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ファイナンスライブラリー

馬場  伸一 著 自治体監査の12か月―仕事の流れをつかむ実務のポイント
評者 渡部  晶
学陽書房刊 2021年6月 定価 本体2,400円+税

本書は、年間の業務を大まかにスケジュールで示し、その実務と重要な項目を解説するという学陽書房の「〇〇の12か月」の定番の1冊として、満を持して刊行された。
本書の構成は、はじめに、序章 監査事務局の12か月、第1章 4・5月の実務、第2章 6~8月の実務(決算監査、健全化判断基準比率等の審査)、第3章 無季 住民監査請求、第4章 9・10月の実務(やってはいけない事務処理)、第5章 11・12月の実務(行政監査、出資団体監査、財政援助団体監査、指定管理者監査)、第6章1~3月の実務(ダメな指摘と良い指摘)、おわりに、となっている。
著者は、1959年福岡生まれ、82年に東京大学法学部を卒業、福岡市役所に奉職。85年~92年に財政課、06年から12年に監査事務局第2課長であり、07年~09年には総務省「地方自治体における内部統制のあり方に関する研究会」委員を務めた。英国勅許公共財務会計協会(CIPFA)日本支部・地方監査会計技術者である。これは、CIPFAのCPFA(英国勅許公共財務会計士)制度を参考に、わが国自治体や医療機関・大学・非営利組織における公共財務管理の専門家を養成する目的で2014年に関西学院大学石原俊彦教授らの尽力で創設された。
監査実務を担う監査事務局は、首長から独立した地位を認められた、地方自治法で定める執行機関の一つである監査委員の補助機関である。「監査事務局への異動の辞令を渡され、『げっ』と思う人も多いと思います。そうです、監査は不人気職場。組織として小さいので、もともとマイナーな職場ではあるのですが、監査を受けた時の不愉快な経験をした人が多いこともあって『行きたくない』職場として認識されていることが多いようです」(22頁)という。そして、著者も2006年(平成18年)に突然監査事務局の課長に任命されたのは、「青天の霹靂」であったと回顧する。
しかし、「若干私が人と違っていたのは、すぐに監査の仕事を『面白いじゃん!』と思ったことかもしれません。若いころ財政課で7年間徒弟奉公し、『タテマエばかり』の予算要求にウンザリしていた私には、監査の職員さんたちが報告してくれる監査報告が面白くてたまりませんでした」といい、「監査を通じて見える各課の状況は、しょうもない間違いも含めてリアルな実情であると感じられました。財政課のときはすりガラス越しに表玄関やお座敷しか見せてもらえていなかったのが、いきなり鮮明なレンズで台所のゴミ箱の中を覗かせてもらったような印象でした。『監査は面白い!』これは、そのときから一貫して変わらぬ私の思いです」(180頁)という。
全国に、監査といえば、「福岡の馬場さん」として知られる著者が誕生した瞬間である。
「はじめに」で、元気な監査が健康な組織を作るとし、米国会計検査院のコア・バリューであるAccountability、Integrity、Reliabilityを紹介、特にIntegrityが重要だという。すなわち、社会環境が激変する今日、既存の制度・法令等が「現実に合ってない」と認める正直さと、それを改善していくときに自分の都合を優先しない廉潔さが特に求められているという。そして、監査は自治体の仕事の理論と実践を間近でリアルに学ぶことができ、非常に勉強になるので、「よその国では人気職場」だという(22頁)。「監査」の意義について、地方自治法には定義がないことを指摘しつつ、「エージェンシー問題」に対処するための制度であると喝破する(25頁)。監査は、プリンシパルたる国民に成り代わり、公務員の仕事を監視する重要な役割を負っている(29頁)のだ。著者は、「監査は組織にとっての免疫系であり、監査が機能しないと組織は病気になります。そういう自治体監査の重要性を訴え、全国の自治体監査事務局職員に元気を出してもらいたいという思いをこめて本書を書きました」と述懐する。
全体で約180頁とそれほど分厚い本でないが、記述の1つ1つに著者の見識や含蓄が光り、味わいがある。例えば、第2章の、「日本の地方財政制度は、夕張市のような極端に放漫な財政運営(及びそれを隠す粉飾決算)をしていなければ、そもそも巨額の赤字が発生することにはならない」という率直な指摘だ。また、第5章で、「現場は大変だけど『今さら止められない』指定管理者制度」とし、エージェンシー問題の典型としてのむずかしさを生き生きと描くあたりも必読である。まさに、監査が諸外国で人気職場であることを実感させられる。広く一読をお勧めする力作である。