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還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い― 11 マネロンの刑事政策的展開

IMF法務局 上級顧問  野田 恒平

図表.本章の範囲

要旨
■組織犯罪を撲滅するためには、犯罪収益が更なる犯罪へと再投資される還流構造を遮断することが最も効果的であるが、かかる収益剥奪は世界的に見て機能不全。刑罰としての没収をツールとして用いることには限界もあり、長期的な制度論を深める必要。
■国家間の司法共助、特に犯罪人引渡は、国際社会全体として組織犯罪に対抗していく上で重要性が高い。外国人犯罪が増加する日本においても、本国への逃亡を許さないために、自国民の相互引渡を含めた条約のネットワークを拡大していくことが望ましい。
■時代とともにマネロンの前提犯罪は拡大しているが、特に近年注目を浴びているのは、野生動物等の違法取引。組織犯罪が目を付ける、独占性・高収益性といった特徴を持つ収益源を早期に発見し、マネロン規制を活用して機敏に防圧策を取っていくべき。

イタリアのシチリア島北西部に、パレルモという都市がある。同島最大の都市とは言え、現代では余り脚光が当たることのないこの中世シチリア王国の古都は、実は人類の組織犯罪との闘いの象徴的な街だ。シチリアと言えば、言わずと知れたマフィア発祥の地である。70年代の終わりにこの地に赴任した判事、ジョヴァンニ・ファルコーネは、当時イタリアでは新しかった金融捜査の手法を用いて、マフィアの犯罪を次々と暴いていく。しかし、それに対するマフィアの報復は凄惨だった。1992年5月23日、ファルコ―ネ判事は、空港からパレルモ市街に向かう高速道路上で、仕掛けられた大量の爆薬により妻及び警護官3人とともに殺害される。
ファルコーネ判事の最大の敵は、実はシチリアではなくローマにあった。当時マフィアと繋がりの深かったイタリアの中央政界である。八面六臂の奮闘にも拘らず、政治からは陰で度々梯子を外されたファルコーネ判事は、次第に苦しい立場に追い込まれて行く。この一連の経緯には、第7章で取り上げた、汚職と組織犯罪、そしてマネロンの歴史的関係性が、これ以上なく明確な形で現れている。ファルコーネ判事の半生は90年代の内にドキュメンタリー化され、日本語版も出されるとともに、オリジナル版は最近になり、ネット上でも視聴できるようになった(『ファルコーネ・マフィア大捜査線(原題:Excellent Cadavers)』)。

写真:シチリア島・パレルモで暗殺されたジョヴァンニ・ファルコーネ判事は、マフィアとの闘いの中で命を落とした多くの警察・法曹関係者の中でも、イタリア国民に特に良く知られた存在である。(出典:Public Domain)

1.マフィアの街で生まれたパレルモ条約
悲劇的な暗殺事件から8年の時を経た2000年12月、この地において「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」が締結された。締結地の名を取って「パレルモ条約」と呼称されるこの条約は、一言で表現すれば、組織犯罪と対峙するためのツールボックスである。この条約を紐解けば、組織犯罪という巨悪に立ち向かうために人類社会がその叡智として結実させてきた、多彩な道具立てが揃っている。もっとも、これら一つ一つのツール自体は、麻薬犯罪の防圧を目的とした麻薬新条約*1において既にデザインされていたものであるが、パレルモ条約の重要性は、これらのツールを麻薬犯罪だけでなく、組織犯罪全体を対象として敷衍したことである。主なものだけ見れば、本稿との関係ではまず何より、マネロンの前提犯罪を拡大し「最も広範囲の前提犯罪につき」マネロンが適用されるべきこととした点が重要である*2。加えて、組織犯罪の防圧に当たってはマネロンとセットと言える、犯罪収益の没収及びコントロールド・デリバリー等(第2章参照)についても、締約国において広範な犯罪を対象として導入することとされた*3。更には、捜査・司法に係る国際協力や、その究極的な形である犯罪人引渡についても定められている*4。なお、汚職についてもこの条約によって犯罪化の対象とされたことは*5、第7章でも触れた通りである。
このように、パレルモ条約の中でマネロン前提犯罪の拡大が一つの要素として掲げられる一方、国際規範の関係性の全体像という意味では、パレルモ条約はFATF基準との関係において、むしろ内包される位置付けになっている(図表1 地下資金対策に関する国際規範の関係性(再掲・概念図、筆者作成)・第4章参照)。つまり、FATF基準の要求の一つとして、各国は関連する諸条約等の締約国となることを求められている訳であるが*6、その中でも中核となるのが、このパレルモ条約という訳だ。FATF基準とパレルモ条約は、国際規範として組み合わさり、相互に効果を拡幅し合う関係にあると言える。
ところで、この条約締結に至る経緯には、実は伏線がある。1994年11月にナポリで開催された国際組織犯罪世界閣僚会議において、同条約の締結が提唱されたのである。時代的背景としては、(1)東西冷戦の終結を機に国際協調の全般的機運が高まったこと、(2)これと同時に、旧東側諸国を新らに活動の場とする組織犯罪の脅威が高まったこと、そして、(3)マフィアとの対決姿勢を国際的に示す必要に迫られたイタリアが、米国と車の両輪となって推進力となったこと、が挙げられる。マネロン規制の出発点である麻薬問題への取組み同様、ここでも、米欧のタッグが世界を動かしたのである。なお、この時イタリアを率いていたのは、半年前に政権を取ったばかりのベルルスコーニ首相であったが、彼自身、あろうことか閣僚会議の最中に汚職捜査の対象とされ、2013年には脱税等の罪で有罪判決を受けることになる。マフィアとの繋がりを指摘されることも多かった同首相であるが*7、マネロン規制を推進した国家のトップリーダーが、汚職により攻守代わって非難の矢面に立たされるという構図は、以前の章で紹介した米国・ニクソン大統領とも共通のものがある。
本章においては以下、このパレルモ条約に規定された制度の内、犯罪収益の剥奪と犯罪人引渡、及び前提犯罪の拡大について取り上げる。これらの内特に前二者は、我が国がFATF相互審査を受けるという時節にあっても、バーデン・シェアリングの観点から言えば直接に民間事業者が負う義務と関係するものではないため、ともすれば注目を集めづらく、エアポケットに落ちてしまいがちなトピックである。しかし、両制度については何れも、刑事政策的な重要性は非常に高い。本稿においては、射程をマネロンとの関係性にのみ矮小化することなく、むしろマネロン罪の登場によりこれらの制度全体の再考が促されているとの理解に立ち、本質的な議論を試みたい。留意すべきは、パレルモ条約はこれらの制度につき、ミニマム・スタンダードを定めたに過ぎないという点である。そしてこのスタンダードが、基本的にFATF基準の中でも関連する準則の骨格を定めている訳だが、今日の刑事政策的な要請からは、必ずしも十全とは言えない部分も含まれている。我が国としても、FATFが要求する最低ラインをクリアすれば事足れりとすることなく、より高い水準の実現を目指して、国内的な制度設計は勿論、国際的議論をリードして行く心構えが望まれる。

図表1.地下資金対策に関する国際規範の関係性(再掲・概念図、筆者作成)

写真:ファルコーネ判事爆殺の現場。この悲劇によってパレルモは世界の組織犯罪との闘いの象徴的な街となり、高速道路が続く国際空港には現在、彼の名前が冠されている。(出典:Cyril S(reworked), CC BY-SA 4.0)

2.「銀の弾丸」としての犯罪収益剥奪
収益剥奪手段の不存在
第2章において、マネロン規制はそれだけで完結するものではなく、それを(1)資金構造の出元を探る「突上げ捜査」、及び(2)捕捉した犯罪収益の剥奪と組み合わせて、初めて組織犯罪対策としての効果が上がるものであることを説明した。ここで取り上げるのは、この内の(2)である。古今東西問わず、犯罪を生業とする組織の結束の源泉は、結局のところカネである。上がった収益が失われれば、分配・再投資といった組織的な犯罪のサイクルは成立せず、そうなれば、程なく組織自体も崩壊するほかない。犯罪ビジネスへの再投資へと還流する地下資金を断ち切ってこそ、組織犯罪の壊滅を図れる(図表2 地下資金の還流(再掲・概念図、筆者作成))。マネロン捜査を突破口とした犯罪収益の剥奪は、このための正に「必殺の銀の弾丸(シルバー・ブレット)」と呼ぶべきものである。パレルモ条約とアラインしたFATF基準においても、勧告・有効性指標双方で収益剥奪が大きな位置付けを与えられているのは、このためである*8。しかし日本において足元を見てみると、例えば2019年には特殊詐欺の被害額が300億円を超え、利殖勧誘事犯に関しては1,000億円を超す被害が発生している中、組織的犯罪処罰法の下での没収・追徴は、僅か20億円足らずである。よって残念ながら犯罪組織にとっては、これらは引き続きローリスク・ハイリターンな稼ぎ口になっていると言える*9。そしてこれは、理由のないことではない。議論を喚起する意味で、やや物議をかもす言い方を敢えてすれば、現在の日本には、他の多くの国と並び、組織犯罪の収益を剥奪する手段は存在しないのである。
この点、日本の法体系の中には「没収」という名前の制度が存在しており、実態としては多くの場合、この制度の下での没収を犯罪収益のはく奪とほぼ同義に用いている。具体的に言えば刑法は、当該犯罪を組成した物や供用物(例えば、犯罪の遂行に用いた凶器)等と並び、そこから上がった収益も没収できることとしている*10。そして、現在はこの制度が、犯罪収益剥奪のための最大のツールになっていることは事実だ。しかし、これは被告人が有罪判決を受けたことを前提とした「付加刑」であり、れっきとした刑罰の一類型である。このような刑罰としての没収を、組織犯罪の収益剥奪のツールとして用いる際には、以下の2つの問題が不可避的に生じてしまう。

まず第一に、法理として有罪判決が没収の前提となってしまうことである。逆に言えば、実際は有罪が明らかでありながらも被告人が不起訴処分になったり、違法性まで認められつつも責任能力を欠いて無罪となったりすれば、その犯罪に付随した収益も没収することはできない。特に、我が国の刑事訴訟法は、検察官に公訴に係る広い裁量を認めており、犯人の性格・年齢・境遇や情状等を踏まえて、多くの事案が実際には不起訴処分になる*11。これは、犯人の更生等の観点からは合理性を有するかも知れないが、それによって犯罪収益を剥奪する機会が失われてしまうことには、大きな問題がある。
第二に、当該犯罪と没収対象の収益との間に、厳密な紐付けが求められることだ。これも没収を刑罰として考えれば当然の帰結であるが、組織犯罪の収益剥奪という観点からは、非常な不便を生じる。暴力団を想定すれば明らかであるが(第2章参照)、多くの犯罪組織は、違法・合法取り混ぜて様々な収益源を有しており、これらの収益はしばしば混和してしまい切り分けが難しい。当該有罪判決を受けた犯罪と没収対象との関連性の立証を厳しく問われることで、現実には、収益剥奪という刑事政策上の効果は大きく減殺されてしまうのだ。
このように、現在の没収はそれが刑罰であるが故に、組織犯罪の収益剥奪という刑事政策目的に正面からアドレスするものではなく、あくまでそれを実行した個人に焦点を当てた制度である。ヒトではなくカネを追うという、マネロン規制を中核とした組織犯罪防圧のための政策的ツールとして用いるには、そもそもの立脚点が違うことは、十分に認識せねばならない。
アカデミアにおいては伝統的に、日本の刑法における没収には、刑罰的側面に加え保安処分的側面があるという説明がなされてきた*12。没収は刑罰であると同時に、事件の再発防止という点にもその趣旨がある、という理解である*13。実際、そのような保安処分的側面を重視した上での、没収制度の強化も行われてきている*14。典型的には、刑法における一般的な没収の規定が裁判所の裁量事項とされているのに対し、麻薬特例法においては、没収は必要的(義務的)なものとされていることが挙げられる*15。これは、麻薬犯罪がほぼ例外なく組織犯罪であることから、その収益の再投資を防ぐという保安処分としての没収を定めたものと言えよう。しかし、現行制度を如何に既存の建付けの枠内で強化しようとも、没収が被告人というヒトに着目した刑罰であるという根幹は変わらない。そしてそうである以上、起訴及び有罪判決の有無により、本来個別のヒトとは切り離されるべき犯罪組織のカネの剥奪可否までもが引きずられてしまうし、組織の混和した財産に手を付けることも困難になってしまう。繰返しになるが、存在するのはあくまでヒトに対する刑罰としての没収であり、刑事政策的措置としての、犯罪収益の剥奪ではないのだ。
なお、そもそもの原点に立ち返れば、アルカポネの時代から、組織犯罪の捜査とその収益剥奪は脱税の嫌疑を追うことから始まった(第1章・第2章参照)。そして現在でも、日本を含む各国において、犯罪収益の蓄積と目される資産が、結果として重加算税等の徴収という形で剥奪されることはある。最近では2021年2月に、特定危険指定暴力団・工藤会総裁の野村悟被告に対する約3億2,000万円の所得税の脱税容疑が、最高裁において確定した*16。しかし、税務の目的は適正な税の執行であり、組織犯罪の防圧ではない。それが犯罪収益剥奪の機能を結果として持つことがあっても、あくまで副次的なものである。また、犯罪収益の全てを税務の執行として徴収できる訳でもない。税については当然理解されているこのような限界は、刑罰としての没収については、なぜか余り意識されることがない。
行政処分的剥奪の制度設計
もっとも、このような制度的空白の存在は、ある意味で当然と言えば当然である。縷々見てきた通り、悪事をビジネスとする、即ち継続的・恒常的に収益を上げ、それを再投資しては回し続けるという組織犯罪が大々的に展開するようになったのは、麻薬の蔓延を端緒として、せいぜいここ半世紀程度の出来事に過ぎない。犯罪の直接の下手人とは別に、その背後の巨大な組織との闘いが始まったのは、人類史においてつい最近なのだ。日本で言えば、明治時代に基礎が作られた現在の刑法がそれに対応できていようはずもない。既往の学術的な議論も、現行の刑法体系を所与の前提としてきたために、必ずしも刑事政策的な広い観点に立って、収益剥奪の「あるべき論」を取り上げてはこなかった。そして、程度の違いはあれ国際的に見ても、このような空白が存在する国は多い。
他方、立法論としてその空白を様々な方法で埋める選択肢は存在する。特に積極的なアプローチを取るのが、英米法体系の国である。英国では2002年犯罪収益法(POCA:Proceeds of Crime Act)に、犯罪収益の推定規定が置かれ、これによって捜査過程で発見された資産の相当部分が剥奪できるようになっている。具体的には、マネロン・麻薬犯罪等を含む重大犯罪について、刑事裁判の前6年間及びその後に得た資産等については、裁判所は犯罪収益であるとの推定を与える。その後、収益分が計算され、合法に取得した資産であるとの反証が示されない限りは、収益分の金額について剥奪対象となるという制度だ*17。そしてこの法律を始め、英国では犯罪収益の疑いが強いと思われる資産を剥奪するに当たっては、当該刑事裁判で有罪判決が下ることは求めず、即ち、刑罰としてではなく行政処分的に剥奪することを可能にするための制度が複数設けられている*18。
米国の剥奪制度も、様々な紆余曲折を経て形成されてきたものであるが、犯罪収益はく奪のツールとしての位置付けが確立したのは1980年代に、麻薬犯罪との闘いが本格化してからである。その後、英国と同様の行政処分的な剥奪を含め、その対象となる資産の類型や遡求可能範囲等について、成文法・判例法双方の蓄積がその境界を画してきた*19。現在では、連邦に加え州レベルでも剥奪制度が存在し、また、剥奪対象となる資産も、「犯罪供用物」として、当該犯罪の実行行為が行われた不動産全体にまで及ぶこともある等、我が国とは比較にならない苛烈さである*20。直近の同国FATF相互審査では、連邦政府だけ見ても、2014会計年度における各法執行機関合計の剥奪額は44億ドル(約5080億円)超という、桁外れの金額に上っている*21。
大陸法系の国であっても、例えばドイツでは、刑罰としての没収の他、危険物の没収を定めるとともに、犯罪による収益収奪については別個の条文を定めている*22。ドイツと類似した法体系を持つオーストリアにおいては、組織犯罪等の重大犯罪につき、拡大された剥奪制度が定められている。具体的には、構成要件に該当し違法な行為であれば有責性までは求めず(即ち、ここでも有罪判決を条件としない)、また、対象財産が違法行為に由来することについて、一部、立証責任の転換が図られている*23。
FATFでは、上記で登場した、行政処分的な性質を有する剥奪を「有罪判決を前提としない没収」、NCBC(Non-Conviction Based Confiscation)と呼び*24、一つの政策オプションとして提示はしているが、基準の中でその採用までは要求していない。ともあれ、この名称自体、刑罰としての没収を所与の前提としていると、とんでもない無茶な制度であるかのように聞こえてしまう。しかしその趣旨としては、犯罪収益の剥奪を刑罰という軛から解き放ち、行政処分的な形で正面からの執行を可能にする制度を企図していると、理解すべきである。なお個別法ではあるが、日本においては独占禁止法の中に、課徴金という形で不当に得た利益を剥奪する制度がある*25。また関税法の中には、税関長は輸入禁制品等を没収・廃棄して良いとする規定がある。これらは、極めて限られた範囲ではあるものの、行政処分としての剥奪を定めたものと言える*26。
現在、世界で日々生み出される犯罪収益の大半は、残念ながらそれを生み出す輩達の手元に残り、更なる犯罪活動への再投資として還流している。10年以上前のベースで既に、世界では年間2兆ドル前後のカネが組織犯罪によって産み出され、またそれと同程度の額がマネロンの対象となっていた一方(第1章参照)、各国当局が実行した剥奪額はその0.1%未満に過ぎず、これを以って、世界のマネロン対策は失敗していると断言する向きさえある*27。剥奪機能の不全は、日本だけの問題ではないのである。マネロン対策の成否は剥奪額のみで判断されるべきではないが、犯罪組織の壊滅を目指すのであれば、その収益の剥奪は最大かつ唯一の手段とすら言える。この点、無論日本を含めた多くの国にとっては、まずは現行制度の中でより積極的な運用が当然に目指されるべきであり、FATF審査との関係でも、当面はそれが目標であろう。今次の対日審査においても、没収制度の根本的な改正までは求められていない。
しかしより長期的視点に立った場合、犯罪収益の剥奪という大きな目的を、刑罰である没収や徴税といった、本来は全く異なる出自を持つ制度によって補うのではなく、将来的にはかかる刑事政策に正面からアドレスした、真のシルバー・ブレットの創出を検討する段階に来ているのかも知れない。日本では、2008年に施行された「振り込め詐欺救済法」*28において、金融機関が、犯罪利用の疑いがあると認める預金口座等を凍結し、一定期間の公告を経た後にこれを失権させて、被害者の支払いに充てることができることとされた。また、児童ポルノやいわゆる「リベンジポルノ」等の頒布に対して、対象物をそのままにしておくのでは被写体の法益侵害が継続されてしまうため、有罪判決を前提とせず、それを没収対象とすることの是非に係る議論が進んでいる*29。これらは、特定の犯罪類型に関して、従来から一歩進んだ行政没収的な制度を、部分的であれ実現(ないしはそれを指向)しているものとも評価し得る。
新たな犯罪への再投資という形で法益侵害を再生産する犯罪収益も、理論的にはこれらの特別法の対象とパラレルな議論に値する。言うまでもなく、そのような制度設計に当たっては、適正手続の観点から、権利回復手続きや裁判所の関与の在り方等、クリアすべき論点は多い。具体的にどのような場合にそのような剥奪を認めるのか、そして、立証責任の軽減はどの程度行うのか、また、権利者からの回復申立の制度をどのように設けるのか、といった細論も、憲法規範との抵触に関わり得る問題として、慎重な検討が必要である。実際、米英両国においても、その過酷な剥奪制度の運用は、国民の財産権保障との関係で、様々な議論を呼んでいる。FATFを始めとした国際場裡においても、一部の国で先行する制度を参考にしつつ、なお時間を掛けて議論を尽くしていかなければならない、大きなテーマと言えよう。

図表2.地下資金の還流(再掲・概念図、筆者作成)

図表3.刑罰である没収の限界と、その制度的解決策としての、行政処分的な犯罪収益剥奪(概念図・筆者作成)

図表4.国家間の共助・引渡しの構造(概念図、筆者作成)

写真:英国で2010年12月に捜索先で発見され、剥奪された133万ポンド(約2億円超相当)の現金。この発見に繋がった捜査が直接の対象としていた容疑では、最終的に立件は見送られたが、当該現金はPOCAにより、犯罪収益として剥奪の対象となった。(出典:West Midlands Police via. flickr, CC BY-SA 2.0)

3.麻薬カルテルの幹部達が恐れる身柄引渡
共助・引渡しの国際法制
パレルモ条約及びFATF基準が重視しているもう一つの要素が、刑事司法上の国際的な協力である。国際協力という言葉は現在、あらゆる政策分野において使われ、またその語感がネガティブな印象を持たれることはないだろう。しかし刑事司法の分野は、国をまたいだ協力が最も難しい分野の一つである。そもそも、刑罰権というのは主権国家の根源的な権能の一つであり、また、刑罰という直截な人権制約に関わる分野であるが故に、他国の制度に対しては基本的な不信感が前提となっている。どの国であっても、他国の警察が自分達の国土に乗り込んできて捜査を行ったり、自国民を他国政府に送って、その国の法の下で裁きを受けさせることには、非常に慎重になる。この分野を正面から取り上げれば、それだけで本稿の紙幅にはとても収まらないが、以下、この分野における論点が特に明確に現れる犯罪人引渡に則して、議論を進める。一般に、犯罪発生率が高い途上国の中には、法治と司法制度が十分に機能しておらず、公務員の買収によって犯罪者が容易に罰を逃れられる国が多く存在する。逆に言えば、そのような生ぬるい法管轄域から厳しい国の司直の手に引き渡されることを、犯罪者は最も恐れる。「麻薬戦争」の過程で、米国は中南米各国からのカルテル幹部達の引渡しを強硬に追求した。他方、麻薬王の中の王であるパブロ・エスコバルが、米国への引渡しを逃れたいがために最高裁判所の大規模な襲撃事件まで起こしたという事実は、この制度が持ち得る防圧の威力を、如実に物語っている(第2章参照)。

さて、エッセンスとしては、ある国同士の間で犯罪人引渡が可能となるためには、以下の2つの前提がある。
まず一つ目は、犯罪構成要件の一定程度の均質化である。例えば、タイにおいては国王等の王族に対する不敬罪が存在する。仮に日本のコメンテーターがメディアにおいて、タイ王室に対して侮辱的な発言をしたとしよう。それは、社会的には褒められたものではない行為かもしれないが、その罪のために日本政府がタイ警察から犯人の身柄引渡等を求められても、我が国は基本的にそれには応じることはない。日本の刑法には、そのような不敬罪は存在しないからである。より本稿と関連する例を出せば、マネロンがそもそも全く犯罪化されていない国にとって、その処罰のために他国と協力せよというのは無理な話である。このような準則は「双罰性(dual criminality)」の要請と呼ばれ、その求める厳密性については程度差がありつつも、国際的に認知されたものとして日本を含む多くの国がそれに従っている*30。ある犯罪類型を国際的に捕捉しようとした場合、各国においてまず以って当該行為を国内法によって犯罪化することが求められ、それこそが地下資金対策の礎石となる(第3章参照)。その意義は、各国自身が当該犯罪を適切に捜査・訴追・処罰することであるのと同時に、その国において何らかの事情で刑事司法上の対応が難しい場合でも、他国との協力によってそれを捕捉することができるようにすることにある。地球上のどこにも、犯罪者の逃げ場所がないようにするという訳だ。双罰性の充足は、国をまたいで法の編み目を繋げるための、重要な鍵である。我が国においては、2017年に実現した組織的犯罪処罰法におけるテロ等準備罪の新設が、人権保障との関係から大きな政治的な議論に発展した。その目的は、直接的にはこのパレルモ条約の批准の為だった訳だが、更にその背後には、上記のような大きな国際的要請があった。つまり、条約によって一定の犯罪類型を、締約国のそれぞれの国内法によって編み目を揃えて犯罪構成要件として規定させることで、各国での捜査・訴追は勿論のこと、それを前提とした司法協力をも可能にするのである。
二つ目は、引渡しの対象となる範囲が確定されることである。具体的には、関連する国内法及び条約に従い、犯罪類型や対象者の属性によって、一定のものが引渡し対象から外されることとなる。典型的には、例えば政治犯については、一般にどの国家間においても共通して引渡対象から除外されている。この点、まずは犯罪者が逃亡した先の国内法(日本であれば逃亡犯罪人引渡法)がどのように定めており、それが、条約によってどの程度緩和されている、つまり引渡しが実施され易くなっているのか、という順序で考えることになる。そしてここでのキーワードとなるのは、相互性(reciprocity)である。つまり、国同士は、お互いが自国にやってくれる範囲において、相手国にも協力する、という原則である。この点、我が国を含めた、特に大陸法系の多くの国について問題となるのは、自国民の引渡しである*31。例えば日本の逃亡犯罪人引渡法は、明文で自国民の引渡しを禁止している*32。そして日本がこのような立場を取る以上、相互主義の下では他国からも引渡しを受けることはできない。パレルモ条約の関連規定も、この点までは治癒できない。よって、この制約を乗り越えるためには、他国と個別に別途条約を締結し、相互主義の下でお互いの自国民であっても引渡しの対象とする旨、約束しなければならない。犯罪人引渡に係る二か国間条約締結の効果はこれに限られるものではないが、相互に自国民の引渡しが可能になるというのは、締結の最大のメリットの一つと言って良い*33。

写真:2017年に米国に引き渡された、メキシコの麻薬組織・シナロアカルテル最高幹部の、ホアキン・グスマン。本国では脱獄を繰り返したものの、米国連邦裁判所で終身刑の判決を受け、現在も服役中である。(出典:Jeso Carneiro, CC BY-NC 2.0)

自国民引渡という壁
ところが日本は二か国間条約を、米国及び韓国との2本しか締結しておらず、自国民の相互引渡については、この第2番目のステップにおける制約が大きい。典型的には、アメリカ人や韓国人以外の国籍の外国人が日本で犯罪を起こし、母国に逃亡した場合に、我が国から当該犯罪人の引渡しを要求しても、拒絶される場合が多いと考えられる。近年では、日産元会長のカルロス・ゴーン被告が母国レバノンに逃亡したものの、我が国との間には引渡条約が存在しないため、直接の引渡しを求められない旨話題となった。諸外国の直近の締結本数を見てみると、米国の117本*34は別格としても、英国の33本*35、また、韓国・中国も各々77本・45本の二か国間条約を、他国との間で締結している*36。各国の国内法制からの分析含め、条約の実質的意義について仔細な検討は必要であるが、それにしても日本の少なさは際立っている。なお、EU加盟国については2004年以降、「欧州逮捕状(EAW:European Arrest Warrant)」と呼ばれる制度の下、域内での引渡しが円滑化されており、双罰性の要求が大幅に緩和されるとともに、自国民であることのみを理由とした引渡拒否は許されないこととなっているため、少なくとも域内であれば自国民についても広範な引渡しが可能である*37。
この点、日本が死刑制度存置国であることが、死刑廃止国との間での引渡条約交渉を妨げているとの説明がなされることが多いが、単純化した理解は禁物である。現に中国は、ここ最近減少傾向にあるとは言え、2020年には483件を執行したとされる、世界一の死刑大国である一方で、*38前述45か国の引渡条約締結相手国の中にはフランス、イタリア、オーストラリアといった死刑廃止国も含まれているのだ*39。また、世界一の引渡し条約ネットワークを持つ米国も、死刑廃止州・存置州の両方を抱えることは周知の事実である。それでは、なぜこれらの国が廃止国との条約締結を行い、相手国の国民の引渡しを受けられるようになっているかと言えば、条約中に、引き渡した犯罪人が死刑になる可能性がある場合は引渡しを拒める、との例外規定を置いているためである*40。これは、日本においても死刑の存置のみを以って、引渡条約そのものを締結しないことの理由にはできないということを意味する。上記のような制約規定には、司法判断を事前に予断することの是非という論点はあるが、そもそも、嫌疑が掛かっている犯罪の法定刑中に死刑が含まれていないものまで、一律に引渡条約の対象とできないというのは、合理性に乏しいことは確かであろう。では、なぜ日本は条約締結に消極的なのであろうか。これに関しては、実務・研究の双方に置いて正面から検討した経緯が余り見当たらない。
強いてその理由を考えれば、我が国において越境犯罪が問題になる多くの事例が、国内で罪を犯した日本人が海外に逃亡した場合であるためかも知れない。逆に言えば、ゴーン事件のような、日本で起きた犯罪で嫌疑を掛けられた外国人の国外逃亡事例は、相対的に僅少ということだ。海外に逃げた日本人を捉えるということであれば、犯罪人引渡という手続きを取らずとも、相手国から不法滞在等を理由とした強制送還を受けることで、実質的に目的を達することができる*41。他方で、欧米では外国人被疑者の逃亡事例が相対的に多い。米国及び多くの欧州諸国では、我が国と比して寛容な移民政策が取られており、出身国の国籍を維持しつつ、移民先の国との二重国籍を保有している市民が多く存在する。これらの国においては、移民の二重国籍者が犯罪を起こした後に、出身国に逃亡する例が頻繁に見られるのであり、このような事案に対応する政策的必要性が高い。
しかし、我が国においても、国際化に伴って外国人が国内で引き起こす犯罪は、既に看過することはできないレベルに達している。そして、マネロンもその例外ではない。2020年中に組織的犯罪処罰法に係るマネロン事犯で検挙されたもののうち、来日外国人が関与したものは、計79件・全体の13.3%を占めている。具体例としては、日本在住の中国人の男が、SNSを利用して高級腕時計の販売を装って注文を受け付け、顧客に対して注文内容とは異なる商品を発送し、騙し取った商品の購入代金を他人名義の口座に振込入金させていた事例等がある*42。今次のFATF相互審査において、犯罪人引渡については、日本は幸いにして特段厳しい指摘を受けてない。しかし、国際化に伴い、犯罪を巡る環境は刻一刻と変化している。前節の没収同様、FATFから何も言われなければ事足れりとすることなく、このような外国人犯罪者が、正にゴーン被告のように本国へ逃亡した場合の備えについても、真剣に再考する時に来ているのではないか。我が国は様々な見解の対立を経て国内法を整備し、パレルモ条約に準拠して犯罪構成要件を世界標準に揃えた訳であるが、その趣旨の半分は国際的な連携にあることにつき、今一度認識を新たにする必要がある。

4.犯罪組織が目を付ける野生動物
世界に拡大する違法取引
冒頭に述べた通り、パレルモ条約によってマネロン規制の前提犯罪は拡大されることとなったが、現在、その具体的な対象として注目されているのが、野生動物の違法取引に係る犯罪である。世界的に広がる違法取引に対抗するため、司直の側もマネロン規制をツールに厳しく切り込もう、というのがその趣旨だ。FATFは2020年、このテーマに関して参加国の議論を踏まえたペーパーを公表しているが、この中では、各国における現状の取組みの紹介と、今後の対応強化策の提言がなされている*43。
違法取引の対象となる野生動物やその地域は数多いが、一つの重要な要素として、中国の文化的背景を無視することはできない。中華文化圏では伝統的にサイのツノやセンザンコウの身体が、漢方薬として珍重されてきた。もっとも、例えばサイのツノは我々の爪等と同じケラチンで組成されている等、科学的な薬効は何一つない迷信に過ぎない。しかし、悠久の歴史の中で培われた人々の認識を直ちに変えることは難しく、未だに違法取引が絶えない。また、取締りが進み希少性が上がると、寧ろ闇市場での商品価値が上がるという皮肉な循環を生んでいるともされる。さて、アジアからアフリカに至る、いわゆる旧大陸に属する哺乳類は、地理的な連続性から距離が離れていても相互に共通するものも多い。サイやセンザンコウ、また、象牙取引で問題となるゾウといった動物についても、複数の種分化を伴いつつも、アジアとアフリカにまたがって分布している。アフリカ大陸にはアフリカゾウ(耳の大きい方)が、アジアにはアジアゾウ(日本の動物園に多い方)がいる、といった具合である。そして、これらの動物は長く乱獲が行われてきたアジアでは特に数を減らしているため、その密猟場所が、この半世紀の間徐々にアフリカへと遷移しているという事実がある*44。それに伴い、密猟から仕出・中継・最終消費地へと連なるサプライ・チェーンは世界的に拡大してきた(図表5 世界のセンザンコウ違法取引フロー(出典:UNODC(2020)))。当然、世界の広域を股に架けたこの大規模な密猟ビジネスは、個人の力で取り仕切れるものでは到底なく、そこが犯罪組織暗躍の新たな場となっている。
ここでマネロン規制、ひいては地下資金対策の一丁目一番地が麻薬との闘いであったことを、今一度想起して頂きたい。原材料の生産、麻薬の製造、最終消費地への移送といったそれぞれのステップにおいて、それを取り仕切る複数の犯罪組織が伸長し、かつそれらが手を結ぶことで、麻薬犯罪は世界に拡散してきた。麻薬ビジネスはその特質上、犯罪組織の存在と必然的に結び付いており、両者は軌を一にして社会に根を張ってきたのである。今正に、それと同じ事象が野生動物の違法取引というもう一つの土俵で起こっている。そして、ここでも第7章で取り上げた汚職との関連性は重要である。特に途上国における密猟やそこからの持出しに当たっては、多くの場合、保護区のレンジャーや国境管理に当たる職員の汚職が絡む*45。地下資金対策の枠組みの中で、包括的に対処していくべき課題である。

写真:哺乳類でありながら全身を鱗で覆われた希少動物・センザンコウは、その独特な形状から薬効があると信じられ、サイ・ゾウと並んで、主に中国市場を最終仕向地とした密猟の対象となって来ている。
(出典:CC BY 2.0, Wegmann, CC BY-SA 3.0, U.S. Fish and Wildlife Service Headquarters)

日本の状況:海産物の密漁
他方国内に目を転じた時、日本において最も憂慮される野生動物の違法取引は、我々の食卓にも上り得る、海産物に係るものである。具体的には、アワビ、ナマコ、シラスウナギといった高級食材だ。特にナマコは、2000年代以降、現在に至るまで継続的に犯罪組織の関与を示す摘発事例が報告されており、その額及び地域的な広がりの双方においても、最も大きいものとなっている(図表6 ナマコの密猟につき、組織的犯罪の関与を示す各都道府県の事例分布(報道件数の累計による参考値)(出典:WWFジャパン調べ(2022)))。犯罪組織の関与の態様は、暴力団員が直接に密猟を行うものから、間接的に関与した上でみかじめ料を徴収するものまでバリエーションがある。また、収穫の一部は海外にも輸出されており、例えば2015年に青森県むつ市で起きた事案では、密漁されたナマコが中国に高値で輸入され、その被害総額は2億円にも上ると見られている*46。直近のFATF相互審査において、我が国は、野生動物の違法取引に関連した前提犯罪のカバー範囲が十分でなく、これに伴い摘発事例が少ないことが指摘された*47。所要の法制度整備及び運用の拡大が、今後望まれる点である。
なお、ペット目的での野生動物の取引については、摘発事例自体はコンスタントにあるものの、現在のところ暴力団等の犯罪組織の関与が類型的に疑われるものとは見られていない。また、文化的差異から漢方薬等の目的での違法輸入も、我が国に関しては多くはない。しかし、収益性のあるものであれば対象を選ばず群がるのが犯罪組織である。今後とも、海産物は勿論、それ以外の野生動物の違法取引について、犯罪組織の関与が疑われるものはないか、マネロン規制というツールを十分に活用しながら、社会的に監視を続けていく必要があろう*48。
以上、国内外を問わず、野生動物の違法取引が今や犯罪組織の資金源として、大きな位置付けを占めている現状を見た。野生動物保護というと、ともすれば環境問題や動物愛護に関心を持つ、一部の人々の専売特許と思われがちである。勿論、そのようなテーマに対する意識を高く持っているに越したことはない。しかし極端な話、そのような方面でのアウェアネスが全くなくとも、組織犯罪の撲滅を願う健全な市民感覚すらあれば、野生動物の違法取引は是非とも関心を持つべき問題なのである。そして、ことは野生動物に留まらない。繰返しになるが、犯罪組織が目を付けるのは、独占性・高収益性といった特質を持つ裏ビジネスだ。その典型は麻薬であり、そうであればこそマネロン規制の歴史も人類の麻薬との闘いから始まった訳であるが(図表7 麻薬犯罪と政策対応(再掲・概念図、筆者作成))、社会は常に、これと類似の「ビジネス・モデル」に事欠くことはない。ごく一例を挙げれば、全く薬効がないばかりか時には有害ですらある偽薬(フェイク・ドラッグ)の製造・取引等は以前より問題視されていたが*49、このコロナ禍において偽ワクチンの問題として、再度大きくフォーカスされている*50。同様にコロナ禍に乗じた犯罪類型の隆盛は世界的にも憂慮されているが*51、特に日本で特に広まっているのは、良く知られている通り給付金等に係る詐欺であり*52、これらは高齢者を狙った特殊詐欺の延長上にある。時代とともに組織犯罪は多様化し、発展していく。新たな犯罪ビジネスが出現し、或いは出現しそうになった時に、いち早くそれらを関知し、マネロン規制を軸とした有効な対策を如何に先手を打って取っていけるかに、組織犯罪撲滅の成否は掛かっているのである。
本章ではマネロンとの関係性において刑事政策の在り方を考察してきたが、今日、地下資金対策に最も大きな影響をもたらす変化と言えば、間違いなく仮想資産、ステーブルコイン、中央銀行デジタル通貨(CBDC)といった、デジタル資産の登場であろう。次回の最終章においてはこの大きなテーマを取り上げ、本連載全体を締め括ることとする。
※本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。

図表5.世界のセンザンコウ違法取引フロー(出典:UNODC(2020)

図表6.ナマコの密猟につき、組織的犯罪の関与を示す各都道府県の事例分布(報道件数の累計による参考値)(出典:WWFジャパン調べ(2022))

図表7.麻薬犯罪と政策対応(再掲・概念図、筆者作成

*1) 正式名称は「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」(1988年12月20日署名、1990年11月11日発効)
*2) 第6条
*3) 第12~14条、第20条
*4) 第17~19条、第16条
*5) 第8条
*6) 勧告36
*7) 『ベルルスコーニ伊元首相、マフィアの爆破事件に関与?再び捜査対象に』AFP、2017年11月1日
*8) 勧告4、有効性指標8
*9) 幡野徹『組織的犯罪処罰法施行20年:犯罪収益の剥奪のための取組を振り返って』警察学論叢第73巻第10号、2020年10月10日
*10) 同法第19条第1項は、以下について没収できるものとしている。(1)犯罪行為を組成した物、(2)犯罪行為の用に供し、又は供しようとした物、(3)犯罪行為によって生じ、若しくはこれによって得た物又は犯罪行為の報酬として得た物、(4)前号に掲げる物の対価として得た物
*11) 同法第248条
田口守一『刑事訴訟法』P.117-122
*12) 日本刑法学会編『刑法講座 第1巻』有斐閣、1963年5月、「没収」(伊達秋雄)
日本刑法学会編『刑事法講座 第3巻(刑法III)』有斐閣、1952年9月15日、「没収」(植松正)
*13) 例えば、殺人の凶器として使われた日本刀を、収集家が事情を知った上で譲り受けた場合には没収の対象となるが(第三者没収・刑法第19条第2項)、これは、没収の保安処分的側面の表れと言える。
*14) 町野朔・林幹人編『現代社会における没収・追徴』信山社、1996年2月28日、第1章(山本輝之)
大谷實『新版・刑事政策講義』弘文堂、2009年4月15日、P.147-152
*15) 同法第11条
*16) 日本経済新聞2021年2月28日
*17) Mutual Evaluation Report, United Kingdom, FATF, December 2018, P.75
*18) Bright Line Law, The Use of Non-Conviction Based Seizure and Confiscation, Council of Europe, October 2020
*19) 川崎友巳『アメリカ合衆国における没収制度の史的展開』同志社法学74巻1号、2022年4月30日
田村泰俊『非刑事没収・追徴とデュー・プロセス:合衆国憲法第4修正・第5修正の交叉適用の効果と限定』明治学院大学法学研究第88巻、2010年1月31日
*20) 前掲 町野・林(1996)第17章(佐伯仁志)
*21) Mutual Evaluation Report, United States, FATF, December 2016, P.77-78
*22) 樋口亮介『没収・追徴:共犯を素材に』法律時報第87巻第7号、2015年6月
高山佳奈子『犯罪収益の剥奪』法学論叢 154巻4号、2004年3月
佐藤拓磨『ドイツにおける犯罪収益はく奪制度の改正』法学政治学論究118号2018年9月
*23) 佐藤拓磨『オーストリア刑法における没収制度について』山口厚ほか編『高橋則夫先生古稀祝賀論文集 上巻』成文堂、2022年3月
*24) “Non-conviction based confiscation means confiscation through judicial procedures related to a criminal offence for which a criminal conviction is not required.”, FATF Glossary
*25) 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法第7条の2~第7条の9)。なお、この課徴金の性質論についても様々な議論があるところである。
独占禁止法研究会『独占禁止法研究会報告書』2017年4月
*26) 関税法第69条の2第2項・第69条の11第2項
芝野記行『行政上の没収に関する考察:関税法を中心として』(税関研修所論集39号)財務省税関研修所、2008年
なお芝野(2008)によれば、関税法のほか未成年者飲酒禁止法、未成年者喫煙禁止法等いくつかの法律が法文上は同様の行政的没収を定めているが、手続き規定の欠缺等から、実務では自発的廃棄等に依っているとの由。
*27) Ronald F. Pol, Anti-money laundering:The world’s least effective policy experiment? Together, we can fix it, Routledge Taylor & Francis Group, February 2020.
*28) 正式名称は「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律」
*29) 性犯罪に関する刑事法検討会「『性犯罪に関する刑事法検討会』取りまとめ報告書」2021年5月、第3(8)イ(エ)。なお、これを受けて、現在、法制審議会-刑事法(性犯罪関係)部会において具体的な制度設計についての検討が行われている。
*30) 洪恵子『国際協力における双方可罰性の現代的意義について(1)(2)・完』三重大学法経論叢18巻1号・2号、2000年9月・2001年2月
森下忠『犯罪人引渡法の研究(国際法研究第8巻)』成文堂、2004年3月20日、P.7-12
*31) 前掲・森下(2004)、P.141-142
*32) 同法第2条「左の各号の一に該当する場合には、逃亡犯罪人を引き渡してはならない。但し、第三号、第四号、第八号又は第九号に該当する場合において、引渡条約に別段の定があるときは、この限りでない。」第9号「逃亡犯罪人が日本国民であるとき。」
*33) 日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約(略称:米国との犯罪人引渡条約)第5条、犯罪人引渡しに関する日本国と大韓民国との間の条約(略称 日・韓犯罪人引渡条約)第6条が、自国民の裁量的引渡を定める。
*34) US Department of State;https://2009-2017.state.gov/documents/organization/71600.pdf
*35) UK Central Authority, International Criminality Directorate, Public Safety Group, Home Office;
https://www.gov.uk/government/publications/international-mutual-legal-assistance-agreements/mutual-legal-assistance-and-extradition-treaty-list-accessible-version
*36) Mutual Evaluation Report, Republic of Korea, FATF, April 2020, P.32
Mutual Evaluation Report, People’s Republic of China, FATF, April 2017, P.260
*37) Council Framework Decision of 13 June 2002 on the European arrest warrant and the surrender procedures between Member States, The Council of European Union
Commission Notice — Handbook on how to issue and execute a European arrest warrant, European Commission, October 6, 2017
REPORT FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT AND THE COUNCIL on the implementation of Council Framework Decision of 13 June 2002 on the European arrest warrant and the surrender procedures between Member States, European Commission, July 2, 2020
*38) Amnesty International;https://www.amnesty.org/en/what-we-do/death-penalty/
*39) FATF(2017), op.cit.
*40) 豪中犯罪人引渡条約第3条(f)項。オーストラリア議会ウェブサイト;
https://www.aph.gov.au/Parliamentary_Business/Committees/Joint/Treaties/NuclearCoop-Ukraine/Report_167/section?id=committees%2Freportjnt%2F024024%2F24292
*41) しかし、これはいわば「偽装引渡」であり、正規の手続きによれば享受できたはずの政治犯不引渡原則等の権利・利益が、司法判断に行政府の判断が優位する形で奪われてしまう、との批判がある(芹田健太郎『犯罪人引渡:中国民航機乗っ取り事件を契機に』法学教室117号、1990年6月)。
*42) 警察庁『犯罪収益移転防止に関する年次報告書(令和2年)』
*43) Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade, FATF, June 2020
他方、FATF以外の機関がそれぞれの観点から行った調査の例として、以下。
James Wingard and Maria Pascual, Following the Money:Wildlife Crimes in Anti-Money Laundering Laws – A review of 110 Jurisdictions, Legal Atlas, LLC(commissioned by the United Kingdom Foreign and Commonwealth Office), February 2019
Cathy Haenlein and Tom Keating, Follow the Money:Using Financial Investigation to Combat Wildlife Crime, Royal United Services Institute for Defence and Security Studies(RUSI), September 2017
Analysis of International Funding to Tackle Illegal Wildlife Trade, World Bank, 2016
Chang-Ryung Han, A Survey of Customs Administration Perceptions on Illegal Wildlife Trade, WCO, July 2014
*44) 例えばセンザンコウに関し、以下参照。
World Wildlife Crime Report Trafficking in protected species, UNODC, May 2020, P.13
Red List:Temminck’s Pangolin(Smutsia temminckii), International Union for Conservation of Nature and Natural Resources(IUCN), May 1, 2019
*45) Addressing Corruption and Wildlife Crime:Background paper prepared by UNODC, G20 Anti-Corruption Working Group Meeting, January 2017
また、汚職が絡む違法取引の実態に潜入取材を行った、アルジャジーラの以下のドキュメンタリー映像が、無料公開されている。
The Poachers Pipeline, Al Jazeera Investigations, November 13, 2016
*46) 新聞の公開記事をベースに、WWFジャパン調べ(2022年)
*47) Japan Mutual Evaluation Report, FATF, P.74, 192
*48) 北出智美・成瀬唯『Crossing the Red Line 日本のエキゾチックペット取引』TRAFFIC、2020年6月
*49) WHO Global Surveillance and Monitoring System for Substandard and Falsified Medical Products, World Health Organization, 2017
*50) Launch of a new WCO project on Customs control of fake vaccines and other illicit goods linked to COVID-19, World Customs Organization, March 9, 2021
*51) COVID-19-related Money Laundering and Terrorist Financing:Risks and Policy Responses, FATF, May 2020
Update:COVID-19-Related Money Laundering and Terrorist Financing Risks, FATF, December 2020
*52) 「新型コロナウィルス感染症に便乗した詐欺に注意」警視庁、2021年4月1日