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フェデラル・ファンド(FF)金利先物および利上げ(利下げ)確率入門

東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1

1.はじめに
本稿はフェデラル・ファンド金利先物(FF金利先物)や利上げ(利下げ)確率の考え方を紹介することを目的としています。おそらく、読者にとって最もなじみ深い金利先物はFF金利先物ですが、その背景には米国の中央銀行の利上げや利下げを予測するうえで用いられることがあります。米国の金融政策は金融市場を中心に様々な影響をもたらすことから、メディアでもFF金利先物に立脚した利上げ確率の予測は頻繁に取り上げられます。もっとも、筆者の印象では、その考え方を理解せずに、結論だけを用いているケースが少なくありません。そこで本稿ではFF金利先物に加え、利上げ(利下げ)確率をどのように算出しているかについて具体例を挙げながら説明します。
本稿では、金利先物の基本的な知識を前提とさせていただくため、金利先物の基礎について確認が必要な読者はまずは筆者が執筆した「金利先物およびTIBOR入門」(服部, 2022a)を一読していただければ幸いです。また、フェデラル・ファンド市場(FF市場)やFFレート(FF金利)の基本については「フェデラル・ファンド市場およびFFレート入門」(服部, 2022c)で説明をしているため、そちらを参照してください。なお、筆者が記載してきた債券や国債の一連の入門シリーズは筆者のウェブサイトにまとめて掲載してあります*2。

2.フェデラル・ファンド(FF)金利先物

2.1 FF金利先物:FFレートの予約取引
FF市場とは、銀行が中央銀行に預けている預金、すなわち、準備預金*3を貸し借りする市場です。FFレート*4とは、FF市場で形成される金利ですが、服部(2022c)で説明した通り、これは米国における無担保のオーバーナイト(1営業日)金利でした。我が国における無担保のオーバーナイト金利は無担保コール翌日物金利(Tokyo OverNight Average rate, TONA)と呼ばれていますが、基本的にTONAはFFレートと同じ概念の金利です。
米国ではFFレートを原資産(デリバティブ取引の対象となる資産)とするFF金利先物(30 Day Federal Funds Futures*5)が取引されています。金利先物そのものは服部(2022a)で丁寧に説明したとおり、将来の金利を予約する取引でした。服部(2022a)で取り上げたユーロ円金利先物は、ユーロ円TIBORを予約する先物ですが、FF金利先物の場合、FFレートを予約する取引です(ちなみに、TONAを原資産とする円金利先物は現時点で取引されていません)。
服部(2022a)で強調しましたが、金利先物の特徴はクオート(価格提示)される価格がIMM指数に基づく点です。例えば、現状のFF金利先物において、2022年6月における1か月間の金利を1%で予約できるとします。この場合、FF金利先物はその価格を99(=100-1)という形でクオートします。服部(2022a)で丁寧に説明しましたが、金利と価格は逆の動きをするため、「100-金利」という指数を作ることで指数の動きと損益を一致させる工夫がなされたわけです。
FFレートが重要な点は、米国の中央銀行の政策金利である点です。FF金利先物の原資産はFFレートですから、FF金利先物は典型的には金融政策の予測に使われます。例えば、今のFFレートは1%であるものの、読者は2か月後にFRBによってFFレートが0.75%に利下げされ、それ以降は0.75%で推移すると予測していたとします。その中で、仮に2か月後にスタートする1か月間の(FFレートが示唆される)予約金利が1%(FF金利先物の価格は99)であったとしたらどうでしょう。これは将来金利が0.75%になると読者が考えるにもかかわらず、相対的に魅力的な1%で(利下げ以降も)運用できることを意味するわけですから、FF金利先物をロングすることにメリットを感じるはずです。もし多くの投資家が読者と同様、金利が下がり、2か月後に0.75%になると考えていれば、(IMM指数でみれば)99の水準で多くの投資家がこのFF金利先物を買いますから、FF金利先物の価格は99.25まで上がる(つまり0.75%でこの期間を予約できる価格まで上がる)と予想されます。多くの投資家がFF金利先物を売買しているとすれば、FF金利先物で形成される予約金利には投資家の予測が反映されますから、FF金利先物の価格をみれば、FFレートについて投資家がどのような予測をしているかを観測することができるわけです。

2.2 FF金利先物の予約金利はFF金利の1か月平均
ここから少し丁寧にFF金利先物の商品性について説明します。FF金利先物も、服部(2022a)で説明してきた金利先物と構造は同じです。最も注意すべき点はFF金利先物の商品性は、「1か月間のFFレートの平均」を予約している点です。例えば12月限のFF金利先物の価格が99の場合、12月の月初から月末までの平均金利を1%で予約する取引になるということです。
このように将来の予約金利が1か月の「平均金利」になっている点はFF金利先物が有する非常に重要な特徴です。服部(2022a)で説明しましたが、我が国で取引されるユーロ円金利先物は3か月のユーロ円TIBORが原資産です。例えば、読者が6月限のユーロ円金利先物をロングした場合は、6月からの3か月間の金利を予約していることになります。これはTIBORが前決めのターム物金利(3か月間の金利)であることから生まれる性質です(「前決め」や「ターム物」の概念については、筆者が記載した「金利指標改革入門」や「リスク・フリー・レート入門」を参照してください)*6。
しかし、前述のとおり、FFレートはそもそもオーバーナイト(1営業日)の金利ですから、例えば、6月限をある時点のFFレートを予約できるという設計にすると、6月のある時点の1営業日を予約する取引になってしまいます。実際、金融政策の予測などに使う場合、そのタイミングで連邦公開市場委員会(Federal Open Market Committee, FOMC)があるとは限りません(FOMCとは日銀における金融政策決定会合に相当するものですが、詳細は服部(2022c)を参照してください)。もちろん、6月の営業日分の先物をそれぞれ上場させるということも考えられますが、営業日毎に新しい先物を上場させることは取引が分散してしまうなど流動性の観点から望ましくないでしょう。そこで、ある特定の月(例えば6月限)の先物はその月(例えば6月)の平均的なFFレートを予約するという仕組みにすることで、その月(例えば6月)のすべての期間をカバーするということが可能になるわけです。

図表1.FF金利先物で予約する金利のイメージがFF金利先物で予約する金利のイメージです。服部(2022a)では金利先物の特徴として、「金利先物の場合、各限月が特定の3か月の予約になっており、その予約期間が重複しないという特徴があります」(p.46)としましたが、FFレートというオーバーナイトの金利でも各限月がある月の平均金利になることで、図表1のように、予測期間が重複せず各月をカバーできるようになっています。

ちなみに、ドルLIBORの公表停止に伴い、ドルLIBORを原資産にしていたユーロドル金利先物の代替としてSOFR先物の取引が開始されました。担保付翌日物調達金利(Secured Overnight Financing Rate, SOFR)とは1営業日のレポ金利であり、SOFR先物はSOFRを原資産としています。その意味で、FF金利先物のように1営業日の金利を原資産としている点が共通しており、SOFR先物(1か月物)についてもFFレートと同様、原資産はSOFRの1か月平均になっています。もっとも、SOFR先物(3か月物)については後決め複利になっている点に注意してください(SOFR先物は必要に応じて今後の論文で説明しますが、SOFRそのものについては筆者が記載した「SOFR入門」(服部 2022b)をご覧ください)。

2.3 FF金利先物が有するその他の商品性

図表2.フェデラル・ファンド金利先物の商品概要*8にFF金利先物の商品性がまとめられています。価格の表示方法は「100-FFレート」という形で定義されていますが、これは前述のIMM指数です。限月が1か月毎に設定されているため、例えば、2022年3月限、2022年4月限といった形で1か月刻みで上場しています(ユーロ円先物やユーロドル金利先物は3か月毎になります)。現在は向こう5年の先物が上場しているため、合計60*7の先物が同時に上場しています。決済は他の金利先物と同様、差金決済(現金決済)です。

前述のとおり、最終決済の価格は月中平均で計算されます。ニューヨーク連銀が公表するFFレートを用い、その実際の日数で平均化し、四捨五入をしたうえで、IMM指数の定義である「100-金利」を用いることで決済に用いる価格を計算します。図表3 FF金利先物における最終決済のイメージに実際の計算例が記載されていますが、1か月の日数は29日の時もあれば、31日の時もありますが、(繰り返すようですが)実際の日数で平均化している点に注意してください。
FF金利先物では金利リスク量(DV01)が固定されている点が特徴
FF金利先物の商品性について注意すべき点は、取引単位が「4,167ドル×IMM指数」とされている点です*9。これは1%金利が動いた場合、4,167ドル損益が発生するという仕様であり、いわば金利リスク量(DV01)を固定しているとみることができます。DV01そのものについては筆者が記載した「金利リスク入門」で丁寧に説明しているため具体的にはそちらを参照してほしいのですが、DV01とは、1bps変化した場合の価格の変化でした。FF金利先物において金利が1bps動いた場合、41.67ドル価格が動くため、FF金利先物のDV01は41.67ドルになります。
ちなみに、DV01が41.67ドルであることは、仮にある月の日数が30日である場合、FF金利先物の想定元本が500万ドルであることを意味します。なぜなら、金利が1bps変化した場合、支払金利の変化は、

という形で計算できるからです。FF金利先物の正式名称は前述のとおり「30 Day Federal Funds Futures」になりますが、30日の場合、(仮想的な)想定元本がきれいに500万ドルになるという特徴を有しているといえます。
重要な点は、前述のとおり、FF金利先物において計算される平均値はあくまでも実際の日数によって計算される点です。(詳細は「金利リスク入門」を見てほしいのですが)金利リスク量はどれくらい長い期間、金利を固定するかに依存しますから、仮に想定元本を500万ドル*10と固定してしまうと、ある月が29日であるか31日によって金利リスク量であるDV01が変化するということが起こりえます。このように毎月、FF金利先物の金利リスク量が変化するようでは実際のヘッジやトレーディングに使いにくいといえましょう。そこで、そもそも取引単位を「4,167ドル×IMM指数」とすることで、1か月の日数が何日であったとしても、1bps動いた時の価格変化(FF金利先物のDV01)を41.67ドルに固定することが可能になります。国債先物の場合、想定元本が1億円などという形で固定されますが、FF金利先物の特徴はあくまでも想定元本は仮想的なものである点に注意してください(このような設計はユーロドル金利先物などシカゴ・マーカンタイル取引所(Chicago Mercantile Exchange, CME)におけるいわゆるShort-Term Interest Rate(STIR)productsに共通しています)。
なお、FF金利先物を原資産とするオプション(30-Day Fed Funds futures options)も取引されていますが、FF金利先物のオプションについてはCMEのウェブサイトを参照してください。

図表3.FF金利先物における最終決済のイメージ

2.4 FF金利先物の事例
次節で利上げ(利下げ)確率の考え方を紹介しますが、その計算を考える前に、実際のFF金利先物のデータをみてみましょう。図表4 FF金利先物の例(2022年3月の一時点から抜粋)が2022年3月時点におけるFF金利先物の各限月の価格、ティッカー、建玉*11を示しています。この図をみるとFF金利先物の場合、向こう2年程度取引があることがわかります。ちなみに、BloombergでFFA Comdty CTと叩くと、現時点における価格や建玉等について、配色コード*12も付した一覧を見ることができます。
ここでは2022年3月限から向こう2年の限月について表示をしていますが、FF金利先物の場合、1年を超えると流動性が低下していきます。図表4をみても、特に1年半後や2年先になると建玉は小さく、ほとんど取引がなされていないことがわかります。そのため、実務家はさらに先の短期金利を予測するうえではユーロドル金利先物やオーバナイト・インデックス・スワップ(Overnight Index Swap, OIS)を使うことも少なくありません(この点は後述します)。
図表4の値を視覚的に確認するため、横に時間、縦に各限月のFF金利先物の予約金利(100-先物価格)をとったグラフが図表5 FF金利先物から見る利上げ予想です。ここでの予約金利は前述のとおり、1か月の平均金利になっているため、各月にジャンプするという動きをしていますが、このように図として表現することで、どのようにFFレートが動くとマーケットで予測されているかについて目で見てとることができます。図表5からFF金利先物から示唆される予約金利が上昇していくことが確認できますから、市場参加者はFFレートが上昇していく(つまりFRBが利上げをしていく)と予想していると解釈できます(この図では黒い縦のラインで、FOMCのタイミングを明示している点に注意してください)。
なお、ここでは右肩上がりの事例を紹介していますが、その時点時点で形状が違う点に注意が必要です。右下がり図の場合、利下げの予測がなされており、フラットの場合、政策金利を変化させないという予想がなされていると解釈できます。

図表4.FF金利先物の例(2022年3月の一時点から抜粋)
図表5.FF金利先物から見る利上げ予想


3.利上げ(利下げ)確率

3.1 利上げ(利下げ)確率の考え方
ここまでFF金利先物について説明してきましたが、ここからは利上げ(利下げ)確率について具体的に考えていきます。FF金利先物はFFレートの変動のヘッジに使われますが、FFレートが政策金利であることから中央銀行の利上げ・利下げの予測に使われる傾向にあります。読者が新聞などでFF金利先物について目にする場合、中央銀行の利上げや利下げの予測の文脈であることがほとんどでしょう。そのため、ここではFF金利先物を用いてどのように利上げ(利下げ)確率を算出しているかについて説明を行います。ここでは利上げ確率に焦点を当てて説明をしていきます。
利上げ確率のアイデアそのものは非常に簡単です。例えば、現在のFFレートが1%であり、2か月後に中央銀行が利上げをする可能性があるとします。仮に利上げをした場合、FFレートは0.25%上昇して1.25%になるとします。FF金利先物から算出される予約金利が1.2%(つまり、IMM指数は98.8)とすると、利上げ確率をpとした場合、

という関係が成立するとします。これは利上げがなされた場合(確率p)に1.25%となる一方、利下げされなかった場合(確率1-p)、FFレートが1%のままになると想定し、FF金利先物から示唆される予約金利がその期待値になるとしています。これはp=0.20%/0.25%=80%という形で解くことができ、この値が市場参加者が予測している利上げ確率と解釈することができます。
ここでは、1回の利上げ(利下げ)が通常0.25%であるため、1%から1.25%へ上昇するという例にしましたが、実際には、0.5%動くという想定もありえます。先ほどの例を少し修正し、例えば、FF金利先物から得られる予約金利が1.2%でなく、1.4%である場合を考えてみましょう。これを先ほどのように計算すると、p=0.4%/0.25%となり、100%を超えてしまいます。これは利上げを100%以上読み込んでいると解釈するより、投資家は利上げ幅を0.25%でなく、それ以上であると見込んでいると解釈したほうが現実的でしょう。そこで、FRBが0.5%金利を上げることを想定し、先ほどと同様のロジックで計算すると、

という式が成立します。この場合、p=0.4%/0.5%=80%と計算できますから、FRBが0.5%金利を上昇させる確率は80%と計算できます。

BOX 1 金利先物のティッカー

服部(2022a)でも説明しましたが、Bloombergは先物に関するティッカーを用意しています。具体的には各限月についてF(1月)、G(2月)、H(3月)、J(4月)、K(5月)、M(6月)、N(7月)、Q(8月)、U(9月)、V(10月)、X(11月)、Z(12月)が用いられます*13。FF金利先物についてはFFというコードがあるため、例えば、2022年3月限についてはFFH2というティッカーが存在しています。なお、最も取引が多い限月(中心限月)を繋いだティッカーとしてFFAがあるため、こちらを使えば中心限月をつないだデータを簡単にとることができます。
なお、ユーロドル金利先物についてはEDというコード、SOFR先物についてはSER(1か月物), SFR(3か月物)というコードが存在します。中心限月を繋いだティッカーとして、ユーロドル金利先物についてはEDA、SOFR先物(3か月)についてはSFRA、SOFR先物(1か月)についてはSERAが用意されています*14。Bloombergで、WIR GOと叩けば、世界の金利先物の一覧をみることができます(CTM GOと叩くと先物の一覧をみることができます)。

3.2 利上げ確率の計算の実際
このように利上げ確率の考え方はシンプルなものですが、実際の利上げ確率の計算が少しややこしくなる理由は、(1)FF金利先物があくまで月中のFFレートの「平均」を予約しているという点に加え、(2)政策金利の変更を行うFOMCが月末とは限らず、月中に行われる可能性があるためです。この関係を示した図が図表6 FF金利先物とFOMCの関係です。この図からわかる通り、月初から月末の途中にFOMCがあり、そこでFRBは利上げをするかの判断を行います。ここでは先ほどと同じ数値例を用いていますが、現在のFFレートが1%であると、FOMCまでは1%で推移します。そして、仮に利上げがなされたらFOMC以降、FFレートは1.25%で推移します(利上げがなされなければ1%で推移します)。注意すべきは、FF金利先物で予約する金利(先ほどの例でいえば1.2%)はこの間の平均金利であり、この図では真ん中の線(太い線)になる点です。そのため、前述のような単純な期待値の計算でなく、FOMCが期中にあることの調整が必要になるわけです。
ここからFedウォッチで活用される事例を参照しながら、実際の利上げ確率の計算について考えていきます*15。FedウォッチとはCMEがFFレートに立脚して利上げ確率を計算するツールですが、その考え方はここまで説明したものと同じです(Fedウォッチの使い方はCMEの資料等を参照してください)。
ここでは2015年9月の事例を考えます。具体的には、2015年9月17日にFOMCがあり、この日に0.25%の利上げが起こる可能性があるとしましょう。2015年9月の頭の時点でのFFレートは0.1325%であり、FOMCまではこの金利で推移するとします。ただし、もし仮にFOMCで利上げがなされたら、FFレートは0.25%上昇し、0.3825%(=0.1325%+0.25%)へ上がるとします。また、9月限のFF金利先物は99.805で取引されており、ここからインプライされる9月における1か月間平均のFFレートは0.195%(=100-99.805)とします。
この関係をみたものが図表7 利上げ確率の計算のイメージ図です。FOMCまでの16日間は0.1325%で推移します。また、FOMC後の14日間においてマーケットで予測されている金利をrとします。繰り返すようですが、FF金利先物は1か月の平均金利の予約をしているため、(9月における)30日間の平均金利は0.195%になります。マーケットでは最初の16日間は0.1325%と想定されており、それ以降の14日間はr%で推移すると予測されていますから、FOMC後の金利rを用いれば、

という関係が成立します。これを解くと、r=0.26643%と計算されます。
したがって、先ほどのように利上げ確率をpとすると、

という式が成り立ちます。したがって、p=53.6%という形で利上げ確率が計算できました*16。

図表6.FF金利先物とFOMCの関係
図表7.利上げ確率の計算のイメージ図


4.利上げ確率に関するその他の論点

4.1 BloombergによるWIRP
実際の利上げ確率や利下げ確率を見るにあたっては、読者が上述のような計算をする必要はなく、様々な機関が利上げ・利下げ予想を行うツールを提供しており、実務家やメディア等はそれを用いています。特に、金融機関の実務家はBloombergが提供するツール(World Interest Rate Probabilities, WIRP)を使うことが少なくありません。WIRPでも前述と同じ考え方で利上げ(利下げ)確率が計算されていますが、FRB以外の中央銀行の利上げ確率を計算できる点や、オーバーナイト・インデックス・スワップ(Overnight Index Swap, OIS)に立脚した分析、さらに各種ビジュアル上の機能が充実しています。

図表8.金利先物によるインプライド金利および利上げ・利下げ回数はFF金利先物から示唆される政策金利(インプライド金利)および利上げ・利下げ回数の推移を示していますが、これはWIRPで表示される図表です(時点は2022年4月時点です)。この図をみるとFRBが政策金利を継続して上昇させていくという予測が示されています(WIRPでは向こう1年までの予測を計算しています)。

4.2 OISに立脚した予測
Bloombergの特徴は前述のとおり、OISに立脚した利上げ確率も計算している点です(ここではOISの詳細については割愛しますので、詳細を知りたい読者は、筆者が記載した「金利スワップ入門」および「リスク・フリー・レート入門」を参照してください)。日本の金利先物についてもTONAを原資産としている金利先物が活発に売買されていれば、これまで説明してきたのような形で利上げ(利下げ)確率を算出することができます。もっとも、服部(2022a)で説明したとおり、TONAを原資産とする金利先物は現在、取引がなされていないため、日銀の利上げ確率を分析する場合、TONAを原資産とする金利スワップ、すなわち、OISのカーブに立脚して利上げ確率を計算する傾向があります。Bloombergが提供するWIRPにおいても、日本についてはOISを用いた利上げ・利下げ確率を算出しています(実際、Bloombergはユーロ円金利先物から算出した利上げ確率は計算していません。ユーロ円金利先物は現在、円金利市場で(流動性は低いものの)唯一取引がなされている金利先物ですが、その原資産はTONAではなくTIBORです。詳細は服部(2022a)を参照してください)。
OISを用いて利上げ確率を計算した場合も、基本的にこれまでの議論と考え方は同じです。というのも、基本的にはOISのカーブからフォワード・レートを計算して、その予約金利を投資家の予測金利とみなして利上げ確率を計算するからです。服部(2020)で説明したとおり、フォワードと先物の違いは基本的には、前者が店頭取引であり、後者が取引所取引という制度的なものであり、本質的には同じ予約取引です。そのため、OISを使ったとしても、FF金利先物のような金利先物を使ったとしても、本質は変わらず、あくまで予約金利に立脚して利上げ確率を計算するわけです。

4.3 利上げ確率を考えるうえで、金利先物とOISのどちらが望ましいか
金利先物の価格あるいはOISの価格のどちらを用いて分析するべきかは難しい論点ですが、流動性が高い市場で形成された予約金利をベースに利上げ確率を考える必要があります。例えば、OISに全く流動性がなく、1日に数回しか取引されなかった場合、そのプライスは単なる少数の意見にすぎません。読者としても、数人の取引で決まった価格に立脚して利上げ確率を見せられたとしても、必ずしも信用できるとは限らないと感じるはずです。一方、膨大な売買な結果、形成された価格であれば、その価格に多くの投資家の意見が集約されていると考えることができ、そこから算出される利上げ確率は有益である可能性が高まります。
米国の場合は、金利先物(FF金利先物およびユーロドル金利先物)の流動性が高いため、基本的には金利先物に立脚して利上げ確率を考える傾向があります。もっとも、米国ではOISの流動性も低くないことから、OISから算出した利上げ確率も実務家はチェックしています。実際のところ、Bloombergを用いれば、米国についてはFF金利先物だけでなくOISに立脚した利上げ確率も計算しているため、OISの価格から算出された利上げ確率を簡単に確認することができます(筆者の理解ではFF金利先物を使うか、OISを使うかで大きな差が生まれることはありません*17)。また、前述のとおり、FF金利先物の場合は、流動性がある先物がせいぜい向こう1年程度であり、2年先になるとそもそも取引がないこともあるため、長期的な予測を見るときにOISのカーブが有益であるという意見もあります*18。
筆者の印象では、欧州などではOISを使う傾向があるように感じていますが、その一因として、OISであれば各国を統一的な指標で比較することができるという利点も指摘できます。実際、(執筆時点において)BloombergのWIRPでは英国やユーロ圏については金利先物に立脚した利上げ(利下げ)確率は用意しておらず、OISによる利上げ確率のみを算出しています(一方、豪州については金利先物による利上げ確率のみ算出していますが、それはテクニカルな要因*19とされています)。

4.4 ユーロドル金利先物に立脚した予測
ここまでFF金利先物およびOISについて取り上げてきましたが、実際には金融機関の実務家は、米国の利上げ・利下げを考えるうえでユーロドル金利先物を参照することも少なくありません。その背景には、FF金利先物の流動性は向こう1年程度であり、1年以降になるとそこまで流動性が高いとは言えないことがあります。そのため、金融機関の実務家などの分析ではユーロドル金利先物でFRBの利上げについて分析することが少なくありません。
実際、FF金利先物とユーロドル金利先物の間には十分な裁定が働いているので、原資産が1か月のFFレートとドルLIBOR*20という違いはありますが、利上げ確率などを計算しても一貫した結果が出る傾向にあります。実務家の視点に立てば、FF金利先物については、より厳密に向こう数回のFOMCについてリスクヘッジしたい(リスクテイクしたい)というニーズに基づき取引しているといえます。その一方、ユーロドル金利先物については長期にわたる金利の方向性について取引していると解釈できるため、中長期的な金利の方向性を投資家がどのように予測しているのかという観点でユーロドル金利先物が織り込む価格は有益とみることもできます。
そもそもユーロドル金利先物は世界で最も流動性がある先物の一つとされています。現在、世界最大の取引所であるCMEグループ名誉会長のレオ・メラメド氏の表現を借りれば、ユーロドル金利先物は最も成功した金利先物であり、それを取り扱うCMEは「ユーロドル金利先物そのもの」*21です。ユーロドル金利先物の凄さはその流動性です*22。CMEは、「ユーロドル金利先物が、最大の建玉枚数と共に、日中平均の売買高で他のプロダクトを凌ぐ存在」としており、「(2016年)11月末時点における総建玉の想定規模は、12兆8400万ドルに達している」*23と指摘しています。

図表9.ユーロドル金利先物の推移はユーロドル金利先物の推移をみたものですが、ここでは2022年末から2025年末が満期であるユーロ円金利先物の予約金利の推移を示しています。これは投資家が将来の各年末にどのような金利の予測をしているかについて時系列データでみていることになります(ユーロドル金利先物の原資産が3か月ドルLIBORであるため、3か月金利の予測になっている点に注意してください)。

図表10.ユーロドル金利先物の商品性*24はユーロドル金利先物の商品性をまとめています。ここではその商品性について深堀しませんが、基本的にユーロ円金利先物の原資産をドルLIBORにしたものです(もともとユーロ円金利先物がユーロドル金利先物を参照して作成されています)。ユーロ円金利先物に比べ、ユーロドル金利先物は満期が遠い先物についても活発に売買がなされている点が特徴ですが、原資産となるドルLIBORの公表が停止されるため、今後、SOFR先物を用いた分析にシフトしていくことが予想される点に注意が必要です。

BOX 2 世界最大の取引所であるCMEグループ
FF金利先物は、シカゴ商品取引所(Chicago Board of Trade, CBOT)において1988年に上場した商品です。そもそも、CBOTは1848年に設立された米国で最も歴史が古い商品取引所です。一方、CMEは1898年に、バターと卵の取引所として創設されました。両者は競合関係であったものの、CBOTは長い間、世界最大の取引所の地位を維持していました。一方、CMEは長い間、主に肉(牛、豚、ベーコン)を取引する市場でしたが、CMEは1970年代における通貨先物市場とともに拡大していきます。
CMEがプレゼンスを上げた一因として、早い段階からシステムの開発に着手した点が挙げられます。CMEは1980年代にコンピューター取引システムであるグローベックスを立ち上げましたが、取引所の取引においてコンピューターを導入したのはCMEが初めてです。先物取引は、もともとは場立ち(オープン・アウトクライ)と呼ばれる人々を介した取引が主流でした。2000年以降システム投資が進み、海外の取引所が米国の先物市場のシェアを奪おうとする動きもあったのですが、CMEは早い段階でシステム投資をしていたこともあり、その競争の中でプレゼンスを拡大することが可能になりました。
CMEの戦略において看過できない点は2000年に株式会社化した点です。従来CMEは会員組織であり、その形態は意思決定が遅いことに加え、資金調達を困難にするという問題を有していました。そこで、CMEは株式会社化し、それ以降、M&Aを活発化させていきます。2007年にCBOTを買収することで、本稿で取り上げているFF金利先物は、現在はCMEグループの商品になっています(CMEグループは4つの指定契約市場(Designated Contract Market, DCM)を有しており、CBOTはその一つです*25。FF金利先物は現在、CMEグループのCBOTが取り扱う商品です)。CMEグループは、その後もM&Aにより拡大していくことになり、現在、世界最大の取引所となっています。CMEの詳細を知りたい読者はメラメド(2010)やOlson(2010)などを参照してください。

BOX 3 世界の金利先物
本稿では米国の金利先物にフォーカスしましたが、世界では様々な金利先物が活発に取引されています。欧州ではインターコンチネンタル取引所(Intercontinental Exchange, ICE)に上場をしているEURIBOR先物などが取引されています。本稿ではLIBORの公表停止に伴いユーロドル金利先物がSOFR先物にシフトしていく点を指摘しましたが、欧州では金利指標改革の結果、英国およびスイスではSONIA先物やSARON先物が上場しています。また、WIRPで豪州の利上げの確率は金利先物のみ計算しているとしましたが、豪州では30日銀行間金利先物などが上場しています*26。本稿では紙面の関係上、これらの詳細は省きますが、各国の金利先物の概要については金融先物取引業協会の「海外金融先物市場の主要金融先物・オプション商品の概要」などを参照にしていただければ幸いです(前述のとおり、BloombergでWIR GOと叩くと世界で取引される金利先物の一覧が見られます)。

5.おわりに
本稿ではFF金利先物の制度や利上げ確率の考え方を説明しました。次回は中央清算機関や証拠金規制を中心にOTCデリバティブ規制について説明する予定です。


*1)本稿の作成にあたって、宍戸知暁氏等、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。
*2)下記をご参照ください。
https://sites.google.com/site/hattori0819/
*3)正確には、準備預金とは「民間銀行が中央銀行に保有している預金と、民間銀行の手元現金の合計」(p.395, アセモグル等 2019)です。
*4)服部(2022c)で説明したとおり、FFレートといった場合、通常はニューヨーク連銀によって日々公表されている実効FFレート(Effective Federal Fund Rate, EFFR)を指す傾向にあります。本稿では煩雑さを避けるため、FFレートと実効FFレートを特別区別せず記載していきます。
*5)Fed Funds Futuresと書かれることも少なくありません。
*6)この特徴はユーロドル金利先物も同じです。
*7)以前は向こう3年(36限月)の先物が上場していましたが、2020年9月に向こう5年に制度変更をしています。
https://www.cmegroup.com/content/dam/cmegroup/notices/ser/2020/07/SER-8630.pdf
*8)詳細は下記を参照してください(本文での情報は執筆時時点の内容です。CMEの金利先物は商品性が変わりえるので、正確な情報を得るためには必ず英語のCMEのサイトをみるようにしてください)。
https://www.cmegroup.com/markets/interest-rates/stirs/30-day-federal-fund.contractSpecs.html
*9)本稿は直近のCMEのサイトや一次資料に基づいて記載しています。現時点(2022年6月)でCMEのウェブサイトには日本語の解説資料が見られますが、その内容は一部古くなっています。FF金利先物の商品性を確かめる際は必ず英語の公式資料を確認してください。
*10)2018年にCMEはFF金利先物の定義を変更しており、現在では想定元本がおおよそ500万ドル(principal value of approximately of ,000,000)という以前の表現が削除されています。詳細は下記のCMEの資料を参照してください。
https://www.cmegroup.com/content/dam/cmegroup/market-regulation/rule-filings/2017/11/17-418_APPA.pdf
*11)先物を購入した場合、現物の受渡や反対売買で決済がなされます。そのため、先物を新たに売買することは未だ決済がなされていない契約総数を変化させることになります。建玉は「未決済契約の総数」と説明されるためややこしいですが、その時点における先物の契約総数と理解しておけば問題ありません。
*12)金利先物における配色コードについては服部(2022a)を参照ください。
*13)1月から順番にアルファベットであるものの、Fから始まるため、読者の中には、1月をA、2月をBという形に振った方がわかりやすいと感じる人もいるかもしれません。一説によれば、Aなどはすでにその他の記号として使われているため、Fからスタートしています。
*14)なお、Bloombergでは、FF金利先物についてはFF1というティッカーも用意しており、これはティッカーをつないでつくったジェネリックティッカーです。Bloombergでは具体的な過去の限月のつなげるルールを設定できます。FF金利先物以外にも、ユーロドル金利先物であればED1、SOFRであればSFR1とSER1がそれぞれ用意されております。
*15)詳細な説明は下記をご覧ください。
https://www.cmegroup.com/education/demos-and-tutorials/fed-funds-futures-probability-tree-calculator.html
*16)ちなみに、服部(2022c)では、FRBは現在、リバース・レポ・ファシリティや連銀貸出により、上下のレンジを設けてFFレートを誘導しているという議論をしました。もっとも、あくまでもFRBの目標は(その上下のレンジに収まる)FFレートの誘導です。ここでの利上げ確率についてはFF金利先物に立脚しており、そこから示唆される予約金利によって利上げ確率を計算しているため、あくまでFFレートがどの水準に上昇するかについての予測になっている点に注意してください。
*17)もし乖離があれば流動性プレミアムによる結果あるいは裁定が十分に働いていない等の要因が考えられます。
*18)WIRPではOISでも向こう1年の予測しか出していないので、1年より先の予測を知りたい場合はフォワード・レートを見る必要があります。
*19)WIRPでは米国、ユーロ、カナダ、英国、豪州、インド、日本、ニュージーランド、スウェーデンの利上げ確率を算出していますが、OISはすべての国について算出している一方、金利先物については米国と豪州のみ算出しています。豪州については金利先物のみで計算していますが、これは豪州準備銀行(Reserve Bank of Australia)が行う政策決定会合の数が多いことからBloombergがOISに立脚した利上げ確率を算出が安定しないこと等が理由とされています。
*20)LIBORには銀行の信用リスクやタームプレミアム等が含まれていますが、詳細は筆者が記載した「金利指標改革入門」を参照してください。
*21)メラメド(2010)は「IMMのユーロドル先物商品はCMEそのものだった。2003年を締めてみると、ユーロドル先物とオプションはCMEの総取引高の50%、総建玉の84%、純利益の75%を占めた」(p.204)とあります。
*22)足元については2023年6月末にドルLIBORの公表が停止され、ユーロドル金利先物も取引が停止される点に注意が必要です。
*23)CME Group「ユーロドル金利先物:グローバル資金流動のバロメーター」より抜粋。
*24)詳細は下記を参照してください(本文での情報は執筆時時点の内容です。CMEの金利先物は商品性が変わりえるので、正確な情報を得るためには必ず英語のCMEのサイトをみるようにしてください)。
https://www.cmegroup.com/markets/interest-rates/stirs/eurodollar.contractSpecs.html
*25)CBOTをCMEに統合するのではなく、CMEグループの傘下にしている理由として、オペレーション上の安定性等を考慮したことが考えられます。
*26)WIRPにおいて豪州では30日銀行間金利先物に基づき利上げ(利下げ)確率が計算されています。ちなみに、30日銀行間金利先物のティッカーはIBAになります。

参考文献
[1].服部孝洋(2020)「日本国債先物入門:基礎編」『ファイナンス』1月号、60–74.
[2].服部孝洋(2021)「リスク・フリー・レート(RFR)入門-TONA,TORF,OISを中心に-」『ファイナンス』12月号、14–24.
[3].服部孝洋(2022a)「金利先物およびTIBOR入門―ユーロ円金利先物を中心に―」『ファイナンス』1月号、41–51.
[4].服部孝洋(2022b)「SOFR(担保付翌日物調達金利)入門-米国のリスク・フリー・レートおよび米国レポ市場について-」『ファイナンス』3月号、28–37.
[5].服部孝洋(2022c)「フェデラル・ファンド(FF)市場およびFFレート(FF金利)入門-金融危機以降のFF市場および最後の貸し手機能の変遷について-」『ファイナンス』5月号、10–20.
[6].ダロン・アセモグル, デヴィッド・レイブソン, ジョン・リスト(2019)「マクロ経済学」東洋経済新報社
[7].レオ・メラメド(2010)「先物市場から未来を読む」日本経済新聞出版
[8].Olson, E. (2010)“Zero-Sum Game:The Rise of the World’s Largest Derivatives Exchange”Wiley.