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持続可能な地域社会実現へのサポート~地方財政研修会の実施~

東北財務局理財部融資課 課長 八鍬 正樹/同 上席調査官 松山 孝行/同 調査官 金澤 康倫

0.地方公共団体の財政課の悩み…

地方公共団体の財政課の方から、このような悩みをよくお聞きします。

「要求された分の予算はつけてあげたいけど、自分たちのまちの財政状況をわかって要求しているのかなあ」

「これまでずっと『財政が厳しい』と言い続けてきたのに、財政課の言うことをなかなか理解してくれない」

「職員、住民にどう伝えれば、町の財政状況をわかってもらえるのかなあ」などなど…。

財政課の悩みは尽きないようです…。

さて、今回寄稿させていただく内容は、財務省の総合出先機関である「財務局」が取り組んでいる、地方公共団体(以下、団体)の財政課への“サポート”事例です。

新型コロナウイルス感染症は団体の財政にも様々な影響を及ぼしています。

団体の“貯金”に相当する積立金の取崩しが発生しているほか、限られた財源を活用し、新型コロナ対策として様々な独自政策を打ち出す団体も見受けられます。

withコロナ、そしてafterコロナの今後の地域社会を持続可能なものとするために、“地方の財務省”として、地方公共団体の財政にお役立ちできるであろう財務局の取組事例をご紹介させていただきます。

1.地方公共団体の財務状況の把握について

財務局は、地域と財務省・金融庁をつなぐネットワークの結節点としての役割が期待されている財務省の総合出先機関です。

団体の財政課の方々からみると、財務局のイメージは、団体の借金である地方債の“貸し手”のイメージが強いと思われますが、今回は財務局の取組の中でも“地方財政”の分野に焦点を当ててご紹介させていただきます。

(1)国の資金の“貸し手”としての役割

財務局が行っている財政融資は、国が国債を発行して調達した資金などを原資として、団体に融資を行う仕組みです。

民間金融機関において、民間企業等の債務者の財務状況を分析しているように、借り手が団体といえど、資金の貸し手である国としては、貸付金の償還確実性を確認する必要があります。この確認方法として、財務局では独自の分析手法を用いて、毎年、財務状況の分析(「財務状況把握」)を行っています。(令和2年度は全国で約200団体に対し詳細な財務状況把握を実施)

図1.財務局における財務状況把握の流れ

(2)財務省の独自分析手法~キャッシュフローを見ています~

団体の財務分析には、様々な分析手法・指標があります。

代表的なものとしては、総務省の「健全化判断比率」が挙げられます。団体は毎年度、健全化判断比率の各指標を算定して、監査委員の意見を付して議会へ報告することとされています。

他方、財務局の財務分析には、2つの大きな特徴があります。1つ目は、統計的な処理により独自の財務指標を作成し、「債務償還能力」(長期的視点)、「資金繰り状況」(短期的視点)を把握しており、「キャッシュ(現金預金)の流れを捉える」という、企業会計と同様の見方を採用していることです。

会社経営では、黒字倒産(資金繰り倒産)を防ぐためのキャッシュフローの視点が重要ですが、その視点は団体も同様です。

団体の“倒産”というとイメージがわかないかもしれませんが、資金繰りが悪化することにより、事業の縮小、つまりは公共サービスの低下に直結していく恐れが出てきます。

(3)団体“外部”からの客観的な分析

2つ目の財務局の財務分析の特徴は、団体の財政運営に対する“外部”からの分析という点です。

都道府県や政令指定都市のような大規模な団体であれば、監査法人等の包括外部監査や市民オンブズマン等の外部機関によるチェック機能が働いている場合が多いですが、小規模な団体の中には、団体自らのチェック機能に依るほかない場合も少なくありません。

しかも団体の官庁会計は、企業会計と異なり、独特の算定方法となっていることから、いくら自分たちが住んでいるまちとはいえ、十分に財政状況を理解している住民は決して多くはないのではないでしょうか。

以上のとおり、“キャッシュフロー”という企業会計ベースかつ“外部”目線で分析を行っていることが財務局の財務分析の特徴と言えます。

図2.財務分析の手法

2.コンサルティング機能の発揮

コンサルティングでよく用いられるフレームワークとして「空(事実認識)・雨(解釈・現状分析)・傘(解決策)」がありますが、財務局は「傘」部分への支援も強化しています。

「傘」部分の主体は団体であるため、財務局でできることは間接的な支援とはなりますが、他団体の収支改善の事例の紹介(横展開)や、分析団体の首長や職員、議会議員を対象とした「財政研修会」の開催を通じて、様々な情報を提供するといった取組を行っています。

3.東北財務局の取組

そうした中で、東北財務局ではいくつかの趣向を凝らした取組を実施していますので、紹介いたします。

(1)東北管内“全”団体に対して財務分析結果を提供

財務局が実施している財務分析は、オフサイトでのデータ解析に始まりますが、分析結果を提示する際には、算出した財務指標の分析結果だけではなく、オンサイトでのヒアリングを基にして分析結果を深堀りしているほか、類似団体との比較や、全国の他団体の収支改善の事例の提供などにも努めています。

しかしながら、財務分析を担う財務局の職員は、各県に数名の職員しか配置されていません。しかも、年間の業務時間のうちおよそ半分は財政融資資金の貸付業務を行っていることから、財務分析を実施可能な団体数はどうしても限られてしまいます。また、財務分析を実施した団体に対する後年度のフォローが十分にはできていないというのが実態でした。

つまり、有効な分析手法を持っているにもかかわらず、マンパワーの問題もあって、限られた団体にしかコンサルティング機能を発揮できないというジレンマがあり、さらには、コンサルティングに対する潜在的なニーズの把握も十分にできていないというのが課題でした。

そこで東北財務局では、令和2年度からの新たな取組として、東北管内の全団体の財務状況について、“簡易的”に分析した結果を提供する取組を始めました。

「マンパワーが不足しているというのに、全団体への財務分析ができるのか」という疑問が出てくると思われますが、そもそも財務局では毎年度、全団体が作成を義務付けられている「地方財政状況調査表」(通称、「決算統計」)の計数を用いて、統一的な算定方法で全団体の財務指標を算出しています。

ヒアリングによってしか得られない“詳細版”の分析結果をヒアリング先の団体に提供するという従来のやり方も行いつつも、統一的な算定手法であるメリットを活かし、簡易的に分析した客観性や比較可能性の高い算出結果を“簡易版”の分析結果として全団体に提供することとしたものです。

図.【参考】資料提供時の同封文書

その結果、団体からのニーズの掘り起こしに成功し、ヒアリングを実施していない団体を含め、財政研修会の開催が東北各地で広がっています。

また、この簡易版の財務分析結果の提供の取組は、今後も継続的に実施することとしており、ヒアリング実施団体に対する後年度の「継続フォロー」にもつながっていくと考えられます。

(2)財政研修会の実施

(ア)まちの家計簿シミュレーション

団体では、事業担当課は予算の「獲得」の意識がどうしても働いてしまい、財政課以外の職員には財政の課題・問題認識が十分浸透していない場合があります。

宮城県涌谷町では、人口減少等による自主財源の減少や高齢化等に伴う扶助費の増加等により財政状況が悪化し、平成31年1月に「財政非常事態宣言」を発出しました。

しかしながら、役場内部での宣言に対する反応は様々だったようで、町が一丸となって財政の再建に取組んでいくために、財務局で支援できる方策はないか、町役場の財政担当課の方々とともに検討を重ねていきました。

検討の過程で町側から、「平成27年度の財務局の財務分析結果では、当町がこのような状況になることを予見していた。財務局の分析ノウハウを提供してもらえないか」との相談を受けました。そこで、改めて財務分析を行うこととし、さらには分析結果を題材とした財政研修会も実施することとなりました。

また、「職員が宣言を自分ごととして受け止めてくれるようにしたい」、「財政再建に一丸となって取組んでいくために、議員と職員が交流する機会にしたい」との話があり、財務分析のシミュレーションを使用したグループワークを議員、職員間で行うこととなりました。

こうして生まれたものが「まちの家計簿シミュレーション」です。

図.【参考】シミュレーション画面抜粋

財務分析の結果をもとに、財政になじみが薄い事業担当課の職員でも理解しやすいように、市町村の財政を「家計簿」に見立てて、全国の類似団体との比較要素を取り入れたシミュレーションを開発しました。

シミュレーションは、実際に町が現状実施している政策や、全国の団体の政策を並べ、各政策の実施の有無により、財政状況の変動がタブレットで自動計算され、視覚的に理解できる仕様となっています。

当初は、全国の団体に広まっているまちづくり対話型シミュレーション「SIM2030」を実施するという案もありましたが、自らのまちの財政状況をストレートに知ってもらうために、財務局の分析手法を活用したシミュレーションを新たに開発しました。事業担当課の職員が、財政課の予算編成作業を体感できるプログラムとなっており、予算を要求する側から、予算をバランスさせる側に立つ疑似体験はシミュレーションならではの醍醐味です。

グループワークの様子をのぞいてみると、「●●の事業は削減しよう」といった議員や他課の職員の意見に対し、その事業を担当している課にいる職員が、事業が必要な理由を丁寧に説明している姿が印象的でした。(中には、自分たちがこれまで予算要求していた事業を自ら削減する選択をしていた場面も見られました)

図.【参考】研修会の模様(宮城県涌谷町)

参加した議員、職員からは「タブレットの活用により、施策の実施有無で財政状況の変化が“見える化”され、中身のある議論ができた」、「当町の財務指標が、県内、類似団体それぞれのカテゴリでどのような立ち位置にあるのか確認できた」、「職員と議員が一堂に会して意見を出し合うことは有意義。今後も継続したい」といった感想をいただきました。

涌谷町長からは「財務局の分析指標はとてもわかりやすい。公営企業である病院と下水道は厳しい状況にあり、関係者の経営感覚・危機意識を高める必要があった。今回の研修の参加者も町の財務状況や財政再建に向けた課題について実感してくれただろう」との感謝の言葉をいただきました。

写真.【参考】宮城県涌谷町の遠藤町長(研修会時の写真)

なお、財政研修会の開催をきっかけとして、その後に町が開催している「町財政及び病院事業に係る有識者会議」の常任委員に東北財務局の融資課長が就任しており、財務分析した町財政の状況について、第三者の立ち位置から客観的なアドバイスを行っています。

財務分析において「財政上の留意点」として財務局から問題提起していた「公営病院事業の経営改善」に向けた取組が着実に進んでいます。

(イ)バックキャスティング思考を活用したワークショップ開催

先述の宮城県涌谷町と同様に令和2年2月に「財政非常事態宣言」を発令した宮城県村田町に対して、“バックキャスティング”思考を活用したワークショップを開催いたしました。

写真.【参考】研修会資料(1)

“バックキャスティング”とは、東北財務局が主催した「YouTubeライブシンポジウム」で早稲田大学名誉教授の北川正恭氏が取り上げた、「将来のありたい姿から、現在のなすべき取組を決めていく思考方法」のことです。課題解決のフレームワークとして、トヨタ自動車(株)といった民間企業はもちろん、団体においても活用が進んでいます。

今回の研修会の開催にあたり、町側からは、「職員の意識を変えたい。研修会を通じて、今後の町の財政を職員自らの頭で考えるきっかけとなってほしい」とのオーダーがありました。

バックキャスティングの対義語であるフォアキャスティングとは「現状で実現可能と考えられることを積み上げて、未来の目標に近づけようとする方法」であり、起点は現在です。このフォアキャスティング思考、つまり、今の延長線上から脱却するための転換点にするためにも、研修会に参加した町の今後を担う中堅職員の方々の頭に今後もしっかりと残るキーワードが必要と考えました。そこで、“バックキャスティング”思考を紹介し、「20年後の町の未来」を見据えてのワークショップに取り組んでいただくことにしました。

最初に「まちの家計簿シミュレーション」で財政の現状を把握してもらい、その後に、これまでの町の歩みを振り返ってもらうワークを取り入れ、過去へのメッセージを考えていただきました。

図.【参考】研修会資料(2)

その後、今回のメインテーマである“バックキャスティング”の考え方を体感してもらうために、イメージする理想の将来(2040年)にタイムスリップしてもらい、未来から現在に対するメッセージを出してもらうという方法でグループワークを展開していきました。

図.【参考】研修会資料(3)、研修会の模様(宮城県村田町)

直前のワークで、過去の自分たちへの“反省”を経験していたため、「二の轍は踏まないぞ」といった意識が働いたのか、具体かつ大胆な意見が数多く出され、想定以上の盛り上がりが見られました。

村田町に限らず、行政の職員は日々様々な利害の調整に頭を悩ませているわけですが、未来起点の“価値前提”で議論をすることで、今までイメージしていた未来とは違った未来を思い描くことができたようです。

参加者からは、「目先(現在)のことではなく、その先(未来)のことも考えて行動することが大切と認識した」、「町の財政について改めて考えさせられた。今後、どうしていくのか職員同士で意見を交わすことは大切。様々な意見が聞けて参考になった」といった感想が寄せられました。

町の小林財政課長からは「研修会により、職員の財政に対する危機感が共有されたおかげで、その後の新年度予算編成過程においては、各セクションでいかに経常経費を減らすかなど、コスト意識の醸成や改革意識が芽生え、財政健全化へ向けた大きな一歩が踏み出されました。今では、その効果を財政担当課として強く実感しています」とのお言葉をいただきました。

今後の行財政運営のあらゆる場面において、“バックキャスティング”思考を忘れずにいることで、今回、各課の垣根を超えて議論した“理想の未来”が現実の未来になることを期待せずにはいられません。

(ウ)簡易分析版での研修会の実施

前述の(1)の「全団体に対して財務分析結果を提供」をきっかけに実現した事例を紹介させていただきます。

山形県飯豊町は行財政改革の真っ只中にあり、改革内容を検討していくにあたり、財政の理解を深めていく必要があるとの問題意識を持っていたようです。

そうした折、山形財務事務所が提供した財務分析結果に関する資料を見た町の財政担当課の方が「これは活かせるかも」とお考えになり、山形財務事務所に対して「財政勉強会」の開催の要望がありました。

研修会の内容に関し、「基本的なところから丁寧に説明してほしい」との要望を受けたことから、基本的な用語の説明も行いつつ、他団体との比較を織り交ぜながら説明を行いました。

参加者からは、「かなりの危機感をもって取り組む必要があることを認識した」、「分析指標を家計に例えた説明がわかりやすく、類似団体・県内団体との比較により、本町の立ち位置を確認することができた」との感想をいただきました。

今回、飯豊町で開催した研修会は、“簡易版”の分析結果を基にした説明とはなりますが、いただいた感想のとおり、内容の濃いものとなっております。

興味があってもコロナ禍で開催を遠慮している団体もあるかもしれませんが、オンラインを活用した研修会も可能であることから、東北財務局としては、さらに多くの団体で開催していきたいと考えています。

図.【参考】研修会の模様(山形県飯豊町)

4.東北各地への広がり

当局の幹部が管内の市町村長にお会いした際に財政研修会などの取組を紹介すると、大変光栄なことに次のようなご感想を頂戴します。

「「まちの家計簿シミュレーション」はとてもいい取組だ。ぜひうちでもやってほしい」

「周りの首長から良い噂を聞いている」

「うちの財務分析をしていただけないか」

「職員の人材育成に活用したい」などなど…。

また、財政課の方からは、

「財政課からいくら言っても職員は聞いてくれないので、財務局から職員や議員に対して、まちの財政状況について説明してもらえないか」

「首長に財政バランスを意識した運営をしてもらうためにも、財政状況を包み隠さず伝えてほしい」

「無料でやってもらえて助かる(笑)」などなど…。

こうした団体側の感想が口コミなどで少なからず広まっているのでしょうか、財政研修会の取組は東北各地で広がっています。

図.【参考】東北財務局 財政研修会 開催実績

5.おわりに

財務局の“使命”は「地域の特性を踏まえた施策を「実施」し、「地域に貢献」する」ことです。

東北財務局の局長の原田が常々言っていることですが、私たちを取り巻く環境は、デジタル化・人口減少・気候変動という3つの大きな変化が起きており、未来は過去の延長線上にはなく“変革”が求められているのではないでしょうか。

財務局では、団体が抱える課題やニーズに対する支援を通じて、今後も持続可能な地域社会実現へのサポートを実施してまいります。