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家計の貯蓄率と金融資産選択行動の変化及びそれらの我が国の資金の流れへの影響について(報告書・概要)

家計の貯蓄率と金融資産選択行動の変化及びそれらの
我が国の資金の流れへの影響について(報告書・概要)


 


 はじめに ~基本的な問題意識~

 我が国の資金の流れにおいては、家計部門が戦後一貫して高い貯蓄率を維持し、高度経済成長期における法人企業部門の高い設備投資や安定成長期における公的部門の赤字をファイナンスする源泉としての役割を果たしてきた。
 21世紀を迎え、少子高齢化の進展、金融システム改革の進展、社会保障制度のあり方、情報技術の革新等、経済・社会の構造が大きく変容する中で、我が国の資金の流れを巡る環境も大きく変化しており、今後、家計部門からの資金の流れの構造にも変化が生じることが予想される。
 本研究会では、21世紀における、1) 家計貯蓄率の今後の動向、2) 家計による金融資産選択行動の今後の変化、等について検討を行ってきた。本報告書は、本研究会での議論を盛り込みつつ、これまでの家計を巡る様々な調査・研究成果の整理を図り、今後の家計部門の動向と、それが我が国の資金の流れに及ぼす影響について考察を試みたところである。

II 我が国の家計貯蓄率と金融資産選択行動の現状


.我が国の家計貯蓄率の推移
 国民所得統計(SNA)に基づいて我が国の戦後の家計貯蓄率の推移をみると、1970年代半ばまでは一貫して上昇した後、1970年代半ばから1980年代までは一貫して低下、さらに1990年代以降は概ね横ばいと、大きく3つの局面に分けることができる。


.家計の金融資産選択行動の現状
(1)家計の金融資産選択行動の現状とその特徴
1) 預貯金等の安全資産の占める割合が高い。(cf.諸外国)
2) 高齢者世帯の金融資産の保有シェアが大きい。
3) 高貯蓄者世帯に金融資産が集中している。
4) 大都市圏の家計はリスク資産の保有シェアが大きい。
5) 家計の意識として、安全資産への志向が根強い。

(2

)安全資産の割合が高い金融資産構成となっている背景
 我が国の家計部門の金融資産選択において、預貯金等の安全資産の占める割合が高くなっている要因としては、次のようなことが考えられる。
1) 住宅等の実物資産との関係
 我が国の家計は、住宅等の実物資産に対して長期投資を行う一方、預貯金等で流動性を確保するという投資スタンスであったのではないか。
2) 年齢階層と投資余力との関係
 本来リスク資産への投資に適している若年者の投資余力が小さい一方、リスク資産への投資インセンティブが低い高齢者の資産保有額が大きくなっており、全体としてリスク資産の比率が低くなっているではないか。
3) 雇用・賃金システムとの関係
 年功序列型の賃金体系、退職一時金、確定給付型年金の存在等は、ライフサイクルに伴う収入と支出のズレを解消する方向に働き、個人が自己責任で積極的な資産運用をする必要性が乏しかったのではないか。
4) 金融商品や投資方法に対する知識不足
 我が国の家計は、リスク商品に関する知識が不足しており、そのため、リスクに関する情報をあまり必要としない安全資産を選択していたのではないか。また、リスク商品に投資する場合における長期分散投資の有効性について認識が不足していたのではないか。
5) 預貯金は「完全な安全資産」であるという国民の認識
 銀行預金については、これまでペイオフが実施されていないこと、郵便貯金については公的な保証が背景にあることから、ともに「完全な安全資産」と認識されており、この結果として、リスクとリターンのトレードオフの関係の中から安全資産とリスク資産との最適な資産構成を選択するという投資行動につながらなかったのではないか。
6) 金融サービス提供者に係る規制の存在
 従来は種々の規制の存在等もあり、顧客にとって魅力的な金融商品が不足していたのではないか。また、金融商品の販売チャネルが不十分で顧客への商品の円滑な供給に問題があったのではないか。
7) 収益性の問題
 株式持合の慣行などにより、株式の収益性が低く、株式や株式投資信託等のリスク資産が投資対象として魅力的なものではなかったのではないか。

III

 家計貯蓄率及び家計の金融資産選択行動の動向に影響を与える要因


.高齢化が与える影響
(1)家計貯蓄率に与える影響
 高齢化の進展は家計貯蓄率の低下要因となると考えられるが、既存の研究などを踏まえると、その影響は、高齢者の貯蓄率がマイナスとなるといった純粋なライフサイクル仮説から想定されるような低下に比べれば、緩やかなものとなるのではないかと考えられる。

(2

)家計の金融資産選択行動に与える影響
 我が国においては、金融資産の多くの割合を高齢者が保有しており、高齢化の更なる進展によっては、ますますこうした傾向は高まることが考えられる。こうした経済のいわゆるストック化の進展は、平均的にみて家計のリスク許容度を高め、リスク負担能力という面からは、リスク資産の保有シェアを増加させる可能性がある。また、最近の高齢者の中には、金融資産選択に対しても積極的な層が現れているとの指摘もある。


.社会保障制度のあり方が与える影響
(1)家計貯蓄率に与える影響
1) 公的年金制度が与える影響
 公的年金制度については、一般的には、年金の支給年齢の引上げや給付額の切下げ等の見直しにより、家計貯蓄率を引き上げ、老後の生活資金確保にかかる自助努力を強める要因として働くと考えられる。
 一方、近年、公的年金制度の見直しの必要性等に関する議論が、世間に広く認識され始めており、家計が将来の年金給付や保険料負担の水準に対する不確実性の高まりから貯蓄性向を高めているという指摘がある。こうした面に着目した場合、必要な制度の見直しを行うことにより、年金制度の持続可能性が確保されることが、家計の安心感につながり、家計貯蓄率の低下につながるとも考えられる。
2) 医療・介護のリスクが与える影響
 介護リスクについては、介護が必要となった場合の費用は、家計にとって非常に大きなものとなる可能性があるといった不確実性の問題から、家計貯蓄率を引き上げる要因となると考えられるが、昨年導入された公的介護保険制度が定着することにより、そのような不確実性は相当程度減少すると考えられる。
 また、疾病リスクについても、現在、各医療保険者の財政状況は非常に厳しく、家計は公的医療保険制度の持続可能性に対する不安から、貯蓄性向を高めている可能性があるが、例えば、政府・与党社会保障改革協議会がとりまとめた社会保障改革大綱などに示されるような考え方に沿って、今後、具体的に制度に対する不確実性が除去されるような見直しが行われることが明らかになった場合には、家計貯蓄率が低下することも考えられる。

(2

)家計の金融資産選択行動に与える影響
 社会保障制度のあり方については、例えば、公的年金制度の見直しにより、今後、私的な年金制度や個人による長期の資産運用の重要性が高まってくることが考えられる。
 また、現在検討されている確定拠出型年金の導入は、家計の投資信託に対する学習効果や投資家教育の充実が期待できることから、これが投資信託等のリスク資産へのシフトのきっかけとなることが考えられる。


.雇用・賃金システムの変化が与える影響
(1)家計貯蓄率に与える影響
 経済の構造改革が進む中で、従来の年功序列型の賃金システムや終身雇用といった雇用システムに変化の兆しが見られるが、こうした変化は家計の不確実性を高め、家計貯蓄率の引き上げ要因となる可能性がある。これに対し、政府が雇用を巡る変化に対応したシステムの構築に取り組んでおり、家計の不確実性はある程度解消されることが期待される。

(2

)家計の金融資産選択行動に与える影響
 雇用・賃金システムの変化が更に進んだ場合、将来の支出を見据えた自立的で戦略的な資産形成の必要性の高まりや、若年者でも積極的な金融資産投資を行う余力を持つ層の出現等により、リスク資産へのシフトが進むことが考えられる。


.少子化に伴う影響(持家の相続・贈与の機会の増加等による影響等)
(1)家計貯蓄率に与える影響
 家計の貯蓄目的として、「住宅取得のため」という理由が大きな割合を占めているが、今後は、少子化の進展に伴い、相続・贈与により住宅を取得する機会が増大することが考えられることや、世帯数の増加率が減少していくことなどから考えると、住宅取得のための費用負担は平均でみて減少していく可能性があり、家計貯蓄率を引き下げる要因となることが考えられる。

(2

)家計の金融資産選択行動に与える影響
 少子化の進展等に伴い、住宅取得のための費用負担が減少することにより、家計が住宅投資のために負う負担が減少することなどから、金融資産をリスク資産で持つ可能性が高くなることが考えられる。


.金融システム改革が家計の金融資産選択行動に与える影響
 金融システム改革の進展により、競争の促進、手数料の低下、サービス提供チャネルの多様化、顧客のニーズに合致したサービスの多様化等が進むと考えられるが、こうした金融サービスの提供側における改革や変化は、家計の金融資産選択行動が多様化していくきっかけとなることが考えられる。


.内外資本取引の自由化が家計の金融資産選択行動に与える影響
 金融システム改革のフロントランナーとして行われた外為法改正により、内外資本取引の原則自由化や外国為替業務の完全自由化等が行われ、家計が自由に海外預金やクロスボーダーの証券取引等を行うことができるようになった。海外金融資産への自由なアクセスが確保されている状況の下、その間接的な効果や家計の外貨建て資産への選好の高まりもあって、家計の保有する外貨預金や外貨建てMMFの残高が最近伸びているが、今後は、こうした家計による海外資産への投資が更に促される方向に動くのではないかと考えられる。


.情報通信技術の革新が家計の金融資産選択行動に与える影響
 情報通信技術の革新は、サービスの提供手段の多様化、情報の収集や提供コストの低下等をもたらしているが、金融分野においても、これらを活用した新たな金融サービスの提供が進むことや、家計が金融資産投資に関する情報を容易に得られるようになることなどによって、金融資産選択行動の多様化が進むことが考えられる。


.投資家教育への取り組みが家計の金融資産選択行動に与える影響
 投資家教育の充実は、広く家計がリスク資産に投資を行うようになるための基礎的な条件であると考えられるが、今後、投資家教育への取り組みにより、家計が長期分散投資等によりリスクをマネージしつつポートフォリオに組み込んでいくという姿が定着すれば、我が国家計の金融資産選択行動もリスク資産にシフトしていくことが考えられる。


.ペイオフの解禁が家計の金融資産選択行動に与える影響
 ペイオフが解禁されれば、金融商品そのものの安全性・収益性のみに依拠する資産選択行動から、複数の金融機関・金融商品への資産の分散といったように、ポートフォリオ全体の安全性・収益性を高める行動がより本格化することが考えられるが、このようなポートフォリオの多様化の一環として、リスク資産への投資も進む可能性も考えられる。

IV

 今後の家計貯蓄率及び家計の金融資産選択行動の変化とそれが我が国の資金の流れに及ぼす影響に対する展望


.家計貯蓄率の今後の動向
 家計貯蓄率の今後の動向については、様々な要因に左右されることになるため、相当幅をもって捉える必要があるが、高齢化の影響や、社会保障制度の見直しの方向性等、これまでの分析を総合的に勘案すると、中長期的にみれば低下していく傾向は否定できないのではないかと考えられる。


.家計の金融資産選択行動の今後の動向及び留意点
(1)家計の金融資産選択行動の今後の動向
 今後の家計の金融資産選択行動は、全体として、多様な種類の資産構成へと変化していく可能性が見てとれる。
 ただし、こうした動きが本格的なものとなるためには、株式や投資信託等のリスク資産の収益性の向上等、投資対象としての魅力が高まることが前提となるため、企業金融・企業経営等の見直しを通じ、企業の価値の向上への取組みが行われることが必要である。

(2

)家計の金融資産選択行動の変化にあたっての留意点
 家計の金融資産選択の多様化に向けた動きを円滑かつ確実に進めるためには、リスクの所在等についての情報が家計に十分提供されるとともに、その情報が正確に理解される環境の整備が求められ、こうした観点から、金融機関によるディスクロージャーの一層の充実、個人でも比較検討が可能なような金融商品に関するわかりやすい情報提供の促進、投資家教育の推進等が重要である。


.資金の流れに及ぼす影響
(1)公的部門との関連
 家計部門の貯蓄率が今後中長期的には減少傾向を示すと考えた場合、公的部門による資金調達に一定の制約要件となる可能性がある。
 また、家計の金融資産選択の多様化への動きも、国債の管理という面に影響を与える可能性があり(個人資産の海外流出、預貯金等を通じた間接的な国債保有ルートの先細り等)、こうした家計の金融資産選択行動の大きな変化の方向を見据えつつ、国債の管理政策、新規発行政策も適宜見直しを行っていくことが必要となる。

(2

)法人企業部門との関連
 家計の金融選択行動に多様化へ向けた動きが見られることは、昨年の企業部門に関する報告書において指摘された、企業の成長段階に応じた資金ニーズ等に対応した資金ファイナンスの必要性への対応という課題に対して、今後、家計がその資金提供主体として応えていくことができる可能性を示唆している。
 これまでの我が国の金融システムはいわゆる間接金融が中心となっており、資産運用等に伴うリスクの大半が金融仲介機関に集中する仕組みであったが、近年の経済社会の急速な変化等によりリスクが多様化・複雑化してきており、このようなシステムでは効率的かつ適正な資源配分を実現することが困難になってきたのではないかと考えられる。
 こうした意味で、家計の金融資産選択行動が多様化の方向に向かうことは、企業の資金調達において、資金やリスクの効率的かつ適正な配分につながることにより、経済全体に対しても良い影響を与えることが期待される。

(3

)海外部門との関連
 家計の金融資産選択行動の多様化が進むことに伴い、海外金融資産への自由なアクセスが確保されている状況の下、我が国家計からの資金が外国へ流出することが予想されるが、こうした前提のうえで、今後、公的部門や法人企業部門に対する必要な資金のファイナンスを十分に確保していくためには、こうした資金流出分を補完するような海外からの資金の流入が必要となってくる。
 そのためには、海外の投資家に対して、我が国の金融資本市場をより魅力あるものとするとともに、金融商品の価値を高めることが必要であり、そのための一層の企業努力、また市場環境の整備が求められる。


.今後の政策立案にあたって
 本報告書によって、我が国の資金循環に占める公的部門、企業部門、家計部門のそれぞれの位置付け、今後の動向等について、本研究会として、限られた角度からではあるものの、一定の検討を行ったこととなる。今後の我が国の政策決定にあたっては、本研究会において分析した各部門における課題等を踏まえたうえで、これらの各部門内にとどまらず、我が国の資金が全体として効率的に活用されるよう、資金の循環全体を俯瞰した形で、対応を考えていくことが必要であると考える。

(以 上)