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2.国際金融機関(IFIs)への提言

 IMFは、国際通貨制度の中心となって通貨危機管理の中心を担っている。また、国際開発金融機関(MDBs)は、国際資本市場への十分なアクセスがない国に対して特定のプロジェクトを中心に開発資金を供給することを中心的な役割として、その過程で各国の構造問題に深くかかわってきた。
 アジアの通貨危機では、IMF、世界銀行、ADBの3機関が協力して、危機管理に当たってきた。IMFは、通貨危機に陥った国の要請を受けて、融資の条件として、マクロ政策、為替政策、金融市場改革や産業構造改革等広範囲にわたる条件(コンディショナリティー)を課する。IMFを中心とする国際的支援パッケージには、IMFからの資金ばかりではなく、世界銀行、ADB、更に二国間の支援も含まれることが多い。世界銀行、ADBといったMDBsも、中長期的構造改革を促す観点から、金融市場改革やガバナンスの改善等についての条件を課している。こうした国際金融機関の支援体制においては、その適切な役割分担を含め、一層緊密な意思疎通を図ることが重要である。今般の通貨危機においては、例えばタイへの支援及び改革の監視に当たり、IMFはマクロ政策、銀行部門の改革、世界銀行がファイナンス・カンパニーの改革、ADBが資本市場の改革を担当した。
 通貨危機の解決に当たっては、あくまでも経済原理に基づいて合理性があり、債権者と債務者の間でバランスのとれた解決策を模索することが重要である。アドホックに特定の債権者(先進国や国際機関を含む)あるいは債務者に有利になるような解決策を模索することは避けなければならない。また、ある国の通貨危機の解決策が新たな危機につながりかねないモラル・ハザードを債権者・債務者・途上国に引き起こさないよう配慮が必要である。

(1)IMFへの提言

1予知・予防面での対応

 IMFは通貨危機の予知・予防、更にいったん危機が発生した場合にはその危機管理のための金融支援と財政金融政策の助言において中心的な役割を果たしてきたし、今後も果たすと期待される。その中で次のような課題について一層の検討が必要である。

イ.SDDSの拡充
 マクロ経済の状況や短期資本の流出入等についてのデータの的確な把握、適時の情報開示につき一層努力する必要がある。メキシコ通貨危機後導入したSDDSを拡充し、マーケットを含め関係者が的確な情報を適時に入手できるような体制作りが期待される。この点については、ネット外貨準備、対外債務(特に短期債務)、金融セクターの安定性に関する指標等のデータを新たに含めることを求める本年4月のIMF暫定委員会の提言は適切な第一歩であると考える。

ロ.IMFによるサーベイランスの透明性確保
 また、サーベイランスにおいて構造問題の一層の重視が必要であるとともに、その結果の透明性の向上が重要である。現在、IMF4条協議の概要をPINとして公表する加盟国が半数を超え、IMFの政策アドバイスの透明性向上が図られているが、4月の暫定委員会の提言にもあるように、その一層の充実が期待される。

(注)PINとは、Press Information Noticeの略。IMFは、4条協議理事会用ペーパーの要点、及び同理事会での議論の概要を各理事会終了後、PINとして公表している(公表には当該加盟国の同意が必要)。

ハ.早期警戒システムの開発促進
 早期警戒システム(Early Warning System)の開発を進めることも期待される。ただし、IMFが通常の監視作業や早期警戒システムによって通貨危機の確率が高いことを察知した場合に、IMFが警告することを公表すべきか否かは、公表そのものが危機を誘発するリスクと、他方で、公表しないことにより市場が安易な期待を継続しサステイナブルでない政策が続行されるリスク等があり、したがって慎重に判断すべきであろう。

2危機管理面での対応

 いったん通貨危機が起きた後のIMFの対応も改善の余地がある。
イ.IMFのコンディショナリティー
 IMFの支援は何よりも、支援を受ける国の政策の信認を高めるものでないといけない。支援を受ける国の信認が、いかに失われたかは、国によって異なる。したがって、コンディショナリティーも各国のマクロ経済状況やこれまでの政策の歴史によって変わってくる。
具体的には、まず、今回通貨危機にさらされたアジアの国々では、ここ10年はおおむね健全な財政運営をしてきており、これがラテン・アメリカ諸国とは違う点の1つであった。したがって、通貨危機に対する金融政策の引締め等で、景気への悪影響がある中で、財政を更に引き締める必要があったかどうか十分に検証すべきではなかろうか。
 また、インドネシアでは、コンディショナリティーに組み込まれた広範な構造問題改善策の手順・期間が性急にすぎたことで、問題を複雑にしてしまった。IMFは、コンディショナリティーの作成に当たって、当該国の経済政策の歴史や、社会的な制度・制約に配慮しつつ、市場の信認の回復に必要な内容・手順を見極める必要がある。更に、コンディショナリティーの実施が経済活動の低下及びその弱者への影響をもたらすという問題を考慮する必要がある。このためには当該国の状況を十分に把握する必要があり、当該国政府のみならず、NGO等を含む非政府部門との対話も含め、ローカル情報の収集・分析を強化することが必要である。
ロ.IMFの資金基盤の強化
 21世紀型の通貨危機では、経済の大きさや外貨準備の大きさに比して、政府・民間部門にある短期債務が巨額に上っていることが多く、IMFの支援プログラムが市場の信認を得るためには、相当な支援規模を確保する必要がある。韓国支援の際導入されたSRFは、IMFのクォータによらないファシリティーであり、まさに時宜にかなったものであった。他方、このような巨額の資金ニーズに対するIMF自身の融資原資の制約にかんがみると、IMFの資金基盤の強化が喫緊の課題であり、既に香港総会(97年9月)で合意されている第11次増資の早期発効(そのための各国における国内手続の完了)、IMFの資金流動性を増すためのNABの早期発効が望まれる。更に、従来の増資等の手段に加え、IMFが市場から直接資金調達する可能性についても検討すべきであろう。
 ハ.民間債務問題における役割
 アジアの通貨危機では民間部門の対外債務が問題となった。巨額の民間債務に対して、いったん債務不履行の可能性が出てくると民間債権者がいっせいに資金を引き上げる、あるいは外国銀行からの借入のロールオーバーが拒否される等、流動性の危機に陥る。このような場合に、債権者に対して債務返済スケジュールの調整をすることができるような仕組み、つまり債務の秩序だった返済(Orderly Workout)の実行可能な方策の検討を一層進めるべきである。この点について、4月の暫定委員会がIMF理事会に検討を求めたことを歓迎する。

3制度面での対応

イ.適切に順序づけされた資本自由化
 国内貯蓄率が先進国よりも高いアジアの途上国にとっては、資本自由化のメリットは圧倒的ではない。むしろ急激な自由化によるリスクもある。現在IMFでは、資本自由化をIMF協定に盛り込む改訂作業を行っているが、各国における資本自由化は、金融セクターの発展の程度や強度、監督体制の整備状況を勘案した適切な順序づけ(Sequencing)をもって行えるような柔軟性に配慮すべきであろう。
ロ.望ましい為替制度・卒業政策の検討
 今回の通貨危機の原因の1つは、アジア諸国が、固定相場制度を採りつつ資本の自由化を進めたことにある。経済発展の段階が進み、資本の自由化が進むとともに、固定相場制度から伸縮性のある通貨制度へ移行する政策(Exit Policy)を採らなくてはならない。IMFは、途上国にとって望ましい通貨制度とは何か、固定相場制度からどのように円滑に移行すべきか、の検討をすべきである。

(2)世界銀行・ADB等MDBsへの提言

 これまでMDBsは各国の構造改革を進めるに当たって、中心的な役割を担ってきたが、今回の通貨危機の発生原因を見ると、このような構造改革が必ずしも成功してきたとは言えない。IMFのプログラムで問題にされたインドネシアの構造問題は、世界銀行・ADB等もこれまで認識はしていたものの、十分な対応がなされなかった。

1多様な支援手法の活用

 今回の通貨危機のように大規模かつ迅速な支援を必要とし、また、危機の深刻化が経済発展、貧困問題等に大きな影響を及ぼす場合に適切な支援を行っていくことは、MDBsの本来の使命である。その意味で、世界銀行・ADBが従来にない大規模支援を行ったことは評価されるが、更に、こうした観点から、迅速な大規模支援が求められる際には、MDBsが資金の効率的使用や民間資金フロー促進のために、保証機能等多様な手法のより積極的な活用の検討が必要である。

2コンディショナリティー形成への一層の貢献

 アジアの通貨危機で表面化した金融セクターの改革等の構造問題については、MDBsの今後の貢献が大いに期待されている。これを実施するには、各国に対する中期的支援戦略である世界銀行のCASやADBのCOSSを充実させる必要があり、MDBsがこういった方向で見直し始めていることを歓迎する。その際には、各国政府のみならず、NGO等を含む非政府部門との対話を含め、各国の実状を十分に把握した上で、政策目標の明確化、実施手順等について十分な検討を行うべきである。また、IMFと連携をとりつつ、こういったMDBsの視点を、支援パッケージにより反映させていくことが望ましい。

(注)CAS及びCOSSは、Country Assistance Strategies、及びCountry Operational Strategy Studiesの略であり、各途上国に対するそれぞれ世界銀行及びADBの中期的な援助戦略を策定するための文書である。

3MDBsにおける金融セクター関連の人材拡充

 他方、世界銀行・ADBやIMFにも金融セクターの実務に精通した専門家が必ずしも十分にいるわけではない。そのため、金融セクター支援にかかわるスタッフの充実が必要であり、世界銀行におけるSFOU(Special Financial Operations Unit)の設置や、世界銀行・ADBの外部からの人材導入の動きは評価できる。ただし、その際には、単に先進国市場の知識を有しているのみならず、各国市場に精通している人材を極力登用していくべきであろう。

4金融・資本市場改革への一層の取組み

 金融セクター支援に際しては、銀行セクターのリストラクチャリングや監督基準の整備のみならず、証券市場の育成も重要である。その際、直接投資や長期資本の導入を促進するため、長期債の発行や格付、株式市場に係る取引所の在り方・取引ルール等についての助言、支援にもより積極的に目を向けるべきであろう。また、証券市場育成のために、MDBsが新興市場経済国において債券を発行することも検討に値する。

5ガバナンスへの一層の貢献

 ガバナンスの向上が、経済発展を支援する金融・資本市場の発達にも重要であるとの認識の下に、MDBsはこの分野でも一層積極的に支援すべきである。
 ガバナンス向上のためには、会計制度や競争環境の整備が不可欠であり、また、正確な企業情報の開示は税の執行と密接に関連していることから、税の執行面での環境整備も重要である。

6インフラ整備への一層の貢献

 経済発展の基盤となる、教育や通信・交通等のインフラの整備は重要であり、MDBsはこの分野でも一層積極的な支援を行うべきである。
 MDBsを中心に、投資家に対して民活政策を実施している個別国の関連政策や規制体系について信頼できる情報を提供することにより、カントリー・リスクの軽減を図ることが重要である。更に、個別国政府の民活インフラ関連政策の立案や規制体系整備に係る助言サービスや、途上国の地方政府によるインフラ・プロジェクト準備への支援について、MDBsが積極的な貢献を行っていくことも重要である。こうした観点から、世界銀行が策定した「民活インフラ促進のためのアクション・プログラム」が着実に実施されることが重要である。併せて、為替リスク回避の観点から、現地通貨建てによる資金調達を促進するために、MDBsが地場の金融・資本市場の育成に関して支援を強化することも重要である。

(注)「民活インフラ促進のためのアクション・プログラム」は、民活インフラに対する世界銀行の取組みを強化することを目的に97年9月に策定されたもの。我が国は日本特別基金を通じて同プログラムを積極的に支援している。

7地方政府やNGOを通じた支援

 世界銀行は現在準備中のタイ向け社会セクター改革プログラム融資について、政府の既存の社会開発プログラムへの支援と、地方自治体やNGOを通じた貧困削減及び社会開発プログラムへの支援を行う「2チャンネル方式」を検討している。
 社会セクターへの対応については、中央政府レベルでの対応とともに、地方政府やNGO等によるより受益者に近いレベルにおける対応も重要であることから、このような世界銀行のアプローチは評価できるものであり、MDBsが今後とも同方式に基づいた支援を行っていくことが期待される。

8危機管理体制等

 なお、世界銀行については、ストラテジック・コンパクトにより、現地事務所への権限委譲が進められているが、構造問題への対処が一方の大きな柱となる今回のような通貨危機では、対外的な調整を含め組織全体として機動的に活動できるよう、本部を中心として危機管理体制の整備と、地域事務所を通じたローカル情報の収集の強化・活用を有機的に結合させていく必要がある。


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