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普通地方交付税を踏まえて、基礎自治体の財政運営について考える~海津市と輪之内町の比較を通じてわかること~

岐阜県海津市 総務部 地方創生・行財政改革担当部長 髙木  康一
1.海津市と輪之内町
昨年のファイナンス11月号「地方創生の現場から(第9回)」に岐阜県海津市での地方創生や地方財政での取組みについて投稿させていただいた。とある人物から、「官僚は、もっと積極的に雑誌に投稿すべし」との金言をいただいたことがきっかけで、再度このファイナンスに投稿させていただくこととした。今回は、地方財政に絞って、書かせていただく。国の職員は、地方財政計画をはじめとしたマクロの視点にどうしてもなりがちだが、市役所の一財政担当職員というミクロの視点で、「海津市をはじめとした、歳入の多くを普通交付税に頼る基礎自治体がどのように財政の運営を考えていけばいいのか」について執筆させていただく。結論を先に言うと、「地方交付税法の、基準財政需要額に算入されない事業を見直し、「(地方交付税法で想定される)バーチャルな基礎自治体」に近づけば近づくほど、実質単年度収支が改善し、資金繰りが楽になる」ということを説明していく。それを説明する方法として、岐阜県西濃地域の隣接する市町、「海津市」と「輪之内町」がそれぞれ実施している事業を財政的に比較していく。聞きなれない言葉「バーチャルな基礎自治体」とはなんであろうか。それは、本記事をお読みいただければわかる。なお、文中の意見にわたる部分はすべて筆者の見解であり、所属組織の見解ではない。そして、誤りはすべて当方の責による。
海津市がどういう市かは、11月号の投稿をお読みいただきたい。人口はだいたい3.4万人、面積は112平方キロメートル。川と堤防に囲まれた輪中地帯として知られている。平成の合併により3つの町(海津町、平田町、南濃町)が合併して誕生した新しい市である。平成の合併は昭和の合併と異なり、人口の目標数値がなかったことで小さな町村が多数残ってしまったが、その1つが海津市の北に位置している輪之内町である。人口は1万人ほど、面積は22平方キロメートルで海津市よりも人口も面積も小さな町である。輪之内町もその名前のとおり、輪中地帯に位置している。当然だが、海津市と輪之内町の風景はよく似ている。電波少年という昔のテレビ番組の企画みたいに、目隠しをされて、海津市と輪之内町のどこかランダムなポイントに連れていかれたら、地元の人もここは海津市なのか輪之内町なのか一瞬わからなくなるのではないかと思う。そんな景色がそっくりの海津市と輪之内町だが、人口や財政については、海津市は人口が大きく減少しており財政が逼迫している一方で、輪之内町は人口が(1990年と比べて)増えていて、財政も比較的余裕がある。
データでそれを見てみよう。グラフ1 海津市、輪之内町の人口の推移(1990年~2020年)はそれぞれの人口の推移である*1。左軸が海津市の人口で、右軸が輪之内町の人口である。海津市は、1990年~2020年の間に(これは、ほぼ平成の期間に相当する)40,811人から33,966人と16.8%も人口が減少しているのに対し、輪之内町は、2010年の10,028人以降は減少しているとはいえ、8,335人から9,663人に15.2%増加している。
実質単年度収支(実質単年度収支の詳細については、ファイナンス11月号の拙記事に詳細あり)で比較すると、輪之内町は、直近7年間のうち、5度黒字になっており、ほぼトントンで財政を運営できているが、海津市は7年間のうち5度赤字となっており、特に2013年度以降は赤字が定着してしまっている。つまり、輪之内町は基本的にその年の歳入で歳出を賄えており、持続可能性の高い財政構造であるといえるが、海津市は歳入を歳出が上回ることが常態化しており、財政調整基金や繰越金といった、家計でいう貯蓄にあたるものを取崩しており、このままでは持続的な財政構造とは言えない。
また、人口や財政だけが原因ではないのだろうが、地元の人々のそれぞれの役場への評価も結構な差がある。海津市の地元の人は、「輪之内町は財政的にしっかりしているので羨ましい。(そのあとは、「それに比べてうちの役場は…」と続くことが多い)」と言い、輪之内町の人も「うちの役場は財政がしっかりしているみたいですね(だいたい、「特に町には何にもないんですけどね…」と続く)」と言う。
地理的にほとんど差がないこの2つの地方団体で財政状況が異なる理由は何か。この疑問について、普通地方交付税の観点から検討していきたい。
グラフ1.海津市、輪之内町の人口の推移(1990年~2020年)
グラフ2.海津市、輪之内町の実質単年度収支の推移(2012年~2018年)

2.歳入と歳出どちらがより財政運営に効いてくるか~普通地方交付税について~
「グラフ1 海津市、輪之内町の人口の推移(1990年~2020年)に示されているように、海津市は人口が減っている一方で、輪之内町は人口が増加している。また、輪之内町のほうが企業の誘致に積極的で工場も多い。そのため、市税収入が輪之内町は多くて、財政に余裕があるのだ」と歳入の面から考える地元の人が多い。確かに、財政力指数*2(令和元年度)を見ると海津市は0.49に対して、輪之内町は0.63となっており、輪之内町の方が勝っている。だが、この主張も正しいものの、(1)地方交付税という制度の建て付け上、地方財政の資金繰りについては、歳出のほうが大きな意味を持つこと(2)また、短期的に資金繰りを改善するためにはどうしても歳入の増加は時間がかかること。この2つの理由から、どちらかと言えば、歳出のほうに着目する必要がある。この章では、海津市と輪之内町の比較の前提知識として、地方交付税について簡単に説明させていただきたい。地方交付税は大変複雑な制度であるため、筆者の手に余ってしまうのが本音なのだが、ご容赦いただきたい*3。
地方交付税の理解の第一歩として、「地方交付税には、2つの視点があること」に注意されたい。1つ目が「マクロの視点」と本文で呼ばせていただく見方であり、地方財政計画の中の交付税総額という意味での交付税であり、国家公務員の視点だとほとんどこちらの見方になる。もう一つは、「ミクロの視点」と記載させていただく考え方であり、個別の道府県、市町村が、各々いくら交付税がもらえるのかという観点である。地方公務員はほとんどこの視点から交付税を見ている。(この2つの視点が絡まりあっているのが地方交付税という制度であり、それゆえに大変わかりにくい制度なのではないかと個人的には考えている。)この投稿では、主に後者の観点から論じていくが、先にマクロの視点での地方交付税について、簡潔に記載させていただく。
都道府県や市町村といった地方団体は、小・中・高等学校や、上下水道、消防、警察といった様々な民間とは異なるサービスを提供しているが、その財源は、地方税収で対応するのが原則である。他方で、地方団体の提供する行政サービスの水準は、生活保護のように各自治体で決定できるわけではないものが多々あり、かつ、東京都と奈良県や島根県もしくは、この近辺だと大垣市と海津市のように、自治体間で財政力に大きな差が存在することも事実である。
この現実に対応する方法はいくつか考えられるが、「全ての都道府県と市町村は、基本的には同じ行政サービスを提供することが望ましい」という立場を選択するのであれば、各団体が一定の財源を確保できるような財政調整が必要となる。財政格差を調整する主要なツールの一つが、地方交付税という制度であり、それぞれ所得税・法人税の33.1%、酒税の50%、消費税の19.5%、地方法人税の全額とされている(地方交付税法第6条)。毎年の予算折衝では、この法定率分をベースとしつつ、地方財政対策を通じて交付税の総額(マクロ)がまず決定される。その上で、交付税の総額の配分にあたっては、人口や面積などの客観的な指標をベースにしつつ、補正係数や単位費用が毎年調整され、個別の地方団体への交付額(ミクロ)が決まることになる。また、地方交付税は「普通地方交付税」と「特別地方交付税」の2つがあり、前者は総額(マクロ)の94/100、後者は6/100とされている(地方交付税法第6条の2)。特別交付税は、基準財政需要額に、算定方法によって捕捉されなかったり、災害の発生等により「特別の財政需要」があった際に別に交付されるものであり、以下では「普通地方交付税」について論じていく。


3.基準財政需要額について
この章と次章では、ミクロの視点で普通地方交付税について検討していく。総務省のHPに記載されている、普通地方交付税の額の算定式は
・各団体の普通交付税額=(基準財政需要額-基準財政収入額)=財源不足額
・基準財政需要額=単位費用(法定)×測定単位(国調人口等)×補正係数(寒冷補正等)
・基準財政収入額=標準的税収入見込額×基準税率(75%)
というものであるが、実際には基準財政需要額のところが少し異なる。臨時財政対策債(臨財債(りんざいさい)と略されることが多い)発行可能額に基準財政需要額の一部が振替えられているので、脚注3で紹介した尼崎市作成のスライドのようになるのだが、ここでは深く立ち入らない(この記事では深く立ち入らないが、地方財政を理解するうえで大変重要なポイントである)。
基準財政需要額のポイントは、各地方団体の「標準的な行政経費」を表すということに尽きる。「標準的」とは、この場合どういうことを指すのか。地方交付税法には、「単位費用」について、「標準的条件を備えた地方団体が合理的、かつ、妥当な水準において地方行政を行う場合又は標準的な施設を維持する場合に要する経費を基準」とすると規定されている(法第2条第6号)。つまり、海津市を例に簡単に言うと、「実際の海津市」が必要な経費を算入してくれるわけではなく、あくまで「人口が3万4千人で、面積が112平方キロメートルで、道路の面積が5,295千平方メートルで延長が1,131キロメートルでetc..(これらは、地方交付税の用語で「測定単位」という)」の「バーチャルな海津市」が必要な経費を算入するということである。単位費用と測定単位に寒冷補正や密度補正といった「補正係数」がかかる。これらを、消防費や土木費といった費用ごとに足し合わせることで、基準財政需要額が算定される。
抽象的な説明だとわかりづらいので、海津市の令和元年度の普通交付税算定結果のうち、消防費を例に具体的に説明していこう。消防費については、測定単位が人口となっているが、補正前の人口35,206人(国勢調査のデータのため、2015年のデータが使用される。)に対して、段階補正と密度補正、さらに合併した市町村に特有の補正も加算され、合計で1.497の補正がかかる。これらに単位費用の11,300円/人をかけて、595,544千円(35,206*1.497*11,300)円が消防費の基準財政需要額と算定される。つまり、補正係数によって、単純に測定単位35,206人×単位費用11,300円/人となるわけではなく、52,703(35,206*1.497)人の人口がある市町村と同じだけの基準財政需要額が算定される。実際に、令和元年度海津市決算状況調査(決算統計)のうち消防費(一般財源分)を見ると568,001千円となっており、基準財政需要額と決算額のかい離は27,543千円(4.8%)でほぼ一致している*4。
補足すると、単位費用は法定であり、補正係数は総務省令で定められている。地方交付税の総額が毎年違うこともあり、単位費用や補正係数も年々異なっている。先の消防費だと令和元年は11,300円だったが、令和2年では11,400円となっている。
図1.普通交付税・臨時財政対策債の関係(尼崎市資料)
図2.基準財政需要額(ポイント費目一覧)について(尼崎市資料)

4.基準財政収入額について
基準財政収入額は、普通交付税の算定に用いるもので、各地方公共団体の財政力を合理的に測定するために、標準的な状態において徴収が見込まれる税収入を一定の方法によって算定するものであり、以下の算式により算出される。
・基準財政収入額=標準的な地方税収入×75/100+地方譲与税等
標準的な地方税収入のうち25%は留保財源と呼ばれるもので、地方団体が独自の事業をする財源とされている。ポイントは、この標準的な地方税収入×75%とされているゆえに、仮に市民税や固定資産税が増えたとしても、普通交付税がその増えた分の75%減少するため、実際には一般財源の総額は25%しか増加しない。そして、この点について逆の見方をすると、人口が減少したり、企業の工場が撤退してしまい、「標準的な税収入(市民税や固定資産税)」が減少したとしても、普通交付税でカバーされるため、25%しか減少しない。この点が、先に「地方交付税という制度の建て付け上、歳入よりも歳出のほうが大きな意味を持つ」といった理由である。簡単な数値を用いて具体的に見ていこう(ここでは、臨財債のことは考えないこととする)。
ある自治体のA年には、税収入が100だったとする。このとき、基準財政収入額はその75%なので、75となる。基準財政需要額が200と算定されているので(これがこのまま数年間は変わらないと仮定する)普通交付税は200-75で125となる。ここで収入全体(税収入と交付税しか存在しないと仮定)は100+125で225となる(基準財政需要額よりも大きくなるのは、留保財源の存在のため)。
A+1年では、何らかの要因により税収入が大幅に増え、140となったとする。その際、基準財政収入額は105(140*75/100)となり、先ほど仮定したように基準財政需要額が変わらないので交付税の額は95(200-105)となる。このとき、収入全体は235(140+95)となり、税収入が40増えたにもかかわらず、全体は10しか増加しない。
A+2年では、これまた何らかの要因により税収入が大幅に減少し、60となったとする。この際、同様に基準財政需要額が変わらないとすると、収入全体は215となり、税収入が40と大幅に下がったにも関わらず、収入全体では10の小幅の減少にとどまる。
このように、良くも悪くも税収入の変化は、交付税で調整されるため、収入全体では大きな影響が出ない。また、収入全体では、基準財政需要額(200)を上回っている。つまりは、基準財政需要額に算定される事業(つまりは、「標準的な」事業であり、「バーチャルな」市の事業)を実施する限りにおいて、財源は保障されているのだ。ここで重要なのは、現実を見ると、実際に市が行っている事業は、「標準的な」事業に限られないということだ。次の章でそれを見ていく。
余談になるが、基準財政収入額には都市計画税や入湯税は含まれない。なので、これらの税収が増えても基準財政収入額は増加しないため、普通交付税額が減額しない。
図3.基準財政収入額について(尼崎市資料)
表1.自治体の収入全体の数値例

5.海津市と輪之内町の行政サービスについて(基準財政需要額の観点から比較)
ここまで、普通地方交付税という制度について論じてきた。ここで、海津市と輪之内町の実施している事業について基準財政需要額への算定という観点から検討していきたい。表2(海津市と輪之内町の実施事業(基準財政需要額に算定されないもの))は海津市と輪之内町ぞれぞれの実施している事業の比較である。
海津市は、「海津市老人福祉施設海津苑(海津温泉)」と「南濃温泉水晶の湯」という2つの温泉について、指定管理者制度で運営を行っている。これらは、もちろん図2(基準財政需要額について(尼崎市資料))にある基準財政需要額に算定される事業ではない。つまり、「バーチャルな海津市」が行う事業として、交付税では考えられていない。理論的にはすべて市の「留保財源」で実施すべき事業である。同様に、道の駅(クレール平田、月見の里南濃)や公営の特養・老健について海津市は運営しているが、これらも基準財政需要額には算定されない。それぞれの決算額を見てみよう。
表3(交付税に算定されない事業の決算額)は、温泉等の事業の海津市令和元年度決算額である。公営温泉については、令和元年度の決算額(一般財源分)については、およそ1.5億円かかっている。このうち、交付税措置がされているのは、合併特例債という建築時に借りた借入金の元利償還金分の2,700万円ほどなので、結果的には1.3億円ほどの費用の歳出超過。同様に、道の駅は7,400万円ほど、特養・老健については、2,800万円ほどの歳出超過となっており(道の駅についても合併特例債の元利償還金)これら3つの合計でおよそ2.3億円の歳出の超過となっている。一方で、これらの事業について、輪之内町は実施していない。
また、表にはないが基準財政需要額に算定される事業についても、海津市と輪之内町は異なる点が多々ある。消防署については、海津市は市で自前の消防署をもっているものの、輪之内町は「大垣消防組合」という一部事務組合で実施している。火葬場についても海津市は自前のものをもっているが、輪之内町はお隣の安八町と共同利用している。
先に、輪之内町の人は、「特に町には何にもないんですけどね…」とよく言うと紹介したが、まさにこの「基準財政需要額に算定されない事業を行っていないこと」が輪之内町の健全な財政の理由の1つとなっているのは間違いない。
一点補足させていただくと、当方の主張する、基準財政需要額を超える過剰サービスゆえの財政悪化という説明(歳出の観点からの説明)は、市税が少ないこと(歳入の観点からの説明)のまさにコインの裏表の関係であり、実際には同じことを言っている。市税収入が少ないことは、つまり留保財源が少ないことであり、市の独自事業をすることが難しいことに繋がるからだ。ただ、この交付税という制度の仕組みや短期的に市税収入を増やすことが難しいことを考慮すると、まずは歳出から考えるほうが適切である。

6.財政的に苦しい自治体への提言:基準財政需要額と実際の歳出を見比べてみる
読者の方の中には、海津市と同様に実質単年度収支の赤字が続いており、今後の財政の持続性に不安を抱かれている地方団体の財政担当者もいらっしゃるかもしれない。これまで論じてきたことから仮に彼/彼女に提言するならば、「基準財政需要額と実際の歳出を比べてみてはどうでしょう」となるだろう。
市税収入を大きく増加させることは、多少移住者が増えただけでは無理であり、大規模な企業誘致に成功しない限り、達成することは難しいだろう。そうなると、どうしても短期的に資金繰りをよくするためには、「普通交付税の基準財政需要額に算定されない事業を見直していく」という作業が必要となる。
この視点が有用であるのは、見直す事業の優先順位が明確になることだ。
考え方の優先順位
(1)まずは、基準財政需要額に算入されない事業(温泉や特養等の民間でも実施が可能な事業)の今後の実施について検討する。
(2)基準財政需要額に算定される事業であっても、それが基準財政需要額を大きく上回り、「標準的な」レベルを超えたサービスを提供しているときには、それを見直す。
(3)基準財政需要額を超えてしまう理由が、「標準的な」レベルを超えたサービスを提供しているわけでない場合(どれだけ効率的な事業執行をしていても、実際にかかる費用が基準財政需要額を大きく超えてしまう場合)には、国に単位費用や補正係数の変更を要望する。
具体的な例を話すと、(1)については、海津市の場合だと温泉施設等の存続の検討ということになる。
(2)については、海津市の場合だと、小学校費と中学校費があげられる。海津市の小学校数は、現在10であり、輪之内町は3。中学校数は海津市3、輪之内町1となっている。確かに両市町の人口比(およそ3:1)的には適当に思えるが、近年の子供の出生数は海津市130人前後、輪之内町60人前後なので、それを考慮すると、どちらも小学校の数が多い(1校の1学年あたり、およそ海津市は13人、輪之内町は20人となる)。基準財政需要額の小学校費と中学校費について、実際の決算データを比較してみよう。
表4-1(海津市の教育費(小学校費と中学校費)の基準財政需要額と決算額(一般財源))、表4-2(輪之内町の教育費(小学校費と中学校費)の基準財政需要額と決算額(一般財源))は海津市の小学校費と中学校費の基準財政需要額と決算額(一般財源)との比較である(包括算定経費の部分は推計値)。小学校費については、措置割合(基準財政需要額/決算額(一般財源))は75.1%、中学校費は69.0%とかなり低くなっている。一方の輪之内町は、小学校費については、74.2%、中学校費は93.0%となっている。
海津市と輪之内町どちらも、子供の数に比較して数が多くなっている小学校については、措置割合が低くなっている。中学校については、1校しかない輪之内町は93.0%とかなり高くなっているものの、3校ある海津市はそれよりも低い。
近年、海津市では財政的観点からというよりも、児童数の減少による複式学級のデメリットを考慮し、小学校の統合を検討しているが、これは財政の観点から見ても適切な政策であるといえる。確かに、表にあるように小学校や中学校を統合せず、学校数や学級数が多ければそのぶん基準財政需要額が増加するので、理論的には交付税の額が増加する。だが、海津市の財政を担当した経験からいうと、多数の校舎を保持することで、どうしても維持費が嵩んでしまう(体育館、プール等の施設の修繕が毎年のように発生してしまい、馬鹿にならない修繕費が発生する)。そのため、基準財政需要額への算定を考慮したとしても、学校の合併を進めることが財政的には有利であるといえる。たった1年のデータによる分析ではあるが、この結果もそれを示しているのではないだろうか。

(3)については、尼崎市の場合を例にすると生活保護費(H22年度まで)があげられる。生活保護費については、法令等による義務付けがあり、各市町村の努力、裁量による経費削減の余地がない。これについて、決算額とのかい離が大きいのであれば、交付税制度を含めて何らかの制度変更が必要となる。尼崎市は、生活保護費について実際とのかい離が大きかった(H22年度は措置割合84.4%)が、国に対し地方交付税法第17条の4に基づく意見の提出を積極的に行ったこと等によりH23年度以降はそれが改善している(詳細は、脚注3の尼崎市のスライドを参照)。
これまでの議論に基づき、海津市への提言をするとすれば、海津市は地方交付税の計算時に想定されている、「バーチャルな海津市」に近づけば近づくほど(つまり、交付税法上の、「標準的な」行政サービスに想定されていない、温泉や道の駅、特養や老健を民営化したり、廃止したりする)、資金繰りに余裕が生まれてくる。だが、仮にこれらの施設の廃止となると海津市に魅力がなくなってしまうという反論も妥当である。ここで、この提言は「比べてみること」だけを勧めており、「基準財政需要額に算定されない事業はやめなさい」となっているわけではないことに注意してほしい。海津市が2つも温泉や道の駅を持っているのは、「過剰」だと切り捨てることもできるが、「他の市にはない特色」と好意的に捉えることも不可能ではない。仮に、「たとえ財政的に厳しくとも、この2つの温泉をはじめとした施設を存続させていこう」という覚悟があるのであれば、次にすることは「市税収入を上げること」である。市税収入が増えれば、それだけ留保財源も増加するので、独自の事業を継続しやすくなる。「温泉事業や道の駅を続けるために、移住者や企業誘致をする」というのは本末転倒ではあるが、財政的にはそうしていく他ない。(もしくは、ふるさと納税や入湯税、都市計画税(現在、海津市では都市計画税の課税なし)といった基準財政収入額に算定されない寄附金や税を増やすということも考えられる。)
いずれにせよ、地方交付税という巨大な制度の財源保障機能を考慮すると、地方団体の財政運営を適切に行うためには、この制度をしっかりと理解することが不可欠である。

7.さいごに
「文章を書くという作業は、とりもなおさず自分と自分を取り巻く事物との距離を確認することである。」と村上春樹氏はデビュー作「風の歌を聴け」で記している(デレク・ハートフィールドという架空の作家の言葉として)。この本を初めて読んだ時から、この文章が自分の頭から離れない。書くことで、書かれる内容について理解していることと、していないことがはっきりとする。また、書き進めることでさらにその物事との距離が近くなっていく。この投稿をすることで、自分自身の地方財政への理解がさらに深まるだけでなく、何らかの有益な情報が読者の皆様にあれば、望外の喜びである。
また、この記事では海津市の温泉施設をはじめとした独自の行政サービスについて若干批判的な記述を行ったが、一市民(というか一温泉好き)としては、海津温泉も南濃温泉水晶の湯も大好きであり、お勧めスポットである。海津温泉は、いつ行っても空いているのでリラックスできるし、お湯の質も大変高い(名古屋等の遠方からもお湯を目当てに客がきている)。また、水晶の湯は濃尾平野を見渡せて、誠に絶景である。名古屋のビル街まで見ることができる。11月の投稿やこの投稿を見て、海津市に興味を持った方がいれば、是非とも海津市の温泉に足を運んでみていただけないだろうか。先にも書いた通り、入湯税は基準財政収入額に算入されないので、読者の皆様に来ていただければ、それだけ海津市を財政的に助けることにもなる。

【参考文献】
・尼崎市HP「尼崎市における地方交付税の現状と課題」URL:https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/shisei/si_zaisei/kouhuzei/local_allocation_tax.html
・岡本全勝(1996)「地方交付税 仕組と機能―地域格差の是正と個性化の支援」(大蔵省印刷局)
・黒田武一郎(2020)「地方交付税を考える―制度への理解と財政運営の視点」(ぎょうせい)

*1)1990~2015年は国勢調査、2020年は住民基本台帳データ。
*2)財政力指数は、地方公共団体の財政力を示す指標で、基準財政収入額を基準財政需要額で除して得た数値の過去3年間の平均値。財政力指数が高いほど、普通交付税算定上の留保財源が大きいこととなり、財源に余裕があるといえる。
*3)より詳しいことが知りたい場合には、無料で入手できる資料としては、兵庫県の尼崎市作成のものが一番わかりやすいのではないか(「尼崎市における地方交付税の現状と課題」URL:https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/shisei/si_zaisei/kouhuzei/local_allocation_tax.html)。力作なので、交付税に興味のある方は、是非お目通しいただきたい。)
*4)包括算定経費については、消防費分は不明なのでゼロとしている。