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税関におけるオリパラに向けたテロ対策

前関税局監視課課長補佐 高橋  実枝

1.はじめに
近年、経済・社会のグローバル化・ボーダレス化の進展を背景として、国際的な物流や人的交流が急激に拡大してきた中で、国民の安全・安心を脅かす覚醒剤や麻薬等の不正薬物、銃砲、テロ関連物資等の密輸の危険性が高まっています。財務省・税関では、「安全・安心な社会の実現」を使命の一つに掲げ、こうした不正薬物等の国内への流入を阻止することを最重要課題の一つとして位置づけ、水際での取締りを実施しています。
水際での取締りにおいては、国際的なイベント開催時は、テロ対策を強化して取締りを実施する必要があります。特に2019年には日本が初めて議長国を務めたG20大阪サミットに始まり、アフリカ開発会議(TICAD)やラグビーワールドカップの開催、また天皇陛下の御即位に伴う即位礼正殿の儀も開催される等、各国の要人等が集まる国際的イベントが連続して開催されました。そしていよいよ本年、東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。今回のオリンピック・パラリンピックは、新型コロナウィルス感染症の世界的な感染拡大を受け、海外観客の受入れは中止されることとなりましたが、それでもなお、こうした大規模な国際イベントの開催は、世界中の注目を集めること等から、テロ組織にとって自らの組織の勢力誇示する格好の標的となる可能性があります。そのため財務省・税関では近年、こういった一連の重要行事、特に本年の東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、テロ対策の一層の強化を図ってまいりました。
本稿では、こうした東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けての、知られざる税関のテロ対策の取組みについてご紹介したいと思います。

2.世界のテロ動向と税関の役割
税関の取組みそのものをご紹介する前に、まず世界におけるテロ動向と、その変化を受けた税関の対応を簡単にご説明したいと思います。
テロの歴史を振り返ると、その形態は時代によって変化しています。東西冷戦下においては、共産主義イデオロギーを標榜するテロ組織が、反資本主義、反帝国主義などを掲げて、西側権益を対象に爆弾テロやハイジャック等のテロ活動を行っており、日本においても1970年代には日本赤軍によるテロ事件もありました。こういったものが一般的にテロとされていましたが、東西冷戦構造が崩壊してからは、イデオロギー対立の影に隠れていた宗教や民族分離独立を掲げるテロリズムが台頭し、アルカイダを中心とするイスラム系テロリストによるテロ事件が発生するようになりました。1990年代には、多くのイスラム系テロリストによるテロ事件が世界中で発生し、日本人の死傷者も出ましたが、日本では欧米諸国に比してイスラム系テロリストによるテロの問題がそれほど深刻化していませんでした。そのような中、日本にとっても局面が大きく変わったのは2001年9月の米国同時多発テロが発生して以降です。アメリカが「テロとの戦い」を掲げ、アフガニスタン戦争、そしてイラク戦争へと突入していく中、世界各地でテロ組織による自爆テロ等が相次ぎ、その脅威・リスクが日本にとっても例外ではなくなったことを背景に、日本政府としてもそれまで以上にテロ対策に積極的に取組む必要が生じました。
このような中、財務省・税関においては、米国での同時多発テロ発生以降、我が国におけるテロ行為等を未然に防止するため、種々の施策を講じてまいりました。2005年には、テロ対策に万全を期す観点から、関税法に規定されている輸入禁制品に、爆発物等のテロ関連物資が追加され、銃砲、覚醒剤・麻薬等のいわゆる社会悪物品に加え、爆発物等についても、水際での取締りが本格的に強化されることとなります*1。

3.テロ対策における税関の役割
税関のテロ対策における役割は、爆発物等のテロ関連物資の密輸を阻止することにより、我が国におけるテロ行為等を未然に防止することにあります。国際的なテロには、一般的にいくつかの類型があり、テロ組織メンバーによる組織型のものがある一方、テロ組織メンバーではない一匹狼によるローンウルフ型と呼ばれるものもあります。また、国内で生まれ育った者が国外の過激思想等に感化されテロを起こす、いわゆるホームグロウン型があるといわれています。米国同時多発テロ以降、世界で問題となってきたイスラム系テロリストの地域的な特徴を見ると、ISILやアルカイダの活動地域である中東・北アフリカ等では、組織型のテロが発生することが多い一方で、欧米諸国では、ローンウルフ型が多く、その中でも欧米在住のイスラム系住民によるホームグロウン型のテロ事件も多く発生しています。しかし、ヨーロッパとは異なり、日本におけるイスラム教徒は、日本での生活に満足していたり、地域住民とも良好な関係を築いていることから、日本ではいわゆるイスラム系のホームグロウン型テロは起きにくいとされており、実際にこれまで発生していません。このため、外国のテロ組織メンバー及びテロを起こすためのテロ関連物資等が国内へ流入することを防ぐことは、我が国のテロ対策として極めて効果的な対策であり、その観点からテロ関連物資の密輸を防ぐための税関における水際対策は、政府全体のテロ対策の中でも重要な取組みであるといえます。

4.テロ対策の3つの柱
「テロとの戦い」と呼ばれる時代に突入して以降、財務省・税関では、必要なテロ対策を行ってまいりました。具体的には、必要な人員の確保等による検査体制の強化に加え、「情報」、「機器」、「連携」という3本柱について、必要な制度改正等も積極的に行いながら、様々な対策を講じてまいりました。以下、それぞれの取組みについて、具体的な内容を簡単にご紹介したいと思います。
(1)事前情報の収集・分析の強化
まず1つ目は、事前情報の収集・分析の強化です。そもそも税関の業務量はグローバル化・ボーダーレス化により令和元年の輸入貨物の許可件数は4,640万件、また訪日外国人旅行者数は3,188万人となっており、それぞれ平成元年に比べて9.5倍、4.1倍と大きく増大しています。こうした膨大な輸出入貨物や旅客を効率的かつ効果的に取り締まるためには、貨物や旅行者が日本に到着する前に必要な情報を事前に取得し、スクリーニングをするといった取締手法をとることが極めて重要です。財務省・税関においては、これまで、関係する各業界の協力のもと、事前情報入手のための法整備を行うことにより、事前情報を入手するための体制を整えてまいりました。
事前情報を入手する対象は、大きく分けて旅客と貨物に分かれますが、海外から日本に入出国する旅客及び乗組員については、氏名、国籍、旅券番号、出発地等の事前旅客情報(API:Advanced Passenger Information)及び、より詳細な予約情報を含む乗客予約記録(PNR:Passenger Name Record)*2を航空会社から電子的に提供して頂いております。入手した情報については、関係機関からの情報に合致した旅客や、外国人戦闘員として注意すべき国籍等に係る旅客を24時間体制で分析・選定し、不審者のスクリーニングを行った上で、現場での厳格な検査の実施に役立てています。
輸入される貨物についても、我が国に入港しようとする船舶や航空機に積み込まれる海上コンテナー貨物や航空貨物に係る情報については、出港前報告制度*3、事前報告制度*4等の制度整備により、船会社や航空会社等から税関へ報告して頂いており、こういった事前情報をテロ関連物資の密輸取締りに活用しています。
(2)取締・検査機器の活用
2つ目の柱は、取締・検査機器の活用です。
効率的かつ効果的な検査を行う意味で、またテロ関連物資の取締りについては安全面を考慮しても、貨物を破壊することなく銃器・爆発物等の有無を確認することのできる検査機器の活用は有用です。税関では、非破壊で中身を確認できる様々なタイプのX線検査装置に加え、貨物や国際郵便物の外装等に付着した微粒子でも不正薬物や爆発物を探知することのできるTDS*5と呼ばれる不正薬物・爆発物探知装置等の各種取締・検査機器の増配備を進めてまいりました。また、税関には麻薬探知犬と呼ばれる不正薬物の摘発には欠かせない重要なパートナーがいますが、2002年以降は、爆発物にも反応するよう厳しい訓練を受けた爆発物探知犬を導入してきており、テロ対策に活用しています。

写真:爆発物探知犬による検査の様子

(3)内外関係機関との連携強化
3つ目の柱は、関係機関との連携です。
テロに対する取締りには、政府が一体となって取り組むことが不可欠です。税関では日頃から、警察や海上保安庁、出入国在留管理庁等の国内関係機関と緊密な情報交換を行って連携を図っておりますが、オリンピック・パラリンピックに向けたテロ対策を行うにあたっても、日頃から行っている情報交換等に加えて、合同でテロ対策訓練を行うなど、各税関において連携の強化を図っています。
また、海外との連携も重要となります。特に世界的な犯罪組織・テロ組織が企む密輸を阻止するという共通の課題に取り組んでいる各国税関当局との情報交換は極めて重要な情報源といえます。そのため、外国税関当局との円滑な情報交換を可能とする税関相互支援協定を現在37か国・地域と締結しており、テロ関連物資の取締りにおいても、海外当局からの様々な情報を日本における取締りに活用しています。

写真:警察や海保との合同訓練の様子(上:大阪税関、下:長崎税関)

(4)業界団体との覚書(MOU)締結
密輸防止の観点で、内外関係機関との連携の強化と合わせて、極めて重要となるのは、民間の各業界団体との協力関係の強化です。
財務省・税関は貿易関係業界との間で、1992年より不正薬物の密輸防止について、水際での厳格な取締りと迅速な通関の両立を実現するため、税関と各種業界団体の相互理解を深め、継続的な協力関係を構築するべく、「密輸防止に関する覚書(MOU)」を締結してまいりました。具体的には、業界側は、不審物等を発見した場合の税関への通報や防犯カメラの設置等の自主警備の強化等を、また財務省側は、密輸問題に関する啓蒙活動の支援等の協力を行うこととしております。
この覚書は、当初は不正薬物の密輸防止のための不審情報提供の協力強化を目的として締結されましたが、その後1995年には、密輸防止の対象に銃器を追加し、そして2019年にはG20大阪サミット以降、東京オリンピック・パラリンピックまでの一連の重要行事の日本開催を見据えて、覚書の対象にテロ防止等の観点を追加し、内容の拡充を図りました。また、締結団体についても、当初覚書を締結したのは、貿易関係の4団体でしたが、情勢の変化に合わせて順次拡大してまいりました。近年では、宿泊施設が貨物の送付先として悪用される事案や、クルーズ船旅客への対応を念頭に、宿泊業界やクルーズ船業界等とも新たに締結し、現在合計11団体(2021年6月現在)と同覚書を締結しています*6。これまで、覚書締結先である業界団体から多くの情報を提供して頂き、その情報も活用しながら、相当量の不正薬物等を摘発しています。更に覚書の対象にテロ防止等の観点を追加して以降は、爆発物等、テロ関連物資の疑いのある貨物についても通報・情報共有を頂いており、テロの未然防止に効果を発揮してきているところです。今般のオリンピック・パラリンピック開催時に際しても、官民の連携も含めた水際でのテロ対策は非常に重要であると考えています。

写真:2020年の「密輸防止に関する覚書(MOU)」締結式の様子

5.おわりに
税関においては、このように情報や機器を活用しながら、内外関係機関との連携を行いつつ、日頃より水際でのテロ対策を行っておりますが、国際的な注目を集めるイベントが日本国内で開催される際には、特にこういった対策につき、警戒レベルを引き上げて、厳格な検査を行うこととしております。
5月28日には、東京オリンピック・パラリンピック開催前最後の全国税関長会議が、麻生財務大臣出席のもとで開かれました。会議において麻生大臣は、世界では厳然としてテロが起こっており、日本で起きないという保証はないということを念頭に、改めて東京オリンピック・パラリンピックに向けた税関のテロ対策に万全を期すことを各税関長に指示しました。
本誌が発行されるときには、税関においては、いよいよ東京オリンピック・パラリンピックの開催に向け、最大限の警戒レベルで水際対策に取り組んでいるところになります。ここまで読んでいただいた読者の皆様方におかれては、今回のオリンピック・パラリンピックの開催の裏側では、国民生活の安全・安心を脅かすテロを絶対に国内で起こさせないという強い使命感のもと、全国で税関職員が総力をあげて、水際でのテロ対策に全力で取り組んでいるということに、ぜひ思いを馳せて頂ければと思います。

写真:税関長会議において訓示をされる麻生財務大臣

*1)日本へ輸入することが禁じられているものは、当時は関税定率法に「輸入禁制品」として規定されていた。現在は、関税法第69条の11第1項において覚醒剤や麻薬などの不正薬物や、銃砲、爆発物等のテロ関連物資が「輸入してはならない貨物」として規定されている。
*2)PNR(Passenger Name Record)とは、航空会社が保有する旅客の予約情報のことで、氏名や国籍、生年月日に加え、予約年月日、旅行日程など計35の報告項目がある。
*3)我が国に入港しようとする船舶に積み込まれる海上コンテナー貨物に係る積荷情報について、原則として当該コンテナー貨物の船積港を当該船舶が出港する24時間前に、詳細な情報を、電子的に報告することを義務付ける制度。
*4)我が国の税関空港に入港しようとする外国貿易機に積載された貨物に係る積荷情報について、原則として税関空港に入港する3時間前までに当該税関空港の所在地を管轄する税関に電子的に報告することを義務付ける制度。
*5)TDS:Trace Ditection System
*6)財務省関税局が覚書を締結している団体は、航空貨物運送協会、日本通関業連合会、日本船主協会、定期航空協会、外国船舶協会、大日本水産会、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会、全日本シティホテル連盟(現:全日本ホテル連盟)、日本旅館協会、日本外航客船協会、全国漁業協同組合連合会の計11団体。