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第77回IMF・世界銀行年次総会鈴木財務大臣総務演説(令和4年10月14日 於:ワシントンD.C.)

 まず、ロシアがウクライナに対する侵略戦争を続けていることに対して、改めて、最も強い言葉で非難します。ロシアによる、一部のウクライナ領土の「編入」と称する行為をはじめ、武力によって領土を取得しようとする試みは、国連憲章を含む国際法に反するものです。そのような試みは無効であり、国際社会における法の支配の原則に正面から反します。また、民間人に対する残虐な行為は国際人道法違反であり、戦争犯罪です。国際的な経済・社会協力に当たって平和の維持は不可欠であり、これに反するロシアの行為は断じて許容できないことを、再度強調します。

1.世界経済・日本経済


 ロシアによるウクライナに対する侵略戦争は、深刻な人道・食料不安とともに、世界経済における困難を悪化させています。この戦争の終結こそが、世界経済の安定につながる最も直接的な行動であることを強調します。各国は、深刻な物価上昇やエネルギー供給制約、サプライチェーンの混乱に直面しており、一部の国では数十年ぶりのインフレ水準を記録しています。米国をはじめとする国々が金融政策を大きく引き締めに転換し、世界的に金融環境が緊縮的になる中、低所得国・中所得国の債務状況は一層悪化しています。2年半以上に及ぶパンデミックへの対応も背景に、財政余力が限られる国も多く、各政策の舵取りを慎重に行い、政策間の協調を確保することが必要です。
 こうした中、加盟国には、適切な政策対応によりインフレに対処しつつ、信頼できる財政ルールのもとで政策余地を確保し、時限的かつ焦点を絞った財政政策による脆弱層への支援を通じて、現下の危機に機動的に対応することが求められます。回復が確かなものとなった際には、財政の長期的な持続可能性の確保に向けた取組みを進めていくことも不可欠です。
また、為替市場では、ボラティリティが急激に高まっており、極めて憂慮しています。日本円に関しては、投機的な動きも背景に、過去にないような急速で一方的な動きが見られ、先月には、2011年以来となる為替介入を実施するに至りました。為替相場は市場で決定されるのが原則ですが、IMFCやG20/G7において国際的に合意されている通り、「為替レートの過度な変動や無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与え得る」ものです。国際社会としても、最近の為替動向が、インフレ、資本フロー、債務問題等に及ぼす影響を注視し、適切に対応する必要があります。

 日本経済は、ウィズコロナの新たな段階への移行が進む中、各種政策の効果もあって、持ち直していくことが期待されます。他方で、世界的な金融引締め等を背景に、海外景気の下振れが日本の景気を下押しするリスクに十分注意する必要があります。政府としては、成長と分配の好循環の実現に向けて、物価高騰対策を早急に実行に移すとともに、新しい資本主義を前に進めるため、人への投資、科学技術・イノベーションへの投資、スタートアップへの投資、グリーン・トランスフォーメーション(GX)及びデジタル・トランスフォーメーション(DX)への投資の四分野に重点を置いて、官民の投資を加速させます。 

2.IMF及び世銀グループへの期待

 まず、両機関に対する期待を申し上げます。

 世界経済が大きく混乱する中、途上国の債務状況が持続不可能となるリスクは一層高まっています。債務への脆弱性が従来懸念されていた低所得国に加え、一部の中所得国も、深刻な債務問題に直面しています。

 低所得国については、「共通枠組」の下、債権者委員会が迅速に債務措置を実施することが不可欠です。脆弱な中所得国についても、当該国自身による改革努力を前提に、民間を含む全ての債権者とドナーが、債務持続可能性の回復に向けて協調して取り組むことが必要です。

 また、債務危機を未然に防ぐには、平時から債務データの透明性・正確性を高める取組みが不可欠であり、これにかかる世銀の取組みを高く評価します。この分野で高い専門性を持つIMFと世銀が、債務透明性に係る分析や債務国に対する能力構築支援をより一層強化することを求めます。併せて、IMFが債務の透明性を高め、データギャップの克服に必要な改革オプションを提示することを期待します。また、一部の担保付債務の不透明性が問題となっており、IMFと世銀が共に、担保付債務の分析を進め、途上国にその使用にあたってのベストプラクティスを示していくことを求めます。

 次に、IMFに対する期待を申し上げます。

 世界的な食料不安が続く中、IMFが、新たに食料ショックウィンドウを設置したことを評価します。IMFには、食料不安に直面し、支援を必要とする脆弱な国々に対し、速やかに資金支援を実施することを期待します。また、現在の食料問題について、各国際機関において様々な取組みが進んでいますが、これらが協調した形で効果的に進められることが重要です。

 日本は、強靭性・持続可能性トラスト(RST)のパイロット稼働が始まることを歓迎します。IMFは、低所得国や脆弱な中所得国が複合的な困難に直面し、政策余地が狭まる中でも、気候変動やパンデミックなど長期の構造的課題の解決に取り組めるよう、迅速に支援する必要があります。日本は、今年春にプレッジしたSDR新規配分額の20%のチャネリングの最初の貢献として、10億ドル相当(8億SDR)のSDRチャネリングを実施するため、拠出取極を締結しました。また、RSTの早期の本格稼働に資するよう、残余の54億ドル相当のSDR(41億SDR)を、RSTに貢献する予定です。

 食料不安への対応を含め、PRGTを通じた低所得国支援の重要性がより一層高まっています。日本は利子補給金に対する貢献である80百万ドルを本年4月に拠出しました。今後とも、PRGTを通じた低所得国支援に対し、着実に貢献を行ってまいります。あわせて、IMFが、利子補給金の必要資金額の確保に向けて取組みを強化するよう要請します。また、IMFに対して、2025年以降のPRGT資金戦略を議論する低所得国支援の包括的レビューに向け、IMFの内部資金の活用方策を検討していくことを要請します。

 この他、IMFが取り組むべき課題について申し上げます。

 第16次クォータ見直しの議論について、日本は引き続き、建設的かつ現実的に議論に貢献していきます。その観点から、以下を指摘します。
 コロナ禍以降の非常事態においても、他のグローバル金融セーフティネット(GFSN)の発動や加盟国の強い政策対応により、新規借入取極(NAB)すら発動していないことは、IMFの資金規模が十分であることの証左です。
 IMFに対する資金需要は、世界経済の状況に応じて大きく変動する中、テイル・リスクまで含めた資金需要をクォータによって賄おうとすると、加盟国は自らの財源を平時からクォータに振り分ける必要があり、効率的とは言えません。従って、借入資金は引き続き重要な役割を果たすべきです。
現行の計算式については多くの欠陥が指摘されており、計算式改革を推し進める必要があります。IMFが低所得国支援等の財源を確保していくため、クォータ計算式に自発的資金貢献(VFCs)を組み込むことで、貢献へのインセンティブを制度化することを強く求めます。
最後に、これらの点を含め、合意はパッケージとしてなされることを求めます

 中央銀行デジタル通貨(CBDC)やその他のデジタルマネーについて、日本は、途上国等に対するIMFの能力開発活動等を支援するため、先般、日本管理勘定(JSA)デジタルマネーウィンドウを創設し、15百万ドルの貢献を行ったところです。今後、IMFが本ウィンドウを活用し、各国のCBDCの検討状況の調査とリスク分析、実務者向けのハンドブック作成や能力開発を通じて、CBDC導入支援を積極的に行っていくことを期待します。

 次に、世銀グループに対する期待を申し上げます。

 最初に、国際保健について申し上げます。
 将来のパンデミックへの予防、備え、対応の強化に向け、より強靱で持続可能な国際保健システムの構築を構築することが重要です。その観点から、9月にローンチした「パンデミックに対する予防、備え及び対応のための金融仲介基金(PPR FIF)」における世銀グループのリーダーシップを高く評価します。今後、PPR FIFがより幅広いドナーの支援を得て、既存の取組との相乗効果を発揮しつつ、国際保健システムにおけるギャップに効果的に対処することを期待します。日本は、PPR FIFの重要性に鑑み、表明済みの10百万ドルを含めて、計50百万ドルの貢献を行うことを表明します。
また、財務・保健当局者間の更なる連携強化に向けて、日本は、G20で議論されている「財務・保健調整フォーラム」の設立を支持します。世銀グループには、本フォーラムにおいても、財務・開発分野の豊富な知見を活かし、中核的な役割を期待します。併せて、保健危機が実際に発生した際に、迅速に資金を供給できるサージ・ファイナンスの構築が重要です。G7やG20 を含めた様々なフォーラムにおいて、引き続き世銀グループとも議論していく所存です。
これらの取組を通じ、日本がかねてより重要性を主張してきたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進を始め、保健システムの強化がなされることを期待します。

次に、教育について申し上げます。教育は保健と並ぶ人間開発、人的資本育成の礎です。COVID-19の感染拡大で加速した学習機会の喪失が、途上国の長期的な傷痕として残らないよう、適時かつ個別国の事情に応じた対応が必要です。
学習機会の喪失は、雇用やジェンダー不平等といった様々な開発課題に悪影響を及ぼしており、これらの問題の解決には、教育のみならず、多面的なアプローチが必要です。複雑に絡み合う問題であるからこそ、様々な開発課題に知見と経験を有する世銀グループの役割に期待します。  

 三点目に、エネルギー・食糧問題について申し上げます。COVID-19により貧困層が拡大する中、ロシアのウクライナ侵略とそれを受けたサプライチェーンの分断によるエネルギーや肥料、食料の価格の高騰は、特に社会的脆弱層に深刻な影響を与えています。開発効果を実現する観点から、日本はIFCを含む世銀グループに対し、合計20百万ドルを拠出し、中長期的な途上国の食料生産能力の向上、サプライチェーン強化に貢献します。

 最後に、気候変動問題についてです。気候変動問題への対応においては、開発との両立を図りつつ、クリーンエネルギーへの移行時に必要となる天然ガスの活用も含め、各国においてそれぞれの事情を踏まえた野心的かつ現実的な移行の道筋を構築することが必要です。その際にWBGの国別気候・開発報告書(CCDR)が中核的役割を果たすことを期待しており、世銀グループの、今後4年間で世銀グループの全支援国のCCDRを策定するという方針を支持します。更に中所得国を含めた排出削減を支援することも重要であり、各国がそれぞれの道筋に沿って、緩和と適応の取組を進められるよう、世銀グループが包括的な支援を行うことを期待します。

3.結び

 IMF及び世銀グループがこれまで果たしてきた大きな役割と国際社会に対する多大な貢献に敬意と感謝を表すとともに、今後とも、それぞれの比較優位を踏まえつつ適切に役割分担した上で連携しながら、増え続けるであろう困難な世界的諸課題に対処し、強固で持続可能かつ均衡ある包摂的な成長や貧困の削減の実現に尽力していくことを期待して、結びの言葉とさせていただきます。


(以上)