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海外ウォッチャー/「ファイナンス」令和3年5月号

担当者の視点から見たアジア開発銀行のパンデミックにおける緊急財政支援について

アジア開発銀行 南アジア局エコノミスト 鳥羽 建

1.はじめに

2020年初旬より始まった新型コロナウイルス(COVID-19)感染症は、2021年現在も引き続き日本をはじめとする先進国のみならず、アジア・太平洋地域の発展途上国においても猛威を振るい続けている。筆者は2018年から、マニラに拠点を置く国際開発金融機関であるアジア開発銀行(ADB)に所属して、南アジアの開発途上加盟国(DMC:Developing Member Countries)であるモルディブを担当している。モルディブはインド洋に浮かぶ島嶼国であり、その風光明媚さからリゾートをはじめとする観光・旅行業を主な産業としている。モルディブは、今般のパンデミックにおいて、世界的な人の移動が滞ったことから、その主要産業である観光・旅行業に大きな打撃を受けることとなった。そのような苦境に陥るモルディブに対して、ADBの理事会は、2020年6月25日、5,000万米ドル(約55億円)*1の緊急財政支援融資を提供することを承認した。*2一般的に、公表されている情報はこのような支援金額やその支援内容の紹介に関するものがほとんどであるが、その裏側には、実際には、この緊急財政支援を実現させるためのADB職員とモルディブ政府関係者の間の数カ月にわたっての沢山の検討と議論、そして寝食を忘れての協働といった事実が隠れている。筆者は図らずもモルディブに対する緊急財政支援のチームの一員として、その組成から執行までの一連のプロセスに携わる機会を得たので、この裏側について少しでも記録して伝えることが出来ればと思ったことが、本稿の執筆に対するモチベーションである。

本稿では、ADBがモルディブに対する緊急財政支援を提供する過程でどのような手続きが踏まれ、また、どのような議論が行われたのかを、担当者の視点からまとめている。本稿を通して、当時のADBと政府関係者の息遣いのようなものを読者に少しでも伝えることが出来れば幸いである。なお、本稿は、筆者が当時の業務経験および作業記録を元にして個人として解釈・構成したものであり、組織の公式な見解を記すものではない。また、本稿に含まれた情報や制度の説明について間違いがあることもありうる。そのような場合、それらは筆者の責に帰するものであることをご承知おきいただきたい。*3

2.モルディブという国について

まずは、モルディブという国について概観することからはじめたい。モルディブはインド洋に浮かぶ1,192の島から構成される小島嶼開発途上国(SIDS:Small Island Developing States)の一つであり、ADBには1978年に加盟している。人口は53.4万人と比較的小規模であるが、その40%が首都であるマレ島に集中していることから、マレは世界で最も人口密度が高い都市と言われている。イスラム教を国教としており、街を歩けば、モスク等をはじめその影響を見ることが出来る。その地理的特徴の一つとして、海抜の最高が2.4m、平均が1.5mという平坦な地形があり、気候変動に伴う海面の上昇による国土への影響が懸念されている。

モルディブのGDPはパンデミックの前の2019年時点で56.3億米ドル(約6,200億円)であり、透明度の高い海と美しいサンゴ礁の存在を背景に、その75%をリゾートをはじめとする観光関連産業に依存している。読者の方々も、モルディブと聞いて連想するのは、ハネムーン等の目的地としての南国のリゾート島のイメージであろう。2019年時点で、一人当たりGDPが10,540.99米ドル(約116万円)に達し、世界銀行の分類上でも高中所得国に含まれている*4一方、マレ首都圏と島嶼部の離島の間では保健医療体制を含むインフラ整備の度合い、雇用や教育の機会、所得水準等に大きな格差があることが課題視されている。2018年の総選挙により成立したソーリフ現政権は、地方分権(decentralization)をその大きな目標として掲げており、2019年に策定されたStrategic Action Plan 2019-2023*5においても、島嶼部の開発に大きな優先度が置かれている。

島嶼国であるモルディブの特徴の一つとして、食料や燃料等の生活必需品を自給出来ないため、それらの調達を輸入に頼らざるを得ないということがある。モルディブは伝統的に漁業が盛んであることから、魚介類、水産加工物をタイ等に対して輸出しているものの、上記の点で大幅な輸入超過とならざるを得ない構造になっている。また、モルディブの通貨であるルフィアは米ドルとペッグしてその通貨価値を安定化させているが、モルディブ特有の事情として、それらの裏付けとなる外貨準備を観光・旅行業による外貨の獲得と海外からの対外直接投資(FDI:foreign direct investment)、対外的な借り入れによってバランスするという構造があった。

写真:首都マレには、その限られたスペースに22万人が居住している

また、モルディブ経済の課題として、近年拡大傾向にある対外公的債務の問題が挙げられる。モルディブは、ヤミーン前政権時より、マレ首都島と国際空港を結ぶ橋をはじめとする大規模なインフラ投資を対外的な借り入れにより行ってきた。また、島嶼国の特徴である分散した国土および人口により、諸行政コストが高くなってしまうことが避けられず、その公的債務残高の対GDP比はパンデミック前の2019年時点で76.9%と高い水準にあった。国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)は、今後も公的債務の拡大が見込まれることから、近年の4条協議において、モルディブを“high risk of debt distress”と評価しており*6、ADBの分類上でも、モルディブは信用度の低い、贈与(グラント)と譲許的融資にのみアクセスできるグループA国として位置づけられている。*7

3.COVID-19の感染拡大(1-3月)

ここからは、筆者の視点を通して時系列的に何が起こっていったのかを記していきたいと思う。ADBにおいて、一番最初にCOVID-19についての情報が伝えられたのは、2020年1月21日のADB Todayという社内報によってであった。“Precautions for new coronavirus infection”と題した記事は、中国をはじめタイ、日本、韓国等で肺炎のような症状のウイルス性の感染症が観察されている、というものであり、その時点ではまだ職員の間で危機感を伴って問題が捉えられていたわけではなかった。当時、ADB本部のあるマニラでは、南方にあるタール火山が突然噴火して空港が封鎖されるという出来事が起こっており、職員の視点からは、むしろそちらの方が不安な出来事として認識されていたと記憶している。その後、ADBの中国、香港への出張に関する方針が厳格化されることがアナウンスされ、1月30日に世界保健機関(WHO:World Health Organization)が世界的な緊急事態を宣言するにいたり、職員も事態の深刻さを認識することとなった。

しかし、2月に入った時点では、中国、香港等一部地域以外の開発加盟途上国(DMC)への出張は通常通りに継続されていた。筆者も、モルディブの国別支援戦略(CPS:country partnership strategy)の策定作業のために、2月8日から20日にかけてモルディブを訪問した。マニラからマレへの道中も特段通常との変化を感じることもなく、マレ首都圏においても、COVID-19について警戒されている様子はまだなかった。出張の合間に島嶼部の離島を訪問した際にもまったく島民に感染症の脅威は認知されている様子はなく、いつものように政府関係者や現地のステークホルダーとの面談を行い、マニラへの帰路につくこととなった。

状況は3月に入ってから急変していくこととなる。WHOがCOVID-19のパンデミックを宣言する3月11日に先立ち、3月6日にモルディブのリゾートに滞在歴のあるイタリア人観光客が帰国後にCOVID-19に感染していたことが判明した。3月7日には、そのリゾートで勤務する外国人労働者2名の感染が確認され、モルディブ国内でも感染者が確認される事態となる。この時点でまだ地域内感染(local transmission)は発生していなかったものの、COVID-19に対する保健医療体制が十分に整っていないこと等を鑑み、3月12日にモルディブ政府は公衆衛生上の緊急事態(public health emergency)を宣言し、マレ首都圏はロックダウンに移行した。また、保健医療体制がより乏しい島嶼部への感染の拡大を防ぐために首都圏と島嶼部との間の往来も制限されることになった。本措置は当初は30日間の予定であったが、途中での制限の緩和も経ながら結果的に6月29日まで継続することとなった。この間、すべての政府機関も閉鎖され、政府職員も在宅勤務を余儀なくされることとなる。

また、モルディブ政府は海外からのウイルスの流入を防ぐために国境を封鎖することにした。このことにより観光・旅行業に深刻な悪影響が出ることは避けがたく、モルディブ経済の先行きへの不安が高まることとなった。上述のとおり、モルディブは、食料や燃料等の生活必需品を自給出来ず、その消費のほとんどを輸入に依存している。また、積み上がっている対外債務も返済しなければいけない。それらの支払いのための外貨の獲得手段として、観光・旅行業のモルディブ経済に占める重要性は非常に大きかった。併せて、モルディブの通貨であるルフィアは米ドルとペッグしているが、パンデミックが長期化して外貨準備が不足しペッグを継続することが困難となった場合、ルフィアが減価し、ミクロのレベルでは生活コストの増大、マクロのレベルでは対外債務の返済が困難になることも中期的な最悪のシナリオとして考えられた。*8また、モルディブの雇用の多くは周辺産業も含めた観光・旅行業によって支えられている。海外からの観光客が当面見込まれない状況で労働者が失業リスクに晒されることも予想された。このように、国境の封鎖に伴う観光・旅行業へのインパクトは、モルディブの社会経済に対して大きな意味を持つものであった。3月6日にADBの経済調査・地域協力局が公表したパンデミックによる経済へのインパクト推計によれば、モルディブの2020年のGDP成長率はパンデミックによる観光・旅行業等への影響により最大で5.5%押し下げられると予想された。*9

このような懸念を背景に、モルディブ政府は早期から7月をターゲットに国境を再開し、海外より観光客を受け入れることを目標とした。そのために、当面はマレ首都圏のロックダウンと国内の移動の制限といった強力な社会的隔離措置により感染の封じ込めをはかり、その間に、隔離施設やICUの整備、検査キャパシティの増大といった保健医療体制の拡充を通じて、中期的に感染をコントロールする手段を構築した上で、観光・旅行業の再開を通じて経済を回していくことを目指した。同時に、短期的に強力な社会的隔離措置を採ることによる中小企業、家計、失業者を含む社会的弱者への悪影響を緩和するために、現金支給、譲許的ローンの提供を含む政策パッケージを打ち出した。他方、モルディブ政府の財政は、リゾート業に対する島のリース料、観光・旅行業からの税収等の観光・旅行業に由来した収入に依存している。パンデミックに対処する政策パッケージ実施に伴い財政支出が増大する一方で、観光・旅行業からの税収が落ち込む中、拡大していくファイナンスギャップをどうやって埋めればよいのであろうか。さらに、こうしたモルディブ経済の先行きの不透明さを背景に、5月にはMoody’sがモルディブ国債の格付評価をB2からB3に下方修正するなど、当時のマーケットの資金調達環境はよりタイトになっていた。*10モルディブ政府にとって、この苦境を乗り切るためには、譲許的な条件で資金を提供し、伴走してくれるファイナンシャルパートナーが必要であった。

図1.GDP成長率へのパンデミックの影響

図2.財政収支へのパンデミックの影響

4.緊急財政支援の組成プロセスの開始(3月)

こうした状況を踏まえて、3月8日にイブラヒム・アミール財務大臣よりADBに対して、緊急財政支援を要請するレターが発出された。それを受け、筆者の所属する南アジア局において、急遽プロジェクトチームを組成することとなった。プロジェクトのリードは、公共管理、金融セクターを所掌しているPublic Management, Financial Sector, and Trade Division(SAPF)と、筆者の所属する、モルディブ政府との調整業務を担当しているRegional Cooperation and Operations Coordination Division(SARC)が共同で行うこととなり、筆者も、このプロジェクトチームにSARCからメンバーとしてアサインされることとなった。

ADBは3月18日にパンデミックに対処するために総額65億米ドル規模の緊急財政支援をDMCに対して供給することをアナウンスしている。*11この緊急財政支援の枠組みを踏まえて、足下の緊急性とモルディブの経済財政の状況を鑑みた上で、何が融資手法として最も適切かを検討する必要があった。ADBがDMCに対して財政調整支援(プログラムローン)を提供する際には、構造改革を推進するための(1)政策支援型融資(PBL/G:policy based loan/grant)という融資手法と、マクロ経済安定化を目的とする(2)景気循環対策支援ファシリティ(CSF:countercyclical support facility)という緊急支援に特化した融資手法がある。前者の(1)政策支援型融資(PBL/G)は、相手国政府とADBの間で構造改革プログラムについて合意し、その合意内容を達成すれば、それをトリガーとして事前に合意された支援金額が払い出されるという融資手法である。*12しかし、パンデミック下において、例えば、税制や通関といった分野の構造改革プログラムを実施していくには相当の時間を要することが想像され、政府の喫緊の資金需要に対して応えることが出来るのか、という点が懸念された。後者の(2)景気循環対策支援ファシリティ(CSF)は、元々、2008年のリーマン・ショックの際にも用いられた融資手法で、相手国政府の景気対策プログラムに対して財政支援を行うというものである。しかし、通常、モルディブのような債務リスクが高く、通常資本財源(OCR:ordinary capital resources)にアクセスすることのできないグループA国はCSFの対象とはならず、また融資の金利条件も通常のプログラムローンに比べて高くなるという点がダウンサイドとして考えられた。また、どちらの融資手法を採用するとしても、ADBがモルディブ政府に対してプログラムローンを提供するためには、IMFの事前審査(assessment letter)が必要となるが、この時点で、IMFや世界銀行がモルディブ政府に対して支援を行うのかどうか、その動向はまだ不透明であった。上記のとおり、国際金融市場からの資金調達が難しい中で、国際開発金融機関からの譲許的な財政支援がなければパンデミック対策を実行することが出来ない、というモルディブ政府の喫緊の政策ニーズに対して、ADBの既存の融資手法は最適な解決策をもたらすことが出来ないように思われた。

そんな折、ADB理事会と経営陣が、パンデミックに対応した新しいプログラムローンのメニューを時限的措置として導入すべく準備を進めている、という情報が入る。景気循環対策支援ファシリティ(CSF)の新しいオプションであるCOVID-19 Pandemic Response Option(CPRO)と呼ばれるその融資手法は、従来のCSFとは異なる条件(例えば、政府のパンデミック対策の適切性や社会的弱者への支援パッケージの存在)があるものの、それらの条件を満たすことができれば、モルディブのような債務リスクの高いグループA国も支援の対象となり、また譲許的な金利条件を提供することが可能であるという。併せて、緊急性を鑑みた特例として、これまで災害支援案件に使われていた内部の承認プロセスを援用し、部局横断的なOne ADBチームを組成することにより、コンセプトペーパーの作成や部局をまたぐ稟議書のレビュー等の案件組成・審査に係る内部プロセスを大幅に迅速化することも可能になるという。当初よりモルディブ政府からは、外貨資金が枯渇する前にADBが迅速にドル建て資金を払い出すことを最優先事項として求められていたこともあり、CPROが融資手法として最適と判断され採用されることになった。*13また、3月後半には、IMFがモルディブに対してRapid Credit Facility(RCF)という支援手法で2,890万米ドルの緊急支援を提供する可能性があることが把握されていた。CPROの稟議にあたっては、IMFの経済アセスメントが必要であるところ、IMFがRCFを提供する際に行う経済アセスメントをCPROにも流用することができることも追い風となった。また、同時期に、世界銀行も730万米ドル規模の支援を実施する可能性があることが把握された。*14本組成プロセスにおいて、ADB、IMF、世界銀行は互いに緊密に連携することで政策アドバイスの一貫性を保ちつつ、それぞれの機関で緊急財政支援の組成を行っていくこととなった。*15

表1.ADBの財政調整支援(プログラムローン)の融資手法の比較

5.支援内容の具体化(4-5月前半)

ADBは4月13日にADB’s Comprehensive Response to the COVID-19 Pandemicというポリシーペーパーを公表し、パンデミックに対する支援規模を200億米ドルに拡大するとともに、CPROを正式に支援メニューとして導入した。*16この支援規模の拡大を受け、モルディブに対するCPROの規模が5,000万米ドルに決まり、Maldives:COVID-19 Active Response and Expenditure Support Program(CARES Program)というプロジェクト名が与えられた。また、ADB内においても、CPROの導入により、その組成のためのOne ADBチームが正式に組成された。プロジェクトをリードする南アジア局に加え、経済調査・地域協力局、法務部、会計局、調達・ポートフォリオ・財務管理局等の多様な部局をまたいだ総勢20人以上のスタッフが一つのADBチームとして組成プロセスに携わることになった。

このような大所帯のOne ADBチームが協働して効果的に稟議書やその添付資料を作成していくことを可能にしたのが、デジタルツールの存在である。実は、ADBは3月12日に本部建物で開催された会議に参加していた外部ゲストの感染が確認された後、本部建物が全面的に閉鎖され、その全ての業務が完全にオンラインに移行していた。*17ADBはパンデミックに先立つ2019年から大幅なシステム改修をしており、SharePointというプラットフォームが導入されていた。スタッフはSharePoint上で協働して文書の作成、記録等の作業をすることが出来、Teams、Skype等の通話ツールを併用することで、本部建物の閉鎖という状況下でも円滑に業務を継続していくことが出来た。*18

4月はADBではイースター休暇があり、また、ムスリムの国であるモルディブでは4月から5月はラマダンの季節にあたる。例えば、2020年の場合、4月23日から5月23日がラマダン期間となり、ラマダンが明けた5月24日がEidと呼ばれる祝日となる。通常、この期間は官民を問わず就業時間が短くなり、原則として国際機関の出張等も受け入れない。そのため、例年であればモルディブに関する業務がスローダウンする傾向がある。しかし、こと2020年についてはこのことが全く当てはまらなかった。まず、CPRO承認のために必要となる前提条件を政府が充足することを支援しなければならない。また、ADB行内の稟議書および添付資料(約100ページ)を作成するためには、足下の感染者数の推移や病床確保の状況等の医療関係データや経済財政の推計等さまざまな情報が判断のための前提として必要となる。さらに、上記のとおり、CPROを提供する要件として、政府のパンデミックに対する政策パッケージが大前提となるため、支援対象となる政策パッケージの内容を精緻化していく作業が必要となる。当初、モルディブに対するCPROを4月末の理事会に諮ることを目標としていたため、ADBのプロジェクトチーム、政府のカウンターパートともに、昼夜を問わず休日返上の疲れ知らずで作業をすることとなった。

当初、モルディブ財務省から提出された政策パッケージは、主にロックダウンにより影響を受ける経済主体に対する支援に焦点が当てられていた。しかし、ADBがCPROを提供するにあたり、政府のプログラムを通じて、女性や障害者を含む社会的弱者たち、低所得者世帯や移民労働者といった経済的弱者たちに対して、その支援が適切に行き届くことを、ADB理事会メンバーが非常に重要視しているということが、先行するフィリピンやインドネシアに対するCPROの組成を通じて分かってきた。これを踏まえ、プロジェクトチームからモルディブ政府に対して、支援対象となる政策パッケージについて経済対策、保健医療対策、社会的保護のバランスが取れたものとなるようメッセージを打ち出し、財務省、経済開発省、保健省、ジェンダー省等とともにその内容について議論していくこととなった。

例えば、モルディブはその経済を主にバングラデシュをはじめとする他の南アジアからの移民労働者に依存している面があり*19、そうした移民労働者が特にロックダウン下のマレ首都圏において厳しい環境に置かれていることが伝えられていた。特に、公式に登録されていない移民労働者(undocumented migrant workers)にとってその問題は深刻であった。多くの非登録移民労働者は主に建設現場等で働いていたがロックダウンによりその稼得手段を失い、また国境も封鎖されていることから帰国も出来ず、マレに放置されることとなった。彼らは一般に限られたスペースかつ劣悪な環境に集団で生活することを余儀なくされていたことから、そうした集団生活に由来するクラスター感染が頻繁に発生しており、この時期のマレ首都圏の感染者の7割はバングラデシュからの移民労働者となっていた。モルディブ政府もこの事態を問題視し、非登録移民労働者を正式に登録しなおして母国への帰国を支援していたが、ADBの支援においても、そのような非登録移民労働者に対する支援にも目配りすべく、経済開発省と議論して、移民労働者の受け入れ施設(safer accommodation)の提供や、移民労働者についても、COVID-19に関する治療費をAasandhaという公的保険スキームでカバーできるようにすることなどが政策パッケージに加えられた。また、ロックダウンが長引くことによって、家庭内暴力などジェンダーに基づく暴力(gender-based violence)が増加することが懸念されたため、ジェンダー省と議論し、被害者がアクセスできるシェルターを島嶼部も含め5ヶ所整備すること等が政策パッケージに盛り込まれることとなった。このような議論を通じて、モルディブ政府の政策パッケージの内容を、経済対策、保健医療対策、社会的保護が幅広くまたバランスよくカバーされたものとすることが出来た。

また、CPROの組成・執行を通じて、ADBのvalue additionをどう反映させていくかについて検討が重ねられた。例えば、ADBはパンデミックの早い時期からモルディブに対して医療用品や個人用防護具の調達・提供といった形で保健医療分野への支援を行ってきた。*20CPROで支援する保健医療対策パッケージの内容はそれを補完出来るよう、検査キャパシティの拡充、隔離病棟の整備といった体制整備を主目的とした。また、上述のとおり、ADBはCPROの組成と並行して、次の5ヶ年の支援戦略である国別支援戦略(CPS 2020-2024)を準備していた。CPROの支援内容とCPSの重点分野を相互に連関させ合うことで、短期的な緊急支援と中期的な支援の間に切れ目のない連続性を持たせることが目指された。さらに、ADBは、IMF、世界銀行といった国際開発金融機関だけでなく、国際連合児童基金(UNICEF)、国際連合開発計画(UNDP)や国際移住機関(IOM)といった国連機関、国際協力機構(JICA)といったバイの支援機関とも緊密な連携をはかり、機関の間でどう分担をして、重複を避けながらも包括的にモルディブ政府の政策パッケージを支援していくか、集団的に検討を進めていった。

政策パッケージの内容が概ね固まってくると、次のステップとして、CPROの支援対象となる政策パッケージの具体的な予算案、CPROの進捗をモニターするためのツールである立案・検証フレームワーク(DMF:design and monitoring framework)の達成目標指標(target indicator)、そして政策パッケージの実行を支援するための技術協力(TA:technical assistance)の内容についてADBとモルディブ政府の間で正式に合意する必要がある。通常であれば、このためにFact-Finding Missionという出張ミッションを行い、現地に赴いて、ADBと相手国政府との間で対面で協議を行う。しかし、パンデミック下では国をまたいだ移動が困難であったため、代替手段として、4月20日にオンライン会議を開催し、支援内容の最終化に向けた協議を行うこととなった。この会議において議論され合意された内容がAide Memoireと呼ばれる政府とADBの間の公式文書として記録される。この合意内容を基に、ADB経営陣による案件品質を承認する会議(MRM:Management Review Meeting)におけるフィードバックを踏まえ、モルディブ政府との最終協議である融資契約書交渉(loan and grant negotiation)に臨むこととなる。そのため、このFact-Finding Missionの時点で、ADBとモルディブ政府の間で実質的な意思決定について合意する必要があった。

しかし、このFact-Finding Missionが非常に難航することとなり、結果的に、4月20日、22日、5月3日の3回に渡ってオンライン会議が行われることとなった。まず、政策パッケージを構成する各政策の数字、積算根拠、概要等の情報についての確認がなかなか出来なかった。非常事態の中でモルディブ政府も走りながら政策パッケージを作り上げている面があり、取りまとめる財務省と各実施官庁の間のコミュニケーションが混乱することがあった。例えば、提出された予算案をよく見てみると、ルフィアと米ドルの数字が混在して表記されており、財務省と実施官庁に連絡して、急遽夜中にオンライン会議を開いて認識のすり合わせを行う、ということもあった。しかし、この期間、上記のとおりラマダン中にもかかわらず、モルディブ政府は昼夜を問わず精力的に対応してくれ、最終的に政策パッケージの詳細な内容について確認することが出来た。

もう一点難航したのは、立案・検証フレームワークの達成目標指標の設定についてである。CPROの特徴として、通常の政策支援型融資(PBL/G)のように改革プログラムが設定されるわけではないので、政府は原則として合意された立案・検証フレームワークの達成目標指標を実現するために努力をすることが求められる。ADBとしては、CPROを提供するからには、その支援が適切に社会的に弱い立場にある女性や貧困層に届くことを確かにしたいという思いがあり、その達成目標指標を出来るだけジェンダーや社会的弱者により配慮した内容にしたいという意図があった。他方、モルディブはムスリム国家ということもあり、文化としてジェンダーに関する指標に対して保守的な側面があり、また、ジェンダーに関するデータ整備が十分でないことからモニタリングに対する不安も挙げられた。この点についてどこまでモルディブ政府にコミットしてもらえるかが焦点となり、議論を続けることとなった。最終的に、モルディブの社会の実情、ADBの意図もそれぞれ考慮し、技術協力(TA)を通じて政府のモニタリングを支援することをコミットした上で、立案・検証フレームワークの内容について合意することが出来(以下の表を参照のこと)、5月12日にAide Memoireが取り交わされることとなった。なお、この間、理事会のスケジュールは当初の4月末から3回後ろ倒しになっており、新しい理事会の日程は6月25日に設定された。

図3.緊急財政支援の承認までのプロセス

6.ADB経営陣、理事会への説明、そして承認へ(5月後半-7月)

ADBとモルディブ政府との間でFact-Finding MissionのAide Memoireが取り交わされ、CPROの支援内容、立案・検証フレームワーク(DMF)、技術協力(TA)の内容が両者の間で合意されたことを踏まえ、5月27日に理事会メンバーに向けた非公式なブリーフィング(IBS:Informal Board Seminar)が、5月28日にADB経営陣による案件審議(MRM:Management Review Meeting)がそれぞれセットされた。

IBSでは、ADBの支援がそれを必要とする社会的弱者に適切に届くようモルディブに対するCPROがデザインされているか、観光・旅行業の再開の見通しはどうなのか、モルディブに対する支援でADBの付加できるバリューは何か、といった幅広い観点から理事会メンバーのフィードバックが寄せられた。また、モルディブ政府の中長期的な債務持続性について、ADBとして提供できる価値についてしっかりと検討を続けていくよう提案があった。

MRMでは、チェン副総裁と各部局の幹部からCPROの支援内容と稟議書に対してフィードバックが与えられ、最後に副総裁よりCPROの内容に対する承認が与えられるとともに、プロジェクトチームがモルディブ政府との融資契約書交渉に臨むことが認められた。交渉日は6月1日に設定された。

6月1日に融資契約書交渉がADBとモルディブ財務省との間でオンラインで行われた。交渉時点でADB本部、モルディブ政府ともに閉鎖していたことから、特例として融資契約書は、稟議書が理事会で承認されたのち、オンラインで双方の代表者によってリモートで署名されることとなった。

6月11日に、浅川総裁とチェン副総裁の承認が得られた後、CPROの稟議書が理事会に対して回覧された。理事会による審議は6月25日に行われ、無事、CPROは理事会によって承認されることが出来た。*21

理事会の承認を踏まえ、6月28日には、オンラインで融資契約書への署名が行われた。モルディブ政府からアミール財務大臣、ADBからはSARCのロナウド課長がそれぞれオンラインで署名を行い、CPROは無事発効し、ADBから財務省に対して5,000万米ドルがパンデミック対策のために払い出された。

しかし、CPROの融資実行は始まりに過ぎず、より重要なのは、提供されたCPROの資金がモルディブ政府によって適切に活用されて、支援を真に必要としている人たちに届けることが出来たかどうかである。CPROの組成プロセスが終わったのち、7月からは筆者の所属するSARCが、引き続き、その執行とモニタリングを担当することになった。*22

なお、後日談として、7月1日にアミール財務大臣と浅川総裁が電話会談をした際に、アミール大臣より、ADBの緊急財政支援に対しての謝辞が述べられた。*23ニュースリリースによれば、大臣はパンデミックによってもたらされた社会経済的そして疫学的な危機、そして観光・旅行業の停止により想定された経済財政的な危機に対してADBの提供したCPROが非常に大きな助けとなったことへの感謝を述べた上で、マクロ経済的な安定と債務の持続可能性を確かなものにするために、引き続きADBの伴走を得ながら真摯に取り組んでいきたい、という意気込みを総裁に対して述べたということである。

写真:アミール財務大臣とロナウド課長のオンライン署名の様子

表2.最終的に合意された立案・検証フレームワーク(Design and Monitoring Framework)(改革分野(Reform Area)のみ抜粋)

7.おわりに

本稿では、ADBのモルディブ政府に対する緊急財政支援であるCPROが実行に至るまでの経緯とその裏側について担当者の視点からまとめさせていただいた。少しでも、本稿執筆の目的である当事者たちの息遣いのようなものを伝えられることが出来ていれば幸いである。

今回のCPROの組成プロセスを振り返ると、多くの不確実な要素がある中を「走り抜けた」という表現がまさに当てはまるものであった。プロジェクトチームには、パンデミックという未曽有かつ世界同時多発的な社会経済的危機事態において、モルディブ政府から一刻も早い緊急財政支援が求められているという時間制約がある中、オンライン環境での融資組成というこれまでに経験したことのない状況に早急に適応しながら、モルディブ政府、他の国際機関、行内の調整を通じて、ADBとして妥協することなく価値ある融資を実行することが求められていた。その日々は、正解や前例のない試行錯誤の繰り返しであり、負荷の高いものであったと思う。しかし、最後まで、プロジェクトチームの士気が衰えることはまったくなかった。何がそうさせたのであろうか。これは、パンデミックによってリスクに晒される人々を支え援けることを本懐と感じる公共の奉仕者(public servant)の矜持なのではないかと思う。筆者は、それをチームの同僚たちに感じた。

また、本稿では筆者の視点からADB側の出来事を主に取り上げているが、モルディブ政府関係者こそむしろスポットライトが当たるべき真の当事者であった。上述のとおり、CPROの組成プロセスの期間はムスリムにとって非常に大事な宗教行事であるラマダンと被っていたにもかかわらず、非常に精力的にかつ献身的にその実現のために尽力してくれた。特にモルディブ財務省はこの期間、IMF、世界銀行など他の国際開発金融機関の対応や調整も並行して行っていたはずである。自国の未曽有の危機に対して身を粉にして尽力した彼らにも、また公共の奉仕者の矜持を強く感じることが出来た。

本稿で取り上げた緊急財政支援であるCPROの執行期間は、理事会の承認から1年後の2021年6月末である。しかし、本稿の執筆時点(2021年4月)でまだパンデミックは継続しており、モルディブにも感染の第三波が来ている。世界がCOVID-19の脅威から完全に解放されるにはまだもう少し時間がかかりそうである。CPROは当面の危機に対して、一度でまとまった規模の融資を行うという性質の短期的な支援であるが、それだけでモルディブの苦境を解決するものではない。モルディブ経済が中長期的にこの苦境を乗り越えて自走していくためには、モルディブ自身が経済の構造改革に向けた努力を継続的に行っていくことが必要である。

例えば、パンデミックのような外生的な経済ショックに対して耐性を持つためには、観光・旅行業に依存している経済を多様化していくことが必要だろう。また、モルディブ政府の財政の健全化・債務の持続可能性を実現するためには、国有企業の財務・業務改革を通じた効率化、税制改革による課税ベースの拡大などの取り組みを実行していかなければならない。さらに、その平坦な地理的特徴ゆえに気候変動に伴う海面上昇やサイクロンといった災害に対しての脆弱性を持つモルディブ社会が持続的に繁栄していくためには、それらの災害リスクにより適応できるインフラ整備などを並行して推し進める必要がある。併せて、小島嶼開発途上国としてその人口規模が限られる中、モルディブ社会として人材を最大限に活用していくためには、ジェンダー推進の取り組みを通じた女性の社会進出の後押しが不可欠となるであろう。

アミール大臣が述べているように、これらの課題はモルディブ政府だけで解決できるものではない。ともに課題を共有しながら長期的に伴走するパートナーが必要である。ADBは2020年10月に策定した国別支援戦略(CPS 2020-2024)において、これらの中長期的な課題について、次の5年間で重点的に支援していくことにコミットしている。*24ADBには、信頼されるパートナーとして、また、よき伴走者として、モルディブがパンデミックを乗り越えて、豊かで(Prosperous)、インクルーシブで(Inclusive)、災害等のショックに強靭で(Resilient)、持続可能な(Sustainable)社会を目指すための道のりを、引き続き、支援していくことが期待されている。*25

プロフィール

鳥羽 建

アジア開発銀行(ADB) 南アジア局 エコノミスト

2010年財務省入省。総合政策課、広島国税局、総務省、ミシガン大学留学、金融庁を経て2018年7月より現職。ADBではモルディブ政府との調整業務、モルディブの通関システム開発に対する融資、パンデミックに関する緊急財政支援の組成・執行などを担当。

*1)本稿内で為替換算をする際には、簡略化のため、1米ドル=110円として換算させていただく。

*2)Maldives:COVID-19 Active Response and Expenditure Support Program(CARES Program)と呼ばれるこの緊急財政支援の構成は、2,500万米ドルが譲許的融資(Concessional Loan)、2,500万米ドルが贈与(グラント)となっている。https://www.adb.org/news/adb-approves-50-million-support-maldives-covid-19-response

*3)本稿の執筆に当たっては、池田氏、田染氏、中根氏、黒川氏、星野氏をはじめ多くのADB関係者にアドバイスをいただいた。この場を借りて厚く御礼申し上げたい。

*4)世界銀行の2021年時点の分類では、厳密には一人当たり“GDP”ではなく一人当たり“GNI”が4,046 - 12,535米ドルの国が高中所得国に含まれる点に留意。https://blogs.worldbank.org/opendata/new-world-bank-country-classifications-income-level-2020-2021

*5)Strategic Action Plan https://presidency.gov.mv/SAP/

*6)IMFは、その設立協定の第4条に基づいて、毎年各加盟国のマクロ経済や金融市場、国家財政の健全性について国別サーベイランスを行い、4条協議報告書(スタッフレポート)にまとめて公表している。https://www.iima.or.jp/abc/a/6.html

*7)ADBは開発途上加盟国(DMC)を1人当たりの国民所得水準や信用力に応じて、3つのグループに分類している。グループA国は、アジア開発基金(ADF:Asian Development Fund)による贈与(グラント)や譲許的融資を受けることができ、グループB国は、譲許的融資および市場ベースによる融資を受けることができる。そして、グループC国は、市場ベースの融資のみの対象となる。

*8)モルディブは2019年7月にインドとの間に4.0億米ドル規模のスワップ協定を結んでいたため、急激な外貨不足に陥る事態については避けることの出来る対策が取られていた。モルディブは本協定の下で、2020年4月28日にそのうち1.5億米ドルの外貨の供与を受けている。India provides USD 150m to the Maldives under currency swap agreement https://raajje.mv/76665

*9)しかし、これはまだ先行きについての情報が限られた中で推計された数字であり、その後公表されたインパクト推計ではより影響が深刻化していくこととなる。例えば、4月に公表されたAsian Development Outlookでは6.2%から12.3%、IMFのスタッフ推計では約15%、それを踏まえたモルディブ政府の推計では19.0%と、その影響の深刻さが認識されていくこととなった。

*10)Moody’s downgrades Maldives to B3 on tourism downturn https://www.spglobal.com/marketintelligence/en/news-insights/latest-news-headlines/moody-s-downgrades-maldives-to-b3-on-tourism-downturn-58744580

*11)ADB Announces .5 Billion Initial Response to COVID-19 Pandemic https://www.adb.org/news/adb-announces-6-5-billion-initial-response-covid-19-pandemic

*12)プログラムローンの詳細な内容については、ファイナンス平成30年2月号に掲載された星野拓哉氏の「構造改革を支援する―南アジアの資本市場改革プログラムを例に」をご参照いただきたい。 https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/denshi/201802/html5.html#page=47

*13)CPROの詳細な内容については、ADB駐日代表事務所の児玉治美代表の「アジア開発銀行(ADB)の新型コロナウイルス問題への取り組み」をご参照いただきたい。 https://www.adb.org/sites/default/files/page/505251/20200520-JOIa.pdf

*14)その後、追加的な支援の承認があり、世界銀行のモルディブに対するパンデミック支援の規模は1,730万米ドルとなった。

*15)IMFのRCFは、国際収支に緊急のニーズが生じた国に対して政策コンディショナリティをともなわず迅速な金融支援を行う支援手法である。https://www.imf.org/ja/About/Factsheets/IMF-Lendingまた、世界銀行の支援については、主に保健医療分野の体制整備を対象として、国際開発協会(IDA:International Development Association)を通じてグラントが供与された。https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2020/04/02/world-bank-fast-tracks-73-million-covid-19-support-to-maldives

*16)この詳細な内容についても、ADB駐日代表事務所の児玉代表の「アジア開発銀行(ADB)の新型コロナウイルス問題への取り組み」をご参照いただきたい。 https://www.adb.org/sites/default/files/page/505251/20200520-JOIa.pdf

*17)Staff at ADB Headquarters to Temporarily Work from Home https://www.adb.org/news/staff-adb-headquarters-temporarily-work-home

*18)余談であるが、ADB職員も当初からスムーズに業務をオンライン環境に移行できたわけでなく、試行錯誤しながら新しい環境に慣れていくこととなった。例えば、理由はいまだに不明だが、一度、南アジア局のモルディブを含むすべてのCPROの稟議書のデータが保存されていたSharePointのフォルダが手違いで削除されてしまうという事態が起こったことがある。ADBには専門のITサポートチームがいるため、幸い、削除されたデータは早急に復旧することが出来て事なきを得たのだが、致命的な事態とならなかったことに職員一同胸をなでおろす場面であった。本稿執筆時点(2021年4月)でADBの業務が完全にオンライン化してからほぼ丸一年になる。そうした試行錯誤の時期を経て、いまやADB職員にとってオンライン環境での業務は日常のこととなっている。

*19)国際移住機関(IOM:International Organization for Migration)によれば、2019年のモルディブの移民労働者の人口は10.5万人(うち6万人が非登録移民労働者)とされている。

*20)ADBは、2020年3月25日に、モルディブ政府に対してアジア太平洋災害対応基金より50万米ドルのグラントを供与し、パンデミック初期の個人用防護具といった必需医療用消耗品の調達を支援した。また、Regional Support to Address the Outbreak of Coronavirus Disease 2019 and Potential Outbreaks of Other Communicable Diseasesという地域レベルの技術協力ファシリティからもモルディブ政府に対して保健医療分野への支援を行っている。

*21)承認されたプロジェクトの情報については以下のリンクよりご覧いただきたい。 https://www.adb.org/projects/54189-001/main

*22)本稿の執筆時点(2021年4月)で執行開始から10カ月になろうとしている。設定された達成目標指標は概ね予定通りに達成されたが、ロックダウンの影響や組成プロセスの段階で想定していなかった事情により、いくつかの指標についてはその達成がスケジュールよりも遅れることとなった。執行・モニタリングの実情についても、機会があれば記録しお伝えすることが出来ればと思う。

*23)ADB President, Maldives Finance Minister Discuss COVID-19 Response https://www.adb.org/news/adb-president-maldives-finance-minister-discuss-covid-19-response

*24)ADB Endorses New 5-Year Partnership Strategy for Maldives https://www.adb.org/news/adb-endorses-new-5-year-partnership-strategy-maldives

*25)ADBは、ストラテジー2030という中期戦略・ビジョンにおいて、アジア・太平洋地域の開発途上加盟国(DMC)がこれらの4つの要素を満たした成長を達成することが出来るよう支援することを、その指針として定めている。余談であるが、DMCがADBの支援が必要ない状態まで成長した場合、ADBの支援を“卒業”することになる。これまでに、香港、韓国、台湾、シンガポール、ブルネイがADBの支援から“卒業”している。