需要の拡大、酒類業の健全な発達に向けた、酒類産業振興への取組、特に海外市場への輸出は伸びしろが大きいことから、国税庁では輸出促進を中心とした振興策の強化がこれまで以上に重要だと考えている。そこで、次の5つの課題に取り組む必要があると考えている。
1 商品の差別化・高付加価値化等
酒類の国内需要が長期的に減少傾向にある中で、これまでの取組を継続するだけでは、今後の需要の回復・拡大が見込めない。従来型の商品の開発・製造・販売等の方法にとらわれず、新たな商品・サービスの創造、新たな市場の開拓に取り組むことが酒類業者に求められている。近年は異業種やスタートアップ等による新規参入や、清酒の出荷金額の単価上昇(高付加価値化)の動き等も確認されており、こうした動きを酒類業界全体に広げていく必要がある。
2 海外市場の開拓(輸出促進)
現在、酒類市場は世界全体で100兆円を超えるとされているが、日本産酒類の輸出額は、世界の酒類市場の0.1%にも満たない規模にとどまっている。海外の流通市場では、地場の流通大手が圧倒的な市場シェアを占めるケースもあり、これら流通大手との取引を実施・継続することが販路拡大において重要となる。そのためには、商品の品質の高さに加え、海外における認知度の高さ(「商品を陳列すれば売れる」こと)が求められる。しかし、現状では、日本産酒類の海外における認知度は、一部の銘柄を除きまだまだ低い。認知度の向上に取り組むとともに、商品の選定・開発やその提供方法についても、現地の消費者の嗜好やニーズをより一層踏まえていく(マーケットインの発想)必要がある。
3 技術の活用と人材の確保等
酒類業従事者の高年齢化や、なり手不足が進む中、特に酒類製造業者においては、杜氏等の専門家が有する技術やノウハウの継承が課題となっている。生産体制の見直しなどを通じて、人材の確保・育成や働きやすい環境の整備、事業承継等の課題に取り組む必要がある。加えて、醸造技術をはじめとする日本酒等の文化的価値の保存に努めることにより、日本の伝統的な酒造りの技術を円滑に継承することや更なる開発・活用を進める必要がある。
4 中小企業支援
酒類事業者は、中小企業が多いものの、歴史的・文化的に地域社会とのつながりが深く、地域の中核的な存在として地域経済やコミュニティの活性化等で重要な役割を果たしている。また、酒類及び酒類事業者は、経済・観光資源として地方創生の観点から有望なコンテンツといえる。酒類業界の活性化は、地域社会全体の活性化・構造改革につながる可能性がある。
5 コンプライアンスの確保等
酒類は酒税が課される財政上重要な物品であるとともに、致酔性や習慣性を有する等、社会的に配慮を要する物品である。この特殊性に鑑み、その製造・販売には免許制を採用している。また、公正な取引環境の整備、20歳未満の者の飲酒防止、アルコール健康障害対策等について、引き続き関係法令のコンプライアンスの確保等に努めていく必要がある。

図表.酒類業振興関係の令和3年度補正予算
図表.「日本産酒類の販路拡大・消費喚起に向けたイベント推進事業(Enjoy SAKE! プロジェクト)」協力事業者等一覧
図表.最近の日本産酒類の輸出動向
図表.酒類業界の状況