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コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方~失業保険改革編・下~

在フランス日本国大使館参事官 大来  志郎

先月号においては、2019年夏前にフランス政府が取りまとめた失業保険改革パッケージの多段階施行を前に、2020年に入るとコロナ危機が発生し、三度にわたる施行延期という撤退戦に政府側が入ったことを見た。2020年秋以降の感染第二波に伴い、単なる施行延期にとどまらず内容面にわたる政策調整も必至な情勢になってきたところに、行政裁判の最高裁判所に当たる国務院(Conseil d’Etat)から、どちらかといえば労働組合側に有利な判断が示された。改革パッケージのコロナ危機後の再設計の年内決着をフランス政府は諦め、政労使の調整は最終幕となる2021年へと持ち越された。

1.2021年年明け、政府裁定
年明けの2021年1月25日には、ボルヌ労働大臣が労使8団体と個別に会談し、新年の政労使の話合いをキックオフした。その後幾度かの交渉を経て、3月2日に、労使代表に政府の裁定を提示した。主要4項目にかかる政府の裁定は表1 政府裁定の内容のとおりとなっており、失業保険改革パッケージの各項目の施行時期や内容に調整を加えている*1。*2
2021年3月30日には、この裁定内容に沿った政令(デクレ)が発出されている*3。

2.政府裁定の技術的詳細とその留意点
政府裁定の詳細を、やや技術的な論点にわたる部分も多いが、一応以下に記載をしておこう(大きな政治・行政過程にご関心の読者は3に飛んでいただきたい)。2021年3月の政府裁定に含まれるこの時点での変更項目は、前年の国務院判断への対応とコロナ危機の影響への配慮に大別できる。

(1)2020年11月の国務院決定への対応
第一に、失業手当支給額計算方法の厳格化(ニ)関連では、就労期間の分散の度合いに応じて手当額に大きな差異が生じる点を問題視した国務院決定を踏まえ、参照日額賃金(SJR)を計算する際の分母に算入する未就労期間に上限(就労期間の75%まで)を設けることとした。このような上限がなかった2019年7月デクレ下での手当額と、2021年3月の上限導入に伴う手当額について(さらには現行制度下での手当額について)、個別事例で示せば表2 改正後(特に上限導入後)における参照日額賃金(SJR)の変化のイメージ(個別事例)のとおりとなる。
このような上限設定により、現行制度と比較した場合の手当額の減少は、どんなに短期就労を分散した場合でも、最大でマイナス43%にとどまると政府は解説をしている(1-(1/(1+0.75))ニアイコール0.43)。
第二に、国務院判断への対応を図るための政労使間の調整をしているうちに一定の期間が経過したことから、施行日をさらに延期する必要が生じた。雇用指標条項が付された失業手当受給要件の厳格化(ロ)、受給資格の再充填の厳格化(ハ)を除き、ボーニュス・マリュス制度の導入(イ)、失業手当支給額計算方法の厳格化(ニ)、は2021年7月1日からの施行とした。高所得者の手当逓減制の導入(ホ)は、逓減開始時点を手当受給開始後8か月満了以降と遅らせる微修正を付したうえで、やはり2021年7月1日からの施行とした。
ただし、ボーニュス・マリュス制度の導入(イ)について、7月1日から開始するのは、保険料率決定のベースとなる当該企業の短期雇用の利用度合いに関する参照期間であって、その参照期間の実績に応じて、企業負担の保険料率の傾斜が実際に発動となるのは2022年9月が最初と規定されている。政治的には、経営者側の要求に配慮した譲歩、すなわち「事実上の施行延期」ととらえられ、この点が労働組合側の目には「不公平」「非対称」と映り、後述する延長戦の一因となる。

表2.改正後(特に上限導入後)における参照日額賃金(SJR)の変化のイメージ(個別事例)

(2)コロナ危機の影響への配慮
失業手当受給要件の厳格化(ロ)、受給資格の再充填の厳格化(ハ)、高所得者の手当逓減開始時期の受給8か月経過後から6か月経過後への短縮化(ホ)、の3項目に関しては、
a)直近6ヵ月にカテゴリーA(積極的な求職活動を行う無職の者)の失業者数が13万人以上減(ストック指標)、かつ、
b)一か月以上の契約期間のある採用(臨時雇いを除く)の月当たり事前宣言数の4ヵ月累積値が270万人超(フロー指標)
という二条件が充足されて初めて施行されることとなる。すなわち「雇用指標条項」が付されたのである*4。
この雇用指標条項が発動となる(両指標が充足し、三項目の改正が施行となる)見込みは2021年春段階の目線でどのくらいあったのだろうか。失業保険管理機構(Unédic)が、この点については検証を行っており、2006年以降でみると、2019年2月~3月、2019年9月~2020年2月、2020年10月単月においては両指標が充足されていたとする*5。感覚的にはコロナ危機発生直前、マクロン政権の下で雇用情勢は改善していると多くの経済関係者に認識されていた時期の状態に戻ることができれば、これらの厳格化項目が施行となるイメージであろうか。a)の基準が充足されるためには、雇用情勢が短期間に相当程度回復することが必要である。仮に長期間をかけてじりじりと改善した場合には基準が充足しなくなってしまう点に留意が必要である。
a)とb)の基準が充足されたことを確認したのち、政府はその時点から3か月以内の日を施行日とする施行省令を策定しなければならない。このようにして決定された施行日の少なくとも1か月前に、どちらかの基準が満たされなくなった、ということがない限りこの基準に依っている制度は施行されることとなる。
このほか、コロナ危機の影響への配慮として、ボーニュス・マリュス制度(イ)について、「導入」の姿勢を政府は保ったものの、その対象分野に関しては、コロナ危機の影響に配意した除外を設けることとしている(表3 ボーニュス・マリュス制度の導入対象から時限的に除外される分野)。一連の改革の中でボーニュス・マリュス制度の対象とされた「7つの大分野」の中でも、コロナ危機の影響を強く受けているとされる小セクター*6については、少なくとも最初の1年間は制度の適用が除外されることとされている。

表3.ボーニュス・マリュス制度の導入対象から時限的に除外される分野

(3)政府裁定における施行日等の日程イメージ
以上の様々な要素を踏まえると、2021年3月の政府裁定が描く失業保険改革の施行日等の日程イメージはその時点においては以下図1 政府裁定における施行日等のイメージのとおりだった(ただし、5以降に述べる動きに伴い、のちに変更を余儀なくされることとなる)。

3.政府裁定後の改革全体の財政影響
2021年3月に政府裁定が出された後に失業保険管理機構(Unédic)が試算をしたところによると、改革に伴う歳出合理化策については、徐々にその財政影響が表れ、満年度化後には約23億ユーロ/年に上るとされている*7。先月号の「失業保険改革編・中」表2にあるように、2019年9月時点では約25億ユーロ/年という財政影響が試算されていた。一連の調整を経て、財政的には2億ユーロ/年相当の譲歩をフランス政府が行ったと見ることが可能であろうか*8。

4.政府裁定に対する反応

(1)政府の見解
ボルヌ労働大臣は「これは、求職者に広がる不安に終止符をうち、短期雇用契約の濫用という緊急事態に対応するための改革であり、正統なものだ。」「これは正義だ。パートタイムで毎日働いた者が、2日のうち1日や2週のうち1週フルタイムで働いた者のほぼ半分しか手当を受け取れない状況を終わりにする。」「また、2021年3月のデクレはより均衡のとれたものとなった。2019年7月のデクレのままだと、とても低い水準の手当額の受給者が生み出されていた。」と、改革そのものと2021年が明けて以降の政策調整の意義を強調している*9。

写真1:エリザベット・ボルヌ労働大臣(Ministères sociaux / DICOM / Nicolo Revelli-Beaumont / Sipa Press)

(2)労働組合の動き
政府裁定案提示に先立ち、主要五労働組合は2021年2月23日に先回りする形で共同のプレスリリースを発表し、失業保険改革の基本方針に反対する姿勢を再度確認している*10。政府裁定が下った後、例えばCFDTのローラン・ベルジェ書記長は「この改革は、最も不安定な失業者を狙い撃ちしているという意味で不公正であり、ボーニュス・マリュス制度は2022年まで延期されたという点において均衡を欠いており、今後の失業情勢が見通せない中で経費合理化策を推し進めることは時代錯誤的だ。再度国務院に提訴するだろう。」という趣旨の批判をしている*11。より強硬な労働組合であるCGTは「政府は、不安定な地位や失業状態にある労働者の現実から完全に乖離したまま、この夏からこの改革を実行しようとしている。」と批判する*12。

(3)経営者サイドの反応
政府裁定後、経営者団体Medefのルー・ド・ベジュー会長は、新聞のインタビューに応え「我が国は比較的寛大な失業保険制度を持っており、それはいいことだ。しかし、とある部分は常軌を逸している。失業手当受給と就労の行き来をすることでより多くの収入を得ることができる場合がある。このあほらしい部分は改革に値する。この部分の改革について、我々は賛成だ。そして政府が全面施行を二つの失業関連の基準に条件付けたことは、いいセンスだ。」*13と語っている。
経営者サイドにとって最大の懸案だったボーニュス・マリュス制度に関して、同会長は「政府の意図は理解するところだ。ただ問題は、キャベツとニンジンを比べようとしていることだ。これは何か月も何か月も言い続けてきたことだが、まあ、聞いてもらえなかったということだ。」*14と述べている。完全にこぶしを下ろすわけにはいかないものの、事実上の施行延期を受けて、ニュアンスは軟化しているように感じられる。
以上の反応から透けて見えるように、この3月の政府裁定は、どちらかというと経営者有利/労働組合不利な裁定だったように思われる。

表4.政府裁定を踏まえた改革全体の財政影響

5.国務院、再び差し止める
大手労働組合(CFDT、CGT、CFE-CGC、FO、Solidaires)は協働して、2021年5月中旬に改革の差止め請求を再び国務院に提出した。この請求に基づき、国務院の急速審理が開始された。*15
約1か月後の6月22日に、国務院は失業手当額計算方法の厳格化(ニ)の7月1日からの施行を差し止める判断を下した*16。理由は、現在の不安定な経済状況において、7月1日からに関する制度改正を施行することはできないというものだった。*17
労働組合側は、そもそもは失業手当額計算方法の厳格化がもたらす個別事例間の不平等を標的としていた。政府案の下では、直近24ヵ月における就労期間と未就労期間の分散のあり方次第で4倍以上失業手当額が違ってくるなどの試算を提示し、改革の内容には実体的な問題があると訴えていたのである。一方、この2021年6月の国務院判断はこうした改革内容の実体的な部分に踏み込むことなく、経済状況に照らしてその時点では施行することは妥当ではない、と判示するものだった。
この判断を受け、労働省はプレスリリースを発出した*18。そのタイトルは「国務院判断:失業保険改革に対する疑義は示されず」とされており、実体判断に踏み込まなかった点に焦点を当てて肯定的に捉えようとする姿勢があらわれている。その上で、プレスリリースの中では「国務院の延期判断は、施行のタイミングの観点からのみなされたものであり、新規則そのものに関するものではない。」「こんにち、経済は好調さを取り戻しつつある。雇用市場におけるシグナルは前向きなものであり、2021年の企業の新規採用予定は2019年の水準を超え、多くのセクターでは人手不足が生じている。」としつつ、最後は「政府の野心に変更はない。労働市場における不安定雇用を持続的に減少させ、新規に生まれる雇用の質を改善させることだ。こうしたことを、失業保険改革を通じて実現していく。」と結んでおり、差し止められてなお意気軒高である。

6.政府の正面突破作戦
この国務院判断を踏まえ、政府は2021年7月1日のプレスリリース*19の中で、失業手当支給額計算方法の厳格化(ニ)については、現行制度をとりあえず9月30日まで適用する一方で、「この計算方法の見直しは短期雇用の激増と闘うために不可欠であり、労働省は国務院に対して9月末までに新計算方法の早期適用を可能とする新しい政令(デクレ)を提示するだろう」と述べている*20。いわば短期のうちに正面突破作戦を図ることを宣言していると受け取れる。
2021年7月12日、マクロン大統領も7月14日の革命記念日を前にしたテレビ演説の中で、失業保険改革を貫徹する意思を示す。「労働なくして生産なく、生産なくして必要な政策の財源は生まれない」、「労働は徳である」と謳いあげた上で、「したがって、失業保険改革は10月1日から完全施行されることになるだろう」、「フランスでは、家でじっとしているよりも労働することによって生活をより豊かにしていくことができなければならない。現状必ずしもそうなっていない。」と述べ、国務院に差し止められた失業手当支給額計算方法の厳格化に関する部分も含めて、バカンス明けには全面施行すべきとの強い意思を示した*21。
夏の間、2021年5月以降の段階的なロックダウン解除の効果もあり、国務院が差止めの背景として指摘した雇用情勢は改善を続けた。失業手当支給額計算方法の厳格化とは直接関係ないが、例えば失業手当受給要件の厳格化(ロ)や高所得者の手当逓減制(ホ)にかかる二つの雇用指標条項の片方になっているカテゴリーAの求職者についても、順調に低下している状況にあった(図2 カテゴリーAの求職者の推移)。
こうした好調な景気雇用情勢を背景に、政府は、2021年9月16日*22、失業手当額計算方法法の厳格化の施行を10月1日とする政令(デクレ)案を労働組合等に対して示し、パブリックコメントを求めた*23。
その付属文書の中では、以下のように全面施行が正当化される理由を列挙している。
・賃金労働にかかる雇用創出の増加、失業率低下、新規採用の増加、求職者数の低下、部分的失業制度利用者数の低下などが見られ、二つの雇用指標条項も巡航速度で行けば9月末には満たされる見通しとなるなど、雇用情勢が急速に回復している。
・一方で建築関係や一部サービス業においては人材確保に困難も生じており、そうした需給のミスマッチを是正するためにも失業保険改革を全体として施行していく必要がある。
・雇用主サイドに対する短期雇用濫用防止のための施策であるボーニュス・マリュスはその参照期間が開始しており、それと両輪を成す参照日額賃金(SJR)の計算方法の厳格化も施行すべきである。
・失業保険改革の実施と同時並行的に求職者への職業訓練のために前例を見ない投資を実施している。
このパブリックコメントに付された案のとおり、政府は施行が遅れていた失業手当額計算方法法の厳格化を10月1日から施行した*24。
労働組合が未だ反発をする中、また国務院において実体審理や新たな急速審理が引き続き行われる可能性が残る中で、政府は夏前の宣言通りに正面突破を図ったと言えるだろう。

写真2:国務院(Conseil d’Etat)正面(JB Eyguesier / Conseil d’Etat)

7.労働組合、最後の抗戦
大手労働組合CFDTのローラン・ベルジェ書記長は「我々はこの改革を突っぱねる努力を再度行うつもりだ」と抗戦の構えを見せる。
労働組合側は、2021年10月5日の全国規模での抗議デモに引き続き、10月8日には、主要組合(CFDT、CGT、FO、CFE-CGC、Unsa、Solidaires、CFTC)連名で、急速審理による差止めを求める請求をみたび国務院に提出した*25。11月5日には新ルールの下での参照日額賃金(SJR)に基づいた手当支給が開始される、という期限が迫る中で、労働組合側は最後の抗戦に出たのである。
差止め請求の理由としては、引き続き就労時の総労働時間・総賃金が同一であっても就労期間の散らばり方次第で失業手当額に不平等が生じることをあげる。それに加えて、経営者サイドに負担がかかるボーニュス・マリュス制度については(大統領選挙後の)2022年9月からしか実際の保険料の傾斜が実行されないという「事実上の施行延期」が図られており、被用者サイドには即時に負担を求めることは整合性が取れない、としている。労働組合側から見ると、政府は経営者サイドにより大きく譲歩しているのではないか、と映っていたことがこの理由にあらわれている。

8.国務院の青信号と雇用指標条項の充足(完全施行)
国務院は2021年10月22日、失業手当支給額計算方法の厳格化(ニ)に対する労働組合による差止め請求を却下した*26。雇用情勢が好転したことを理由に、政府に対して「青信号」を出したことになる。こうして、2019年夏に政府がとりまとめた失業保険改革パッケージに盛り込まれていたすべての改革項目が、コロナ危機発生後に生じた幾多のハードルを乗り越えて、動き出すこととなった。
同時並行的に、2021年9月末の段階で、a)直近6ヵ月の失業者数が13万人以上減、b)新規採用数の4ヵ月累積値が270万人超という二つの「雇用指標条項」は充足されるに至った。a)の指標については23.9万人の減少、b)の指標については327.6万人と、いずれも条項が定めていたハードルを悠々と超える好調な数字となったのである。これを受け、フランス労働省は2021年11月18日に省令(アレテ)を公布し*27、これらの指標の好転を条件としていた、失業手当受給要件の厳格化にかかる改正(ロ、ハ)、高所得者の手当逓減の開始時点を本来予定していた受給6か月経過後(受給8か月経過後として7月1日に施行済み)とする改正(ホ)、の二点を2021年12月1日から施行することとした*28。
このように、国務院*29の青信号と雇用情勢の好転を受けて、2017年の政権発足当初からフランス政府が取り組んできた失業保険改革の一連のパッケージはついに完全施行となったのである。*30
ここまで長々と経緯や関係者の反応を含めて記述してきてしまったが、最初に政府がパッケージをまとめた2019年夏の姿から最終施行における姿への変更点は、要約してしまえば表5 コロナ危機発生に伴う失業保険改革項目への影響まとめ(2019年7月政令(デクレ)時点から最終的な施行における変更点)のとおりである。

表5.コロナ危機発生に伴う失業保険改革項目への影響まとめ(2019年7月政令(デクレ)時点から最終的な施行における変更点

9.失業保険改革全体に対する俯瞰的考察(小括にかえて)

(1)コロナ危機発生前までのプロセスとその評価
労働市場改革について、マクロン政権は5年任期の前半、すなわちコロナ危機前までの期間に、内容的にも速度的にも相当程度の成果を積み上げてきた。解雇規制改革を中心に労働市場に柔軟性を加えつつ、雇用の質・量を向上させるためのセーフティネットを強化する総合的な取組みだったといえる。
そうした一連の労働市場改革の重要な一角を占めるのが失業保険改革だった。マクロン大統領の当選時の公約に端を発しており、当初は受給資格者の拡大と企業負担分の保険料に雇用の期間等に応じて傾斜をかけるボーニュス・マリュス制度導入を柱とする左派的な内容だった。改革のプロセスを進める中で、短期雇用の濫用防止にかかる被用者サイドへのインセンティブ付けが必要との経営者サイドの声を聞いたこと、失業保険財政の健全性を維持しつつ左派的な柱の実現するためには合理化策による財源が必要であるとの政府内保守派の声を聞いたこと、などにより、改革のウイングは右派的な方向に広がった。
労働組合はこうしたウイングの広がりに対して激しく反発を示したものの、結果として改革はより総合的でバランスの取れたものとなったと見ることも可能である。
政府と労使代表の間でボールを投げ合う過程もあったものの、2019年7月には近年問題だと指摘されてきた制度まわりの論点をひととおり網羅した改革パッケージをまとめ上げ、同年11月には第一段階の施行を迎えた。

(2)コロナ危機発生後におけるプロセスとその評価
2020年3月以降、フランスもコロナ危機に見舞われ、経済雇用情勢が悪化する中で部分的失業制度に代表されるような足元の雇用関係を一時凍結する緊急対応策を取ることを迫られた。この時点で、失業保険制度改革については、丸ごと「棚上げ」することもあり得たが(そしてそれが労使代表の要求であったが)、政府はこれまでの改革路線を基本的には維持する姿勢を貫いた。
2020年内には都合、三度の施行延期を行ったが、その際にもフランス政府の方針は、改革の根幹となる哲学はいじらず、状況に対応するためにいくつかのパラメータは修正する、というものだった。
国務院が2020年末に「待った」をかけたこともあり、調整は越年し、政府は失業保険改革の修正に関する裁定を2021年3月に行った。その際には以下3つのパラメータ調整という譲歩を行った。
・雇用指標条項:いくつかの改革項目について施行の条件として、雇用情勢に関する基準の充足を定めた雇用指標条項を導入。
・手当減額の激変緩和:失業手当受給額計算方法の厳格化自体は推し進めるが、計算式の分母に含まれる未就労日の算入に上限を設けることにより、改正前後における手当減額に係る激変を緩和。
・ボーニュス・マリュス制度の事実上の施行延期:制度としては2021年7月1日からスタートするものの、実際に保険料の企業負担に傾斜が生じるのは2022年9月からとした。
これら一連のプロセスを総合的にどのように評価できるであろうか。「改革を実施するという勇気を示したかっただけ」「右派共和党にメッセージを送った政治的なもの」と批判する声も一方であるが、現行制度には短期雇用の濫用などに代表される問題点があり、それを改めるという大方針は貫徹された。最後の局面では雇用情勢の好転という要因にも恵まれて、当初思い描いてきた改革内容から最小限の変更を柔軟に加えつつ、パッケージ全体の完全施行に漕ぎつけたといえよう。
なお、蛇足めいているが、今回の改革パッケージの根本を定めている2019年7月の政令(デクレ)は、2022年11月までの時限立法となっている。今回の改革パッケージを制度として維持していく場合には政令(デクレ)の更新が必要となるが、2022年前半の大統領選挙を越えて、新たな大統領任期の始期に当たることに留意が必要である。

(3)年金改革との比較
ここでは深入りは避けるが、2019年後半からマクロン政権が本格的に取り組みかけた年金改革も、職域ごとの不平等を排し、現役時代の総報酬に応じた年金支給するという「公平性・普遍性」に重きを置いたマクロン候補の大統領選挙公約に改革エネルギーの淵源がある。したがって、改革の当初の理念は「ポイント制導入によるユニバーサルな制度」という一本柱だった。その後、フィリップ首相(当時)*31に代表される政権内右派の主張により、高齢者就労の促進や年金財政立て直しを目指す二本目の改革の柱として「均衡年齢の導入(実質的な受給開始年齢の引上げ)」が加わることとなったと言われている。
制度の公平性確保という左派的な大統領個人の思いを起点としつつ、改革を進める中で、親ビジネス的な視点を含む、あるいは、保険財政の健全化を指向する改革事項が追加となる、という構図は、失業保険改革と類似している。しかしながら、年金改革は、2019年末から史上最長とも言われるストライキを引き起こし、2020年3月のコロナ危機発生に伴い「棚上げ」となり、少なくとも本稿執筆時点では「棚卸」とはなっていない。
年金改革はフランスでは極端に不人気だという識者もおり、失業保険改革とは政治的反発のマグニチュードが異なったということかもしれないが、途中までの構図が類似していた二つの改革の現時点での到達点の違いは興味深い。

▪おわりに
以上、コロナ危機下におけるフランスの医療提供体制改革と失業保険改革の行方について見てきた。
政治・行政過程としては、財政問題が関係する現在進行形の両改革テーマを、危機発生下においてもフランス政府は基本的に維持した。時に柔軟に速度調整や政策内容の調整を図りつつも、根幹となる改革理念は維持し、政策を前に進めた。危機時に生じた論点とこれまでの改革テーマを総合的にとらえてアジェンダセッティングをする、危機の出口が予想しづらい段階においても従来の改革路線のゴールを見失わず中期的にその路線に復する道筋を念頭におく、といった工夫もあったように思われる。
また、両改革とも、給付拡大を伴う大統領サイドの政治的メッセージと制度の持続可能性などに思いをいたす実務サイドの行政的ニーズを融合させた改革パッケージを策定し、それを推し進めている。制度上フランスの大統領権限は強いとされるが、大統領は自分のメッセージが包含されている以上は、他の論点については実務サイドの調整に任せ、ひとたび方針が固まればそれに従っているように見受けられる。
フランス政治の文脈では、コロナ危機の発生に伴い、両改革はマクロン政権5年任期のほぼ全期間にわたる政治的調整の営みとなった。そしてその真ん中に、コロナ禍発生が横たわったおり、フェーズを大きく二つに分けている。両改革は、マクロン5年任期の政治を事後的に評価する際、良い切り口を与えてくれるのではないか。来るべき2022年大統領選挙及びその後のフランス政治にどのような含意があることになるのか、関心を呼ぶところである。
経済社会政策としては、医療費管理の先進的な取組みを進めてきたフランスが、今般のコロナ危機でいったん拡大した医療費支出をどのように管理していくのか、今後数年のうちに何らか財政的観点からのパッケージ策定などに追加的に取り組むのか、そこにセギュール医療全体会議の結論の各種改革項目がどのように作用することとなるのか、注視に値する。失業保険改革に盛り込まれた各種のインセンティブメカニズムをどのように考えるべきか、失業保険制度そのもの同士ではインプリケーションが少ないかもしれないが、公的保険制度一般あるいはその他経済社会制度全般を考えた場合に、研究の余地があるかもしれない。また、本稿では扱いきれなかったが2017年のマクロン・オルドナンスにおける解雇規制の緩和からはじまる一連の労働市場改革全般を、失業保険改革をその一ピースとしつつ見るとき、その全体像の中に参考とすべきものがあるように思われる。
本稿はジェネラリスト的な行政官の目で執筆されており、どの視点からも踏み込みが不十分との誹りを免れないだろう。また現在進行形の事象を扱ったために、後世から見れば認識の不足や洞察の欠落なども多く存在するだろう。本稿が批判的な目で読まれ、より深遠・明晰な考察の契機となるようなことがあれば、と希望しつつ、筆をおくこととしたい。
※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織の見解を示すものではない。



*1)https://travail-emploi.gouv.fr/le-ministere-en-action/nouvelles-regles-d-assurance-chomage/
*2)フランスの雇用統計上、求職者のカテゴリーにはA,B,Cの三通りがあり、A:積極的に求職活動をしなければならない者で、当該月の間に就業していない者、B:積極的に求職活動をしなければならない者で、当該月の間に78時間以下の労働をした者、C:積極的に求職活動をしなければならない者で、当該月の間に78時間を超えて労働をした者、となっている。
*3)https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000043306112
*4)新聞紙上や関係者の間では「よりよい状況への回帰条項(La clause de retour à une meilleure fortune)」などとあだ名を付された。
*5)カテゴリーAの求職者に関して、13万人減少という基準の裏側には、経済好転に伴う4.5万人減少と行政措置により休業しているセクターの再開による8.5万人の減少があり、失業保険管理機構(Unédic)の検証は前者の4.5万人を用いている。
*6)具体的には、「連帯基金」という危機対応のための給付制度の支給対象の範囲・規模を決めるためのセクターのリストを援用。
*7)https://www.unedic.org/publications/etude-dimpact-de-levolution-des-regles-dassurance-chomage-au-1er-juillet-2021
*8)それぞれの改革項目が施行となった際の、当初の一年間における雇用への影響についても失業保険管理機構(Unédic)が試算を行っている。失業手当額計算方法の厳格化に伴い115万人の受給者が日額手当の減額の影響を受け、その平均的な減額割合は17%であるとしている。受給要件を満たすための就労期間が4か月から6か月に厳格化されると、1年未満の期間受給開始時期が後ろ倒れる者が28.5万人、1年以上受給開始時期が後ろ倒れる者が19万人生じる。逓減制については、最初の逓減が2022年3月に発動することになる(施行の2021年7月から満8か月経過後)。その3月から6月の間に3.5万人の受給者の手当が減額となり、2022年の下半期は2.5万人の受給者が追加で減額となる。失業保険管理機構(Unédic)は、上記のほか改革の影響を受ける者の年齢・性別・雇用形態・資格免状、セクターなどの別も公表している。
*9)https://www.lemonde.fr/politique/article/2021/04/07/pourquoi-l-executif-tient-autant-a-sa-reforme-de-l-assurance-chomage_6075838_823448.html
*10)https://www.cfdt-ag2r.com/les-5-syndicats-representatifs-demandent-une-remise-a-plat-de-la-reforme-de-lassurance-chomage/
*11)https://www.francetvinfo.fr/economie/emploi/chomage/reforme-de-l-assurance-chomage-le-secretaire-general-de-la-cfdt-laurent-berger-envisage-un-recours-devant-le-conseil-d-etat_4317939.html
*12)2021年3月3日付ル・フィガロ紙22面
*13)https://www.ouest-france.fr/economie/syndicats/medef/entretien-geoffroy-roux-de-bezieux-on-ne-peut-pas-transiger-avec-la-transition-ecologique-3e6f24c0-a6ac-11eb-8212-52cb95481cd2
*14)https://www.medef.com/fr/actualites/il-faut-reconstruire-une-industrie-forte-en-france-et-en-europe
*15)この時期、マクロン政権5年任期の前半に労働大臣を務めたペニコー前労働大臣(その後フランスのOECD大使)は独自の動きを見せる。2021年5月に彼女は著書を上梓し、その広報の一環として出演したテレビ番組において、「失業保険改革は、フィリップ政権の下、現在とはまったく異なったコンテクストの中で軌道に乗せられたものだ。」「多くの不確かさに包まれた、こんにちのような危機時と当時とは状況が異なる。」などと述べ、現政権が失業保険改革を貫徹しようとしていることを批判し、労働組合側の立場を取っている。失業保険改革の前半の展開の当事者であり、報道などでは「2020年夏の内閣改造では本人が望まない形で閣外に去った」などと言われている前大臣の批判的発言は興味深い。https://www.lesechos.fr/economie-france/social/assurance-chomage-le-soutien-surprise-de-lex-ministre-du-travail-aux-syndicats-1316654#:~:text=Les%20syndicats%20viennent%20de%20recevoir,%C3%A0%20compter%20du%201er%20juillet%20.
*16)https://www.conseil-etat.fr/actualites/actualites/assurance-chomage-les-nouvelles-regles-de-calcul-de-l-allocation-sont-suspendues
*17)なお、失業手当受給額計算方法の改正について、労働組合FOの請求により失業保険管理機構(Unédic)が行った調査によると、長期の病欠や出産・育児休暇を取得した人の場合、受給額が大幅に目減りするという結果が出ていた。政府はこれを踏まえて、こうしたやむを得ない離職期間における仮定の賃金額を代替的に算入する政令(デクレ)の再修正案を、国務院の上記急速審理が本格化する直前の6月9日に決定し、対応を図った。ただしそれでも、この対応が手当額決定のための賃金は「架空の(fictif)」ものであってはならないと規定する労働法典に反しているのではないかとの声が失業保険管理機構(Unédic)からも聞かれるところである。
*18)https://travail-emploi.gouv.fr/IMG/pdf/cp_mtei_-_decision_du_conseil_d_etat_-_la_reforme_de_l_assurance_chomage_n_est_pas_remise_en_cause.pdf
*19)このプレスリリースは、ボーニュス・マリュス制度の参照期間の開始や高額所得者への逓減制導入(ただし受給開始以後8か月経過以降)など一部の制度施行についても言及している。
*20)https://travail-emploi.gouv.fr/IMG/pdf/cp_mtei_-_assurance_chomage_-_la_reforme_entre_en_vigueur_ce_1er_juillet_2021.pdf
*21)https://www.elysee.fr/front/pdf/elysee-module-18050-fr.pdf
*22)同日の2021年9月16日に、近隣企業連合会(l’Union des Entreprises de proximité(U2P))の会合に招かれた際の演説において、マクロン大統領は以下のような趣旨の発言を行っている。「危機が発生し、失業保険改革は延期された。そして、『施行するためには、労働市場の十分なひっ迫を確認するような経済状況まで待たなければならない』と言われた(筆者注:国務院に)。労働市場のひっ迫はまさに今、生じている。データがそれを如実に物語っている。したがって、この改革が今後数週間のうちに完全実施されることは正当なことである。…この改革は、経済活動の回復と就労のインセンティブ付けに向けた戦略の一環なのであり、自分はこれを断行する任務を負っている。」https://www.elysee.fr/front/pdf/elysee-module-18382-fr.pdf
*23)https://www.lexplicite.fr/wp-content/uploads/2021/09/Projet-de-decret-en-Conseil-dEtat-portant-diverses-mesures-relatives-au-regime-dassurance-chomage-16-09-2021.pdf
*24)https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000044126002
*25)https://pste.cfdt.fr/portail/pste/actualites/-emploi-la-cfdt-conteste-de-nouveau-devant-le-conseil-d-etat-la-reforme-de-l-assurance-chomage-srv1_1200299
*26)https://www.conseil-etat.fr/actualites/actualites/assurance-chomage-les-nouvelles-regles-de-calcul-de-l-allocation-ne-sont-pas-suspendues
*27)https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000044345334#:~:text=Dans%20les%20r%C3%A9sum%C3%A9s-,
Arr%C3%AAt%C3%A9%20du%2018%20novembre%202021%20fixant%20la%20date%20%C3%A0%20laquelle,travail%20cessent%20d'%C3%AAtre%20applicables
Arr%C3%AAt%C3%A9%20du%2018%20novembre%202021%20fixant%20la%20date%20%C3%A0%20laquelle,travail%20cessent%20d'%C3%AAtre%20applicables
*28)https://www.unedic.org/espace-presse/actualites/assurance-chomage-ce-qui-entre-en-vigueur-au-1er-decembre
*29)国務院(Conseil d’Etat)は公権力に対する勧告機能と行政最高裁判所としての裁判機能等を併せ持つ国家の機関。アンシャン・レジ-ム下の「国王顧問会議」が古い起源だとされるが、1799年、ナポレオンが「国務院」として設立したことが直接の起源となっている。1872年、第三共和制下で今日の構造が確立した。
*30)なお、2021年3月の時点で労働組合は急速審理とは別途、失業保険改革の諸項目に関する実体審理を求めて国務院に提訴していた。2021年11月15日にはこの実体審理が開始された。国務院の判事が参考にするとされている公報告官(rapporteure publique)が意見陳述し、その中で労働組合側の請求を棄却すべきことを主張している。これを受けて、労働組合側が何かを勝ち取る可能性は低いのではないかと報道された(例えばhttps://www.lemonde.fr/politique/article/2021/11/16/assurance-chomage-le-conseil-d-etat-se-penche-sur-un-nouveau-recours_6102241_823448.html)。その後(2021年12月15日)、実際に、国務院は労働組合の主張を退ける判断を下した(https://www.legifrance.gouv.fr/ceta/id/CETATEXT000044505264?dateDecision=&dateVersement=&isAdvancedResult=&juridiction=CONSEIL_ETAT&juridiction=COURS_APPEL&juridiction=TRIBUNAL_ADMINISTATIF&juridiction=TRIBUNAL_CONFLIT&page=28&pageSize=10&query=*&searchField=ALL&searchProximity=&searchType=ALL&sortValue=DATE_DESC&tab_selection=cetat)。
*31)エドゥアール・フィリップ氏はもともと共和党(LR)所属であり保守の系譜に属する。2020年7月に首相を辞任したのち、ル・アーブル市長に就任。2021年に入ると著書「Impressions et lignes claires(感銘と明白な路線)」を上梓。2021年10月には新党「地平線(Horizons)」を設立し、その目的を2022年大統領選挙においてマクロン大統領の再選を支持するため、としている。2027年の大統領選挙を見据えた動きであるとする分析も多くみられるところである。