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講師 吉野 彰 氏(旭化成株式会社 名誉フェロー)

演題
リチウムイオン電池が拓く未来社会 令和4年1月13日(木)開催

はじめに
本日はリチウムイオン電池開発の経緯と、こういった新しい製品を世の中に広めていくにあたってどのようなプロセスで、どのような研究開発があって実用化に結びつけていくのかというプロセスについてお話したいと思います。
さらに今後、リチウムイオン電池はカーボンニュートラルの実現に向けて重要なキーデバイスになると思いますので、そういった意味合いから今、世界が動いているカーボンニュートラルへの道筋についてお話します。

1.リチウムイオン電池開発の経緯
2019年に私を含めた3人でノーベル化学賞を受賞しました。一人目の受賞者はスタンリー・ウィッティンガム(Michael Stanley Whittingham)博士です。ウィッティンガム博士は1976年、世界に先駆けて電気化学的インターカレーションの原理を電池に応用することを提案しました。
二人目の受賞者はジョン・グッドイナフ(John Bannister Goodenough)博士で、1980年にリチウムイオン含有金属酸化物を世界に先駆けて発見しました。
三人目の受賞者である私は、グッドイナフ博士が見出した正極材料に対してカーボン材料を負極にする組み合わせを見出して、なおかつ、どういう構造のカーボンが最適か研究し、新しい二次電池の原型を世界で最初に提案しました。1985年のことです。
リチウムイオン電池は、3つのノーベル化学賞にサポートされています。1981年に京都大学の福井謙一先生が「フロンティア軌道理論」という新しいセオリーを世界に先駆けて提唱し、日本人として最初にノーベル化学賞を受賞されました。そして、福井先生の受賞から19年後の2000年、白川英樹先生がプラスチックでありながら電気が流れるポリアセチレンという新しい素材を発見し、日本人として二人目のノーベル化学賞を受賞されました。リチウムイオン電池はこのポリアセチレンの研究から始まりました。
よく産官学の連携ということが言われますが、リチウムイオン電池はその良い例ではないかと思います。福井先生の非常にベーシックな研究があり、その研究の成果として白川先生が新素材を発見され、それをどういう製品につなげていくか、これは企業サイドの責任です。産業界にバトンが渡されリチウムイオン電池の商品化が実現しました。
福井先生がノーベル化学賞を受賞されてから白川先生がノーベル化学賞を受賞されるまで19年間、そこから私たちのノーベル化学賞受賞まで19年間要しています。ベーシックな研究から実際の製品につながるまで38年間、これがひとつの基本的な図式です。
リチウムイオン電池は1991年に商品化されて世の中に出ていきましたが、残念ながらすぐにマーケットが立ち上がったわけではありません。マーケットが立ち上がったのは1995年で、この年はマイクロソフト社のWindows95に象徴されるように、現在のMobile-IT社会に向けて世界中が一斉にスタートを切った年です。IT機器の電源として使われ始めたリチウムイオン電池は、IT社会と一緒に急激に成長していきました。

2.サステナブルな社会の実現に向けて
「リチウムイオン電池の開発」がノーベル化学賞を受賞した理由は大きく2つあります。1つはIT社会の実現に大きな貢献をしたということ。もう1つは、環境・エネルギー問題の解決に向けて大きな可能性を秘めている具体的な技術の1つであるということです。サステナブルな社会の実現に向けて、リチウムイオン電池が大きく貢献することを期待されています。
未来の車社会を象徴する新しい言葉がCASEとMaaSです。CASE(Connected-Autonomous-Shared-Electric、ケース)はドイツのダイムラー社が2016年に発表したビジョンで、Connected(世界中の車がインターネットでつながること)、Autonomous(無人自動運転)、Shared(シェアリングサービス)、Electric(電動化)の4つのキーワードの頭文字をとったものです。
CASEによってMaaS(Mobility as a Service、マース)という新たな巨大産業が生まれるでしょう。高性能の二次電池、EV、AIなどあらゆるものがインターネットでつながるIoT、これらの技術が合わさることで、現代の常識では考えられないような、従来の価値観を覆す破壊的で大きな変革が起ころうとしています。広く社会全体に影響を与えるET革命(Energy & Environment Technology革命)において先陣を切るかのように進化しているのが車です。
ET革命によって将来、人工知能AIで自動運転を行う電気自動車AIEVがレストランや映画館、病院などの施設やサービスと利用者を直接結びつけ、経済のハブとして重要な役割を担います。AIEVをみんなで共有することで個人の費用負担は七分の一にまで下がりますし、都市部だけでなく、過疎化地域の新たな交通手段としても活躍が期待されます。さらにAIEVは社会全体に張り巡らされた蓄電インフラとしても機能し、これらを通して行われる電力売買は大きな経済効果をもたらします。
こうした変革がもたらす社会的メリットは地球環境への大きな貢献です。さらにシェアリングにより費用が安くなり、利便性が高まるといった個人的なメリットもあります。MaaSの具体的な議論はこれからになりますが、世界が一変するような大きな変革になるでしょう。

3.カーボンニュートラルへの道筋
2050年カーボンニュートラル目標を実現するために、グリーンイノベーション基金(研究開発・実証から社会実装までを見据え、官民で野心的かつ具体的な目標を共有し、企業等の取り組みに対して10年間の継続的な支援を行う国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構に造成された基金)によって現在18の事業が進行しています。「グリーン電力の普及促進分野」「エネルギー構造転換分野」「産業構造転換分野」の3つのワーキンググループで詳しい事業目標や配分金額などの詳細が検討され、具体的に動き出しています。
研究開発を成功させ、製品として世に送り出すには3つの関門を乗り越えなければなりません。1つ目の壁は基礎研究の段階の「悪魔の川」、2つ目の壁は開発研究に進むと待ち受ける「死の谷」です。そして3つ目の壁は「ダーウィンの海」。マーケット立ち上げまでの苦難です。この3つの関門を乗り越えて初めて商品として普及していきますが、私にとっては「ダーウィンの海」が最難関でした。良い研究をしてもマーケットがなければ何にもなりません。
現在、カーボンニュートラルに向けてイノベーションが進展していますが、基礎研究についてはすでにブレイクスルー済です。そして、私にとって最難関だった「ダーウィンの海」は、カーボンニュートラルに関しては乗り越えられることが保証済みです。新しい技術が生まれて地球環境問題を解決し、カーボンニュートラルの実現につながることをマーケットは待ってくれています。
残るは「死の谷」ですが、量産に伴う大きな壁さえ乗り越えればカーボンニュートラルは実現できそうだというのが私の見方です。ただ、大切なのは世界に先駆けてやることです。遅れると完全に後追いになってしまいますので、グリーンイノベーション基金でのプログラムが将来の日本にとって重要な鍵を握っていると思います。
カーボンニュートラルを実現するために必要な項目として、まずは一次エネルギーです。一次エネルギーを日本で最大限普及させる必要がありますが、風力発電、あるいは太陽光発電は、いずれも気象状況や天候状況に非常に大きく左右されるため立地が重要になります。そこで立地のよい最適立地国の電力を日本に運ぶことができればよいわけですが、そのためには、何がしかの二次エネルギーという形に変換する必要があります。
カーボンニュートラルを実現するために必要なもう一つの項目は、化石燃料に代わる二次エネルギーを開発していくことです。いくつかの議論がなされていますが、なんとなく答えが見えてきていると思います。
カーボンニュートラルは難しい話に聞こえるかもしれませんが、私から見ればこんな楽な研究はありません。なぜならマーケットが待っているからです。

講師略歴
吉野 彰(よしの あきら)
旭化成株式会社 名誉フェロー
1970年3月 京都大学工学部石油化学科卒
1972年3月 京都大学工学研究科修士課程修了
1972年4月 旭化成(株)
(旧旭化成工業(株))入社
1992年3月 旭化成(株)イオン二次電池
事業推進部商品開発グループ長
1994年8月 (株)エイ・ティーバッテリー
技術開発担当部長
1997年4月 旭化成(株)イオン二次電池
事業グループ長
2001年5月 旭化成(株)
電池材料事業開発室室長
2003年10月 旭化成(株)
旭化成グループフェロー
2005年8月 旭化成(株)吉野研究室室長
2010年4月 技術研究組合リチウムイオン
電池材料評価研究センター理事長
(現在)
2015年10月 旭化成(株)顧問
2017年7月 名城大学大学院理工学研究科 教授
10月 旭化成(株)名誉フェロー(現在)
2018年4月 九州大学グリーンテクノロジー
研究教育センター訪問教授
(現在)
2019年12月 ノーベル化学賞受賞
2020年1月 (国研)産業技術総合研究所 フェロー兼 エネルギー・環境領域 ゼロエミッション国際共同研究センター長(現在)
2020年12月 日本学士院 会員(現在)
2021年4月 名城大学 終身教授・特別栄誉教授(現在)