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コラム 海外経済の潮流137

最近の中国における様々な規制策
大臣官房総合政策課 渉外政策調整係 時永  和明

1.はじめに
「ゲームは週に3時間まで。」
これは中国政府が公表した政策である。そこまで国が規制する必要があるものかと筆者は驚いた。
政府当局によれば、未成年者のオンラインゲームへの没頭を防ぎ、心身の健康を守るための措置であるとしており、オンラインゲーム各社は対応を講じている。
このところ中国では、政府による企業や産業に対する締め付けや規制の強化が矢継ぎ早に打ち出されている。規制の対象範囲はIT、教育、芸能、不動産など多岐に渡る。
2021年8月、習近平総書記は、共産党の経済政策を担う中央財経委員会において「質の高い発展の中で共同富裕を促進しなければならない」と強調した。共同富裕は、国民全体が物質的・精神的に富裕になることを指し、低所得者層の底上げや高所得者層からの富の移転を促進する。昨今の様々な規制の強化は、このような社会格差の是正が目的の一つであるとみられる。
また、企業への規制強化の目的として、巨大化した企業への政治的影響力の強化や、膨大な個人情報を保有する企業に対する国家安全上の懸念なども指摘されている。
習近平国家主席のもとで中国政府は、様々な規制の導入によって、共同富裕を目指し、社会格差の是正や国家の安全などを目指した大きな構造改革を進めている。

2.様々な分野における規制策
ここでは、コロナ禍以降で中国政府が導入した主な規制策を挙げる。

(1)IT企業関連
中国では2010年代半ばから、「ネット強国」への転換を目指し、情報化社会の発展に取り組んできた。しかし最近は、強大化したIT企業の影響力などを懸念し、政府は締め付けを強化している。
・アリババ集団
2020年11月、電子商取引(EC)最大手のアリババ集団の傘下で、十億人を超える利用者を持つスマホ決済アプリ「アリペイ(Alipay)」を手掛けるフィンテック企業のアント・グループは、上海と香港での新規株式公開(IPO)を計画していたが、中国当局の方針変更により上場延期を余儀なくされた。
アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)氏は2020年10月に上海で行われた講演で、中国当局に対する批判ともとれる発言をし、これを受けて金融当局は締め付けを強めたとの見方がある。金融当局は、コーポレート・ガバナンスの仕組みが不健全、法令遵守の意識が希薄、消費者の合法的な利益を侵害しているなどと指摘した。
また、2020年12月に政府当局はアリババ集団に対して、市場支配的な立場を乱用しているとして調査を実施し、2021年4月には独占禁止法に違反したとして制裁金を科した。同社は2015年以降、自社の通販サイトに出店する企業が競合するプラットフォームに出店することを禁止する「二者択一」を強要したとし、2019年国内売上高の4%に相当する約182億元(約3,000億円)の行政罰が科された。また、アリババ以外にも美団、テンセントなどに対し、相次いで独占禁止法違反による制裁や指導を行っている。

【図表1】アリババ株価推移

・滴滴出行(DiDi)
2021年7月には配車アプリ最大手の滴滴出行(DiDi)に対して、国家安全上の理由として審査の開始を発表した。また同月、トラック配車アプリを運営する満幇集団や、求人アプリを運営するBOSS直聘に対しても審査の開始が発表された。いずれも米株式市場に上場したばかりであった。滴滴は、アプリの新規ユーザー登録を停止するよう命じられており、審査については個人情報の収集及び使用に関して重大な法律違反を犯したとしている。
こういった規制や締め付けの強化は、大企業の市場における優位な地位の乱用による競争の阻害や、企業が保有する膨大な個人情報の管理、データの安全性などに対する当局の厳しい姿勢を示している。
また、企業の影響力が強大化することによって共産党による統治のリスクとなることを懸念しているともみられている。

(2)教育関連
政府は2021年7月、義務教育段階の学生の学業及び学外教育の負担を軽減するという「双減」の導入を発表した。学生への過剰な宿題や、週末などの休日に授業を行うことを制限するとともに、学習塾の新規開業を認めず、既存の学習塾は非営利団体として登記させることとした。また9月には学習塾の授業料を管理すると発表した。授業料の標準価格を定めて参照させることとし、講師の報酬も制限した。
受験戦争の過熱に伴う教育費の高騰がもたらす教育機会の格差是正や、教育費を抑えて少子化対策に繋げる狙いがあるとみられている。
7月の「双減」の発表の際、学習塾の経営を行う北京の新東方教育科技は22日から26日にかけて株価が大幅に低下した。(22日:50.9HKD→26日:16.0HKD)。その他の教育関連の銘柄も大きく下落し、関連企業は規制強化の打撃を受けることとなった。
(3)不動産関連
中国では急速な経済発展、都市部の人口増加、強い持ち家志向、富裕層による不動産投機の過熱などを背景に、不動産価格の高騰が続いてきた。さらに最近では新型コロナウイルス感染拡大を受けた金融緩和の影響により、不動産部門へ資金がさらに流入し、不動産価格の上昇が続いている。都市部の住宅価格は平均年収の数十倍に高騰しているとも言われており、庶民が簡単に手を出せない状況となっている。
そこで習近平国家主席は「住宅は住むためのものであり、投機のためのものではない」との方針を示し、様々な不動産市場の過熱抑制策を導入している。
・「三道紅線(3つのレッドライン)」政策
2020年8月、政府当局は不動産企業に対する資金調達等の規制を強化する政策、「三道紅線(3つのレッドライン)」を発表した。3つの審査基準を設け、クリアした項目の数に応じて、負債の年間増加率を0%~15%の範囲で制限し、不動産企業の債務拡大リスクの抑制を目的としている。
不動産価格の上昇を前提に借入れを増やして投資を拡大させていた企業に対して、高レバレッジ経営からの転換を促している。

【図表2】

・不動産関連融資の総量規制
2020年12月には金融機関の不動産関連融資の総量規制を発表し、2021年1月から導入した。
金融機関の規模に応じてそれぞれの融資総額に対する不動産関連融資の割合の上限を設定し、不動産セクターへの過剰な資金流入を抑制する措置である。
当局によればこの措置によって、金融機関が不動産市場の変動に耐えられるよう強化し、システミック・リスクを未然に防ぎ、金融機関の健全性を高めるとしている。

【図表3】

・不動産関連規制の影響
上記のような政策のほか、各地方政府においても、中古物件の参考価格の設定、物件の複数購入の制限、企業の運転資金や消費者ローンの住宅購入への転用の監視など、様々な不動産市場の過熱抑制策が導入された。
中国の不動産大手企業である恒大集団は1996年に設立され、不動産ブームに乗じて急成長した。ところが最近の不動産関連規制が影響し経営難となった。2021年6月時点の負債総額は1兆9,665億元(約33兆円)にまで膨らんでおり、社債の利払いや償還などについて問題視されている
その他の不動産企業においても社債債務不履行(デフォルト)が相次いでおり、不動産市場の低迷による経済の減速が懸念されている。

3.おわりに
共同富裕を目指し、様々な規制策を導入して構造改革を進める一方で、それらが経済への重しともなっている。政府の規制によってIT・教育・不動産を含め、さまざまな産業や企業が打撃を受けている。
市場では、中国政府の次の標的を警戒しており、過剰な規制は経済をさらに失速させる可能性がある。引き続き今後の政府の動向については注目されるだろう。

写真:浙江省杭州市の西湖を眺む筆者

(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。