財務総合政策研究所

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「世界経済の新たな動きに関する研究会」
第2回会合
2010年12月24日(金) 14:00〜16:00
於: 中央合同庁舎4号館12階 「共用1214特別会議室」

第2回会合テーマ: 金融危機〜国際的連動

議事要旨
◆発表 「欧州経済の現状と行方」
発表者 白井 さゆり 慶應義塾大学教授
発表資料[137kb,PDF]
     
◆発表 「2011年危機が起こるとすれば、震源地は米国か、欧州か?」
発表者 竹森 俊平 慶應義塾大学教授
発表資料[666kb,PDF]
     
◆補足説明    
発表者 中尾 武彦 国際局長
発表資料[415kb,PDF]
     

議事要旨

(1) 発表 「欧州経済の現状と行方」

白井さゆり 慶応義塾大学教授

【アイルランドの現状について】
アイルランドの最大の問題は財政赤字の急拡大。但し、危機の核心が銀行問題である点、欧州中央銀行(ECB)等の国際的な圧力により金融支援を受けることになった点、PIIGSの中で最も潜在成長力が高いという3点でギリシャとは異なる。銀行への増資にかかった負担を除く実質的な財政赤字は見かけほど大きくなく、当面は財政赤字のファイナンスや借換債の発行に必要な国債発行も終えているため、差し迫った財政危機に見舞われているわけではない。
アイルランドは、銀行危機と不動産バブルの崩壊により深刻な景気後退に陥り、バッドバンク設立等の政策を実施したが、銀行救済に予想以上の公的資金注入が必要になるとの見方から2010年9月頃より国債価格が上昇した。さらに10月末のEU首脳会議で欧州金融安定基金(EFSF)の永続化や国債に係る損失の民間投資家による負担が決まったことをきかっけに、損失を迫られることを恐れた投資家の怒り等を反映した国債売りが加速した。
アイルランドは、法人税率引上げに応じられないこと等から支援要請を渋っていたが、ポルトガル等への危機の波及を恐れるECBや欧州委員会に押され、法人税率の引き挙げはしなくてもよいとの合意のもとで支援要請を行った。支援プログラムは実質的な金額が675億ユーロに抑えられ、予想されるポルトガル等からの支援要請に備える形となっている。同プログラムには、支援額の一部がユーロ非採用国であるイギリス等からの二国間融資で手当てされる点や支援額の一部の使途が銀行部門支援(増資)と明記されている点などユニークな面がある。
【欧州中央銀行の動きについて】
欧州中央銀行(ECB)は、無制限の資金供給の延長を余儀なくされているほか、アイルランド等の国債買入れを再開した。機動的な支援に動けるECBは2012年にかけて増資を行うこととしているが、これは国債買入れの意思表示であり、まだ出口戦略に入れる状況にないことを示すものである。
【欧州の今後の見通し】
厳しい財政再建に取り組むアイルランドの国民に限界が来ている。2011年の総選挙では連立政権が敗北する可能性が高く、政治が不安定化するなかで財政再建の取り組みに緩みが生じれば、国債が投資不適格となる恐れもある。他方、財政再建により内需が弱まる一方、外需にも不安があり、財政再建に必要な2.7%成長が難しくなる可能性がある。
2011年はポルトガルやギリシャでマイナス成長が見込まれており、PIIGS全体でもほとんど成長しない状況が続くと見られる。
EUは金融支援の取組みを実施しているが、支援プログラムの規模拡大等に関して未決定事項もあり、市場はまだ安心していない。ポルトガルによる支援要請の可能性は高く、不安定な状況が続くなか、2011年の欧州はスペインの動向にかかっていると見る。
【質疑応答・自由討論】
PIIGSのなかでユーロを離脱してもやっていける可能性が高いのは、輸出依存の成長戦略が取れるアイルランドだけ。しかし、十分な債務再編をせずに膨大なユーロ建て債務を抱えたまま離脱すれば通貨暴落の惧れがあり、現時点での離脱は考えられない。
アイルランドはユーロ圏GDPの2%という小国であり、同国の問題の影響が直接日本に及ぶことはないが、問題がポルトガルやスペインに波及してユーロ圏全体が停滞すれば、為替や貿易の面で日本に影響が出てこよう。
国債のデフォルト、債務再編の可能性が最も高いのはギリシャ。EUもデフォルトの可能性を考えているように見えるが、破壊的な金融危機を招かぬよう経済が好転するまで問題を先延ばしする方針と見られる。銀行の債務再編についてはアイルランドにおいて最も可能性が高いが、当面は劣後債の処理等を行いつつ様子見となろう。
スペインの銀行危機はカハと言われる地方貯蓄銀行の問題。ただ、スペインについては、財政再建や労働市場の改革を進めているため市場の評価は悪くなく、支援を受ける可能性はそれほど高くない。懸念材料は、見込まれる多額の借換債発行をユーロ圏で消化できるかという点などである。
ドイツの問題は州立銀行。中央政府が手を出せないこともあるが、現時点での危機拡大を回避すべく、処理を先送りして少しずつ問題の解決を図ることになろう。
支援に後ろ向きだったドイツは、今はフランスと協調して主導してEUおよびユーロ信認回復にむけた改革を行う方向。但し、EU諸国において直ちに銀行の債務再編や国の債務再編を行う準備が出来ていない現状では、この点においては様子見にならざるを得ないだろう。
EUにおいて国の債務危機と銀行危機の2つを処理するだけの経済回復が見込めないなか、これらの危機を各国において処理しきれなくなりEUによる負担の必要が生じれば、ドイツをはじめとして政治的にもたなくなるのではないか。ただし、ドイツが予想以上に経済回復をとげ、財政再建も順調に進んでいることは好材料となっている。また、ギリシャなどで成長と財政再建を両立さえるためにも、既存の支援制度の拡充(負担軽減を含む)、新しい成長戦略を促す構造改革を促す方向に向かっている。

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(2) 補足説明

中尾 武彦 国際局長

欧州の問題はリスクを過小評価した資金の流入によりバブルが生じ、その後、資金が逆流したという点でアジア通貨危機と似た部分がある。ただ、為替の調整が出来ないなかで経済の建て直しを図らねばならないため、問題はアジア通貨危機以上に難しい面もあると言える。
国債を買い支えるという意味で同様の活動を行う欧州金融安定基金(EFSF)と欧州中央銀行(ECB)の役割分担をどうするか、また、あくまで流動性危機への対応として実施している貸付の返済をどのように行っていくかは課題である。
一時はユーロが崩壊するのではとの議論もあったが、ユーロのメリットを享受しているドイツやフランスは支援に前向きであり、その理由も十分にある。

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(3) 発表 「2011年危機が起こるとすれば、震源地は米国か、欧州か?」

竹森俊平 慶応義塾大学教授

【金融危機と連銀】
米連銀は、金融仲介業者からなるシャドー・バンキング・システムにおける流動性危機(Liquidity Crisis)に際し、「最後のブローカー(The Broker of last Resort)」としてブローカーへの直接貸出等で対応したが、2010年10月以降は中長期国債の買入れによる量的緩和などマクロ経済の安定を志向する本来の役割に戻っている。
米連銀の「最後のブローカー」としての行動は流動性危機の中では正当化されるが、ソルベンシー危機(債務者の支払能力に基因する危機)には手を出せないため、リーマン・ブラザーズ破綻後、政府による不良資産救済プログラム(TARP)が作られた。
【金融危機と欧州】
2010年5月に作られた欧州金融安定ファシリティ(EFSF)は、基本的に「流動性危機」対応型の仕組みであり、ECBのトリシェ総裁等の当局者も表向きそうした理解を示している。ただ、メルケル独首相等の当局者も含め、周辺国の事態は既にソルベンシー危機であるとの認識が共有されていると見る。
民間企業の支払不能(債務超過)は判り易いが、ソブリン債(国家発行の債券)の支払不能は経済や社会への影響が考慮されるため政治的に判断される。ソブリン債の支払不能の危機に際し、早期の債務整理・債務リストラは債務拡大の悪循環を回避するなどのメリットがある。
アイルランドについては、銀行保護が危機の深刻化の理由だが、銀行問題(経済学的に対応できる問題)をソブリン債の問題(政治問題)に置き換えてしまったとことが間違いであるとの指摘は当を得たものである。
ギリシャやアイルランドのソブリン債の問題は同時に対外債務の問題でもあり、問題の解決には貿易黒字が必要。ただ、ユーロ圏内で通貨安の状況を作り出すことは不可能であり、デフレ政策の実施による実質為替レートの引下げという方法もあるが、デフレの進行により債務の実質価格が上昇するという問題がある。
【欧州において2011年に想定される危機】
欧州で想定される危機の第1は深刻な景気の落ち込み、第2は深刻な銀行危機、第3は、可能性は低いが、PIIGSの離脱によるユーロ崩壊である。
欧州政府によるバランスシート監査は杜撰であり、銀行危機が発生する危険は少なくない。ソルベンシー・リスクを前提としないソブリン債の評価は不適切であり、欧州銀行監督者委員会(CEBS)によるストレス・テストは甘いものである。
欧州政府は、当面、危機がソルベンシー危機ではなく、流動性危機であるとの立場を貫き、状況の好転を待って債務リストラを実施するつもりかもしれないが、2011年にはイタリア等によるユーロ発足以来最大の国債借換えやアイルランドの総選挙等が控えており、シナリオどおりにことが運ばない惧れがある。
天王山はスペイン。ポルトガル、アイルランドに続いてスペインの銀行から何か問題が出てくれば事態は深刻なものになろう。
欧州にとっての賢明な選択肢は、危機対応の焦点をソブリン債から銀行に転換すること、ドイツの財政力を背景にユーロ圏の名義で国債を発行することであろう。しかし、実際には、当面は流動性危機対応の姿勢を維持し、危機が拡大した場合に資金をつぎ込むという対応になるのではないか。
欧州の銀行危機は世界へ波及する可能性があり、米国が不良資産救済プログラム(TARP)を解散させたのは誤りである。また、欧州での邦銀のエクスポージャーには注意が必要である。なお、対外債務の少ないイタリアに危機が生じれば、同様に対外債務が小さい日本国債に対する外銀の見方が変化するかもしれない。
【質疑応答・自由討論】
ヨーロッパは、北の国々と南の国々に二極化しており、その調整をどう図るかが問題。問題国のユーロ離脱は非現実的であり、賃金切下げ等による構造調整にも限度がある。結局、ドイツが全体の調整の犠牲を払うことになる可能性があり、そうなればユーロは結束を固めることができるが、そうならない場合、ユーロの将来は難しいことになるのではないか。共通債を巡るドイツの動きが一つの試金石だが、政治的な環境は難しい。
ユーロ圏の周辺国のドイツ国債に対するスプレッドが上昇しており、このままでは各国において自国債発行によるファイナンスが難しくなるため、ユーロ共通債の方向に進まないと周辺国を救えないと言う事態にもなり得る。
ユーロ圏での共通債発行は、大がかりなEU条約の改正が必要であり、また、ギリシャ等はまず財政再建と構造改革に取り組むべきとの立場からドイツが反対するためもっと後に論じられる課題になるだろう。
ドイツは、ギリシャ危機後のユーロ安により輸出拡大の恩恵を受けている現時点においては、EUが財政的に弱い域内国への資金拠出を迫られる“トランスファー・ユニオン”であることを容認せざるを得ない。
流動性危機なのか、国の債務危機なのかという問題は、財政の面から見ると、ある意味、国民と銀行の投資家との間での負担の押し付け合いであるとも言える。
民間企業の破綻処理は企業法制によりはっきりしているが、国の破綻については国際的なルールがなく、処理の道筋や先行きが非常に分りにくい面がある。
ソルベンシー危機であることを否定して、流動性危機への対応で問題を先延ばしするのは困難であり、ソルベンシー危機がはっきりしている国においてヘアカットや資本注入などを行わない限り欧州の銀行は安定しないので、銀行問題はこれから大きくなっていくのではないか。
アイルランドに関し、日本としては、追加的な資本注入が必要になるといった非常事態を想定し、その場合の対応を考えることが必要。また、銀行の債務と国の債務のリンクを断ち切るため、国際社会として銀行の債権者に部分的なコストの負担を強制する仕組みを考える必要もある。さらに、国際機関を動員してアイルランドの国債借換えの負担を軽減することを考える必要もあるのではないか。

(以上)

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