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還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―

2.麻薬犯罪と地下資金

国際通貨基金(IMF)法務局 野田  恒平

図表.本章の範囲

要旨
■米国では、税犯罪を起点とする金融捜査の手法に立脚し、中南米カルテルとの「麻薬戦争」の中でマネロン罪が創設された。麻薬犯罪の悪質性と、それに収益源を支えられた犯罪組織の巨大化・凶悪化が、今日のマネロン罪の基礎にある。
■日本においても、特に覚醒剤との関係において、麻薬犯罪は暴力団を始めとした犯罪組織の伸長と軌を一にして来た。マネロン罪の効果的運用に当たっては、麻薬犯罪という、マネロン罪の出発点を、常に意識することが必要である。
■麻薬と地下資金対策との関係は、犯罪組織のみならず、テロ組織や国家的アクターにまで広がる。これは、犯罪収益がテロ・核開発に係る地下資金として還流しており、これらが密接な関係に立っていることを象徴的に表すものである。


国際的な地下資金対策をテーマとするに当たり、まずもって、麻薬問題について触れない訳にはいかない*1。マネロン罪の対象となる犯罪収益を産む、いわば前段階の犯罪は「前提犯罪(predicate offences)」と呼ばれる。この前提犯罪は、現在では主要な犯罪類型のほぼ全てをカバーしており、麻薬関連の犯罪に限られる訳ではない。そうであるにも拘らず、少し迂遠になりつつも、麻薬問題という原点に一旦回帰してからのアプローチが有効である理由は、以下の2つである。
第一に、マネロンの犯罪化自体が、実は麻薬との闘いの中から生まれて来たものであり、両者は「麻薬なくしてマネロンなし」という条件関係にあると言って過言でない程、密接な関係を有するものだからだ。国際条約においても、我が国の国際法規においても、はじめにマネロン罪が導入されたのは麻薬犯罪の文脈においてである。マネロン罪は、犯罪組織との対決のために創出された叡智であり、その中核には、このような組織の資金源としての麻薬犯罪が、常に存在して来た。麻薬犯罪の抑止という文脈の中にマネロン対策を位置付けることで、その政策的意義を、より明瞭に浮かび上がらせることができるものと考える。
第二に、全世界的に見た場合、麻薬取引はそれ自体として犯罪行為であることは言うまでもなく、その収益がテロ組織や国家的アクターによる資金獲得手段にもなっているためである。これは、具体的には中東地域を中心としたイスラム過激派や、北朝鮮等の活動と関連している。現在の世界の地下資金対策の大きな柱は、マネロンに加えテロ資金及び核開発資金等への規制であるが、これらの間の大きなクロスオーバーの存在を象徴するのも、また麻薬なのである。
ここでは、これらの観点から、麻薬と地下資金対策の関係性につき、俯瞰してみたい。

写真:パブロ・エスコバル(出典:Colombian National Police, Public domain)米国の「麻薬戦争」の中でも、エスコバルのメデジン・カルテルとの闘いは熾烈を極めたが、その過程で世界に先駆け、マネロンの犯罪化が行われた。

1.米国におけるマネロン罪成立
そもそも、マネー・ロンダリングという犯罪類型が相当に異様な存在であることにつき、再度指摘しておきたい。今や、「マネロン」という言葉が、ある種の犯罪行為を示すものとして社会に広く浸透しており、それ自体は歓迎すべきことだ。しかし、入口においてその異質性を感じることなく、これを所与として受け容れてしまっては、マネロン罪が生み出されて来た背景とその意義に、辿り着くことはできない。
他人の身体に危害を加える殺人や傷害、また、財産に損害を与える窃盗や詐欺等と違い、マネロンは必ずしもそれ自体として、人間の感性として「悪い」と思える行為ではない。もちろん、ロンダリングの対象となる犯罪収益が生み出された元々の犯罪、つまり前提犯罪は、まともな人間であれば当然「悪い」と思える行為である。他方でマネロンは、有り体に言えばその本体たる犯罪の収益を隠すだけの、いわば二次的な行為に過ぎない。刑法の用語で言えば、本来は罰すべき対象ではない「不可罰的事後行為」ということになる。ではなぜ国際社会は、これを敢えて犯罪構成要件化し、真正面から刑事司法の標的とするという、一見無茶とも言える選択をしたのであろうか。
前回、米国において脱税捜査によってアル・カポネを追い詰めた禁酒法時代につき話したが、時は1960年代まで進む。この頃の米国は、その後20年程にも及ぶことになる、否、捉え方によっては現在まで続く、「麻薬戦争(Drug War)」と呼ばれる麻薬犯罪との闘いが始まった最中であった。
米国では伝統的に、麻薬と言えばコカインが主流であった。これは、南米を原産地の一つとするコカの木から生成されるものである。このコカインを中心とした麻薬収益で巨万の富を築き、コロンビアのメデジン・カルテルを率いて現在に至るまで麻薬王の代名詞ともなっている存在が、パブロ・エスコバルである。エスコバルは、コカインを米国市場に流入させ、その儲けによって貴族さながらの豪奢な暮らしを送ると同時に、警察や敵対カルテルに対抗するため私兵部隊と重火器を擁し、その様子はまるで一国の軍隊のようであった。エスコバルは、競争相手達と血みどろの抗争を繰り広げると同時に、自らを取り締まろうとする政府関係者には「銀か鉛か(plata o plomo)」、即ち、賄賂を受け取るか銃弾を浴びるかの選択を迫り、容赦なく攻撃の対象とした。その態様は、規模・残虐性の何れにおいても、一犯罪組織の行動として我々日本人が想像し得る範囲を遥かに凌駕している。1985年11月6日、コロンビアの首都・ボゴタの最高裁判所をエスコバルと結託した反政府ゲリラが襲撃・籠城し、国軍との銃撃戦の末、最高裁長官と判事を含む100人以上の死者を出した。これは、米国への自身の身柄引渡しを阻止するための企みとされる。国家間の犯罪人引渡については、論点として重要であるため、後続の章で触れる予定である。また1989年11月27日には、彼のカルテルとの対決姿勢を示していた大統領候補暗殺のため、同人が搭乗予定と見られた民間航空機を丸ごと空中で爆破し、無関係の乗客・乗員を、やはり100人以上も殺害した(暗殺自体は未遂)。
社会の深刻なコカイン汚染に悩まされた米国も、いつまでもこの傍若無人振りを傍観してはおらず、エスコバル打倒のため、「戦争」の名の通り警察的・軍事的な直接支援による現地介入を進めた。1993年12月2日、エスコバルは隠れ家を急襲した治安部隊によって射殺された。しかし、彼の死は同時に、麻薬とそれを資金源とする犯罪組織との闘いが、決して終わることのないものであることを示すものでもあった。間もなくメデジン・カルテルは壊滅するが、麻薬の密売拠点はコロンビア国内の別のカルテル、更には国境を越えてメキシコ等周辺国に移り、米国には今も麻薬の流入が続いている。なお、エスコバルが射殺された際に幼なかった彼の息子は、その後、父の築いた麻薬ビジネスとは一切関わることなく、アルゼンチンに亡命して、市井の人として人生を送っている。その彼が、自らの家族の歴史を振り返り、また、父の手下によって暗殺された当時の政治家の息子達と対面し、加害・被害の立場を超えて和解していく過程がドキュメンタリー映画として収められており(『わが父の大罪―麻薬王パブロ・エスコバル(原題:Pecados de Mi Padre)』)、当時から現代に至るこの地域の社会情勢をも、良く知ることができる。
さて米国としても、このような直接的介入だけで解決できる問題には限界があることも良く理解していた。この期間を通じ、各国に対して麻薬組織関係者の引渡しを求めると同時に、国内においては、アル・カポネを刑務所送りにした金融捜査の手法を先鋭化させ、資金面から犯罪組織を追い詰めるという手法を確立させる。その手始めとなったものの内主要な法律は、1970年に制定された、RICO法(Racketeer Influenced and Corrupt Organizations Act)と、銀行記録・外国取引法の2つである。前者は、組織犯罪に対する包括的対処を企図し、組織犯罪への加重刑・収益の没収・被害者の民事的救済等を定めると同時に、犯罪組織が合法な組織を乗っ取って違法収益を上げること(infiltration)を防ごうとするものであり、ここにおいて、組織犯罪をその他の犯罪類型から切り出して規制するという枠組みが示された。後者は、米国内の金融機関が手掛ける現金取引について、(1)5年間の記録保存、及び(2)10,000ドル以上の場合に報告を義務付けるものであり、ここにおいて、金融機関が第一のゲートキーパー機能を果たすという、現在に繋がるマネロン規制の原型が作られた。
しかし、これは銀行を対象にしたいわば間接的な統制であり、各種義務の不遵守や、利用者側の潜脱行為によりその限界が次第に明らかになって来た。そして1986年、その名もマネロン規制法(Money Laundering Control Act)が成立し、はじめてマネロン自体が正面から犯罪化されるに至るのである*2。「マネロンの犯罪化」と一言で言ってしまえば軽く響くが、その背景には、麻薬を主要な収益源とする組織犯罪の、常軌を逸した悪質性がある。そのような悪質性に対抗するためには、取り締まる当局の側も、既成の概念には収まり切らない強力な武器が必要であり、この流れの中で生み出されたのが、マネロン罪に他ならない。この「非犯罪の犯罪化」が持つ重い意味を、常に心に留め置く必要がある。繰り返しになるが、マネロン罪は常識的な構成要件ではない。それは、マネロン罪が、麻薬を軸とした組織犯罪という、限りなく非常識・不条理な敵と対峙するためのものだからである。

図表1.米国でマネロン罪が成立するまで

2.日本の麻薬犯罪と暴力団
以上のような、麻薬とマネロンの深い関係は何も米国に限った話ではない。なぜ組織犯罪の中核に薬物があるのかについて、ここからは、我が国の歴史及びデータに則し検討してみたい。米国の麻薬市場が、伝統的にコカインを中心に発展して来たのに対し、日本は覚醒剤がその主な商品である。
まず中核にあるのは、薬物嗜癖(しへき)と呼ばれるその中毒性だ。実際、麻薬犯罪の再犯率は、驚異的に高い。日本において直近では、覚醒剤取締法違反で検挙された成人の内、約67%が同一罪名再犯者、即ち、過去にも覚醒剤で逮捕された者である。また、同法違反の入所受刑者の内、再入所者率は、男性に限って言えば76%に達し、逆に、再入者の前刑罪名別構成を見ると、窃盗や傷害・暴行といったメジャーな犯罪を抑え、同法違反は78%にも上っている*3。理性的判断が作用しなくなり、やめたくてもやめられない、というのが麻薬中毒である。麻薬とは正に、人ひとりの人間性の根幹を破壊し、ひいては、アヘン戦争が歴史的教訓として残す通り社会全体をも揺るがしかねない、憎むべき究極の社会悪と言えよう。
そして、それを供給する犯罪組織の側としては、製造・入手の困難性を背景とした独占性という、圧倒的優位性を有している。多くの麻薬は、化学的な生成プロセスを経て製造される。日本で主流である覚醒剤についても、国内で秘密裡に製造ファシリティを保有することは難しく、流通される覚醒剤のほぼ全ては密輸入によって供給されている。具体的には、大別して中国系、メキシコ系、そして西アフリカ系の海外グループが関与しており、国内の暴力団をはじめとした犯罪組織に卸しを行っている。国内犯罪組織は、そのような取引のために、表の世界のビジネスマンさながらに、海外グループの拠点に事前に渡航して「商談」を行うことも稀ではない。このように、薬物、特に覚醒剤は製造から末端の販売に至るまで極めて組織的に行われるものであり、このようなプロセスを個人のレベルで行うのは不可能である。
中毒性という特質により、需要サイドにおいては、法外な対価を厭わない乱用者という常客が絶えず、かつ、供給サイドは犯罪組織がほぼ独占していることにより、麻薬ビジネスの極度の高収益性が論理必然として帰結される。覚醒剤に関して言えば、海外の麻薬犯罪組織から密輸する時の価格は、およそキロ当たり100万円と見られている。これが、国内の「サプライチェーン」を経て、使用者の手に渡る際には、グラム当たり6万円、つまり、当初の60倍となっている。乱用者の数や使用量等から推計すると、末端の密売人レベルでの年間売上は、およそ3,800万円と見積もられる*4。当然、他のどんな業種や投資でもこれ程利益率が良いものはなく、犯罪組織にとっては正に濡れ手に粟の稼業である。近年では水際での取締強化が奏功し、コンスタントに年間1トンを超える密輸押収量があるが、それでも、成功裡に国内で流通できた分でこれだけの利益を上げられれば、十分にお釣りが来るであろう。
上記の通り、麻薬犯罪が組織犯罪である一方で、この資金源こそが犯罪組織の強大化を招いて来たと、いう逆向きの因果関係をも指摘すべきである。事実、我が国においても、麻薬犯罪の歴史は暴力団の伸長と軌を一にして来た。
日本の麻薬犯罪の歴史は、大きく3つの時期に分かれる*5。まず第一期は、第二次世界大戦後から1950年代中央までの時期である。この時期には、戦時中に軍隊や工場での疲労回復のための軍需物資として生産された覚醒剤が、終戦とともに市中に放出され、社会の混乱の中で蔓延した。代表的な市販薬の名称を取って「ヒロポン時代」とも呼ばれるこの時期に、その対策のために、現在に連なる覚醒剤取締法も制定されている。第二期は1960年代までの時期であるが、この時期には覚醒剤の使用が一時的に減少し、覚醒剤の刺激作用とは反対の抑制作用を有する、ヘロインを中心とした麻薬が流行を見た。これは、ヘロインの原料であるあへんが社会に流出したものであるが、これも出元を辿れば旧日本軍であった。従って、この時期までにも暴力団等の関与はあったものの、その度合いはある程度限定的なものだったと考えられる。
それが大きく変わるのは、1970年~90年代までの長きにわたる第三期、「第二次覚醒剤乱用期」と呼ばれる時代である。ここにおいては、第二期において減っていた覚醒剤が再び盛り返すことになる。この時期には、警察の第一次頂上作戦等で弱体化の憂き目を見た暴力団が、新たなシノギを探していた。この頃は折しも、化学的合成による覚醒剤製造技術が確立された時でもある。暴力団は、特殊な技術を要する製造から、密輸までを担う海外の犯罪組織と大規模に手を結び、覚醒剤を違法ビジネスとして確立したものと見られている。ここに至り、我が国においても、覚醒剤を中心とした麻薬犯罪と、暴力団等の犯罪組織との関連性が、揺るぎないものとなった。
やや古い推計とはなるが、平成元年時点において、暴力団の年間収益1兆3,019億円の内、覚醒剤が34.8%を占め、これを、賭博・ノミ行為やみかじめ料、民事介入暴力といった非合法収益にだけ限れば、その43.3%を占めるものと見られている*6。そして、覚醒剤取締法による検挙人員数に占める暴力団構成員等の割合も一貫して高く、直近では43.5%となっている*7。つまるところ、麻薬犯罪を効果的に取り締まることは、かなりの部分において、犯罪組織自体を制圧することと重なると言って、差し支えない。このことは、マネロン罪の誕生した米国と日本で、規模感の相違こそあれ基本的には共通した社会事象である。

図表2.覚醒剤の取引価格

3.当局に与えられた武器
このような「組織犯罪としての麻薬犯罪」に着目し、それに対峙しようとした場合、当然、通常の形で対処するのでは足りない。つまり、その犯罪行為が組織的に行われるがゆえに、末端の実行者はいわば「使い捨て」の手足に過ぎず、彼らを個別に検挙するだけでは、組織そのものの壊滅には至らないのだ。このこともまた、米国であれ日本であれ、世界のどこでも変わることはない。
そこで、当局の側には強力な武器が3つ与えられた。それが、本稿の主要テーマである(1)マネロンの犯罪化に加え、(2)コントロールド・デリバリー、そして(3)没収制度の拡充である。これらは、一連の国連条約の中で整備され、それを受ける形で我が国においても国内法化されて来た。(3)については、「ヒトからカネへ」という刑事司法政策上の視点の転換という意味において、マネロン罪創設と対をなすものであって、FATF基準にも大きな要素の一つとして取り込まれている。詳細は後の章に譲るが、犯罪に関わる収益や物品を剥奪することによって、ビジネスとしての麻薬犯罪を丸ごと壊滅させようという試みであり、運用の仕方によってはとてつもないパワフルな効果を持ち得るものである。
他方ここでは、FATF勧告に言及がありつつも(勧告31)、本稿の他章で触れる予定のない(2)について、簡単に説明しておきたい。コントロールド・デリバリーとは、取締機関が規制薬物等の禁制品を発見しても、その場で検挙・押収することなく、その運搬を監視・追跡し、その取引に関与している人物や組織を特定する手法で、マスコミ等は「泳がせ捜査」と呼ぶこともある。具体的には、日本に届いた貨物をX線検査したところ、覚醒剤と思われる陰影を検知したとする。例えば、実際にあった事例としては、輸入された重機のローラー部分に大量の覚醒剤が仕込まれていたのを、税関で発見したというものがある。この場合、当局としては、その場で覚醒剤を押さえても良いが、それでは流通実態の全容解明に迫れない。
そこで、その流通を突き止めるために覚醒剤を泳がせて追尾を試みようと考える。その際まず検討するのは、そのブツをダミーに入れ替えるという方法である(クリーン・コントロールド・デリバリー)。禁制物品を市中に流すことのリスクに加え、そもそも法律上、本来的に税関長は、発見された禁制物品に対して、そのままの形では輸入許可を行えないからである。ダミーに入れ替えるのであれば、法的な障壁は高くない。しかし、入替えの際に、重機の切断・再溶接といった作業を施した場合、犯罪者にそれを感付かれてしまう危険性がある。そのような場合に、現物の覚醒剤が入ったままの状態で輸入許可をし、泳がせることをライブ・コントロールド・デリバリーという。もっとも、これは法の建前上、思い切った例外措置である上に、万が一にもブツが流出するといった実務上のリスクもある。従って、その対象は無制限ではなく、麻薬特例法において麻薬犯罪に限り限定的に認められている*8。反対に、麻薬同様に税関での水際取締の対象である、偽ブランド品等の知的財産権侵害物品については、同じような形での現物の泳がせ捜査をすることはできない。麻薬犯罪は、その組織性・悪質性に鑑み、ここでも他の禁制品とは一線を画する扱いを受けているのである。
このように、マネロン罪の創設はそれだけで自己完結するものではなく、麻薬犯罪という究極の組織犯罪に対抗するために、それを制圧しようとする側の武器庫に格納された道具立ての一つとして理解する必要がある。マネロン罪を、窃盗罪や詐欺罪といった伝統的な犯罪類型と並べても、その本質について十分な理解を持つことはできない。むしろ、コントロールド・デリバリーや没収と並ぶ、ある意味で過激とも言える「重火器」の一つとして把握することで、はじめてその真の刑事政策的意義を認識できるのである。そして、その強力な武器の潜在力をどこまで活かせるかは、ひとえに官民に亘る制度設計と運用に掛かっていることは言うまでもない。
加えて、こと刑事司法当局の立場からは、特に心に置いておくべきことが三点ある。第一に、冒頭に述べた通り、現在マネロンの前提犯罪は麻薬犯罪に限定されてはいないが、その捜査・起訴に当たり当該事案の組織性というものは、常に意識されるべきということである。前提犯罪の拡大により、麻薬犯罪以外の、必ずしも類型的に組織犯罪であるとは言えない犯罪までもが多くカバーされることとなった。しかし、個別の事案において、組織性のないものまで須らくマネロン罪に引っ掛けて処断することまでは、法の求めるところではないであろう。当局としても、リソースは無限ではない以上、犯罪組織の制圧という本来の立法趣旨に立ち返り、重点的な資源投下を行うべきだ。第二に、マネロン罪を活用するに当たっては、個別的な事案に同罪を適用するだけで満足すべきではなく、その背後にある資金構造を解明し、組織を芋づる式に摘発する努力(いわゆる「突上げ捜査」)を、より積極的に行うべきである。犯罪組織がビジネスとして反復継続的に犯罪行為を行っている以上、それを取り締まる方も、点ではなく、線、更には面へと視野を広げ、彼らに対峙していく必要がある。逆に言えば、そうしなければマネロン罪導入の趣旨は全うされない。そして第三に、社会の変化に伴う新たな前提犯罪の存在に、常に敏感であるべきである。即ち、麻薬同様、高収益・組織性といった、組織犯罪の基本的な特質を満たす違法ビジネスのモデルの出現を感知し、これに対して、マネロン捜査の手法を駆使し、先手を打って対応していかねばならない。世界は常に、麻薬犯罪的な萌芽を数多く抱えている。
これらの点を考える際に、マネロン罪創設の出発点であり、かつ今でも組織犯罪の中核にある麻薬犯罪との闘いの歴史に今一度思いを馳せることは、決して無駄ではない。麻薬犯罪は、これからも地下資金との闘いの、スクウェア・ワンであり続けるであろう。

図表3.麻薬犯罪と政策対応

4.テロ組織・国家的アクターと麻薬
ここまで、麻薬犯罪と犯罪組織の深い関係性を見て来た。この担い手における組織性という点を突き詰めた主体として、テロ組織や国家的アクターの存在を無視する事はできない。前章で述べた通り、テロ資金規制や、特定国による核開発資金等の遮断は、広く本稿の対象とする地下資金対策に含まれるものであり、別物でありつつも、相互に重なり合う部分も大きい。犯罪収益とは、言うまでもなくそのカネの発生源に着目した定義であり、他方、テロ資金等はその使途に着目した概念である。当然、両者の定義に同時に当てはまるカネというものは、理論上存在し得るし、現実にもかなりの規模に上るものと考えられる。地下資金の還流図(図表4 地下資金の還流(概念図・再掲))で言えば、アンダーグラウンドな犯罪収益が、地下水脈のまま、又はマネロンを経て一旦表の経済に浮上した後、テロ資金等へと還流していく各々のフローが正にそれに当たる。
まずは、麻薬犯罪とテロ組織のネクサスであるが、これは世界の複数の地域に存在する。米国の麻薬戦争との関係では、コロンビアにおいて、FARC(コロンビア革命軍)や「4月19日運動」といった反政府ゲリラ組織は、パブロ・エスコバルらの麻薬カルテルと手を結ぶ等して、麻薬取引をその大きな資金源にしていた。特に、後者の組織は、エスコバルへの助力のため、前述の最高裁判所占拠事件を引き起こした張本人達である。もっとも、これらの組織は現在では武装解除し、合法政党として同国内で政治活動を行っている。
他方、現在に至るまで特に大規模な関係性が指摘されているのが、アフガニスタンにおける、ケシの実を原料とするヘロイン等のアヘン系麻薬の生産と、それを資金源とする、タリバン、及び関連するテロ組織の存在である。2020年のUNODCの報告によれば、直近5年の世界のアヘン生産の内、84%がアフガニスタンにおいて行われ、その輸出は、様々なルートを通じて世界中に広がっている*9。そして、米軍の撤退とともにアフガニスタンの支配を取り戻したタリバンは、2018年には年間4億ドルに上る収益を麻薬取引によって上げており、これは彼らの全収益の4分の1以上に当たるとされる*10。具体的には、まずはアフガニスタン国内において、ケシの栽培、ヘロインの生成、流通といった各段階でタリバンが従事者を庇護すると同時に、手数料等の名目で収奪が行われる。そして最終的な末端での販売利益については、現金輸送等に加え、地場の送金業者を主要なチャンネルとして、アフガニスタン国内に還流しているものと見られる。これは、そもそもアフガニスタンでの金融取引の5~9割をこのような送金業者経由が占めている上、銀行ルートでの送金が当局の監視により困難になって来たことが、更に拍車をかけたものと分析される。地理的には、いくつかの金融的拠点都市、特にドバイがこのような送金のハブになっているものと目されている*11。従って、この文脈での地下資金対策においては、このような業態・地域を特に高リスクと見て、対応を行わなければならない。
更に、地理的にその流通ルートにもなっている場所に活動拠点を置く、トルコ・イラクのクルド労働者党(PKK)やレバノン・シリアのヒズボラ等、麻薬取引に収入を頼るテロ組織は複数存在するものと見られる。国際社会は、流通の取締りに加え、ケシから合法作物への転作を進めることでこれに対応しようとしているが、上記の通りテロ組織は支配地域での不法な「徴税」を行っており、その過酷な取立てに応じるために、合法作物からケシへの、逆向きの転作を余儀なくされるという事態も発生している。
麻薬に関わる地下資金の大きな流れとしてもう一つ想定されるのが、国家的アクターである。特に、日本との地政学的関係においては、北朝鮮による外貨獲得手段としての麻薬密売疑惑が重要である。国連制裁委員会に設置された北朝鮮制裁に係る専門家パネルは、既に2010年の段階で、北朝鮮が他の違法行為と並んで麻薬の取引に関与している可能性に言及している*12。最近では、欧州4ヵ国の共同制作で2020年に公開されたドキュメンタリー映画において、欧州の親北朝鮮団体を通じたデンマーク人男性の10年に亘る潜入取材により、北朝鮮の様々な外貨獲得工作が浮き彫りにされ、国際的に大きな反響を呼んだ。この映画は、NHKでも『潜入10年 北朝鮮・武器ビジネスの闇』として放送されたが(原題:The Mole:Undercover in North Korea)、この中で、北朝鮮がウガンダ政府の協力の下、ビクトリア湖上の島に病院等を偽装した覚醒剤の製造施設を計画していた旨が触れられている。この告発については、2021年の専門家パネル報告書にも言及があり、パネルとしてウガンダ政府に質問状を送るとともに、今後も調査を継続するとされている*13。
日本政府はこれまでのところ、麻薬の密売に関し、北朝鮮当局の関与を公式に確認できてはいない。他方で、1997年から数年間、北朝鮮を仕出地とする覚醒剤の大量押収事犯が急増した時期があった*14。具体的には、同年から2002年までにおいては、大量押収事犯の約35%を北朝鮮仕出のものが占めており*15、北朝鮮の国家体制も考え合わせれば、少なくともこの時期には何らかの国家的関与があったと考えることにも、一定の合理性は認め得るであろう。しかし、このような関与が仮にあったとしても、それが体制の中でどの程度のレベルによるものなのか、そして、麻薬取引による収益が、現在の地下資金対策の枠組みにおいて正に捕捉しようとしている、核開発等の資金にどの程度紐付けされ得るものなのかについては、更にベールに包まれている。
以上、簡単ではあったが、麻薬が犯罪組織による収益に留まらず、テロ・核開発等に還流する資金を生み出す存在であることを解説した。当然だが、テロ組織や国家的アクターの関与が疑われる違法行為は、麻薬取引に限られるものではない。しかし、ここでも麻薬がそのような結節点としての象徴的な存在であり、また、いくつかの主要な主体にとっては、引き続き現実に大きな収入源となっている可能性があることが、お分かり頂けたかと思う。なおタリバンに関しては、本稿執筆中にアフガニスタンの統治を奪還し、現在進行形で武装組織から国家的アクターへと変貌しつつある。このように、これらの間の峻別は、時として流動的なものである。

図表4.地下資金の還流(概念図・再掲)
図表5.世界のヘロイン流通
写真:アフガニスタンで行われているケシ栽培

前章・本章と二度に亘り、地下資金対策の歴史背景的事情と政策的必要性、即ち、国内法で言うところの「立法事実」に当たる部分を説明して来た。いよいよ次章からは、そのような要請に応えるための具体的な制度設計、及びそれが現状抱える課題について、議論を進めて行きたい。
※本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。

*1)「麻薬」の定義は実は多義的であり、特に日本の法令との関係では注意を要するが、本稿では社会での一般的用法に従い、特段の断りがない限り、違法薬物全般を指す最広義の意味で用いる。
*2)John Madinger, Money Laundering – A Guide for Criminal Investigators (Third Edition), CRC Press, 2012, P.23-26
*3)『令和2年版 犯罪白書』法務省 法務総合研究所、2020年11月
*4)松井由紀夫『薬物犯罪収益対策と薬物密売ビジネスに関する考察』警察学論集第73巻第8号・立花書房、2020年8月
*5)大谷實『新版 刑事政策講義』弘文堂、2009年4月、P.376-380
*6)『平成元年版 警察白書』警察庁、1997年
*7)前掲『犯罪白書』
*8)麻薬特例法(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(平成三年法律第九十四号))第4条
*9)2020 World Drug Report, UNODC, June 2020
*10)『国際テロリズム要覧2020』公安調査庁、2020年
*11)Financial Flows Linked to the Production and Trafficking of Afghan Opiates, FATF Report, June 2014
*12)Report of the Panel of Experts established pursuant to resolution 1874(2009), United Nations Security Council, November 2010
*13)Final report of the Panel of Experts submitted pursuant to resolution 2515 (2020), United Nations Security Council, March 2021
*14)『平成15年版 犯罪白書』法務省 法務総合研究所、2003年11月
*15)衆議院議員江田憲司君提出 北朝鮮による麻薬取引・紙幣偽造等の国家犯罪に関する質問に対する答弁書(第164回国会 答弁第162号)、2006年3月28日