このページの本文へ移動
地球の裏側アルゼンチンのいま~パンデミックと債務危機~在アルゼンチン大使館 二等書記官 藤田直文*1

写真:筆者、サルタにて

1.はじめに
アルゼンチンと聞いて何をイメージされるでしょうか。サッカー、タンゴ、ワインに牛肉といったところでしょうか。日本茶に似たマテ茶をご存知の方も多いかもしれません。しかし、そうした有名なキーワードを除き日本においてアルゼンチンが話題に上ることは少なく、具体的なイメージが人口に膾炙している状況ではありません。本稿は、あまり知られていないアルゼンチンの情報をご紹介し、外交官の端くれとして任国のポジティブな認知度を高めることを狙いとしています。併せて、アルゼンチンを語る上で切り離すことのできない債務問題や新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの現状にも触れておきたいと思います。

写真:マテ壺、ボンビージャ(茶漉し付きストロー)

2.アルゼンチンとは?
まず、どのような国か一般的なデータを簡単にご紹介したいと思います。面積では世界第8位の278万km2(日本の7.5倍)を誇る大国に入りますが、人口では4,500万人に留まっており、人間より牛(5,000万頭以上)の方が多い国とも称されます。ボリビアとの国境の村ラ・キアカから世界最南端の都市*2ウシュアイアまでの直線距離は3,800km(南緯22~55度)にも渡り、ウルグアイ、ブラジル、パラグアイ、ボリビア及びチリと接する国境線は9,376km、大西洋に面する海岸線は4,725kmに及びます。アルゼンチンの地理の最も大きな特徴は地方によって大きく異なる景観のコントラストであり、広大で肥沃なパンパ平原、険しいアンデス山脈、イグアスの滝を擁する亜熱帯雨林、砂漠のような峡谷、パタゴニアの森、湖、氷河など様々相反する風景が一つの国のなかに凝縮されていることが非常に特徴的です。
人種の面ではアルゼンチンも近隣諸国の例に漏れず多民族国家ですが、人口の約9割を占めるのは、イタリアや旧宗主国スペイン等からの移民の子孫たるヨーロッパ系であり、その他にアラブ系や日系人*3、そして先住民や所謂メスティソも少数ながら生活しています。やはりほとんどの国民はヨーロッパ系の白人であるとの自負が強く、アルベルト・フェルナンデス大統領も「メキシコ人はインディオから、ブラジル人はセルバ(ジャングル)から、アルゼンチン人は船でヨーロッパからやって来た。」と発言し内外からの批判を呼んでいました。また、こうした複雑な人種のるつぼ化の結果、アルゼンチンで用いられているスペイン語は語彙やイントネーション、動詞の活用に至るまで通常とは異なる特徴を備えたものとなっており、筆者を含め多くのスペイン語学習者を苦しめている状況です。食生活の面でもスペイン以上にイタリアの影響が色濃く、日常的な食事の定番はピザとパスタにジェラートです。
宗教については大半の国民がカトリックを信仰しており、現ローマ教皇フランシスコもアルゼンチン出身であることは有名です。他方で、一般市民のレベルではよりリベラルかつ合理主義的な考え方が浸透しており、特にジェンダーに関する問題には極めて敏感であるという印象があります。2020年12月には、教会や保守派の反対を押し切り、女性の権利確保の観点から長年の懸案であった人工中絶合法化法を成立させ、中南米では数少ない中絶合法化国の仲間入りをしました。バチカンとの関係はそれ以来微妙になってしまったとも言われますが、現政権は構わず教皇フランシスコの権威を借りた政治的アピールを続けています。
紙面の都合上、政治体制に関する詳細な説明は捨象しますが、アルゼンチンを語る上でペロン党は切り離せない存在であると思います。エバ・ペロン(エビータ)夫人*4とともに労働者階級からカリスマ的な人気を誇ったフアン・ドミンゴ・ペロン元大統領により1946年に創設された正義党(通称ペロン党)は、現在では必ずしも確固たる政治的イデオロギーを有しない複数の派閥から成る連合体の様相を呈しているものの、依然として国民から根強い支持を受けており、現政権与党の立場にあります。マクリ前大統領は2015年に約15年ぶりの非ペロン党政権として誕生し開放経済を推進したことで注目されましたが、2018年からの深刻な経済危機を受け、国民は2019年の大統領選挙で再びペロン党を選択しました。現政権では、クリスティーナ・フェルナンデス副大統領*5率いる急進左派(キルチネル派)が強い影響力を有しており、アルベルト・フェルナンデス大統領を中心とする穏健派との分裂を回避できるか、また与党が昨年11月の中間選挙で過半数を失ったことから国会審議で野党の協力を得られるかが2023年次期大統領選挙に向けた今後の政権運営における焦点になると見られます。

図表.新規感染者数の推移

3.終わりなきパンデミック
アルゼンチンでは2020年3月3日に国内初の新型コロナウイルス感染者が確認された後、同月20日から大統領令に基づく強制隔離措置が施行され、事実上のロックダウンに突入しました。当初は感染者が少ない中での毅然とした決断を国民も評価し、政権交代直後だったフェルナンデス大統領の支持率は一時80%に達したものの、その後の感染拡大やロックダウン長期化により不満が高まり、現在では不支持率が支持率を上回る状況になっています。
強制隔離措置が約9か月間継続した後、2020年12月20日以降はソーシャルディスタンスを保ちつつ社会活動を再開するため強制距離措置と呼ばれるより緩やかな規制に置き換わり、事実上のロックダウンは終了しました。長期間に亘ったステイホーム生活により、平時には日常的に行っていた家族や友人とのアサード(バーベキュー)やマテ茶の回し飲み*6も制約された市民の疲弊は相当なものがあったと推察します。その反動から、夏のバカンスシーズンに当たる昨年1~2月の人出は目に見えて増加し、3月以降のパンデミック第二波の到来を許すことになってしまいました。政府は、5月に再び一時的なロックダウンを実施し市境を封鎖するなど人流を抑え込むために出来ることは全てやり、一日の新規感染者数は最大4万人を超えたもののそれをピークとして下がり続け、最終的に千人未満まで減少しました。
この沈静化の背景として、全国的にワクチン接種プログラムが比較的早急に進められたことも指摘できます。政府は、早くからワクチン接種を政権の優先課題と位置付け、保健大臣を直接海外での交渉に当たらせるなど精力的にワクチン確保を進めました。当初こそ調達に遅れが見られたものの、昨年半ば以降加速し、本年1月末現在、スプートニクV、シノファーム、アストラゼネカ、モデルナ、ファイザー、カンシノのワクチンにより総人口比約86%に一回目接種、同約76%に二回目接種を完了しています。ちなみに、接種対象年齢は3歳以上(シノファーム)というから驚きです。また、ワクチンを輸入するだけではなく、昨年からアストラゼネカとスプートニクVについては技術支援を受けて国内生産を開始しており、中南米諸国への輸出も行っています。
以上のとおり、人流制限やワクチン接種プログラムによって一定の感染拡大の抑え込みに成功したことから、昨年11月以降は国内の行動規制がほぼ解除された上、入国制限も緩和され、非居住外国人であってもワクチン二回接種を完了していれば隔離期間無しで入国できるようになりました。現在は南半球のバカンスシーズンであり、観光業界も久方ぶりの盛況の波に乗ろうと数多くのプロモーションを打ち出しています。しかし、そうした高揚感に水を差すように昨年末舞い込んできたのがオミクロン株のニュースです。その影響から新規感染者数が再び爆発的に急増し(一日最大13万人)、パンデミック第三波が到来したと見なされています。全世界共通の懸念ではありますが、終わりの兆しも見えない不透明な状況にアルゼンチンもまた翻弄され続けています。


4.終わりなき債務危機

(1)先進国or発展途上国?
「世界には4種類の国がある。先進国と発展途上国、そして日本とアルゼンチンだ。」ノーベル経済学賞を受賞したサイモン・クズネッツが発したジョークは、1960年代までに発展途上国から先進国に成り上がった日本と、逆に滑り落ちてしまったアルゼンチンを対比するものでした。今でもアルゼンチンの知識人はこの表現を(特に日本人相手に)よく用いますが、これを口にする際の感情は必ずしも自虐のみならず、少なくとも昔は先進国であったとの自負が含まれているように感じます。
アルゼンチンは19世紀後半から20世紀初頭まで、農牧業における比較優位を生かし、米国やヨーロッパへの大量輸出により高い経済成長率を誇りました。当時は1人当たりGDPで世界トップ10に入ることもあったと言われます。しかし世界大恐慌以降、政府が輸入代替戦略のもと工業促進に舵を切ったことで、投資先が分散し、農業生産及び輸出は激減することになりました。その後、第二次世界大戦後の世界的な復興の中でペロン大統領のもと内需により一時的に好況を取り戻した時期もありましたが、基本的に保護主義に依存したことでグローバリゼーションの波に乗り切れず、現在に至るまで慢性的な高インフレと対外債務の問題に悩まされ続けています。

(2)最近の経済概観
現在もアルゼンチン経済の基盤は、肥沃で広大なパンパ平原に支えられた農牧業です。特に大豆、小麦、トウモロコシ、牛肉は輸出品の大宗を占める屋台骨と言っても過言ではありません。工業面では、トヨタをはじめとする自動車メーカー各社が国内に拠点を置き、中南米向けの自動車生産の一翼を担っています。2021年、これらの輸出セクターが世界的なコモディティ価格高騰の恩恵により全体として好調な輸出額を維持し、その一方で輸入が抑えられたことで、年間を通じた貿易収支は約150億ドルと記録的な数字となりました。
GDP成長率については、2020年はパンデミックにより前年比▲9.9%の大幅な減少を記録していましたが、2021年は輸出の堅調さと内需の回復に支えられ、前年の落ち込みを一気に回復し+10%に迫るとの予測も伝えられています。これに連動して失業率は低下傾向にあり、2020年の11%から2021年第3四半期には8.2%まで改善しました。他方、貧困率*7は依然として40%超で高止まりしています。
産業政策の観点からは、政府は、これまで開発の進んでいなかったシェールガスなどの炭化水素資源を豊富に擁するバカ・ムエルタ鉱区への官民合同での投資を行い燃料の輸入代替を目指すとともに、将来的な水素及びアンモニアの産業利用を見据えた検討を進めています。また、世界有数のリチウム埋蔵量を有するとされるアンデス山脈沿いの塩湖地域の開発プロジェクトも外資主導のもと開始しており、アルゼンチンの資源ポテンシャルを最大限に引き出すための取組が急ピッチで進められている状況です。

図表.政府経済見通し

(3)高インフレとブルーレート
直近数年間、アルゼンチンの消費者物価指数は年率50%程度の上昇を記録しています。過去数千%ものハイパーインフレを経験したことに比べれば穏やかなものですが、依然として不安定な数字には変わりありません。また、現在パンデミックにおける経済対策として生活必需品に対して一定の価格統制が実施されていることを踏まえると、それ以外の耐久消費財や外食などの価格は更に高騰していることになり、実際の肌感覚では一年前と比べ二倍以上に値上がりしているものも少なくない印象です。為替を見ても通貨価値は下がり続けており、この四年間で1ドル=18.8ペソ(2017年末時点)から1ドル=102.6ペソ(2021年末時点)まで約450%減価しています。こうした状況なので基本的に国民は自国通貨アルゼンチンペソを信用していません。ペソ建ての銀行口座には必要最低限の現金のみ入金しておき、余剰分はドルへ両替するかまたは自動車などの換金可能資産を購入して貯蓄するのが通常の生活様式です。
国民の高いドル需要は外貨準備への強い圧力となっており、政府・中銀は外貨の流出を抑制するため数多くの資本規制を敷いています。マクリ前政権前半期には開放経済を推進する観点からこれら規制が撤廃されたものの、2019年の大統領予備選挙後に資本流出が深刻化すると再び復活し、フェルナンデス現政権への移行後は更に強化されています。現行の外貨取得規制の一つが、為替市場における外貨購入可能枠をわずか200ドル/月に制限するものです。しかし、余裕のある富裕層及び中産階級は、当然より多くの手持ちのペソをドルに換えて資産防衛をしたいと考えます。アルゼンチンでは、そうした需要に応えるべく古くから為替の非正規闇市場が存在し、ブルーレートと呼ばれる非公式為替レートによる両替が行われています。ブエノスアイレスのメインストリートであるフロリダ通りを歩くと、至るところで「カンビオ(両替)!」と声をかけられますが、それこそがブルーレートによる両替の勧誘*8です。非正規為替市場は、正規購入可能枠以上の外貨を多少割高でも購入したい国民が主に利用する小規模マーケットであることから、一時的な外貨需要の増減によってもブルーレートは大きく変動します。今後の経済政策がペソの価値を安定させられるとの政府への信頼感を多くの国民が持てるようになれば、外貨需要が落ち着きブルーレートと正規レートとの差も縮小に向かうことになると思われますが、現実にはブルーレートは1ドル=208ペソ(2021年末時点)と正規レートの2倍超もの開きが生まれている状況です。

図表.インフレ年率の推移

(4)10回目のデフォルト?
アルゼンチンは、2016年にマクリ前政権下で国際金融市場への復帰を果たしましたが、2018年4月の為替危機以降、資本流出等により資金調達面での制約を抱え、更に2019年8月大統領予備選挙の結果、政権交代の見通しが明らかとなったことで政治リスクが懸念され、政府債務の借換が不可能になりました。それを受け、同年12月発足のフェルナンデス現政権下で総額約1,000億ドルの外貨建て債務を対象とする民間債権者等との債務再編交渉が開始されましたが、当初2020年3月末目途の解決を目指していた交渉は難航し、同年5月22日に猶予期間が終了する債務の利払いが行われなかったことからアルゼンチン史上9度目とされる債務不履行(デフォルト*9)に陥りました。その後、度重なる交渉期限延長の末、同年8月に民間債権者団との合意に至り、同年9月4日に債券交換が実施されたことでデフォルト状態から脱却しました。
しかしこれをもって一件落着とはならず、すぐに国際通貨基金(IMF)との債務再編交渉が始まりました。IMFとの関係では、2018年の為替危機に対応するため5年間のスタンドバイプログラムに基づく計約450億ドルもの大型融資が実施されていましたが、現政権は、持続可能な返済スケジュールを求めるため、最大10年間の融資期間を可能にする拡大信用供与プログラムによる借換えを目指すことを決定しました。ところが昨年中は現行スケジュールに基づく返済額が小さく、また外貨準備にも比較的余裕があったためさほど切迫感がなかったのか、現在(本年1月末時点)もなお交渉は継続中です。しかし本年3月以降は大型の満期が連続し、かつ外貨準備も切迫した水準に陥りつつあることから、「10回目」のデフォルト*10を避けるためには早急に合意をまとめる必要があります。他方、国民は、2001年のデフォルト時にIMFから緊縮財政を強いられたことで預金封鎖などの苦境に陥ったとの思いから一般にIMFに対する感情的アレルギーを有しているところ、交渉に向けた社会的なモメンタムが必ずしも強くない中で、国会の承認も必要となるIMFとの合意案をどのようにまとめるのかが注目されます。
また、もう一つデフォルトを避けるために解決しなければならない問題として、パリクラブ*11に対する債務が存在します。アルゼンチンは、クリスティーナ・フェルナンデス政権下の2014年、パリクラブ諸国に負っていた延滞債務約97億ドルを今後5年間(プラス2年間の猶予期間付き)で全額返済することでパリクラブと合意していましたが、結局2019年までに払い終えられないばかりか、IMFとの交渉継続中を理由として*12昨年5月末の最終期限をも徒過することを選びました。2014年合意の内容に則ればパリクラブはその60日後にデフォルトを宣言できることになりますが、昨年6月、政府はパリクラブに対し約4.3億ドルの一部返済を実施することと引換えに、パリクラブが最長本年3月までデフォルト宣言を留保することで一致した旨発表するに至りました。いわば更なる短い猶予期間を与えられている状態です。
IMFとの合意が得られない限りパリクラブとの関係でも進展は期待できないことから、今後の政府の対応如何では「10回目」に留まらず「11回目」をも引き起こす可能性があります。しかし本年1月28日、誰もがデッドラインへの突入を確信しつつあった中で、政府とIMFは主要論点に関する共通理解に達したことを電撃的に発表しました。最終合意までのハードルは多く、今後の道程も決して容易ではありませんが、債務危機の終わりへの明るい兆しが僅かに見え始めているのかもしれません。

5.南船北馬
《中国の南方は川や湖が多いので船を用い、北方には平原や山野が多いので馬に乗るというところから》絶えず旅していること。各地をせわしく旅すること。
『大辞泉』
これは中国の故事成語ですが、南部に多くの湖沼や大西洋を擁しながら北部には荒涼とした高原山岳地帯の広がるアルゼンチンにもまさにふさわしい表現であると感じます。もっとも、馬よりリャマかアルパカの方がアルゼンチンの北部には適任かもしれません。
最近は行動規制が緩和され、感染対策プロトコルを遵守すれば国内各地をせわしく旅することも可能になりました。この項では、意外に知られていないアルゼンチンの北から南までの風景のごく一端を簡単にご紹介します。

図表 為替レート及び外貨準備高の推移

(1)ブエノスアイレス
ラプラタ川の河口部に位置する港町の首都ブエノスアイレス自治市は、「南米のパリ」との異名を持つほどヨーロッパ風建築で埋め尽くされ、洗練された街並みが広がっています。市内には多くの美術館や劇場、公園が点在し、豊かで文化的な街であることを感じられます。市民が自らをポルテーニョ(港の住人)と称していることからも、国内の他地域と異なるブエノスアイレスの都会性が誇りにされていることが分かります。少なくとも市内の様子は一般的な南米のイメージとはなかなか結びつかないのではないでしょうか。しかし自治市を出てブエノスアイレス州に入るとすぐ、牛馬と草原以外何も存在しないかのようなどこまでも続く平野が見えてきます。州内には比較的貧しい人々の集住地域が点在している一方で、富裕層向けのゲーテッドコミュニティや、船のみでアクセスできる川沿いの別荘地なども開発されており、自治市内とは全く異なる多種多様な生活様式に驚かされます。

写真:大統領府、通称カサ・ロサダ(ピンク・ハウス)

(2)イグアスの滝
東部のブラジルとの国境に位置するのが、世界三大瀑布の一つとされるイグアスの滝です。先住民グアラニー族の言葉で「大いなる水」を意味するイグアスの規模は極めて大きく、最大落差80m以上の約300の瀑布が連なり全体で約4kmもの滝幅を有すると言われます。その大迫力の水量は、かつてここを訪れたエレノア・ルーズベルト元米国大統領夫人に「かわいそうなナイアガラ」と言わしめたとされるほどです。なお、議論が分かれるところですが、ブラジル側よりアルゼンチン側の方がインパクトある滝の眺望が楽しめると評判です。

写真:最大瀑布「悪魔の喉笛」

(3)北部
北部のサルタやフフイはアンデスの高原地帯に当たり、乾燥した峡谷に囲まれた地域です。標高が上がるにつれて荒涼とした渓谷に現れる巨大なサボテンが特徴的で、その気候を生かしてカファジャテ渓谷では輸出向けの上質なワインが製造されています。また、最北部に位置するウマワカ渓谷は「南米のグランドキャニオン」とも呼ばれ、様々な鉱物によって美しい虹色のグラデーションの岩肌を見せる山々が連なっています。なお、北部ではリャマやアルパカの肉も食べられていますが、いずれもやや硬く好みの分かれる味であるものの、小柄な分アルパカの方が食べやすいかと思います。

写真:リャマ

(4)パタゴニア
パタゴニアと総称される南緯40度以南の地域は、北端は湿潤なパンパに含まれるものの、一般に乾燥した不毛の大地が広がっており、年間を通して気温が低く風が極めて強いことで知られています。しかしその中でも、ペンギンやクジラ等の一大生息地となっているバルデス半島、「南米のスイス」とも呼ばれる高原リゾートのバリローチェ、大氷河に囲まれたエル・カラファテ、南極クルーズの拠点ウシュアイアなど各地域において顕著な特色があることが指摘できます。なお、パタゴニアでは過酷な環境のため牧牛の代わりに牧羊が盛んですが、コルデロ・パタゴニコ(パタゴニアン・ラム)と呼ばれる子羊の味は極めて絶品で、ブランド羊として欧米にも輸出されています。

写真:ペリト・モレノ氷河

6.おわりに
アルゼンチンの姿について、主要な観光資源を交えながら簡単にご紹介させていただきました。全ての魅力を書き切るにはこの余白は狭すぎるというわけですが、本稿をきっかけに、僅かながらでもアルゼンチンに関心を持っていただき、一人でも多くの方がいつか現地を訪れていただければ何より有り難いことです。最後に、パンデミックの収束と対外債務問題の早期解決を通じて、アルゼンチンの魅力が一層引き出されるための土壌となる持続的な経済成長が実現することを強く祈り、本稿の結びとさせていただきます。

コラム1 マルベックワイン
アルゼンチンといえばワイン、とりわけマルベック種が有名です。原産地はフランス南西部のカオールとされますが、現在では世界全体での栽培面積の8割超がアルゼンチンに集中しているそうです。乾燥地帯での高地栽培による強い日差しと大きい寒暖差がマルベックを育てるのに最適な環境を生み出しています。その特徴は「黒ワイン」とも称されるほど色の濃さ及びタンニンの豊富さで、濃厚で力強いフルボディはアルゼンチンの肉料理にとてもよく合います。国内の主な栽培地であるアンデス山脈沿いのメンドーサ州及びサルタ州カファジャテには数多くのボデガ(ワイナリー)が点在しており、試飲ツアーも行われています。

写真:人気銘柄のルティーニ


コラム2 意外(?)に高い民度
パンデミック第二波に対し、政府は当初、旅行需要の減少を目的とする策の一つとして、四連休の中日を平日に変更することを発表していました。しかし結局厳格なロックダウンに踏み切ったことから、人流の増加を心配する必要がなくなったということで、なんと前日(!)にやはり四連休のままにすることが改めて決定されました。こうした政府による些か急なアナウンスに対して、不思議なことに国民から反発の声はほとんど聞こえてきません。
マスクについても、昨年10月以降屋外での着用義務が撤廃されたにも関わらず、40℃を超える猛暑の中でも相当数の市民が引き続き自主的に着用を続けている様子が見られており、皆で連帯して難局を乗り切ろうとする忍耐力の強さとモラルの高さがうかがえます。

コラム3 エスタンシア
アルゼンチン、とりわけブエノスアイレス近郊のパンパには、エスタンシアと呼ばれる植民地時代の名残の大農牧場(荘園)が数多く点在しており、そのいくつかは豪奢な家屋と広大な土地を利用した観光用の宿泊施設として開かれています。その圧倒的な規模感は日常を離れリラックスするのに十分で、乗馬を楽しむも良し、アサードを堪能するも良し、草原で午睡を貪るも良しと非常に贅沢な時間を過ごすことができます。ガウチョパンツで知られるガウチョ(アルゼンチン版カウボーイ)が観光客向けのショーを披露してくれるエスタンシアもあります。

写真:エスタンシア・ビジャ・マリア

*1)本稿は全て筆者の個人的な見解であり、筆者の所属する組織を代表するものではありません。
*2)2019年に市に昇格したチリのプエルト・ウィリアムズが現在では世界最南端の都市とされています。
*3)南米でブラジル、ペルーに次ぐ3番目の規模となる約6.5万人の日系人社会が存在します。
*4)元女優でフアン・ペロンの2番目の妻。慈善活動を精力的に行い、市民から熱狂的な支持を獲得しました。なお、フアンの3番目の妻イサベル・ペロンは、1974年にフアンが大統領在職中に死去した際に副大統領に就いていたことから世界初の女性大統領に昇格したことで知られます。
*5)故ネストル・キルチネル元大統領の妻。自身も夫の後継として2007年から2015年まで大統領を務めました。
*6)仲間内では一つのマテ壺を回し飲みするのが通常の楽しみ方でありマナーとされます。
*7)アルゼンチンの貧困率の基準となる基礎的バスケットには、PC、携帯電話、外食など必ずしも生活必需品と見なされない財・サービスも含まれており、他の中南米諸国と比較して基準が厳しいとの指摘もあります。
*8)外貨をペソに換える海外旅行者にとっては正規両替所よりも有利なレートでの両替ができますが、闇市場を利用することになるため推奨されるものではありません。
*9)当時の外貨準備高の水準を考慮すればただちに返済不可能となるものではなかったものの、自ら支払いを行わないことを選択したという点で所謂テクニカル(選択的)デフォルトと位置付けられます。
*10)IMFに対する債務不履行状態はアリアと呼ばれますが、本稿では便宜上デフォルトと表現します。
*11)主要債権国による二国間債務の繰延等を扱う非公式会合。1956年にアルゼンチンの延滞債務について債権国がパリで協議したことに由来します。
*12)パリクラブによる債務繰延は、当該債務国が別途IMFとの融資プログラムに合意していることが前提となっています。