【CONTENTS】
CBDC(中央銀行デジタル通貨)について、財務省・日本銀行・民間金融機関・決済ベンチャーの実務担当者が解説する。
03 イノベーションと通貨、そしてCBDC…理財局 国庫課 課長補佐(総括・企画) 楢崎 正道
09 中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の最近の取り組み…日本銀行 決済機構局 決済システム課 デジタル通貨グループ 企画役 山田 健
12 一般利用型CBDC(中央銀行デジタル通貨)について…三菱UFJ銀行 経営企画部 部長 山井 康浩/同 経営企画部 調査役 佐藤 涼介
14 CBDCを通じたイノベーションへの期待…株式会社マネーフォワード 執行役員CoPA兼Fintech研究所長 瀧 俊雄
イノベーションと通貨、そしてCBDC
理財局 国庫課 課長補佐(総括・企画) 楢崎 正道*1
1.イノベーションと通貨の発展
(1)鋳造貨幣の誕生、中国銭の流入、そして紙幣の登場*2
通貨は、人々の社会・経済活動の最も重要なインフラの一つであるが、その歴史を振り返ると、通貨自体が、その時々のイノベーションの成果を取り入れつつ、社会・経済活動における取引実態やニーズも踏まえ、競争的に発展してきた。
我が国では、7世紀ごろまで米・塩・布などが物品貨幣として利用されていたが、中央集権的な律令制度の構築を進める中で、都を中心とした貨幣制度の導入が検討され、鋳造技術の発展というイノベーションも背景として、7世紀後半、我が国初の国産貨幣として「富本銭」が誕生した*3。その後、「和同開珎」を含めた12種類の銅銭が鋳造技術により製造されるなど、銅銭の利用が広がりを見せた。
写真:左:富本銭、右:和同開珎(銅銭)(提供:造幣局)
しかし、国内の銅生産の不調などにより、958年に発行された乾元大宝を最後に銅銭の発行は停止され、再び米・布といった物品貨幣による経済に逆戻りする。こうした中、12世紀半ば以降、中国から流入した銅銭が国内に広く流通し、数世紀にわたり国家による貨幣製造が行われない時代が続いた。当初、朝廷は、物価・財政への影響を懸念して中国から流入した銅銭の利用を禁止したが、国内経済への銅銭の浸透を受けて、その後解禁せざるを得なくなった。
16世紀に入ると、戦国時代の下で、諸大名が軍事資金の調達を目的として金山・銀山の開発を積極的に行い、国産貨幣の製造が再び活発化した。これに伴って鉱山技術のイノベーションも進み、日本は世界有数の鉱山国となった。そして、この時代に開発された金山・銀山を、関ヶ原の戦いを制した徳川家康が接収し、金座・銀座と呼ばれる常設製造機関において大量生産体制を構築することにより、1601年に「慶長金銀」と呼ばれる金貨・銀貨の製造開始を迎える。さらに、江戸幕府は1636年に銅銭である「寛永通宝」を発行し、幕府が発行する金・銀・銭(銅)の三貨が出揃い(三貨制度)、日本独自の貨幣体系が成立した。
一方、ほぼ同じ時期に、国内における製紙・印刷技術の発達を背景として、1600年ごろ、日本初の紙幣である「山田羽書」(銀貨の預り証)が民間の発行する私札として登場した。その後、財政補填を目的として、「福井藩札」などの藩札が各藩で発行され、金属不足や地域の通貨需要の高まりを受けて、貨幣にかわり各地で流通するようになった。こうして、金・銀・銭(銅)から構成される貨幣と藩札などの紙幣が併存する時代に移行していった。
写真:永楽通宝(提供:造幣局)
写真:慶長大判(提供:造幣局)
写真:左:寛永通宝(提供:造幣局)、右:福井藩札(提供:国立印刷局お札と切手の博物館)
(2)近代通貨制度の導入と偽造防止技術の向上
明治維新を経て、新政府は、混乱した通貨制度を立て直し、近代的な通貨制度を構築するため、1871年、新貨条例により、新たな通貨単位を「円・銭・厘」と定め、1円=金1.5グラムとする金本位制を採用した。
新政府は、同年に創業した造幣寮(現・造幣局)において、蒸気を動力として意匠を圧印する近代的技術を備えた洋式設備を導入し、新しい貨幣の製造・発行を行った*4。
また、新政府は、新貨条例制定後、大蔵省兌換証券、新紙幣等の政府紙幣を発行したのに続き、1872年の国立銀行条例制定により、1873年から国立銀行紙幣が発行された。当初、国立銀行紙幣は、米国の印刷会社に製造を委託されていたが、海外での製造に伴う経費負担や偽造防止の問題から、国内製造を求める声が高まり、紙幣寮(その後、紙幣局、印刷局等を経て、現・国立印刷局)において、最先端の紙幣製造技術をドイツより輸入し、1877年、国立銀行紙幣(新券)が製造・発行された。その後、国内の紙幣発行を一元化し、近代的な通貨・金融制度を確立するため、1882年に日本銀行が設立され、1884年より、印刷局において日本銀行券の製造を開始し、翌1885年からその発行が開始された*5。
このように、新政府は、最先端のイノベーションを積極的に取り込みながら、近代的な通貨制度の構築を通じた国力の増強、国際的な競争力の確保を図った。
なお、日本銀行券は、当初、銀貨と交換できる兌換銀券として発行されたが、欧米諸国に倣い、1897年の貨幣法制定により金本位制が確立され、日本銀行券は金貨と交換できる兌換券となった。その後、世界恐慌の影響を受けて、1931年に金貨兌換を停止し、実質的に管理通貨制度に移行したが、それ以来、戦時中の例外を除き、今日まで、本位通貨としての日本銀行券と補助通貨としての貨幣による通貨制度が維持されてきた。
この間、造幣局・国立印刷局(それぞれの前身の機関を含む)は製造技術向上に努め、各時代における最高水準の偽造防止技術を取り入れてきたが、そうした努力の結果、現在、我が国における偽造通貨の発見割合は諸外国と比して低い水準となっていることは注目に値する(下記グラフ参照)。本年は、1871年に新貨条例が制定され、近代通貨制度が誕生してから150年を迎える節目の年であるが、我が国の通貨の技術水準の高さは、通貨としての信用・信頼の維持、安定した発行・流通、ひいては国際通貨としての「円」の信用・信頼に寄与し、我が国経済の発展と国際的な競争力強化の基盤の一つとなってきたと考えられる。
なお、本年11月の発行開始に向けて現在準備を進めている新500円貨幣については、バイカラー・クラッド、異形斜めギザを、2024年度上期の発行開始を目指している新銀行券(一万円券・五千円券・千円券)については、高精細すき入れ、3Dホログラムといった世界最高水準の偽造防止技術を採用している。
写真:造幣寮創業当時の圧印機(仏トネリ社製)(提供:造幣局)
写真:旧20円貨幣(提供:造幣局)
写真:国立銀行紙幣(新券)(提供:国立印刷局お札と切手の博物館)
写真:日本銀行兌換銀券(提供:国立印刷局お札と切手の博物館)
表.流通枚数に対する偽造発生割合(日本の偽造発生割合を1とした場合)
写真:近代通貨制度150周年記念貨幣一万円金貨(本年6月に近代通貨制度が150周年を迎えることを記念し、9月(一万円金貨)及び11月(五千円金貨、千円銀貨)に発行予定。)
写真:新500円貨幣(二色三層構造であるバイカラー・クラッド技術を我が国の通常貨幣では初めて導入。また、斜めギザの一部を他のギザとは異なる形状にした「異形斜めギザ」を通常貨幣としては世界で初めて採用。)
写真:新一万円券(現行の「すき入れ」に加えて、新たに高精細なすき入れ模様を導入。また、肖像の3D画像が回転する最先端のホログラムを世界で初めて銀行券に導入。)
(3)キャッシュレス時代の到来
現代のイノベーションは、貨幣や銀行券の品質、偽造防止技術の向上のみならず、これら現金以外の決済手段の多様化、キャッシュレス化をもたらした。
我が国では、1961年に日本初のクレジットカードが登場して以降、国民の間で利用が広がったのに加え、2000年代に入ると、JR東日本のSuicaに代表される電子マネーが登場し、数多くのサービスが提供・利用されるようになった。また、近年では、○○ペイといったQRコード決済をはじめとしたスマートフォン決済も広がりを見せているほか、GAFAをはじめとしたIT企業がそれぞれのプラットフォームビジネスと一体的に決済サービスを展開するなど、決済手段が急速にデジタル化している。
さらに、昨年来の新型コロナウイルス感染症の拡大は、テレワーク勤務の広がり、宅配・動画配信サービスの利用拡大など、非接触型のビジネス、生活スタイルへの転換を促進し、社会・経済のデジタル化の動きを加速させているが、こうしたデジタル化のトレンドはコロナ後も中長期的に続く可能性が見込まれる。
こうした社会・経済のデジタル化の流れの中で、長らく金属や紙で製造されてきた通貨のデジタル化の取り組みとして、近年、中央銀行デジタル通貨(CBDC)が注目されるようになっている。
写真:Suica※(提供:東日本旅客鉄道株式会社)※「Suica」は、東日本旅客鉄道の登録商標。
写真:QRコード決済のイメージ(出典:統一QR「JPQR※」普及事業サイト)※総務省・経済産業省が推進する統一規格であり、ひとつのQRコードで多くの決済サービスに対応できるキャッシュレス手段。
2.諸外国におけるCBDCを巡る動向
現在、中央銀行が当座預金とは別に発行する新たな形態の電子的なマネーとして、CBDC(Central Bank Digital Currency)に関する検討が諸外国において急速なスピードで進められている。2019年6月のリブラ構想の発表を受けて、グローバルステーブルコインが有する政策・規制上のリスクが各国で認識されたことも、2020年以降に各国がCBDCの検討を加速させた背景の一つとして考えられる。
(1)中国
中国においては、2020年10月以降、深圳・蘇州において、「デジタル人民元」を市民に配布して大規模なパイロット実験を実施し、北京・上海・香港などに順次拡大しているほか、同年10月には、デジタル人民元の発行に法的根拠を与える規定などを盛り込んだ「中国人民銀行法」の改正草案が公表された。
また、中国人民銀行の李波副総裁は、2022年2月開催予定の北京オリンピックの期間中、国内ユーザーのみならず外国人にもデジタル人民元を利用可能にすると発言しており、発行に向けた準備が急ピッチで進められているものと見られる*6。
写真:上海市におけるデジタル人民元の実証実験の様子(提供:筆者知人)
(2)米国
米国においては、本年1月にバイデン政権になって以降、デジタルドルは「非常に優先順位が高いプロジェクト」(パウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長、2月)、「中央銀行がCBDCに目を向けることは理にかなっている」(イエレン財務長官、2月)など、以前よりも前向きな発言が見られるようになっている*7。
本年5月には、パウエルFRB議長が、米国におけるCBDCの利点とリスクをまとめたディスカッションペーパーを本年夏に公表すると発表し、CBDCの設計に当たっては、金融政策、金融の安定性、消費者保護、法律、プライバシーなどの考慮すべき事項があり、慎重な検討が必要としつつ、FRBはCBDCの国際標準策定において主導的役割を果たすと発言した*8。
また、ボストン連邦準備銀行とマサチューセッツ工科大学(MIT)は、デジタル通貨プラットフォームの構築に向けて共同研究を行っており、本年半ば以降、第一段階の研究成果を発表するとしている。
(3)欧州(ユーロ圏)
ユーロ圏においては、2020年10月、欧州中央銀行(ECB)が「デジタルユーロに関する報告書」を公表し、CBDC発行の必要性が生じた際に備えて準備を進めておく必要があるとの認識の下、デジタルユーロの基本原則や、考え得る発行シナリオを整理している。
同報告書の中で、ECBは、本年半ばに、デジタルユーロに関する実証実験を開始するか否かを判断する予定としており*9、今後数カ月以内に判断が下されると見込まれる。
(4)途上国
バハマとカンボジアにおいては、2020年10月から、それぞれ独自のデジタル通貨である「サンドドル」「バコン」の正式運用をすでに開始している。
表.各国の動き
(5)先進国における協調の動き
こうした中、先進国における国際協調の動きとして、国際決済銀行(BIS)と日米欧を含む7か国の中央銀行*10は、2020年に入ってから、一般利用型CBDCに関する共同研究を実施しており、同年10月に共同報告書「中央銀行デジタル通貨:基本的な原則と特性」を公表している。共同報告書の中では、CBDCに関する原則や、CBDCシステムが備えるべき基本的な特性について記述がなされるなど、先進国における一般利用型CBDCのスタンダードづくりを目指したものとなっている。
一方、2020年10月に行われたG7財務大臣・中央銀行総裁会議において、CBDCについて、「透明性」「法の支配」「健全な経済ガバナンス」にコミットしている先進国の取組は促していくべきである一方、こうしたコミットメントを欠くものには注意喚起を行っていくべきとの共同声明が発出され、本年6月のG7財務大臣・中央銀行総裁会議(英国・ロンドン)においては、CBDCが持つべき共通の原則について、本年後半に結論を公表すると発表された。G7諸国は、国際通貨システムの安定を確保するため、ともに連携しながら、デジタル通貨の動向を注視していくこととしている。
以上の通り、CBDCの検討の進捗状況は国・地域によって差は見られるものの、重要な課題と位置付けて検討を本格化する国が増加している。社会・経済活動のデジタル化が進む中で、通貨のデジタル化も進んでいくと考えられ、CBDCに関する世界の動きは今後さらに加速する可能性がある。
写真:「中央銀行デジタル通貨:基本的な原則と特性」表紙(出典:国際決済銀行(BIS)HP※)※本報告書は国際決済銀行HPにて無償で閲覧可能。
写真:G7財務大臣・中央銀行総裁会議(2020年10月)の様子(提供:広報室)
3.我が国におけるCBDCへの対応
(1)現在の検討状況
こうした中、我が国においては、政府としては、現時点でCBDCの具体的な発行の計画はないものの、デジタル化の流れの中で、「当然検討すべき」課題であり(本年3月22日・参議院財政金融委員会における麻生太郎財務大臣答弁)、私が所属する理財局国庫課においても、通貨制度を所管する一環として、CBDCについて様々な調査・検討を行っている。
また、日本銀行において、2020年10月に「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を公表し、中央銀行と仲介機関による決済システムの二層構造(間接型発行形態)を維持することが適当との考え方とともに、より具体的・実務的な検討を行うため、段階的に実証実験を進めていくことを表明した。これに基づき、日本銀行は、本年4月より、実証実験を開始し、概念実証フェーズ1として、システム的な実験環境を構築し、CBDCの基本機能(発行、流通等)に関する仮想的な実証を行っているところであり、フェーズ1終了後、2022年度中に、周辺的な機能を付加した概念実証フェーズ2に移行する予定とされている。
さらに、フェーズ1・2の後、さらに必要と判断されれば、民間事業者や消費者が実地に参加する形でのパイロット実験を行うこととされているが、パイロット実験を行うまでには、政府・日本銀行において、制度設計の大枠の整理が必要となることが見込まれる。
図.実証実験の工程
(2)今後の検討の方向性
今後の検討においては様々な論点が考えられるが、例えば、(1)CBDCの通貨法制上の位置づけや、日本銀行法における業務の位置づけ、(2)二層構造(間接型発行形態)における仲介機関の範囲・役割をどのように定めるか、などが主な論点になり得る。
具体的には、(1)においては、貨幣と日本銀行券に限定されている現行法上の「通貨」*11との関係においてCBDCをどのように整理するか、また、日本銀行当座預金や、民間銀行預金、電子マネー、QRコード決済といった民間決済サービスを含む幅広いマネーの概念の中でCBDCをどのように位置づけるのかといった点が、(2)においては、金融システムの安定や信用創造機能への影響、マネーロンダリング・テロ資金対策などの論点も関係してくる可能性が考えられることから、金融庁・日本銀行とも連携しながら検討していく必要がある。
このように多くの論点が存在するCBDCであるが、社会・経済活動における取引実態の変化とイノベーションを取り込んできた通貨の歴史を踏まえれば、今後一段とデジタル化の進行が見込まれる中で、我が国も時代の流れに後れを取ることのないよう対応を検討していくことが重要ではないか。今後、政府・日本銀行において、概念実証の結果を踏まえ、制度設計の大枠を整理した上で、パイロット実験に関する検討を速やかに行うとともに、CBDC発行の実現可能性と法制面の手当てについて検討を進めることが必要となると思われる。
その際、今や決済システムは、政府や中央銀行が発行する通貨をコアとしつつも、デジタル化した広大な民間決済サービスによって構成されていることを十分踏まえる必要がある。すなわち、急速にデジタル化が進む社会・経済のエコシステムの中で効果的に機能するようCBDCを適切に設計することにより、人々の生活や取引をより便利で豊かなものにしていくとともに、我が国の通貨・決済システムの競争力の確保を含め、我が国社会・経済の健全な発展、生産性・効率性の向上につなげていくという観点が必要と考えられる。
なお、デジタル化された民間決済システムの広がりや、社会・経済活動への影響の大きさを踏まえると、CBDCを実際に導入する場合には、CBDCシステムの安定性・強靭性の確保の観点も重要であり、制度設計やセキュリティの検討を確実に行っていく必要がある。
こうした観点に立ち、今後の検討に当たっては、本年3月に設置された日本銀行主催「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会」の機会を含め、金融機関や民間決済サービス事業者、事業会社、消費者等と幅広く対話し、ニーズや問題意識を丁寧に把握しながら、利用者にとってメリットを感じられる制度設計を検討し、急速に進むデジタル化の動きや国際的な潮流の中にあって、我が国が時機を逸することのないよう対応していくことが重要と考えている。
*1)本稿の意見に関する部分はすべて筆者の私見である。
*2)高木久史『通貨の日本史』(中央公論新社、2016年)及び日本銀行金融研究所貨幣博物館HP(https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/)を参考に記述。
*3)なお、富本銭より前に「無文銀銭」と呼ばれる金属貨幣の使用が確認されているが、近隣国から輸入されたものと考えられている。
*4)造幣局あゆみ編集委員会『造幣局のあゆみ』(独立行政法人造幣局、2010年)
*5)大蔵省印刷局『大蔵省印刷局百年史』第1巻・第2巻(大蔵省印刷局、1971~72年)
*6)Kharpal, A. (2021, April 18). China may test its digital currency with foreign visitors at the 2022 Beijing Winter Olympics. CNBC. https://www.cnbc.com/2021/04/19/china-may-trial-digital-currency-with-foreign-visitors-at-beijing-olympics.html.
*7)Brett, J. (2021, February 23). Digital Dollar Redux: How Janet Yellen And Jay Powell Could Sync On CBDC. Forbes. https://www.forbes.com/sites/jasonbrett/2021/02/23/digital-dollar-redux-how-janet-yellen-and-jay-powell-could-sync-on-cbdc/?sh=5dd397d35e68.
*8)Board of Governors of the Federal Reserve System. (2021, May 20). Federal Reserve Chair Jerome H. Powell outlines the Federal Reserve’s response to technological advances driving rapid change in the global payments landscape [Press release]. https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/other20210520b.htm.
*9)European Central Bank. (2020). Report on a digital euro.
*10)カナダ銀行、イングランド銀行、日本銀行、欧州中央銀行、連邦準備制度理事会、スウェーデン・リクスバンク、スイス国民銀行
*11)通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第2条第3項は、「通貨」として、「貨幣」及び日本銀行法第46条第1項の規定により日本銀行が発行する「銀行券」の2つのみを定義し、これ以外の通貨を予定していない。
中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の最近の取り組み
日本銀行 決済機構局 決済システム課 デジタル通貨グループ 企画役 山田 健
日本銀行は、本年4月に、中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency、以下「CBDC」)に関する実証実験を開始した。まずは、システム的な実験環境を構築し、CBDCの基本的な機能や具備すべき特性が技術的に実用可能かどうかを検証する。そのうえで、さらに必要と判断されれば、民間事業者や消費者が実地に参加する形でのパイロット実験を行うことも視野に入れて検討していく。
日本銀行では、現時点でCBDCを発行する計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要と考えている。本稿では、実証実験を含め、CBDCに関する日本銀行の最近の取組みを紹介する。
1.日本銀行の取り組み方針
CBDCとは、民間銀行が中央銀行に保有する当座預金とは異なる、新たな形態の電子的な中央銀行マネーである。CBDCは、中央銀行の負債であり、決済の手段として用いられる。また、当該国の法定通貨建てで発行されることを通じて価値尺度として機能する。(図表1.通貨の分類と残高)
CBDCには大きく二つの形態がある。一つは、金融機関間の大口の資金決済に利用することを主な目的として、中央銀行から一部の取引先に提供される「ホールセール型CBDC」である。もう一つの形態が、個人や一般企業を含む幅広い主体の利用を想定した「一般利用型CBDC」である。以下、本稿では、主として一般利用型CBDCに関する取り組みについて説明する。
日本銀行は、昨年10 月、一般利用型CBDCを対象に、「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を公表した。そこで示した基本的な考え方は以下のとおりである。
●内外の様々な領域でデジタル化が進む中、技術革新のスピードの速さなどを踏まえると、今後、CBDCに対する社会のニーズが急激に高まる可能性もある。
●現時点でCBDCを発行する計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要。
●このため、内外関係者と連携しながら、実証実験と制度設計面の検討を並行して進めていく。
●現金に対する需要がある限り、今後も責任をもって現金の供給を続けていく。
このほか、「取り組み方針」では、将来、一般利用型CBDCを発行する場合には、現在の現金と同様、中央銀行と民間部門による決済システムの二層構造を維持することが適当であるとしている。日本銀行は、日本銀行当座預金と引き換えに、銀行に対してCBDCを供給し、銀行は、銀行預金と引き換えに、企業や個人に対してCBDCを供給することを想定している(図表2.CBDCの発行形態)。こうした二層構造のもとで、日本銀行は、CBDCというファイナリティのある中央銀行マネーを発行し、全体的な枠組みを管理する。一方で、銀行を始めとする仲介機関には、民間ならではの知見やイノベーションを通じて、CBDCという決済手段やそれを活用した多様なサービスを国民に提供したり、ユーザーフレンドリーなインターフェースの構築に取り組んだりしていくことが期待される。このように、決済システム全体の安定性と効率性を確保するためには、中央銀行と民間事業者による適切な役割分担が重要である。
更に「取り組み方針」では、一般利用型CBDCが具備すべき5つの基本的特性を整理している(図表3.CBDCが具備すべき基本的な特性)。第1に、CBDCは誰でも使えるという「ユニバーサルアクセス」、第2に、CBDCを安心して使えるものとするための「セキュリティ」、第3に、CBDCをいつでも、どこでも使えるものとするための「強靭性」が挙げられる。第4に、CBDCには、現金と同様の中央銀行マネーとして、「即時決済性」が求められる。第5に、CBDCがデジタル社会ならではの決済プラットフォームとして機能し得るためには、民間決済システムとの「相互運用性」が確保されることが必要である。
2.実証実験
日本銀行は、「取り組み方針」において、一般利用型CBDCに関し、従来のリサーチ中心の検討にとどまらず、実証実験の実施を通じて、より具体的・実務的な検討を行っていくことを明らかにした。その後、日本銀行内で必要な準備が整い、本年4月より実証実験を開始したところである。
実証実験では、まずは「概念実証」(Proof of Concept)のプロセスを通じて、CBDCの機能や特性が技術的に実現可能かどうかを検証する。その第一段階である「概念実証フェーズ1」では、CBDCの取引を記録する「CBDC台帳」を中心に実験環境を構築し、決済手段としてのCBDCの中核をなす、発行、流通、還収に関する技術的な検証を行うこととしている。
「CBDC台帳」について、概念実証フェーズ1では、1.台帳の管理主体(中央銀行のみか、中央銀行と仲介機関が分担するか)、2.決済の記録方法(口座型か、トークン型か)という2つの切り口を用いて、3つの設計パターンを構築し、決済処理プロセスの特徴や処理能力を比較することを想定している(図表4.台帳の管理主体とCBDC移転の記録方法)。現在は、各パターンに関するシステム的な要件定義や実験環境の設計・開発を進めており、その後、実機での検証に移行する予定である。
概念実証フェーズ1では、CBDCの基本的機能(発行、流通、還収)に関する検証に加え、将来、本番用システムを開発することとなった場合に備え、CBDCに関する追加的な機能拡張の実現可能性や容易性について、CBDC台帳の設計パターンごとに、机上にて比較・検証を行う予定である。検証の対象となる追加機能の候補としては、オフライン決済機能、CBDCへの保有上限・利用上限の適用、セキュリティや匿名性確保のための対策、CBDCへのプログラマブル性の付与、などが考えられる。
概念実証フェーズ1の実施期間は、2022年3月までの1年間を想定しており、その目的が達成され次第、「概念実証フェーズ2」に移行する。この段階では、フェーズ1で構築した実験環境に、先ほど述べたCBDCの拡張機能などを付加して、その実現可能性などを検証する予定である。こうした概念実証を経て、さらに必要と判断されれば、CBDCの実際のデザインや機能を意識しつつ、民間事業者や消費者が実地に参加する形でのパイロット実験を行うことも検討していく。
なお、日本銀行は、概念実証の開始に合わせて、「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会」を新たに設置し、3月に第1回会合を開催した。銀行やノンバンク決済事業者の業界代表に加え、財務省や金融庁からも本協議会に参加頂いている。日本銀行としては、概念実証の進捗状況に応じて本協議会を随時開催し、実験の内容に関する関係者との情報共有を図るとともに、今後の進め方についてしっかりと協議していく方針である。
3.制度設計面の検討
「取り組み方針」では、実証実験と並行して、制度設計面の検討を深めていくこととしている。CBDCの導入が国民生活や経済活動に与える影響は大きく、その設計に当たっては、慎重な考慮を要する様々な論点が存在する。日本銀行としては、例えば、1.中央銀行と民間事業者の協調・役割分担のあり方、2.CBDCの導入が金融システムの不安定化に繋がることを回避するための方策(CBDCの発行額・保有額制限や付利に関する考え方)、3.プライバシーの確保と利用者情報の取り扱い、4.デジタル通貨に関連する情報技術の標準化のあり方などについて、順次、検討を進めていく考えである。
4.内外関係者との連携
ここ数年、多くの中央銀行が、CBDCに関する検討を積極化している。国際決済銀行による直近の調査によれば、調査対象の65の中央銀行のうち、86%の中銀がCBDCに関する何らかの検討に取り組んでいる。こうした中、一部の小規模な新興国においてCBDCを正式に発行する動きがみられるほか、中国では、複数の都市でデジタル人民元の発行に向けたパイロット実験が進められている。
先進国においては、日米欧の7つの主要中央銀行が、昨年以降、CBDCの活用方法や先端的な技術に関する共同研究を続けており、10月には、CBDCの検討を進める際の「基本原則」などを取り纏めて公表した。日本銀行としては、こうした場も活かして主要中銀としっかり連携し、CBDCの基本的な特性やそれが実務面に及ぼす影響等について理解を深め、自らの検討にも活かしていきたい。
国内の関係者とも密接に協力していく。もとより、決済システムの構築は中央銀行だけで進められるものではない。CBDCの導入を検討する場合には、システム面や制度面を含め、広範かつ大規模な取り組みが必要となる。日本銀行としては、こうした点を十分に認識したうえで、今後とも、民間事業者や関係当局などと連携しながら、適切に検討を進めていく方針である。
*1)本稿におけるCBDCの定義は、Committee on Payments and Market Infrastructures and Markets Committee, “Central bank digital currencies,” March 2018(https://www.bis.org/cpmi/publ/d174.htm)に基づいている。
*2)日本銀行ホームページ(https://www.boj.or.jp/paym/digital/index.htm/)にて公表されている。
*3)本実証実験における「トークン型」とは、台帳上に、保有者IDと当該IDが保有するトークンID(識別可能な金銭データ)の群が記載され、保有者IDとトークンIDの紐づけを変更することで、送金等が実行されるシステムをいう。
*4)決済システムレポート別冊「デジタル通貨に関連する情報技術の標準化」(https://www.boj.or.jp/research/brp/psr/psrb210525.htm/)
*5)国際決済銀行によるサーベイは以下で詳細が入手可能https://www.bis.org/publ/bppdf/bispap114.htm
*6)主要中銀による共同報告書https://www.bis.org/press/p201009.htm
一般利用型CBDC(中央銀行デジタル通貨)について
三菱UFJ銀行 経営企画部 部長 山井 康浩 同 経営企画部 調査役 佐藤 涼介
1.はじめに
国内外で中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する議論や検討が活発に行われている。2020年に国際決済銀行(BIS)が各国中央銀行に対して実施した調査では、回答した65の中央銀行(先進国21、新興国44)のうち、86%がCBDCに関連する業務に携わっていると回答、実証実験に進んだ中央銀行の比率も60%となっている。この間、バハマやカンボジアでは一般利用型CBDCが正式に導入され、中国では個人や企業を巻き込んだ大規模な実証実験が複数回にわたり実施されている。
BIS決済・市場インフラ委員会の報告書ではCBDCは「民間銀行が中央銀行に保有する中央銀行当座預金とは異なるデジタル形式の中央銀行マネー」と定義され、日本銀行の定義によると、デジタル化されていること、円などの法定通貨建てであること、中央銀行の債務として発行されることの3つを満たすものとされている。また、その利用形態に応じて、金融機関間の決済でのみ利用できる「ホールセール型」と企業や個人も利用できる「一般利用型」に大別される。本稿では後者の一般利用型CBDCを念頭に、民間金融機関の立場からみた概観や今後詰めるべき論点等について述べる。なお、本稿の意見に関する部分は筆者らの個人的な見解であり、筆者らの所属する組織の見解を表すものではない。
2.一般利用型CBDCの通貨における位置づけ
まず、一般利用型CBDCが、既に存在する各種通貨/決済手段の中でどういった位置づけになるかを確認する。そもそも通貨は商品交換の際の媒介物で、価値の尺度、流通の手段、価値の貯蔵の3つの機能を持つものである。現在、通貨には中央銀行/政府が発行し、物理的形態である紙幣・貨幣からなる「現金通貨」(国内発行残高約110兆円)がある。これに加え、預金取扱金融機関が発行する電子形態にデジタル化された民間通貨として「預金通貨」(国内発行残高約840兆円)がある。現在はこれら二つが国内で通用する通貨の大半を占める。現金通貨と預金通貨との違いは、形態(物理形態/電子形態)の違いに加え、発行主体(中銀・政府/預金取扱金融機関)の違い、すなわち信用リスク及びファイナリティー(決済完了性)の違いがある。預金通貨の価値の裏付けは民間信用であるため、預金保険機構によるセーフティネットが存在するとはいえ、一定の信用リスクが存在する。一方、現金通貨は国や中央銀行の信用に基づいて発行されるため信用リスクは(国に対するリスク以外は)実質的に存在しない。また、預金通貨による決済は最終的に金融機関間での資金移動を必要とする一方、現金通貨による決済は完全に終了され、事後的に取り消されることがない。
さらに、デジタル化された決済手段として、民間発行の電子マネー(本稿では非接触型ICカードや携帯端末を用いたプリペイド方式の支払手段を指す)が存在する。電子マネーは、定義上は決済プロセスにおいて現金や預金の受渡しが介在するため通貨そのものではなく通貨の補助又は代用とする指摘もあり、日本銀行のマネーストック統計上も通貨には含まれていない。一方で日々の購買や個人間送金等では日常の決済手段として幅広い利用が進んでいる。
こうした状況を踏まえると、一般利用型CBDCの導入は、デジタル化された公的通貨の「新商品」の導入とみることも可能である。このような「新商品」の導入には、内外の多くの研究が指摘するように多様なメリット・リスクが存在し得る。具体的にどういうメリット・リスクがあるかは一般利用型CBDCで実現を目指す意義・目的や具体的な設計・実装方法に応じて様々である。このため、一般利用型CBDCを社会・経済課題解決に繋がる真に意義あるものとするためには、多様な論点の検討が必要である。
こうした論点のうち、公的通貨の「新商品」である一般利用型CBDCが民間通貨/決済手段(前掲の預金通貨・電子マネー等)と補完的なのか競合的なのかは最も大きな論点となる。残高として最も大きい民間通貨である預金は、全銀システムを通じ約1,200の預金取扱金融機関間で年間18億件の取引を処理することで預金取扱金融機関間の相互運用性を確保し、口座振替などを通じて多様な電子マネーとの連携も実現している。加え、預金と電子マネーとの相互運用性向上に向けて、全銀システムへのキャッシュレス決済事業者の参加や低コストかつ接続が容易な多頻度小口決済システム構築の検討が進むなど、利便性向上に向けて様々な進化に向けた取組が進められている。また、幅広い事業者により、新たな顧客体験を提供する電子マネーも拡大・進化している。一般利用型CBDCは、こうした民間通貨/決済手段のイノベーションおよび進化を補完・促進する形で設計されることが望まれる。
加え、預金は信用創造を通じて生み出され決済手段として機能することで民間への資金供給を経済のライフラインとして支えている。仮に一般利用型CBDCが預金を代替する場合に預金が持つ資金供給を支える機能に影響が及び得る、何らかの信用不安発生時、より早いスピードで預金が流出し得るといったことが内外の研究で示されている。これにどう対応するかも重要な論点となる。
また、一般利用型CBDCの社会実装をどのように官民で分担するかも大きな論点となろう。一般利用型CBDCを法貨として位置づける場合、国内の個人約1.2億人および法人約260万社が遍く利用出来るようにする必要がある。このためには、既存の預金・電子マネー・クレジットカード等と同様に利用者/加盟店/ネットワークでのシステム実装を進める必要があるほか、利用者/加盟店に利用を促進するための取組も必要となってこよう。
昨年10月に公表された「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」では、一般利用型CBDCに期待される機能や役割の一つとして「民間決済サービスのサポート」が掲げられ、中央銀行と民間部門による決済システムの二層構造の維持が明示される等、一般利用型CBDCと民間通貨/決済手段は相互補完的であるという前提で検討が進められていると認識している。今後議論が進む中で、一般利用型CBDCと民間通貨/決済手段との補完性をどういった形で設計・実装するかが大きな論点となる。
3.一般利用型CBDCの海外の動向と意味合い
海外での一般利用型CBDCの検討状況は、各国のおかれた金融・経済環境に応じた意義・目的に応じて多様である。前述したBISの調査においても、CBDC導入の動機として、金融の安定性、金融政策上の含意、金融包摂、国内/クロスボーダーの決済の効率性、決済の安全性/強靭性等の多様な意義が挙げられており、新興国の方が先進国よりも金融包摂への関心が強い等、関心度合いに濃淡があることが明らかになっている。
既に一般利用型CBDCを発行している例として、バハマとカンボジアがある。2020年10月に「サンドダラー」を導入したバハマの特徴としては、国土が700を超える島から構成されるという地理的特徴が挙げられる。これを受け、意義・目的をバハマ全土における金融サービスへのアクセス向上、AML強化等に置いている。2020年10月に「バコン」を導入したカンボジアの特徴としては、国内における「ドル化」の進行が挙げられる。これを受け、意義・目的を、携帯電話を活用した金融包摂、決済の合理化、現地通貨建て取引の容易化等に置いている。
発行には至っていないが実証実験を積極的に進めている国として、スウェーデンと中国が挙げられる。2017年に「eクローナ」プロジェクトを開始したスウェーデンの特徴として、銀行横断によるキャッシュレス決済「Swish」の浸透に伴う現金利用の著しい減少が挙げられる。これを受け、一般利用型CBDCの意義・目的を、現金流通減少下で金融包摂を維持するために公共財としてデジタル決済を提供することに置いている。近年「デジタル人民元」の実証実験を繰り返している中国は、意義・目的を明確に対外発信していないが、国民の決済データに直接アクセスすることによる犯罪・不正対応の高度化や寡占が進んでいる民間モバイル決済への対抗に置いているとの見方もある。
こうした動きを受けて、日本でも調査・研究上のギャップを埋めるための取組を進めることがまずは必要である。さらに、先行する国々の意義・目的をそのまま日本に当てはめることは難しいため、日本ならではの意義・目的のあり方について議論を進めることが必要と考えられる。例えば、今年2月に公表されたFEDS Noteには、一般利用型CBDC発行の前提条件として、(1)明確な政策目的(Clear Policy Objectives)の確立、(2)幅広いステークホルダーの支持(Broad Stakeholder Support)の確保、(3)確固とした法令上の枠組み(Strong Legal Framework)の構築、(4)堅牢な技術的基盤(Robust Technology)の確保、(5)市場の需要・供給双方における受容性(Market Readiness)の確保の5つが挙げられている。
今後、民間金融機関として、一般利用型CBDCについての理解をさらに深め、意義・目的をはじめとした議論に積極的に貢献すると共に、預金の利便性向上や社会・経済活動全体のデジタル化に対応した決済の高度化に向けた対応を進めることが期待されていると理解している。
*1)Codruta Boar and Andreas Wehrli, “Ready, steady, go? - Results of the third BIS survey on central bank digital currency,” BIS Papers, No.114, 2021.1. 〈https://www.bis.org/publ/bppdf/bispap114.pdf〉
*2)Committee on Payments and Market Infrastructures and Markets Committee, “Central bank digital currencies”, 2018.3.〈https://www.bis.org/cpmi/publ/d174.pdf〉
*3)「中央銀行デジタル通貨とは何ですか?」日本銀行ウェブサイト〈https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c28.htm/〉
*4)日本銀行のマネーストック統計における「預金通貨」(要求払預金)残高
*5)日本銀行「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」2020.10.9〈https://www.boj.or.jp/announcements/release_2020/rel201009e.htm/〉
*6)Cheng, Jess, Angela N Lawson, and Paul Wong (2021). “Preconditions for a general-purpose central bank digital currency,” FEDS Notes. Washington:Board of Governors of the Federal Reserve System, February 24, 2021, https://doi.org/10.17016/2380-7172.2839
CBDCを通じたイノベーションへの期待
株式会社マネーフォワード 執行役員CoPA兼Fintech研究所長 瀧 俊雄
1.はじめに
わが国では昨今、様々な決済インフラの変革が進展している。全国銀行資金決済ネットワークのノンバンク事業者への開放が議論され、銀行間送金の手数料の引き下げが進むほか、キャッシュレス支払いの利用が非連続的な成長を遂げ、QRコード決済の仕様統一化も進んでいる。これらの担い手となる電子マネー事業者においても、高額送金を可能とする類型見直しが行われているほか、給与の受け取りを可能とする検討も進んでいる。これらの複合的な取り組みは、従来は銀行口座に偏っていた送金・決済手段の担い手を、社会のデジタル化に呼応して広げる動きとも捉えられる。
そのような中、CBDCは決済インフラのレベルを根本的に底上げする可能性が注目されている。ただしそのあり方を巡っては、前例のないトピックともあって様々な議論があるのも事実である。本稿ではフィンテック事業者の視点から、CBDCへの期待と実現に向けた考え方を述べることとしたい。
2.変貌する経済取引の形
決済は本来、経済取引の裏側で対になって発生する営みである。そのため、経済取引のあり方が変われば、決済の理想像も変わることとなる。
過去10年で起きた変化を考えてみたい。消費者は、従来ならスーパーでまとめて行っていた買い物を、複数のEC(電子商取引)サイトで別々に購入するようになった。事業者も紙で受け取る請求書を振込用紙で処理する状況から、オンラインでの請求確認と振り込みを行うようになった。そして今後、人工知能が様々な自動化を可能にする世界では、ECサイトが消費履歴に基づいた自動注文をし、電子的な請求書を受け取った債務管理サービスが月締めを待たずに支払いを自動指示していく世界観がある。決済取引の性質的には、多頻度化と高度な自動化が進んでいくこととなる。
決済インフラの変革は、このような社会的変化に即して、経済成長を阻害しないように行われる必要がある。すなわち、今後の決済システムでは、多頻度で様々な情報が付された決済・送金契約を、できるだけ即座に処理することが求められる。様々な決済ネットワークが存在する中、CBDCがその役割を本丸として担うべきかには議論の余地があるが、決済インフラが全体としてそのような機能を提供・発揮していくことは担保する必要がある。
近年、米国や英国、シンガポールやタイといった国々では金融機関と専門家のみならず、利用者やソフトウェア企業も含めた、エコシステムとしての決済インフラの有効性の検討が行われている。その背景として、決済インフラが高い性能や堅牢性を発揮するのは当然として、利便性の観点が利用者および開発者の目線から求められるようになっていることがある。わが国では、そこまでのステークホルダー型のインフラの検討はまだ行われていない段階ではあるが、その一部を構成するCBDCにおいても、類似の思想を持った検討を行うことが望ましい。
3.競争環境と包摂性の確保
CBDCが決済のイノベーションに寄与する方向性を三点ほど述べたい。
1つ目は、民間における様々な取り組みの参入障壁を下げる役割である。仮に、電子マネーのチャージや引き出しでCBDCとの出し入れが容易であれば、様々な決済事業者の林立に伴う利用者側の不便や不安を軽減し、新しいサービスを利用するハードルを下げることができる。店舗側でも、シェアの小さな決済事業者がCBDCを経由して売上を入金できるのであれば、同様に参入障壁を下げることができる。このような状況は多様な決済サービスの誕生を可能とする。
2つ目は、包摂的なキャッシュレス手段の提供である。わが国の一般的な消費者の中には、クレジットカードを負債の一種として敬遠したり、現金による物理的な予算管理を行いたい層が、相当数存在する。また身体の障害等の理由で、スマートフォンを用いたキャッシュレスサービスを容易に利用できない人たちもいる。一般利用型CBDCの検討では、現金と同程度の安心感やユニバーサルアクセスが必要条件となる目線があるが、これらは過去の民間事業者が経済合理性上提供できなかったツールを、公共財として提供する側面がある。いずれ現金のない社会を実現するにあたって、これは避けて通れない道でもある中、利用者に優しいサービスを開発する官民の連携も重要なテーマといえる。
3つ目は、CBDCへのプログラマブルなお金としての期待である。たとえば、認知力の低下した親が行う送金に親族の同意取得を前提とする仕組みや、商品や証券の受け渡しと同時の支払いといったユースケースが考えられる。これらは手続きの効率化のみでなく、役務提供と支払いの間で発生する信用を不要とする価値もあり、応用的に考えれば様々な企業の運転資金や企業間信用の短縮・不要化につながるものである。そのようなまだ見ぬユースケースの可能性を見据えて、お金のあり方は、今の世界では見えていない選択肢も包含できるキャパシティを持つことが望ましい。
4.イノベーションのあり方
上記の機能の実現に向けては様々な方法論があるが、近年の銀行サービスの進展におけるオープンバンキングと呼ばれるイノベーションのあり方は、そのモデルの一つとなりうる。
オープンバンキングとは、銀行口座への情報参照や取引指示を、一定の要件を満たす第三者が外部から接続して行う、銀行サービスの提供方法である。この仕組みでは、銀行がソフトウェアの開発をせずとも、たとえば自動化された会計ソフトが口座情報から帳簿を自動生成したり、給与の支払いを指示するといったことが可能となる。銀行と外部サービスはAPI(Application Programming Interface、ソフトウェア上の情報窓口)と呼ばれる方法で接続されており、利用者が銀行に対して、特定の手続きを行う合鍵の権限を、第三者に付与する形で利用される。安全性の高いAPIを構築できれば、イノベーションを起こすために事業者が取るリスクと、システミックリスクを分離することが可能となる。
この仕組みを応用すれば、銀行でいえばATMの主要な機能をAPIとして提供し、第三者のサービス上でその利便性を発揮することが可能となる。電子的な取引となるため、現金の引き出しは不要なケースとなるものの、たとえば銀行口座への入金や第三者への送金、電子マネーのチャージといった機能をそれぞれAPIとして開発しておくことで、中央銀行が自らアプリを作成せずとも、様々な事業者がアプリの上でCBDCの機能を活用することが可能となる。
安全性の高いAPIは、ログイン時および送金時に求めることになる認証のあり方や、利用者からみた入力のフォーマット、処理の手順などを丁寧に整備し、ソフトウェア開発キット(SDK)を配布することによって可能となる。ソフトウェア開発者にとっても、SDKのある開発であれば独自の開発による欠陥のリスクを減らすことができ、その分利便性を高める開発にリソースを割くことが可能となる。このような、周辺事業者が自らの利便性を高める期待をもって、エコシステムを育てていく営みはオープンイノベーションと呼ばれるが、中央銀行がそのプラットフォームとして機能することは理想的な未来像である。
現に、このようなアイデアは、イングランド銀行におけるCBDCの検討においても参照されている。中央銀行がCBDCの機能は提供しつつ、一定の要件を満たす民間事業者が、利用者がCBDCを使いやすくなるアプリを提供するイメージが述べられている。
図表1.銀行を例とするAPIの仕組み
図表2.ATMの諸機能をAPIで置き換えるイメージ
5.期待値マネジメントとCBDCのガバナンス
CBDCには、その一見わかりやすそうなテーマ設定や、海外における取り組みの情報も相まって、様々な期待と懸念が寄せられている。そこで取り上げられるのは、利便性の高い決済の実現だけでなく、金融政策の新たな手段、通貨の国際化、経済外交、給付金の即時支給、犯罪や脱税の防止といったテーマもある。これらはどれも重要であるが、その機能の実現のために、CBDCのアーキテクチャーへのアドホックな変更要望が行われることは、制度の安定運用やエコシステム育成の観点からも好ましくない。
そのためにも、CBDCがどのように運営されるべきかについては、個別のイシューは適切な議論の場で取り上げつつアーキテクチャー自体は安定が維持されることが重要である。仮にオープンイノベーションを企図してAPIを中心とした進展を想定するのであれば、その品質や使い勝手はアーキテクチャーとして対応せず、SDKのレベルでこまめに改善されていくことが望ましい。
CBDCを巡る最大の論点の一つであるプライバシーの取り扱いと犯罪資金対策は、その二つがトレードオフにありかつ様々な見解のあるテーマである。日本では特に、個人情報をとりまく社会的なコンセンサスが未成熟な中、金融の世界を越えた幅広いステークホルダーとの合意形成が必要であり、かつ、一度決めたあとのスタンスの堅持も重要となる。このようなテーマで、CBDCのあり方が事後的に二転三転するようなケースがあると、利便性を提供しようとする開発者や、消費者から見た安定利用の期待値も大きく損なわれてしまう。そのような意味も含めてCBDCでは、中央銀行における金融政策とは異なるタイプの広報や世論形成が必要ともいえる。
6.おわりに
以上に、フィンテック事業者からみたCBDCの可能性と、検討に向けて期待するポイントを述べてきた。CBDCは前例のないトピックである上、広範な発展の可能性と、数多の周囲からの期待が寄せられており、結果的には幾重もの試行錯誤が求められるものでもある。しかしこの10年間、フィンテックと呼ばれる流れの中で、金融業とノンバンク事業者の協業が金融の新たな可能性を拓いてきたように、CBDCもまた、民間事業者の知見や技術が、公的な領域において活かされる機会として捉えられるべきであろう。社会の諸課題が包摂的なデジタル技術によって新たな解決の可能性を迎えている中、CBDCは次世代の社会のサービスを提供するプラットフォームとなることが期待される。当社としてもCBDCの発展をきっかけとした、決済のイノベーションを実現する一助となれればと考えている。
CBDC(中央銀行デジタル通貨)について、財務省・日本銀行・民間金融機関・決済ベンチャーの実務担当者が解説する。
03 イノベーションと通貨、そしてCBDC…理財局 国庫課 課長補佐(総括・企画) 楢崎 正道
09 中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の最近の取り組み…日本銀行 決済機構局 決済システム課 デジタル通貨グループ 企画役 山田 健
12 一般利用型CBDC(中央銀行デジタル通貨)について…三菱UFJ銀行 経営企画部 部長 山井 康浩/同 経営企画部 調査役 佐藤 涼介
14 CBDCを通じたイノベーションへの期待…株式会社マネーフォワード 執行役員CoPA兼Fintech研究所長 瀧 俊雄
イノベーションと通貨、そしてCBDC
理財局 国庫課 課長補佐(総括・企画) 楢崎 正道*1
1.イノベーションと通貨の発展
(1)鋳造貨幣の誕生、中国銭の流入、そして紙幣の登場*2
通貨は、人々の社会・経済活動の最も重要なインフラの一つであるが、その歴史を振り返ると、通貨自体が、その時々のイノベーションの成果を取り入れつつ、社会・経済活動における取引実態やニーズも踏まえ、競争的に発展してきた。
我が国では、7世紀ごろまで米・塩・布などが物品貨幣として利用されていたが、中央集権的な律令制度の構築を進める中で、都を中心とした貨幣制度の導入が検討され、鋳造技術の発展というイノベーションも背景として、7世紀後半、我が国初の国産貨幣として「富本銭」が誕生した*3。その後、「和同開珎」を含めた12種類の銅銭が鋳造技術により製造されるなど、銅銭の利用が広がりを見せた。
写真:左:富本銭、右:和同開珎(銅銭)(提供:造幣局)
しかし、国内の銅生産の不調などにより、958年に発行された乾元大宝を最後に銅銭の発行は停止され、再び米・布といった物品貨幣による経済に逆戻りする。こうした中、12世紀半ば以降、中国から流入した銅銭が国内に広く流通し、数世紀にわたり国家による貨幣製造が行われない時代が続いた。当初、朝廷は、物価・財政への影響を懸念して中国から流入した銅銭の利用を禁止したが、国内経済への銅銭の浸透を受けて、その後解禁せざるを得なくなった。
16世紀に入ると、戦国時代の下で、諸大名が軍事資金の調達を目的として金山・銀山の開発を積極的に行い、国産貨幣の製造が再び活発化した。これに伴って鉱山技術のイノベーションも進み、日本は世界有数の鉱山国となった。そして、この時代に開発された金山・銀山を、関ヶ原の戦いを制した徳川家康が接収し、金座・銀座と呼ばれる常設製造機関において大量生産体制を構築することにより、1601年に「慶長金銀」と呼ばれる金貨・銀貨の製造開始を迎える。さらに、江戸幕府は1636年に銅銭である「寛永通宝」を発行し、幕府が発行する金・銀・銭(銅)の三貨が出揃い(三貨制度)、日本独自の貨幣体系が成立した。
一方、ほぼ同じ時期に、国内における製紙・印刷技術の発達を背景として、1600年ごろ、日本初の紙幣である「山田羽書」(銀貨の預り証)が民間の発行する私札として登場した。その後、財政補填を目的として、「福井藩札」などの藩札が各藩で発行され、金属不足や地域の通貨需要の高まりを受けて、貨幣にかわり各地で流通するようになった。こうして、金・銀・銭(銅)から構成される貨幣と藩札などの紙幣が併存する時代に移行していった。
写真:永楽通宝(提供:造幣局)
写真:慶長大判(提供:造幣局)
写真:左:寛永通宝(提供:造幣局)、右:福井藩札(提供:国立印刷局お札と切手の博物館)
(2)近代通貨制度の導入と偽造防止技術の向上
明治維新を経て、新政府は、混乱した通貨制度を立て直し、近代的な通貨制度を構築するため、1871年、新貨条例により、新たな通貨単位を「円・銭・厘」と定め、1円=金1.5グラムとする金本位制を採用した。
新政府は、同年に創業した造幣寮(現・造幣局)において、蒸気を動力として意匠を圧印する近代的技術を備えた洋式設備を導入し、新しい貨幣の製造・発行を行った*4。
また、新政府は、新貨条例制定後、大蔵省兌換証券、新紙幣等の政府紙幣を発行したのに続き、1872年の国立銀行条例制定により、1873年から国立銀行紙幣が発行された。当初、国立銀行紙幣は、米国の印刷会社に製造を委託されていたが、海外での製造に伴う経費負担や偽造防止の問題から、国内製造を求める声が高まり、紙幣寮(その後、紙幣局、印刷局等を経て、現・国立印刷局)において、最先端の紙幣製造技術をドイツより輸入し、1877年、国立銀行紙幣(新券)が製造・発行された。その後、国内の紙幣発行を一元化し、近代的な通貨・金融制度を確立するため、1882年に日本銀行が設立され、1884年より、印刷局において日本銀行券の製造を開始し、翌1885年からその発行が開始された*5。
このように、新政府は、最先端のイノベーションを積極的に取り込みながら、近代的な通貨制度の構築を通じた国力の増強、国際的な競争力の確保を図った。
なお、日本銀行券は、当初、銀貨と交換できる兌換銀券として発行されたが、欧米諸国に倣い、1897年の貨幣法制定により金本位制が確立され、日本銀行券は金貨と交換できる兌換券となった。その後、世界恐慌の影響を受けて、1931年に金貨兌換を停止し、実質的に管理通貨制度に移行したが、それ以来、戦時中の例外を除き、今日まで、本位通貨としての日本銀行券と補助通貨としての貨幣による通貨制度が維持されてきた。
この間、造幣局・国立印刷局(それぞれの前身の機関を含む)は製造技術向上に努め、各時代における最高水準の偽造防止技術を取り入れてきたが、そうした努力の結果、現在、我が国における偽造通貨の発見割合は諸外国と比して低い水準となっていることは注目に値する(下記グラフ参照)。本年は、1871年に新貨条例が制定され、近代通貨制度が誕生してから150年を迎える節目の年であるが、我が国の通貨の技術水準の高さは、通貨としての信用・信頼の維持、安定した発行・流通、ひいては国際通貨としての「円」の信用・信頼に寄与し、我が国経済の発展と国際的な競争力強化の基盤の一つとなってきたと考えられる。
なお、本年11月の発行開始に向けて現在準備を進めている新500円貨幣については、バイカラー・クラッド、異形斜めギザを、2024年度上期の発行開始を目指している新銀行券(一万円券・五千円券・千円券)については、高精細すき入れ、3Dホログラムといった世界最高水準の偽造防止技術を採用している。
写真:造幣寮創業当時の圧印機(仏トネリ社製)(提供:造幣局)
写真:旧20円貨幣(提供:造幣局)
写真:国立銀行紙幣(新券)(提供:国立印刷局お札と切手の博物館)
写真:日本銀行兌換銀券(提供:国立印刷局お札と切手の博物館)
表.流通枚数に対する偽造発生割合(日本の偽造発生割合を1とした場合)
写真:近代通貨制度150周年記念貨幣一万円金貨(本年6月に近代通貨制度が150周年を迎えることを記念し、9月(一万円金貨)及び11月(五千円金貨、千円銀貨)に発行予定。)
写真:新500円貨幣(二色三層構造であるバイカラー・クラッド技術を我が国の通常貨幣では初めて導入。また、斜めギザの一部を他のギザとは異なる形状にした「異形斜めギザ」を通常貨幣としては世界で初めて採用。)
写真:新一万円券(現行の「すき入れ」に加えて、新たに高精細なすき入れ模様を導入。また、肖像の3D画像が回転する最先端のホログラムを世界で初めて銀行券に導入。)
(3)キャッシュレス時代の到来
現代のイノベーションは、貨幣や銀行券の品質、偽造防止技術の向上のみならず、これら現金以外の決済手段の多様化、キャッシュレス化をもたらした。
我が国では、1961年に日本初のクレジットカードが登場して以降、国民の間で利用が広がったのに加え、2000年代に入ると、JR東日本のSuicaに代表される電子マネーが登場し、数多くのサービスが提供・利用されるようになった。また、近年では、○○ペイといったQRコード決済をはじめとしたスマートフォン決済も広がりを見せているほか、GAFAをはじめとしたIT企業がそれぞれのプラットフォームビジネスと一体的に決済サービスを展開するなど、決済手段が急速にデジタル化している。
さらに、昨年来の新型コロナウイルス感染症の拡大は、テレワーク勤務の広がり、宅配・動画配信サービスの利用拡大など、非接触型のビジネス、生活スタイルへの転換を促進し、社会・経済のデジタル化の動きを加速させているが、こうしたデジタル化のトレンドはコロナ後も中長期的に続く可能性が見込まれる。
こうした社会・経済のデジタル化の流れの中で、長らく金属や紙で製造されてきた通貨のデジタル化の取り組みとして、近年、中央銀行デジタル通貨(CBDC)が注目されるようになっている。
写真:Suica※(提供:東日本旅客鉄道株式会社)※「Suica」は、東日本旅客鉄道の登録商標。
写真:QRコード決済のイメージ(出典:統一QR「JPQR※」普及事業サイト)※総務省・経済産業省が推進する統一規格であり、ひとつのQRコードで多くの決済サービスに対応できるキャッシュレス手段。
2.諸外国におけるCBDCを巡る動向
現在、中央銀行が当座預金とは別に発行する新たな形態の電子的なマネーとして、CBDC(Central Bank Digital Currency)に関する検討が諸外国において急速なスピードで進められている。2019年6月のリブラ構想の発表を受けて、グローバルステーブルコインが有する政策・規制上のリスクが各国で認識されたことも、2020年以降に各国がCBDCの検討を加速させた背景の一つとして考えられる。
(1)中国
中国においては、2020年10月以降、深圳・蘇州において、「デジタル人民元」を市民に配布して大規模なパイロット実験を実施し、北京・上海・香港などに順次拡大しているほか、同年10月には、デジタル人民元の発行に法的根拠を与える規定などを盛り込んだ「中国人民銀行法」の改正草案が公表された。
また、中国人民銀行の李波副総裁は、2022年2月開催予定の北京オリンピックの期間中、国内ユーザーのみならず外国人にもデジタル人民元を利用可能にすると発言しており、発行に向けた準備が急ピッチで進められているものと見られる*6。
写真:上海市におけるデジタル人民元の実証実験の様子(提供:筆者知人)
(2)米国
米国においては、本年1月にバイデン政権になって以降、デジタルドルは「非常に優先順位が高いプロジェクト」(パウエル連邦準備制度理事会(FRB)議長、2月)、「中央銀行がCBDCに目を向けることは理にかなっている」(イエレン財務長官、2月)など、以前よりも前向きな発言が見られるようになっている*7。
本年5月には、パウエルFRB議長が、米国におけるCBDCの利点とリスクをまとめたディスカッションペーパーを本年夏に公表すると発表し、CBDCの設計に当たっては、金融政策、金融の安定性、消費者保護、法律、プライバシーなどの考慮すべき事項があり、慎重な検討が必要としつつ、FRBはCBDCの国際標準策定において主導的役割を果たすと発言した*8。
また、ボストン連邦準備銀行とマサチューセッツ工科大学(MIT)は、デジタル通貨プラットフォームの構築に向けて共同研究を行っており、本年半ば以降、第一段階の研究成果を発表するとしている。
(3)欧州(ユーロ圏)
ユーロ圏においては、2020年10月、欧州中央銀行(ECB)が「デジタルユーロに関する報告書」を公表し、CBDC発行の必要性が生じた際に備えて準備を進めておく必要があるとの認識の下、デジタルユーロの基本原則や、考え得る発行シナリオを整理している。
同報告書の中で、ECBは、本年半ばに、デジタルユーロに関する実証実験を開始するか否かを判断する予定としており*9、今後数カ月以内に判断が下されると見込まれる。
(4)途上国
バハマとカンボジアにおいては、2020年10月から、それぞれ独自のデジタル通貨である「サンドドル」「バコン」の正式運用をすでに開始している。
表.各国の動き
(5)先進国における協調の動き
こうした中、先進国における国際協調の動きとして、国際決済銀行(BIS)と日米欧を含む7か国の中央銀行*10は、2020年に入ってから、一般利用型CBDCに関する共同研究を実施しており、同年10月に共同報告書「中央銀行デジタル通貨:基本的な原則と特性」を公表している。共同報告書の中では、CBDCに関する原則や、CBDCシステムが備えるべき基本的な特性について記述がなされるなど、先進国における一般利用型CBDCのスタンダードづくりを目指したものとなっている。
一方、2020年10月に行われたG7財務大臣・中央銀行総裁会議において、CBDCについて、「透明性」「法の支配」「健全な経済ガバナンス」にコミットしている先進国の取組は促していくべきである一方、こうしたコミットメントを欠くものには注意喚起を行っていくべきとの共同声明が発出され、本年6月のG7財務大臣・中央銀行総裁会議(英国・ロンドン)においては、CBDCが持つべき共通の原則について、本年後半に結論を公表すると発表された。G7諸国は、国際通貨システムの安定を確保するため、ともに連携しながら、デジタル通貨の動向を注視していくこととしている。
以上の通り、CBDCの検討の進捗状況は国・地域によって差は見られるものの、重要な課題と位置付けて検討を本格化する国が増加している。社会・経済活動のデジタル化が進む中で、通貨のデジタル化も進んでいくと考えられ、CBDCに関する世界の動きは今後さらに加速する可能性がある。
写真:「中央銀行デジタル通貨:基本的な原則と特性」表紙(出典:国際決済銀行(BIS)HP※)※本報告書は国際決済銀行HPにて無償で閲覧可能。
写真:G7財務大臣・中央銀行総裁会議(2020年10月)の様子(提供:広報室)
3.我が国におけるCBDCへの対応
(1)現在の検討状況
こうした中、我が国においては、政府としては、現時点でCBDCの具体的な発行の計画はないものの、デジタル化の流れの中で、「当然検討すべき」課題であり(本年3月22日・参議院財政金融委員会における麻生太郎財務大臣答弁)、私が所属する理財局国庫課においても、通貨制度を所管する一環として、CBDCについて様々な調査・検討を行っている。
また、日本銀行において、2020年10月に「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を公表し、中央銀行と仲介機関による決済システムの二層構造(間接型発行形態)を維持することが適当との考え方とともに、より具体的・実務的な検討を行うため、段階的に実証実験を進めていくことを表明した。これに基づき、日本銀行は、本年4月より、実証実験を開始し、概念実証フェーズ1として、システム的な実験環境を構築し、CBDCの基本機能(発行、流通等)に関する仮想的な実証を行っているところであり、フェーズ1終了後、2022年度中に、周辺的な機能を付加した概念実証フェーズ2に移行する予定とされている。
さらに、フェーズ1・2の後、さらに必要と判断されれば、民間事業者や消費者が実地に参加する形でのパイロット実験を行うこととされているが、パイロット実験を行うまでには、政府・日本銀行において、制度設計の大枠の整理が必要となることが見込まれる。
図.実証実験の工程
(2)今後の検討の方向性
今後の検討においては様々な論点が考えられるが、例えば、(1)CBDCの通貨法制上の位置づけや、日本銀行法における業務の位置づけ、(2)二層構造(間接型発行形態)における仲介機関の範囲・役割をどのように定めるか、などが主な論点になり得る。
具体的には、(1)においては、貨幣と日本銀行券に限定されている現行法上の「通貨」*11との関係においてCBDCをどのように整理するか、また、日本銀行当座預金や、民間銀行預金、電子マネー、QRコード決済といった民間決済サービスを含む幅広いマネーの概念の中でCBDCをどのように位置づけるのかといった点が、(2)においては、金融システムの安定や信用創造機能への影響、マネーロンダリング・テロ資金対策などの論点も関係してくる可能性が考えられることから、金融庁・日本銀行とも連携しながら検討していく必要がある。
このように多くの論点が存在するCBDCであるが、社会・経済活動における取引実態の変化とイノベーションを取り込んできた通貨の歴史を踏まえれば、今後一段とデジタル化の進行が見込まれる中で、我が国も時代の流れに後れを取ることのないよう対応を検討していくことが重要ではないか。今後、政府・日本銀行において、概念実証の結果を踏まえ、制度設計の大枠を整理した上で、パイロット実験に関する検討を速やかに行うとともに、CBDC発行の実現可能性と法制面の手当てについて検討を進めることが必要となると思われる。
その際、今や決済システムは、政府や中央銀行が発行する通貨をコアとしつつも、デジタル化した広大な民間決済サービスによって構成されていることを十分踏まえる必要がある。すなわち、急速にデジタル化が進む社会・経済のエコシステムの中で効果的に機能するようCBDCを適切に設計することにより、人々の生活や取引をより便利で豊かなものにしていくとともに、我が国の通貨・決済システムの競争力の確保を含め、我が国社会・経済の健全な発展、生産性・効率性の向上につなげていくという観点が必要と考えられる。
なお、デジタル化された民間決済システムの広がりや、社会・経済活動への影響の大きさを踏まえると、CBDCを実際に導入する場合には、CBDCシステムの安定性・強靭性の確保の観点も重要であり、制度設計やセキュリティの検討を確実に行っていく必要がある。
こうした観点に立ち、今後の検討に当たっては、本年3月に設置された日本銀行主催「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会」の機会を含め、金融機関や民間決済サービス事業者、事業会社、消費者等と幅広く対話し、ニーズや問題意識を丁寧に把握しながら、利用者にとってメリットを感じられる制度設計を検討し、急速に進むデジタル化の動きや国際的な潮流の中にあって、我が国が時機を逸することのないよう対応していくことが重要と考えている。
*1)本稿の意見に関する部分はすべて筆者の私見である。
*2)高木久史『通貨の日本史』(中央公論新社、2016年)及び日本銀行金融研究所貨幣博物館HP(https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/)を参考に記述。
*3)なお、富本銭より前に「無文銀銭」と呼ばれる金属貨幣の使用が確認されているが、近隣国から輸入されたものと考えられている。
*4)造幣局あゆみ編集委員会『造幣局のあゆみ』(独立行政法人造幣局、2010年)
*5)大蔵省印刷局『大蔵省印刷局百年史』第1巻・第2巻(大蔵省印刷局、1971~72年)
*6)Kharpal, A. (2021, April 18). China may test its digital currency with foreign visitors at the 2022 Beijing Winter Olympics. CNBC. https://www.cnbc.com/2021/04/19/china-may-trial-digital-currency-with-foreign-visitors-at-beijing-olympics.html.
*7)Brett, J. (2021, February 23). Digital Dollar Redux: How Janet Yellen And Jay Powell Could Sync On CBDC. Forbes. https://www.forbes.com/sites/jasonbrett/2021/02/23/digital-dollar-redux-how-janet-yellen-and-jay-powell-could-sync-on-cbdc/?sh=5dd397d35e68.
*8)Board of Governors of the Federal Reserve System. (2021, May 20). Federal Reserve Chair Jerome H. Powell outlines the Federal Reserve’s response to technological advances driving rapid change in the global payments landscape [Press release]. https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/other20210520b.htm.
*9)European Central Bank. (2020). Report on a digital euro.
*10)カナダ銀行、イングランド銀行、日本銀行、欧州中央銀行、連邦準備制度理事会、スウェーデン・リクスバンク、スイス国民銀行
*11)通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第2条第3項は、「通貨」として、「貨幣」及び日本銀行法第46条第1項の規定により日本銀行が発行する「銀行券」の2つのみを定義し、これ以外の通貨を予定していない。
中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の最近の取り組み
日本銀行 決済機構局 決済システム課 デジタル通貨グループ 企画役 山田 健
日本銀行は、本年4月に、中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency、以下「CBDC」)に関する実証実験を開始した。まずは、システム的な実験環境を構築し、CBDCの基本的な機能や具備すべき特性が技術的に実用可能かどうかを検証する。そのうえで、さらに必要と判断されれば、民間事業者や消費者が実地に参加する形でのパイロット実験を行うことも視野に入れて検討していく。
日本銀行では、現時点でCBDCを発行する計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要と考えている。本稿では、実証実験を含め、CBDCに関する日本銀行の最近の取組みを紹介する。
1.日本銀行の取り組み方針
CBDCとは、民間銀行が中央銀行に保有する当座預金とは異なる、新たな形態の電子的な中央銀行マネーである。CBDCは、中央銀行の負債であり、決済の手段として用いられる。また、当該国の法定通貨建てで発行されることを通じて価値尺度として機能する。(図表1.通貨の分類と残高)
CBDCには大きく二つの形態がある。一つは、金融機関間の大口の資金決済に利用することを主な目的として、中央銀行から一部の取引先に提供される「ホールセール型CBDC」である。もう一つの形態が、個人や一般企業を含む幅広い主体の利用を想定した「一般利用型CBDC」である。以下、本稿では、主として一般利用型CBDCに関する取り組みについて説明する。
日本銀行は、昨年10 月、一般利用型CBDCを対象に、「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を公表した。そこで示した基本的な考え方は以下のとおりである。
●内外の様々な領域でデジタル化が進む中、技術革新のスピードの速さなどを踏まえると、今後、CBDCに対する社会のニーズが急激に高まる可能性もある。
●現時点でCBDCを発行する計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要。
●このため、内外関係者と連携しながら、実証実験と制度設計面の検討を並行して進めていく。
●現金に対する需要がある限り、今後も責任をもって現金の供給を続けていく。
このほか、「取り組み方針」では、将来、一般利用型CBDCを発行する場合には、現在の現金と同様、中央銀行と民間部門による決済システムの二層構造を維持することが適当であるとしている。日本銀行は、日本銀行当座預金と引き換えに、銀行に対してCBDCを供給し、銀行は、銀行預金と引き換えに、企業や個人に対してCBDCを供給することを想定している(図表2.CBDCの発行形態)。こうした二層構造のもとで、日本銀行は、CBDCというファイナリティのある中央銀行マネーを発行し、全体的な枠組みを管理する。一方で、銀行を始めとする仲介機関には、民間ならではの知見やイノベーションを通じて、CBDCという決済手段やそれを活用した多様なサービスを国民に提供したり、ユーザーフレンドリーなインターフェースの構築に取り組んだりしていくことが期待される。このように、決済システム全体の安定性と効率性を確保するためには、中央銀行と民間事業者による適切な役割分担が重要である。
更に「取り組み方針」では、一般利用型CBDCが具備すべき5つの基本的特性を整理している(図表3.CBDCが具備すべき基本的な特性)。第1に、CBDCは誰でも使えるという「ユニバーサルアクセス」、第2に、CBDCを安心して使えるものとするための「セキュリティ」、第3に、CBDCをいつでも、どこでも使えるものとするための「強靭性」が挙げられる。第4に、CBDCには、現金と同様の中央銀行マネーとして、「即時決済性」が求められる。第5に、CBDCがデジタル社会ならではの決済プラットフォームとして機能し得るためには、民間決済システムとの「相互運用性」が確保されることが必要である。
2.実証実験
日本銀行は、「取り組み方針」において、一般利用型CBDCに関し、従来のリサーチ中心の検討にとどまらず、実証実験の実施を通じて、より具体的・実務的な検討を行っていくことを明らかにした。その後、日本銀行内で必要な準備が整い、本年4月より実証実験を開始したところである。
実証実験では、まずは「概念実証」(Proof of Concept)のプロセスを通じて、CBDCの機能や特性が技術的に実現可能かどうかを検証する。その第一段階である「概念実証フェーズ1」では、CBDCの取引を記録する「CBDC台帳」を中心に実験環境を構築し、決済手段としてのCBDCの中核をなす、発行、流通、還収に関する技術的な検証を行うこととしている。
「CBDC台帳」について、概念実証フェーズ1では、1.台帳の管理主体(中央銀行のみか、中央銀行と仲介機関が分担するか)、2.決済の記録方法(口座型か、トークン型か)という2つの切り口を用いて、3つの設計パターンを構築し、決済処理プロセスの特徴や処理能力を比較することを想定している(図表4.台帳の管理主体とCBDC移転の記録方法)。現在は、各パターンに関するシステム的な要件定義や実験環境の設計・開発を進めており、その後、実機での検証に移行する予定である。
概念実証フェーズ1では、CBDCの基本的機能(発行、流通、還収)に関する検証に加え、将来、本番用システムを開発することとなった場合に備え、CBDCに関する追加的な機能拡張の実現可能性や容易性について、CBDC台帳の設計パターンごとに、机上にて比較・検証を行う予定である。検証の対象となる追加機能の候補としては、オフライン決済機能、CBDCへの保有上限・利用上限の適用、セキュリティや匿名性確保のための対策、CBDCへのプログラマブル性の付与、などが考えられる。
概念実証フェーズ1の実施期間は、2022年3月までの1年間を想定しており、その目的が達成され次第、「概念実証フェーズ2」に移行する。この段階では、フェーズ1で構築した実験環境に、先ほど述べたCBDCの拡張機能などを付加して、その実現可能性などを検証する予定である。こうした概念実証を経て、さらに必要と判断されれば、CBDCの実際のデザインや機能を意識しつつ、民間事業者や消費者が実地に参加する形でのパイロット実験を行うことも検討していく。
なお、日本銀行は、概念実証の開始に合わせて、「中央銀行デジタル通貨に関する連絡協議会」を新たに設置し、3月に第1回会合を開催した。銀行やノンバンク決済事業者の業界代表に加え、財務省や金融庁からも本協議会に参加頂いている。日本銀行としては、概念実証の進捗状況に応じて本協議会を随時開催し、実験の内容に関する関係者との情報共有を図るとともに、今後の進め方についてしっかりと協議していく方針である。
3.制度設計面の検討
「取り組み方針」では、実証実験と並行して、制度設計面の検討を深めていくこととしている。CBDCの導入が国民生活や経済活動に与える影響は大きく、その設計に当たっては、慎重な考慮を要する様々な論点が存在する。日本銀行としては、例えば、1.中央銀行と民間事業者の協調・役割分担のあり方、2.CBDCの導入が金融システムの不安定化に繋がることを回避するための方策(CBDCの発行額・保有額制限や付利に関する考え方)、3.プライバシーの確保と利用者情報の取り扱い、4.デジタル通貨に関連する情報技術の標準化のあり方などについて、順次、検討を進めていく考えである。
4.内外関係者との連携
ここ数年、多くの中央銀行が、CBDCに関する検討を積極化している。国際決済銀行による直近の調査によれば、調査対象の65の中央銀行のうち、86%の中銀がCBDCに関する何らかの検討に取り組んでいる。こうした中、一部の小規模な新興国においてCBDCを正式に発行する動きがみられるほか、中国では、複数の都市でデジタル人民元の発行に向けたパイロット実験が進められている。
先進国においては、日米欧の7つの主要中央銀行が、昨年以降、CBDCの活用方法や先端的な技術に関する共同研究を続けており、10月には、CBDCの検討を進める際の「基本原則」などを取り纏めて公表した。日本銀行としては、こうした場も活かして主要中銀としっかり連携し、CBDCの基本的な特性やそれが実務面に及ぼす影響等について理解を深め、自らの検討にも活かしていきたい。
国内の関係者とも密接に協力していく。もとより、決済システムの構築は中央銀行だけで進められるものではない。CBDCの導入を検討する場合には、システム面や制度面を含め、広範かつ大規模な取り組みが必要となる。日本銀行としては、こうした点を十分に認識したうえで、今後とも、民間事業者や関係当局などと連携しながら、適切に検討を進めていく方針である。
*1)本稿におけるCBDCの定義は、Committee on Payments and Market Infrastructures and Markets Committee, “Central bank digital currencies,” March 2018(https://www.bis.org/cpmi/publ/d174.htm)に基づいている。
*2)日本銀行ホームページ(https://www.boj.or.jp/paym/digital/index.htm/)にて公表されている。
*3)本実証実験における「トークン型」とは、台帳上に、保有者IDと当該IDが保有するトークンID(識別可能な金銭データ)の群が記載され、保有者IDとトークンIDの紐づけを変更することで、送金等が実行されるシステムをいう。
*4)決済システムレポート別冊「デジタル通貨に関連する情報技術の標準化」(https://www.boj.or.jp/research/brp/psr/psrb210525.htm/)
*5)国際決済銀行によるサーベイは以下で詳細が入手可能https://www.bis.org/publ/bppdf/bispap114.htm
*6)主要中銀による共同報告書https://www.bis.org/press/p201009.htm
一般利用型CBDC(中央銀行デジタル通貨)について
三菱UFJ銀行 経営企画部 部長 山井 康浩 同 経営企画部 調査役 佐藤 涼介
1.はじめに
国内外で中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する議論や検討が活発に行われている。2020年に国際決済銀行(BIS)が各国中央銀行に対して実施した調査では、回答した65の中央銀行(先進国21、新興国44)のうち、86%がCBDCに関連する業務に携わっていると回答、実証実験に進んだ中央銀行の比率も60%となっている。この間、バハマやカンボジアでは一般利用型CBDCが正式に導入され、中国では個人や企業を巻き込んだ大規模な実証実験が複数回にわたり実施されている。
BIS決済・市場インフラ委員会の報告書ではCBDCは「民間銀行が中央銀行に保有する中央銀行当座預金とは異なるデジタル形式の中央銀行マネー」と定義され、日本銀行の定義によると、デジタル化されていること、円などの法定通貨建てであること、中央銀行の債務として発行されることの3つを満たすものとされている。また、その利用形態に応じて、金融機関間の決済でのみ利用できる「ホールセール型」と企業や個人も利用できる「一般利用型」に大別される。本稿では後者の一般利用型CBDCを念頭に、民間金融機関の立場からみた概観や今後詰めるべき論点等について述べる。なお、本稿の意見に関する部分は筆者らの個人的な見解であり、筆者らの所属する組織の見解を表すものではない。
2.一般利用型CBDCの通貨における位置づけ
まず、一般利用型CBDCが、既に存在する各種通貨/決済手段の中でどういった位置づけになるかを確認する。そもそも通貨は商品交換の際の媒介物で、価値の尺度、流通の手段、価値の貯蔵の3つの機能を持つものである。現在、通貨には中央銀行/政府が発行し、物理的形態である紙幣・貨幣からなる「現金通貨」(国内発行残高約110兆円)がある。これに加え、預金取扱金融機関が発行する電子形態にデジタル化された民間通貨として「預金通貨」(国内発行残高約840兆円)がある。現在はこれら二つが国内で通用する通貨の大半を占める。現金通貨と預金通貨との違いは、形態(物理形態/電子形態)の違いに加え、発行主体(中銀・政府/預金取扱金融機関)の違い、すなわち信用リスク及びファイナリティー(決済完了性)の違いがある。預金通貨の価値の裏付けは民間信用であるため、預金保険機構によるセーフティネットが存在するとはいえ、一定の信用リスクが存在する。一方、現金通貨は国や中央銀行の信用に基づいて発行されるため信用リスクは(国に対するリスク以外は)実質的に存在しない。また、預金通貨による決済は最終的に金融機関間での資金移動を必要とする一方、現金通貨による決済は完全に終了され、事後的に取り消されることがない。
さらに、デジタル化された決済手段として、民間発行の電子マネー(本稿では非接触型ICカードや携帯端末を用いたプリペイド方式の支払手段を指す)が存在する。電子マネーは、定義上は決済プロセスにおいて現金や預金の受渡しが介在するため通貨そのものではなく通貨の補助又は代用とする指摘もあり、日本銀行のマネーストック統計上も通貨には含まれていない。一方で日々の購買や個人間送金等では日常の決済手段として幅広い利用が進んでいる。
こうした状況を踏まえると、一般利用型CBDCの導入は、デジタル化された公的通貨の「新商品」の導入とみることも可能である。このような「新商品」の導入には、内外の多くの研究が指摘するように多様なメリット・リスクが存在し得る。具体的にどういうメリット・リスクがあるかは一般利用型CBDCで実現を目指す意義・目的や具体的な設計・実装方法に応じて様々である。このため、一般利用型CBDCを社会・経済課題解決に繋がる真に意義あるものとするためには、多様な論点の検討が必要である。
こうした論点のうち、公的通貨の「新商品」である一般利用型CBDCが民間通貨/決済手段(前掲の預金通貨・電子マネー等)と補完的なのか競合的なのかは最も大きな論点となる。残高として最も大きい民間通貨である預金は、全銀システムを通じ約1,200の預金取扱金融機関間で年間18億件の取引を処理することで預金取扱金融機関間の相互運用性を確保し、口座振替などを通じて多様な電子マネーとの連携も実現している。加え、預金と電子マネーとの相互運用性向上に向けて、全銀システムへのキャッシュレス決済事業者の参加や低コストかつ接続が容易な多頻度小口決済システム構築の検討が進むなど、利便性向上に向けて様々な進化に向けた取組が進められている。また、幅広い事業者により、新たな顧客体験を提供する電子マネーも拡大・進化している。一般利用型CBDCは、こうした民間通貨/決済手段のイノベーションおよび進化を補完・促進する形で設計されることが望まれる。
加え、預金は信用創造を通じて生み出され決済手段として機能することで民間への資金供給を経済のライフラインとして支えている。仮に一般利用型CBDCが預金を代替する場合に預金が持つ資金供給を支える機能に影響が及び得る、何らかの信用不安発生時、より早いスピードで預金が流出し得るといったことが内外の研究で示されている。これにどう対応するかも重要な論点となる。
また、一般利用型CBDCの社会実装をどのように官民で分担するかも大きな論点となろう。一般利用型CBDCを法貨として位置づける場合、国内の個人約1.2億人および法人約260万社が遍く利用出来るようにする必要がある。このためには、既存の預金・電子マネー・クレジットカード等と同様に利用者/加盟店/ネットワークでのシステム実装を進める必要があるほか、利用者/加盟店に利用を促進するための取組も必要となってこよう。
昨年10月に公表された「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」では、一般利用型CBDCに期待される機能や役割の一つとして「民間決済サービスのサポート」が掲げられ、中央銀行と民間部門による決済システムの二層構造の維持が明示される等、一般利用型CBDCと民間通貨/決済手段は相互補完的であるという前提で検討が進められていると認識している。今後議論が進む中で、一般利用型CBDCと民間通貨/決済手段との補完性をどういった形で設計・実装するかが大きな論点となる。
3.一般利用型CBDCの海外の動向と意味合い
海外での一般利用型CBDCの検討状況は、各国のおかれた金融・経済環境に応じた意義・目的に応じて多様である。前述したBISの調査においても、CBDC導入の動機として、金融の安定性、金融政策上の含意、金融包摂、国内/クロスボーダーの決済の効率性、決済の安全性/強靭性等の多様な意義が挙げられており、新興国の方が先進国よりも金融包摂への関心が強い等、関心度合いに濃淡があることが明らかになっている。
既に一般利用型CBDCを発行している例として、バハマとカンボジアがある。2020年10月に「サンドダラー」を導入したバハマの特徴としては、国土が700を超える島から構成されるという地理的特徴が挙げられる。これを受け、意義・目的をバハマ全土における金融サービスへのアクセス向上、AML強化等に置いている。2020年10月に「バコン」を導入したカンボジアの特徴としては、国内における「ドル化」の進行が挙げられる。これを受け、意義・目的を、携帯電話を活用した金融包摂、決済の合理化、現地通貨建て取引の容易化等に置いている。
発行には至っていないが実証実験を積極的に進めている国として、スウェーデンと中国が挙げられる。2017年に「eクローナ」プロジェクトを開始したスウェーデンの特徴として、銀行横断によるキャッシュレス決済「Swish」の浸透に伴う現金利用の著しい減少が挙げられる。これを受け、一般利用型CBDCの意義・目的を、現金流通減少下で金融包摂を維持するために公共財としてデジタル決済を提供することに置いている。近年「デジタル人民元」の実証実験を繰り返している中国は、意義・目的を明確に対外発信していないが、国民の決済データに直接アクセスすることによる犯罪・不正対応の高度化や寡占が進んでいる民間モバイル決済への対抗に置いているとの見方もある。
こうした動きを受けて、日本でも調査・研究上のギャップを埋めるための取組を進めることがまずは必要である。さらに、先行する国々の意義・目的をそのまま日本に当てはめることは難しいため、日本ならではの意義・目的のあり方について議論を進めることが必要と考えられる。例えば、今年2月に公表されたFEDS Noteには、一般利用型CBDC発行の前提条件として、(1)明確な政策目的(Clear Policy Objectives)の確立、(2)幅広いステークホルダーの支持(Broad Stakeholder Support)の確保、(3)確固とした法令上の枠組み(Strong Legal Framework)の構築、(4)堅牢な技術的基盤(Robust Technology)の確保、(5)市場の需要・供給双方における受容性(Market Readiness)の確保の5つが挙げられている。
今後、民間金融機関として、一般利用型CBDCについての理解をさらに深め、意義・目的をはじめとした議論に積極的に貢献すると共に、預金の利便性向上や社会・経済活動全体のデジタル化に対応した決済の高度化に向けた対応を進めることが期待されていると理解している。
*1)Codruta Boar and Andreas Wehrli, “Ready, steady, go? - Results of the third BIS survey on central bank digital currency,” BIS Papers, No.114, 2021.1. 〈https://www.bis.org/publ/bppdf/bispap114.pdf〉
*2)Committee on Payments and Market Infrastructures and Markets Committee, “Central bank digital currencies”, 2018.3.〈https://www.bis.org/cpmi/publ/d174.pdf〉
*3)「中央銀行デジタル通貨とは何ですか?」日本銀行ウェブサイト〈https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/money/c28.htm/〉
*4)日本銀行のマネーストック統計における「預金通貨」(要求払預金)残高
*5)日本銀行「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」2020.10.9〈https://www.boj.or.jp/announcements/release_2020/rel201009e.htm/〉
*6)Cheng, Jess, Angela N Lawson, and Paul Wong (2021). “Preconditions for a general-purpose central bank digital currency,” FEDS Notes. Washington:Board of Governors of the Federal Reserve System, February 24, 2021, https://doi.org/10.17016/2380-7172.2839
CBDCを通じたイノベーションへの期待
株式会社マネーフォワード 執行役員CoPA兼Fintech研究所長 瀧 俊雄
1.はじめに
わが国では昨今、様々な決済インフラの変革が進展している。全国銀行資金決済ネットワークのノンバンク事業者への開放が議論され、銀行間送金の手数料の引き下げが進むほか、キャッシュレス支払いの利用が非連続的な成長を遂げ、QRコード決済の仕様統一化も進んでいる。これらの担い手となる電子マネー事業者においても、高額送金を可能とする類型見直しが行われているほか、給与の受け取りを可能とする検討も進んでいる。これらの複合的な取り組みは、従来は銀行口座に偏っていた送金・決済手段の担い手を、社会のデジタル化に呼応して広げる動きとも捉えられる。
そのような中、CBDCは決済インフラのレベルを根本的に底上げする可能性が注目されている。ただしそのあり方を巡っては、前例のないトピックともあって様々な議論があるのも事実である。本稿ではフィンテック事業者の視点から、CBDCへの期待と実現に向けた考え方を述べることとしたい。
2.変貌する経済取引の形
決済は本来、経済取引の裏側で対になって発生する営みである。そのため、経済取引のあり方が変われば、決済の理想像も変わることとなる。
過去10年で起きた変化を考えてみたい。消費者は、従来ならスーパーでまとめて行っていた買い物を、複数のEC(電子商取引)サイトで別々に購入するようになった。事業者も紙で受け取る請求書を振込用紙で処理する状況から、オンラインでの請求確認と振り込みを行うようになった。そして今後、人工知能が様々な自動化を可能にする世界では、ECサイトが消費履歴に基づいた自動注文をし、電子的な請求書を受け取った債務管理サービスが月締めを待たずに支払いを自動指示していく世界観がある。決済取引の性質的には、多頻度化と高度な自動化が進んでいくこととなる。
決済インフラの変革は、このような社会的変化に即して、経済成長を阻害しないように行われる必要がある。すなわち、今後の決済システムでは、多頻度で様々な情報が付された決済・送金契約を、できるだけ即座に処理することが求められる。様々な決済ネットワークが存在する中、CBDCがその役割を本丸として担うべきかには議論の余地があるが、決済インフラが全体としてそのような機能を提供・発揮していくことは担保する必要がある。
近年、米国や英国、シンガポールやタイといった国々では金融機関と専門家のみならず、利用者やソフトウェア企業も含めた、エコシステムとしての決済インフラの有効性の検討が行われている。その背景として、決済インフラが高い性能や堅牢性を発揮するのは当然として、利便性の観点が利用者および開発者の目線から求められるようになっていることがある。わが国では、そこまでのステークホルダー型のインフラの検討はまだ行われていない段階ではあるが、その一部を構成するCBDCにおいても、類似の思想を持った検討を行うことが望ましい。
3.競争環境と包摂性の確保
CBDCが決済のイノベーションに寄与する方向性を三点ほど述べたい。
1つ目は、民間における様々な取り組みの参入障壁を下げる役割である。仮に、電子マネーのチャージや引き出しでCBDCとの出し入れが容易であれば、様々な決済事業者の林立に伴う利用者側の不便や不安を軽減し、新しいサービスを利用するハードルを下げることができる。店舗側でも、シェアの小さな決済事業者がCBDCを経由して売上を入金できるのであれば、同様に参入障壁を下げることができる。このような状況は多様な決済サービスの誕生を可能とする。
2つ目は、包摂的なキャッシュレス手段の提供である。わが国の一般的な消費者の中には、クレジットカードを負債の一種として敬遠したり、現金による物理的な予算管理を行いたい層が、相当数存在する。また身体の障害等の理由で、スマートフォンを用いたキャッシュレスサービスを容易に利用できない人たちもいる。一般利用型CBDCの検討では、現金と同程度の安心感やユニバーサルアクセスが必要条件となる目線があるが、これらは過去の民間事業者が経済合理性上提供できなかったツールを、公共財として提供する側面がある。いずれ現金のない社会を実現するにあたって、これは避けて通れない道でもある中、利用者に優しいサービスを開発する官民の連携も重要なテーマといえる。
3つ目は、CBDCへのプログラマブルなお金としての期待である。たとえば、認知力の低下した親が行う送金に親族の同意取得を前提とする仕組みや、商品や証券の受け渡しと同時の支払いといったユースケースが考えられる。これらは手続きの効率化のみでなく、役務提供と支払いの間で発生する信用を不要とする価値もあり、応用的に考えれば様々な企業の運転資金や企業間信用の短縮・不要化につながるものである。そのようなまだ見ぬユースケースの可能性を見据えて、お金のあり方は、今の世界では見えていない選択肢も包含できるキャパシティを持つことが望ましい。
4.イノベーションのあり方
上記の機能の実現に向けては様々な方法論があるが、近年の銀行サービスの進展におけるオープンバンキングと呼ばれるイノベーションのあり方は、そのモデルの一つとなりうる。
オープンバンキングとは、銀行口座への情報参照や取引指示を、一定の要件を満たす第三者が外部から接続して行う、銀行サービスの提供方法である。この仕組みでは、銀行がソフトウェアの開発をせずとも、たとえば自動化された会計ソフトが口座情報から帳簿を自動生成したり、給与の支払いを指示するといったことが可能となる。銀行と外部サービスはAPI(Application Programming Interface、ソフトウェア上の情報窓口)と呼ばれる方法で接続されており、利用者が銀行に対して、特定の手続きを行う合鍵の権限を、第三者に付与する形で利用される。安全性の高いAPIを構築できれば、イノベーションを起こすために事業者が取るリスクと、システミックリスクを分離することが可能となる。
この仕組みを応用すれば、銀行でいえばATMの主要な機能をAPIとして提供し、第三者のサービス上でその利便性を発揮することが可能となる。電子的な取引となるため、現金の引き出しは不要なケースとなるものの、たとえば銀行口座への入金や第三者への送金、電子マネーのチャージといった機能をそれぞれAPIとして開発しておくことで、中央銀行が自らアプリを作成せずとも、様々な事業者がアプリの上でCBDCの機能を活用することが可能となる。
安全性の高いAPIは、ログイン時および送金時に求めることになる認証のあり方や、利用者からみた入力のフォーマット、処理の手順などを丁寧に整備し、ソフトウェア開発キット(SDK)を配布することによって可能となる。ソフトウェア開発者にとっても、SDKのある開発であれば独自の開発による欠陥のリスクを減らすことができ、その分利便性を高める開発にリソースを割くことが可能となる。このような、周辺事業者が自らの利便性を高める期待をもって、エコシステムを育てていく営みはオープンイノベーションと呼ばれるが、中央銀行がそのプラットフォームとして機能することは理想的な未来像である。
現に、このようなアイデアは、イングランド銀行におけるCBDCの検討においても参照されている。中央銀行がCBDCの機能は提供しつつ、一定の要件を満たす民間事業者が、利用者がCBDCを使いやすくなるアプリを提供するイメージが述べられている。
図表1.銀行を例とするAPIの仕組み
図表2.ATMの諸機能をAPIで置き換えるイメージ
5.期待値マネジメントとCBDCのガバナンス
CBDCには、その一見わかりやすそうなテーマ設定や、海外における取り組みの情報も相まって、様々な期待と懸念が寄せられている。そこで取り上げられるのは、利便性の高い決済の実現だけでなく、金融政策の新たな手段、通貨の国際化、経済外交、給付金の即時支給、犯罪や脱税の防止といったテーマもある。これらはどれも重要であるが、その機能の実現のために、CBDCのアーキテクチャーへのアドホックな変更要望が行われることは、制度の安定運用やエコシステム育成の観点からも好ましくない。
そのためにも、CBDCがどのように運営されるべきかについては、個別のイシューは適切な議論の場で取り上げつつアーキテクチャー自体は安定が維持されることが重要である。仮にオープンイノベーションを企図してAPIを中心とした進展を想定するのであれば、その品質や使い勝手はアーキテクチャーとして対応せず、SDKのレベルでこまめに改善されていくことが望ましい。
CBDCを巡る最大の論点の一つであるプライバシーの取り扱いと犯罪資金対策は、その二つがトレードオフにありかつ様々な見解のあるテーマである。日本では特に、個人情報をとりまく社会的なコンセンサスが未成熟な中、金融の世界を越えた幅広いステークホルダーとの合意形成が必要であり、かつ、一度決めたあとのスタンスの堅持も重要となる。このようなテーマで、CBDCのあり方が事後的に二転三転するようなケースがあると、利便性を提供しようとする開発者や、消費者から見た安定利用の期待値も大きく損なわれてしまう。そのような意味も含めてCBDCでは、中央銀行における金融政策とは異なるタイプの広報や世論形成が必要ともいえる。
6.おわりに
以上に、フィンテック事業者からみたCBDCの可能性と、検討に向けて期待するポイントを述べてきた。CBDCは前例のないトピックである上、広範な発展の可能性と、数多の周囲からの期待が寄せられており、結果的には幾重もの試行錯誤が求められるものでもある。しかしこの10年間、フィンテックと呼ばれる流れの中で、金融業とノンバンク事業者の協業が金融の新たな可能性を拓いてきたように、CBDCもまた、民間事業者の知見や技術が、公的な領域において活かされる機会として捉えられるべきであろう。社会の諸課題が包摂的なデジタル技術によって新たな解決の可能性を迎えている中、CBDCは次世代の社会のサービスを提供するプラットフォームとなることが期待される。当社としてもCBDCの発展をきっかけとした、決済のイノベーションを実現する一助となれればと考えている。