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コラム 経済トレンド89

日本酒の需要拡大における情報の重要性
大臣官房総合政策課 調査員 白井  斗京/岡  昂一郎

本稿では、日本酒の消費拡大に向けた課題と、目指すべき方向について考察する。

日本酒業界の現況
・日本酒は日本で伝統的に製造されている酒であるが、その国内消費量は1973年をピークに減少を続けている(図表1.酒類別消費量)。
・そのような中、近年では所管官庁である国税庁やクールジャパン機構などによって、海外に向けたPRが積極的に行われている。輸出金額は増加を続け、この10年間で約3倍になっている(図表2.酒類別輸出額)が、国内生産に対する割合は依然として小さく、出荷のほとんどが国内需要向けである(図表3.日本酒の国内出荷、輸出額)。
・そのため、日本酒製造企業数は減少を続け(図表4.製造数量別企業数)、構成割合の大きい小規模製造業者は欠損・低収益(税引き前当期純利益が50万円未満)の割合が6割弱を占めている(図表5.製造数量別、欠損・低収益企業割合)。
・日本酒業界の発展のためには、需要の多くを占める国内市場と、増加している海外市場の双方での対策が必要である。

日本酒の売上増加・生存戦略の方向性
・しかしながら、販売数量の拡大にはどうしても限界がある。
・国内のアルコール市場は、高齢化と人口減少に伴い全体の消費量が減少する一方、その内訳は消費者の嗜好に合わせて多様化しており(図表1.酒類別消費量)、日本酒の市場環境は厳しさを増している。
・また、海外において、広く日常的に飲まれる酒になることも難しいと考えられる。フランスにおけるワイン、ドイツにおけるビールのように、各地域には、地域に根差した飲料が存在し、それらのシェアは長期的には減少しているものの、依然消費量の半分程度を占める(図表6.フランス、ドイツのアルコール消費量(純アルコール換算・15歳以上人口あたり))。これらの酒は地域の伝統的な食文化とも関連しており、日本酒がその地位を取って代わる可能性は低い。
・国内外ともに販売数量の拡大に限界がある以上、日本酒製造業者の売上増加と存続のためには高価格化が重要となる。
・近年、国内出荷、輸出ともに単価は増加傾向であるものの(図表7.日本酒の国内出荷、輸出単価)、日本酒と同じ食中酒でアルコール度数も近いワインと比較すると、日本酒は品質の割に価格が低く(図表8.品質評価と価格の関係)、今後も高価格化の余地はあると考えられる。

日本酒消費における情報伝達の重要性
・販売数量を維持しつつ高価格化を実現するには、多くの消費者に高い付加価値を認識してもらう必要がある。しかし、消費者一人一人が、自ら製品の付加価値の高さを認識し、製品を購入する機会を見つけることは難しい。
・日本酒の中には、世界的な酒であるワインに劣らない高品質な製品が存在しており(図表8.品質評価と価格の関係)、生産者が1000社以上存在し(図表4.製造数量別企業数)、製品の味わいが多様である。一方で、味の好みも消費者によって多様に分かれている(図表9.消費者の味の好みの多様性)。そのため、日本酒の国内消費は小売においては消費者に多くの情報を伝達できる一般酒販店の販売割合が他の酒類よりも高く(図表10.酒類別のチャネル割合)、飲食店においても「店員のすすめ」が重視されており(図表11.飲食店で飲用する際に重視する点)、価格やラベル以外の情報も得た上での消費行動が推察される。
・より多くの消費者が、製造業者や流通業者からの情報伝達によって、自身にとって美味しい(=付加価値が高い)と思う日本酒に出会うことで、高価格を受容する消費者が増え、高価格化と販売数量の維持が実現するだろう。
・高い付加価値を認識してもらうための消費者への情報伝達は言語、文化の異なる海外においても一層重要であるが、約46%の製造業者は「流通業者に一任しているため販売先不明」と回答しており(図表12.日本酒輸出の販売先)、誰に販売されているかを把握していない。このような状態では、消費者にとって有効な情報の発信をすることは難しいだろう。

日本酒のさらなる情報発信に向けて
・日本酒業界の発展には、消費者にその高い付加価値を認識してもらう必要があり、そのためには各プレーヤーが製品の魅力を理解し、消費者に伝えることが重要である。日本酒製造業者は自社製品の製造方法、食べ合わせ等の特徴を把握し、それを流通業者に発信しなければならない。流通業者がそれを消費者に分かりやすく伝えることで、消費者は好みの日本酒に出会えるであろう。
・飲食店が消費者により情報を発信できるようになるために、日本ソムリエ協会では、2017年に日本酒・焼酎に特化した資格「SAKE DIPLOMA」を創設した(図表13.DIPLOMA資格保有者数推移)。日本酒製造業者が直接海外の流通業者や飲食店に製品情報を伝えられるように、国税庁では、各地で日本酒を周知するイベントを行っている(図表14.日本酒普及イベント)。さらに、日本酒製造業者が直接消費者に情報伝達できるように、海外向けプロモーションを支援する越境ECサイトや、ペアリングや飲み方等を提案する国内向けECサイト等が誕生している(図表15.EC販売サイト事例)。
・需要縮小に苦しむ製造業者にとっては、これらの取り組みを利用し、直接間接に消費者に自社製品の特徴や魅力を発信し、認知してもらうことが重要である。

(出典)財務省「貿易統計」、経済産業省「工業統計」、国税庁「酒のしおり」、国税庁「清酒製造業の概況」、WHO「Global Status Report On Alcohol」、WHO「European Status Report on Alcohol and Health 2010」、WHO「Global status report on alcohol and health」、ボルドー格付け61シャトー一覧(https://wine-temiyage.com/bordeaux_grands_crus_classes_61/)、日本酒製造業者各社HP、日本政策投資銀行「福島県の日本酒再興戦略~酒処ふくしまの更なるブランド力と知名度向上に向けて~」、国税庁「酒類小売業者の概況」、国税庁「清酒製造業者の輸出概況」、一般社団法人日本ソムリエ協会HP、国税庁「酒類行政の取組等について」、ECサイト各社HP

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。