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「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会」の概要について

財務総合政策研究所総務研究部*1 前総括主任研究官 奥  愛
研究企画係長 中島  安規/研究企画係員 戸出  紗也香

1.研究会の狙い
財務総合政策研究所では、2020~2021年にかけて「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会」を開催した。本研究会は、これまでの日本及び他の東アジアの国・地域における人口構造の変化、とりわけ出生率の低下と出生数の減少が続くなか、少子化は何によってもたらされてきたのか、経済・社会の変化は少子化にどのような影響を与えてきたのか、という問題意識の下で、研究・調査を行った。
こうした問題意識を踏まえ、本研究会では、以下の取り組みを行った。
(1)東アジアの国・地域も少子化に直面していることから、欧米とは異なる地域的な特徴を捉えることを通じて出生率低下の背景にある共通点を探る取り組みを行った。
(2)我々を取り巻く社会経済システムは急激に変化しているが、「家族」に関する文化的・歴史的な規範意識は、社会経済システムほどの速さで変化しないということが、どのようなひずみを生みだしているのかを明らかにしようとした。
(3)未婚者の意識により接近するため、家族社会学や人口学、経済学など、社会科学の幅広い知見を得るために、多くの分野の有識者の方々にご参加いただいた。
座長は、家族社会学者の山田昌弘先生(中央大学文学部教授)にお引き受けいただき、研究会委員として、家族社会学者の落合恵美子先生(京都大学文学研究科教授)、人口学者の鈴木透先生(ソウル大学保健大学院客員教授)、経済学者の山口慎太郎先生(東京大学経済学研究科教授)及び山田久氏(株式会社日本総合研究所副理事長・主席研究員)に参加いただいた。研究会では、財務総研からも複数の研究成果を報告した。なお、本研究会は新型コロナウイルス(COVID-19)感染対策として全回オンライン形式で開催し、遠方の先生にも委員としてご参加いただくことができた。
本稿では、本研究会の報告書の内容について、それぞれの章の概要を報告する。なお、報告書で用いられている執筆者の肩書はすべて2021年3月末時点である。

2.各章紹介
本報告書では、大きく2部に分かれており、第1部では「少子化と経済・社会の構造変化の関係」、第2部では「日本における少子化の進展の背景と求められる対応」に関する内容となっている。以下では、各章の主張のエッセンスを示した上で、その主張をサポートする調査分析の内容を紹介する。なお、各図表については、それぞれの章の執筆者によって作成された各章及びその概要から抜粋しており、データの詳細な出所については、報告書の各章の記述を参照していただきたい。

■序章「少子化と経済社会の構造変化はどのように関係しているか」
上田淳二(財務総研総務研究部長)
少子化の背景には、子育てを担ってきた「家族」のあり方や意識の変化があり、人々の意識や行動の変化とそれを促す政策が必要
日本では、未婚率が高止まりする中、20歳代での出生率が低下しており、完結出生児数も減少傾向にある(図表1 日本の出生数の推移)。日本だけではなく、東アジアでは少子化が顕著に進んでいる(図表2 日本、韓国、台湾、タイにおける出生数の動向)。出生率の低下速度の国・地域による違いの背景には、(1)子どもを持つことに対する意識、(2)男女間の役割分担、(3)産業構造など経済的環境の変化、(4)政府による政策についての違いがある。少子化が進む国・地域では、経済環境の変化の速度と、社会意識や家族の役割の変化の速度が大きく乖離することによって、子どもを持つ選択に、大きな影響が生じてきたと考えられる(図表3 経済環境と社会意識・家族の役割の変化)。

図表1.日本の出生数の推移
図表2.日本、韓国、台湾、タイにおける出生数の動向
図表3.経済環境と社会意識・家族の役割の変化

第1部 少子化と経済・社会の構造変化の関係
■第1章「1970年代以降の人口政策とその結果
―アジアにおけるケアの脱家族化を中心に」
落合恵美子(京都大学文学研究科教授)
少子化を改善するためには、保育・家族政策に加え、教育・住宅・医療・就労支援・男女平等も含めた「いのちの再生産の脱家族化」が必要
「近代家族」(同型的で小さな家族)の女性成員が「ケア」を担い、社会の中で「人の生産」(再生産)を一手に引き受ける体制(「いのちの再生産」を家族に丸投げするシステム)は当たり前ではなかった。ケアに関わる4つのセクター(国家、市場、コミュニティ、家族・親族)が連携して、いのちの再生産を支えていることを示す「ケアダイアモンド」は、社会等によって異なる家族化と脱家族化によりバランスが変わる(図表4 ケアダイアモンドにおける4方向の脱家族化と家族化、図表5 日本のケアダイアモンド(3歳児未満の育児)―2000年代前半と比較し2010年代にケア供給(透過色部分)が拡大―)。アジアでの子どものケアをめぐる社会的ネットワークを比較すると、日本は育児ネットワークが貧しい。女性の就業率には、「ケアサービスの脱家族化」が影響する。出生率には、「ケア費用の脱家族化」が影響する。しかし、東アジア社会では、医療費、教育費、住宅費などの自己負担やワークライフバランスのとりにくさがネックであり、保育政策や家族政策をはるかに超えた範囲の社会の仕組みを改善することが必要である(図表6 ケアサービスとケア費用の脱家族化〈2000年代から2010年代の変化(日本、韓国、中国)〉)。

図表4.ケアダイアモンドにおける4方向の脱家族化と家族化
図表5.日本のケアダイアモンド(3歳児未満の育児)―2000年代前半と比較し2010年代にケア供給(透過色部分)が拡大―
図表6.ケアサービスとケア費用の脱家族化〈2000年代から2010年代の変化(日本、韓国、中国)


■第2章「労働市場からみた少子化問題
―福祉資本主義類型論からの対応策―」
山田久(株式会社日本総合研究所副理事長・主席研究員)
家族・保育・積極的労働政策など現役世代への社会保障支出を引き上げ、そのコストを賄う社会保障・税制度の再構築が必要
日本と韓国の少子化の原因は、世帯主が多い男性の雇用・収入が不安定化し、低所得家計で未婚化が進行し、女性の社会進出と子育ての両立を可能にする環境整備が遅れ、家事・育児の女性偏重の家族関係が存在していることが要因となっている。家族が抱え込むコストを社会化し、国家がケアに積極的な責任を果たす北欧(社会民主主義)の出生率は高い(図表7 主要先進国の社会保障支出の内訳(対GDP比、2017年))。北欧諸国の社会保障支出は、家族・保育や積極的労働政策など現役世代向けシェアが高く、「全世代型社会保障」となっており、現金給付よりも、現物給付(サービス紐づけ)が多い。今後の対応策としては、(1)安定雇用・スキル向上・男女公平処遇、(2)働き方改革と家事・育児の男女協業化、(3)教育費の公的負担引上げ、(4)子育て時間の負担軽減、(5)将来世代に付け回さず保育・教育コストを賄う社会保障・税制度の再構築が重要である。

図表7.主要先進国の社会保障支出の内訳(対GDP比、2017年)


■第3章「東アジアの低出生力」
鈴木透(ソウル大学保健大学院客員教授)
出生力低下の度合は、「急速に変化する社会経済システム」と「ゆっくりとしか変化しない家族システム」の葛藤に依存
先進国の出生力はいずれも置換水準を下回っているが、北西欧と英語圏の出生率は比較的高く、南欧・東欧・日本の出生率はそれより低く、儒教圏(韓国・台湾)の出生力は極端に低い。儒教圏社会では、家族外のジェンダー平等(教育・職業・政治的参加)は急速に改善されたが、家族内のジェンダー平等(夫婦間の役割分担、子の性別による親の態度・期待の差異)は急激に変化していない(図表8 近代化直前の東アジアの家族パターン)。「孝」重視の儒教家族は親子紐帯が強く、子の経済的自立は遅く、教育熱が高い。ホワイトカラー志向の競争社会が結婚・出産を阻害している。婚外出生も少ない。特に韓国では、若年層の失業率上昇や収入減が出生力低下に影響している。

図表8.近代化直前の東アジアの家族パターン


■第4章「少子化対策のエビデンス」
山口慎太郎(東京大学経済学研究科教授)
「家族関係社会支出」や「男性の家事・育児負担割合」が高いほど、出生率も高い
「家族関係社会支出」と「男性の家事・育児負担割合」は、出生率の間に緩やかな正の相関関係がある(図表9 家族関係社会支出が高い国ほど出生率も高い、図表10 男性の家事・育児負担割合が高い国ほど出生率も高い)。家庭内において男女平等化が進むことが、少子化対策として有効(「ジェンダー平等は出生率向上につながる」は経済学的な裏付け)である。出生率の向上には、女性の子育て負担を軽減させる政策(育児休業政策、保育に対する補助金等)は効果的である。一方、妻の負担軽減に焦点を当てていない児童手当や世帯に対する税制優遇措置は、出生率の向上に十分な効果が発揮できない。

図表9.家族関係社会支出が高い国ほど出生率も高い
図表10.男性の家事・育児負担割合が高い国ほど出生率も高い

第2部 日本における少子化の進展の背景と求められる対応
■第5章「少子化の日本的特徴 不安定収入男性の結婚難」
山田昌弘(中央大学文学部教授)
「不安定収入の男性」がカップルを形成し、子どもを育てることができる条件を整えることに結びつく少子化対策でなければ、日本の出生率は上がらない
少子化問題には「不安定収入の男性」の結婚難がある。1990年代以降急増したことが少子化の主因で、この層の多くが結婚して子どもを産み育てない限り、日本の少子化の解消は望めない。欧米では収入が不安定な男性でも女性に選ばれる4つの慣習・意識がある(図表11 欧米にある4つの慣習・意識(「収入不安定男性」でも女性に選ばれる理由))。しかし日本は異なり、(1)成人しても親と同居、(2)夫の収入への依存が許容、(3)恋愛感情重視意識が低い、(4)学費の親負担、のため、結婚相手に相当の収入を求める女性が大きく減らない。「結婚したら夫が稼ぐ」という家族意識が強く残っていることが一因となっている。少子化を解消するためには、若年層の経済的安定を図ると共に、多様な家族形態を促進することが必要である。

図表11.欧米にある4つの慣習・意識(「収入不安定男性」でも女性に選ばれる理由)


■第6章「合計特殊出生率と未婚率
―都道府県データを用いた分析―」
小野稔(財務総研副所長)・瀬領大輔(財務総研研究員)
若年人口が転出している地域は低年収帯割合が高く、転入している地域は未婚率が高い
晩婚化の進行や未婚率の上昇が合計特殊出生率の低下に影響し、晩婚化と共に出産年齢の高齢化が進行している。男性就業者(30~34歳)は、年収帯が高いほど未婚率が低くなる傾向がある(図表12 男性就業者(30~34歳)未婚率(2017年))。地域間比較では、転入超過の程度が大きいほど未婚率の水準は高い。これらは直近10年程度大きな変化はみられない。女性(30~34歳)は、仕事を主とする就業者の構成比が大きく上昇してり、未婚率は2005年前後をピークに、それ以後低下している(図表13 女性(30~34歳)の労働力状態と未婚率の推移 左側)。女性既婚者をみると、家事を主とする女性就業者や専業主婦が多く含まれる非労働力(家事)の構成比は、おおむね低下傾向にある(図表13 女性(30~34歳)の労働力状態と未婚率の推移 右側)。

図表12.男性就業者(30~34歳)未婚率(2017年)
図表13.女性(30~34歳)の労働力状態と未婚率の推移(主に仕事)


■第7章「結婚を巡る未婚女性の理想と現実」
奥愛(財務総研総括主任研究官)・瀬領大輔(財務総研研究員)
未婚女性は、結婚相手の「家事・育児能力」や「収入など経済力」を重視しており、理想と現実のギャップが生じている
未婚女性のうち「専業主婦」を理想とする人は一定層いるが、仕事と育児の「両立」を希望する人が増加している(図表14 未婚女性の理想とする人生となりそうな人生 左側)。結婚せずに働き続ける「非婚就業」を理想とする人生として選ぶ人はわずかだが、実際になりそうな人生と考えている未婚女性が増えている(図表14 未婚女性の理想とする人生となりそうな人生 右側)。結婚相手の条件をみると、女性は男性よりも、結婚相手に「家事・育児に対する能力や姿勢」を重視し、あまり関係ないと考えている人は少ない(図表15 結婚相手の条件「家事・育児に対する能力や姿勢」)。女性は男性よりも「結婚相手の収入などの経済力」を重視・考慮する人が多く、あまり関係ないと考える女性の割合は男性に比べて非常に少ない(図表16 結婚相手の条件「相手の収入などの経済力」)。

図表14.未婚女性の理想とする人生となりそうな人生
図表15.結婚相手の条件「家事・育児に対する能力や姿勢」
図表16.結婚相手の条件「相手の収入などの経済力」

■第8章「未婚者の「いずれ結婚したい」はなぜ実現しないのか」
網谷理沙(財務総研研究員)・中島安規(財務総研研究官)
「異性とうまく付き合えない」と回答する未婚者は、経済不安や将来不安を抱える傾向が高く、交際・結婚に向けた活動を先送り
「適当な相手にめぐりあわない」と回答する未婚者の男性7割、女性5割が何も行動を起こしていない(図表17 具体的な相手を探すための行動の有無)。異性とうまく付き合えないと回答した未婚者は、異性との交際自体よりも、就職やお金、自分の将来に対する心配が大きい(図表18 「異性とうまく付き合えない」未婚者の心配事)。自己肯定感が低い人の方が経済不安や将来不安を抱えている傾向が高く、自身の結婚や子育てに対する将来イメージを持たない割合が高い(図表19 「異性とうまく付き合えない」未婚者の心配事)。以上から、いずれ結婚したいと考えてはいるが、交際・結婚に向けた活動を先送りしている可能性がある。

図表17.具体的な相手を探すための行動の有無
図表18.「異性とうまく付き合えない」未婚者の心配事
図表19.「異性とうまく付き合えない」未婚者の心配事


■第9章「パネルデータと地図からアプローチする第二子出生にかかる要因分析と提言」
内藤勇耶(財務総研研究官)
第二子出生は、延床面積が広いと促進され、通勤時間が長いと抑制される
夫婦の子供の数(完結出生児数)の減少は、第二子及び第三子の出生数の減少にも原因がある。延床面積は1平米増えると第二子出生を3%促す一方、配偶者(夫)の通勤時間は10分長くなると第二子出生を4%妨げる。また、乳児割合が高い地域は家賃が低いという負の相関関係がある(図表20 乳児割合と延床面積と通勤時間の関係(世田谷区))。「住まい」と出生の関係を踏まえると、子育て世代に限定した家賃補助や社宅整備等の住居支援策が有効であると考えられる。

図表20.乳児割合と延床面積と通勤時間の関係(世田谷区)


■第10章「新型コロナウイルスの流行による少子化への影響」
笹間美桜(財務総研研究員)
新型コロナウイルスの流行により、健康、将来全般、生活維持や収入、仕事への不安が増し、婚姻数や出生数を引き下げ
コロナ禍は「人との接触の制限」が求められたことが、これまでの経済危機と異なる点である。2020年は婚姻数も妊娠届出数も低下しており(図表21 婚姻数の推移)、2021年の出生数は約1割減少する見込みとなっている(図表22 出生数の推移)。コロナ禍の中、子育て世代で「夫の役割が増加した」家庭は、「妻の役割が増加した」家庭より夫婦関係が良くなったとの回答が多い。コロナ禍では、健康、将来全般、生活維持や収入、仕事に不安を感じている人が増えている。

図表21.婚姻数の推移
図表22.出生数の推移

3.最後に
政府は「少子化対策」を行っているが、なかなか自分ごととして捉えることが難しい人も多いのではないかと思われる。一人一人の個人が子どもを持ち、育てるという選択を取るか否かは、それぞれの個人の意思と選択の問題であるが、様々な選択が可能となるような仕組みや社会のあり方を考えることが重要であることも、本研究における様々な視点を通して明らかとなった。本研究会の報告書が、多くの方にとって、これからどのような社会としたいのか、そのためには私たちは何をすべきかを議論する際の参考となることを期待している。

■「人口動態と経済・社会の変化に関する研究会」URL
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2020/jinkou.htm
なお、本報告書の各章で示された意見や本稿の意見はすべてそれぞれの執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。

*1)    執筆者の肩書は2021年6月末現在。