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財務省再生プロジェクト 部局横断的勉強会(5)

「日本企業を強化するファイナンスとは?」編

前大臣官房地方課総務室長 川本  敦/前国際局為替市場課資金管理室課長補佐 林原  賢悟/前関税局関税課課長補佐 神代  康幸
財務省では、常に国民の視点に立って、高い価値を国民に提供できる組織風土をつくり上げていくため、「財務省再生プロジェクト」を進めています。その一環として、部局横断的な議論の活性化や職員の政策能力向上を図るため、若手の課長補佐を中心とした有志勉強会を開催しており、「コロナ後の様々な政策課題」をテーマとして活動しています。
今回は、マネックスグループの創業者・取締役会長の松本大氏を訪ねました。松本会長は、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券にてトレーダーとしてキャリアをスタートされ、ゴールドマン・サックス証券を経て、マネックス証券を創業されました。最近では、昨年、アクティビスト・ファンドをマネックスグループ内に立ち上げられています。様々なメディアでの発信も多い松本会長から、家計の投資行動や日本企業のファイナンス、そしてコーポレート・ガバナンスを中心にお話を伺いました。

1.松本 大先生
(マネックスグループ 取締役会長)
プロフィール
1987年4月ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社に入社。1990年4月にゴールドマン・サックス証券会社に転じ、1994年11月に同社のゼネラルパートナーに就任。1999年4月に株式会社マネックスを設立、2004年8月には日興ビーンズ証券株式会社との経営統合により、マネックス・ビーンズ・ホールディングス株式会社(現 マネックスグループ株式会社)が発足、代表取締役社長CEOとなる。現在は取締役会長、代表執行役社長最高経営責任者(CEO)。

―松本会長は、あるインタビューの中で「日本の人たちは、なぜ株式投資をしないのかとよく言われるのですが、株価が下がっていく中で株式投資をした方が良いわけはないのです。その間、預貯金をしていたというのは、合理的な判断だったと思います。」と述べられています。日本の家計の投資リテラシーについてどのようにご覧になっていますか。
松本 日本のバブルのピークでは、不動産の売買については、家計部門が「売り越し」である一方、銀行部門は「買い越し」になっていました。この事実だけをもってしても、日本の家計の金融リテラシーが低いとは思えません。不動産への投資の後は、債券や定期預金に投資先が移っていき、バブル崩壊後は、株価や金利が低下していった。家計はその時代に最もパフォーマンスがよい資産にちゃんと投資し、その資産のピーク時に売っていたということです。

―企業の時価総額の伸びを見ると、日本企業は他国と比べて劣後しています。日本企業の課題についてどうご覧になっていますか。
松本 日本企業のCEOの平均在任期間も3~4年程度で、株価をどう上げるか、資本市場にどう向き合うかといった課題に取り組めていません。また、ファイナンスの知識が十分な人は少ないです。CFOになる人は、CFOがキャリアのゴールとなってCEOになる方は少ない。会社全体を見た経営資源の配分ができるのはCEOだけのはずですが、現状ではCFOが自身の権限の範囲内のみで財務面のマネジメントをしている。全体を見た資本政策としてやれることは沢山あり、対応次第で株価も上がると思います。
加えて、日本企業の収益力を下げている要因は人事制度です。日本は産業のゲームチェンジが起きても監督・コーチが変わりません。若手社員は優秀で、生産要素はいいものを持っていますが、新しいゲームを知らないマネージャーがずっと居座っていて、大きな変化が起きにくい状況です。他方、米国企業では、例えば、ベンチャー企業を買収したあと、ベンチャー企業の元トップを関連部門の長にあてるなど、ドラスティックな変化があります。
プロスポーツにおいて年功序列で勝てる種目はないように、入社年次でポジションが決まり、あとから追い抜くことがない年功序列で全体の生産性は上がりません。年功序列を廃止すると、ゲームが変わった場合にも、それにふさわしい監督・マネージャーを国内外から招聘することができると思います。
もちろん、年功序列制度を変えていくことは難しい面もあります。先ほど申し上げたように、CEOが財務面に関心を持って意思決定に参画するといったようなことからでも、十分に変化は生まれると思います。

―部門ごとの部分最適により企業全体の価値が損なわれる「コングロマリット・ディスカウント」に陥っていると指摘する海外投資家もいます。

松本 株主が社長を実質的に選ぶ仕組みになっておらず、企業社会内部での選任になっていることが課題です。
私は米国マスターカード社の社外取締役も務めていますが、米国の社外取締役の発言力は非常に強く、CEOは社外取締役をボスと呼びます。日本で社外取締役が有効に機能していない理由は、社外取締役ないし取締役会がCEOを選任し、解任もできると思っておらず、CEOが社外取締役をリスペクトしていないからです。例えば、取締役選任議案は株主しか出せないといった制度を導入すれば、企業が株主のほうを向き始めると思います。
また、日本のほとんどの経営者は固定給で、株価へのインセンティブが小さく、結果的に、株価に関心が低い経営者が多くなります。日本的な企業慣行では、内部の昇進で誕生する社長が非常に大きな給与をもらうことに抵抗がある場合が多いと思います。社長の報酬が上がることがすべてではありませんが、こうしたことからも変化が生まれていくと思います。

―企業のガバナンスについてお話いただきましたが、インデックス運用の拡大による影響が気になるところです。インデックス投資の存在感が増して、パッシブな投資家の保有割合が上昇することで、企業のガバナンス上、問題点が生じないでしょうか。

松本 インデックス投資は世界的に盛り上がっていますが、インデックスでは、そこに含まれる企業すべてを買うことになります。他方、アクティブ運用は、いい会社は買う、よくない会社は買わないという判断に基づいて行うもので、よくない会社は淘汰されていきます。
このように、株の売り買いという最大の株主のガバナンスが、マーケットのダイナミズムを生み出すのですが、インデックスの時代になると、広い意味でのガバナンスがなくなります。世界最大の資産運用会社トップは、「自社はインデックスファンドであるので、株の売買はできない。株式売買の代わりに企業と対話してエンゲージメントし、駄目な会社を改善するのだ。」と言っていました。資産運用先である数万社の企業に対して、個別にエンゲージメントすることは非常に大変であるので、ESGという考え方が出てきたと理解しています。ESGという形で企業をスクリーニングして、インデックスの時代にも対応していく。単にインデックス投資が増えるだけでは問題が生じると考えています。
かつて、ジャパンアズナンバーワンであった昭和の時代は、銀行による「債権者のガバナンス」が強力な時代でした。バブル後にそのモデルが衰退する中で、本来は株主ガバナンスを代わりに強化すべきでしたが進まなかった。それが平成の時代であり、低成長の時代に終わった。今後、アクティビスト・ファンドなどの活動を通じて、少しでもガバナンスが改善し、よりよい企業投資環境になっていくことを願っています。

(注)この勉強会は、6月2日に行われました。写真では撮影用にマスクを外していますが、意見交換の際はマスクを着用し、コロナ感染対策の上、実施しております。

本シリーズバックナンバー
2021年1月号「地域を支えるファイナンスとは?」編    多胡秀人氏・森俊彦氏
同年3月号「『みなで豊かになる』ためのファイナンスとは?」編    中神康議氏・棚橋俊介氏
同年5月号「地域を支えるファイナンスとは?」編    野崎浩成氏・新田信行氏・小野尚氏
同年6月号「事業承継の現場から~「その時」を支えるファイナンスとは?」編    諏訪貴子氏・小高芳宗氏