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家計の貯蓄率と金融資産選択行動の変化及びそれらの我が国の資金の流れへの影響について

家計の貯蓄率と金融資産選択行動の変化及び
それらの我が国の資金の流れへの影響について


21世紀の資金の流れの構造変革に関する研究会

平成13年4月



はじめに ~基本的な問題意識~

第1章 我が国の家計貯蓄率と金融資産選択行動の現状
 1.我が国の家計貯蓄率
 (1)家計貯蓄率を決定する定性的な要因
 (2)我が国の家計貯蓄率の推移とその背景
  1) 1970年代半ばまで
  2) 1970年代半ばから1980年代まで
  3) 1990年代以降

 (3)我が国の今後の家計貯蓄率に影響を与える要因

 2.家計による金融資産選択行動の現状

 (1)家計による金融資産選択行動の現状とその特徴

  1) 概観

  2) 諸外国との比較における特徴

  3) 年齢階層別の特徴

  4) 貯蓄階級別の特徴

  5) 地域別の特徴

  6) 家計の意識の特徴

 (2) 安全資産の占める割合が高い金融資産構成となっている背景

  1) 需要側の要因

   (ア)住宅等の実物資産との関係

   (イ)年齢階層と投資余力との関係
     
【B0X1】高齢者の経済実態

   (ウ)雇用・賃金システムとの関係

   (エ)金融商品や投資方法に対する知識不足

   (オ)預貯金は「完全な安全資産」であるという国民の認識

  2) 供給側の要因

   (ア)金融サービス提供者に係る規制の存在

   (イ)収益性の問題


第2章 家計貯蓄率及び家計の金融資産選択行動の動向に影響を与える要因

 1.高齢化が与える影響

 (1)家計貯蓄率に与える影響

 (2)家計の金融資産選択行動に与える影響

 2.社会保障制度のあり方が与える影響

 (1)家計貯蓄率に与える影響

  1) 社会保障制度が家計貯蓄率に影響を与えている可能性

  2) 公的年金制度が与える影響

  3) 医療・介護のリスクが与える影響

   (ア)介護リスクによる影響

   (イ)疾病リスクによる影響

 (2)家計の金融資産選択行動に与える影響

 3.雇用・賃金システムの変化が与える影響

 (1)家計貯蓄率に与える影響

 (2)家計の金融資産選択行動に与える影響

 4.少子化に伴う影響(持家の相続・贈与の機会の増加等による影響)

 (1)家計貯蓄率に与える影響

 (2)家計の金融資産選択行動に与える影響

 5.金融システム改革が家計の金融資産選択行動に与える影響
   【BOX2】ドイツの家計の金融資産選択行動の変化

 6.内外資本取引の自由化が家計の金融資産選択行動に与える影響

 7.情報通信技術の革新が家計の金融資産選択行動に与える影響

 8.投資家教育への取り組みが家計の金融資産選択行動に与える影響

 9.ペイオフの解禁が家計の金融資産選択行動に与える影響

 1.家計貯蓄率の今後の動向

 2.家計の金融資産選択行動の今後の動向及び留意点

 (1)家計の金融資産選択行動の今後の動向

 (2)家計の金融資産選択行動の変化にあたっての留意点

 3.資金の流れに及ぼす影響

 (1)主に公的部門との関連

 (2)主に法人企業部門との関連

 (3)海外部門との関連

 4.今後の政策立案にあたって




じめに ~基本的な問題意識~

 一国の「資金の流れ」は、法人企業部門、家計部門、公的部門、海外部門の各部門における資金の需給から構成されるものであるが、我が国においては、このうちの家計部門が、戦後一貫して高い貯蓄率を維持し、最大の資金の出し手となってきた。
 こうした家計部門の豊富な資金余剰が、高度経済成長期には法人企業部門における高い設備投資のための資金をファイナンスする源泉としての機能を果たし、安定成長期には、公的部門の赤字を内国債により賄うことを可能にしてきた。特に近年の動きとしては、法人企業部門の資金不足額が著しく減少していく中で、家計部門の資金余剰は主に公的部門の資金不足により吸収されているという状況にある(資料0-1)。
 また、家計部門からの資金の向かう先としては、これまでは主に預貯金等が中心となっており、銀行等の間接金融や財政投融資等を通じて、資金需要先に配分されてきた。このように、間接金融や公的金融が大きな役割を果たしている我が国の資金調達の構造は、家計の保有する金融資産に占める株式等のリスク資産の割合を小さいものとし、その結果として、金融・資本市場の効率性が十分に発揮されなくなっていたとの見方もある。
 しかしながら、20世紀末のバブル崩壊を経て、21世紀を迎えた現在、少子高齢化の進展、金融システム改革の進展、社会保障制度のあり方、情報技術の革新等、経済・社会の構造が大きく変容する中で、我が国の資金の流れを巡る環境も大きく変化しており、これまでの家計部門からの資金の流れの構造にも大きな変化が生ずることが予想される。
 本研究会(「21世紀の資金の流れの構造変革に関する研究会」)においては、昨年6月、法人企業部門と公的部門について、「21世紀の我が国経済の持続的成長を可能とするための金融面の諸課題について」及び「主要な公的債務の現状とその管理を巡る課題について」という2つの報告書をとりまとめたところである。
 このうち、前者は、法人企業部門に係る金融をとりあげ、企業の成長段階に応じて異なるリスクや資金ニーズ等について分析し、これらに対応するための資金ファイナンスのあり方等について検討を行ったものであるが、その中では、これらの企業に対し資本市場を通じて円滑に資金供給を行うという観点からは、我が国家計の貯蓄、金融資産選択行動についても分析し、今後の課題を把握することの必要性が指摘されたところである。
 また、後者は、公的債務の現状を分析することにより、国債管理政策や、国の債務管理、リスク管理のあり方について検討を行ったものであるが、国が将来にわたって、これらの債務管理を円滑に行っていくためには、現在または今後においても公的債務のファイナンス主体となると考えられる我が国家計について、今後の金融資産選択行動の動向等を分析しておくことの必要性は高いと考えられる。
 本研究会では、このような基本的な問題意識のもと、21世紀における、
  1) 家計貯蓄率の今後の動向(家計部門から他部門への資金供給の動向)、
2) 家計による金融資産選択行動の今後の変化(家計部門による資金供給のチャネルとなる金融資産の保有形態の変化)、
等について、有識者からのヒアリングも行いながら、検討を行ってきた。
 本報告書は、本研究会での議論を盛り込みつつ、これまでの家計を巡る様々な調査・研究成果の整理を図り、さらには、昨年とりまとめた法人企業部門、公的部門に関する2つの報告書における課題を念頭においたうえで、今後の家計部門の動向と、それが我が国の資金の流れに及ぼす影響について考察を試みたところである。
 



1章 我が国の家計貯蓄率と金融資産選択行動の現状

 我が国の家計部門における資金の流れの現状を分析するにあたっては、全体として家計貯蓄率がどのような状況にあるかというマクロ的視点からの分析と、家計が貯蓄をどのような金融資産で保有しているかという資産選択(ポートフォリオ)からの分析を行うことが必要である。


.我が国の家計貯蓄率

 はじめに、これまでの我が国の家計貯蓄率について分析することとする。
 家計貯蓄率を決定する要因としては様々なものが考えられ、最終的なマクロの家計貯蓄率は、それらの複数の要因が様々な度合いで寄与して決まることとなる。
 そこで、まず、家計貯蓄率の決定にあたっては、どのような要因が定性的に考えられるのかについて整理したうえで、我が国のこれまでの家計貯蓄率がどのように推移し、その背景にどのような要因が考えられるかについて検討する。

(1

)家計貯蓄率を決定する定性的な要因
 家計の消費・貯蓄の行動を決定する要因としては、
1) 家計が消費・貯蓄計画を決定するにあたっての時間的視野(計画の期間)が、個人の一生に限られる(ライフサイクルモデル)のか、子孫代々まで無限にわたる(ダイナスティモデル)のか、
2) 家計が、将来の所得や消費に対してどの程度の不確実性を認識しているか(例えば将来得られる所得額が非常に不確実であれば、人々の消費行動は慎重になり家計貯蓄率は高くなる)、
3) 所得の変化に対して望ましい消費水準を達成するための貯蓄・借入の手段や保険制度がどの程度整備されているか(例えば、将来所得が増加することを前提にして、現在の消費を借入により賄うことができなければ、現在の貯蓄率は上昇することになる)、
などのミクロ的な要因があり、これに経済成長率や人口構成などのマクロ的な要因が組み合わさって、全体としての家計貯蓄率が決まるとされている。

(2

)我が国の家計貯蓄率の推移とその背景
 次に、国民所得統計(SNA)に基づいて我が国の戦後の家計貯蓄率の推移をみると、まず、1970年代半ばまで一貫して上昇した後、1970年代半ばから1980年代まで一貫して低下、さらに1990年代以降は概ね横ばいの傾向と、大きく3つの局面に分けることができる(資料1-1)。
 このような我が国の家計貯蓄率の推移の背景として、どのような要因が寄与してきたのか、以下、局面毎に分析することとする。

1)

 1970年代半ばまで
 まず、第1の局面、すなわち1970年代半ばまでにおいて、家計貯蓄率が一貫して上昇した主な要因として考えられるものを列挙すると、
 当時の可処分所得の伸びが高く、消費の伸びがそれに追いつかなかったこと、
 それまでの家計の資産の水準が十分ではなく、家計は資産形成に努めたこと、
 ボーナス制度の存在が貯蓄を行いやすくしていること、
 年齢構成が若かったこと、
 公的年金制度が未成熟だったこと、
 消費者金融が未成熟であり、物の購入の前にまず貯蓄が必要であったこと、
 マル優制度などの税制面での優遇措置があったこと、
等が背景にあったと考えられる。

2)

 1970年代半ばから1980年代まで
 次に、1970年代半ばを過ぎ、第2局面に入ると、我が国の家計貯蓄率は、一貫して低下し始める。これは、上記の家計貯蓄率上昇の背景に変化が生じたことに加え、高齢化が急速に進展してきたことによるものと考えられ(資料1-2)、現役時代は収入の一部を老後のために貯蓄し、老後はその貯蓄を取り崩すことによりその生活資金を賄うとするライフサイクルモデルによる説明が考えられる。すなわち、1970年代半ばから1980年代までの家計貯蓄率の一貫した低下傾向は、高齢化の急速な進展といった人口構成の変化がマクロの家計貯蓄率の低下の大きな要因となっているものとする考え方である。

3)

 1990年代以降
 しかしながら、我が国の家計貯蓄率は、高齢化は引き続き進展しているにもかかわらず、1990年代に入ってからは、その低下傾向に歯止めがかかり、概ね横ばいに推移している。
 その理由としては、1990年代以降も、高齢化の進展による家計貯蓄率の低下傾向は基調としては存在する一方で、家計の将来への不安の高まりといった人口構成の変化以外の要因が貯蓄率を押し上げ、結果として横ばい傾向を示しているのではないかと考えられる。
 (注)ただし、90年代以降の家計部門の貯蓄超過額の対GDP比は従前よりも低くなっており(資料0-1)、家計貯蓄率が横ばいであることが、家計部門の資金余剰幅の維持を意味していないことについては留意が必要との指摘がある。

 1990年代以降に家計がこのような不安を高めた要因としては、景気変動と関連する所得不安、資産減価、雇用不安等が大きな影響を及ぼした可能性が考えられる。
 例えば、家計の可処分所得の伸びと消費の伸びの関係(資料1-3)、また、キャピタルゲインの可処分所得に占める割合と消費の伸びの関係(資料1-4)を見ると、ともに関連した動きが見られることから、90年代以降の可処分所得の低迷や地価の下落等によるキャピタルロスの存在が、消費を抑制し、家計貯蓄率を下げ止めている要因の1つであるとの指摘がある。
 また、失業率の動向を見ると、我が国の失業率は、90年代に入り急速に上昇しており、既存の研究(日本銀行調査月報掲載論文「90年代入り後も日本の家計貯蓄率はなぜ高いのか」1999年4月)では、こうした雇用不安が特に中高年層の不安感を高め、家計貯蓄率を押し上げている要因となっているとの分析がなされている。

(3

)我が国の今後の家計貯蓄率に影響を与える要因
 仮に90年代以降の家計貯蓄率の横ばい傾向が、こうした景気変動に関連する要因のみによるものであるとすれば、経済が本格的な回復軌道に乗れば、家計貯蓄率は、高齢化の進展を受け、再び低下傾向を示すことが考えられる。
 しかしながら、家計による将来の所得や支出に対する予測等に影響を及ぼすものは、こうした景気変動要因に限らず、それ以外のいわば構造的な要因が無視できない影響を及ぼしている可能性もある。仮にそのような構造的要因が影響を及ぼしているとすれば、経済が本格的な回復基調に乗ったとしても、今後の家計貯蓄率は、1980年代のような高齢化等の要因による低下傾向を示すということにはならない可能性がある。例えば、上記の研究においても、公的年金制度に対する不安や介護リスクに対する不安が90年代以降の家計貯蓄率を高める要因となっているのではないかとの分析がされている。
 このような家計貯蓄率に影響を与えると考えられる構造的な要因としては、どのようなものがあるのか、そして、それらが今後の家計貯蓄率にどのような影響を及ぼすのかについては、第2章において詳しく検討することとしたい。


.家計による金融資産選択行動の現状

 次に、家計が保有する金融資産の形態について分析する。

(1

)家計による金融資産選択行動の現状とその特徴

1)

 概観
 まず、我が国の家計部門による金融資産選択行動の特徴について概観してみる。我が国家計の金融資産の総額は、日本銀行の資金循環統計によると、平成12年末現在で約1,390兆円となっており、着実に増加している(資料1-5)。
(注)負債額については、平成12年末で約384兆円存在する(資料1-6)。

 また、我が国の家計の金融資産構成は、安全資産である現金・預貯金の占める割合が約55%と高いことが最大の特徴として挙げられる(資料1-7)。
 時系列的に見ると、昭和40年の証券不況前後で株式・株式投資信託のシェアが急落した後は、株式は8%程度、株式投資信託は1%程度で推移し、バブル期に一時的に、株式・株式投資信託の割合は高まったものの(平成元年で株式17.8%、株式投資信託3.4%)、バブル崩壊後は、バブル期前とほぼ変わらない姿となっている(資料1-8)。

2)

 諸外国との比較における特徴
 諸外国との比較で見てみても、我が国の金融資産構成に占める現金・預金等の安全資産の割合が高いことがわかる(資料1-9)。
 各国の特徴としては、アメリカ、フランスにおいては、株式や投資信託の保有シェアが高く、両者の合計で50%弱程度となっている。また、ドイツについては、以前は我が国と同様、現金・預金等の安全資産の占める割合が高かったが、現在は、株式の保有シェアは我が国を若干上回る程度であるものの、投資信託の保有シェアは10%程度と大幅に上回る水準となっている(このようなドイツにおける変化及びその要因については、26頁・BOX2参照)。
 また、リスク資産の保有形態として、株式等を直接保有する場合と投資信託により間接的に保有する場合があるが、各国別の特徴をみると、間接的な保有はアメリカ、イギリス、フランスにおいては20%程度、ドイツでは約28%であるのに対し、我が国では約15%と低くなっている(資料1-10)。

3)

 年齢階層別の特徴
 年齢階層別の特徴を見てみると、年齢階層が上がるにつれ、1世帯あたりの金融資産額は大きくなっていることが分かる(資料1-11)。また、個人金融資産の年齢階級別のシェアをみると、全世帯の35.9%を占める60歳以上の高齢者世帯が、金融資産の53.1%を保有しており(負債を差し引いたネット(純貯蓄)でみた場合には、69.3%を占める)、高齢者世帯が高いシェアを占めている(資料1-12)。
 年齢階層別の金融資産構成比の特徴としては、高齢者世帯では、金融資産を老後の生活資金と考えるため、金融資産選択行動は本来、元本保証・短期運用に傾きがちであるものの(資料1-13)、有価証券等のリスク資産の保有シェアは若年世帯に比べて高くなっている(資料1-14)。また、当該資産を保有している世帯の全世帯に対する割合(以下「保有率」という。)で見ても、年齢階層があがるにつれ、株式、株式投資信託、債券等の保有率が高まってくることが分かる(資料1-15)。
 これらの要因については、高齢者の方が若年者よりも資産額が大きいことのほか、高齢者がライフサイクルモデルではなく、将来世代まで視野に入れた消費・貯蓄計画をたてるというダイナスティモデルに基づき資産運用を行っているという説明が考えられる。ただし、ダイナスティモデルが日本において成立するか否かについては、ライフサイクルモデルの妥当性と同様、今のところ学界での見解は一致していない。

4)

 貯蓄階級別の特徴
 貯蓄階級別の特徴を見てみると、まず、保有する金融資産の額が多くなるにつれ、リスク資産の保有シェアは高くなる傾向がわかる(資料1-16)。
 また、貯蓄階級別にみた貯蓄総額に占める累積シェアをみると、例えば、金融資産額が2000万円以上の世帯(全世帯の約3割程度)だけで、全個人金融資産額の約7割を保有していることがわかる(資料1-17)。
 このため、今後の家計の金融資産選択行動の大きな流れを探るにあたっては、ある程度の金融資産を保有している世帯がどのような選択をするのかが重要な要因であるといえる。
 さらに、3)の年齢階層との関係もあわせて見てみると、若年者層では資産形成がまだ十分に進んでおらず、低位の貯蓄階層に多くの世帯が分布している一方、高齢者層では、低貯蓄者層も相当数存在するものの、若年者層と比較して、高貯蓄者層の割合も非常に高く、高齢者間の資産格差は大きくなっている(資料1-18)。(高齢者の経済実態についてはBOX1参照)
 (注)年齢階層別の貯蓄現在高の世帯間格差を四分位分散係数でみると、年齢階層が上がるにつれ貯蓄現在高の世帯間格差が広がっていくことがわかる(資料1-19)。

5)

 地域別の特徴
 地域別の特徴を見てみると、全国平均に比して、大都市圏の家計は、概して、リスク資産の保有シェアは高い傾向にある(資料1-20)。
 これは、大都市圏では、全国平均に比して、貯蓄額が高いこと、証券会社の店舗網が整備されていること等が影響しているのではないかと考えられる。
 (注)ただし、貯蓄額をネットで見た場合、大都市圏の方が全国平均に比して高くなっているとは言えず、貯蓄額が高いことによる理由は限定的とも考えられる。

6)

 家計の意識の特徴
 アンケート調査等をもとに、金融資産選択行動における家計部門の意識の特徴を分析すると、今後保有したい金融商品としては預貯金を挙げる世帯の割合が非常に高く、株式や株式投資信託等、リスク資産を保有したいという世帯の割合は、増加傾向にあるものの、その水準は低い。平均的に見れば、安全資産志向が依然根強いと言える(資料1-21)。
 次に、金融商品の選択基準については、これまで、「元本が保証されているから」、「取扱金融機関が信用できて安心だから」といった安全性を重視するウェイトが一貫して高まってきたが、近年頭打ち傾向が見られ、「利回りがよいから」、「将来の値上がりが期待できるから」といった収益性を重視するウェイトが徐々に高まりつつある。現時点では、安全性を重視する世帯が非常に多いものの、収益性も重視する姿勢への変化の兆しが見られる(資料1-22)。
 一方、金融資産の保有額別に金融資産選択行動の特徴を見てみると、まず、今後保有したい金融商品については、全体的に安全資産志向は高いものの、高資産層ほどリスク資産を保有したいという世帯の割合は高く(資料1-23)、また、金融商品選択時に手間をかけて検討をしたいとする世帯の割合、金融商品を選択するためにいろいろと調べることは楽しいとする世帯の割合等が増加する傾向にある(資料1-24)。このように、高資産層ほど多様な金融資産選択を行おうとする意識が高いと考えられる。

(2

)安全資産の占める割合が高い金融資産構成となっている背景
 次に、我が国の家計部門の金融資産選択において、預貯金等の安全資産の占める割合が高くなっている原因としてはどのようなものが考えられるのか、金融サービスの需要側及び供給側双方から、その要因について考えてみたい。

1)

 需要側の要因
(ア)住宅等の実物資産との関係
 我が国家計の資産形成を実物資産と金融資産をあわせて見た場合の特徴として、実物資産の占める割合が高いことが挙げられる(資料1-25)。
 一般的に、住宅等の実物資産は金融資産に比べ、換金性が低く、分割処分が困難であること等から、長期投資に適していると考えられる。家計資産の適正なポートフォリオという面から見ると、長期投資を行う一方で、一定の流動性を確保する必要があるが、我が国の家計は、主に実物資産によって多額の長期投資を行っているため、金融資産については、長期投資に適した株式や株式投資信託等に振り向ける余裕はなく、より流動性の高い預貯金等で保有しようとするインセンティブが働いていたのではないかとの指摘がある。
 すなわち、バブル崩壊までの間は、我が国の地価は長期的に見れば上昇を続けており、長期投資の対象としては、不動産への投資は良好なパフォーマンスを示していたと考えられることから、不動産により長期投資を行い、預貯金で流動性を確保するという我が国家計の投資スタンスは、合理的な投資方法であったのではないかとの考え方である。
 また、住宅を保有するために家計が負債を負う可能性が高いが、この場合、確実に負債を返済していくためには、元本割れの危険があるリスク資産の保有に対して回避的となり、預貯金等を積極的に保有するインセンティブが働くという面も考えられる。

(イ

)年齢階層と投資余力との関係
 年齢階層別の金融資産の保有額については、(1)3)で見たとおり、我が国においては、若年者層の保有割合はストックで見て小さいことから、リスク資産への投資余力も小さいと考えられる。
 また、フローで見ても、教育関係費や住宅関係費などの経費も考慮すると、若年者層の1人あたりの資金余剰額は必ずしも高くなく、金融資産残高が低い状況では預貯金等の安全資産の積み増しも必要であることを考えると、リスク資産への投資余力は小さいと考えられる。
 これに対して高齢者層は、全体としては高い水準の金融資産の額を保有しているが、高齢者は本来的には将来へ向けて積極的に資産運用をする必要性は乏しいことから、安全資産で運用することが合理的であると考えられる。
 すなわち、一般的には、将来を見据えた資産運用を行うためにリスク資産への投資に適している若年者にリスク資産に振り向けるだけの投資余力がなく、逆にリスク資産への投資インセンティブが低い高齢者の資産保有額が大きいということが、全体として、我が国家計の金融資産構成におけるリスク資産の比率が低い要因の1つとなっている可能性がある。
 
【BOX-1】高齢者の経済実態
まず、平均的な姿から分析すると、高齢者世帯の資産保有額は、平均すれば若年世帯に比して大きくなっており、また、アンケート調査でも若年世代に比して家計にゆとりを感じている割合が多い(資料1-26)。
ただし、高齢者世帯は一方において、若年者に比して経済的格差が大きいという特徴もあることから、「平均的姿」から全ての高齢者の状況を推測することにも問題があると考えられる。
そこで、様々な世帯類型別に高齢者の経済実態の特徴を分析してみると、世帯類型によって、大きな経済格差があることが分かる(資料1-27)。高齢者の中で、経済的に恵まれていないのは、同居の有無にかかわらず、主に単身女性の高齢者となっている。
また、現在は、高齢者の経済状況を把握する手段として、主に所得が使用されることが多い。確かに、平均的に見れば、所得と資産の間にはある程度の相関関係が見られる(資料1-28)。しかし、個別のデータをもとに、所得と資産の関係を見てみると、その間の相関関係はあまり見られない(資料1-29)。すなわち、所得が少ないにもかかわらず資産が多い者や、所得が多いにもかかわらず資産が少ない者などもかなりいることから、高齢者の経済状況を把握するには、所得と資産を総合的に勘案する必要がある。
以上より、今後の高齢者向けの施策を検討するにあたっては、高齢者を一律の集団として捉えるのではなく、個々の世帯の経済状況を所得と資産を総合的に勘案することにより把握し、その状況に応じたよりきめ細かい対応を行うという視点が必要となってくると考えられる。このことは、本研究会におけるヒアリングにおいて、一部金融機関が高齢者層にターゲットを絞った商品開発を積極的に進めているという紹介があったことからも裏付けられる。

(ウ

)雇用・賃金システムとの関係
 年功序列型の賃金体系は、教育費などのライフサイクルに伴う出費の増加に対して、ある程度適合する形となっており(資料1-30)、また、退職一時金や確定給付型の年金等は、老後の生活のための資金の自己責任による準備の必要性を相対的に低くすると考えられる。
 すなわち、このような慣行や制度は、収入と支出のタイミングのズレを解消する方向に働いてきたと考えられる。こうした慣行や制度の下では、将来のインフレによる資産の目減りや、ライフサイクルに伴う資金過不足への備えを個人が自己責任で行う必要性が高くなく、そのため積極的な資金運用を行うインセンティブが乏しかったのではないかと考えられる。

(エ

)金融商品や投資方法に対する知識不足
 アンケート調査によれば、株式や投信を購入しない理由として「知識が不十分」を挙げる世帯の割合が多い。また、株式投資に関する理解度についても「殆ど知らない」、「あまり詳しく知らない」とする世帯の割合が8割弱に及ぶ(資料1-31)。
 また、別のアンケート調査でも、「金融商品について知識がほとんどないと思う」と考えている世帯が半数以上にのぼり、さらに、「いろいろな金融商品の探し方を知らない」世帯も約6割となっている(資料1-32)。
 ただし、家計の金融に関する情報ニーズは高く、改善して欲しいと考えている金融サービスとして、「新しい貯蓄商品やサービスの内容を、もっとわかり易く説明してほしい」、「金融や税金など暮らしに密着した情報を幅広く提供してほしい」等を挙げる世帯の割合も比較的高くなっている(資料1-33)。
 すなわち、我が国家計は、新しい金融商品に関するわかりやすい情報を求めているものの、十分に入手することができておらず(あるいは入手のための努力が十分ではないことから)、リスク商品に関する知識不足を認識していることが分かる。こうした金融資産投資に必要な情報の不足が、家計の金融資産選択の幅を狭め、リスクに関する情報をあまり必要としない預貯金等の選択を促している可能性も考えられる。
 また、リスク性の高い金融資産で運用を行う場合、短期的には価格が変動する商品であっても、分散投資を行いつつ長期に運用することにより、リスクを抑制しつつ一定のリターンを得ることが可能となることや、海外資産も含めたリスク資産への投資は、むしろインフレリスクや為替リスクをヘッジできる効果もあるが、こうしたいわゆる長期分散投資によるリスク軽減の投資方法について、我が国国民はあまり認識がなかったのではないかとの指摘がある。
 (注)例えば、ある日本株を1年ごとに運用して20年間の単年度ベースの投資評価を見ると、最も良い年から最も悪い年で、プラス47%からマイナス38%まで開きがあるものが、これを日本株と日本債券に半々で投資する場合、さらに、外国株式と外国債券を含めた4種類に分散して投資する場合では、この開きが順に縮小する。また、4種類に資産配分したうえで、運用を、1年、3年、7年という期間継続して投資した場合で考えてみると、同様に開きが縮小し、4種類の資産に7年間継続して投資した場合は、プラス12%からプラス4%と、最も悪い場合でもプラスという結果になるというような長期分散投資の有効性を示すデータが本研究会のヒアリングにおいて紹介された。

 家計がリスク資産を適切にバランスシートに取り込むためには、こうした長期分散投資の効果を十分に活用してリスクをマネージメントしていく必要があるが、我が国の投資信託市場では、短期の売買が依然として多いとの指摘もあり、このような効果に対する認識が家計部門には十分浸透していないのではないかと考えられる。
 リスク資産の運用にあたって、短期売買によりキャピタルゲインを狙うという投資スタンスでは、リスク許容度が極めて高い一部の高資産層を除き、平均的な家計にとってはリスク商品の運用は本来想定している以上にリスクが高いものとなってしまい、広く家計がリスク資産を保有することにはならないと考えられる。
 なお、これらに関連し、このような株式投資の方法等に対する家計の知識不足の一因としては、我が国では、学校教育も含めた投資家教育が十分ではないことが考えられるとの指摘もあった。

(オ

)預貯金は「完全な安全資産」であるという国民の認識
 家計は、本来であれば、リスクとは無縁であり得ないはずの金融商品に関して、預貯金については、全くのゼロリスクで一定のリターンを得られる商品と認識し、このため、家計の合理的な選択の結果として、「安全資産」たる預貯金の比重を高めたのではないかという指摘がある。
 銀行の預金については、ペイオフを前提と考えれば一定額以上の預金については元本保証の安全資産ではないことは言うまでもないが、そもそも、銀行破綻に備える預金保険制度の考え方は、銀行ひいては銀行への預金者が、預金に関するリスクに対して預金保険料というかたちで事前に備えておく制度であると考えれば、銀行預金が「完全な安全資産」との認識は、本来的には正確ではない。
 しかしながら、現実には、ペイオフはこれまで実施されてこなかったことに加え、これまでの預金保険料の不足分についても、公的資金の投入によって対応されてきたことから、家計は、リスクに見合うコストを負担しているとの認識を欠いてきたと考えられる。
 また、郵便貯金についても、公的な保証が背景にあるとして、家計は「安全資産」と認識していると考えられる。
 (注)公的な保証の意味は、仮に郵便貯金として集められた資金の運用に失敗した場合でも、税金の投入によって間接的に保証されているということにほかならず、結果として国民の負担にはねかえるものであるが、こうしたリスクは、家計が直接に認識できないため、やはりリスクに見合うコストを負担するという認識が生じていないとの指摘があった。

 こうした結果として、リスクとリターンのトレードオフの関係の中から預貯金等の安全資産とリスク資産との最適な資産構成を選択するという投資行動にはつながらなかったのではないかとの指摘があり、このような事情は我が国固有の事情を反映していると考えられる。
 (注)アンケート調査でも、金融商品の選択行動における自己責任の受け止め方として、株式や外貨預金などについては「自分で選んだ金融商品については、自分で責任を持つのは当然」と考える世帯の割合が過半数を超えているが、預金や保険については「自分で選んだ金融商品だから自分で責任を持てと言われても困る」と考える世帯の割合が約半数であり、「自分で責任を持つのは当然」と考えている世帯は約2割から3割に過ぎない(資料1-34)。

2)

 供給側の要因
(ア)金融サービス提供者に係る規制の存在
 これまでの我が国の金融サービス提供体制については、従来は、種々の規制の存在等もあり、金融サービス提供者間の競争が十分に働いていない、顧客のニーズに最適な商品の提供が妨げられている、金融取引にかかるコストが高い等により、顧客にとって魅力的な商品が不足していたのではないか、といった問題が指摘されてきた。
 また、金融サービスの提供チャネルが、必ずしも顧客の利便性にかなったものとなっておらず、多様な商品の顧客への円滑な供給という面でも問題があったのではないかとの指摘もなされてきた。
 このような金融サービス提供体制における問題点も、我が国家計の金融資産構成の多様化への制約要因となっていたと考えられる。

(イ

)収益性の問題
 日本、アメリカ、ドイツにおける株式投資収益率の動きを見てみると、我が国の株式投資収益率については、配当利回りはアメリカ、ドイツと比較して一貫して低いものの、キャピタルゲインも含めた総投資利回りについては、80年代まではアメリカ等と比較しても、それほど低くはなかった(資料1-35)。しかしながら、90年代に入ると、我が国の総投資利回りについても、アメリカと比較して劣位であることが分かる(資料1-36)。こうしたことが、少なくとも90年代以降の家計の金融資産選択行動に大きな制約要因となったことが否めないとの見方がある。
 これは(ア)で示した金融サービス提供側の要因に加え、いわゆる株式持ち合いの慣行により、株主が必ずしも高いリターンを求めておらず、企業として株式の収益性を高めて投資家をひきつける必要性に乏しかったことから、株式や株式投信等が魅力的な投資対象となっていなかったということや、資産運用を行うファンドマネージャーが日本においてはそれほど高いリターンを実現できていなかったということが理由として考えられるとの指摘があった。
 (注)アンケート調査によっても、我が国企業の経営スタンスが必ずしも株主を重視してこなかったことが伺える(資料1-37)。
このほか、近年の動きとして、我が国の株式相場の変動が大きく、個人にとって投資しづらくなっているという面も考えられるのではないかとの指摘もあった(資料1-38)。

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