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第58回ADB年次総会 日本国総務演説(2025年5月5日 於:イタリア・ミラノ)

第58回アジア開発銀行(ADB)年次総会における
加藤財務大臣総務演説
2025年5月5日(月)

1.はじめに

 総務会議長、総裁、各国総務並びに御列席の皆様、

 初めに、今次総会の開催国であるイタリア共和国政府及びミラノ市の皆様の温かい歓迎に心より感謝申し上げます。今回の総会が、イタリア共和国と日本を含む全ての加盟国の二国間関係を一層発展させる機会となることを期待します。


2.ADBへの期待

 気候変動の影響や頻発する自然災害、公衆衛生の危機、さらには経済や財政の脆弱性など、アジア・太平洋地域の開発途上加盟国(DMCs)が直面する課題は一層複雑化・重層化しており、長年積み重ねてきた開発成果の停滞が危惧されています。

 また、足元では世界経済の不確実性が高まっており、成長見通しには下方圧力が増しています。世界経済の牽引役として存在感を高めてきたアジア・太平洋地域も例外ではありません。同地域が今日まで目覚ましい経済成長を遂げてきた背景の一つに、グローバリゼーションの恩恵が挙げられますが、昨今の保護主義的政策の台頭は、地域経済の逆風となりうる下方リスク要因です。

 こうした中、多国間主義の下で開発アジェンダを推進する重要性は一層高まっており、1966年の設立以来、アジア・太平洋地域における「最も信頼されているパートナー」(the most trusted partner)として、地域の持続的で包摂的な経済成長に大いに貢献してきたADBへの期待は増しています。神田新総裁のリーダーシップの下、ADBがこうした期待に積極的に応えることを期待します。

(1)「戦略2030」中間レビューとADBの改革

 「豊かで包摂的かつ強靱で持続可能なアジア・太平洋地域の実現」というビジョンに向け、ADBが、10年間で合計1,000億ドルの追加的融資余力の創出、現地事務所への人員増強などオペレーションの強化、重点戦略分野の見直し等、他のMDBsに先駆け改革を着実に進展させていることを歓迎します。特に、昨年は「戦略2030」の中間レビューを行い、今後取組を強化すべき重点戦略分野として、気候変動対策や民間セクター支援、地域協力・地域統合(RCI)、デジタル化、強靱化及びエンパワメントの5つを定めたことを支持します。

 こうした新たな戦略や組織目標を実施していくに際しては、①ソブリン部門・ノンソブリン部門が一組織の下にあること、②資金支援のみならず、知識や政策面での協力も含め、多様な開発ニーズにきめ細やかに対応できる多様な支援ツールを有していること、③官民の開発パートナーとの幅広いネットワークを有していること、などのADBの強みを最大限活用することが重要です。神田新総裁の下で、新たな戦略や目標を効果的かつ効率的に業務に落とし込み、ADBが地域の持続的で包摂的な経済成長に一層貢献することを期待します。

(2)多様なニーズへの対応

 アジア・太平洋地域は多様性に富んだ地域です。ADBの顧客構造も変化しており、低所得国や脆弱国・小島嶼国が数多く存在する一方、ADBのポートフォリオに占める高中所得国(UMICs)の割合が大きくなっています。

 こうした様々な顧客が抱える開発ニーズは膨大である一方、リソースは有限です。そのため、DMCsの持続的かつ自律的な成長の実現に向け、開発インパクトを最大化すべく、いかに効果的・効率的に支援を提供していくかが重要です。

 資金的支援は、低所得国や脆弱国・小島嶼国など自力での資金調達に限界がある国に優先的に配分されるべきです。この観点から、ADF14において過去最大の増資規模となる約50億ドルの譲許的資金が確保され、本年4月23日に同増資が発効したことを歓迎します。今後、同増資の重点分野である気候変動に対する強靱化やRCIの促進、危機対応の強化などの取組が進展することを期待します。

 その一方、UMICsに対しては、格差是正や制度・組織面の強化、民間主導の経済成長の支援など、それらの国が直面する課題を踏まえ、知識面での支援や政策提言など資金面以外での関与へのシフトを加速させ、高所得国への移行を後押しすることが重要です。

3.日本の開発プライオリティ

 日本は、アジア・太平洋地域の持続可能な成長と一層の発展に向けて、ADBに更に積極的な役割を期待します。特に期待する分野として、(1)民間セクター支援、(2)質の高いインフラ・防災、(3)太平洋島嶼国支援、(4)国内資金・民間資金動員強化の4点について申し上げます。

(1)民間セクター支援

 アジア・太平洋地域が持続的・自律的な成長を実現するためには、民間セクター支援の強化は極めて重要であり、ADBの業務の中核として位置付けるべきです。

 投資環境整備など上流から、投融資の提供など下流まで、民間セクター支援のプロジェクトを包括的に進めていくためには、ソブリン部門・ノンソブリン部門が一組織の下にあるADBの特徴を最大限活用して、両部門の資金、人材、知識面などあらゆる政策手段を総合し、リソース配分を最適化する必要があります。

 そして、こうしたADBの取組をドナーが効果的に後押しすることが重要です。日本はADBが設立した新たな信託基金(ADB Market Acceleration Platform for Asia and the Pacific: AMAP)に2千万ドルの貢献を行う旨をここに表明いたします。同じ志を持つパートナーの参加を慫慂いたします。

 また、ADBが、ドナー資金による民間セクター支援関連の取組について横断的なプラットフォームを立ち上げることを歓迎します。同プラットフォームが、単なる連携や情報共有の場としてのみならず、民間セクター支援関連の取組について統一的に方向性を示す場とするなど、より有効に機能することを期待します。

 民間セクター支援を推進するに際しては、DMCs以外の加盟国にも目を向けることが重要です。例えば日本には、防災、質の高いインフラ、保健など、アジア・太平洋地域の国々が直面する課題について経験と専門性が豊富に蓄積されています。日本の民間セクターへのアウトリーチの強化はそのような知見を域内に提供することに役立ちます。

 日本企業のこうした知見や経験をDMCsの課題解決に活用するため、ADB駐日代表事務所(JRO)には、日本企業とADB、そしてDMCsとの橋渡し役として、より積極的な役割を期待します。日本政府としても、引き続きJROによる民間企業へのビジネスアウトリーチの強化を積極的に後押ししてまいります。

(2)質の高いインフラ・防災

 今年は、阪神・淡路大震災から30年の節目ですが、この大震災の教訓の一つは「災害への備え」です。3月28日にミャンマーで発生した地震でも、多くの建物やインフラが倒壊し、平時からの災害への備え、すなわち災害への強靱性を有する質の高いインフラ投資の重要性が改めて強調されました。

 日本とADBは、これまでアジア・太平洋プロジェクト組成ファシリティ(AP3F)、ADBとJICAの協調枠組みであるアジアインフラパートナーシップ信託基金(LEAP)など様々なイニシアティブを通じ、同志国とともに質の高いインフラ投資を推進してきました。引き続きADBやDMCsにおいて、自然災害に対する強靱性強化に加え、インフラの開放性、透明性、ライフサイクルコストから見た経済性、債務持続可能性などの要素を含む、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」が主流化されることを期待します。

 また、一たび災害が発生すると多額の財政出動が必要となることに鑑み、激甚化する自然災害に対する財政の強靱性を平時から確保しておくことが重要です。個々の国では国際保険市場にアクセスできない、又は保険料が高額になるといった「市場の失敗」を克服する観点から、日本は太平洋自然災害リスク保険(PCRAFI)、東南アジア災害リスク保険ファシリティ(SEADRIF)等、地域の災害リスクファイナンスの取組をかねてより支援してきました。

 こうした災害リスクファイナンスを支援するため、本年4月に、豊かで強靱なアジア太平洋日本基金(JFPR)を通じて、PCRAFIの対象となる太平洋島嶼国のための技術協力が開始されたことを歓迎します。今後、PCRAFIに特化した信託基金の設立や、SEADRIFへの関与の強化も含め、ADBがより積極的に地域の強靱性強化に貢献していくことを期待します。

 アジア・太平洋地域は、海面上昇、台風、干ばつなど、気候変動の影響を最も受けやすい地域の一つであり、世界の温室効果ガスの約半分を排出するなど、適応策と緩和策のバランスに配意し支援を強化することが喫緊の課題となっています。これらの課題に対処するためには、資金、技術、知識、環境社会配慮に係るスタンダード、広範なネットワークなど、ADBの強みを最大限活用する必要があります。

 こうした観点から、ドナーによる保証をレバレッジとして気候ファイナンスを拡大する革新的なメカニズムであるIF-CAP(Innovative Finance Facility for Climate in Asia and the Pacific)が、昨年11月に業務を開始したことを歓迎します。また、各地域・国の個別・固有の事情も踏まえ、石炭火力発電所の早期退役とその代替となる再生可能エネルギーの導入を促す革新的な取組であるエネルギー・トランジション・メカニズム(ETM)が早期に具体的に成果を上げることを期待します。

(3)太平洋島嶼国支援

 ADBの加盟国は多種多様であり、各地域・国の置かれた状況を踏まえて、差別化されたアプローチ(differentiated approach)に基づいて支援することが重要です。

 太平洋島嶼国は、その地理的特性に由来する狭小性、隔絶性、遠隔性、海洋性といった脆弱性を抱えています。さらに、観光業が経済の大きな割合を占めること、気候変動・自然災害や海洋ゴミ等の環境問題に脆弱であること、地理的離散性ゆえに保健や教育など公共サービスへのアクセスが限られること等、地域としての共通項も多数存在します。

 こうした課題に対処していく上では、個々の国を対象としたアプローチと地域全体を俯瞰したアプローチの双方が必要です。

 まず、前者については、ADBが、調達における質の要素を考慮した評価手法の推進、太平洋島嶼国の現地事務所へのリソース配分の強化、太平洋島嶼国の政府職員の能力強化などの取組を着実に進めていることを評価します。ADBが、こうしたアプローチを通じて、太平洋島嶼国の自律的な成長を後押しすべく、今後一層支援を強化していくことを期待します。

 地域全体を俯瞰したアプローチとしては、ADBが南アジアや中央アジアで進めてきたRCIは、太平洋島嶼国にも有効なアプローチです。今後策定される、太平洋地域向け支援戦略”Pacific Approach 2026-2030”において、ADF14でハイライトされた共同調達の更なる促進など、RCIが主流化されることを期待します。

 日本は、今次ミラノ総会に合わせ、「第2回 日・太平洋島嶼国財務大臣会議」を共同議長として開催し、同会議の定例化に合意したところです。日本は、より多くのドナーに太平洋島嶼国への関心を寄せていただけるよう、太平洋島嶼国支援の重要性を引き続き発信してまいります。

(4)国内資金動員・民間資金動員の強化

 DMCsの自律的な成長の実現には、DMCsが自ら国内資金動員の能力を強化し、適切な開発資金の確保にオーナーシップを持つことも重要です。

 日本は資金・人材の両面から、ADBの国内資金動員信託基金(DRMTF)へ支援を行っており、また同基金を通じて、税分野での情報共有・政策対話プラットフォームであるアジア太平洋税務ハブ(APTH)にも貢献しています。

 日本は、DRMTFの最大ドナーとして、ADBに対し、国内資金動員に関する中期的な戦略の策定を求めます。特に、①各国の固有の事情やニーズを踏まえた上で、国内の歳入基盤の拡充と税の執行能力の強化を支援すること、②APTHがアジア各国に対し、知見の共有を強化するとともに、OECD/G20 BEPS包摂的枠組み(IF)、グローバルフォーラム(GF)及びアジアイニシアティブへの参加を引き続き促進すること、③IMFや世銀・OECD等の関連国際機関と連携を強化すること、などを期待します。

 膨大な開発資金ニーズに対応するためには、公的資金のみならず民間資金の動員も欠かせません。日本は、ADBと、デジタルESG債やトランジション・ファイナンスなどのイニシアティブにおいて連携しており、引き続き、先進的な技術の活用や革新的なファイナンスの推進においてADBと積極的に協働します。また、ADBが、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)の取組等を通じ、アジアの現地通貨建債券市場の育成に一層貢献していくことを期待します。

4.結びに

 ADBは、「最も信頼されているパートナー」として、設立以来アジア・太平洋地域の国々とともに歩んでまいりました。足元、世界経済の不確実性が高まる中にあっても、神田総裁のリーダーシップの下、内外の関係者と緊密に連携し、一連の改革を着実に実行に移していくことが何より重要です。

 ADBは来年設立60周年を迎え、また同時にHeads of MDBs Groupの議長を務める予定です。さらに、2027年には今次総会で決議いただいたとおり愛知・名古屋において第60回年次総会を開催します。同総会に対する各国総務をはじめ関係者の皆様方の御理解と御支援に感謝申し上げます。

 ADBが、日本、アジア・太平洋地域、そしてグローバルにプレゼンスを強化し、ADBの活動とそのインパクトに対する理解が深まることを期待します。日本は引き続きADBと密接に協力し、地域の更なる発展に貢献してまいります。

(以上)