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2.通貨危機への対応における課題

 今回のアジア危機では危機の収拾に手間取り、IMFプログラムの策定後も通貨の下落が続いたり、他の国への波及が見られた。いったん通貨危機が起きた後の危機管理に問題はなかったのだろうか。IMFのコンディショナリティーについての批判もある。

(1)IMFプログラム

 国際的な資金支援を実施する際、通貨の大幅な下落を是正するため、当該国に対し経済調整政策を課すことは必要であり、その策定に当たってはIMFが中心となることも、現在の国際通貨システムから当然である。通貨危機に見舞われた3国について見ると、IMFとの合意の中で、財政・金融の引締めという伝統的なマクロ経済に関するコンディショナリティーのほか、金融制度改革をはじめとする構造改革についてもその実施が求められている(資料15・16・17参照)。しかしながら、今回の通貨危機の経緯を見ると、IMFとの合意は、少なくとも当初は通貨の下落を食い止められなかった。
 通貨危機の長期化と多くの国への伝染を受けて、これまでにないような国際金融機関批判が見られた。IMFのコンディショナリティーの内容については、財政金融の引締めの度合についての批判、産業構造問題に踏み込むべきかどうかについての批判等が挙げられる。特に、インドネシアでは、数多くの構造問題に踏み込んだコンディショナリティーが問題にされた。独占企業が多く、特定の政治勢力に優遇的な政策が多い等の、産業構造・産業政策の改革は長期的には必要であるものの、通貨危機の最中に行うだけの緊急性は明らかではない。構造問題の解決を信認回復の柱に据えたため、市場の注目がそこへ集中する中で、インドネシア政府が構造問題を迅速に解決する準備が整っていないことが明らかになって、ルピアへの信認はかえって失われてしまった。
 議論の1つのポイントは、マクロ経済の不均衡が明確ではなかったケースで、伝統的な引締め政策を実施する場合、経済状況の悪化を通じて当該国に対する市場の信認をかえって悪化させ、危機を増幅しかねない場合がある点である。特にアジア諸国は、財政は伝統的に健全であり、財政の一層の黒字化はラテン・アメリカの場合と違い、信認回復には必ずしもつながらないとの意見もある。金融引締めも、通貨の下落が続く中では必要であったとしても、過度に金利引上げを継続することは、金融セクターが脆弱な場合、事態を更に悪化させ、信認をより低下させることもありうる。
 もう1つの論点は、構造改革についてのコンディショナリティーである。構造改革は従前から世界銀行等より指摘されていたものも少なくなく、改革の必要性については異論がない。IMFが介入しなければ改革のきっかけをつかめなかったとの指摘もあり、IMFとの合意の中で構造改革にまで踏み込んだのは正しい。問題は、これらの構造問題は、その国の政治、経済、文化に深く根づいているものも少なくなく、基本的にその改革には時間を要し、かつその国民の改革への強い意志を前提とせざるを得ない点である。また、例えば、インドネシアのIMF調整プログラムにおいて預金者保護を完全に確保しないまま昨年実施した16の金融機関の閉鎖が、大規模な取付け騒ぎを引き起こしたことに見られるように、構造改革を実施する手順や期間が当該国の実状に即していない場合もあった。

(教訓)

 IMFとの合意後通貨下落がすぐに安定しなかった要因は、必ずしもIMF合意の内容によるものばかりではなかったが、IMFのコンディショナリティーをより各国の実状に即したものとするための柔軟な対応が必要であったように思われる。
 特に、構造改革については、それを通貨危機の最中にどこまで行うかのタイミングに細心の注意を払う必要があるように思われる。長期的に必要な構造改革のアジェンダと喫緊の課題である流動性危機への対応との間でアクセントをつけた対応が必要である。

(2)資金支援スキーム

 今回の通貨危機においては、資本勘定での膨大な資金の流出が起き、支援資金も膨大となった。タイ、インドネシアでは、IMFはクォータの約5倍までの資金供与を認めた。韓国のケースでは、更にアクセス・リミットの制約を伴わない補完的準備融資制度(Supplemental Reserve Facility, SRF:資料18参照)を創設しクォータの約19倍までの資金需要に対応した。
 しかし、このような異例の対応にもかかわらず、各国の資金需要を充たせず、日米やアジア域内の諸国がIMFを補完する形で資金協力するスキームが必要となった(資料19参照)。

(教訓)

 通貨危機に陥った国に対し資金支援を行っていく場合、現在の国際通貨制度の下では、IMFがその中心的役割を担っていく必要があるが、資本勘定の危機は一時に大量の資金移動を伴い、これまでのIMFを中心とする国際金融機関の枠組みでの対応では資金面で十分ではなかった。IMFを補完しながら地域内の諸国や先進国を含む国際的な協力体制の構築が必要不可欠になっている。
 他方、中心的役割を担うIMFにおいては、このような膨大な資金を必要とする新たな型の通貨危機に対応していくため、その資金基盤の充実が急務となっている。
 また、世界銀行、ADB等の国際開発金融機関においても、中長期的な構造改革を支援するとの役割と今回の危機に伴う流動性支援を両立する観点から、新たな支援形態の検討を行う必要がある。

(3)民間セクターのバードン・シェアリング

 民間部門での債権・債務が今回の通貨危機では大きな役割を演じ、それへの対応が問題となっている。その際、当該国、国際機関、関係各国が公的に支援を行うとしても、民間債務者のモラル・ハザードを防ぐためには、民間セクター(借り手と貸し手の双方)にも相応の負担を負わせるべきではないかとの問題が提起されている。ただ、同じ民間セクターでも、債務者が銀行部門である場合は、債務者が企業部門である場合と異なり、システミック・リスクが顕在化することにより国内経済に大きい影響をもたらす点に留意する必要があろう。
 民間セクターに負担を負わせるとなった場合に問題となるのは、現状、民間債務者、債権者間でこの処理を行おうとするとケース・バイ・ケースで行わざるを得ないため時間がかかり、処理に手間取っている間に通貨の混乱がますます深刻化するリスクがある点である。

(教訓)

 民間の債権債務問題についても調整役として国際機関が関与する、あるいは問題処理の何らかの一般ルールをあらかじめ検討しておく必要性がある。

(4)回復のかぎとなる輸出部門への支援

 通貨危機に見舞われたアジア諸国では、総じて企業の金融機関への依存が強いため、通貨・金融市場の混乱、それによる金融機関の体力低下により、現地輸出関連企業の資金繰りが悪化している。現地の金融機関は国際的信用を失い、L/Cも開設できず、原材料あるいは中間財・資本財の輸入すら支障をきたす事態が生まれているところがある。こうした状況に対応し、例えばタイ・インドネシアについて、日本をはじめとする先進国・域内諸国が貿易金融の円滑化のための金融支援を表明している。

(教訓)

 貿易金融が縮小すると、今後の経済回復の要となるべき輸出が阻害されることとなるため、こうした場合にいかにして貿易金融を補完するかを考える必要がある。

(5)社会的弱者に対する手当て

 通貨・金融市場の混乱、経済調整政策の実施により経済停滞が不可避的に生じており、それにより、失業者が増大している等社会的弱者に最も大きな被害が及んでいる。タイ・インドネシア・韓国向けIMF経済調整プログラムにおいては、その見直しを通じ、社会的セーフティーネットの重要性が意識され、人道的な支出を確保するため弾力的な対応が採られるようになってきた(失業者保険の拡充や、食糧・燃料等に係る補助金の増加等)。通貨危機により、まず直接的に影響を受けるこれら社会的弱者への救済措置(社会的セーフティーネット)の手当てが不可欠となっている。

(教訓)

 各国政府はもとより、国際機関等もプログラム実施において社会的弱者に着目した融資を実施する等により、貧困等の構造問題に積極的に取り組んでいく必要がある。



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