このページの本文へ移動

21世紀に向けた円の国際化(本体)

 


外国為替等審議会答申

 

21世紀に向けた円の国際化
-世界の経済・金融情勢の変化と日本の対応-

 

 円の国際化については、昭和60年(1985年)3月の外国為替等審議会(以下、外為審と言う)の答申において積極的に進めるとの考え方が示され、国内金融・資本市場の規制緩和、自由化措置と並行して、非居住者にとっての円の使い勝手を良くするためのユーロ円市場の育成、東京オフショア市場の創設等が行われてきた。
 しかしながら、円の国際化の現状を見ると、日本の経済規模等に比較し必ずしも十分な円の国際化が進んでいるとは言えず、むしろ最近については後退していると思われる面もある。他方、日本を巡る最近の世界の経済・金融情勢を見てみると、ドルへの過度の依存がその原因の一つと考えられるアジア通貨危機の発生や、ドル一極の国際通貨体制に大きな影響を与える可能性を含んだユーロの登場に見られるように円の役割を再検討すべき出来事が生じてきており、また、日本においてもいわゆる「ビッグバン」により金融・資本市場の抜本的自由化が進められ東京市場をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際金融市場として育成しようとしている。
 このような内外の経済・金融情勢の変化の中で、円の国際的役割を高めていくこと、そのためには日本として何をなすべきかが、21世紀を目前に控え、改めて今日的課題として問われている。

I.円の国際化の現状と最近における内外経済情勢の変化<何故、今円の国際化か>

  1. 円の国際化の現状とその背景

(1)

 現状
 円の国際化とは、日本のクロスボーダーの取引及び海外での取引における円の使用割合あるいは非居住者の資産保有における円建て比率が高まっていくことであり、具体的には、国際通貨制度における円の役割の上昇、及び経常取引、資本取引、外貨準備等における円のウェイトの上昇と考えられる。
 円の国際化の現状を、これらの各側面について整理すると、以下に見るように、日本経済の世界におけるウェイトが約14%に達し(97年)、日本が世界最大の純債権国である等の状況にかんがみると、必ずしも十分な状況にあるとは言えない。

(イ)

 まず、貿易取引面での円の使われ方を見ると、日本の輸出の円建て比率は過去数年35%程度でほぼ横ばいであり、ドル建て取引が過半を占めている。また、輸入について見ると、本邦企業の海外投資が増加し製品輸入が増加したことを受けて徐々に増加しているものの、97年においても20%強である。主要先進国に比べいずれもかなり低い状況にとどまっている。更に、世界貿易全体における使用通貨建ての状況を見ると、ドル建てが大半であり、円建て比率は5%と、日本の貿易が世界全体の貿易に占めるシェア7%に比べても低い水準にとどまっている。

(ロ)

 資本取引面について見ても、97年の国際債の発行に占める円の割合は4.5%にすぎず、94年当時には13%を超えるシェアを占めていた状況から比べると最近ではむしろそのウェイトを低下させている。本邦銀行の対外貸付残高における円建て比率も90年代を通じておおむね20%前後の推移にとどまっている。

(ハ)

 外国為替市場における通貨別取引比率を見ると、98年4月の全世界外為取引に占めるドルを対価とした取引のシェアが87%と、ドルを対価とした取引が中心である。これに対し、円を対価とした取引のシェアは21%で独マルクの30%に次いで第3位であるが、円のシェアはこの10年でむしろ低下している(89年は27%)。

(ニ)

 また、円の資産通貨としての役割の観点から、銀行の外貨建てクロスボーダー債務残高における通貨別シェアを見ると(98年6月末)、米ドル47%、独マルク13%に対し円は6%にすぎない。

(ホ)

 円の国際通貨としての使われ方の公的側面を見ても、米ドル、独マルク、仏フラン等はペッグの基準通貨として採用されているが、円を基準通貨として採用している国はない。準備通貨としても、97年末時点での円のシェアは約5%で、90年代初めに比べるとむしろそのシェアを下げている。


(2)


 背景
 80年代後半には、日本における金融・資本市場の自由化の進展や好調な経済により、円に対する国際的な信認が高まり、円の国際的使用も一時的に上昇した。しかし、90年代に入りバブルの崩壊、それに伴う日本経済の低成長を背景に、円の役割は停滞、あるいは準備通貨における円のシェアに見られるように低下した。
 他方、冷戦構造の崩壊後国際政治面で米国の影響力が突出するようになるとともに、米国経済も先端産業に引っ張られる形で他地域をリードするようになり、片やドルの利便性が高いこともあって、ドルの使用割合は近年むしろ上昇するようになる。
 円の国際化が90年代に入って進んでこなかった背景について、特に貿易取引および資本取引について分析してみると、以下の点が指摘できよう。

1

貿易取引

.貿易における建値通貨は、市場競争力や国際商品市場における建値通貨、及び貿易構造等により左右されるが、日本の貿易取引においては、(イ)国際的にドル建てで取引される原材料(主として原油等エネルギー)の輸入に占める割合が高い、(ロ)海外子会社との取引において日本の本社が為替リスクを負担する傾向にある、等の点が指摘される。

.更に、日本との経済的結びつきが強いアジアとの貿易、特に輸入において円建て比率が高くないのは、以上の状況に加え、(イ)円とアジア通貨間の為替市場が成熟しておらず円の使い勝手が悪いこと、(ロ)これまで多くのアジア諸国の通貨がドルとリンクしていたため円の対アジア通貨レートが不安定であったこと、も影響していたと言われる。

2資本取引
.80年代後半以降の金融・資本市場の規制緩和は、当時日本の金融・資本市場の規制緩和が緒についたばかりであり、国内金融・資本市場に対する影響への配慮から慎重に進められた。そうした状況の下、90年代に円の国際化が停滞した一因として、クロスボーダーの資本取引に対する規制が最近に至るまで残った、非居住者が円資産を運用する手段に制約があった、及び非居住者に関する税制等の環境整備が十分でなかった、との指摘もなされていた。(これらについては、後述するように、98年4月からの改正外為法の施行、99年度税制改正等により大幅な改善が行われた。)
.また、(イ)経常取引における円建て化が進まないことからそもそも円建て借入ニーズが低いこと、(ロ)ドル・円先物スワップ市場が発展しておりドル建てでビジネスを行うことにこれまで殊更大きな制約がなかったこと、等も邦銀の円建て対外貸付が進まない背景として指摘される。
  1. 最近の内外経済情勢の変化
     このような円の国際化の現状の一方で、最近においては次のような円をめぐる新たな内外の変化が生じてきており、円の国際化を今後如何に進めていくかは喫緊の課題になっている。

(1)

 アジア通貨危機の発生
1 アジアの多くの国では、これまで程度に差はあれ実質ドル・リンクの下で為替の安定を図ってきた。しかし、各国の貿易・投資相手先の実態にかかわらず通貨をドルへリンクすることのリスクが、一昨年来のアジア通貨危機において一挙に顕在化した。
2 アジア諸国の中には、通貨危機の中で、実質的なドル・リンクから離脱するところが相次ぎ、多くの国がフロートするに至っているが、今後経済状況が安定していくにつれ、これらの国も将来の新たな通貨制度を模索していくことが考えられる。もとより各国通貨の安定には良好な経済ファンダメンタルズが不可欠であるが、そのためにも貿易取引、資本取引等の対外経済関係の実態をより反映した為替制度の構築も重要になってくると考えられる。
3 アジアにおける通貨システムの安定は、アジア諸国の安定的な経済発展の基礎であり、アジアの安定は当該地域と密接な経済・政治・社会関係を有する日本にとっても重要である。


(2)


 ユーロの導入
1 ユーロは、ブレトンウッズ体制崩壊後、初めて本格的に登場したドルと並びうる通貨であると見られている。ユーロランドの経済規模は米国に比肩するものであり、中東欧やアフリカといった地域との経済的結び付きの強さや資本市場におけるシェアの高さ等を背景に、ユーロは近い将来ドルと比肩しうる基軸通貨として機能する可能性がある。
2 このようなユーロの登場により、ドル一極支配の時代から、新たな国際通貨体制を検討する時代になるのではないか、あるいは、国際取引における使用通貨の選択の見直しのきっかけとなりうるのではないかと考えられ、円の役割についても見直す良いチャンスとなっている。


(3)


 ビッグバンの進展
1 98年4月に施行された改正外為法を始め、同年12月の金融システム改革措置の大宗の実施等、いわゆる「ビッグバン」が進展している。
2 東京市場をロンドン、ニューヨークと並ぶ国際金融市場として育成し、より魅力的な市場とするためにも、円の一層の国際化が不可欠となっている。

II.円の国際化の必要性<何のための円の国際化か>

 円の国際化の必要性については、旧外為審答申においても議論がなされ、日本にとっての必要性とともに国際的側面における必要性が指摘されているが、当時においては、ドルの負担軽減という観点を念頭に置いた受動的な対応との面も否めなかった。
 しかしその後、80年代後半から90年代にかけて世界経済はそのグローバル化が益々顕著になり、国際金融市場においても、膨大で、かつ瞬時に移動する資本取引が為替相場や実体経済に大きな影響を与えるようになってきているといった環境変化が生じてきており、また前述のような円をめぐる新たな状況変化にかんがみると、円の国際化を進めていくにあたり、改めて円の国際化の必要性につき整理しておくことが重要である。
 その際、日本との経済的結びつきの深いアジアにおける通貨危機の経験やユーロの登場という最近における状況を踏まえると、円の国際化は、アジア地域の通貨・経済の安定、更に世界の通貨・経済の安定に貢献し、これがひいては日本経済の安定に寄与し日本の国益にも資するものであるとの認識のもとで進めていく必要があろう。
  1. 国際的な側面における必要性

(1)

 国際通貨体制の安定化への貢献
1 ブレトンウッズ体制が崩壊し、73年以降主要通貨はフロートになる。主要通貨に対してその価値を減価させながらも、ドルが基軸通貨として使われてきた背景には、米国の国際政治面でのリーダーとしての地位に基づく一般的なドルへの信認と、国際通貨としてのドルの利便性による慣性がより強く働いてきたと考えられる。
2 他方このような事情が、米国をして為替相場の動きに対して「ビナイン・ネグレクト」と言われるような姿勢をとることを許したことが指摘される。
3 しかし、米国は巨額の経常収支赤字を続け、世界最大の純債務国であり、現在の事実上のドル一極基軸通貨体制は危うさを常に内包している。
4 世界の3大経済地域の一端を担う欧州のユーロ及びアジアにおける主要通貨である円が、ドルを補完し、各国及び地域が節度ある経済運営を行うことにより、安定した国際通貨体制の構築に貢献することが期待される。他方、ドル、ユーロ、円といった主要通貨の変動相場制度の下では、リスク分散の観点からも、ドル、ユーロに加え、円が国際的に活用されることは望ましい。円の国際化はこうした意味で国際公共財の提供と考えることができる。


(2)


 アジア諸国の経済安定への貢献
1 アジア地域の対外経済関係を地域別に見ると、日本、米国、欧州の3地域との関係が強いが、貿易、直接投資、資本取引、経済支援等を総合的に見ると日本との関係が極めて深いと言える。今回の通貨危機の反省からアジア諸国からも円の役割を見直し、その一層の拡大を望む声がある。
2 ドル・リンクの弊害が顕在化した後、主なアジア諸国の通貨は、香港、中国、マレーシアを除きフロートしてきているが、最近における各国通貨の動きを見ると、それまでのドルとの強い相関関係が弱まる一方、円との相関関係が高まる局面も出てきている。円の国際通貨としての役割強化は、為替市場、特にアジアにおける為替市場の安定、ひいてはアジア諸国の経済の安定に資する。
3 また、国際的な取引における決済通貨としての円の使用が高まれば、欧米との間に比べれば時差の少ないアジア域内でのクロスボーダーの為替取引の決済において、決済時間のずれから生じるリスク(いわゆるヘルシュタット・リスク)の低減にも資する。
4 日本にとって重要な地域であるアジア諸国の安定的経済発展は、日本自身にとっても好ましい。
  1. 日本にとっての必要性

(1)

 東京金融・資本市場の国際金融センターとしての活性化
1 国際取引における取引通貨の多様化は、取引者(居住者、非居住者双方)に、為替リスク回避の手段を提供する。これが、金融サービスの新しい業務展開の可能性を提供し、円のマザー・マーケットである東京市場の活性化に貢献する。また、これがひいては雇用機会の創出にもつながるとの意見もあった。
2 日本の余剰貯蓄の還流が外貨で行なわざるを得ないとなると、国民の貴重な貯蓄が為替リスクに晒される。円の国際化、東京市場の活性化は日本の将来にわたっての資産保持の観点からも重要であろう。


(2)


 本邦金融機関の国際競争力の強化
1 東京市場の活性化、特にその中で円を使った国際金融ビジネスの活性化は、東京市場を本拠とする日本の金融機関のビジネス・チャンスの拡大につながる。
2 また、対外資産における円建て比率が拡大すれば、BIS基準の自己資本比率の算定上、為替レートの影響を受けにくくなるともに、外貨建ての調達リスクを低減させる。ちなみに、本邦金融機関が外貨での取引を行う場合は、円貨の場合とは違って「ラスト・リゾート」が存在しないことにも十分留意することが必要である。
3 国際金融取引における円ビジネスの拡大は、円資金への豊富なアクセスと円建て取引に関する知識と経験の面で優位にある日本の金融機関にとって、国際取引における競争力を回復・向上させる上で有力な手段となる。


(3)


 日本の企業等の為替リスクの軽減
1 本邦企業等にとって対外取引を円建て化することによる為替リスク軽減のメリットについては異論ないが、他方、外為法の抜本改正や金融技術の進展によりヘッジ手段が多様化し為替リスク回避の方策が拡大してきている国際取引の現状にかんがみると、円建て化がかえってコスト増加要因になることもある等の指摘もあった。しかしながらヘッジ自体にもコストがかかること、また、変動相場制の下、長期のあるいは大幅な為替変動に対し常にヘッジが可能とは限らないこと等にかんがみると、外貨建て取引を行うことのリスクとコストのバランスについては十分認識することが必要であろう。
2 アジア等の取引先にとっても、一部取引のドル建てから円建てへの移行は、為替変動リスク分散の観点からのメリットが考えられる。

(注)

 通貨を国際化することによるメリットとして、通貨発行益(シニョレッジ)の獲得が指摘されることがある。しかし、自国通貨が国際通貨となることによる通貨発行益は、あくまで副次的な利益と考えるべきで、これを円の国際化の目的にすることは適当ではないであろう。

III.円の国際化を進めるに当たっての課題<円の国際化のために何をなすべきか>

  1. 基本的視点

(1)

 円の国際化にはそれに伴う責任も付随する。すなわち、日本は日本経済の安定的成長、円の安定等の国際的な責務に応えていく覚悟が必要である。


(2)


 円の国際化を進めていくに当たっては、円に対する信認を向上させるとともに、円を国際的な取引で使用するに当たっての環境整備を進めることがまず不可欠である。また、それとともに実際に円を国際的に幅広く使っていくためには、これまでの円に対する意識改革を含めた官民双方の取り組み、見直しが必要であり、今後21世紀に向けて長期的に取り組んでいく課題であるとの認識も必要である。


(3)


 円の国際化を進めていく場合、当面は、日本との関係が極めて深いアジアにおいて国際通貨として円の使用の一層の広がりを図ることが現実的である。アジアが通貨危機を克服し、成長軌道に復帰する過程で活発に使われることが、円の国際的な通貨としての地位向上につながると考えられる。


(4)


 このためにも、貿易・資本取引等における実体経済面でのアジアとの結び付きを速やかに回復・拡充し、こうした取引等を通じてアジアに円が供給され、国際取引において円が流通する基盤を作っていくことが重要となる。
  1. 提言

(1)

 日本経済の安定的成長と金融システムの再建
 日本はその経済力により世界にプレゼンスを示してきており、経済の再生と健全な経済運営は円の国際化にとり必須の条件である。従って、円が国際通貨として広く受け入れられていくためには、まず何よりもその前提条件として、不良債権処理による金融システムの速やかな安定と景気の回復による日本経済に対する内外の信認回復と向上、そのための中長期的なマクロ経済バランスの回復が不可欠である。
 金融システムの速やかな安定は、日本の民間金融機関がアジア地域をはじめ海外における投融資活動を再活性化し、円の国際化の主要なプレーヤーとしての役割を果たすためにも重要である。


(2)


 円の価値の安定
 主要通貨であるドル、ユーロ、円が変動相場制下にある現在、これら通貨間の為替変動リスクは常に存在し、このリスクは他の途上国等にも及ぶ。従って、リスク分散の観点が重要になるが、その中にあっても、まず第一には、主要通貨であるドル、ユーロ、円との間での為替相場の相対的安定を図ることが、国際通貨を提供する国としての責任である。その際、国際通貨としての円の価値を安定させる政策努力が重要になる。


(3)


 アジア各国の為替制度における円の役割の見直し
1 アジアの多くの国では、通貨危機発生前の事実上ドルにペッグした制度から現在はフロート制になっているが、今後状況が落ち着いてきた段階において、新たな為替制度見直しが各国で課題となってくることが考えられる。その際には、貿易等の経済的なウェイト等を勘案した、ドル、円、ユーロ等を構成要素とする通貨バスケットとの関係が安定的になるような為替制度も1つの選択肢であり、この中でアジア通貨が円との連動性を強めていくことは望ましいと考えられる。
2 また、ユーロ登場という新たな動きを踏まえ、アジア地域における将来の通貨制度の在り方についての議論も生じてきている。アジア地域の経済的・歴史的・文化的背景は欧州とは異なり同列に論じることは現状では非現実的かもしれない。他方、アジア域内における経済的な緊密度は、現状では米州やユーロの水準には至っていないが、アセアンにおける自由貿易地域構想の推進等の動きを踏まえれば、今後域内の統合度は更に高まっていくことも考えられる。将来的なアジア域内の通貨制度はいかにあるべきかについて、域内統合の成熟状況を慎重に見守りつつ、日本としても積極的に議論に参加していくことが必要であるとの指摘があった。


(4)


 円の国際化を進めるための環境整備の推進
 円の国際化を進める上で、円の利便性を高めるとともに、安心して利用できるようなインフラの整備が必要である。先進各国でも規制緩和、市場開放が進み、国際経済・金融面でのグローバル化の中で、通貨の使い勝手の良さが通貨が国際的に使用される上での最低限の必要条件になってきている。特に非居住者にとっての円での資金運用・調達の利便性を高める環境整備が、準備通貨として、また金融・資本取引に使われる通貨として円の役割を高めるために重要である。その際、国際的な基準、慣行にも配慮した整備に留意する必要がある。
1 金融・資本市場における環境整備
.当審議会の前回答申に沿い、金融システム改革のフロントランナーとしての外為法の改正が行われ、内外資本取引の自由化、外国為替業務の完全自由化等、クロスボーダー取引の自由化は既に実施されたところである。
 また、本専門部会が平成10年11月12日に公表した「中間論点整理」においては、円の国際化を進める上で不可欠の環境整備として、短期金融市場の厚みを増すような措置や、海外の投資家が日本の国債に投資しやすくするような仕組等の必要性が特に指摘された。こうした提言に沿って、昨年末、政府は、次のような措置を含む円の国際化推進策を発表し、その後所要の法令整備等を実施している。
(イ) 平成11年4月よりFB(政府短期証券)の市中公募入札発行を開始する。
(ロ) 平成11年4月1日以後に発行され、一括登録等の一定の要件を満たすTB(短期割引国債)・FBの償還差益につき、その発行時の源泉徴収を免除し、外国法人についてはその償還差益につき原則非課税とする。
(ハ) 非居住者・外国法人が支払いを受ける利付国債の利子で、一括登録等の一定の要件を満たし、平成11年9月1日以降計算期間が開始するものにつき、源泉徴収を免除する。
(注)有価証券取引税及び取引所税は、平成11年3月31日をもって廃止する。
(ニ) 平成11年度より30年国債及び1年物TBを導入し、国債の償還年限の一層の多様化を図るとともに、平成11年1月以後発行の国債より繰上償還条項を撤廃する。
 これらは、円の国際化の観点から大きな前進であったと評価できる。
.金融・資本市場については、その利便性向上の観点から、引き続きその整備を図っていくことが重要であり、ビッグバンを一層推進していく観点からも、当面以下のような課題につき積極的に取り組んでいくことが望まれる。
(イ) 日本のレポ市場は、現在、現金担保付債券貸借という独自の形態となっているが、非居住者の参入を促す上から、有価証券取引税撤廃を踏まえ、欧米で採られている売買形態での取引を推進していくための環境整備を早急に行うべきである。
(ロ) 国債の市場金利指標性をあらゆる満期に関し向上させ、イールド・カーブの効率的な形成を一層促進することが、円資産が国際的に活用されるための必要条件であり、中期債のベンチマークとなる5年利付国債を導入すべきである。
(ハ) さらに、日本の資本市場を国際的に魅力あるものとして発展させるためには、投資家のキャッシュ・フローや金利リスクについての様々なニーズに対応するべく国債の商品性を一層多様化させることが重要であり、欧米主要国の国債市場で取引されているストリップス債(登録された利付債の元本部分と利札部分を分離し、別個の独立したゼロ・クーポン債としても保有及び販売することができる債券)についても、市場のニーズを勘案しつつ、その導入に必要な決済システムの整備や税制上の取扱い等の検討を行うべきである。
2 決済システムの改善
 決済システムは、金融・資本市場のインフラとして最近特にその重要性が指摘されてきており、欧米を始め諸外国においては、RTGS(Real Time Gross Settlement;即時グロス決済)化、DVP(Delivery versus Payment;証券資金同時決済)化、及び決済期間の短縮への積極的取り組みが行なわれてきている。とりわけ欧州においては、ユーロの導入もあり、決済インフラの改善に努めており、クロスボーダー取引の処理からも各国が整合性のとれた形の決済システムの構築を進めている。
 したがって、決済システムの整備は円の国際化の観点からも喫緊の課題であり、非居住者が安心して円資産の運用・調達をおこなっていく上で不可欠の条件と言える。具体的には、
(イ) 2000年末までのRTGS化や稼働時間の延長を目指している日銀ネットの作業を確実に実現していくことが重要である。
(ロ) CP、CDについても、DVPの実現等を目指した決済システムの整備につき検討が行われており、その早期の成果を期待したい。
(ハ) 更に、中長期的な観点からは、証券決済全般につき、より包括的な集中決済の仕組みの整備を、欧米の動向を踏まえつつ幅広く検討することも必要である。
3 その他
(イ) 中央銀行のサービス
 各国中銀が如何に公的準備として円を使うかには、日銀の提供する各国中銀へのサービスも影響する。これは、他の国際通貨を使う場合に提供されるサービスとの比較の面もあり、各国中銀のニーズを踏まえつつ、出来るだけ各国中銀に使い易いように日銀の提供するサービスの拡充を図るべきである。
(ロ) 国際商品市場
 円建て貿易取引におけるヘッジ手段を充実する観点から、日本の国際商品市場における取扱商品の拡大が必要である。
(ハ) この他、海外投資家の参入を促進していく上で、日本の会計原則や会計基準を国際的な基準との整合性を念頭に継続的に見直していくとともに、倒産法制についてもその透明性に留意しつつ幅広く整備を図っていくことが必要である。


(5)


 円を積極的に活用していくための取り組み
 実際の取引においてどのような通貨建てを選択するかは、基本的には取引当事者のニーズに応じて決まるべきものである。しかしながら、国際取引における使用通貨には一種の慣性(イナーシャ)が働く面も強くあり、現在のように内外の経済状況が大きく変わろうとしている時期に当たっては、これまでのプラクティスを見直し円の利用につき新たな角度から検討することも必要になってきていると思われる。
1 貿易取引
(イ) 官民一体となって円の国際化を進めていく上で、貿易取引等の通貨建てのあり方は特に重要である。これまで日本の貿易取引における自国通貨建て比率が主要国に比べ低い状況にとどまっていた背景は先に分析したとおりであるが、アジア通貨危機を受け、アジア諸国からも円建てでの取引への関心が高まる等貿易取引における建値通貨について見直す環境変化が生じてきている。また、前述のように円の使い勝手についても改善が図られつつある。
(注)海外からの参考人意見陳述では、アジアと日本等との取引において、必ずしも外貨建てにする必然性が無く、むしろ円建てにできる取引があった、との指摘もあった。
 このような状況の変化にもかんがみると、例えば、現在ドル建てで輸入されている資源等であっても、輸入先として日本企業の占めるウェイトが高い場合や輸入品の売上先が日本国内にほぼ限定されるような場合には、円建てで取引を行うメリットが大きい、との意見があった。これに対し、企業の決済通貨の選択は、個々の企業のマーケティングや為替管理等のストラテジーに基づき総合的に判断されるものであることを指摘する意見があった。いずれにせよ、建値通貨に伴うリスクとコストを再評価し、これまでの貿易取引における通貨建ての現状につき見直し、個々の取引における円建て取引拡大の可能性につき検討する必要性が高まっていると思われる。
(ロ) そもそも、円の国際化が進展するためは、非居住者の円保有が拡大することが必要である。そのためには、日本の円建て輸出の増加も輸出先に円保有のインセンティブを与えるという観点から重要ではあるが、特に、日本の円建て輸入の拡大が必要であろう。また、日本からの円建て負債を有している国にとっては、円建て資産を増やすことは、資産・負債間の通貨のミス・マッチを抑制する上でも有意義である。
(ハ) また、通貨危機後の経済的困難の中にあるアジア地域の円建て貿易を支援するため、貿易金融の重要性を指摘する意見があった。例えば、アジアの輸出入企業に円資金調達の手段を提供するとの観点から、円建てBA市場を再活性化させることにより、アジア地域を中心とする円建て貿易を金融面から支えることができるのではないかとの意見があった。これに対しては、現在、アジアの企業の円市場へのアクセスには困難な面はあるが、BAに伴う事務コストやBA以外の様々なリファイナンス手段が金融機関に存在していることにかんがみると、地場企業への信用供与のためにはその信用リスクを補完する仕組みが必要との指摘があった。
2資本取引
(イ) これまで日本の金融機関は、借手側のニーズもあり、対外融資の大宗を外貸資金調達に依存してきたが、邦銀の信用力の低下による外貨調達コストの増大に見られたように、このようなビジネスには外貨流動性リスクが常に伴う。また、金融システム再生に伴う海外事業の見直しにより、日本の金融機関の海外拠点は撤退、縮小の動きが続いており、これまでの海外ビジネスの在り方を見直す必要も迫られている。
 他方、資本取引においても円資金を供給していくことは、円市場の厚みを増し円の国際化を推進していく上でも、また、日本の超過貯蓄を海外へ円建てで還流する上からも、その必要性が高まっている。また、通貨危機に見舞われたその後の経済的困難に直面しているアジア諸国には資金ニーズがあり、これに日本としても積極的に応えていく必要がある。
 このような状況にかんがみると、貸し手、借り手双方がこれまでの対外資金供給の在り方を見直し、円建てでの資金供給の活用による日本の金融機関の金融仲介機能の回復・向上を図っていくことが重要である。
(ロ) 現在のアジア経済の状況、また日本の金融機関の状況にかんがみると、アジアへの円資金の供給に当たって公的支援の果たす役割は従来にも増して大きく、円借款、輸銀の融資・保証、国際機関の保証、貿易保険等の活用が重要になっている。例えば、(a)国際協力銀行のソブリン債保証業務を活用した、アジア諸国政府による円建て債発行や、(b)新宮澤構想等に基づく資金支援による円資金の供給は、円の国際化にも資するものである。
3 その他
(イ) 国際機関による円建て融資の拡大
 借入国のニーズに基づくものではあるものの、国際機関による融資は現在ドル中心になっている。国際機関の円建て融資の比重が増していけば、円市場の厚みを増すことが期待できる。
(ロ) 円建て表示の積極的、意識的活用
 従来ともすれば、特に対外的関係においては、ドル建てで考える慣習が我々自身の内部に存在してきた面がある。円の国際化を図るためには、官民ともに円を積極的に使う、円建てで対外的にもプレゼンテーションを行っていく、といった意識改革を図っていくことも重要であろう。
 国際収支につき、従来のドル建て表示の発表から円建て表示に変更したが、これはこの観点から1つのステップであった。国際支援を行う際にも、円をプロモートしていくという視点を確立していくことが必要である。

「21世紀に向けた円の国際化」一覧に戻る