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途上国の税務行政を診断する~TADAT審査官の業務を終えて~

税務大学校 研究部 国際支援グループ 教授 小杉 直史

はじめに
今を去ること2018年の夏、インドネシアJICAへの出向から三年半ぶりに帰国して*1、久しぶりの本庁(霞が関)勤務に忙殺されていた頃、税務大学校の某国際支援室長から突然、「TADATの資格取得研修を受けてみない?」と声をかけられた。そして、軽い気持ちで「…はい」と返事をしてしまった。
思えばこれが、TADATという未知の領域へ足を踏み入れた瞬間で、その後は、どういう訳か深く関わることになってしまうのである―。
約5万6千人の国税職員の中には、このような一風変わった経験をして(させられて?)いる者も存在するという事実を、本稿でご紹介する機会をいただけたことに、深く感謝したい。
なお、本文中の意見・感想等については、すべて筆者の私見である。

TADATとは?
「TADAT」と聞いて、にわかにその正体がわかる人は、ただ者ではない。
それは、国際通貨基金(IMF)が開発したTax Administration Diagnostic Assessment Tool(つまり税務行政診断ツール)の略称であり、IMF主導の審査チームを開発途上国に派遣して、その国の税務行政が適正に執行されているかどうかを診断し、評価を行う支援活動のことである。
具体的には、税務行政の健全性に関する国際標準(International Good Practice)に基づいた客観的な評価指標を用いて、将来の税務行政改革や技術支援のための基礎となる情報を提供する枠組みであり、以下の効果が期待されている。

-被審査国の税務行政における、相対的な長所及び短所の診断
-税務当局、国際機関、ドナー等の間における交流、議論、及び情報共有の促進
-税務行政改革に関する目標、優先課題、実施プロセス等の計画策定
-診断を繰り返すことによる、税務行政改革の進捗度合い及び成果の把握

評価は、TADAT事務局が公表している200ページにもわたる「TADAT Field Guide*2(以下、“審査マニュアル”)」に記載された、9つの審査項目(POA:Performance Outcome Area)及び32の指標(Indicator)に基づいて決定される(図1 評価項目一覧参照)。各指標は“審査マニュアル”の基準に即してTADAT審査官によって評価され、以下の4段階で評点が付与される。

なお、評価は単なるベンチマーキング情報であり、IMFから被審査国へのファンディング等には影響しない。
TADAT審査官になるためには?
TADAT診断業務を行う審査官になるためには、IMFが主催する「TADAT資格取得研修」を修了して試験に合格し、「審査官資格」を取得する必要がある。その前提条件として以下が規定されている。*3

-税務もしくは歳入当局での5年以上の実務経験
-開発途上国に対する技術支援の経験
-大卒もしくは同等の学歴

「我が国のTADAT審査官をもっと増やして、IMFの活動にさらに貢献しようではないか!」と考えた幹部がいらっしゃったようで、日本の税務大学校において、IMFから講師3名を招聘した三日間の「TADAT資格取得研修」が開催されることになった。講義は全て英語で行われるので、受講生はある程度のリスニング力が必要である。
研修修了後は「最終試験」が課される。その設問は、とある架空の国の税務行政について条件設定がなされ、“審査マニュアル”に記載の9つの評価項目に係る32の指標を参照しながら、TADATが定める国際標準に従って診断を行い、AからDまでの評点を正しく付与できるかを問うものである。
正味1時間のテストで計20問が出題され、15問(75%)以上正解しないと不合格となる。*4
例えば、

との問いがあった場合、正解は「評価B」である。
“審査マニュアル”では、不服申立てへの対応について独立性に着目しており、調査部門以外が対応していれば「評価A」、調査部門の審理担当者が対応していれば「評価B」、調査部門で調査担当者以外の調査官が対応していれば「評価C」、それ以下(つまり、調査担当者が自らの事案の不服申立てに対応するような独立性のかけらもないケース)は「評価D」となる。
問題英文の読解力もさることながら、“審査マニュアル”の中から設問に該当する箇所を素早く参照して回答する必要があり、かなり骨が折れる試験であったが、なんとか合格して晴れて審査官となることができた。
後日、名前入りの合格証(図2 TADAT審査官の合格証。これを持たざる者はTADAT診断業務を行うことはできない。参照)が送付されてきて、TADATウェブサイトの審査官リスト*5にて、氏名、所属、国籍が公表される。

「TADAT資格取得研修」と「最終試験」はオンラインでも実施されており*6、コロナ禍ではむしろこちらの方が主流といえよう。試験の際は不正防止のため、試験監督官がPCのカメラを通じた「現況調査」によって受験者の室内の状況を確認する。
試験中は“審査マニュアル”しか閲覧できないので、カメラの前で中身をペラペラめくって見せて、他の参考資料が入っていないことを証明する。身分確認では、運転免許証などは日本語表記なので外国人の試験監督官には内容が理解できないため、パスポート等の写真付き英語表記のIDを画面越しに提示する必要がある。スマホは電源を切って離れたところに置くよう指示され、PCは専用アプリのインストールによって遠隔モードとなるため、どこかの国の大学入試のように試験中にググって検索することはできない。
試験監督官は受験者に立ち上がるよう命じ、PCのカメラで部屋全体を見せるように指示して、助言者等が同室していないことを確認する。ということは、在宅参加のオンライン会議でありがちな、上半身はネクタイとビジネススーツでビシッと決めているのに下半身は短パンしか履いていないような出で立ちは、即刻バレてしまうのは言うまでもない。
マレーシアにてTADAT研修講師
せっかく審査官の資格を取得したものの、実際の審査に参加する機会にはなかなか恵まれなかった。ところが、税務大学校で実施されたような「TADAT資格取得研修」が2019年の12月にマレーシアで開催されることになり、調子に乗ってその研修講師を引き受けてしまった。
研修生はマレーシア当局の職員に限らず、アジアの周辺国からも受講希望者を受け入れるという。筆者にとっては、資格取得のために勉強した知識を、もう一度ブラッシュアップできる良い機会である。
しかし冷静に考えてみると、TADAT審査官を一度も経験したことがない「ド素人」に偉そうに教える資格があるのだろうか。例えるなら、自動車免許取得後に一度も運転したことがないペーパードライバーが、車の運転方法を教えるのと同じではないか、といった素朴な疑問が、現地に到着してから沸々と湧き上がってきた。
オーストラリア人の同僚講師に相談したところ、
「実は俺だって審査官なんてやったことないんだから、余計な心配するな!」
との妙に説得力がある激励をもらい、何とか無事に四日間の研修講師を乗り切った。しかし、約半数の受講生が「最終試験」に不合格となってしまい、講師としての責任を痛感した。
なお、不合格者については追試が実施され、結果的にほとんどの受講生が合格したそうである。

写真:マレーシアでの研修風景。講師っぽく立っているのが筆者。

TADAT審査の流れとは?
2020年以降、ようやく実際の審査に参加する機会が与えられ、これまで三か国のTADAT診断業務を経験させていただいた。残念ながらコロナ禍ということもあり、現地当局を訪問する機会はなく、全て「オンライン審査」方式で実施された。これはこれで、かなりのハンディキャップであった。
まずもってPCのスクリーンでは細かい文書が読みづらい。そこで、Ctrl キーを押しながら + キーを押して画面を拡大するという高等テクニックを覚えた。また、被審査国は開発途上国であるため、通信環境や音質が不安定であり、ただでさえ英語では難しいのに余計にコミュニケーションが取りづらくなる。厳しい質問をすると、なぜか相手の回線だけ突然落ちることもあった。
オンラインでは基本的に、一人ずつ順番に発言することになるので、不明点があってもその場ですぐに確認するのが難しい。よく分からないまま審査が先に進んでいくのは非常にストレスを感じた。さらに、発言者が一体誰なのか特定できない場面もあれば、ミュート状態に気付かずに口パク映像を延々と流し続ける者もいた。
実は筆者は、TADATとは別に、2019年にOECDの「税の透明性と情報交換に関するグローバルフォーラム」にて、某タックスヘイブン国の情報交換制度に関するピアレビュー審査官もやらせていただいた経験がある。
その頃はまだコロナ前だったので、実際に現地の当局を訪問して対面審査を行い、十分なコミュニケーションを図ることができた。机上に並べた各種の関連書類を、参加者同士で確認しながら、ホワイトボードに問題点を書き出して、多人数でワイワイガヤガヤと議論したのは、今思うと、オンラインよりもはるかに幸せな審査の時間であった。
海外出張してしまえば物理的に日本から離れるので、通常業務からは切り離されて審査に集中することができるが、オンラインではそうはいかない。被審査国と日本との間には時差があるので、スケジュールによっては夜中の2時過ぎまで審査に参加し、数時間の仮眠をとってから朝6時に起床して出勤した日もあった。
前置きが長くなってしまったが、TADAT審査の流れについて説明したい。

1.被審査国の決定
税務行政診断を希望する国はTADAT事務局に申請し、年間計画に基づき審査スケジュールが決定される。なお、途上国に限らず先進国でも診断を受けることは可能である。
被審査国当局の担当職員にTADATの制度をよく理解してもらうために、通常は審査前に「TADAT研修」が実施され、審査チームのメンバーが講師を務める。この研修は、当局職員と審査チームの間のアイス・ブレイキングの役割も果たす。

2.審査チームの組成
審査開始の2ヶ月前に組成される。まずはリーダーの任命であり、「TADATリーダーシップ・ワークショップ」*7を修了した経験豊富な審査官の中から選定される。これまで出会ったリーダーたちは皆とても親切で、新人審査官である筆者に手厚いサポートをしてくれた。
次に審査官の任命であるが、審査チームの人数は被審査国の規模によって異なり、筆者の経験では4名の場合もあれば7名で審査した国もあった。
英語圏の元税務職員であるIMF職員を中心として審査官は構成されるが、多様性を持たせるためか、前述のTADAT審査官リストの中から、世界銀行やアジア開発銀行などの国際機関の職員や、筆者のように現職の税務職員が選定される場合もある。
非英語圏の国の審査は英語通訳を介して行われるが、やはり現地語を理解できた方が望ましいので、例えばスペイン語圏の国の審査には、同じスペイン語圏からの審査官が多く採用される傾向がある。
TADAT審査官リストを見ると、日本にも30人以上「有資格者」が存在するようであるが、なぜ私が選ばれてしまったのか? TADAT業務では最低でも1ヶ月以上は拘束されてしまうので、「最も暇そうな職員」に声をかけたことは想像に難くない。

3.事前質問状(Pre-Assessment Questionnaire)の送付
TADATの評価を下すために必要な情報について、9つの審査項目(POA)及び32の指標に基づいた事前質問状を作成し、回答を被審査国の税務当局へ依頼する。同時に、重要文書(Key Documents)及び数値データ(Numerical data)の提出も要請する。
主な重要文書は以下のとおり。

-直近2年分の税務当局の年次報告書
-最新の戦略プラン及び長期改善計画
-組織図及び主要な部署の業務説明
-納税者憲章

主な数値データは以下のとおり。TADAT様式のフォーマット表に記載してもらう。

-過去3年間の税目別税収
-過去3年間の登録納税者数の推移
-主要税目ごとの申告件数及び期限内申告率
-電子申告及び電子的納付手段の利用率
-期限内納付率、滞納残高の推移及び長期滞納の割合
-不服申立て処理件数及び終結までの時間
-電話税務相談の件数及び応対に要した時間

審査開始の1ヶ月前が提出期限だが、経験上、期限内にはなかなか入手できない。

4.参考資料の提出要請
重要文書以外に、審査のために必要な資料についても適宜提出を要請する。具体的には、税法・通達等の関係法規、事務提要(マニュアル)、事務フロー図、各種広報文書、会計検査院の検査結果報告書などである。当局のデータベースや処理手続き等を確認するために、業務用PCの作業画面のスクリーンショットを送ってもらうこともある。
提出された資料は逐次蓄積されていき、審査項目ごとに整理されてデータフォルダに保存される。審査官は、提出された文書や資料を随時参照し、審査や評価に活用することができる。
保存資料は最終的には膨大なデータ量となり、タイトルはリスト化され、「証拠書類(Source of Evidence)」として審査報告書の巻末に一覧が添付される。

5.プレミーティング
全ての審査官が、オンラインの画面越しではあるが、初めて一堂に会して顔を合わせてお互いに自己紹介をする場である。その主な目的は、9つの審査項目(POA)やその他の作業についての「分担」の決定である。つまり出席しなければ、最も困難なパートを欠席裁判で押し付けられてしまう恐れがある。某国の審査では、5月5日の祝日の夜にプレミーティングが招集されて、日本のゴールデンウイークなど全く考慮してもらえなかった。
審査官の人数にもよるが、一人の審査官は、通常一つか二つの審査項目(POA)を担当する。筆者は新人審査官ということで、有難いことに優先的に担当するPOAを選ばせてもらえたが、後述するように、この選定で痛恨のミスを犯すことになる。

6.開始ミーティング
被審査国の税務当局幹部や担当職員、審査チームのリーダー及び各メンバー審査官、TADAT事務局の職員など、関係者一同が初めて正式に顔を合わせるオープニング・セレモニーである。
審査チームのリーダーによる開始宣言から、各参加者の挨拶及び自己紹介のあと、当局長官からのウエルカム・スピーチに続き、リーダーからはTADAT制度や向こう三週間にわたる審査スケジュールについて詳細な説明がなされる。某国の長官は日本のファンとのことで、いきなり日本語で「こんにちは」と話しかけられた。また、他の審査官へは「Mr.○○」なのに、私だけ呼称が「Professor」だったのも、ちょっと嬉しかった。
ミーティングの直前には膨大なメールのやり取りが始まる。ほとんどは無用の連絡事項であるが、その中には、「緊急!長官の都合で急遽予定より30分早く開始!」などの極めて重要な連絡もあるので、あらゆるメールにしっかりと目を通さざるを得ず、確認だけで忙殺される。なお、審査期間を通じての全てのメールのやり取りは、合計で400通を超えていた。
Web会議システムによるオンライン・ミーティングのため、初日は(1)長官挨拶、(2)POAの審査、(3)審査官のみの打合せ、と三つのバーチャル・ルームに時間を置いて入室することになった。それぞれ異なるIDとパスワードが設定されており、サインイン情報は直前にメールで送られてくるので、混乱してなかなかログインできなかった者もいた。

7.データ検証ミーティング
本来の趣旨は、事前質問状で提出された数値データの中身について検証するためのミーティングであるが、審査開始時点ではまだ提出されていないデータが多い。このため、未提出のデータが一体いつになったら提出できるのかを、被審査国当局に確認するためのミーティングともいえる。なお、実際のデータ中身の検証は、後述するように相当の時間と労力を費やすことになる。

8.各POAの審査
9つの審査項目(POA)について、各担当審査官がリード(司会進行役)となり、“審査マニュアル”記載の32の指標に照らし合わせながら、事前質問状にて得られた回答の不明点などについて、当局担当者へインタビューや追加の資料請求などを行う。
一つの項目の審査時間は原則2時間しかないため、リードを行う際には、質問内容を整理して効率よくインタビューしなければならない。そのためには、事前に入手した膨大な資料を徹底的に読み込んで周到に準備をしておく必要がある。
審査時間内に必要な情報が得られなければ正しい評価を下すことができないため、TADATにおいて審査のリードは最も緊張する業務である。なお、時間内に情報を得られなければ、後日に改めて回答を求めるので、審査日程にはある程度の予備日が組み込まれている。
ネイティブ審査官によるリードでは、議論が白熱して終盤に時間が足りなくなると、非英語圏の審査官への気遣いを全く無視した超早口の英語になってしまい、内容についていけなくなる。

9.評価ミーティング
各POAの審査の後は、被審査国の当局職員は参加することができない「審査官のみの評価ミーティング」が別途開催される。
ここでの協議の結果、各審査項目についてAからDまでの評点が下される。最低評価のDを付す場合は、特に慎重に議論がなされる。
リード担当の審査官が、自ら下した評点に関して、リーダーや他の審査官へ理由を説明してコメントを求める。評価内容について意見が分かれた場合には、「○○国の審査ではこうだった…」「××国の場合では…」など、具体的なコメントを出せる経験豊富な審査官の意見が尊重される。
もとより“審査マニュアル”自体に不明瞭な部分が多いので、その解釈をめぐって激しい議論になることもあり、紛糾した場合は、最終的にリーダーの判断に従う。

10.審査報告書案の草稿
各POAの審査終了後、審査チームは終了ミーティング(最終日)の24時間前までに、被審査国に対して「審査報告書案」を提出しなくてはならない。リード審査官は、自身が担当したPOAの各指標に関してAからDまでの評定を下し、その評価理由を報告書に英文で記載する。また、報告書のIntroduction(概況)パートについても各審査官が分担して作成する。筆者は「租税条約に基づく情報交換」の職歴が長かったため、「International Information Exchange」のパートを主に担当した。
草稿期間は数日しかないので、土日や昼夜を問わず大慌てで作業することになる。リーダーは、それぞれの審査官が作成した各項目の報告について、内容を全てチェックして適宜訂正しなくてはならないので、報告書作業期間中は「ほとんど寝る時間がない」と言って多忙を極めていた。

11.終了ミーティング
約三週間にわたる審査スケジュールの最終日に実施される。リーダーは、被審査国のこれまでのTADAT審査への協力について感謝するとともに、最終的な診断結果と評価内容について説明する。
被審査国の長官からは、審査チームの労をねぎらう感謝の言葉が述べられて終了するのが一般的であるが、某国の審査では長官が悪い評価に納得できず、最後のミーティングなのに重苦しい雰囲気となってしまった。将来の税務行政の改善のために問題点を診断するのがTADATの目的であるのだが…。

12.被審査国からのコメント
被審査国が診断結果に不服がある場合は、審査報告書案を受領してから21日以内にコメントをTADAT事務局へ提出する。コメントは担当パートの審査官へ回付されて内容が吟味され、評価を見直すかどうかについて審査チーム内で協議される。

13.審査報告書の確定
報告書案のコメントへの対応が終わり、診断結果について被審査国と審査チームの双方が納得した場合には、TADAT事務局の最終的なチェックを経て、正式に審査報告書が確定する。
被審査国の了解を得られた場合は、TADATウェブサイトにて最終審査報告書が公表される。*8
実際のTADAT審査とは?
筆者がリード審査官として担当したのは、9つの審査項目のうち、POA4「期限内申告」、POA5「期限内納税」、POA7「不服申立ての効率的な解決」の三つであった。以下、それらの審査の実際の状況について順に説明したい。

1.「期限内申告」の審査(POA 4)
(指標1)POA4-12 主要税目における期限内申告率
税目毎に指標が定められており、法人税については以下のとおり。

「評価A」:(1)90%以上の法人が期限内に申告、かつ(2)100%の大規模法人が期限内に申告
「評価B」:(1)75%以上の法人が期限内に申告、かつ(2)95%以上の大規模法人が期限内に申告
「評価C」:(1)50%以上の法人が期限内に申告、かつ(2)75%以上の大規模法人が期限内に申告
「評価D」:評価Cよりも%が低いとき、もしくは評価のための判断材料が不足しているとき
POA4は、被審査国の当局から回答された事前質問状の数値データに従って単純に評価すればよいので、比較的審査が楽なパートではないか、と勝手に想像していた。ところがどっこいフタを開けてみると、提出データの正確性についての疑問が大量に噴出し、その検証作業が非常に厄介で大きな誤算であった。
当初提出されたデータでは、数百社ある大規模法人の期限内申告率はあまりよろしくない数値である。そこで、大規模納税者部門の職員を呼んでインタビューをしたところ、
「いえいえ、全ての大法人は期限内にきちんと申告しております!」と、堂々と提出データと矛盾した回答をしてくる。
「ではなぜデータ上の期限内申告率はこんなに低いのか?」と厳しく追及しても、
「なぜそうなっているのか、よくわかりませ~ん」と全く話が嚙み合わず、もはや禅問答である。
脱力感がみなぎっていく中、リーダーからヘルプが入り、
「大規模法人の定義をきちんと確認するように」との貴重なアドバイス。
大規模納税者部門の話では、大規模法人とは「売上500万以上の特にコンプライアンスが良い法人」とされており、わずか十数社しか存在しないことが判明。では数百社としたデータは何なのかというと、法人全体を所管する法人課税部門によって提出されたもので、そこでは大規模法人の定義は「売上100万以上」とされていた。要するに、税務当局内の部署によって大規模法人の定義が異なっていることが判明したが、一体どういう組織なのか―。
審査チーム内で、どちらの定義を採用するか協議した結果、やはり大規模納税者部門の定義を優先すべき、との結論に達し、大規模法人は「期限内申告率100%」として評価することになった。
一事が万事こんな感じで、他の税目の提出データも、いちいち担当者を呼んで検証しなければならず、それはそれは骨が折れた。

(指標2)POA4-13 無申告納税者の管理とフォローアップ
基本となる指標は、「申告期限経過後から何日以内に無申告者*9のフォローアップを行っているか」である。
「評価A」は7日以内、「評価B」は14日以内、「評価C」は21日以内、それより遅い場合は「評価D」となる。
さらに、「無申告納税者の把握が自動化されていなければ評価D」という追加指標もあり、なかなか厳しい。
担当者へインタビューすると、なんと
「申告期限経過後3日以内には無申告者へ接触しています!」
との素晴らしい回答をもらえたので、その迅速な対応ぶりから当初は「評価A」と考えていた。
ところが説明を聞くうちに、どうやら無申告者の抽出は手作業で行っていることが判明してしまった。審査チーム内で協議した結果、「手作業では到底自動化しているとはいえない」との結論に達し、残念ながら悪い評価となってしまった。
そもそも“審査マニュアル”に記載されている、指標としての「自動化(Automated process)」の定義が曖昧である。無申告者に対する事務処理が適切にマニュアル化されていれば、自動化ではなく手作業であっても特に問題ないのではないか。
ちなみにこれを日本に当てはめてみると、申告事績は電子申告やOCRによりシステムに反映されて無申告者が抽出されることから、把握については自動化しているといえる。しかし、納税者数の規模が大きい国にとっては、無申告者のフォローアップを申告期限経過後から21日以内に実施するのは、いくらなんでも困難なのではないか。
したがって、この指標で良い評価を得られるのはICTが進んだ一部の小規模国だけと思われるので、国の規模に応じた弾力的な評価基準が必要ではないか、と感じた。

(指標3)POA4-14 電子申告の活用と利用率
指標は、「電子申告の利用率」である。
「評価A」は85%以上、「評価B」は70%以上、「評価C」は50%以上、それ以下は「評価D」となる。
被審査国は、数年前にやっと電子申告を開始したばかりで利用率はわずかであった。そもそもインターネットの国民普及率がまだ5割程度とのことで、それでは電子申告が普及しないのも仕方がない。インフラ整備が追いついていない印象であり、今後の発展に期待したい。

2.「期限内納税」の審査(POA5)
(指標1)P5-15 電子的納付手段の活用と主要税目における利用率
指標は、「主要税目の電子的納付手段における(1)納税者全体と(2)大規模納税者の、それぞれの利用率」である。

「評価A」:(1)納税者全体で、75%以上の納税額について電子的納付手段を利用、かつ(2)大規模納税者は、全て(100%)の納税額について電子的納付手段を利用
「評価B」:(1)納税者全体で、50%以上の納税額で利用、かつ(2)大規模納税者は90%以上の納税額で利用
「評価C」:(1)納税者全体で、25%以上の納税額で利用、かつ(2)大規模納税者は80%以上の納税額で利用
「評価D」:評価Cよりも%が低いとき、もしくは評価のための判断材料が不足しているとき

事前質問状で送付する数値データの表では、被審査国の電子的納付手段の利用率について、主要税目と大規模納税者に関して、納税額と件数のそれぞれの率を記入して提出するよう求めている。そして評価の指標となる利用率は、件数ではなく納税額をベースに判断される。
提出された数値データを検討してみると、大規模納税者の電子的納付手段利用率が異様に低い。
担当職員を呼んで理由を聞くと、
「いえいえ、大規模納税者は電子的納付が義務化されていますから、利用率がそんなに低いはずはありません!」と、例によって平気な顔で数値データと矛盾した回答をしてくる。
そうであれば提出したデータが間違っていることになるので、データを訂正して再提出するよう依頼した。
ここでリーダーから、
「電子的納付手段の定義についてきちんと確認するように」とのアドバイスが入る。
当局に説明を求めると、以下の4つの手段を電子的納付手段としてカウントしているとのこと。

(1)インターネットバンキング
(2)ATM
(3)モバイルバンキング
(4)銀行窓口での納付

「ん?」と違和感を覚えて、(4)がなぜ電子的納付に該当するのか質問したところ、「銀行と国庫が電子的につながっているからです!」との回答。これは一体どうなのか?
改めて“審査マニュアル”を参照すると、電子的納付の定義の一つとして「納付に銀行スタッフが関与していないこと(without the direct intervention of the bank staff)」と記載されている。つまり、窓口納付では銀行スタッフが対応することになるので、TADAT基準では電子的納付には該当しない。したがってデータ訂正版の作成に当たっては、(4)の「銀行窓口での納付」をカウントしないように担当者に念を押した。
後日提出された訂正版をチェックしたところ、電子的納付手段の利用率について見合った数値を出してきてくれたので、さっそく評価を下そうとしたところ、あろうことか、とんでもない事実に気が付いた。
税目ごとの電子的納付手段の利用率の数値データが、納税額ベースと件数ベースで、なんと小数点以下まで全く同じなのである。これはどう考えてもおかしい。数値の信憑性は、もはや地に堕ちた。
疑問点を分かりやすくするために、単純化した例を挙げると、被審査国には納税者がXとYの二名しか存在しないと仮定して、Xは税額90円を電子的に納付し、Yは税額10円を現金で納付していたとする。この場合、納税額ベースの利用率は

90円(Xの電子的納付)÷100円(Xの90円+Yの現金納付10円)=90%(電子的納付利用率)

となるのに対し、件数ベースでは

1件(Xの電子的納付)÷2件(Xの1件+Yの現金納付1件)=50%(電子的納付利用率)

となる。
つまり、個々の納税者の納付額はそれぞれ異なるので、納税額と件数で全く同じ利用率になることなど現実的にあり得ないのだ。おおかた途中で計算が面倒臭くなって、数値をそのままコピペして提出したのだろう。気付かないとでも思ったのか…元国税調査官をなめてはいけない。
そんなこんなでPOA4(期限内申告)の審査のときと同じように、当初提出された数値データを検証して、その修正申告を粘り強く説得することを繰り返したため、想定外に事務量が増えてしまった。元データが不正確であれば正しい評価なんぞ下しようがない。改めて、POA4とPOA5の審査を希望したのは、新人審査官の若気の至りであり、痛恨のミスであった。
「今度こそ神に誓って絶対に間違いありません!」
という最終の数値データをようやく受領した。なかなか良い評価となりそうな数字である。
ところが「審査官のみの評価ミーティング」にて反対意見が出てしまった。全体の利用率がよくても個々の税目に着目してみると、主要税目である個人所得税の電子的納付手段の利用率が非常に低い。したがって良い評価を与えるべきではない、と言うのである。
「そんな判断基準は“審査マニュアル”の一体どこに書いてるの?」
と言いたかったが、新人審査官なので素直に従った。まあ確かに、当局提出のいい加減なデータに振り回された無駄な事務量を考慮すると、あまり良い評価にできないのも仕方がない。

(指標2)P5-16 源泉徴収など効率的な徴税システムの活用
指標は、「被審査国において源泉徴収や中間納付等の効率的な徴税システムが整備されているか」である。
ここはリーダーに言わせると「ボーナス・ステージ」で、然るべく制度化されていれば評価に疑問を挟む余地はなく、被審査国も含めてほとんどの国が「評価A」になるとのこと。そうはいっても、源泉徴収制度は、多くの国で「戦費調達」のために導入されたのは有名な話である。昨今の某大国がもたらした国際事情を鑑みると、効率的な徴税システムが、必ずしも良い目的だけに使われるとは限らないのではないか、という疑念を禁じ得ない。

(指標3)P5-17 期限内納付率
指標は、「付加価値税の期限内納付率」である。
「評価A」は90%以上、「評価B」は75%以上、「評価C」は50%以上、それ以下は「評価D」となる。
大規模納税者については更に厳しい追加指標が設定されており、期限内納付率が90%以下の場合は、全て「評価D」となる。
提出されたデータを検討してみると、納税者全体の期限内納付率はまずまずであったが、大規模納税者の数値が低かったため最終的な評価は下がってしまった。
ところで、なぜ指標が「付加価値税」なのか?“審査マニュアル”によると、「所得税には前払納付制度があり計算が面倒だから」と記載されている。でも我が国の消費税(付加価値税)にも同じ前払制度がありますけど…。

(指標4)P5-18 滞納残高の推移及び長期滞納の割合
指標には、以下の三つの基準(Dimension)がある。
第一の基準は、「税収に対する年度末滞納残高の割合」つまり基本情報の「滞納率」である。
第二に、「徴収可能税額の年度末残高の割合」である。これは一体何を意味しているのかよく分からなかったので、徴収課出身の同僚に知恵を借りたところ、
「回収可能な滞納税額が適切に徴収されているのかを評価するもので、比率は少ない方がよい」とのことであり、被審査国はなかなか優秀な数値であった。
第三に、「一年以上の長期滞納の割合」である。滞納税額は古くなるほど回収が困難になるので、長期滞納割合が少ないほど良い評価となる。
TADAT基準では25%以下で「評価A」となるが、被審査国はそれよりもはるかに低い、断トツに良い数値である。
しかし、いくら何でも数値が良すぎる。ちなみにOECDの税務行政比較レポートを参照すると、ほとんどの先進国が50%を超えている。筆者も審査官の端くれなので、税務当局以外の資料を「反面調査」することにした。
被審査国の「会計検査院」が税務当局へ実地検査を行っていたので、その検査結果報告書を精査してみると、「こ、これは!?」と驚愕の事実を発見する。
会計検査院は税務当局に対して、
「安易に滞納処分の執行停止をする傾向があり、不当である」
と極めて厳しい指摘をしていたのである。

これはいけない―。
税務当局として決してあってはならず、言語道断である。審査官としての怒りは頂点に達した。
翻って、我が国税庁の滞納整理に従事する同胞たちは、国家の歳入を確保する最後の砦として、昼夜を問わず獅子奮迅の努力を尽くしている。最近では、言わずと知れた「国際的徴収共助」の枠組みを駆使して、滞納者が海外に隠匿した財産まで執念深く追いかけている。*10
税務当局が滞納者を追うことを簡単にあきらめて、安易に滞納処分を停止して滞納者の納税義務を消滅させてしまえば、当然、一年以上の長期滞納率は少なくなるだろう。しかしその弊害として、滞納した者が結局得をすることになり、真面目に納税している人は報われなくなる。
そんなことは絶対に許されない。そればかりか、滞納者に便宜を図るような汚職にもつながりかねず、ひいては国家財政まで破綻してしまうのではないか。
安易な執行停止の結果として長期滞納率が低くなり、良い評価が与えられてしまうのであれば、本末転倒も甚だしいので、審査報告書の評価欄にはRemark(注意書き)を添えて、審査官の目は節穴ではないことを知らしめることにした。
税務当局は、「正直者には尊敬の的、悪徳者には畏怖の的」*11でなくてはならない。

3.「不服申立ての効率的な解決」の審査(POA7)
(指標1)POA7-23 独立した実効性のある段階的な権利救済手続きの存在
指標には、以下の三つの基準(Dimension)がある。
第一の基準は、(1)税務当局への不服申立て→不服審判所への審査請求→裁判所への訴訟提起、と段階的な権利救済手続きが採用されているか、(2)手続きが法令・規則等で適切に定められているか、の二つの要件である。
もしも、税務当局内の不服申立て手続きが多段階(例えば、税務署→国税局とそれぞれに申立てなくてはならない場合など)であれば、納税者にとって不利益な制度と考えられるので、「評価B」となる。また、不服審判所が税務当局から独立していなければ、「評価C」となる。そもそも不服申立て手続きが適切に定められていなければ、当然「評価D」となる。
第二に、「税務当局内における不服申立て担当職員の、当初調査部門からの独立性」である。
もしも当初調査した同じ部門が、不服申立てに伴う再調査まで担当している場合や、当初調査を担当した張本人の調査官が、「その節はどうも」と悪びれもせずに再調査にやって来て、不服申立てをした納税者が唖然としてしまうような状況があれば、独立性に大いに問題があるので評価は低くなる。
第三に、「不服申立てによる権利救済の手続きについて、納税者へきちんと周知されているか」である。具体的には、(1)税務当局のウェブサイト等で権利救済手続きの情報が得られるか、(2)調査担当者は不服申立ての権利を納税者に説明しているか、(3)調査終結通知書や更正の理由書に不服申立て手続きについて記載されているか、が要件となっている。
全ての要件を満たしていれば「評価A」となり、(2)を満たされなければ「評価B」、(3)を満たさなければ「評価C」、(1)を満たしていなければ「評価D」となる。
被審査国当局のウェブサイトを閲覧したところ、権利救済の関連法規と不服申立て申請書の様式は入手可能であったが、それ以外に不服申立て手続きや権利救済に関する情報は一切提供されていなかった。果たしてこれで「納税者に権利救済手続きをきちんと周知している」と言えるのか?
審査チーム内で協議したところ、「このレベルではTADATの国際標準に達していない」との結論に達し、結果的に悪い評価となってしまった。

(指標2)POA7-24 税務当局が不服申立ての解決に要する時間
指標は、「税務当局への不服申立て事案が何日以内に終結しているか」である。
「評価A」:不服申立て事案の90%について30日以内に終結
「評価B」:同90%について60日以内に終結
「評価C」:同90%について90日以内に終結
「評価D」:それ以上に日数がかかってしまう場合
本指標では例によって、事前質問状により被審査国当局から提出されたTADATフォーマット表の数値データに基づき評価を行うが、このTADATフォーマットそのものに不備があることに気が付いた。
フォーマットによると、終結した割合を計算する式は、
「○日以内の終結件数÷年度末の未処理件数」
となっているが、なぜ分母が未処理件数なのか?どうしてこれで正しい値を計算できるのか?
単純化した例を挙げると、一年間に100件の不服申立ての請求があり、90件が終結して10件が未処理になったとする。また、申立て後30日以内に終結した事案は50件とする。これをTADATフォーマット表の計算式に当てはめると、30日以内に終結した事案の割合は、
50件(30日以内終結)÷10件(未処理件数)=500%
と、とんでもない異常値になってしまう。実際、被審査国から提出された数値データも、評価のしようがない異常値ばかりであった。90%かどうかが評価の指標なのに、これでは困ってしまう。
この計算式の分母は、当然、一年間に「終結した」総数の90件にするべきではないか。それでもって計算すると、30日以内に終結した割合は、
50件(30日以内終結)÷90件(終結総数)=55.6%
と、至ってまともな数値となる。そして、仮に60日以内に、追加で35件の事案が終結していたとすれば、60日以内に終結した件数は、30日以内終結分の50件を足した計85件となるので、
85件(50件+35件)÷90件(終結総数)=94.4%
と、極めて美しい結果となり、90%以上の事案が60日以内に終結していることが見事に判明するので、指標に当てはめて「評価B」と確定できる。
この問題については、「審査官のみの打合せ」で、TADATフォーマット表の計算式そのものがおかしい、と指摘したところ、筆者の提唱する計算式で評価することが認められた。リーダーは「今後のためにTADAT事務局に報告する」と言ってくれたので、“審査マニュアル”の次回改訂時には是正されていると思われる。

(指標3)POA7-25 不服申立てから得られた成果の税務行政への活用
指標は、「不服申立て事案の結果について定期的に分析を行い、政策・法改正や税務行政手続きの改善に活用しているか」である。
「評価A」:全ての事案について定期的に分析を行い執行に活用されている
「評価B」:全てではなく一部の事案のみを活用
「評価C」:定期的な活用がされていなく、都度ベースで実施
「評価D」:評価Cに満たないパフォーマンス
当局担当者へインタビューしたところ、
「分析や活用は全くしていません!」と、きっぷの良い堂々とした返答。
もとより被審査国は小規模なので、年間の不服申立て件数がわずか数十件程度であり、ほとんどが税額計算誤り等の基本的な間違いによる申立てのため、分析のしようがない。さらに、不服審判所まで上訴された事案は数年前に一件あったのみであり、裁判まで提訴されたケースに至っては過去に一度もないため、それらの結果も活用しようがない。
このような状況における評価については、審査チーム内で意見が分かれた。
筆者としては、分析・活用可能な不服申立て事案が存在しなかっただけで、税務当局には全く落ち度がないのだから、評価が下がってしまうのは理不尽ではないか、と感じた。
最終的にリーダーの判断で、「分析も活用もされていなければ、残念ながら評価が悪くなるのは仕方がない…」と、苦渋の決断が下されたが、どうにも釈然としない気持ちが残った。

おわりに
ここまで読んで、「TADAT税務行政診断」業務に興味を持たれた方は、ぜひ審査官資格の取得に挑戦してほしい。身上申告書や職務経歴書の試験合格・資格欄に「TADAT審査官」と記載できたら、目立ってカッコいいし、評価者である上司の印象も(たぶん)良くなるだろう。
国際的人材育成の観点からも、TADATは非常に有益である。税務行政全般にわたる知識を英語で学べる上に、審査期間中の日々のコミュニケーションは、短期海外留学と同様の効果が得られる。また、ネイティブ審査官による、フォーマルかつ格調高い専門的英語の質疑に直に接する機会は、将来的に国際的なキャリアパスを考えている職員にとって、貴重な財産となるであろう。
他国の税務職員や審査官たちと、あまり立場を気にせず自由に議論ができるのも、得難い経験である。国際会議のように、JAPANの発言として議事録に不用意に残されてしまい、あとあと気付いて愕然とする心配もない。
英語力を不安視する方が多いと思うが、ネイティブと同じような英語レベルは、日本人には絶対に無理だし期待もされていない。「非英語圏出身ですが、何か?」と開き直って、審査のための最低限のコミュニケーションさえ取れれば、あとはリーダーや同僚の審査官が助けてくれる。
むしろ、我々日本人に求められているのは、物事を徹底的に突き詰める分析力であろう。それに、欧米人中心の審査チームの中に「謎の笑みを浮かべる東洋人」が加われば、ビジュアル的にもインパクトがあるし、多様性のアピールにも一役買うことができるかもしれない。きっと。
「よっしゃ、いっちょやってみるか!」と、チャレンジ精神旺盛な若手職員が現れてくれることを、切に願う。

プロフィール
小杉 直史
1989年国税専門官採用。東京国税局調査部、国税庁長官官房企画課・国際業務課、北京長期出張者、税務大学校研究部国際支援室、インドネシアJICA専門家、国税庁国際課税分析官を経て、2020年7月より現職。

*1)拙著「イスラムの国に赴任して」(ファイナンス2018年4月号)参照
*2)TADAT Field Guide(https://www.tadat.org/fieldGuide)
*3)Registration of TADAT online course(https://www.tadat.org/registration)
*4)IMF Training Catalog, TADAT Course Details
(https://www.imf.org/en/Capacity-Development/Training/ICDTC/Courses/TADAT)
*5)List of the Trained TADAT Assessors(https://www.tadat.org/trainedAssessors)
*6)TADAT Online Training(https://www.tadat.org/onlineTraining)
*7)TADAT Leadership Workshops(https://www.tadat.org/workshops)
*8)TADAT Performance Assessment Reports
(https://www.tadat.org/performanceAssessmentReports)
*9)税務当局登録済み納税者で無申告(申告書未提出)の意。当局が把握していない無申告納税者への対応については、POA1の指標2(潜在的な納税者・税源に関する情報)にて評価される。
*10)国税庁Web-Tax-TV「国外財産を追いかけろ!~国際徴収への取組」
(https://www.nta.go.jp/publication/webtaxtv/202103_a/webtaxtv_wb.html)
*11)国税職員のモットーで、1949年の国税庁発足時にハロルド・モス氏(元GHQ内国歳入課長)から贈られた言葉