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コラム 海外経済の潮流136

米国経済とFedのコミュニケーションの考察 July 2021-Talking about, talking about, what?-
大臣官房総合政策課 海外経済調査係長 金城(きんじょう)  貴裕

1.Intro
 まずIce-Breakに文字通り熱い話を1つ。筆者と筆者の息子(小5)は、日ごろ互いの肉体と精神の鍛錬(たんれん)のため週末や休日に10km程のLonger-Run Goal*1を目指しジョギングJoggingをしている。ただ、夏場に入ってから、息子は「暑い、疲れた。」などと言うので、こまめに木陰で休憩を取って、ジュースなどを買い与えているのだが、親として「これはトレーニングといえるのだろうか」と、ふと悩むことがある。
 思えば、筆者が息子と同い年だった頃に通っていた母校那覇市立与儀(よぎ)小学校は、南国沖縄の中心地にありながら、当時、教室にはエアコンがなく、夏は毎日汗だくで、勉強どころか遊ぶことさえフラフラしてしまう環境だったと記憶している。
 温暖化が進む現代においては、多くの学校にエアコンが配備され、快適になっていると聞く。筆者の息子や母校の後輩与儀っ子たちには、文明の利器や科学技術をうまく使いつつも、一生懸命勉強や運動に取り組み、環境の変化にも順応しうる丈夫な体と精神を養(やしな)い、これからを生き抜いてほしいと強く思う(まるで結(むす)びのようなテンションの書きぶりになってしまったが、まだintroである。皆様には本稿のラストまで読んでいただけたら幸いである)。
 さて、本稿では夏の気温でも経済の注目度でもHot*2な国、米国の金融政策動向について、「(1)米国のマクロ経済指標」および「(2)FOMC(2021年7月開催分まで)の動向とパウエル議長の発言」の2つの視点から考察を加えることとした。

2.米国のマクロ経済指標
(1)実質GDP成長率
 2021年4-6月期の米国の実質GDP成長率は、前期比年率+6.5%と4期連続でのプラスとなっており、水準でみるとコロナ禍による落ち込みから回復し、コロナ前の水準を上回る結果が示された。
(2)物価*3
 足下の物価は、前年同月の弱さに伴うベース効果に加え、経済活動再開に伴う需要増大と供給逼迫(ひっぱく)により、前年比で+4.2%の伸びで、足下ではFedの物価安定目標の2%を上回っている。
(3)雇用*4
 7月の米国雇用統計において、非農業(ひのうぎょう)雇用者数(こようしゃすう)(NFP:Non Farm Payroll)は94.3万人増加。経済再開等を背景に着実な雇用の回復が続いているが、雇用者数の水準は、コロナ前(2020年2月)の水準(15,252万人)対比で、依然として570万人少ない状況。
図表(1):実質GDP成長率寄与度分解(暦年・四半期)
図表(2):PCEデフレータ
図表(3):雇用者数

3.FOMCの動向とパウエル議長の発言
 Fedは雇用最大化や物価安定目標*5に向けた進展状況を経済指標や地区連銀報告等を通じて確認し、FOMC*6において政策を議論しているとみられる。
 6月のFOMCでは、SEP*7およびドットチャート*8を公表し、複数の指標が前回3月の公表時よりも上方修正された。
 7月のFOMC後の記者会見で、足下の状況を踏まえ、パウエル議長は「テーパリング*9の時期をいつにすべきか等、深い議論をおこなった。*10」と発言した。
図表(4):SEP
図表(5):ドットチャート

4.おわりに
 最後にもう1度Ice-Breakを。読者の皆さんが真夏の沖縄にいるような気分になれる熱いことを書きたい。先日、筆者は上司に「難しいことを、簡単・簡潔・丁寧に説明することを心がけなさい*11。」と仕事上のアドバイスを受けた。このアドバイスを受けた後、筆者は「この場面、既視感(きしかん)あるな」と、自身がかつて見聞きした3つの場面を述懐(じゅっかい)していた。
(1)既視感その1【とあるシステム部で】*12
 以前、某システム関連の部署で働いていた新人時代、当時の上司(経営幹部)に「プログラミング言語のJavaとCobolの違いを、技術的に説明しても素人や年寄りには分からん。要は比喩(ひゆ)Metaphorを使うのだ。例えば、Javaはエイゴ*13でCobolはアラビア語、と言う風にイメージを掴(つか)みやすいよう言い換えるんだ、これがメ・タ・フ・ァーだ(キリッ)。」とCoolな指導を受け、「では、安価なICチップ(IC chip)は言い換えると、ポテトチップ(Potato chip)ですね?」と聞き返したら、その上司から今度は逆にHotな指導を受けてしまうこととなり、以降その上司への定例業務報告はHot potato*14になってしまった。言葉の言い換えや場の空気を読む力等、適切なコミュニケーションが非常に難しく感じるのは、37歳になった今でも変わっていない。
(2)既視感その2【とあるFOMC記者会見で】
 以前、パウエル議長は、4月のFOMCの記者会見で上昇基調が続く株式市場等に関して質問を受けた際「(バブルではないが)小さく泡だった状態だ。that are a bit frothy.*15」と発言していた。その発言について、筆者は、パウエル議長の聞き手への配慮を感じ取った。また6月のFOMC記者会見時にはテーパリングの時期について質され「(テーパリングの)議論開始のための議論をした。you can think of this meeting (that we had) as the “talking about talking about” meeting*16」という、間をとりつつ復唱するといった話法も交え、繊細(せんさい)なスピーチを心がけているように見えた。68歳という年を重ねても、適切なコミュニケーションを模索(もさく)するパウエル議長の姿勢を見て、若輩(じゃくはい)者の筆者は胸が熱くなった。
(3)既視感その3【とあるダンス教室で】
 プライベートな場面でも、コミュニケーションは出来るだけ丁寧にすべきだと思う。特にエイゴは国際語と言われ、日常に溢(あふ)れているが、よく耳にする簡単な単語だからとアバウトに使っては良くないと実感する出来事に出くわした。筆者の趣味は社交ダンスで、特にLatin America、Blazil発祥のSambaが好きで、かれこれ20年の長期で練習を継続しており、プロも混じるプロアマの全日本戦(All Japan Professional and Amateur Mixed Competition)に出場し、ノービス級で優勝*17を果たしたこともある。しかし、長年経験を積み実績も出した得意のSambaですら、Native Speakerに伝えにくいWordがあることを、つい先日知った。それはサンバロック(Samba Lock)だ。日本語のカタカナで書くとLockもRockもロックだぜぇ、日本人ワイルドだろう矢沢さんよぉ内田さんよぉ、というTake It Easyなノリは気をつけた方が良いかも知れない。先日とあるダンス教室でSambaの練習中、筆者の隣でNative Speakerと日本人がやや口論になっており様子を伺(うかが)っていたところ、そのNative Speakerは“Samba Lock? or Rock?”と、日本人の発音(と、その意図)を理解できず、コミュニケーション不全が起きていた。せっかく軽快(けいかい)なSamba musicの流れる教室内も、Lockだ?Rockだ?と、軽快から警戒(けいかい)な雰囲気に変わってまった(ここは、監獄(かんごく)jailだろうか)。簡単な言葉だと侮(あなど)って使ってはいけない事例といえよう。ダンスと同様、言語そしてコミュニケーション能力の習熟には、弛(たゆ)まぬ努力が必要なのだと心に刻んだ場面であった。
図表(6):サンバ写真「Happy End? No. Happy Mind!」筆者の情熱を込めたサンバが南風となり、海を越え多くの人へ、そして貴方の心へ届いてほしい。

終わりなきLonger-Run Goalへ
 やや長いIce-Breakになってしまったが本稿の結びに入る。
 筆者は日頃、経済指標分析などを担当していると、つい、そこにある用語や数字を、単なる情報として深く考えず都合良くあるいはいい加減に利用してしまうことがあるが、それは担当者として、未熟なことの証左(しょうさ)なのかも知れない。何故なら、経済は人類の活動によって生まれる枝葉(えだは)であるが、その人類の活動を支えてきた根幹(こんかん)は、何より良質な言語・コミュニケーションであったと、人生の先輩や偉人たちを見ていて感じるからだ。
 さて、筆者と息子(小5)が汗だくで駆け抜けた10kmのLonger-Runの日々は、いつかゴールを迎え、熱かった夏の日の遠い思い出となってゆくのかも知れない。ただ、筆者としては、これからも情熱を絶やさず、簡潔、適格で、比喩を使ってイメージしやすく、かつ前向きになれるような言葉や情報を社会に発信し後生に残してゆきたいと思う。
 引き続き、心に炎(ほむら)を灯(とも)して、米国経済情勢およびパウエル議長の発言*18等に注目してゆきたい。(本稿を最後までお目通しいただいた皆様、寄稿にあたってご協力いただいた職場の同僚および筆者の家族への感謝を、ここに記したい。そしてこの10月15日に70歳(古希)となる、父(則雄)へ、Happy Birthday!)。

(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、ありうべき誤りは全て筆者に帰する。
(出典・参考文献等)*19

*1)長距離走の意。正しくはLong distance running等と英訳すべきであるが、Fedの長期目標Longer-Run Goalを喩えた筆者のユーモアを込めた表現であることに留意。
*2)実際、今年の6~7月には米国のデスバレーで54度、比較的涼しい隣国のカナダでも50度に迫る歴史的かつ異常な暑さを記録した。
*3)足下の物価については、目標を上回って高インフレとなっているが、Fedとしてはそれを一時的と見ている模様。
*4)米国失業率(U3)は5.4%。日本が同2.8%である。また、本稿執筆中に公表された8月の雇用統計速報値では、NFPの増加が7月から鈍化したことや市場予想を下回ったこと等に留意。
*5)Fedの2つの法的使命(デュアル・マンデート:dual mandate)、詳しくは2020年12月号のファイナンスの筆者の寄稿「Fedの長期目標と金融政策戦略」を参照していただきたい。
*6)FOMC:Federal Open Market Committee(連邦公開市場委員会)米国の金融政策を決定する会合を指す。
*7)SEP:Summary of Economic Projections、FOMC参加者の経済見通しを示したもの。
*8)ドットチャートとはFOMC参加者の適切な金融政策の評価として、政策金利(FFレート)の目標レベルを、ドット(点)で示した図表の通称。
*9)Fedがコロナ禍等の危機対応で実施している資産買入等を段階的に縮小する手法。
*10)BloombergのMICHAEL MCKEE記者からテーパリングのタイムラインに関して質され「today, I've given you what I can give you because, again, this was the first really I would say deep dive on the issues of timing, pace and composition」と答えたもの。
*11)米国にかかる3資料「(1)超党派インフラ法案(2)財政調整パッケージ(3)債務上限」のレク時にいただいたアドバイス。3資料とも簡単簡潔に説明することができず、自身の未熟さを知った大変貴重な場面でもあった。上司にはとても感謝している。
*12)システム調達に関連し、コスト積算(FP法)を、経営幹部向けに行った際の話。利用するプログラミング言語や、電子機器・部品による性質や価格等を詳細に説明する必要があった。
*13)英語の意。筆者の尊敬する元上司(大矢 俊雄 氏)の執筆に倣った表現である。また同氏からは本稿の執筆にあたって、貴重なご意見を頂いたことへの感謝を、ここに記したい。
*14)Hot potatoとは、厄介な問題や難題を指す表現で、由来としては「熱々のポテト」のように、誰も手を出さないものを例えたものとされる。
*15)Yahoo FinanceのBRIAN CHEUNG記者からの株式市場の動向に関連する質問を受け、I think do reflect froth in the equity markets、やthe capital markets that are a bit frothy.と答えたもの。Bubbleという発言によって、マーケットにインパクトを与えないよう配慮している印象を受けた。
*16)CNBCのYlan Mui記者からテーパリングのタイムラインに関する質問を受け、パウエル議長は“you can think of this meeting that we had as the “talking about talking about” meeting, if you like.”と答えている。
*17)プロアマ戦の優勝および本稿の執筆にあたって、露口美咲先生には多大なご指導とご協力をいただいたことへの感謝を、ここに記したい。
*18)ジャクソンホールシンポジウム(例年8月に実施)でのパウエル議長の講演に注目している。
*19)(出典・参考文献等)Fed、米・労働省、米・商務省、SMBC日興証券、国際通貨研究所、BNP PARIBAS、アメリカ連邦準備制度(FRS)の金融政策(田中隆之)、各種レポート、各報道等