家計の貯蓄率と金融資産選択行動の変化及び
平成13年4月 |
はじめに ~基本的な問題意識~ |
第1章 我が国の家計貯蓄率と金融資産選択行動の現状 |
1.我が国の家計貯蓄率 |
(1)家計貯蓄率を決定する定性的な要因 |
(2)我が国の家計貯蓄率の推移とその背景 |
1) 1970年代半ばまで |
2) 1970年代半ばから1980年代まで |
3) 1990年代以降 |
(3)我が国の今後の家計貯蓄率に影響を与える要因 |
(1)家計による金融資産選択行動の現状とその特徴 |
1) 概観 |
2) 諸外国との比較における特徴 |
3) 年齢階層別の特徴 |
4) 貯蓄階級別の特徴 |
5) 地域別の特徴 |
6) 家計の意識の特徴 |
(2) 安全資産の占める割合が高い金融資産構成となっている背景 |
1) 需要側の要因 |
(ア)住宅等の実物資産との関係 |
(イ)年齢階層と投資余力との関係 |
(ウ)雇用・賃金システムとの関係 |
(エ)金融商品や投資方法に対する知識不足 |
(オ)預貯金は「完全な安全資産」であるという国民の認識 |
2) 供給側の要因 |
(ア)金融サービス提供者に係る規制の存在 |
(イ)収益性の問題 |
1.高齢化が与える影響 |
(1)家計貯蓄率に与える影響 |
(2)家計の金融資産選択行動に与える影響 |
(1)家計貯蓄率に与える影響 |
1) 社会保障制度が家計貯蓄率に影響を与えている可能性 |
2) 公的年金制度が与える影響 |
3) 医療・介護のリスクが与える影響 |
(ア)介護リスクによる影響 |
(イ)疾病リスクによる影響 |
(2)家計の金融資産選択行動に与える影響 |
(1)家計貯蓄率に与える影響 |
(2)家計の金融資産選択行動に与える影響 |
(1)家計貯蓄率に与える影響 |
(2)家計の金融資産選択行動に与える影響 |
5.金融システム改革が家計の金融資産選択行動に与える影響 |
1.家計貯蓄率の今後の動向 |
(1)家計の金融資産選択行動の今後の動向 |
(2)家計の金融資産選択行動の変化にあたっての留意点 |
(1)主に公的部門との関連 |
(2)主に法人企業部門との関連 |
(3)海外部門との関連 |
1 | .我が国の家計貯蓄率 はじめに、これまでの我が国の家計貯蓄率について分析することとする。 家計貯蓄率を決定する要因としては様々なものが考えられ、最終的なマクロの家計貯蓄率は、それらの複数の要因が様々な度合いで寄与して決まることとなる。 そこで、まず、家計貯蓄率の決定にあたっては、どのような要因が定性的に考えられるのかについて整理したうえで、我が国のこれまでの家計貯蓄率がどのように推移し、その背景にどのような要因が考えられるかについて検討する。 |
(1 | )家計貯蓄率を決定する定性的な要因 家計の消費・貯蓄の行動を決定する要因としては、 | |
1) | 家計が消費・貯蓄計画を決定するにあたっての時間的視野(計画の期間)が、個人の一生に限られる(ライフサイクルモデル)のか、子孫代々まで無限にわたる(ダイナスティモデル)のか、 | |
2) | 家計が、将来の所得や消費に対してどの程度の不確実性を認識しているか(例えば将来得られる所得額が非常に不確実であれば、人々の消費行動は慎重になり家計貯蓄率は高くなる)、 | |
3) | 所得の変化に対して望ましい消費水準を達成するための貯蓄・借入の手段や保険制度がどの程度整備されているか(例えば、将来所得が増加することを前提にして、現在の消費を借入により賄うことができなければ、現在の貯蓄率は上昇することになる)、 | |
などのミクロ的な要因があり、これに経済成長率や人口構成などのマクロ的な要因が組み合わさって、全体としての家計貯蓄率が決まるとされている。 |
(2 | )我が国の家計貯蓄率の推移とその背景 次に、国民所得統計(SNA)に基づいて我が国の戦後の家計貯蓄率の推移をみると、まず、1970年代半ばまで一貫して上昇した後、1970年代半ばから1980年代まで一貫して低下、さらに1990年代以降は概ね横ばいの傾向と、大きく3つの局面に分けることができる(資料1-1)。 このような我が国の家計貯蓄率の推移の背景として、どのような要因が寄与してきたのか、以下、局面毎に分析することとする。 | |||||||||||||||
1) | 1970年代半ばまで まず、第1の局面、すなわち1970年代半ばまでにおいて、家計貯蓄率が一貫して上昇した主な要因として考えられるものを列挙すると、 | |||||||||||||||
| ||||||||||||||||
等が背景にあったと考えられる。 | ||||||||||||||||
2) | 1970年代半ばから1980年代まで 次に、1970年代半ばを過ぎ、第2局面に入ると、我が国の家計貯蓄率は、一貫して低下し始める。これは、上記の家計貯蓄率上昇の背景に変化が生じたことに加え、高齢化が急速に進展してきたことによるものと考えられ(資料1-2)、現役時代は収入の一部を老後のために貯蓄し、老後はその貯蓄を取り崩すことによりその生活資金を賄うとするライフサイクルモデルによる説明が考えられる。すなわち、1970年代半ばから1980年代までの家計貯蓄率の一貫した低下傾向は、高齢化の急速な進展といった人口構成の変化がマクロの家計貯蓄率の低下の大きな要因となっているものとする考え方である。 | |||||||||||||||
3) | 1990年代以降 しかしながら、我が国の家計貯蓄率は、高齢化は引き続き進展しているにもかかわらず、1990年代に入ってからは、その低下傾向に歯止めがかかり、概ね横ばいに推移している。 その理由としては、1990年代以降も、高齢化の進展による家計貯蓄率の低下傾向は基調としては存在する一方で、家計の将来への不安の高まりといった人口構成の変化以外の要因が貯蓄率を押し上げ、結果として横ばい傾向を示しているのではないかと考えられる。 | |||||||||||||||
| ||||||||||||||||
1990年代以降に家計がこのような不安を高めた要因としては、景気変動と関連する所得不安、資産減価、雇用不安等が大きな影響を及ぼした可能性が考えられる。 例えば、家計の可処分所得の伸びと消費の伸びの関係(資料1-3)、また、キャピタルゲインの可処分所得に占める割合と消費の伸びの関係(資料1-4)を見ると、ともに関連した動きが見られることから、90年代以降の可処分所得の低迷や地価の下落等によるキャピタルロスの存在が、消費を抑制し、家計貯蓄率を下げ止めている要因の1つであるとの指摘がある。 また、失業率の動向を見ると、我が国の失業率は、90年代に入り急速に上昇しており、既存の研究(日本銀行調査月報掲載論文「90年代入り後も日本の家計貯蓄率はなぜ高いのか」1999年4月)では、こうした雇用不安が特に中高年層の不安感を高め、家計貯蓄率を押し上げている要因となっているとの分析がなされている。 |
(3 | )我が国の今後の家計貯蓄率に影響を与える要因 仮に90年代以降の家計貯蓄率の横ばい傾向が、こうした景気変動に関連する要因のみによるものであるとすれば、経済が本格的な回復軌道に乗れば、家計貯蓄率は、高齢化の進展を受け、再び低下傾向を示すことが考えられる。 しかしながら、家計による将来の所得や支出に対する予測等に影響を及ぼすものは、こうした景気変動要因に限らず、それ以外のいわば構造的な要因が無視できない影響を及ぼしている可能性もある。仮にそのような構造的要因が影響を及ぼしているとすれば、経済が本格的な回復基調に乗ったとしても、今後の家計貯蓄率は、1980年代のような高齢化等の要因による低下傾向を示すということにはならない可能性がある。例えば、上記の研究においても、公的年金制度に対する不安や介護リスクに対する不安が90年代以降の家計貯蓄率を高める要因となっているのではないかとの分析がされている。 このような家計貯蓄率に影響を与えると考えられる構造的な要因としては、どのようなものがあるのか、そして、それらが今後の家計貯蓄率にどのような影響を及ぼすのかについては、第2章において詳しく検討することとしたい。 |
(1 | )家計による金融資産選択行動の現状とその特徴 | |||
1) | 概観 まず、我が国の家計部門による金融資産選択行動の特徴について概観してみる。我が国家計の金融資産の総額は、日本銀行の資金循環統計によると、平成12年末現在で約1,390兆円となっており、着実に増加している(資料1-5)。 (注)負債額については、平成12年末で約384兆円存在する(資料1-6)。 | |||
また、我が国の家計の金融資産構成は、安全資産である現金・預貯金の占める割合が約55%と高いことが最大の特徴として挙げられる(資料1-7)。 時系列的に見ると、昭和40年の証券不況前後で株式・株式投資信託のシェアが急落した後は、株式は8%程度、株式投資信託は1%程度で推移し、バブル期に一時的に、株式・株式投資信託の割合は高まったものの(平成元年で株式17.8%、株式投資信託3.4%)、バブル崩壊後は、バブル期前とほぼ変わらない姿となっている(資料1-8)。 | ||||
2) | 諸外国との比較における特徴 諸外国との比較で見てみても、我が国の金融資産構成に占める現金・預金等の安全資産の割合が高いことがわかる(資料1-9)。 各国の特徴としては、アメリカ、フランスにおいては、株式や投資信託の保有シェアが高く、両者の合計で50%弱程度となっている。また、ドイツについては、以前は我が国と同様、現金・預金等の安全資産の占める割合が高かったが、現在は、株式の保有シェアは我が国を若干上回る程度であるものの、投資信託の保有シェアは10%程度と大幅に上回る水準となっている(このようなドイツにおける変化及びその要因については、26頁・BOX2参照)。 また、リスク資産の保有形態として、株式等を直接保有する場合と投資信託により間接的に保有する場合があるが、各国別の特徴をみると、間接的な保有はアメリカ、イギリス、フランスにおいては20%程度、ドイツでは約28%であるのに対し、我が国では約15%と低くなっている(資料1-10)。 | |||
3) | 年齢階層別の特徴 年齢階層別の特徴を見てみると、年齢階層が上がるにつれ、1世帯あたりの金融資産額は大きくなっていることが分かる(資料1-11)。また、個人金融資産の年齢階級別のシェアをみると、全世帯の35.9%を占める60歳以上の高齢者世帯が、金融資産の53.1%を保有しており(負債を差し引いたネット(純貯蓄)でみた場合には、69.3%を占める)、高齢者世帯が高いシェアを占めている(資料1-12)。 年齢階層別の金融資産構成比の特徴としては、高齢者世帯では、金融資産を老後の生活資金と考えるため、金融資産選択行動は本来、元本保証・短期運用に傾きがちであるものの(資料1-13)、有価証券等のリスク資産の保有シェアは若年世帯に比べて高くなっている(資料1-14)。また、当該資産を保有している世帯の全世帯に対する割合(以下「保有率」という。)で見ても、年齢階層があがるにつれ、株式、株式投資信託、債券等の保有率が高まってくることが分かる(資料1-15)。 これらの要因については、高齢者の方が若年者よりも資産額が大きいことのほか、高齢者がライフサイクルモデルではなく、将来世代まで視野に入れた消費・貯蓄計画をたてるというダイナスティモデルに基づき資産運用を行っているという説明が考えられる。ただし、ダイナスティモデルが日本において成立するか否かについては、ライフサイクルモデルの妥当性と同様、今のところ学界での見解は一致していない。 | |||
4) | 貯蓄階級別の特徴 貯蓄階級別の特徴を見てみると、まず、保有する金融資産の額が多くなるにつれ、リスク資産の保有シェアは高くなる傾向がわかる(資料1-16)。 また、貯蓄階級別にみた貯蓄総額に占める累積シェアをみると、例えば、金融資産額が2000万円以上の世帯(全世帯の約3割程度)だけで、全個人金融資産額の約7割を保有していることがわかる(資料1-17)。 このため、今後の家計の金融資産選択行動の大きな流れを探るにあたっては、ある程度の金融資産を保有している世帯がどのような選択をするのかが重要な要因であるといえる。 さらに、3)の年齢階層との関係もあわせて見てみると、若年者層では資産形成がまだ十分に進んでおらず、低位の貯蓄階層に多くの世帯が分布している一方、高齢者層では、低貯蓄者層も相当数存在するものの、若年者層と比較して、高貯蓄者層の割合も非常に高く、高齢者間の資産格差は大きくなっている(資料1-18)。(高齢者の経済実態についてはBOX1参照) | |||
| ||||
5) | 地域別の特徴 地域別の特徴を見てみると、全国平均に比して、大都市圏の家計は、概して、リスク資産の保有シェアは高い傾向にある(資料1-20)。 これは、大都市圏では、全国平均に比して、貯蓄額が高いこと、証券会社の店舗網が整備されていること等が影響しているのではないかと考えられる。 | |||
| ||||
6) | 家計の意識の特徴 アンケート調査等をもとに、金融資産選択行動における家計部門の意識の特徴を分析すると、今後保有したい金融商品としては預貯金を挙げる世帯の割合が非常に高く、株式や株式投資信託等、リスク資産を保有したいという世帯の割合は、増加傾向にあるものの、その水準は低い。平均的に見れば、安全資産志向が依然根強いと言える(資料1-21)。 次に、金融商品の選択基準については、これまで、「元本が保証されているから」、「取扱金融機関が信用できて安心だから」といった安全性を重視するウェイトが一貫して高まってきたが、近年頭打ち傾向が見られ、「利回りがよいから」、「将来の値上がりが期待できるから」といった収益性を重視するウェイトが徐々に高まりつつある。現時点では、安全性を重視する世帯が非常に多いものの、収益性も重視する姿勢への変化の兆しが見られる(資料1-22)。 一方、金融資産の保有額別に金融資産選択行動の特徴を見てみると、まず、今後保有したい金融商品については、全体的に安全資産志向は高いものの、高資産層ほどリスク資産を保有したいという世帯の割合は高く(資料1-23)、また、金融商品選択時に手間をかけて検討をしたいとする世帯の割合、金融商品を選択するためにいろいろと調べることは楽しいとする世帯の割合等が増加する傾向にある(資料1-24)。このように、高資産層ほど多様な金融資産選択を行おうとする意識が高いと考えられる。 |
(2 | )安全資産の占める割合が高い金融資産構成となっている背景 次に、我が国の家計部門の金融資産選択において、預貯金等の安全資産の占める割合が高くなっている原因としてはどのようなものが考えられるのか、金融サービスの需要側及び供給側双方から、その要因について考えてみたい。 | ||
1) | 需要側の要因 | ||
(ア | )住宅等の実物資産との関係 我が国家計の資産形成を実物資産と金融資産をあわせて見た場合の特徴として、実物資産の占める割合が高いことが挙げられる(資料1-25)。 一般的に、住宅等の実物資産は金融資産に比べ、換金性が低く、分割処分が困難であること等から、長期投資に適していると考えられる。家計資産の適正なポートフォリオという面から見ると、長期投資を行う一方で、一定の流動性を確保する必要があるが、我が国の家計は、主に実物資産によって多額の長期投資を行っているため、金融資産については、長期投資に適した株式や株式投資信託等に振り向ける余裕はなく、より流動性の高い預貯金等で保有しようとするインセンティブが働いていたのではないかとの指摘がある。 すなわち、バブル崩壊までの間は、我が国の地価は長期的に見れば上昇を続けており、長期投資の対象としては、不動産への投資は良好なパフォーマンスを示していたと考えられることから、不動産により長期投資を行い、預貯金で流動性を確保するという我が国家計の投資スタンスは、合理的な投資方法であったのではないかとの考え方である。 また、住宅を保有するために家計が負債を負う可能性が高いが、この場合、確実に負債を返済していくためには、元本割れの危険があるリスク資産の保有に対して回避的となり、預貯金等を積極的に保有するインセンティブが働くという面も考えられる。 | ||
(イ | )年齢階層と投資余力との関係 年齢階層別の金融資産の保有額については、(1)3)で見たとおり、我が国においては、若年者層の保有割合はストックで見て小さいことから、リスク資産への投資余力も小さいと考えられる。 また、フローで見ても、教育関係費や住宅関係費などの経費も考慮すると、若年者層の1人あたりの資金余剰額は必ずしも高くなく、金融資産残高が低い状況では預貯金等の安全資産の積み増しも必要であることを考えると、リスク資産への投資余力は小さいと考えられる。 これに対して高齢者層は、全体としては高い水準の金融資産の額を保有しているが、高齢者は本来的には将来へ向けて積極的に資産運用をする必要性は乏しいことから、安全資産で運用することが合理的であると考えられる。 すなわち、一般的には、将来を見据えた資産運用を行うためにリスク資産への投資に適している若年者にリスク資産に振り向けるだけの投資余力がなく、逆にリスク資産への投資インセンティブが低い高齢者の資産保有額が大きいということが、全体として、我が国家計の金融資産構成におけるリスク資産の比率が低い要因の1つとなっている可能性がある。 |
(ウ | )雇用・賃金システムとの関係 年功序列型の賃金体系は、教育費などのライフサイクルに伴う出費の増加に対して、ある程度適合する形となっており(資料1-30)、また、退職一時金や確定給付型の年金等は、老後の生活のための資金の自己責任による準備の必要性を相対的に低くすると考えられる。 すなわち、このような慣行や制度は、収入と支出のタイミングのズレを解消する方向に働いてきたと考えられる。こうした慣行や制度の下では、将来のインフレによる資産の目減りや、ライフサイクルに伴う資金過不足への備えを個人が自己責任で行う必要性が高くなく、そのため積極的な資金運用を行うインセンティブが乏しかったのではないかと考えられる。 | |||
(エ | )金融商品や投資方法に対する知識不足 アンケート調査によれば、株式や投信を購入しない理由として「知識が不十分」を挙げる世帯の割合が多い。また、株式投資に関する理解度についても「殆ど知らない」、「あまり詳しく知らない」とする世帯の割合が8割弱に及ぶ(資料1-31)。 また、別のアンケート調査でも、「金融商品について知識がほとんどないと思う」と考えている世帯が半数以上にのぼり、さらに、「いろいろな金融商品の探し方を知らない」世帯も約6割となっている(資料1-32)。 ただし、家計の金融に関する情報ニーズは高く、改善して欲しいと考えている金融サービスとして、「新しい貯蓄商品やサービスの内容を、もっとわかり易く説明してほしい」、「金融や税金など暮らしに密着した情報を幅広く提供してほしい」等を挙げる世帯の割合も比較的高くなっている(資料1-33)。 すなわち、我が国家計は、新しい金融商品に関するわかりやすい情報を求めているものの、十分に入手することができておらず(あるいは入手のための努力が十分ではないことから)、リスク商品に関する知識不足を認識していることが分かる。こうした金融資産投資に必要な情報の不足が、家計の金融資産選択の幅を狭め、リスクに関する情報をあまり必要としない預貯金等の選択を促している可能性も考えられる。 また、リスク性の高い金融資産で運用を行う場合、短期的には価格が変動する商品であっても、分散投資を行いつつ長期に運用することにより、リスクを抑制しつつ一定のリターンを得ることが可能となることや、海外資産も含めたリスク資産への投資は、むしろインフレリスクや為替リスクをヘッジできる効果もあるが、こうしたいわゆる長期分散投資によるリスク軽減の投資方法について、我が国国民はあまり認識がなかったのではないかとの指摘がある。 | |||
| ||||
家計がリスク資産を適切にバランスシートに取り込むためには、こうした長期分散投資の効果を十分に活用してリスクをマネージメントしていく必要があるが、我が国の投資信託市場では、短期の売買が依然として多いとの指摘もあり、このような効果に対する認識が家計部門には十分浸透していないのではないかと考えられる。 リスク資産の運用にあたって、短期売買によりキャピタルゲインを狙うという投資スタンスでは、リスク許容度が極めて高い一部の高資産層を除き、平均的な家計にとってはリスク商品の運用は本来想定している以上にリスクが高いものとなってしまい、広く家計がリスク資産を保有することにはならないと考えられる。 なお、これらに関連し、このような株式投資の方法等に対する家計の知識不足の一因としては、我が国では、学校教育も含めた投資家教育が十分ではないことが考えられるとの指摘もあった。 | ||||
(オ | )預貯金は「完全な安全資産」であるという国民の認識 家計は、本来であれば、リスクとは無縁であり得ないはずの金融商品に関して、預貯金については、全くのゼロリスクで一定のリターンを得られる商品と認識し、このため、家計の合理的な選択の結果として、「安全資産」たる預貯金の比重を高めたのではないかという指摘がある。 銀行の預金については、ペイオフを前提と考えれば一定額以上の預金については元本保証の安全資産ではないことは言うまでもないが、そもそも、銀行破綻に備える預金保険制度の考え方は、銀行ひいては銀行への預金者が、預金に関するリスクに対して預金保険料というかたちで事前に備えておく制度であると考えれば、銀行預金が「完全な安全資産」との認識は、本来的には正確ではない。 しかしながら、現実には、ペイオフはこれまで実施されてこなかったことに加え、これまでの預金保険料の不足分についても、公的資金の投入によって対応されてきたことから、家計は、リスクに見合うコストを負担しているとの認識を欠いてきたと考えられる。 また、郵便貯金についても、公的な保証が背景にあるとして、家計は「安全資産」と認識していると考えられる。 | |||
| ||||
こうした結果として、リスクとリターンのトレードオフの関係の中から預貯金等の安全資産とリスク資産との最適な資産構成を選択するという投資行動にはつながらなかったのではないかとの指摘があり、このような事情は我が国固有の事情を反映していると考えられる。 | ||||
| ||||
2) | 供給側の要因 | |||
(ア | )金融サービス提供者に係る規制の存在 これまでの我が国の金融サービス提供体制については、従来は、種々の規制の存在等もあり、金融サービス提供者間の競争が十分に働いていない、顧客のニーズに最適な商品の提供が妨げられている、金融取引にかかるコストが高い等により、顧客にとって魅力的な商品が不足していたのではないか、といった問題が指摘されてきた。 また、金融サービスの提供チャネルが、必ずしも顧客の利便性にかなったものとなっておらず、多様な商品の顧客への円滑な供給という面でも問題があったのではないかとの指摘もなされてきた。 このような金融サービス提供体制における問題点も、我が国家計の金融資産構成の多様化への制約要因となっていたと考えられる。 | |||
(イ | )収益性の問題 日本、アメリカ、ドイツにおける株式投資収益率の動きを見てみると、我が国の株式投資収益率については、配当利回りはアメリカ、ドイツと比較して一貫して低いものの、キャピタルゲインも含めた総投資利回りについては、80年代まではアメリカ等と比較しても、それほど低くはなかった(資料1-35)。しかしながら、90年代に入ると、我が国の総投資利回りについても、アメリカと比較して劣位であることが分かる(資料1-36)。こうしたことが、少なくとも90年代以降の家計の金融資産選択行動に大きな制約要因となったことが否めないとの見方がある。 これは(ア)で示した金融サービス提供側の要因に加え、いわゆる株式持ち合いの慣行により、株主が必ずしも高いリターンを求めておらず、企業として株式の収益性を高めて投資家をひきつける必要性に乏しかったことから、株式や株式投信等が魅力的な投資対象となっていなかったということや、資産運用を行うファンドマネージャーが日本においてはそれほど高いリターンを実現できていなかったということが理由として考えられるとの指摘があった。 | |||
|