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講師 松崎 一葉 氏(筑波大学大学院医学医療系産業精神医学・宇宙医学研究グループ 教授)

演題 運営リスク管理としてのメンタルヘルス~レジリエンスとリーダーシップ~

1.千本ノック:上司と部下の信頼関係
コロナ禍で今世の中が大変なことになっています。徐々に回復してきていますが、まだまだ自粛生活を求められてリモート等も多かろうと思いますので、そういうことを含めて、メンタルヘルスのリスク管理、そしてハラスメントについても言及していきたいと思います。
まず、人を育てるために「千本ノック」は必要でしょうか。改正労働施策総合推進法が施行されて以来「これはハラスメント該当、これは大丈夫」といったマイクロマネジメントになってしまっていますが、指導的な立場にある方々は「千本ノックをしないと人は成長しない」と心の底で思っています。
結論を言いますと、千本ノックは必要です。そうしないと人は育ちません。ただし、ハラスメントには分岐点があって「この人に言われたから仕方ない」と思うか、「お前に言われたくない」と思うか、これが分岐点です。同じような強圧的な指導をしていたとしても、「ハラスメントだ」と思われてコンプライアンス違反として通報された時点で信頼関係は崩壊していますから指導になりません。
ですから、OKワード、NGワードというマイクロマネジメントにとらわれるのではなくて、どのようにしたら上司と部下の間で信頼関係を構築できるか、という視点で見直していかなければいけません。
エドガー・シャイン(米国の心理学者)は「よい関係を築くためには、人の面目を保持するという文化的なルールを遵守することが重要である」と言っています。部下と上司の間でよい関係が構築できているかどうかが、ハラスメント事案として問題になるかどうかの分岐点となります。
ハラスメントをもちろん肯定するつもりはありませんし、厳しい指導や威嚇をしていいなんて一言も言っていません。ただし、マイクロマネジメント的なことにとらわれることなく、まずはよい人間関係を構築するリーダーシップとは何か、ということが大事だということは言いたいのです。

2.「一皮むける」ための境界経験
厳しい指導を受ける経験のことを「境界経験」といいます。人間が成長するには「一皮むける」ことが必要で、そのためには、どこかで「境界経験」を通過する必要があります。
アフリカの部落の男の子たちは、ある年齢になると集められて一週間山にこもり、狩猟や厳しい経験を積んで、最後に肝試しでバンジージャンプをします。それを経て山から下りてくると、一人前の狩のできる男になっているということです。
「一皮むける」体験としての「境界経験」は、文化人類学でも言われているところです。ぎりぎりの厳しい経験させて、上司が支援しながら「一皮むけさせてあげる」ことが大切だと思います。

3.コロナ禍とメンタル
コロナ禍における自殺者数をみると、2020年7月以降増加していますが、一方、2020年の4月から6月は例年より減少しています。
2020年7月以降の自殺者増加のきっかけは、俳優の自殺報道が引き金になっています。これは「ウェルテル効果」といわれているもので、有名人が自殺をすると後追い自殺が増えます。これで引き金を引かれてしまい、自殺者数が有意に増加することになったのです。20代~30代、無職、独居女性の自殺者が増えました。仕事がなくなり、会社で話す機会がなくなり、緊急事態宣言で遊びにも行けなくなってしまい、完全なコミュニケーションロスです。
政府の自殺対策等もあり、2014年からトレンドとして自殺者は減少してきているのですが、不幸なことに2020年7月以降リバウンドしてしまいました。
2020年4月から6月に自殺者が減少した要因は何かというと、これは推論ですが、全く正体のつかめないコロナウイルスに対する恐怖、コロナ禍においての死への恐怖だと思います。タレントの志村けんさんが突然亡くなってしまったことにショックを受けて、最初の緊急事態宣言中は街がひっそりしていました。そして、何とかみんなで協力してやっていこうと社会的連帯感が高まったので、その間は自殺が減ったのです。
ところが7月になると、オンラインという新形態のストレスと自粛によるストレスの限界がきました。こうしたところに、俳優の自殺がきっかけとなり、メンタルヘルスがどんどん悪くなるという状況でした。

4.現代の「うつ」の2類型
産業医学の現場から見た「うつ」には2種類あります。一つは「消耗型」で、完全に過重なストレスが原因で心身が電池切れの状態になってしまったり、もしくは40代後半あたりではしごを外されて、やりがいと目標を喪失して完全にバーンアウトしてしまうものです。いずれも心身が完全にエネルギー切れになって消耗してしまったうつです。
これに対して、もう一つは20代、30代に多い「未熟型」と言われるものです。俺はこんな仕事をするために会社に入ったのではない、あそこに異動させてくれればバリバリ仕事するのに、他の課長の下だったらバリバリ仕事するのに、というように隣の芝生が青く見えてしまい、あそこに異動したい、ここに異動したい、俺が悪いわけではない、と人のせいにばかりします。
このうつの特徴は「消耗していない」ことで、原因は人格の未成熟に尽きます。良い学校を出て、厳しい採用試験を経て、会社に入ってきたにもかかわらず子供なのです。自己愛が強く、根拠のない万能感があります。
「消耗型」への対応は、「激励禁忌原則」です。「消耗型」の患者を激励するとうつが深くなって自殺に至ることもありますので、しっかり休ませて、完全に水が抜け落ちた風呂桶に水を溜めることが治療の原則です。
一方「未熟型」の場合は、我儘なだけで水は溜まったままですから、人格を成熟させることが必要です。彼らには「頑張れ」と言う必要があるのですが、良好な人間関係が成立していないままの状態で言うと、上司は激励禁忌原則を知らないと訴えられたりします。
そこで「未熟型」うつの若者に対しては、一緒に頑張ろう、と言うことが効果的で、彼らを成長させていくマネジメントが必要になります。
私の研究室のデータでは、「未熟型」の若者をきちんした支援体制の下におくと、約8か月で上手くいくようになります。彼らは未熟なだけでもともとは賢いので、未成熟な部分を支えてあげると一皮むけるようになります。ですから、「未熟型」の若者を差別したり、陰性感情で対処したりしないことが重要です。

5.ストレス状況を解消する心のメカニズム
私たちはストレスに対して無意識に「耐える」「かわす」「カタルシス」の3つのメカニズムを使い分けて健康な心の状態を保っています。
上司からの厳しいプレッシャーに対して、まずは歯を食いしばり、足を踏ん張って耐えます。ボールに例えて言うなら、ボールに指で圧力を加えると、内圧を高めて跳ね返します。その状態です。
次に、現代人にとって重要なストレス解消のメカニズムが「かわす」です。ストレスを全部受け止めるのではなく、ものの見方を柔軟にすることによってストレスを30%ぐらいは逃してしまうことです。私は宇宙飛行士の選抜に携わってきましたが、宇宙飛行士を選抜するに当たって最も重要なのはここです。宇宙では想定外のことばかり起こりますし、ストレスを解消するリソースが制限されているので、ものの見方の柔軟性で勝負していくしかありません。自我防衛機制というこのメカニズムがとても重要です。
3つ目のメカニズムが「カタルシス」です。頑張ってみて、かわしてみて、最後は自分で穴をプチッと開けてボールの内圧をシュッと逃すことです。1気圧に戻ったらまたパッチを当てて健康な状態に戻ります。これは外向きのストレス解消で、飲みに行くとか旅行するとか、愚痴を言う、などですが、緊急事態宣言などの新型コロナの影響で外でのストレス発散ができなくなっています。
「カタルシス」が制約を受けると、「耐える」か「かわす」しかありません。四角四面でまじめな人は「かわす」こともできず「耐える」しかないので爆発してしまいます。こうしたことが緊急事態宣言下では起こりやすいのです。
ただ、宇宙では、年がら年中リソースが制限されていて、そういう中で、どうメンタルを維持していくのか、ということが私の専門分野です。リソースが大幅に制限されているコロナ禍で、自分のメンタルをどのようにコントロールして人間関係を良好にしていけばよいのかということを、これからお話します。

6.コロナのパンデミック下でのメンタルヘルスの心構え
コロナ禍におけるメンタルヘルスの心構えについて、要点を2つお話しします。
一つ目は「気づきとセルフケア」です。自分自身で不調にきちんと気づくことと、それに対してセルフケアをするスキルを身に付けることが非常に大切です。
二つ目が「コミュニケーション」です。コロナ禍においてFace to Faceではなくリモート勤務になり、コミュニケーションの量が減っていますが、量が減るのであれば質を向上させる、つまり良好な人間関係をもっと増やせば良いのです。
自分の感情の状態を正しく把握でき、同時にそれが他人にどのような影響を与えているかを十分認識できるself awarenessは非常に重要です。今日は体調が悪いとか、今日はどうも疲れやすいといった気づきだけでなく、特に管理者の方は自身の気分がどれだけ部下に悪影響を与えているのかを知る必要があります。上司の機嫌が悪いと部下も不快な気分になるということに気が付かなければいけません。
セルフケアに関しては、コロナ禍で飲みに行ったり旅行に行ったりできませんので、内的なストレス解消に頼らざるを得ません。自分の内側だけでストレスを解消していく必要があります。そのためには支援者を活用するというしたたかさが必要です。自分の周りのリソースを活用し尽くす、「立っている者は親でも使え」というしたたかな発想をしていかないと、今の状況ではうまくセルフケアができません。

7.レジリエンス
組織において重要なのは「業務の継続」です。想定外の様々な事態が起きた時に業務継続性をいかに確保するかという観点で、レジリエンス(resilience)が必要になります。
レジリエンスはストレス耐性を超えた概念です。想定外の出来事は起こるもので、想定外の出来事で組織が破綻してもそこから早く回復しましょう、という広い概念がレジリエンスです。
システムに何らかの擾乱(秩序の大きな乱れ)が生じた場合、まずはレジスタンス(壊れにくいこと)が大事です。それに加えて、壊れた後に素早く回復できるリカバリーが必要です。レジリエンスとは壊れにくく、壊れた後に素早く回復できる性質のことです。
東日本大震災では10メートルの津波が押し寄せ、安政大地震の津波を教訓にして作った3メートルのスーパー堤防を大きく超えてしまいました。それならば今度は高さ10メートルのスーパー堤防を数十キロにわたって作ろう、というのはナンセンスです。土木業界において言われているレジリエンスは「防災から減災へ」です。完全に津波を防ぐことを考えるよりも、津波が堤防を乗り越えてしまったときになるべく早くリカバリーできるように、電源を高いところに置く、住宅を高いところに建てる、といった「秩序が大きく乱れてしまった時にできるだけ早くリカバリーできるようにしていきましょう」という考え方です。「耐える」ではなく、リカバリーのしやすさを構築しましょうという考え方がレジリエンスです。
これは、組織だけではなく個人もそうです。私は精神科医ですが、時々うつになります。うつになっても、大体一週間から10日ぐらいで元気になりますし、絶対にうつになってはいけないとは思っていません。仕事をし過ぎて疲れがたまって何となくストレスが多いと、腰が痛くなるとかあちこち身体が痛くなります。そのときに「あ、この腰痛は多分心身症的にストレスが体に出ているのだろうな」と自分で気付いて、腰痛の薬たくさん飲もうかとか、医者に行こうかとかを考えずに「まあ、ゆっくり休んでみよう」と気持ちを楽に持てば、私の場合は大体3、4日で回復します。
大変な仕事をしていたら体が痛むことは当然あるし、軽くうつになることもよくあることです。そういうときに抗うつ薬を飲んだり、医者に行ったりせずに、自分自身でセルフリカバリーをすることがレジリエンスです。
今後グローバルに危惧される擾乱として、温暖化や食糧危機、サイバーテロによる情報チェーンの分断、それからパンデミックといわれていますが、パンデミックは実際に起こってしまいました。温暖化の問題では、実際にインドでの熱波や、東京の台風などがありますが、マッキンゼーのレポートでは、東京で100年に一度級の台風が起きた場合、不動産やインフラの被害総額は2050年には1兆6千億円にのぼるだろうと推計しています。つまり、このようなことは起こり得るものとして組織の危機管理をレジリエンスで考えていかなければいけないということです。
では組織のレジリエンスを構築するためにはどうすればよいのでしょうか。レジリエンスの3つの要素は「冗長性」「多様性」「適用性」です。

8.レジリエンスの3要素:冗長性
まず1つ目の要素「冗長性」はムダ・あそび・スペアの部分です。経営の合理化はとても大切なことですが、合理化だけを追求するのは平常時の発想です。
大阪と神戸三宮の間は短い区間にJR、阪急、阪神の3本の路線があり、以前から「路線3本は無駄だ」と言われていました。しかし、阪神淡路大震災が起きた時、崩壊した場所が地形の違いでそれぞれ違ったために3路線をうまく乗り継ぐことによって、震災発生後でも大阪と神戸の間は行き来することができました。
平常時には無駄だと思えるものでも、組織の中である程度余裕があるのであれば、バックアップとしてこのような冗長性を確保していくことが重要です。冗長性は「想定外への対応準備性」です。

9.レジリエンスの3要素:多様性
2つ目の要素は「多様性」です。ボーイング777という旅客機はコンピュータシステムを3系統、つまり3種類のOSと3種類のハードウェアを搭載しています。したがって、コンピューターウイルスが1つの系統に入り込んだとしても2つのシステムが動いて完全にシャットダウンすることがありません。飛行機を墜落させないバックアップシステム、多様性が採用されています。
多様性は危機的状況が同期してしまうことを予防するシステムです。これから先起こってくるであろう擾乱に備えて、私たちにはこのような多様性が必要です。組織がすべてシャットダウンしてしまうと業務継続性が失われてしまいますので様々な考え方をする人たち、違う考え方をする系統を抱えながら仕事をしていくことが求められます。
様々な考え方の人材を許容しながら育てるということ、もちろん譲れない一線はありますが自分と全く同じ考え方をする部下だけを引き連れて仕事をするということは少し古い考えです。

10.多様性の一つとしての発達障害
発達障害も多様性の一つです。自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の症状には「コミュニケーション形式の特殊性」と「RRB」(Repeated Restricted Behavior)があります。「コミュニケーション形式の特殊性」とは、言外の意味が汲めず、つまり相手の気持ちが想像できないためにうまいコミュニケーションができない、言葉のキャッチボールができないことです。お前なんか辞めちまえ、と言うと、翌朝、神妙な顔で辞表を持ってきたり、風呂場の水を見てきて、と言うと、水が浴槽にいっぱいなっているのに水を止めてこない。なぜ止めないとかと問うと、見てこいと言われただけで、止めろ、とは言われていません、と返事をする。いわゆる意思疎通の齟齬が生じてしまいます。「RRB」とは、繰り返される、限局された行動のことです。
アスペルガー症候群にはこうした特徴がありますので、それを理解したうえで適材適所に配置しなければいけません。これも多様性、ダイバーシティです。一つの考え方で一つの仕事を同じ手法で進めていくやり方はアスペルガー症候群の人には不適で、こうした人たちをどうやってうまく適応させて活用していくかという発想が大切です。大変に優秀だけれど、偏った考え方で、なおかつコミュニケーションが非常に苦手、そういう人材に統一した仕事のやり方を押し付けても弾かれてしまいます。どうやって彼らを活用しようかという発想で考えていかなければいけません。
問題になりやすい発達障害の3分類として「尊大型」「孤立型」「積極奇異型」があります。
「尊大型」の例では、Apple社の創業者スティーブ・ジョブスがいます。彼は卓越したセンスを持っていましたが、自己主張が強く強圧的な態度で周囲を圧倒し、気に入らない社員はどんどん解雇するため「スティーブされる(解雇される)」という隠語があったほどでした。1980年代に彼はApple社を混乱させたとして創業者にもかかわらず解任されました。ところが同社は業績が落ち込み、スティーブ・ジョブスはiMacを引っ提げて帰ってきます。そして同社はV字回復を遂げ、今や世界に冠たる一流企業になっています。大変偏った考えをもつ嫌な奴でコミュニケーションもできない彼を、同社の経営陣が使いこなしたからこそイノベーションを起こすことができたのです。
次は「孤立型」の例です。人と関わろうとせず、人に関わられることを避ける、だけど大変優秀で、一つのことに対する専門性がとても高い。
「積極奇異型」の例としては、英国BBCが2010年に制作したテレビドラマ「SHERLOCK」のシャーロック・ホームズが該当します。驚異的な記憶力や稀有で突飛な発想で事件を次々に解決していきますが、もともとシャーロック・ホームズは発達障害で、このドラマは、シャーロック・ホームズの発達障害の部分を非常にわかりやすく作っています。ワトソンとはじめて会ったときに会話もしないで同居をはじめたり、非常識な行動を頻繁に行ったりしますが、シャーロックは嫌な奴ではありません。配慮に欠けているだけなのです。シャーロックは自らを「高機能社会不適合者」と自虐的に述べています。
高機能のアスペルガーというのは大体この3つ、「尊大型」「孤立型」「積極奇異型」です。こうした人たちをこれから先、組織の中でうまく適応させて活用していくことがこれからの時代に求められます。
ADHD、注意欠陥多動性障害の症状は2つあります。1つ目は「落ち着きがない」です。単純なミス、忘れる、悪気なく決裁書類をため込む、といったものです。
2つ目の症状は「目の前の興味に目がくらむ」ことです。キラッとしたことがあると、それしか見えなくなる、貯金できない、衝動買いです。家には使いかけの同じようなものがあるにもかかわらず、ついついスーパーで新しいものを買ってしまいます。

11.現有の限られた人的リソースを使い尽くす
ADHDやアスペルガー症候群の特性を十分に把握した上で、Apple社がスティーブ・ジョブズを活用したように、現有の限られた人的リソースを活用する発想が大切です。つまり、過重労働でその人の持っている力を消耗させるのではなく、様々な特性をダイバーシティの観点からうまくまとめて最適化していく発想です。
人事院公務員研修所から「行政官として」というシリーズが出ていますが、これに阿曽沼厚生労働事務次官(当時)の講義録が掲載されています。阿曽沼さんが池田高校の練習を見に行ったところ、バッティング練習ばかりで全く守備練習をしていないので、当時の蔦監督に、守備練習をしなくていいのかと聞いたら、「今年はええんや」と答えたそうです。守備の下手な生徒もいるし、多少点を取られてもいい。それを補って、このチームは打って勝ち抜いていく、そのようにチームコンセプトを決めたというのです。今年の子は体格が良くて打つのが大好きで、守備がやりたくないから、守備練習をせんでいい。その分点取れ、と。あくまでも、その時、その時のグループでどうすればよいのか最善の組み合わせを考えるのが監督であると蔦監督がおっしゃったそうです。
永遠に同一のチームというのがないのは役所も同じです。組織としては継続していますが、メンバーはぐるぐるとかわります。そして、その日与えられた状態で、できるだけ良い結果を出さなければならない、その日その時、常に最善を尽くしてチームとしてパフォーマンスを上げることを考えていかないと、組織の永続性はないし、最終的には日本国民にとって良いことになりません。

12.レジリエンスの3要素:適応性
レジリエンスの3要素の3番目は「適応性」です。これは「環境変化へのシステム・組織の適応能力」です。ミスが正しくフィードバックされて修正できる系統が機能しているかどうかです。
1982年に日本航空の羽田空港沖での逆噴射事故が発生しました。インシデントが正しくフィードバックされて修正できる系統が当時の日本航空では全く機能していませんでした。
一方、ジョンソン英首相は、英国で新型コロナウイルスが広がり始めたとき、専門家からの助言に基づいて集団免疫策を採用することにしました。60%、70%の感染があれば集団免疫ができるので特に対策をとらないということにしたのですが、思いのほか新型コロナウイルスの毒性が強く、死者が増えてしまう事態になりました。ジョンソン首相は直ちに「私の施策は間違っていた」と責任の所在が自分にあるとしてミスを認め、翌日からロックダウンに切り替えました。ミスが正しくフィードバックされて修正できる系統が機能している英国議会政治の成熟度を見るような気がします。
我が国を取り巻く内外の環境がどんどん変わっている中で、組織は正しく適応しなければいけません。なぜなら、レジリエンスが形成されないからです。サイバーテロ、食糧危機、さらなるパンデミック、こうした想定外の事態に対して、私たちはミスを正しくフィードバックして修正できる系統を構築していかなければいけません。
日本人は「不退転の覚悟」が大好きですが、「適応性」は間違ったことが正しくフィードバックされて修正されることですので、「不退転の覚悟で臨みます」というのは今の時代ではナンセンスです。Amazon社は1999年以降様々な事業を立ち上げましたが、思うようにいかなかった事業は数年でクローズしています。その時の判断で「いける」と思ったけれども、やはりだめだと判断したら、それを正しくフィードバックして修正しています。

13.「心理的安全性確保」のために重要なこと
ここで大事なのは「心理的安全性」と「名誉の保証」です。その責任者を罰するとか一線から外すことではなくて、どんどんチャレンジしてください、ミスは仕方がないよね、とチャレンジしたことを評価することが重要です。
失敗から学ぶ、Lessons Learnedを定式化していくことが非常に大事です。私たちも健康管理でいろいろな失敗をしてきましたが、その都度分厚いLessons Learnedをまとめます。失敗から何を学んだのかというLessons Learnedを徹底的にやって、二度と同じ間違いをしないようにナレッジを蓄積していきます。ナレッジが蓄積されれば、結果としてうまくいかなかったとしても私たちが名誉を失うことではない、という組織の風土が大切です。
「心理的安全性」を確保するために、管理者が心得えておくべきことが2つあります。
一つ目は、偉い人の権力の使いどころは何かということです。職員が、他人を脅したり、他人の尊厳を毀損するパワハラやモラハラをしているのを目撃した時、ここが権力の使いどころです。ふだんは穏やかだったとしても、倫理にもとるようなことがあったら、それはいかんと言って、真っ赤になって権力を使って真剣に叱責することです。
二つ目は「ガキのように言い合える風土形成」です。育児で早めに退社する女性に対して、残っている人たちが陰口をたたくのを見かけることがあります。陰口を言われている人たちもなんとなく帰りづらそうで、大変雰囲気が悪くなります。その時に大きな声で「そういうことを言ってはいけないよ!」と同僚に向かってはっきり言うことです。それはおかしい、と「ガキのように言い合える風土形成」これが「心理的安全性」を確保する上で大変重要です。
この2点を皆さんの組織の風土形成として行っていただければ、心理的安全性が確保され、ミスをしたとしても、その人の名誉は傷付かないという適応性が保証される風土に変わります。こういうことを心がけていかないと、適応性は形成されません。
これからは様々なシステムの擾乱が起こってくる時代ですから、私たちはこうしたレジリエンスを考えていかなければなりません。

14.これから求められるリーダーシップ
最後にハラスメント的な古いタイプの指導者とこれから求められるリーダーシップについて考えていきたいと思います。
東日本大震災の後、当時の復興担当大臣は被災地を訪問した際の発言が批判され、就任してわずか9日目に辞任しました。
これに対して神戸女学院大学の内田樹先生が大変優れたコメントをされているので、抜粋してご紹介します。
内田先生はこう述べられています。「彼は、復興事業は地方自治体の自助努力が必要で、それを怠ってはならないということを述べ、しかる後に来客を迎えるときの一般的儀礼について述べました。仮に日本語を解さない人々がテロップに訳文だけ出た画面を見たら、どうしてこの発言で大臣が辞任しなければならないのか、よく分からないと思ったでしょう。傲慢さが尋常でなかったから、その点気付いたかもしれないが、態度が大きいということは、別に政治家が公務を辞職しなければならないような重大な事由ではない。だから、問題は発言のコンテンツにはない。
自分の言葉を差し出すときに、相手にそれを本当に聞き届けて欲しいと思ったら、私たちはそれにふさわしい言葉を選ぶ。話が複雑で込み入ったものであり、相手がそれを理解する集中力が必要である場合に、私たちはどうやって、相手の知性のパフォーマンスを高めるかを配慮する。怒鳴りつけられたり、恫喝を加えられたりされると、知性の活動が好調になるという人間は存在しない。彼はいったい何を得ようとしたのであろうか。それは「相対的な優位」である。「大臣と知事のどちらがボスか」ということを思い知らせることであった。動物の世界における「マウンティング」である。」
リーダーはどうあるべきでしょうか。リーダーはそれぞれの個性というものをきちんと見極めて、その人の能力を最大限に発揮できるように適材適所に当てはめて、Optimizeしていくという発想が重要です。命令一言で動く組織のほうがやりやすいのですが、これがダイバーシティの時代に求められるマネジメントです。
どうやって部下に理解させるのか、そして自分にはない才能をいかに引き出して、Optimizeして、組織としてのアウトプットを最大化するのか、それを考えるのがリーダーです。
ハラスメント、マイクロマネジメントに陥ってはならないと言いましたが、ハラスメント論はリーダーシップ論の裏面です。リーダーシップがないからこそ、ハラスメントのように強要する手法しかないのです。リーダーシップがあれば、「この人の下で働こう」と喜んで言うことを聞きますのでハラスメントなど起こりえません。
ぜひ皆さんもハラスメントはリーダーシップの裏面だということを理解して、組織のレジリエンスを獲得するために、「冗長性」「多様性」「適応性」を常に念頭に置いて組織のマネジメントをしていただきたいと思います。

講師略歴
松崎 一葉(まつざき いちよう)
筑波大学大学院医学医療系
産業精神医学・宇宙医学研究グループ 教授
筑波大学医学専門学群卒業、筑波大学大学院医学研究科博士課程環境生態系専攻修了(医学博士)。筑波大学助教授などを経て、2007年に同大学大学院人間総合科学研究科(組織名称変更により医学医療系)教授に就任。
専門は産業精神医学・宇宙航空精神医学。WPI(世界トップレベル研究拠点形成プログラム)所属、IIIS(国際統合睡眠医科学研究機構)PI(主任研究員)、科学研究費新学術領域「宇宙に生きる」研究代表。官公庁や民間企業の健康管理医・産業医のほか、宇宙飛行士健康診査専門委員会委員も務めている。
『もし部下がうつになったら』(株式会社ディスカヴァー21 2007)、『会社で心を病むということ』(新潮文庫 2010)、『情けの力』(幻冬舎 2011)、『クラッシャー上司』(PHP新書 2017)など著書多数。