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コラム 経済トレンド92

高齢期における居住環境の選択について

大臣官房総合政策課 調査員 岡 昂一郎/中山 晃一

本稿では、高齢期における住まいの選択肢について考察を行った。
高齢化に伴う住環境変更の必要性
・日本の人口は減少局面を迎えており、2055年には総人口が1億人を割り込み、高齢化率は38%になると推計される(図表1 日本の人口の推移)。また、家族類型の観点で見ると、単身や夫婦のみの高齢者世帯が増加することが見込まれており(図表2 高齢者単身・夫婦世帯数)、家族の協力が得にくい環境下で介護が必要とされる期間を過ごす高齢者が増加していくと考えられる。
・現在の高齢者世帯は、持ち家比率が高く約8割が持ち家に居住しているが(図表3 持ち家比率)、子供の自立などによって居住人数と住宅の規模にミスマッチが生じ、住宅の維持・管理に苦慮しているケースは少なくない。また、貸家住まいの世帯も含め、約6割の住宅はバリアフリー対応が出来ていない状況である(図表4 建築時期別住宅性能(世帯主65歳以上))。
・こうした状況においては、高齢期を迎えて判断能力や体力が低下してしまう前に、ライフステージに応じた住環境の変更について検討・選択しておくべきであるが、住まいに関する将来への備えをしている人は少ない(図表5 将来に備えた住まい計画状況)。

高齢者向け住まいの選択肢
・快適な老後生活を送るためには、自宅のバリアフリー改修や、サービス付高齢者住宅(以下、サ高住)等の高齢者住宅(図表6 高齢者住宅の分類)への入居が選択肢として考えられるが、高齢者の多くは、介護が必要になった場合にも可能な限り自宅に住み続けたいと考えている(図表7 一人暮らし高齢者の介護希望場所)。
・たしかに、自宅に継続して居住する場合、住み慣れた地域で愛着のある場所に住み続けることができるが、住宅管理の手間や改修の費用負担、家族への介護負担もデメリットとして生じうる。また、自宅での生活が限界を迎えた際の住み替えは、高齢者自身の判断能力の低下や、受け入れ先の供給不足も影響し、高齢者自身の希望が反映できないことも多い。
・一方、将来を見据えて早めに住み替えを実施する場合、新しい住まいの選定にある程度時間をかけられることから、部屋の間取りや周辺環境、費用等の様々な観点で、自身の趣向に適した住まいを選択しやすいと考えられる。また、2011年に「高齢者住まい法」が改正されて以降、自立型高齢者住宅の供給も増加してきており(図表8 高齢者向け住まい・施設の件数)、住み替え先の選択肢の幅が拡大している。

サ高住の魅力と今後の課題
・新しい住宅への住み替えにおいて、費用面以外では「住み慣れた地域を離れること」が最も不安視されている(図表9 住み替えにおける不安事項)。しかし、地域に安心して住み続けるための必要事項として「近所の人との支え合い」があげられていることを踏まえると(図表10 地域に安心して住み続けるための必要事項)、早いうちに高齢者向け住まいに移住し、地域内で交流を深めて住み慣れた地域とすることで、快適な老後生活を送ることができるだろう。
・特に、サ高住は、「バリアフリー構造であること」「安否確認や生活相談が受けられること」という2つ基本要件を満たすだけでなく、「地域内・多世代交流」や「医療機関との連携」など、高齢者の求めるサービスを提供している事例も多く(図表11 サ高住の事例)、「安全・安心」と「生活の自由」の双方を兼ね備えた有力な選択肢である。
・しかし、現時点で、サ高住などの自立型高齢者住宅において、自立した高齢者の受け入れ割合は10%を切る水準になっている(図表12 サ高住入居者の要介護度等)。これは、要介護度の高い高齢者の需要に特別養護老人ホーム等の供給が追い付いていないことが要因としてあげられる(図表13 特養待機高齢者の推移)。今後は、高齢者が自身の状態に適した住まいを選べるように、高齢者住宅全体のさらなる拡大が必要であろう。

海外事例と住まいの新しい選択肢
・自立した高齢者の住まいの選択肢として、アメリカでは住居・医療施設・ゴルフ場等を中核に娯楽施設が整備されたリタイアメント・コミュニティが従来から存在したが、介護サービスや施設が不十分であった。そこで、1990年代以降、健康な段階から要介護になるまで、健康状態に応じた住まいとサービスが用意され、そのコミュニティの中で暮らすことができる「CCRC(Continuing Care Retirement Communityの略、図表14 CCRCの概要)」が増えている。
・当初のCCRCはシニア世代だけの交流がメインであったが、近年は世代の偏りや知的刺激の不在を解消するための大学連携型CCRC等(図表15 アメリカにおけるCCRCの事例)も拡大してきており、地域内・多世代交流を望む日本人のニーズにも応えるものとなり得ると考えられる。
・実際に日本でも、高齢者が就労や文化活動を行いながら多世代交流も可能なCCRC(図表16 日本におけるCCRCの事例)の開発が進められ始めており、一部では、多世代交流に加えて、生涯学習などで知的満足度の向上も提供できる大学連携型CCRCの検討も始まっている。今後については、サ高住等の供給の増加はもちろんのこと、幾多の日本版CCRCの事例が生み出されていくことにも期待したい。

(出典)総務省「国勢調査」「住宅・土地統計調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」「日本の世帯数の将来推計」、厚生労働省「特別養護老人ホームの入所申込者の状況」「介護サービス施設・事業所調査」「高齢者向け住まいの今後の方向性と紹介事業者の役割」、国土交通省「サービス付き高齢者向け住宅に関する懇談会配布資料 第3回・4回」、内閣府「一人暮らし高齢者に関する意識調査結果」「高齢者の住宅と生活環境に関する調査結果」、株式会社日本政策投資銀行「日本版CCRCから「生涯活躍のまち」へ」、PwCコンサルティング合同会社「高齢者向け住まい等の紹介の在り方に関する調査研究報告書」、小向敦子「シニア・コミュニティのゆくえ:アメリカと日本における大学付属型高齢者住宅群」、日本版CCRC構想有識者会議「「生涯活躍のまち」構想 参考資料」
(注) 文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。