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コロナ禍におけるシンガポール、そして今後を見据えて
AMRO CMIMスペシャリスト 渡辺  直人

1.導入
2021年5月某日、生憎、午後からにわか雨です。テレワーク中ということもあり、自室の窓からぼんやりと雨が降っている外を眺めていました。丁度、二年前の今頃は、シンガポールにあるASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)のCMIMスペシャリストのポジションに応募し、宿泊先のホテルの一室で緊張しながら、最後の面接の準備をしていたのを思い出し思わず苦笑い。月日が経つのは早く、AMROの職員として働き始めて早二年が経ってしまったことに改めて気づかされました。
本稿の執筆依頼を受け、どのようなテーマで書くべきか正直迷いました。ASEAN+3の金融協力については、何度か別の機会に原稿を書いたこともあります。また、小職が担当しているCMIMはマニア向けのテーマであり、また、守秘義務もあるので、ASEAN+3の財務トラックで何を議論しているのかについて踏み込んで書くのも難しい。であれば、今回は少し趣向を変えて、シンガポールがどんな国なのか、に少し焦点を当てて書いてみようと思いました。
シンガポールを聞いて、皆さんはどんなイメージを持たれるでしょうか。「アジア四小龍」、「日本の淡路島とほぼ同じ面積」、「史上初の米朝首脳会談の実開催地」-いずれもシンガポールのことです。狭い国土と少ない人口(約570万人)をものともせず、政治的なリーダーシップや知恵をフルに使いながら、巧妙に他国と協力関係を構築。また、多様で優秀な人材を引きつけ、目覚ましい成長を続けてきた同国の歴史はみなさんもご存じかと思います。ですが、新型コロナ禍の折、経済の減速のみならずヒトの移動が妨げられることで、この国は少なからぬ脅威を受ける結果となりました。
本稿では、まずコロナ禍でのシンガポール当局の対応を概観した後に、シンガポールの今、そして、日本人一駐在員から見える将来を見据えたシンガポールとの関係について簡単に触れてみたいと思います*1。

2.シンガポールにおけるコロナ禍の変遷
◆2020年1月~6月:コロナ禍初期(サーキットブレーカー(部分的ロックダウン)発動)
2020年1月23日に初のコロナ国内感染者が認められた後、目立った感染の広がりが確認されず、水際対策も厳格に実施されていたことから、当初は世界保健機関(WHO)もその対応を高く評価するほど抑え込みに成功していると見られていました。しかし、同年4月以降、感染が急速に拡大し、感染数は1か月余りで20倍以上に増え、8月初旬までに合わせて5万4000人を超えました。このうち感染者の9割は、シンガポールの経済発展を支える外国人労働者30万人が占めていました。外国人労働者は狭い寄宿舎(dormitory)で、一部屋に10人程度が同居し、トイレやシャワーを共有する集団生活を余儀なくされ、感染が広がりやすい環境にいることが理由と見られ、シンガポール政府は外国人労働者へのPCR検査を強化して全容を把握するとともに、新たな寄宿舎の建設を進め、感染者抑制を目指しました。
同年の4月7日~6月1日の間、コロナ感染を防ぐために、部分的ロックダウンであるサーキットブレーカー措置が取られました。この期間は学校、オフィス・店舗(特例もあり)も閉まり、飲食店は持ち帰り・デリバリーのみ対応、運動や食品の買い出し等以外の不要不急の外出は認められず。この抑え込み措置は、耐え忍ぶ2カ月でしたが、コロナ感染者数を激減させる効果がありました。(下記図表 ASEAN+3メンバー国の新型コロナ感染者の推移(7日間移動平均)参照)

◆厳格な水際対策を実施
シンガポール政府は水際対策を定期的に見直し、渡航者からの感染の輸入及びコミュニティへの感染リスクを管理しています。より厳格な水際対策を講じることで、予防的かつプロアクティブにコロナ対策に取り組んできていると思われます。2021年7月19日現在、シンガポールへの入国規制措置は、以下のようになっています。
・長期滞在パス(労働パスおよび帯同者パス(EP、S Pass、DP等)を含む)所持者以外は入国不可。長期滞在パス保持者も、(再)入国には当局の事前承認が必要(承認を得ずにシンガポールに到着した場合、滞在パスの永久剥奪等の処分の対象となる)。
・出国前72時間以内にPCR検査を受検し陰性の証明書を取得(入国審査時必要)
・入国時PCR検査受検(費用160ドルは自己負担。事前予約が望ましい)
・入国後14日間*2政府指定施設(Stay Home Notice(SHN)と呼ばれる)での隔離(費用は自己負担)
・隔離終了前の指定された日にPCR検査を受検
(費用125ドルは自己負担)陽性の場合は、3週間療養施設に隔離。

◆入国後の自己隔離(SHN)はどんな感じか?
私は、2020年12月半ばから翌年1月の半ばまで、1か月間、一時帰国し、日本とシンガポールの水際対策を肌で感じる機会を得ました。東京オリンピック開催に向けて、日本も水際対策が厳格化されてきているようですが、シンガポールのそれと比べると、まだまだ生ぬるいと感じられなくもありません。以下、シンガポールにおける自己隔離生活とはどんな感じなのか、以下、個人的な感想も含めてご紹介させていただきます。
2021年1月某日、無事にシンガポールへ入国手続きを終えると、空港のスタッフに案内されて、来た順に15人程度のグループに分けられました(2021年7月現在、入国時にPCR検査受験が必須とされていますが、当時は、これが不要となっていました)。
そして、そのグループ毎にホテルに向かうツアーバスのような大きなバスに乗せられます。そのバスには行き先は書いてありません。行き先は、着いてからのお楽しみとのこと。無事にバスが出発しました。グーグルマップを起動し、現在位置からホテルを推測し始める人もちらほらいます。シティ方面にバスは向かいます。バスはそのままぐんぐん進み、ノベナを通過し、オーチャードへ向かう道を左折しました。
「これは、オーチャード付近なのかな!?」と途端にざわつき始める車内。そんなドキドキな中、バスが到着したのは、5つ星の某ホテル。車内に欧米の方の歓声が上がったのを覚えています。ホテルに到着すると、バスからスーツケースを降ろすホテルスタッフの姿が。スーツケース1つ1つに丁寧に除菌スプレーを吹きかけています。それが終わった後に、1人1人降車し、丁寧に全身にスプレーを吹きかけられます。徹底した除菌管理でした。その後、ロビーへ通されて、チェックインの書類を書きます。名前や国籍、パスポートナンバー、FINナンバー(ID)を記載しました。SHNに関する注意事項が書かれた紙とルームキーが配られ、部屋へと案内されます。因みにSHN費用はS2,000ドル(約16万円ほど)です。朝昼晩の3食付きですが、ホテルの部屋に缶詰めされます。部屋の窓も締め切りで開けることも出来ません。これを高いとみるか安いとみるか、微妙な感じがします。
その後、部屋へ案内されました。部屋の前の廊下はこのような感じでした。各部屋の外にテーブルがセットしてあります。このテーブルに毎日3食ホテルのSHN用の食事が届けられます。そして、部屋のルームキーは一度使うと二度と使えない仕様となっています。
つまり、隔離中に部屋の外に出てしまうと二度と部屋に入れないということです。さすがシンガポール、管理が徹底しています。
気になる部屋の様子は、以下のような感じでした。
ベットはキングサイズ。ベットリネンの交換は、週に二度ほど可能です。バスタオルやハンドタオルの交換は、ホテルの担当者に電話でお願いすれば、毎日交換可能でした。無論、部屋には洗濯機はありませんので、14日間のSNH中は毎日、シャワー室に備え付けのボディソープを使い、洗濯していました。運動不足になりがちなので、YouTubeなどを見ながら筋トレ等のエクササイズをやっていましたので、体重の大幅増加は回避できました。
SHN期間中、朝昼晩3回、検温する必要があります。人材開発省(MOM)の職員が、日に三度、律儀にしかもランダムに電話が来て体温の報告を求められました(ホテルから、検温記録用の紙も配布されます)。加えて、SHN3日目辺りに、MOMの職員からWhatsAppに連絡があり、ホテルの部屋に居るのか確認するため、部屋の様子をビデオで見せろと指示がありました。
下の写真が、SHN〇日目のある日の朝食、ランチ、夕食(右より順)になります。
毎日、微妙に内容の違う食事が3食提供されましたが、さすがに何日が続くと空きがきます。そのような時には、Grabなどのデリバーリーを利用したり、友人からの差し入れなどで、変化を付けつつ14日間の隔離生活を耐え忍びました。
SHN13日目に、PCR検査を受けました。結果が、陰性であれば翌日のお昼ごろ開放となるはず予定でしたが、その日の夜に、封筒が配られました。中身を確認すると、なんとSHN証明書が入っていました。PCR検査の結果は、翌日に通知されるとのことでしたが、この証明書を頂いたといことは、100%陰性という結果ということなんだろうと、ほっと一安心でした。そして、その封筒の中には、ホテルの宿泊半額券が入っていました。有効期限は、今日から1年間です。こうしたおもてなし、意外と嬉しいものです。
SHN最終日、PCR検査の結果を待ち続けました。しかし、待てど暮らせど結果連絡がこない。ホテルのチェックアウト予定は12:00なのに、10:00過ぎても来ない。ヤキモキしていると、10:30頃、人材開発省(MOM)からSMS経由で陰性の連絡が来ました。よかった!これで、無事に隔離生活終了です。その後、MOMから来た陰性である旨のSMSのスクリーンショットをホテルのマネージャーにメールで送り、チェックアウト時間を教えてもらいます。チェックアウト時に、混み合わないように、時間をずらしているようでした。最後まで徹底している…。シンガポール流石です。
さて、話を本題に戻しましょう。シンガポール国内でのコロナ対策が具体的にどのように行われているのか、以下、簡単にご説明させていただきます。
誰にもわかりやすい段階規制「フェーズ」を導入
2020年6月2日以降、シンガポール政府は段階的に規制を軽減する指針、フェーズ1~3の導入を決定しました(詳細は参考1参照)。これは、フェーズは段階的に、「どのような状態になったら、行動規制が緩和されるか、またそのために国・国民として何をすべきか」の指針です。以後、コロナ禍の状況の変化に併せ、シンガポール政府から公式に、フェーズごとの細かな規制詳細が発表されています。

(参考1)コロナ禍における、シンガポールの段階的行動規制
フェーズ1:Safe Re-opening(安全な再開)
2020年6月2日より、シンガポールは、感染リスクの高くない経済活動から順に再開。リスクの高い、社会、経済、娯楽活動は引き続き閉鎖。外出についても、引き続きエセンシャル(必要不可欠)な場合のみとし、マスク着用。高齢者は、自宅待機が推奨。

・Safe Workplaces(職場の安全):安全管理対策を取ったうえでビジネス再開
職場に戻ることが許される国民が増え、感染のリスクをおさえた状態でビジネスの再開も許可。在宅勤務ができる者については、引き続き在宅勤務。自動車整備、エアコン整備、基本的なペット関連サービス、美容院・理容室のすべてのサービスなど、再開できるサービスが増加。多くのリテール店舗、飲食店での飲食、その他個人的なサービスは、この段階では再開は認められず。
・Safe Home and Community(自宅とコミュニティの安全):家庭を訪問できるのは1日1回最大2名
各家庭は、同居していない両親または祖父母の訪問が可能。しかし、どの家庭も訪問は1日1回として、訪問者は、同じ世帯から2名まで。子どもの面倒を見てもらうために、両親または祖父母の家に子どもを預けることが可能。
冠婚葬祭も再開、但し最大10名まで。礼拝所も再開可能だが、個人的な礼拝のみ。
家庭外の人との接触を制限するために、エセンシャルでない活動および親交を深める目的での集まりなどは引き続き禁止。
・Safe School(学校の安全):小学校・中学校の卒業学年は毎日登校
小学校・中学校の卒業学年は、毎日登校となるが、それ以外の学年は、在宅学習と学校での授業を隔週で実施。学校内では、マスクまたはフェイスシールドの着用を要求。学童保育も再開、幼稚園は徐々に再開。課外活動、塾・習い事は、複数クラスや他校との交流を促すので再開せず。
・Safe Care(医療の安全):必要不可欠な医療サービスは継続
ヘルスケアサービス、予防治療サービス、1対1での補完医療サービスが再開。
その他すべての高齢者向けの活動は、引き続き停止。ただし、周囲のサポートがまったく、またはほとんど受けられない高齢者のために、高齢者サービスセンターは徐々に再開。
フェーズ2:Safe Transition(安全移行)
第2フェーズでは、再開可能な活動がさらに増加。フェーズ2への移行は、フェーズ1開始から数週間コミュニティ内感染率が安定して低い状態が続き、外国人労働者の寮内感染が落ち着いてから。次のような活動が徐々に可能に。
・少人数での社会的な活動
・安全管理対策をした上でさらなるビジネスの再開(飲食店での店内飲食、リテール店舗、ジム・フィットネススタジオ、塾・習い事
・すべての学生について学校への完全復帰、高等教育の学内への学生の復帰
フェーズ3:Safe Nation(安全な国家)
第3フェーズとなる頃には、シンガポールは「ニュー・ノーマル(新常態)」に到達。有効なワクチンまたは治療法が開発されるまでは、この状態を継続。
・社会、文化、宗教、ビジネスの集会・イベントが再開できますが、集会の規模が制限。
・長期間の濃厚接触、閉鎖された空間で混雑のリスクがあるようなサービス・活動(スパ、マッサージ、映画館、劇場、バー、パブ、ナイトクラブ)が再開。
・高齢者は、セーフディスタンシングを守り、混雑した場所を避けたうえで、日常生活に戻ることが可能。
(出所)シンガポール政府、シンガポール保健省
◆2020年7月~2021年4月は「フェーズ3」移行で市中に活気
2020年実施のサーキットブレーカー以降、コロナ感染者が市中では0~1桁が続き、同年12月には規制措置が最終段階のフェーズ3にまで移行し、それまでの外食5名縛りから8名まで可能となりました。またレジャー目的の海外旅行は、コロナ禍の影響を受けて下火になっていましたが、香港までの特別な旅行のパッケージが企画されるなど、コロナ感染症対策の山場を越え、市中の生活は活気づいていました。
なお、部分的ロックダウン後にシンガポールが成功したのは、QRコード等を利用した安全な入場システムの構築がポイントでした。シンガポールの職場、学校や店舗の入り口では、QRコードにスマホをかざす「セーフエントリー」が必須になっています。それらの場所を訪れた人はQRコードをスキャンしてオンラインでチェックインし、その場所を出るときにチェックアウトする必要があります。これは、新型コロナウイルスの陽性者と接触した可能性のある人々を追跡できるようにするための仕組みで、この方法は多くのコストをかけずに実現し、成功裏に導入されました。
なぜならシンガポールでは全ての市民がFINと呼ばれるデジタルIDを所有し、このアプリに応用出来たからだと思われます。このデジタル技術を生かした接触者追跡システム「トレーストゥギャザー(TT)」のアプリ*3もしくはトークン(小型端末)(下の写真参考)の普及率は、全人口の7割を上回っています。駅の改札同様に、機器をかざすだけで施設の入退場登録を済ませられる「タップ・アンド・ゴー」方式のシステムも随時導入が進んでいます。
接触者追跡システム「トレーストゥギャザー(TT)」のアプリもしくはトークン(小型端末)は、監視カメラを使ったソリューションと比較して、監視に対する懸念が少なくて済みます。特に、個人情報におけるプライバシーや、その情報がどのように追跡、管理されているかについて多くの国で議論が活発に交わされるようになっています。日本でも追跡アプリ(COCOA)導入時には、似たような議論があったのは記憶に新しいところです。
この問題に関して言えば、市民が政府を信頼するかどうかは、個人から集めたデータの利用方法について、政府が市民へどう説明するかにかかっていると思います。この関連では、シンガポールでは、政府がQRコードチェックインで集めたデータの用途を最初に公開し、丁寧に説明しました。同政府は、情報公開と透明性を重視したため、市民とのコミュニケーションに成功していると思われます。

写真:トレーストゥギャザー(TT)
写真:トークン

◆2021年5~6月はクラスター発生で「フェーズ2」に後戻り
アフターコロナの雰囲気に満ちていたシンガポールですが、2021年5月に海外からのコロナ変異種の流入等により、再度のコロナ感染クラスターが発生しました。そのため段階規制が「フェーズ2」の中でも厳しい規制措置のある「phase 2 heightened alert period」となりました。
◆「phase 2 heightened alert period」における規制措置とはどんなものなのか?
2021年5月16日~6月13日の「phase 2 heightened alert period」の主な規制ポイントは次の通りでした。
・外出や集まりの人数は2名まで(親子の場合等、特例もあり)
・飲食店での外食禁止
・学校(小・中学校、高等専門学校、ジュニアカレッジ)の閉鎖(5月28日まで。6月から地元の学校は長期休み)、インターナショナルスクールは引き続き休み、または厳しい規則に従い運営)
・ショッピングモールの人数制限
・美術館等の人数制限
・一般家庭に訪問できる人数は、訪問業者も含めて1度に2名まで(1日最大2名)
・オフィスでの勤務の非推奨、等
◆2021年6月~現在:一旦、フェーズ3「Heightened Alert」へ移行するも、クラスター感染の拡大により、7月下旬よりフェーズ2「phase 2 heightened alert period」に逆戻り
シンガポール政府は、市中感染の減少を受け、2021年6月14日から、社会・経済活動制限の段階的緩和(フェーズ3「Heightened Alert」)への移行を発表しました。グループ行動の人数制限を5人までに引き上げる他、同月21日からは飲食店での店内飲食を解禁するとしてしました。しかし、その後、複数のカラオケバー(KTVラウンジ)やナイトクラブが飲食店(F&B)などの施設から多数のクラスターが発生したことから、7月16日、シンガポール当局は、すべてのナイトライフ施設の営業停止、及び飲食(F&B)施設内での飲食の人数上限を5から2名に縮小を発表。同月18日には、更なる市中感染の拡大を受け、高齢者を始めとするワクチン未接種者に対し、今後数週間は外出を自粛するよう「強く」勧告。同月20日には、同22日~8月18日の間、フェーズ2「heightened alert」へ再び戻る旨の発表がなされました。こうした背景には、カラオケバー(KTVラウンジ)や漁業関係者の間でクラスター感染が拡大があるようです。なお、当局は、予防的措置として、海鮮市場や海鮮屋台を閉鎖し、海鮮を扱う業者にPCR検査を実施しています。
現在、アジア新興市場国で変異株におる感染再拡大の動きが広がっています。ここシンガポールでも今まさに*4同じような事態に陥っています。コロナ対策では、「優等生」と呼ばれる同国ですが、今後も気の抜けない状況が続くものと思われます。

図表.最近の新型コロナ感染者数の推移(2021年7月19日現在)

◆新型コロナウイルスの対応は長期戦に(当局は累次の経済対策を実施)
新型コロナウイルスに伴う経済状況の急速な悪化を受けて、シンガポール政府は2020年2月から8月までに計5回、企業や個人への支援パッケージを発表しています(参考2 シンガポールのコロナ関連経済対策の概要)。同政府はパッケージの中で、雇用主に従業員の10カ月分の月給の25~75%を補助する「雇用サポート・スキーム(JSS)」を通じて雇用維持を支援し、不動産保有主を通じて商業物件のテナントの賃料に充てるなど経営コスト負担の軽減を図ってきました。こうした政府の支援総額は929億Sドルと、GDPの20%弱の規模に達しているとも言われています。
しかし、政府支援が継続される中、長引く国内景気の落ち込みは個人の生活も直撃しています。支援パッケージのうち、失業し収入の3分の1を失った低・中所得者向けに一時金600Sドルを支給する「一時支援金(TRF)」の申請者は、2020年4月の1カ月間で約59万人に上ったようです。

3.「ウィズ・コロナ」時代に向けて
2021年6月1日、シンガポール首相のリーシェンロン首相は、自身のフェイスブックで「新型コロナウイルスへの対応は短距離レースではなく、マラソンのようなものだ。ワクチンが開発されたとしても、以前の状況には戻らない」と述べました。コロナ感染と今後のシンガポールの在り方」については、下記3点を強化することで、今後大きなクラスターを防げる、また、近い将来には諸外国との往来を可能にし、シンガポールの経済復興と繁栄が期待できるとの見方も示しました。これは、長期にわたる「ウィズ・コロナ」の時代へのシンガポール政府の意思表明と捉えられています。
(リーシェンロン首相のスピーチで強調された3点)
1.迅速な感染有無の確認テスト(近日中に検査キットが薬局で入手可能に)
2.感染経路の追跡システム(Trace Together他)
3.ワクチン接種(シンガポール全国民・住人に対しての早急なワクチン接種の推奨)
また、2021年6月24日、シンガポール政府の新型コロナウイルス対策チームに参加する閣僚3人(ガン・キムヨン貿易相、ローレンス・ウォン財務相、オン・イエクン保健相)は、英語紙The Straits Timesに寄せた論評で、「ウィズ・コロナ」時代を見据えた今後の在り方を示しました。
具体的にはロックダウン(都市封鎖)措置や現行の大規模な接触追跡、1日ごとの集計体制を撤廃し、隔離期間なしの移動や大規模な集まりを認めるとし、新型コロナをインフルエンザや手足口病、水ぼうそうなどと同様に、風土病(endemic covid-19)扱いとし、通常の生活に戻る道を提案しています。
このアプローチのカギとなるのが新型ウイルスワクチンの接種率です。シンガポールでは7月初めまでに国民の3分の2が少なくとも1回の接種を受け、8月9日までには3分の2が2回の接種を完了する見通しとなっています。ワクチンが感染や重症化を防ぐ効果は高いと強調し、患者数の動向についてはインフルエンザのように、重篤な症例や集中治療室(ICU)の収容人数を監視し、また、ワクチンは追加接種が必要になる可能性もあるとして、数年間にわたる接種計画の策定を提案しています。
検査は大規模なイベントの前や海外からの帰国時など、特定の状況に限って実施。その際、PCR検査よりも速くて手軽な検査法を導入するとしています。およそ1~2分間で結果が出る呼気検査法の採用も検討するとのこと。同時に効果的な治療法の開発も進むだろうとも指摘しています。
また、ワクチンと検査、治療薬に加え、市民一人ひとりの衛生習慣や、体調の悪い時は人ごみを避けるなどの心がけも求められるとし、結果として、新型ウイルスに感染した患者への対応は近い将来、大きく変わることが予想されるとも指摘しています。

4.シンガポールの強み
以下、シンガポールにおける、(1)デジタル技術の活用、特にキャッシュレス化の進展や(2)環境に配慮した取り組み(グリーン)について、簡単に触れるみることとします。
(1)シンガポールにおけるデジタル技術の活用(特に、キャッシュレス化の進展について)
シンガポールは間違いなく、デジタル技術の活用では世界の最先端を走っています。それを牽引する強い政府、担当官庁(シンガポール金融管理局他)が存在し、そして人材も豊富です。
特に、電子決済を用いたキャッシュレスの推進は、デジタル化を進めるシンガポールが最も力を入れている分野の1つです。
シンガポールの15歳以上の人口に占める銀行口座保有者割合(2018年)は98%、デビットカードの保有率は90%を超えています。また、銀行が発行するATMカードには、通常、VISAやMasterのデビット機能がデフォルトとして付与されているため、キャッシュレス決済の手段として、デビットカード等を用いた非接触型店頭決済が普及しています。
シンガポールの電子決済環境整備の歴史の中で外すことの出来ないのは“PayNow”です。これは、2017年7月に導入開始された、携帯電話番号又は身分証明番号のみで銀行口座間送金を可能とする電子決済サービスです。
これまでシンガポールでは、当時既に各主要銀行がそれぞれ異なるモバイル決済サービスを提供している状況で、提供銀行によってアプリや送金の仕組みが異なっていること、また、当該サービス提供銀行のみでの取引が中心でした。
この点、PayNow導入により、参加16行のシンガポールの銀行口座を保有してさえいれば、異なる銀行の口座間でも、相手の銀行口座番号を知らずとも、携帯電話番号又は身分証明番号のみで容易に送金することが可能となりました。また、企業間の資金決済はもとより、企業による給与や保険金等の支払いなど企業―顧客間の資金決済にも活用の途が開かれることとなったのは、画期的なことと言えるのではないでしょうか。このシンガポールのPayNowの経験を、日本におけるモバイル決済サービスの統一化に向けた取り組みに何らかの形で生かせないのか、専門家の更なる検討に委ねたいと思います。
(2)環境(グリーン)に配慮した取り組み
デジタルと並び政府が力を入れようとしているのがESG(環境・社会・企業統治)関連、なかでも環境に配慮した取り組みです。シンガポール政府は2021年2月10日、環境行動計画「シンガポール・グリーンプラン2030」を発表(参考3 2030グリーンプランの概要)しました。これは、2030年までに国を挙げて取り組むべき環境政策の包括的なプランです。同政府は、持続可能な環境を整備して国民の暮らしを守ると同時に、環境に優しいエネルギー源を確保し、クリーンな燃料車の普及を後押しする方針を示しています。また、環境プロジェクトに必要な資金を調達するためのグリーンファイナンスなど、新たなビジネス機会の創出も目指すとしています。
シンガポール金融管理局(MAS)は、今年1月1日から、環境や持続可能性に配慮した事業などへの融資を促進する助成制度「グリーン・アンド・サステナビリティー・リンクト・ローン・グラント・スキーム(GSLS)」を設けました。これは、融資を受けるためにかかる費用の助成などを行う、政府の支援制度です。
なお、モビリティーの分野でも、政府はガソリン・ディーゼル車の利用を段階的に減らして40年までに廃止する目標を設定しました。実際、政策の一環として、EV(電気自動車)のシェアリングステーションが街中にさり気なく設置されています。加えて、EV工場の誘致のみならず、充電用のEVステーション設置の促進、環境に配慮した自動車の購入を促進するための販売奨励金の強化など、関連する取り組みが目白押しです。

5.結語
駆け足で、シンガポールにおけるコロナ禍の進展、ポストコロナ時代へ向けた当局の取り組み、及びシンガポールの強みなど概観してまいりました。
特に、新型コロナによるパンデミックは、あらゆる分野でのデジタル化を加速させています。対面でのリアルなコミニュケ―ションに代わり、デジタルを通じた取引、デジタル経済の拡大は製造業や小売業といったビジネスだけでなく、教育などあらゆる領域に拡大しています。今後も更にデジタル化が拡大していくことが予測される中、香港と並ぶアジアの金融ハブであり、加えて、デジタル競争力を持つシンガポールは、アジアにおけるデジタル経済構築のための拠点として、益々、注目を集めるものと見込まれます。
政治的なリーダーシップや知恵、そしてほかの国と広く、巧妙に関係を構築することによって多様で優秀な人材を引きつけ、目覚ましい成長を続けてきたシンガポールをいう小国のポテンシャルは、今後も衰えることなく、その力を如何なく発揮されるものと思われます。我が国も、ポストコロナを見据え、デジタル化、環境配慮(グリーン)を重要政策の柱として据えており、こうした分野に強みを持つシンガポールとの連携強化を図っていくことが重要になっていくと思われます。