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3.今後何をすべきか

 アジア各国は通貨・金融市場の混乱を克服するため、しばらくは経済停滞を余儀なくされると思われるが、この地域は、基本的には高い貯蓄率と勤勉な質の高い労働力を有しており、潜在的な成長可能性は依然変わっていない。しかし、今回の経験を踏まえ、今後持続可能な成長経路に戻るために必要とされる課題も多い。
 今回のアジアの通貨危機は、メキシコの危機以上に、世界的にその影響が広がりを見せている。危機の伝染効果は、それがどのような要因により起きるかについて意見は分かれるものの、通貨危機に対して世界的な取組みが必要であることを示している。今後の課題を考える上で、伝染効果の重要性を認識しなくてはならない。

(1)為替制度

 今回の通貨危機では、各国の貿易相手先の実態にかかわらず、通貨をドルへ実質リンクする在り方のリスクが顕在化した。しかし他方、実質ドル・リンクの下で、その反射的効果としてASEAN各国は相互の為替レートについて相対的安定を確立してきたメリットがあり、これが域内貿易の発展の基礎として貢献してきたとも考えられる。域内相互依存関係が深まっている現在、域内通貨の相互安定の必要性は高まっている。今後アジア地域が再び発展していくには、地域において競争的な通貨切下げが起きる事態を避けねばならない。

(教訓)

 各国の経済実態に即し、国際的な為替市場の変動に対し柔軟に対応できるとともに、他方、域内経済関係の相互依存の状況にかんがみ、域内貿易、域内投資等の発展に資する安定的な制度の検討が必要である。

(2)金融セクター改革

 脆弱な金融セクターの欠陥が、今回の通貨危機の過程で各国において明らかになった。1つには、各国の金融システムを通じ、必ずしも生産的なものばかりでない不動産等の資産分野に資金配分が行われ、資産価格の低下に伴い不良債権問題が顕在化した。また、金融機関の健全性の維持・確保のためのprudential control等の監督・規制機能が必ずしも十分でなく、また、預金保険制度等の制度的枠組み作りにも立ち後れていた。
 他方、グローバリゼーションの進展の中で、各国は金融の自由化、資本市場の開放を進めてきたが、それに対して、国内の監督・規制体制の整備が追いついていなかった、すなわち、金融セクターの整備と金融自由化・資本自由化のスピード及び順序づけに問題があったのではないかと指摘されている。

(教訓)

 金融システムに、国内貯蓄と海外からの資金を生産性の高い分野へ適切に配分する機能を果たさせるよう、銀行等の金融機関の改革による金融仲介機能の強化、また、株式市場、債券市場といった資本市場の整備、その重要な参加者たる域内投資家の育成が重要である。第一義的には国内資本を育成し、これをいかに効率的に配分するかが大切との点にも留意する必要がある。
 資本市場の育成に当たっては、格付機関の役割が重要であり、アジアの実状を十分に反映できるような機関の育成にも配意する必要があろう。
 また、どのように資本の自由化を行い、外資の流入を図っていくかについては、金融セクターの発展の規模や強度、その監督・規制体制の整備状況との整合性を勘案しつつ、十分な柔軟性を持ち適切な順序づけのされた形で行っていくことが望ましい。現在検討されているIMFにおける資本移動の自由化に係る協定改正においても、この点十分留意すべきであろう。

(3)直接投資の再評価

 今回の通貨危機において、短期資金への過度の依存が問題となったが、その反省として、今後必要となる外国資本の受入れに当たっては、いかに長期資金を確保していくかが課題となる。特に直接投資は経営のノウハウ・技術移転等を通じて、経済発展にも大きく寄与する。そのような観点から、直接投資の役割を再認識する必要があるように思われる。

(教訓)

 資本移動の自由化を行っていく場合、直接投資に対する規制は、各国の個別事情を踏まえつつ、可能な限り積極的に撤廃していくことが望ましい。

(4)制度の見直し

 従来高度成長に寄与してきたと評価されてきた諸制度(輸出指向の戦略的な産業政策、政府による産業・金融システムへの介入、民間・政府間の情報共有等)が、今回の通貨危機を契機にむしろ改革すべき問題として浮上してきている。ただし、これまで各国の発展に寄与した制度全てに問題があると考えるのは行きすぎであり、それぞれの国の発展段階に応じた制度的枠組みの必要性については理解すべきである。例えば、長期的にモノづくりを育てるアジア型産業政策は評価すべきである。
 その上で、今回の通貨危機により問題となった金融セクターをはじめとする経済構造に取り組む必要があり、特に、金融セクター、企業セクターを問わず経営実態の不透明性が問題となっており、これらの改革を推進する必要がある。

(教訓)

 アジア各国の制度改革については、何よりもまず、それら改革を支える当該国の政府、国民の意識面での改革が不可欠であるとの点は強調されるべきである。その上で、各国の制度改革に深く関与してきた世界銀行・ADB等国際開発金融機関は、政策目標が必ずしも明確でなかった、あるいは、実施手順についての検討が十分ではなかった等の反省を踏まえて、今後の方策を再検討すべきである。
 更に、制度改革に当たっては、金融セクター、企業部門を通じて、会計制度、帳簿システム等の不明確さが外国資本の懸念を増幅した点にかんがみ、企業経営の近代化(コーポレート・ガバナンスの強化)が不可欠となっている点に留意すべきである。これに加え、企業や金融機関の破たん処理の手続(破産法等)を整備することも必要である。

(5)産業構造の高度化

 今般の通貨・金融混乱の背景には、それまでの急速な経済成長下、労働コストが上昇したにもかかわらず、これに対応した産業構造の転換が遅れたこと、資本財産業が未成熟であったこと等により、経常収支赤字の改善の見通しが立たなかったことがあったと指摘されている。

(教訓)

 今後、アジア各国の経済成長や得意分野に合わせた産業構造の転換・高度化が重要である。その際、必要となる人材育成を含め、国際機関、先進諸国からの協力が大きな役割を果たすことが期待される。

(6)インフラ整備(民活インフラ含む)

 これまでの高度成長の過程で、アジア、特に東南アジア地域におけるインフラ整備は着実に進められてきたが、今回の通貨危機を克服し将来の新たな発展を図っていくためには、なお一層のインフラ整備が必要となっている。しかしながら、他方で、アジア各国における財政面での制約及び先進国におけるODA資金の制約が強まっており、民活インフラの推進を含め、インフラ整備及びサービス供給に係る効率性の向上、安定性の確保の両立を目指すことが不可欠となっている。
 また、民活インフラ・プロジェクトの実施に当たっては、今回の通貨危機を通じて為替リスクへの対応の重要性が再認識されるようになっている。なお、世界銀行等のMDBsや円借款の関与がある民活インフラ・プロジェクトの実施に際しては、女性・環境・立ち退き等に関してガイドラインによる配慮がなされているが、MDBsや円借款の関与がない場合についてはかかる配慮が不十分ではないかと指摘されている。

(教訓)

 域内各国自らの資金動員とともに、各国のインフラ整備の中核を担っているMDBs、我が国の円借款、日本輸出入銀行(輸銀)融資を含めた公的資金の役割は引き続き重要であり、民活も念頭に置きつつ、政府と民間、各種の公的資金や民間資金の間の適切な役割分担を図り、今後の経済発展の基礎となるインフラ整備を着実に進めていくことが必要である。
 MDBs及び輸出信用機関については、保証機能の積極的な活用を通じて、民間資金の動員を促進する役割も期待されるが、その一方で、関係者による適切なリスク管理を可能とする政策・規制体系の整備や健全なマクロ経済運営が重要となっている。また、MDBsや円借款の関与がない民活インフラ・プロジェクトの実施に当たっては、女性・環境・立ち退き等に関し、MDBs等のガイドラインと同様の配慮がなされることが望ましい。

(7)環境問題への対応

 通貨危機以前から既にアジアでは木材の乱伐等に伴う環境悪化が少なからず指摘されており、今回の通貨下落に伴う経済混乱の中で、環境対策予算の減少、天然資源の輸出ドライブ等による環境への更なる悪影響を懸念する意見がある。

(教訓)

 国際開発金融機関による支援や我が国をはじめとする二国間の支援に当たっても、環境問題への配慮は従来以上に重要になってきている。



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