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講師 冨山  和彦 氏
(株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長 株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長)
演題「破壊的イノベーションの時代の先にくるもの~企業経営の最前線からの景色:DXの加速と産業変容、社会変容、会社変容の加速~」
令和3年4月16日(金)開催

1.はじめに
私は以前、産業再生機構のCOO(業務執行最高責任者)を務めた時代以来、JALなどのグローバル企業から地域のバス会社や旅館などのローカル企業まで、様々な業種の企業再生に携わってきました。本日は、その最前線から見えてきたもの、特にバブル崩壊以降、日本経済が非常に苦しい状況に陥った30年間と、コロナ禍を境にした未来について話をしていきたいと思っています。
2019年に私のスタンフォード大学の盟友であるチャールズ・A・オライリー教授とハーバード大学のマイケル L. タッシュマン教授が書いた『両利きの経営』邦訳版(東洋経済新聞社/入山章栄監訳/冨山和彦解説/渡部典子訳)の解説を書きました。この本には、破壊的イノベーションの時代にどうやって未来を切り開いていくのか、ということが書かれています。しかし、この30年間で日本の会社、あるいは会社の集合体としての社会は、破壊的イノベーションについていけず、本質的な意味で耐用期限がかなり経過してしまいました。
今後、デジタル・トランスフォーメーション(DX)が加速すればさらにギャップが大きくなりますので「何とかしなれば」という思いで『コーポレート・トランスフォーメーション』(文藝春秋)を書きました。本日は、この2冊の本からお話します。

2.コロナショック現在地
今まさに日本経済は新型コロナウイルス感染症の影響を受けていますが、リーマンショックの時とは違い、地域のサービス産業、例えば飲食や宿泊、生活サービスや交通といった同時同場型の産業、地域密着型の産業に影響が出ています。グローバル産業は2分化し、Netflixのようなデジタル系のプラットフォームは好調ですが、一方で国際線を運航する航空業界のようなところは経営が苦しくなっています。その後は金融に影響が出ることになりかねなかったのですが、良し悪しは別として、政府がこの危機を早めに察知して、財政出動、金融出動をした結果、リスクは地域や企業、金融を飛び越えて国に移っています。今後、国がこの状況からどうやって抜け出すのか、これは深刻な問題です。
しかし、今日お話ししたいことは、この危機をどう乗り切るかということではなく、あらかじめ有事を前提にした強靭な社会システム・企業システムを作っておく必要があるということです。
経済危機は、20世紀の終わり頃から度々起きています。日本のバブル経済崩壊、アジア通貨危機、ITバブル崩壊、21世紀に入ってからは、リーマンショック、欧州債務危機が起きています。こうした経済危機は、恐らくこれからも起きますので、企業体、あるいは社会を含めて、「ブラックスワン型の破壊的危機は今後も起きる」ことを前提に、強健でたくましい社会システム、企業システムを作っておく必要があります。

3.平成30年間に進んだ破壊的イノベーション
平成の30年間、破壊的なイノベーションがずっと続いてきました。トリガーとなったのはグローバリゼーションです。ベルリンの壁が崩壊して以降、市場経済圏の全世界化とデジタル革命の進展の結果として、残念ながら日本の企業は世界時価総額ランキングの上位から姿を消すことになってしまいました。平成元年(1989年)の世界時価総額ランキングでは、トップテンに日本企業7社が名を連ねていましたが、平成最後の年(2018年)には日本企業は1社も名前がありませんでした。
ただ、古くて大きな会社が苦戦したのは日本企業固有の問題ではありません。かつて、世界時価総額ランキングの上位は、米国や欧州の伝統的な組立型製造業の企業が占めていました。それだけこの30年間に、世界で劇的な変化があったということです。
バブル崩壊直前、昭和の終わり頃は、まさにエズラ・F・ヴォーゲル氏の著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のとおりで、日本企業が世界時価総額ランキングのトップを占め、フォーチュン・グローバル500(フォーチュン誌が毎年発表している、世界中の会社を対象とした総収益ランキング)の国別構成でも日本企業が3分の1を占めていましたが、最近は日本企業の割合が大きく減少しています。この30年間で、日本企業は時価総額だけでなく売り上げも失いました。
日本は、明治時代から始まった欧米先進国の工業化先行モデルを追いかけるキャッチアップ型の日本型競争モデルで世界に勝ってきました。初めは安い人件費を武器に、その後は連続的に改良・改善を重ね、「TQC」(Total Quality Control)や「カイゼン活動」、「ジャストインタイム」など日本人が得意とする集団的オペレーショナル・エクセレンスで勝ってきたというのが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」です。
しかし、このモデルが劇的に成功してしまったがゆえに多くの企業がこのモデルを採用し、社会全体の仕組みも、徐々にこの日本型競争モデルに合わせていった結果、破壊的イノベーションの時代に日本型競争モデルの耐用期限が切れてしまっても、日本はなかなかそこから抜け出せなくなっています。

4.DXの本当の怖さ
グロ-バル化により直面した後門の狼は、日本よりもはるかに安い賃金で日本と同じようなことをするプレーヤーが中国、台湾、東欧から出てきたことです。
これに加えて、前門の虎はデジタル革命です。デジタル革命の第一期は、1980年代にコンピューター産業で起きたダウンサイジングと水平分業という革命的変化です。第二期は、1990年代に一般消費者を対象にビジネスを行う音響・通信機器のエレクトロニクス産業でインターネット・モバイル革命が起こりました。デジタル革命が及んだ多くの領域においては、産業構造が変わってしまいます。
どういう変化かというと、ゲーム内競争ではなく、ゲーム自体を変える戦いが始まります。
1980年代には、IBMが新規事業として始めた小さなパソコン事業の下請会社だったマイクロソフトとインテルに、IBM自体が潰されそうになる事態が起きました。
インターネット・モバイル革命で伸びたのはGAFAでした。私は1992年にスタンフォード大学から日本に戻り、規制緩和で始まったデジタル方式の携帯電話会社である「デジタルツーカーグループ」(ソフトバンクモバイルの前身)の立ち上げに5年間携わりました。当時、大量の端末機や交換機などは富士通やNEC、松下通信工業から購入していましたし、世界ではMotorolaやLucentに勢いがありましたが、今では、この当時存在していなかったAmazonやFacebookがメガプラットフォーマーになっています。Appleは1992年当時潰れかかっていましたが、大復活を遂げて世界時価総額ランキング第一位の企業になりました。
プロ野球全体がプロサッカーに席巻されてしまうような戦いが始まってしまった時に、残念ながら日本の会社は対応できなかったのです。コロナ禍でDXが加速し、その結果、より幅広い産業で破壊的な変容が起こる可能性があります。

5.新しい産業アーキテクチャーへの破壊的転換
デジタル革命や破壊的イノベーションの波をかぶると、産業におけるバリューチェーン上の付加価値が大きく変化する、いわゆる「スマイルカーブ現象」が起きるといわれています。つまり、川下(サービスプラットフォーマー)と川上(キーコンポネントサプライヤー)の付加価値は上昇しますが、川中(組み立て)の既存プレーヤーは、付加価値が下がることに加え、新興国キャッチアップモデルの追い上げで、ますます苦しくなります。従来の日本型製造業は川中にいます。
逆に儲かるようになるのは川下のサービスプラットフォーマー会社で、典型的なのはマイクロソフト、GAFA、BAT、SAP、テスラ、最近では、NetflixやAmazon Primeです。川上では、標準CPU型、すなわちほぼ半導体の会社で、インテル、クァルコム、アーム、エヌビディア、ソニーなどです。
これまで、自動車業界、電機業界、鉄鋼業界といった業界の産業構造はいずれもおにぎり型(ピラミッド型)で、自動車業界でいえば一番上にOEMがあり、その下にTier1、Tier2、Tier3がありました。
しかし、デジタル革命の波が及ぶと、おにぎり型構造からミルフィーユ型のレイヤー構造に完全に変わります。顧客はリアル側の小売りだけでなくサイバー空間側にもいて、アプリがその代表例です。今後は、サイバー空間側が大きくなって、リアル側が縮小していく流れです。
これは今まさにこの瞬間起きている現象です。いわゆる巣ごもり需要で日本人のテレビ視聴時間は間違いなく伸びていますが、だからといって民放各社や広告代理店の業績が良くなっているのか、テレビ製造メーカーが儲かっているのか、というと答えはNOです。テレビの視聴時間が長くなったからといっても、伸びているのはほぼNetflixとかAmazon Primeのサブスクリプションで、サイバー空間側のレイヤーに人々はお金を払っているのです。
したがって、従来型のモデルを前提とした発想ではなく、よくレイヤーを選定した上で事業展開しなければいけないのですが、このレイヤーはサッカー、このレイヤーはテニス、このレイヤーはリズム・アンド・ブルースというように、レイヤーによって種目が全く違います。
ある会社が100年間野球をやってきたとします。上のレイヤーにサッカーがいて、そこから搾取される状況が起きると、このまま野球を続けても儲からないのでサッカーを始めようとしますが、野球選手としての技術は素晴らしくても、サッカー選手としての技術はありません。
サッカーのレイヤーにいるGAFAのようなプレーヤーは、初めからサッカーをする人を集めてサッカー型の経営をしていきます。サッカーをやろうと思ったら、サッカーチームをゼロからつくったほうが早いわけです。サッカーと野球では選手の鍛え方も違いますし、最前線で選手に与えられる裁量、責任の範囲が全く違います。野球ではキャッチャーが一球ごとにサインを出しますし、攻める場合にはベンチからも指示が出ますが、サッカーは、パスを出すのか、シュートを打つのか、といった最前線でもっとも重要な判断を連続的瞬間的に行う必要があります。
20年、30年かけて、ゆっくり野球チームをサッカーチームに変えることは可能ですが、時代ははるかに速いスピードで変化しますので、会社の形そのものをすぐに変えていかないと時代についていけなくなります。

6.DXが拡張・加速する中での日本経済復興
いま、DXという言葉が飛び交っていますが、「ハンコをなくす」などは本質的なことではありません。DXが進んだ結果、産業大変容の時代なのです。様々な産業でゲームチェンジ、産業のアーキテクチャーそのものが変わり、産業は知識集約型、ソフト型、サーヒス型になって、パラダイムシフトが起きるでしょう。こうした時代に対応するためには、会社のカタチを抜本的に変える「コーポレート・トランスフォーメーション」(CX)が必要です。
私は、財の生産と消費が別の場所あるいは別のタイミングで行われるtradable goodsを扱うグローバル産業をG型産業、それに対して地域密着型産業、財の生産と消費が同時同場で行われる産業をL型産業と呼んでいます。
今日本では、トヨタや日立、パナソニックといったG型産業が占めるGDPの割合が30%くらいしかありません。70%は飲食、観光、物流、不動産、建設、農林水産業、医療介護といったL型産業です。今後、L型産業の比率がどんどん高まり、先進国ではグローバル化が進むほどG型産業が空洞化していきますので、これからの日本経済を考えるときに、ローカル経済圏、L型産業をしっかりやる必要があります。
今後、デジタル革命は主戦場がさらに広がり、変化していきます。従来はVirtual×Casualだったものが、よりReal× Seriousに、すなわち、自動運転や物流の自動化・AI化、医療介護のリモート化などです。これらの分野では、元来、日本企業が得意な「コツコツと改善・改良を重ねること」が大切ですので日本にとってはいいニュースですが、従来のスタイルのままで良いのかというとそうではありません。結局野球に戻るのではなく、新種目が生まれます。したがって、今や決定的となりつつある日本企業の組織能力・組織構造の重大な欠陥を是正し、特にサイバー空間でビジネスを発想して動かす空中戦力を補強してマネジメントしていく経営能力を持つ必要があります。

7.既存企業の衰退は必然的か
昨年亡くなられたハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が、1997年に『イノベーションのジレンマ』という名著を書いておられます。覇者となったかつてのイノベーターが新しい会社に滅ぼされてしまうことには、ある意味必然性がある、ということが書かれた本です。
これに対して、既存事業を磨きこみ、イノベーションが生み出す新しいビジネスやサービスモデルを上手に立ち上げながら乗り換えていく会社も歴史の中に数多くあります。その鍵について書かれた本が、米国で2016年に出版された『両利きの経営』です。私はこの本の執筆過程で著者のオライリー教授からヒアリングを受けたときに、とても大切なことが書いてあると思ったので、早稲田大学の入山章栄教授と一緒に日本での出版のために奔走してようやく出版にこぎつけました。この本は2020年度のビジネス書大賞特別賞を受賞しています。

8.衰退するか否かの分かれ目はリーダーシップ
『両利きの経営』には、どの産業でも実際は破壊される企業と破壊されない企業に分かれる、と書かれています。フィルムでいえば、コダックは破壊されましたが富士フィルムやコニカミノルタは生き残った、ブロックバスターはNetflixというイノベーターに破壊されましたがUSAトゥデイは生き残った。通信関係では、日本の電機メーカーのAV・通信事業群は破壊され、ノキアは交換機メーカーとして世界で唯一Hauweiに対抗できる会社として生き残りました。パッケージソフトメーカーの会社だったマイクロソフトは、大多数のパッケージソフトメーカーと異なり、立派に変容して成長しています。結局は経営力の問題なのです。

9.「両利きの経営」:進化と探索の2つの軸
「両利きの経営」を図式化すると、横軸で今ある事業を深化させていくとともに、縦軸で新しい事業を探索し、この2つのバランスをとりながら45度線に上がっていくということが、破壊的イノベーションの時代の経営の鍵になります。この議論をすると、「縦軸(新しい事業の探索)が難しい」という声をよく聞きますが、「創造」ではなく「探索」です。「イノベーション」とは元々は「新結合」で、著名な経済学者のヨーゼフ・シュンペーターがこの言葉を人口に膾炙するようにしましたが、彼は、既存のものの結合、掛け算で新しいものが生まれ、それがむしろ人類を進化させてきたということを提唱しました。イノベーションは本質的にオープンイノベーションです。
日本ではイノベーションを「技術革新」と訳してしまったため、イノベーションというと「ゼロから何か新しいものを創造しなければいけない」と思われがちですが、そんな必要はありません。
例えばGoogleについて言うなら、彼らの検索エンジンはスタンフォード大学が開発した技術の特許を取って使用したのがはじまりですし、プラットフォーマーというビジネスモデルを最初にやったのはアメリカンオンラインですが、それをある意味では真似したのが後発のGAFAです。
イノベーション投資の源泉は既存事業の稼ぐ力ですが、今でも「短期的利益と長期投資とはトレードオフの関係にある」というようなことを言っている人は会計リテラシーが乏しいと言わざるを得ません。投資の原資は、利益ではなくて営業キャッシュフローです。とりわけ破壊的イノベーションに向けた投資はリスクが大きく、営業キャッシュフローが大きくないと、未来投資などできるわけがありませんので、日本の会社もまずは営業キャッシュフローを大きくしないと世界に対抗できません。

10.キーワードは「新陳代謝」
米国はこの時代に勝ち組となり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の日本を蹴落とし、巻き返したわけですが、30年前の米国時価総額ランキングを見ると、上位はいわゆる製造業の大企業で、非常に大きな中間層雇用を米国で創出していました。こうした会社がどんどん退潮していき、デジタル型の新しい会社が台頭しましたが、残念ながら、こうした会社は中間層雇用をほとんど生みません。私に言わせれば、これが今の米国の格差・分断の実相です。ですから、仮に日本がDX型のグローバルな新しい企業を数多く作ったとしても、そこから昭和の時代のように国内に再び中間層雇用が生まれるかというと、答えはNOです。
ちなみに、欧州では既存の企業体が持っている事業ポートフォリオを入れ替えて、その結果としてその分野では世界一の会社になっているというケースが多くあります。
これら2つを合わせて考えると、米国は産業レベルの新陳代謝が中心、欧州は企業内、企業間の新陳代謝が中心で、どちらもキーワードは「新陳代謝」です。それに対して日本企業は終身雇用ですから、40年に1回しか人材は新陳代謝せず、なかなか事業の売却もしない、加えて事業ポートフォリオの入れ替えにも時間がかかるという状況です。

11.両利きの経営システム、
社会システムへ
破壊的イノベーションの時代には、どんどん新しいアーキテクチャーが出てきますので、多くのの事業領域において地上戦と空中戦の連動型競争になります。地上戦はどちらかというと改良型イノベーション、空中戦は破壊的イノベーションの勝負です。
地上戦は日本企業の同質的・連続的組織特性と相性が良いですが、空中戦では多様的・流動的組織特性がないと戦えませんので、まさに「両利きの組織能力」がないとしんどいのです。
これは会社だけでなく、社会もそうです。もはや新陳代謝が不可避ですので、会社が潰れ、ある産業がなくなり、事業も入れ替わります。こうした新陳代謝をどんどん進めていっても、そこに巻き込まれた個人や経営者といった生身の人間が不幸にならない、包摂的な仕組みをどうやって再構築していくのか、これが日本の国家的命題であると思います。
日本においては、経済危機の時に政府の金融支援政策が実行され、むしろ新陳代謝を妨げてしまいます。金融支援策を講じないと法人共助型社会である日本社会の底が抜けてしまいますので、やらざるを得ないことはわかりますが、これを繰り返していると経済危機が来るたびに産業構造や企業構造が固定化し、新陳代謝とは逆の方向に向かってしまいます。これでは成長しません。
地上戦一辺倒であれば、新陳代謝サイクルが40年で、同質性、閉鎖性、メンバー固定制でも良いのですが、先ほど申し上げたサッカー領域、テニス領域、リズム・アンド・ブルース領域では、より多様性があり、開放的で、流動性があり、10年で人材が入れ替わる離職率10%程度の組織でないと対応していけません。当然に制度は多元的にならざるを得ず、いろいろなレベルで会社の大改造が必要になります。

12.リアルCXの仕掛けどころ
コーポレート・トランスフォーメーションを実現するためには、現実の改革プロセスにおいて仕掛けどころがいくつか必要です。
(1)トッププレーヤーの社長指名と強化
これまでは、オペレーショナル・エクセレンスの延長上、つまりオペレーションのことをずっと真面目にやった優秀な人が偉くなっていきます。もちろんこうした人はCOOとしては必要ですが、今問われているのは、ビジネスモデルを変える、事業ポートフォリオを入れ替える、組合からの反発やマスコミからの批判があっても、厳しい意思決定を未来に向かってしていかなければならない人材をどうやって確保するのか、ということです。そのために、社長指名や将来リーダー層の採用・育成などの改革が必要です。
(2)新規事業の立ち上げ
デジタル的なものを立ち上げようとすれば、陸海空連動型の組織の立ち上げが必要になります。
しかし、これを本気でやろうとすると、新規事業のチームの中に弁護士、会計担当、テクノロジー担当、営業担当というように多様なメンバーを配置しなければなりません。かつ新規事業はスピードが大事ですので、その場で次々と意思決定していく必要があります。例えば法的な問題が起こった際に、いちいち本社に伺いを立てるようでは勝負になりません。初めからチームの中に弁護士を配置するとなれば、採用の仕組みが従来のままではできませんので、人材の採用・育成などの改革が必要になります。
このように、個別のテーマを徹底的に掘り下げ、連鎖的にリアクションを起こしていくことで本格的なCXに繋がっていくのが現実的な流れであると思います。

13.日本経済復興の本丸は
ローカル経済圏
今まで述べてきたことはグローバル企業、ローカル企業に共通した課題ですが、ここからはローカル企業固有の話をいたします。
ローカル経済圏、中堅・中小企業経済圏こそが今後の日本経済の主流です。GDPの7割、雇用の8割をローカル経済圏が占めており、この比率は今後上昇していきます。このセクターは生産性が低いという問題がありますが、低いからこそ伸びしろがあり、労働生産性を倍にできれば、この7割の経済圏のGDPが倍になります。今、コロナ禍で明らかにG型産業からL型産業に流れは変わりつつあります。また、エッセンシャルワーカーという言い方で、このL型産業を進めている人たちに対する重要性が再認識されています。日本は、もう一度グローバルな企業に中間層雇用を戻そうという議論をしていますが、これはナンセンスで、もう一度中間層雇用を創り出したいのであれば、L型産業の生産性を上げるしかありません。そのためにローカルCX、DXが大切です。
では、なぜローカル経済圏の生産性が低いのかというと、4つの理由、基礎疾患があります。会社の数が多すぎること、封建的経営病、どんぶり経営病、自信過少・閉じこもり病です。
こうした基礎疾患を克服するためには、経営を「分ける化、見える化」する、収支を把握する、もうからないことをやめる、もうかることに集中する、ということを行う必要がありますが、それができていません。そこで、「分ける化、見える化」ができている会社が、閉じこもった会社を買収し再編すれば良いと思います。

14.IGPIの取組
私たちIGPI(株式会社経営共創基盤)は、東北地方で最も人口減少が進んだ地域のバス事業を手掛け、CX、DXに取り組んでいます。コロナ禍でさすがに今の損益は赤字になっていますが、通常の営業キャッシュフローマージンは10%くらいのプラスです。それだけ基礎収益力が高い会社になりました。最近では和歌山県でエアポート事業も手掛け、世間で注目されているワーケーションや、顔認証を使ってどこでも買物ができる仕組みを導入しています。こうしたことを導入するためには、まずは当たり前のことを当たり前に「分ける化、見える化」しなければいけません。そうすると、このプロセスを通じて自然にDX的なテーマが生まれてきます。
例えばこのバス事業では、ICカードを導入して路線別収支を把握し、路線合理化に役立てたり、バスロケーションシステム導入や、貨客混載、自動運転実現に向けた研究に取り組んでいます。
こうした技術は自前で開発したのではなく、既に安くて使いやすいサービスがデジタル空間の中にあります。何もしていないところに、こうした既存の技術を持ってきて生産性を上げていくのですから、伸びしろが大きいのです。
その結果として、そこで働く人の収入が今の倍になり、夫婦で共働きならさらに倍になれば、より豊かな生活を送ることができます。これが日本経済再生モデルだと思っています。

15.JPiXの立ち上げ:地方再生のエンジンに口で言っているばかりではなく、自分で実行しようという思いから、オールジャパンを対象にした投資事業系の会社であるJPiX(株式会社日本共創プラットフォーム)を昨年立ち上げました。有望だけれど素材や素質を生かしきれないでいる会社に対して出資や投資を行い、あるいは経営してCX、DXに取り組み、生産性革命を実現します。投資としてもきちんとリターンを出すし、働く人の賃金を上げていき、その結果として、地域の経済に好循環を起こします。あるいは、東京で能力を持て余している優秀な人材を企業に派遣して活躍してもらうといった、人材が循環するプラットフォームにもなります。地域の金融機関とも連携して、民間主導で地方創生のエンジンになりたいと考えています。

講師略歴
冨山  和彦(とやま  かずひこ)
株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長
東京大学法学部卒業、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画し、COOに就任。2007年の解散後、株式会社経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。2020年株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)設立、代表取締役社長就任。
パナソニック社外取締役 経済同友会政策審議会委員長。
財務省財政制度等審議会委員、財政投融資に関する基本問題検討会委員、内閣府税制調査会特別委員、内閣官房まち・ひと・しごと創生会議有識者、内閣府総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査会委員、文部科学省中教審実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する特別部会委員、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、経済産業省産業構造審議会新産業構造部会委員などを務める。
主な著書に『なぜローカル経済から日本は甦るのか』(PHP新書)『コロナショック・サバイバル』(文藝春秋)、『コーポレート・トランスフォーメーション』(文藝春秋)など多数。