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コラム 経済トレンド96

企業の為替感応度と為替ヘッジ

大臣官房総合政策課 馬塚 元希/島谷 薫乃

本稿では、為替変動による企業収益への影響と為替リスク対策の現状について考察する。

為替変動による企業収益への影響
輸出入を行う企業は、取引が外貨建ての場合、為替レートの変動によって自国通貨に換算した収益が左右され、変動が大きいと企業収益への影響は高くなる。(図表1 為替レートの推移、2 為替レートの変動幅と変動率)
為替変動が企業収益に与える影響(=為替リスク)は、業種や個社の対外取引の規模により異なる。一般的に、円安局面では、外貨建てで輸出を行う業者は増益、輸入を行う業者では減益となる(図表3 為替による影響の例《円安の場合》)。
為替リスクの大きさを示す「為替感応度」は、企業の業績見通しを決める際に設ける想定為替レート(図表4 想定為替レートの推移)から実際の市況レートが1円動いた場合の年間の企業収益への影響額を示す指標である。輸出割合が高い自動車業においては円安が収益に対してプラスに働き、海外から商品や原材料を輸入する業者においてマイナスに働くことなどが、個社ごとに公表されている(図表5 主要企業の為替感応度の例)。

企業の為替ヘッジ(1)
企業は為替リスクを軽減するため、様々な手法で「ヘッジ」をかけている。ヘッジの手法はいくつかに分類されるが(図表6 為替リスクヘッジの代表的な手法と分類)、導入しやすい手法として為替予約やオプション等のファイナンシャル・ヘッジが挙げられる。
ファイナンシャル・ヘッジの利用は近年拡大している。製造業のうち主要な輸出企業に行ったアンケート調査では、98.2%の企業が為替予約を利用していると回答しており(図表7 主要な輸出企業におけるファイナンシャル・ヘッジ利用割合)、将来の受払の外貨建て金額に対して100%為替予約を行うことを社内ルールで定めている企業も増加している(図表8 為替予約の実施割合)。また、非金融機関の為替デリバティブ取引の規模も年々増加傾向にあり(図表9 為替デリバティブ取引の推移)、為替市場を通じたヘッジ手法の活用が拡大してきたことが示唆される。
ただし、主なリスクヘッジの期間は3か月としている企業が多く、この為替ヘッジ期間を超えた為替変動の収益への影響を回避できるわけではない。ファイナンシャル・ヘッジには一時的なリスクヘッジ効果はあるものの、本質的に為替リスクを抑制するためには、別の手法を取る必要がある(図表10 主なリスクヘッジの期間)。

企業の為替ヘッジ(2)
本質的なリスク抑制手法として、企業活動の中で外貨の収入と支出を一致させる手法(オペレーショナル・ヘッジ)や、貿易建値通貨・取引価格の変更等が挙げられる。外貨建ての収支が一致すれば円建てにする際のリスクは相殺され、また建値通貨を円にしたり、為替変動に対して商品の価格改定を行うことができれば為替リスクを取引相手に転嫁することができる。
ただしこれらの手法は、利用可能かどうかが規模や業種によって異なる。例えば、国内本社と海外生産拠点の間の企業内貿易でそれぞれ外貨による輸出入を相殺するマリーや、国内外で外貨の債権と債務を相殺するネッティングといった手法は、4割ほどの企業で活用されているものの横ばいで推移している(図表11 マリー・ネッティングの利用割合)。
また為替の変動局面において、価格や貿易建値通貨をどちらも変更しない企業は7割を占めており(図表12 為替変動が予想されるときの対応)、大規模企業では取引相手が自社グループであるため前提として外貨建て取引の為替リスクが生じていないことや、小規模企業では輸出先市場が競争的であることが理由として挙げられる(図表13 価格変更や貿易建値通貨変更を行わない理由(円安時))。
輸出の貿易建値もドルが5割と、ほぼ一定の割合のまま推移しており(図表14 日本の対世界輸出における貿易取引通貨比率)、貿易建値にドルを選択し続ける理由としては規模問わず基軸通貨としてのドルの有用性が高いことが挙げらていれる(図表15 貿易建値をドル建てにする理由)。
近年の為替感応度
一方で、企業は海外生産比率を上昇させる中で、為替リスクへの耐性を強めていると考えられる(図表16 海外生産比率(製造業)の推移)。
内閣府の試算によると、2002~2007年度と2013~2019年度を比較した時、為替レートの変化が企業収益に与える影響は製造業において低下しており、海外直接投資の増進とそれに伴う海外での現地生産体制構築の進展や、為替予約等のリスクヘッジ手法の発達などが寄与したと指摘している(図表17 為替レートの変化が企業収益に与える影響)。
また民間シンクタンクの推計によると、対ドル・ユーロともに1円円安になった場合の主要上場企業への影響度は、2009年をピークに低下傾向にある(図表18 為替1円変化による経常利益感応度)。こうしたことから、日本企業の為替ヘッジ能力は、企業規模や業種によってその度合いは異なるものの、中長期的に向上してきたと考えられる。

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。

(出典)Bloomberg、日本銀行「外国為替市況」「全国企業短期経済観測調査」「デリバティブ取引に関する定例市場報告」、日本経済新聞、各社報道等、清水・伊藤・鯉渕・佐藤(2021)「日本企業の為替リスク管理」、伊藤・鯉渕・佐藤・清水(2018)「日本企業の為替リスク管理とインボイス通貨選択:『2017年度日本企業の貿易通貨建値の選択に関するアンケート調査』結果」、財務省「貿易統計」、内閣府「企業行動に関するアンケート調査」「日本経済2020-2021」、大和証券「2021年度~2023年度の企業業績見通し[2022年3月]」