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中尾財務官スピーチ原稿 「国際的な金融規制とアジアにおける金融インフラ」(平成25年1月14日 於:香港)

国際的な金融規制とアジアにおける金融インフラ
中尾武彦財務官スピーチ原稿
アジア金融フォーラム(2013年1月14日:香港)
規制改革と新金融インフラに関する大臣・次官レベル政策対話セッション

 

1.イントロダクション

 リーマン・ブラザーズ破綻から4年強が経過し、この間に様々な金融規制改革の議論が進展した。多くの分野では、規制の各論の議論が大詰めを迎えており、あるいは新規制の実施をスタートさせる段階に入ってきている。こうしたタイミングで、金融規制改革について立ち止まって考えることは有意義であり、この場で発言の機会を与えられたことに感謝する。
 本日、自分からは、マル1金融規制改革の必要性と留意点、マル2適切なマクロ政策運営の重要性、マル3アジアにおける金融規制面の課題、マル4アジアにおける金融協力、について、思うところを述べたい。

2.金融規制改革の必要性と留意点

 金融規制改革に関する国際的な議論は、2008年11月のG20金融サミットでの合意以降、G20の政治的なコミットメントの下で精力的に推進されてきた。これまでの進捗をみると、全体として金融危機の再発防止に繋がる正しい方向に向かっているものと考えている。
 2008年の金融危機の教訓を踏まえれば、資本規制の強化や金融活動に関する適正な規制を通じ、行き過ぎたリスクテイクやレバレッジを抑制し、歪んだインセンティブ構造を修正することで、金融システムを強化することは重要であることは言うまでもない。
 他方で、自由で活力ある金融セクターは、成長の基盤となるセクターにリスクを管理しながら資金を配分するという点で、市場経済の発展に決定的な役割を果たすことを忘れてはならない。過度な規制は、市場の流動性を低下させ、適切な価格発見機能を損ない、ひいてはマクロ経済全体にも悪影響をもたらすおそれがある。
 金融安定理事会(FSB)等を通じた国際的な規制見直しの動きに加え、いくつかの国では国レベルで新たな規制も導入されつつある。個別分野ごとの規制、各国ごとの規制が、マル1全体として金融市場や実体経済に悪影響を与えることはないか、マル2各国の金融セクターの競争条件にゆがみを与えないか、マル3規制のアービトラージ(裁定)や規制回避地のような問題を深刻化させるおそれはないか、について十分配慮していく必要がある。
 こうした観点から、いくつか具体的にコメントしたい。

【バーゼルローマ数字3
 第一に、バーゼルローマ数字3等の国際合意は、各国が着実に実施することが極めて重要である。我が国では、他国の実施の遅れにかかわらず、予定通りバーゼルローマ数字3を2013年3月末より実施する。

【米国ボルカー・ルール】
 第二は、米国ドッド・フランク法に盛り込まれたボルカー・ルールについて。特に懸念しているのは、米国債以外の外国国債について自己勘定取引の禁止が提案されていることである。例えば、米国銀行が、日本において邦銀と日本国債の自己勘定取引を行うことも禁止される。この規制が実施された場合、日本国債を含む各国国債の市場の流動性に大きな悪影響を及ぼす可能性がある。この点については、各国政府が米国に対して懸念を伝え、策定中の詳細実際ルールにおける適切な対応を求めている。

【OTCデリバティブ改革】
 第三は、OTCデリバティブ改革について。この点については、昨年11月28日、日米欧、香港を含む9か国・地域の当局者会合が行われ、規制対象への過度な負担や規制アービトラージを避けることが合意された。関係当局のこうした努力を歓迎したい。この合意に沿って、各国間で実務的な調整が進捗することを期待している。
 OTCデリバティブ改革の一つの重要な論点はマージン規制である。マージン規制は、デリバティブを通じたシステミックリスクの波及を防ぐ有効な手段であることに異論はない。しかし、為替スワップ(foreign exchange swaps)については、イニシャル・マージンの対象から外すべきである。為替スワップは、現物決済の商品でありそもそも清算集中になじまないほか、短期取引が多くリスクも小さい。更に、為替スワップは外為市場の流動性を支える中核的な取引であり、円滑な取引の確保は不可欠である。この点、米国が、ドッド・フランク法のOTCデリバティブ規制の対象から、為替スワップを除外すると表明したことを歓迎する。

【規制改革の影響の総合検証】
 金融規制改革においては、このマージン規制以外にも、バーゼルローマ数字3の流動性規制、レポ取引の最低ヘアカット規制等が議論されている。バーゼルローマ数字3のLiquidity Coverage Ratio(LCR)は、1月6日の中央銀行総裁・銀行監督当局長官グループ(GHOS、The Group of Governors and Heads of Supervision)において、規制内容の修正や段階適用が合意されたところであるが、これらの規制が全体として、金融市場や実体経済に思わぬ悪影響を及ぼさないように、総合的な検証を行う必要がある。
例えば、これら一連の規制は、全体としてみると、安全かつ流動性の高い資産、特に主要国の国債の需要を高める方向に作用すると思われる。これらの規制にすべて対応するのに必要な安全かつ流動性の高い資産が十分に存在するかについては、検証が必要だろう。

3.適切なマクロ政策運営の重要性

 金融規制の強化と並んで、経済や金融のインバランス累積を防ぐ健全なマクロレベルの政策運営が重要であることは論を待たない。今日の米国やユーロ圏における金融危機をみても、そこに至る背景には、低金利の持続、資産価格の上昇、家計・企業・金融部門のレバレッジ拡大、経常収支の不均衡拡大といった、様々なインバランスの累積がある。
 こうした観点から、中央銀行は、消費者物価だけに注目するのではなく、資産価格の上昇、金融資産の増大のスピード、金融機関によるレバレッジやリスクテイクの動向などへの目配りも必要だろう。また、各国政府が公的債務の累積を防ぎ、中長期的な財政の健全性を図ることは、マクロ経済の安定の基礎である。
 いわゆるマクロプルーデンス政策も重要である。最近はIMFも提唱しているように、急激な資本流入に対しては、一定の条件の下にこれを制限する施策をとることも選択肢になるだろう。

4.アジアにおける金融規制面の課題

【アジアの金融セクターの健全性】
 アジア通貨危機以降、アジア諸国は、金融当局による適切な規制、金融機関の自己資本充実、外貨準備のバッファーの拡大、適切な財政政策等に努力してきた。これらは危機に対する耐性を向上させるための重要な要素であり、今回の世界的な金融危機においても、アジア諸国は先進諸国からのスピルオーバーによる深刻な影響を回避することができた。
 アジア諸国の金融規制に関する真摯な取組みは、バーゼルローマ数字3の実施状況を見ても明らかである。米国や欧州に先駆けて、中国、香港、インド、シンガポールは、2013年初から実施することを発表している。
一方、こうした金融規制の国際ルールは、米国や欧州における金融危機の教訓に基づいており、規制と同時に育成が課題となっているアジア新興国の金融セクターの実態を反映したものではないことも事実である。こうした観点からは、国際的な規制のあり方に関してより幅広い意見に耳を傾けるため、FSBがアジアなど6地域でRegional Consultative Groupsを発足させたことは前進である。

【アジアのインフラ資金需要】
 アジアでは、今後も多額のインフラ資金需要が見込まれる。ADBによると、2010〜2020年の11年間で域内インフラ整備に約8兆ドルが必要とされている。このようなインフラ整備や、成長に必要な他の投資のファイナンスを円滑に行うためには、アジア域内の金融セクターの役割が極めて重要である。
 欧州債務危機や金融規制強化の流れを受けて、欧州系銀行はアジアにおける与信額を大幅に減らしている。ASEAN主要国及び韓国向けの与信残高をBIS統計でみると、昨年6月末までの1年間で、フランスの銀行は約5割、イタリアの銀行は約4割も与信を削減している。一方、日本の銀行の与信は同期間に約2割増加しており、邦銀が欧州系銀行の貸出減少を埋める形になっている。

【開放的な金融システムの維持】
 アジアでは、海外金融機関に対して開放的なシステムを維持することの重要性も強調したい。例えば、外銀の支店開設に対する規制、持込外貨の使用用途制限、特定産業への与信割当義務など、まだまだ厳しい規制を設けている国がある。国内の中小企業やこれまで金融サービスに十分アクセスできなかった個人に金融サービスを提供するという「金融包摂」の考え方は理解できる。しかし、海外金融機関にそのような規制を厳格に適用することは、海外金融機関の参入を妨げ、ひいては海外からの直接投資を呼び込む目的とも齟齬をきたすリスクがある。

5.アジアにおける金融協力


【ASEAN+3の取組み】
 リーマン危機の際には、いったん危機が始まると金融機関相互の資金融通が目詰まりをこし、急速にドルの流動性が枯渇する事態が生じうることが明らかになった。ドルの流動性が手に入りにくいという理由だけで、アジアでの貿易や投資の円滑なファイナンスが進まず、実体経済にも悪影響を及ぼすようなことは避けなければならない。
 こうした観点から、昨年5月のASEAN+3大臣・総裁会合では、チェンマイ・イニシアティブの資金規模が2,400億ドルに倍増され、また、危機予防機能が導入された。域内の貯蓄を証券市場を通じて域内の投資に直接向けていくという、アジア債券市場イニシアチブ(ABMI)が進展しつつあることも強調したい。

【アジア域内通貨の活用】
 更に、地域内の通貨を域内の貿易や投資により多く活用するという視点も必要である。実際、日本円の国際化の試みは1980年代から始まっている。円の運用や調達に対する規制や税制上の障害はなくなり、現在、円は日本の輸出の40%程度、輸入の25%程度に使われる通貨になっている。今後は、日本円に加え、人民元や韓国ウォンを含めた、アジア域内の通貨の活用を改めて図っていく必要がある。

【日中金融協力】
 日中金融協力の強化に関し、2011年12月に、野田首相と温家宝首相の間で、両国間のクロスボーダー取引における円・人民元の利用促進や、米ドルを介さない円・人民元の直接交換市場の発展支援などが合意された。この合意に沿って、昨年6月には、東京と上海の両外為市場で円・人民元の直接交換取引が開始され、その後、東京市場では1日あたり約100億円前後、上海市場では約600億円前後の取引が継続して行われている。また、スプレッド(ビッドとオファーの差)については、米ドルを介した取引と比べて、ほぼ同じかやや狭い水準で、安定的に推移しており、今後の市場規模の拡大により、更なる取引コストの低下や決済リスクの低減の効果が期待される。
 人民元の国際的な使用の拡大については、中国自身が経常取引に続いて資本取引における人民元取引の段階的な自由化を進めつつあるが、人民元レートの柔軟性拡大や中国国内の金利や金融商品などの自由化と併せて進めていく必要がある。日中両国が協力しつつそのプロセスの促進を図ってくことは、両国の利益になると考える。
 現在、日中関係には難しい面もあるが、中国は世界第2位、日本は世界第3位の経済規模を有し、貿易・投資関係も非常に深い。日中は、地域や国際経済の安定と繁栄にも責任を有しており、日中間の経済的な交流を深めていくことは極めて重要である。我が国は大局的な観点から、中国側との密接な意思疎通に最大限努力していく考えである。日中金融協力についても引き続き推進していきたい。

【香港金融市場】
 最後に香港について一言触れたい。香港は、法制度や会計も含めた金融インフラが整備され、また自由な市場としての歴史や経験も豊かであり、長く国際金融センターとしての役割を果たしてきた。今後、上海等の金融市場が発展していく中でも、香港市場はむしろこれまで以上に重要な役割を果たし続けることが期待される。
 香港は人民元オフショアセンターとしても主導的な役割を果たしているが、今後、東京が人民元の取引を増やしていこうと努力する中で、日本の金融当局としても、香港当局との協力を一層進めていきたい。

 

(以上)