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リスク・フリー・レート(RFR)入門-TONA,TORF,OISを中心に-

東京大学 公共政策大学院 服部  孝洋*1

1.はじめに
筆者が執筆した「金利指標改革入門」(服部, 2021)ではOTC市場の概要を説明した後、ロンドン銀行間取引金利(London Interbank Offered Rate, LIBOR)の基本的な仕組みやLIBOR不正操作問題、その後のLIBOR改革について触れました。本稿では服部(2021)を前提に、我が国で用いられるLIBORの代替金利について説明します。服部(2021)で強調したことですが、LIBORの最大の問題点は、パネル行のオファー・レートに基づいた指標金利であり、実際の取引に立脚しないことから操作する余地が生まれた点です。我が国では、LIBORに代わるリスク・フリー・レート(Risk Free Rate, RFR)として無担保コール翌日物金利(Tokyo OverNight Average rate, TONA)が採用されましたが、TONA(実務家は「トナー」と読みます)は後述するとおり一日で数兆円もの取引で決定される短期金利です。その意味で、我が国ではLIBORの代替となるRFRとして、実際の取引に立脚した操作の余地がないTONAが採用されたと言えます。
服部(2021)ではLIBORが「前決めターム物金利」であることから実務家にとって使いやすい側面も強調しました。我が国では、LIBORに代わる前決めターム物金利として、東京ターム物リスク・フリー・レート(Tokyo Term Risk Free Rate、TORF)が導入されましたが、TORF(実務家は「トーフ」と呼びます)はTONAを参照するオーバーナイト・インデックス・スワップ(Overnight Index Swap)に基づく金利指標です。そのため、本稿ではTORFの考え方とともに、OISの仕組みについても丁寧に説明をします。
なお、本稿では金利スワップの基礎を前提とさせていただくため、金利スワップの基礎的内容については服部(2020a)を参照していただければ幸いです。また、筆者がこれまで執筆してきた一連の債券入門シリーズについては筆者のウェブサイトにまとめて掲載してありますので、そちらもご参照いただければと思います*2。

2.無担保コール翌日物金利(Tokyo OverNight Average rate, TONA)
2.1 無担保コール翌日物金利とは
本稿では、まず無担保コール翌日物金利(TONA)を取り上げます。TONAとは金融機関同士が無担保で実際に取引した際のオーバーナイト(1営業日)の金利に相当します。金融機関の間でたった1営業日貸し出す金利ですから、ほとんど信用リスクがない金利と解釈できます。
TONAとは、銀行間で資金の融通をする、いわゆる「コール市場」と呼ばれる市場で形成される金利です。コール市場における「コール」とは、「呼んだらすぐにくる」という意味であることから短期の資金調達を行う市場になりますが、最も流動性がある取引はオーバーナイトの取引であり、TONAはその金利の加重平均値になります。コール市場では、1営業日かつ無担保という条件を満たす金利以外にも、異なる期間や有担保の貸借もなされています(詳細は東短リサーチ(2019)を参照してください)。
LIBORの代替金利という観点でみると、TONAの最大の強みは、「実際の取引に基づいた金利」である点です。日銀の統計によれば無担保コール翌日物の出来高は1日あたり平均5兆円*3を超える規模です*4。冒頭で強調したことですが、LIBORの最大の問題点は、LIBORがパネル行のオファー・レートに基づいた指標金利であり、実際の取引に基づいていない点でしたが、TONAに立脚すれば操作される余地がない金利指標を得ることが可能です。服部(2021)で説明しましたが、ウォーター・フォール・アプローチでは出来高に基づく加重平均値(Volume Weighted Average Price, VWAP)が最も望ましいとされていますが、TONAはまさにVWAPに基づく金利といえます。
日銀が公表するTONAは具体的には、算出対象取引のレートを、レート毎の出来高(レート毎の出来高は約定が成立した取引の金額)で加重平均します。そのデータは、情報提供会社*5から提供されるデータをもとに、レート毎の積数*6の合計値をレート毎の出来高の合計値で除すことによって算出します。速報値は当日の午後5時15分頃、確報値は翌営業日の午前10時頃公表されます*7。
2.2 長年、政策金利として用いられてきたTONA
TONAは、日銀がオペレーション(公開市場操作)を行う際に誘導する短期金利として有名です。日銀によれば、金利が自由化し、1995年からは、短期市場金利を誘導するオペレーションを通じて金融市場調節を行うようになりました*8。特に、1998年以降の金融市場調節方針では、TONAを平均的にみて〇〇%前後で推移するよう促すなど、TONAに基づき誘導目標を具体的に定めるようになりました。量的緩和時やマイナス金利政策導入以降等、我が国において必ずしもTONAが政策金利として使われているとは限りませんが、TONAは金融政策と密接な短期金利ということができます。
日本でTONAを政策金利とした背景には、長い間、短期金利として日銀が誘導しやすい金利とされていたことが主因です*9。短期の資金需給の予測精度は、我が国では非常に高いとされており*10、銀行間の貸借の需給であれば、日銀が当座預金による調整で操作しやすいといえます。また、レポ市場の金利(国債などを担保にした時の調達コスト)に比べ、債券の需給などその他の要因は影響されにくいとされています*11。もっとも、国によって政策金利として用いられる短期金利は様々であり、LIBORが政策金利として使われていた国もあります*12。
2.3 オーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)とは
TONAが実際の取引に立脚した金利であることから、RFRとして望ましい性質を有する点は上述のとおりですが、LIBORの代替金利という側面を考えると、必ずしもすべて望ましい性質を有しているとは限りません。特に、TONAはオーバーナイト(1営業日)の金利である一方、6か月円LIBORは「6か月間の金利」(これを「ターム物金利」といいました)という違いがあり、直接代替することはできません。結論を先に書くと、LIBORの代替金利としてTONAを用いた場合、TONAで一定期間複利運用した場合の金利(後述する「後決め複利金利」)を用います。
ここではこの意味を具体的に考えるため、ここからオーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)について考えていきます。金利スワップとは、服部(2020a)で解説したように、異なる金利を等価交換するデリバティブ契約でした。代表的な金利スワップは、固定金利と変動金利を交換するスワップです。変動金利として長年、日本では6か月円LIBORなどLIBORが用いられてきましたが、OISとは変動金利としてTONAを使う金利スワップでした。OISそのものは長年流動性が低いとされてきましたが、LIBORが停止することが決まって重要性を増し、流動性*13が高まってきている金利スワップです*14。
ここで、読者が筆者とOISの契約を結んだ例を考えてみましょう。OISとは変動金利をTONAとする金利スワップでしたから、例えば、読者が固定金利を受け取る場合(レシーブする場合)、TONAを変動金利として支払います。この場合、固定金利がマーケットで1%であるとした場合(この固定金利をスワップ・レートといいました)、読者は筆者から年間1%を受け取る一方で、変動金利であるTONAを私に支払います。これを表した図が図表1(OISのイメージ)です。
OISは初学者にとって理解しにくいと言われますが、筆者の理解では、これは変動金利であるTONAの支払い方法に起因するものです。先ほどの例を挙げれば、読者は毎日定まったTONAを筆者に支払うわけですが、毎日入金するのはあまりに事務負担が多すぎます。そこで、読者と私で、例えば、今から1年後に、実際に実現したTONAに基づいて1年分の金利をまとめて支払ってください、という取り決めをしておくわけです(満期が1年を越えるOISの利払いの市場慣行(デイカウント・コンベンション)は年一回利払いです*15)。TONAは毎日変わるものですから、読者が支払うべき変動金利が確定するのはまさに1年後ということになります。このような仕組みを「後決め金利」といいます。
注意すべき点は、このスワップ契約において、読者が変動金利として支払う金利は、正確には、1年間TONAで運用した場合の「複利」になります*16。本来、筆者はTONAを読者から毎日受け取るため、筆者はその受け取った金利も運用することができます。そのため、読者は1年後に筆者にまとめて変動金利を支払う場合、読者と筆者の間でフェアなトレードにするためには1年間のTONAの(金利の再投資収益も考えた)複利計算をして私に支払うという形にする必要があるわけです。そのため、OISでは固定金利を受け取る一方で、TONAの複利を支払うという設計がなされています。
OISの仕組みを理解すれば、例えば6か月円LIBORの代わりにTONAを用いる場合、OISのように、TONAに立脚した「後決め複利金利」を金利として支払うことが自然であると感じられるはずです。例えば、ある会社がこれまで「6か月円LIBOR+スプレッド」*17という形で債券を発行していたところ(服部(2021)では「6か月円LIBOR+2%」という例を取り上げました)、TONAを用いる場合、「TONA+スプレッド」という形で変動金利を定めます。そのうえで、6か月間*18に実際に発生したTONAの複利に一定のスプレッドをのせて金利を(利払のタイミングで)支払う仕組みにするわけです。これがTONAを用いて後決め複利金利を算出するイメージです。
2.4 後決めのメリットとデメリット
このような金利の支払い方法は理屈上わかりやすいのですが、問題点は、この金利は支払いのギリギリのタイミングで金利が確定するという「後決め金利」*19であり、実務的には非常に使いづらいと感じる投資家が少なくない点です。服部(2021)で強調しましたが、LIBORの大きな特徴は「前決めターム物金利」であり、6か月円LIBORの場合、半年前に支払う金利が決まっている点が実務的に使いやすい点を強調しました。たしかに機関投資家などは毎日のように決済することに慣れていますが、一般の事業会社などにとっては直前に決まった金利をすぐに支払ってくれと言われても対応できないことがありえます。LIBORのように「前決め」であれば6か月後に支払う金利は現時点で確定してしまうため、支払いの準備の猶予は十分といえます。
また、後決めの金利を受け取る側からみても実務的に面倒な点があります。例えば、6か月円LIBORであれば、前決め金利であるため、現時点で6か月後に支払う金利が決まっています。そのため、金利収入の見立ては確実ですし、それに付随した会計処理など様々な事務の準備が事前にできます。一方、TONAに基づいて「6か月の変動金利」を決めた場合は6か月後に金利収入が決まるため、受け取る側からしても様々な事務処理が複雑であるという問題があるのです。
もっとも、TONAをベースとした後決め複利でも一定の工夫の余地があります。例えば、2021年9月に起債された三菱商事の劣後債がTONAを参照としたため話題になりましたが*20、そこではオブザベーション・ピリオド・シフト方式(参照期間前倒法)が採用されています。前述のOISのように後決め複利を計算すると直前に金利が決まるため、例えば、10営業日複利の参照期間をずらすことで支払金利が10営業日前に支払い金利が決定されるという工夫を行っています。図表2(オブザベーション・ピリオド・シフト方式のイメージ)のイメージ図のとおり、支払うべき利払額は「利息計算期間×適用金利」になりますが、「利息計算期間」は利払いから利払いの間の日数とする一方で、適用金利を計算するためにTONAを参照する期間を10営業日前倒しするという工夫をしています。本来、支払い期間に相当する金利を支払うべきですが、実務的に余裕を持たせるために行った現実的な解決策といえましょう。
ここではオブザベーション・ピリオド・シフト方式を紹介しましたが、これ以外の調整方法もあります。日本証券業協会による資料*21ではTONAを用いた複利の算出方法として、OISのように計算する方法を「(0)Base Case」としたうえで、これ以外に(1)Payment Delay(支払日修正法)、(2)Rate Cut-off(参照金利留置法)、(3)Lookback(参照金利前倒法)、(4)Observation Period Shift(参照期間前倒法)の4種類の利用事例を紹介しています。図表3(オーバーナイト(O/N)RFR 複利の算出方法の種類)に概要を記載していますが、詳細は日本証券業協会による資料等を参照してください。

BOX1.OISにおける変動金利の計算方法*22
後決め複利の計算方法についてはOISの利払い方法とともに説明されることが少なくありません。具体的には下記の式が用いられますが、結論的には、本文で説明したとおり、1営業日の金利を用いて一定期間複利計算し、年率化しているだけです。ここでは簡単に下記の式が意味することを説明します。
[数式](*)
まず、上式の記号を確認します*23。Mは金利計算期間における銀行営業日の日数、iは金利計算期間における何番目の銀行営業日であるかを示す変数、Oiはi番目の銀行営業日付のTONA、δiはOiが適用される期間の実日数(カレンダー上の日数)/365日、aは金利計算期間の実日数になります。
一見複雑な定義に見えますが、上記がTONAを一定期間複利計算し年率化していることは実際の計算例を見れば明らかです。例えば本日のTONAを0.1%、明日を0.11%、明後日を0.12%とした場合、これらの金利がそもそも年率換算されていることに注意すれば、その複利は(1+0.001/365)×(1+0.0011/365)×(1+0.0012/365)という形で計算できますが、このように掛け算を繰り返していく演算が(*)における∏Mi=1(1+Oiδi)に相当します(上式におけるOiがTONAですが、δiをかけることで土日や祭日により日数がずれる処理をしています)。また、(*)では、1日からM日までのTONAを掛けていますが、例えばMが半年に相当する日数であれば、(*)で計算している式は6か月間の後決め複利に相当します。365/aは年率化するための調整です。
ちなみに、各国のリスク・フリー・レートに関する文献を見る場合でも後決め複利が説明されることが少なくありませんが、金利のデイカウント・コンベンションや式の記号等が少々違うものの、基本的には上述の数式が用いられます。

3.東京ターム物リスク・フリー・レート(Tokyo Term Risk Free Rate, TORF)
3.1 OISのスワップ・レートをターム物金利とみなすアイデア
上述の通り、LIBORは「前決めターム物金利」という特徴を有しますから、LIBORの代替金利についても前決めターム物金利を活用したいという実務上のニーズがあります。実際、日銀が事務局を務める「日本円金利指標に関する検討委員会」において、市場参加者から、貸出・債券に関する複数の後継金利指標のうち、ターム物のRFRが支持を集めました*24。そこで、OISによるスワップ・レートそのものをLIBORに代わる「ターム物金利」として活用しようというアイデアが「東京ターム物リスク・フリー・レート(Tokyo Term Risk Free Rate、TORF)」です。
理屈的にはOISのスワップ・レートをTONAの後決め複利に立脚した「ターム物金利」とする合理性はあります。服部(2020a)で強調しましたが、金利スワップとは固定金利と変動金利の「等価交換」です。例えば、読者が満期6か月のOISをレシーブするために証券会社にプライスを聞き、1%とレートを返されたとします(図表4:スワップ・レート(固定金利)とTONAの6か月複利は等価交換)。前述の通り、金利スワップは「等価交換」ですから、この1%は、「(RFRとして望ましい性質をもつ)TONAの6か月間の後決め複利」の期待値と等価とみることが可能です。たしかに、TONAの6か月の(後決め)複利については6か月後にならなければ定まりません。しかし、変動金利(TONA)と固定金利を交換する金利スワップ(OIS)を用いれば、「(事後的に決まる)TONAの6か月間の後決め複利の期待値」と等価の固定金利を「現時点」で観察することができるわけです(もちろん、事後的には通常、OISの固定金利とTONAの6か月の複利金利は乖離します*25)。
TORFの発想は、上述のロジックに基づき、OISのスワップ・レート(固定レート)を今から半年間の「ターム物金利」とみなすことで、TONAに基づく「前決めの金利」を定めるという発想です。このアイデアに基づけば、3か月円LIBORや6か月円LIBORといったターム物の金利については、3か月のOISや6か月のOISのスワップ・レートを取得できれば、マーケットでの取引に立脚したターム物金利が得られます*26。前節では、「6か月円LIBOR+スプレッド」という変動債を例にあげましたが、「TORF(6か月物)+スプレッド」という形で変動金利を定めれば、6か月後に支払うTONAに立脚した変動金利を「現時点」で定めることができます。これはまさにLIBORと同様に、前決めターム物金利といえましょう。
「日本円金利指標に関する検討委員会」は上記を問題意識に、QUICKを新指標の算出・公表主体に選定し、1か月、3か月、6か月物についてターム物金利(TORF)の公表がなされています。具体的には、2021年1月、「株式会社QUICKベンチマークス(QUICK Benchmarks, QBS)」を設立し、4月から、QBSが「確定値」の公表を開始しています*27。TORFを算出するQBSは金融商品取引法が定める「特定金融指標算出者」に指定されており、証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions, IOSCO)が定める「金融指標に関する原則」を遵守し、TORF算出の透明性と運営の健全性を保つ取り組みを行っています。
3.2 TORFの算出方法:ウォーター・フォール構造
上述のとおり、TORFは「前決め金利」というメリットを有します。もっとも、一定の問題点があることも否定できません。そもそもTORFはOISというデリバティブのプライスに立脚していますから、OISそのものの公正な価格をどのように得るかという論点が存在します。これは服部(2021)で議論したOTCの取引そのものが有する構造的な問題です。
上述の問題点を対処するため、TORFではウォーター・フォール構造が設定されています。ウォーター・フォール構造とは、服部(2021)でも説明したとおり、売買の実績に近い価格を採用し、それがない場合は気配値(インディケーション)、さらには専門家の判断など実際の売買から距離がある価格を採用していく方法です。TORFにおける詳細はQBSの説明資料を参照していただきたいのですが、図表5(TORFにおけるウォーター・フォール構造のイメージ)に記載しているとおり、第一順位には実取引に基づいた値が用いられ、それが得られない場合はより詳細な情報を有する気配値から順番に採用されます。東京営業日の午後3時時点を基準時点としており、前述のとおり、1か月物、3か月物、6か月物の3つのターム物金利を公表しています(公表時間は午後5時頃です)。TORFの算出においては専門家の判断が用いられず、これはTORFの有する重要な特徴です。
3.3 TORFの有効性はOISの流動性に依存
上述の文脈に照らし合わせると、TORFが市場参加者からみて妥当と思える値になるかはどの程度OISに流動性があるかに依存するといえます。実は、OISは2006年から我が国で取引がなされるようになったものの、長い間、円金利のOISは流動性が低いことで有名でした*28。そもそも、LIBORの指標改革は実際の取引に基づかない指標であったがゆえ操作されたことを反省にスタートをしているわけですが、仮に流動性がないOISに基づいて代替金利を構築した場合、実態に基づかない金利指標が生まれてしまうことになります。極端な例にはなりますが、ほとんど流動性がないマーケットであった場合、基準時点である午後3時に一部の投資家が売買を行うことで、それがTORFに影響を与えてしまうということになりかねません。
我が国におけるOISの流動性が問題になりえる点については、LIBORの代替金利を考えるうえで、市場参加者や政策担当者に認識されています。日銀においてLIBORの代替金利を模索するため、金融機関とともに「リスク・フリー・レートに関する勉強会」を実施してきましたが、その中でもOISの流動性について度々と議論されてきました*29。一方で、2021年7月から、いわゆる「TONAファースト*30」が実施されたほか、2021年9月末におけるLIBOR参照の金利スワップの新規取引停止*31等を背景に、LIBORをインデックスとするスワップから、OISへ急速に移行が進みました。図表6(金利スワップに占めるOISのシェア)は、日本証券クリアリング機構(Japan Securities Clearing Corporation, JSCC)で清算されるLIBOR、TIBOR(Tokyo Interbank Offered Rate, 東京銀行間取引金利)をインデックスとする金利スワップおよびOISの取引量を示していますが、LIBORをインデックスとするスワップからTONAをインデックスとするスワップ(OIS)へ急速にシフトをしていることがわかります*32。
前述のとおり、OTC市場では売買に立脚した公正な価格を見出しにくいことは服部(2021)で強調した点でした。その意味で、売買に立脚した公正な価格が見出しやすい先物市場の価格(取引所取引でプライシングがなされた価格)を用いてターム物の金利を決めたほうが良いとも言えます。特に金利先物は将来の金利の予約であり、その価格は将来の金利の予測と解釈することが可能であることから、取引所で定められた金利先物の価格をターム物金利として活用することも考えられます。事実、米国では、(RFRとして特定化された)担保付翌日物調達金利(Secured Overnight Financing Rate, SOFR)を原資産とした金利先物の価格に立脚してターム物金利を算出することを決めました*33(金利先物については次回の論文で取り上げます)。しかし、残念なことに、我が国において金利先物の流動性が全くありません(LIBORやTONAを原資産とする金利先物は取引がなされていませんし、若干取引がある金利先物の原資産はユーロ円TIBORです)。そのため、我が国においてOTC市場のプライスであるOISをターム物後決め金利に用いた背景には、金利先物に立脚したターム物金利を作ることができないこともあります。
我が国の金利先物については次回の論文で詳細に説明しますが、筆者の理解では、我が国の金利先物に流動性が欠如している最大の理由は、日銀による低金利政策が2000年頃から継続しており、短期金利の変動が少ないためです。そもそも短期金利がほとんど動かず緩和的な政策が続いているのですから、円金利市場において短期市場の流動性が構造的に低下することは必然といえます*34。
3.4 TORFをインデックスとする金利スワップは取引がなされるか
上記以外の問題点として、TORFをインデックスとする金利スワップが現時点(稿執筆時点)でほとんどなされていない点も挙げられます。TORFをインデックスとした金利スワップは、OISなどと異なり、日本証券クリアリング機構において清算対象取引となっていない(2021年12月時点)など、市場参加者にとって現時点でハードルがあります*35。また、TORFをインデックスとしたスワップに流動性がないと、変動債の組成などで業者がヘッジすることが困難ですから、どの程度TORFに基づいた変動債が供給されるかにも不確実性があります(金融商品組成において金利スワップを用いてヘッジするイメージはBOX 3を参照してください)。LIBORからの移行のほとんどは2021年中に終わってしまいますから、それ以降、当面はTORF以外を参照した変動債が発行されていく可能性があり、それがスタンダードになってしまった後ではTORFを参照した金利スワップを取引するニーズがどれくらい生まれるかは不透明といえましょう。
強調しておくべき点は、公的機関や取引所、協会などが仮にTORFを参照した金利スワップの活性化を誘導したとしても、その意図したように市場が形成されるとは限らない点です。我が国の例を挙げれば、超長期国債先物やLIBORを原資産とした金利先物の市場など、取引所主導で市場を形成する試みが見られましたが、ほとんど流動性がない状態であり、必ずしも取引所などが企図した形で市場が形成されない事例は数々とみられてきました(このような現象は円金利市場だけでなく、他国でも見られることです*36)。さらに厄介な点は、TORFの正しさの根拠はOISの流動性に依存しますから、投資家がOISとTORFをインデックスとしたスワップを分散して取引した場合、OISそのものの流動性も低下させうる点です。いずれにせよ、大切な点は、市場参加者のニーズに立脚して取引が行われますから、TORFをインデックスとしたスワップの流動性がどの程度向上するかは注目すべき点です*37。

BOX 2.移行とフォールバック
前述のとおり、円LIBORは2021年末に公表が停止されますが、それ以降は、円LIBORをインデックスとした金利スワップの取引ができなくなります。これに伴い、市場参加者は2021年12月までに満了を迎え、新規でなされる契約は「移行」を促すとともに、2021年以降も残る既存契約については円LIBORを、TONAやTORFなど他の指標金利で代替します。図表7(移行とフォールバックのイメージ)は日本円金利指標に関する検討委員会の資料を抜粋したものですが、上記のように2021年末を待たずに終了して、新契約を約定するものを「移行」とする一方、下記のように2021年を跨いで、後継金利へ変更することを「フォールバック」といいます。
円LIBOR参照契約としては、(a)JSCCでクリアリング(清算)されているデリバティブ、(b)クリアリングがなされないデリバティブ、さらに、(c)債券やローン等を分ける必要があります。(a)クリアリングされるデリバティブ(例えば円LIBORを参照とした金利スワップ)は、そもそも2022年を待たずにJSCCがOISに変換する点が重要です*38。その場合、過去の金利に立脚し、6か月円LIBORを「TONA+〇〇bps」という形でフォールバックすることが決定されています。このことから、2021年12月末にフォールバックされる円LIBORをインデックスにした金利スワップは、(b)クリアリングがなされないものに限られます*39。もっとも、(b)については金融危機以降、清算集中の義務化が進んだこと等を背景にこの取引は相対的に少ないといえます(清算集中義務やクリアリングなどについては今後の論文で丁寧に紹介することを予定しています)。
また、国際スワップ・デリバティブズ協会(International Swaps and Derivatives Association, ISDA)が定めるフォールバック規定を取り込んだデリバティブについてはISDA準拠の契約がほとんどであり、契約者が同意した場合、既存契約を書き換える仕組み(プロトコル)が存在しています。このプロトコルに批准することにより、LIBOR移行のプロセスを円滑に進める工夫がなされています(デリバティブ取引をする金融機関のほとんどがプロトコルに批准しています)。
ISDA準拠の金利デリバティブのフォールバックにおけるスプレッド調整については、過去5年におけるLIBORとOISのスプレッド・データの中央値を用いる方法が採用されています*40。もちろん、それ以外の方法もありえましたが、この方法はある種機械的に定める方法であり、不正が起こりにくい方法ともいえます。もっとも、過去5年の中央値は足元の実態に即していない側面も少なくないことから*41、投資家はフォールバックの前に取引の解消を進めています。例えば、リスク特性の近いスワップを束にして、固定金利受けポジションと払いポジションを相殺して消滅させていくことで、そもそもフォールバックの対象になるスワップ取引そのものを減らす努力をしているわけです。
一方、債券やローンなどについても、日本円金利指標に関する検討委員会が移行やフォールバックに関する指針を示していますが、最終的な判断は契約をしている各主体に委ねられています。特にわが国についていえば、そもそもLIBORに紐づいた変動債が仕組債などに偏っています*42。仕組債は流動性が乏しいため、各証券会社がそれぞれの仕組債を保有している投資家の把握が容易であることから、事前に解約するか、どの指標金利でフォールバックするかを交渉して決めることができます。一方、仕組債以外にも変動債が多い国もあり、公募債である場合はどの投資家が当該債券を保有しているかを把握すること自体困難ですから、社債権者集会の開催など様々な論点が存在しています。
なお、フォールバックについては、例えば、「6か月円LIBOR+50bps」という変動債であれば「TIBOR+〇〇bps」や「TORF+〇〇bps」という形で調整をします。

BOX 3.仕組債や仕組預金のプライシングおよびデリバティブを用いたヘッジのイメージ
リスク・フリー・レートの問題を議論する際、OISの場合、ヘッジツールとして活用できるメリットが実務家からしばしば指摘されます。実際、LIBOR公表の停止に伴い、TORFではなくTIBORを用いた仕組商品の組成が増えているという意見もありますが、その背景には業者のヘッジが困難である点が考えられます。その意味ではデリバティブの流動性を理解するうえで業者がどのように仕組商品を組成しているかのイメージを掴む必要があります。
そこで、筆者が読者から5年の変動債の注文を受けて、この組成をするケースを考えます。ここでは簡単化のために、5年の国債が1.5%の利回りで取引されており、6か月円LIBORをインデックスとする5年金利スワップのスワップ・レートが1%で取引されていたとします。このような市場環境下で読者が100円投資する場合、筆者は読者から受け取る100円を用いて、5年国債を購入する一方、5年の固定金利(1%)を払い、6か月円LIBORを受け取ることで、読者に対して、「6か月円LIBOR+0.5%」という変動金利を支払うことが可能になります(図表8:変動債組成のイメージを参照)。
上記について時間を通じたキャッシュ・フローを確認します。筆者は当初、読者から当初100円をもらって、それを原資に5年国債を購入し、同時に、金利スワップを払います。期中について筆者は、国債から1.5%もらえますが、一方、スワップ契約から1%支払い、6か月円LIBORを受け取るため、利払ごとに「6か月円LIBOR+0.5%」という変動金利を読者に支払います。5年後になったら、5年債が償還を迎え、金利スワップの契約も終わりますから、償還から得られる100円を読者に返します。このキャッシュ・フローを読者からみると、当初100円を支払い、期中、「6か月円LIBOR+0.5%」を受け取り、5年後(満期時点で)100円という元本が戻るので、読者は5年の変動債へ投資したことと同じエコノミーを享受しています。このようなキャッシュ・フローを考えると、筆者が読者に「6か月円LIBOR+0.5%」という利払の約束を行ったとしても、「投資家から受け取った100円で国債を購入してスワップを払う」ことで、短期金利など市場が動いても損益が発生しないポジションを作ることができます(いわば完全に金利リスクをヘッジしながら変動債を組成することができるわけです)。
この例は最も単純なケースであり、実際の仕組債や仕組預金のプライシングは、フロアやキャップ、早期償還条項などその他の要因が含まれているため、これほどシンプルではありません。また、実際には、筆者がデフォルトすることで読者が損失を被ること等を避けるため、特別目的会社(SPC)と呼ばれるペーパーカンパニーを利用して変動債を組成します(図表8の「筆者」部分がSPCになります)。ここでは金利スワップに流動性がある場合、変動債を組成するうえでヘッジすることができるイメージを掴むことを企図しています。上記に鑑みると「TORF+〇〇bps」という変動金利を払う変動債を組成するためには、TORFをインデックスとする金利スワップが市場で取引されていないと*43、その組成に係るリスクをヘッジできないイメージをもつことができると思います*44。

4.おわりに
本稿では、TONA及びTORFに加え、OISの説明を行いました。次回はTIBORおよびTIBORを原資産にしている金利先物(ユーロ円金利先物)について説明を行います。

※本文中記載のできない数式については、掲載を割愛させていただいております。

参考文献
白川方明(2008)「現代の金融政策―理論と実際」日本経済新聞出版
東短リサーチ(2019)「東京マネー・マーケット 第8版」有斐閣
富安弘毅(2014)「カウンターパーティーリスクマネジメント(第2版)」きんざい
日本銀行(2018)「日本円OIS(Overnight Index Swap)─取引の概要と活用事例─」
服部孝洋(2019)「イールドカーブ(金利の期間構造)の決定要因について―日本国債を中心とした学術論文のサーベイ―」ファイナンス10月号、41–52.
服部孝洋(2020a)「金利スワップ入門―基礎編―」『ファイナンス』8月号、56–65.
服部孝洋(2020b)「アセット・スワップ(スワップ・スプレッド)入門―日本国債と金利スワップの裁定について―」『ファイナンス』9月号、64–73.
服部孝洋(2021)「金利指標改革入門」『ファイナンス』11月号、10–19.
三宅裕樹・服部孝洋(2006)「イールド・カーブ推定の動向―日本における国債・準ソブリン債を中心に―」『ファイナンス』11月号、65–71.

*1)本稿の作成にあたって、市川達夫氏、川名志郎氏(金融庁)、後藤勇人氏、富安弘毅氏等、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。
*2)下記をご参照ください。
     https://sites.google.com/site/hattori0819/
*3)2017年から直近までの平均値を計算しています。
*4)単にオーバーナイトのリスク・フリー・レートでよいのであれば、満期の短い国債でもよいのではないか、という意見もあるかもしれません。もっとも、国債の場合、服部(2021)で強調したとおり、そもそもその日に売買があるかもわかりません。また、テクニカルには、国債の金利の場合、満期が一定の金利を得ることは困難です。例えば、3か月の短期債を財務省が本日発行したとしても、毎日刻々と年限が短くなります。そのため、満期が一定の金利を算出するには補間という作業が必要になります。なお、イールドカーブの補間の詳細は三宅・服部(2016)を参照してください。
*5)現時点では、上田八木短資株式会社、セントラル短資株式会社、東京短資株式会社の三社です。
*6)積数は、約定が成立した取引のレートに、その出来高を乗じたものです。
*7)詳細は日銀による「『コール市場関係統計』の解説」などを参照してください。
*8)この段落での記述は下記の日銀の文章を参照しています。
     https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/seisaku/b42.htm/
*9)ここでの記述は東短リサーチ(2019)などに基づいています。
*10)白川(2008)では「日本のオーバーナイト金利のコントロールの正確性が高いのは、銀行券、財政資金とも予測精度が高いため、誘導目標を実現するために必要なオペ金額を比較的正確に把握しているからである(表8-8-5)。また、外生的な当座預金の予想増減額についての情報を公表することにより、民間銀行が資金繰り予想を立てやすいように努めていることも、大きな金利変動を防ぐことに寄与している」(P.172)としています。
*11)米ドルLIBORに代替されるRFRは担保付翌日物調達金利(Secured Overnight Financing Rate, SOFR)であり、米国債が担保となる金利(つまりレポレート)です。SOFRについては今後の論文で取り上げます。
*12)例えばスイスなどです。
*13)日本銀行「わが国短期金融市場の動向—東京短期金融市場サーベイ(21/8月)の結果—」のBOX 1において、円OIS取引の先行きに関する市場参加者の見方などもアンケートベースで紹介しています。
*14)従来、金利スワップでは、LIBORをインデックスとした金利スワップが主流でしたが、スワップ取引の時価評価については、2012年からJSCCにおいて、変動証拠金の計算に用いるディスカウントカーブをOISカーブとしています。いわゆるマルチカーブの世界に慣れている証券会社や銀行など金融機関にとっては、LIBOR移行によるディスカウントカーブの変更による影響は軽微かもしれませんが、まだOISディスカウントに移行していない投資家・発行体にとっては、金利スワップポジションの評価額(財務時価)が大きく変化する可能性もあり、社内外への説明など相応の準備が求められています。
*15)OISの利払いの実務面については日銀による「日本円OIS(Overnight Index Swap)─取引の概要と活用事例─」を参照してください。
*16)ここでの「後決め複利」とは金利計算区間の実現複利で最終的な金利が決まることを指しています。ただし具体的な計算方法はISDAの定義に準じます。
*17)社債などでは、国債の金利など、「ベース金利」にどの程度金利が追加されるかという意味合いで「ベース金利+スプレッド」という表現がなされます。社債の場合、このスプレッドには信用リスクや流動性リスクなどが含まれます。ベース金利には安全利子率(RFR)が用いられますが、国債の金利が用いられるだけでなく、LIBORやそれに紐づくスワップ・レートが用いられることがあります。この点は服部(2020a)で議論されています。
*18)日本では債券の利払いは通常半年に一回であることから、6か月間としています。
*19)OISの場合、市場慣行ではフィクシングしてから2営業日後に支払います。
*20)ブルームバーグ「三菱商事が劣後債1300億円を条件決定、初のTONA参照」(2021/9/3)を参照。
*21)金利指標問題に関する意見交換会「債券のフォールバック等について」を参照してください。
*22)後決め複利の計算に際しては、多くのデイカウント・コンベンションが想定されています。「日本円金利指標に関する検討委員会」は、後決め複利のコンベンションに関する理解促進を目的として、TONA複利の利息計算に係るツールを公表しています。詳細は下記をご参照ください。
      https://www.boj.or.jp/paym/market/jpy_cmte/cmt210910a.htm/
*23)この式は日本銀行(2018)を参照しています。
*24)「日本円金利指標に関する検討委員会」は「日本円金利指標の適切な選択と利用等に関する市中協議」を公表し、市場参加者等の意見を募りました。「日本円金利指標に関する検討委員会」は、2019年11月29日に「取りまとめ報告書」を報告し、「ターム物 RFR 金利が、現行の事務・システムや取引慣行との親和性が高いことを理由に最大の支持を得る」という結果を報告しています。
*25)期待仮説が成立する場合(フォワード・レートが実際に実現する場合)、両者は一致しますが、期待仮説は成立していません。詳細は服部(2019)を参照してください。
*26)1か月や3か月のOISの場合、固定金利の支払う(受け取る)一方、TONAの1か月(3か月)の複利を支払う(受け取る)仕組みがとられます。
*27)QUICKは、2020年2月に参考値の算出・公表主体に選定されました。公表にあたっては、市場参加者や金利指標ユーザーが事務体制等を整備するために用いる「参考値」の段階(フェーズ1)と、実際に取引に用いる「確定値」の段階(フェーズ2)の2段階に分かれます。「参考値」は、2020年5月から週次、10月から日次で公表されていました。
*28)例えば、2007年に日銀が実施した「OIS市場調査の結果」では「金利スワップ市場全体と比較すると、OIS市場はまだ参加者が限定的である。特に、本邦金融機関の取引はごく一部に止まっており、少数の外資系金融機関への集中度が高い、このため、市場流動性は必ずしも高くないといった点が指摘されている」と評価しています。
*29)例えば、日銀は「日本円OIS(Overnight Index Swap)─取引の概要と活用事例─」と呼ばれる報告書を公表しており、その中でOISとその他の金利スワップの取引の統計データなどの比較をしています。
*30)TONAファーストとは、流動性供給者による(ブローカー経由の場合を含む)気配値呈示を、円 LIBOR ベースからTONA ベースに移行するよう促すことを指します。
*31)「日本円金利指標に関する検討委員会」が公表している「円LIBORの恒久的な公表停止に備えた本邦での移行計画」に基づいています。
*32)債務負担件数でみると、OISは2021年10月で約7割までシェアを伸ばしています。
*33)米国の代替参照金利委員会(Alternative Reference Rates Committee, ARRC)はCMEグループが公表するターム物レートを承認しており、同レートはSOFR先物の取引価格に立脚して算出されます。
*34)実際、ゼロ金利政策や量的緩和政策を実施した際、我が国における短期市場の流動性が欠如することは問題点として指摘されました。2010年以降、各国で低金利政策が実施されたこと等を背景に、国際的に短期市場に流動性が枯渇し、そのことは売買に立脚したLIBORの構築を困難にしました。この問題意識は、2017年になされた、英国金融行為規制機構(Financial Conduct Authority, FCA)のベイリー長官の講演でも指摘されています。
*35)OTCデリバティブは相対取引であるがゆえ、金融危機時に取引の相手(カウンター・パーティ)がデフォルトすることで取引の相手側に多大な損失を与えました。このようなリスクをカウンター・パーティ・リスクといいますが、このリスクは金融危機を深刻化した大きな要因とされました。金融危機以降、カウンター・パーティ・リスクを軽減するため、清算集中義務が課され、中央清算機関を経由した清算が奨励される一方で、中央清算機関を経由しない店頭デリバティブについては証拠金規制により、より一層高い証拠金を求める規制が課されています。中央清算機関を通じたクリアリングの重要性や店頭デリバティブ規制については後日の論文で説明する予定です。クリアリングの詳細については富安(2014)などを参照してください。
*36)そもそも先進国でなければ金利先物市場や債券先物市場自体が存在しないことが少なくありません。
*37)国によって、ターム物RFR市場の流動性に差がでてくる可能性があり、異なる通貨の金利交換を行う通貨スワップの主要取引形態もそれに依存していく可能性があります。
*38)JSCCは、LIBORの恒久的公表停止への対応として、2021年12月3日の業務終了時点のJPY-LIBORを変動金利の決定方法とする金利スワップ清算約定をTONA(OIS)に変換するとしています。詳細はJSCCによる「金利指標改革(LIBORの恒久的な公表停止)に向けた当社金利スワップ清算約定の取扱いについて(OISへの一括変換について)」を参照してください。なお、2021年12月6日をもって既存のLIBOR スワップはTONA(OIS)に変換され、当該日以降は新規のLIBOR スワップは清算対象外となりますが、スワップションの行使によって発生するLIBOR をインデックスとするスワップはその後年末まで清算され、1月初めに一括変換されます(スワップションについては筆者が記載した「債券(金利)オプション入門 ―スワップションについて―」を参照してください)。
*39)クリアリングされていない金利スワップを「バイラテラル」や「バイラテ」などということがあります。
*40)例えば、6か月円LIBORについては0.05809%がスプレッド調整値になります。
*41)LIBORとOISのスプレッドは過去5年間をみるとトレンドを持った動きをしています。平均回帰した系列であれば5年のスプレッドの中央値は実態に合ったスプレッドになりえますが、トレンドを持った系列であると、その系列からスプレッドをとった値は実態と大きく乖離することが起こりえます。
*42)LIBORに紐づいた社債については我が国については劣後債などが存在します。劣後債の場合、最初の数年は固定であり、数年後、社債発行体が、期限前償還条項に基づく権限(コール権といいます)を行使しなかった場合、「6か月円LIBOR+〇〇」という形で金利が定められる傾向があります。その意味で、コール権を行使すれば、LIBORの使用を避けることができます。仮にコール権を行使しなかった場合、社債権者集会を開催するなどにより後継金利を決める必要が生じます。
*43)TORFをインデックスとするスワップが市場で活発に取引されていれば、5年国債を買って、TORFをインデックスとするスワップを払うことで、「TORF+スプレッド」というキャッシュ・フローを作ることができます。逆に、そのようなスワップが取引されていなければ、「TORF+スプレッド」という変動金利を支払う商品を組成するうえで、組成サイドにTORFの変動に係るリスクが残り、完全にヘッジできない状態が生まれます(例えば、OISを払うことでヘッジした場合、TORFと実際に実現するTONAの複利の違いが、組成サイドにリスクとして残ります)。
*44)なお、服部(2020b)ではアセット・スワップについて説明しましたが、アセット・スワップも国債と金利スワップのパッケージ商品でした。