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第3章 アジア通貨危機の教訓を踏まえた提言

 

 今回の通貨危機をアジアが克服し、持続的成長の経路に復帰するためになすべきことは多い。また、21世紀型の通貨危機が今後再び起こらないとの保証はない。グローバルな市場の展開と自由化の流れを前提とすると、予知・予防を完全に行うことは極めて困難であるが、危機発生の確率を低める、また危機がいったん発生した場合の混乱を最小限に止めるような事前の準備を怠らないようにすることが大切である。
 第1章、第2章では、今回のアジア通貨危機の原因と特徴を整理し、更にアジア通貨危機が提起した課題を検討してきた。また、危機の様々な側面については、教訓を導くこともできた。本章では、これらの分析や教訓に基づいて、現在の危機を克服するため、また将来の危機防止のため、通貨危機に見舞われた国、あるいは今後見舞われるかもしれない国、国際金融機関、先進国、そして日本等の関係者が何をすべきか、提言していきたい。

1.新興市場経済国への提言

 資本を受け入れている新興市場経済国は、通貨危機にさらされる当事国として、あるいは将来通貨危機に陥るかもしれない当事国として、大きな責任を負う。これらの国々は、これまでの分析や教訓から明らかになったように、資本移動のリスクを最小限に抑えつつ、その便益を享受するための政策、制度作りが必要である。

(1)短期資本移動への対応

 資本、特に短期資本は、為替の変動、成長期待、金利動向、更に政治の動向により、流出入の額が大きく変化することがある。これが、今般の通貨危機につながった。したがって、危機が起こりにくくする、また危機の影響を最小限に止めるための政策が必要である。

1健全なマクロ経済運営
 短期資本の流出入は、その国の経済についての投資家の期待に大きく左右される。期待を高く、安定的に保つためには、健全なマクロ経済運営(低インフレ、財政均衡等)がまず何よりも重要である。

2経済政策の透明性・情報開示
 市場に不要な疑心暗鬼を引き起こさないようにするために、経済政策の透明性、及び、経済運営や諸経済指標のタイムリーな情報開示を高めることも必要である。

3資本流入に関するPrudential Regulation
 これらに加え、資本流入に関する健全性維持の観点からの規制(Prudential Regulation)が重要である。この規制には、国全体としてのマクロ的な健全性の観点と、借入を行う個々の金融機関(又は金融セクター全体)や企業の健全性の観点の両方が考えられる。短期資本流入がGDP比(又は外貨準備高比)で巨額に上る場合や、特定の金融機関について、ないしは金融機関全体として、外貨債務が巨額に累積するような場合には、政府は適切なリスク管理措置を採る必要がある。更に、その前提として、海外との資金移動を、民間部門の海外活動も含め監視する体制の整備が望まれる。
 リスク管理措置の例としては、短期資本が単に金利差を求めて急激に流入するような場合には、短期資金を受け入れる銀行の財務健全性確保のために、預金準備率を高めたりすること等が考えられる。
 また、資本の流入に対して一定期間の中央銀行への一部預託義務を課し実質的に短期資金流入を抑制するチリの例も参考になろう。これに加え、アルゼンチンにおけるような平時より外貨が不足する事態への対応策も有益であろう。

4適切に順序づけされた資本自由化
 また、対外資本規制の自由化の前に、国内金融・資本市場が厚く、金融機関の財務状態がショックに強いものになっていることが必要である。規制緩和の適切な順序づけ(Sequencing)が必要である。

5直接投資への規制撤廃
 短期資本への過度の依存を防ぐためには、長期的な資本の導入の障害を取り除くことも必要である。特に直接投資への規制を可能な範囲内で早期に撤廃することが必要である。

6国内資本市場等の整備
 同時に、国内外から長期的な資金の調達が容易になるように、株式市場、長期の公社債市場の整備(透明な取引ルールの確立、証券取引所の整備、決済システムの近代化、証券保管制度の確立、格付会社の本格的な育成、機関投資家の育成等)が必要となる。

(2)為替制度の在り方

 固定相場制度(特定通貨へのペッグ制)の下、国内金融政策の独立性を確保しつつ、資本移動の自由化を進めることはできないことを考えると、途上国にとって為替制度の選択は重要である。

1為替制度の弾力化
 資本の自由化を進めつつ、国内の金融政策を使う余地を確保するためには、ある時点で為替制度を弾力的なものに変えていく必要がある。経常収支へのショックが為替レートの調整により緩和される体制が望ましい。したがって、一般的には、固定相場制度を採用している新興市場経済国においては、経済発展の段階が進んだところで、固定相場制度から弾力的な通貨制度(主要貿易相手国の通貨を考慮した制度)へ移行する政策(Exit Policy)を採る必要が出てくる。ただし、アジアの幾つかの国は通貨危機に対応するため完全フロート制に移行したが、これを維持することは中長期的には、必ずしも望ましくないかもしれない。

2アジアにとって望ましい為替制度
 アジアの途上国にとって望ましい弾力的な為替制度とは、通貨の過大評価や過小評価を防ぐような伸縮性を保ちつつ、過度の変動を防ぐものである。例えば、インフレ率や貿易シェアで加重平均した「実質実効為替レート」を1つの指標として為替レートの安定を図ること、具体的には、貿易等の経済関係の強さを考慮したウェイトで構成された通貨バスケットへのリンク等が考えられる。

(3)金融セクター等構造問題への対応

 通貨危機は金融危機と表裏一体である。今回の通貨危機により悪化した金融セクター(銀行、証券会社、ノンバンク等)の財務体質を早急に強化し、更に国際資本市場から借り入れる主要産業のリスク管理を強化する必要がある。また、通貨危機により表面化した他の構造問題への対応も重要である。

1金融セクター改革と監督の強化
 まず通貨危機を防ぐためには、銀行・ノンバンクを含む金融機関の財務体質を強化し、リスク管理を徹底する必要がある。自己資本の充実や、為替リスク、金利リスク、期間構造のミスマッチ等を適切に管理しなくてはならない。また、このような金融機関の適切な経営の継続を適切に監視するための金融監督の強化も必要である。更に、金融機関の破たん処理手続や預金保険機構を整備する必要がある。

2金融セクターにかかわる人材の育成
 このような金融監督当局や金融機関等の人材育成には時間がかかるため、金融の自由化には、着実に対処しなくてはならない。ただし当然のことながら、着実な対処が自由化を遅らせる口実に使われてはいけない。

3企業セクター改革
 資金を借り入れていたのは金融機関だけではない。インドネシアのように資本自由化の進んだ国では主要な企業も国際金融・資本市場から直接、資本調達することができる。このような国では企業のリスク管理、特に外貨建て債務の管理が重要である。更に、韓国の財閥グループのように、企業と銀行が密接に関連している場合には、企業戦略が銀行の財務に影響を及ぼしてしまう。企業金融の側面を中心として、企業の経営姿勢(コーポレート・ガバナンス)の強化が必要となる。また、企業の破たん処理手続(破産法等)を整備する必要がある。

4インフラ整備と人材の育成
 新興市場経済国において、通貨・金融危機を克服するための重要な要因の1つが、産業構造の高度化、基幹産業の育成による経済成長の持続である。そのためにはインフラ整備(通信、交通等)や教育制度の改革により基幹産業に必要な技能を持つ人材の養成が重要になる。

5環境・所得分配・社会的弱者への配慮
 他方、短期的に成長率を上げるため、環境を犠牲にしたり、貧富の格差を悪化させるようでは、長期的な成長率の持続にはかえってマイナスになる。環境、所得分配や社会的弱者への配慮は不可欠である。


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