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特集 公表から約1年が経過 「スマート税関構想2020」

取材・文 向山 勇

進捗状況
財務省関税局では、「貿易の健全な発展と安全な社会、そして豊かな未来を実現するために世界最先端の税関を目指す」ことを目的とした「スマート税関構想2020」を2020年6月に公表した。約1年が経過し、進捗状況はどうなっているかをレポートした。

写真:令和3年6月24日に公表した「スマート税関構想2020」の進捗状況
写真:EPAのメリットなど紹介したパンフレット

「スマート税関構想2020」の進捗状況
チャットボットによる相談対応や電子申告ゲートの設置などを推進
アフターコロナの旅客増を想定し手続の利便性向上を推進
財務省関税局は、2020年6月に公表した中長期ビジョン「スマート税関構想2020」の下、税関手続のデジタル化や相談対応の利便向上等の様々な施策を進めている。約1年が経過し、いくつかの分野では進捗が見られている。「スマート税関構想2020」が推進する4つの分野の進捗状況を紹介しよう。
一つ目はSolution(利便向上策)の分野。現在、コロナ禍にあって航空機旅客は減少しているが、アフターコロナに向けて旅客が戻ってくることを想定し、電子申告ゲート(Eゲート)の配備を拡大している。現在、7つの空港に58台の設置が完了し、ターンテーブルに手荷物が出てくるまでの待ち時間を利用して、「携帯品・別送品申告書」を電子的に提出することができる。手荷物を受取った後は、電子申告ゲートへ進み立ち止まることなく通過が可能。
一方で今年3月の関税法の改正によって、納税のキャッシュレス化も進めている。海外旅行客が帰国時の携帯品、あるいは別送品(帰国後6か月以内に輸入するもの)には免税範囲が決められている。これを超える場合には、納税が必要になるが、これまでは現金納付が基本だった。7月からはスマートフォン決済アプリ納付が可能になり、今後はクレジットカード納付にも対応し、納税のキャッシュレス化に取り組む。
また、航空機旅客以外の手続のデジタル化も進めている。輸出入業者の通関手続はNACCSと呼ばれるシステムで99%以上処理されているが、一部の手続は書面が必要だった。この手続のデジタル化を進めている。
相談対応の利便性向上の部分では、2月にチャットボットを活用した「税関チャットボット」をスタートさせた。当初は24年度まで検討する計画だったが、前倒ししてスマートフォンなどからでも、税関ホームページを通じて24時間365日問い合わせが可能になった。現在は税関手続に関するよくある質問への対応が中心になっているが、今後は専門的な問い合わせにも対応できるよう改良していく予定。
EPA(経済連携協定)利用者支援も行っている。EPAの利用によって、通常よりも低い関税率で輸入が可能になるが、この適用を受けるには原産地規則等のルールを満たす必要がある。これら手続を解説した動画をYouTubeの税関チャンネルで提供している。ショートバージョンとロングバージョンの動画を用意したほか、動画の内容を基にしたリーフレットを作成し、周知徹底を図っている。

関係機関や事業者からの情報収集や意見交換を進める
2つ目はMultiple-Access(多元連携)の分野。税関で先端技術を活用するにあたり、どのような利用方法があるかなど関係機関や事業者から情報提供を受けている。また、例えば業界団体、商社やメーカーなどの実際に輸出入に携わっている企業、あるいは輸出入業務を代行している通関業者、貨物を運ぶフォワーダー(輸送業者)などの貿易関係事業者に対しては、密輸入などの情報があれば提供を受けられるよう、パートナーシップ強化を図るとともに、スマート税関構想2020についての説明や意見交換も進めている。さらに、税関業務をスムーズに行うため、貨物が到着する前に事前電子情報を入手できるような働きかけも行っている。
AEO制度の利用拡大に向けた取組も進めている。AEO制度は関税法などの法律に則って、貨物管理及び法令遵守の体制がしっかり実施されている事業者に対し、税関手続の緩和・簡素化策を提供する制度。AEO制度の利用拡大のため、AEO事業者が利用する手続の一層の簡素化を進めている。
3つ目はResilience(強靭化)の分野。社会構造の変化や災害リスク等に備えるものだ。例えば地震や台風などの自然災害の被害を受けた場合でも、税関業務への影響を最小限にとどめるため、他の官署で輸出入手続を代行できる体制を整えている。また、災害等の情報を収集するAIサービスを利用して効率よく情報収集し、迅速な対応ができないか検討を進めている。
一方で税関職員のテレワークの推進にも取り組んでいる。これまで税関の職員は、税関官署の中で輸入申告の審査などを実施していた。これらの業務の中で一部業務を職員が自宅でもできるような環境の整備を進めている。また、税関では海岸線等の監視・取締りも実施しているが、ドローンなどの先端技術が活用できないかを検討している。

税関のビックデータを活用したAI解析の効果の可能性を検証
4つ目はTechnology&Talent(高度化と人材育成)の分野。税関では過去の輸出入実績など膨大なデータを蓄積しているので、これをビッグデータとしてAIに解析させることで、税関業務の高度化・効率化ができないかを検討している。例えば税関は税務調査の一環として事業者への立ち入り調査を行っているが、どの事業者を調査対象にするのがいいかなどを判断する際にAIの解析結果を参考にしたり、輸出入申告の審査・検査にAIを活用して職員の判断の支援ができないかを検討している。
RPA(Robotic Process Automation)の利用も推進している。RPAは職員が手作業していた定型業務を自動化するもので、すでに100以上の業務で実績がある。今後もRPA化を進めていく予定だ。また、税関職員の研修も進めている。最先端の技術を活用するために、例えばAIリテラシーを高めるための研修などを実施している。
「スマート税関構想2020」は、公表から1年を経て、以上のような進捗が見られるが、その実現に向けて、今後も様々な取組を進めていく予定だ。

写真:電子申告ゲートを利用する場合、ターンテーブルに手荷物が出てくるまでの待ち時間を利用して、「携帯品・別送品申告書」を電子的に提出でき、手荷物を受け取った後は、立ち止まることなくゲートを通過可能。
図表.スマート税関構想の進捗状況
図表.2021年2月にチャットボットをスタート
図表.税関申告アプリ(Eゲート用アプリ)
図表.YouTubeの税関チャンネル
図表.EPAを解説したパンフレット

(参考)2020年6月に公表された「スマート税関構想2020」の全体像
貿易の健全な発展、安全な社会、豊かな未来を実現する最先端の税関へ

「スマート税関構想2020」の背景となった6つの環境変化
税関には、3つの使命がある。それは(1)安全・安心な社会の実現、(2)適正かつ公平な関税等の徴収、(3)貿易円滑化の推進だが、税関を取り巻く環境は大きく変化しており、20年後、30年後も国民の期待に応えていくためには、税関業務の高度化・効率化を進めるとともに、利用者への一層の利便向上を図ること、及び関税局・税関の職員一人ひとりが自らアイデアを出し、業務改善を考え、将来像について考えていく文化を醸成していくことが重要となる。
そこで関税局では、AI等の先端技術も導入し、引き続き税関の三つの使命を適切に果たすとともに、国民の視点に立って、税関手続等における利便性の向上を図るなどにより、「貿易の健全な発展」、「安全な社会」、そして「豊かな未来」を実現する「世界最先端の税関」を目指すことを目的とした税関行政の中長期ビジョンとして取りまとめたものが「スマート税関構想2020」だ。
この取りまとめは、税関行政の中長期構想の第一歩であり、今後も環境変化の状況を把握し、また、諸外国税関の取組も参考にしつつ、検討を継続するとともに、必要な見直しを行っていく予定だ。
まず、「スマート税関構想2020」の背景となった、税関を取り巻く6つの環境の変化を紹介しよう。
(1)モノの流れ
スマートフォン等の安価に入手できるデバイスの普及、インターネット人口の増加等により、モノの流れが拡大傾向にあり、世界の越境電子商取引の市場は今後も拡大が予想される。また、通販サイトでの購入が増加し、輸出入物品の小口化・個人化が進むと想定される。さらにEPAの締結による貿易の拡大、船舶の大型化及び海上輸送網の構築による海上貨物の動向の変化も見込まれる。
(2)ヒトの流れ
政府は2030年に訪日外国人旅行者数を6,000万人とする目標を掲げているほか、日本人が海外旅行に出かけやすい環境を整え、国際相互交流の推進を図るための取り組みを進めており、今後、日本人の出入国者数の増加も予想される。
(3)カネの流れ
昨今、いわゆる暗号資産と呼ばれる決済機能を有し、かつ、デジタル情報技術を活用した資産が出現している。今後、法定通貨に代わり、暗号資産による貨物代金の支払いが一般化すると、暗号資産をどう課税標準として評価するのかといった課題に直面する可能性もある。
また、政府を挙げてキャッシュレス化を推進しており、旅具通関においてクレジットカードやスマートフォンによる納税を可能とする必要性が高まっている。
(4)社会構造の変化及び災害リスク等
今後の日本の総人口は、生産年齢人口(15歳~64歳)も含め減少すると推計されている一方、様々な少子化対策、定年の引上げなどの動きがあることから、社会構造の変化が地域経済等に影響すると考えられる。また、テレワーク等の多様な働き方を可能とする環境整備、台風や地震等のリスクへの備えのほか、新型コロナウイルス感染症流行のような状況にも備えておく必要がある。
(5)先端技術の進展
政府はAI、ロボット、ビッグデータ解析等の先端技術を産業や社会生活に取り入れ、経済発展と社会的課題の解決を両立する「Society 5.0」の実現を目指しており、税関も先端技術を積極的に活用していくことが重要となっている。また、5G(第5世代移動通信システム)サービスの開始や分散台帳技術(ブロックチェーン)を貿易分野に活用する動きも見られる。
(6)国際治安情勢の変化
海外でのテロ事件やテロ計画の摘発事案が続発していることに加え、密輸の巧妙化や国際犯罪組織が活発化する動きが見られる。
今後、税関における水際取締りの役割はますます重要になると考えられる。

環境の変化に対応し税関の使命をどう果たすか
以上のように税関を取り巻く環境が大きく変化するなかでも、引き続き3つの使命を適切に果たしていく必要がある。そのためには、これまで税関が軸足を置いていた業務に加え、業務の多様化・複雑化により、新たな対応が必要となる。そこで、税関の3つの使命を新しい対応が必要になると考えられる順に考察すると次のようになる。
(1)貿易円滑化の推進
モノやヒトの流れ等の変化が生じても、先端技術も活用しながら引き続き貿易円滑化を確保していくことが重要。また、ますます利用が拡大されるEPA税率の適用にあたり、必要となる情報を輸出入者へ適切に提供していく必要がある。さらに訪日外国人旅行者数の増加に備え、出入国の一層の円滑化、キャッシュレス化等も重要となる。
(2)適正かつ公平な関税等の徴収
EPAの利用拡大に伴い、EPA税率の適用についての確認業務も増大すると考えられる。また、近年、消費税の脱税を目的とした金の密輸が多く発生していることや、令和元年10月に消費税率の引上げがあったことも踏まえると、徴税官庁としての役割が一層重要になる。
(3)安全・安心な社会の実現
テロ関連物資の流入阻止等は、これまで以上に国内外の関係機関との連携が重要。また、令和元年には不正薬物の押収量が3トンを超え、近年、知的財産侵害物品の輸入差止件数も高止まりしていることから、一層効果的・効率的な水際取締りが求められている。さらに、盗難自動車の不正輸出等、輸出の取締り強化も必要。
以上のように税関を取り巻く環境の変化及び税関業務の多様化・複雑化に伴う対応を踏まえ、「スマート税関構想2020」では、「貿易の健全な発展」、「安全な社会」、そして「豊かな未来」を実現するための中長期ビジョンを、次の4つのキーワード(頭文字でSMART)に整理している。
Solution(利便向上策)
貿易関係事業者や旅客等へ、税関手続におけるコンプライアンスや利便性の向上を図るためのソリューションを提供することにより、一層適正かつ迅速な通関を確保することを目指す。
Multiple-Access(多元連携)
関係機関、貿易関係事業者等との情報連携を拡大・強化し、水際取締りの強化と貿易円滑化の両立を一層進展させることを目指す。
Resilience(強靱化)
社会構造の変化や災害リスク等に備え、税関手続における利便性を確保しつつ、税関行政を持続・発展させていくことを目指す。
Technology&Talent(高度化と人材育成)
税関業務にAI等の先端技術を積極的に取り入れ、税関手続における新たな利便性の創造や一層の効果的・効率的かつ先進的な取締りの実現等、業務の高度化を目指す。また、先端技術の活用に併せて人材育成、業務そのものの見直し及び職場環境の改善を目指す。

「スマート税関構想2020」に期待される3つの効果
「スマート税関構想2020」を実現することにより期待される効果を整理すると次のようになる。
(1)海外旅行者への効果
現在、海外旅行者の携帯品に対しては、税関職員が基本的に対面で必要な検査を行っているが、将来は、Eゲートの利用拡大で、空港のワンストップ・ワンスオンリーを目指す。
この実現のため、出入国在留管理庁等の関係省庁と連携・情報共有を強化、Eゲート用アプリをより使い易く改善、クレジットカード等による納税を可能とするキャッシュレス化等について取り組んでいく。
(2)貿易関係事業者への効果
現在、輸出入者、通関業者等が行う税関手続のうちの一部がデジタル化されておらず(減免税手続等)、書面等の提出が必要な場合がある。また、税関に対し税率や税関手続等について照会する場合、その対応は日中の開庁時間に限られる。将来は、税関手続における一層の利便向上や通関手続の一層の迅速化を図っていくことが重要。この実現のため、税関手続の一層のデジタル化、自動応答プログラムを活用した24時間365日の税関相談、必要な情報を容易に入手できる税関ホームページへの改善、EPA税率の適用を希望する方への支援、税関検査のオートメーション化に取り組む。
(3)税関職員への効果
将来、税関業務の多様化・複雑化が予想されることから、関係機関、貿易関係事業者、外国税関等との情報連携の拡大・強化、災害等非常時に強いシステムの導入、AI等先端技術の活用、研修の充実、監視取締りにおける無人航空機や衛星情報等の活用などについて検討し、業務の高度化、人材育成を進めるとともに、新型コロナウイルス感染症流行への対応や働き方の改革として、テレワークの通信環境を強化する等の職場環境の改善も図る。

図表.スマート税関構想2020の施策ー1
図表.スマート税関構想2020の施策ー2
図表.「スマート税関構想」の3つの効果