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2.今次通貨危機の特徴

 

 

 今回のアジアにおける通貨危機を振り返ってみると、以上見てきたように各国それぞれの事情は必ずしも同一ではなく、特に、通貨混乱の程度が大きくIMFを中心とする国際的な支援を仰がねばならなかったタイ、インドネシア、韓国については、通貨危機発生の背景に大きな違いがある。しかしながら、80年代の中南米における債務問題、94年から95年にかけてのメキシコ・ペソ危機からの波及(テキーラ効果)はアジアにおいては極めて軽微に終わったにもかかわらず、タイ一国に発した危機が瞬く間にアジア全域に広がった状況を見ると、以下のような点が今回の危機の特色として指摘できる。

(1)為替制度の硬直性

 通貨・金融市場の混乱に見舞われたアジア、特に東南アジアの多くの国では、程度に差はあれ、実質ドル・リンクの下で為替の安定を図ってきた。しかし、各国の貿易相手先の実態にかかわらず通貨をドルへリンクすることのリスクが今回の危機において顕在化したものと見ることができる。すなわち、95年以降のドル高推移の中で各国の実質実効為替レートが上昇し、各国の輸出品の競争力が減退する懸念が生じていたのである。
 また、このように各国通貨が実質ドルにリンクする制度の下で、貿易面のみならず金融面でもドルに過度に依存する経済体質(債務がドル建てになる)となり、いったんドル・リンクが崩れ自国通貨が減価すると実体経済にも多大の影響を与えることとなった。

(2)短期の資本の急激な流出

 今回のアジア通貨危機は94年のメキシコ・ペソ危機とともに、短期資本の急激な流出を特徴としている。ただ、そのかかわり方は、一様ではない。通貨危機の発端となったタイでは、経常収支赤字が持続不可能なほど大きくなっていたが、「伝染」した各国について見ると、経常収支赤字に由来する伝統的な危機ではなく、信認の急速な低下による外貨資金(特に短期資金)の流出という資本勘定の問題であった。この意味で、今回の通貨危機は「21世紀型」の危機と言われる。
 国際金融協会(IIF)の推計によると、ASEAN4ヶ国と韓国を加えた5ヶ国への資金の流れを見ると、96年にはネットで930億ドルの民間資金フローがあったが(うち貸付は740億ドル)、97年には一転して121億ドルのネット流出(うち貸付は76億ドルのネット流出)となっており、この2年間で差し引き1,000億ドルを超える(貸付だけでも800億ドル超)資金フローの逆転が生じていた。
 資本移動の自由化、グローバリゼーションの進展を背景に、マーケットのパーセプションが変わると一挙に資金フローが逆転し、時としてオーバーシュートするが、その際短期性外資への依存度が高い場合には、通貨下落による債務負担の増大から実体経済が悪化し自己実現的に通貨危機が深刻化した。また、マーケットのパーセプションの変化が一国に止まらなかったことも「伝染」が生じた一因であろう。

(3)民間部門の債務が問題の中心

 今次通貨危機において特に問題になったのは民間部門の短期対外借入であった(資料10参照)。韓国では国内銀行の対外債務のロールオーバー、インドネシアではドルの増価により一挙に債務負担が増大した企業の債務返済が最大の問題となった。問題の所在がそのような民間債務にある場合、そもそも外国資本はハイリスク・ハイリターンで投資を行ってきたわけであり、その債権債務関係は基本的には民間当事者間で処理すべき事柄である。しかし、通貨が一種のバンドワゴン効果で急激に下落し、資金の流出が一方的になった場合、それは個々の民間債務者の問題を超えてその国の信認の問題となる。特に銀行部門が債務者である場合、システミック・リスクが顕在化するおそれがある。こうしたことから、民間債権債務の問題であっても、公的関与の必要性が生じてきた。

(4)民間金融セクターの脆弱性

 通貨危機が深刻になった国について見ると、脆弱な金融セクターを通じた資金配分の誤りが、その背景として一般的に見られるところである。生産性の向上につながらない不動産部門への過剰投資や、需要見通しを無視した、あるいは採算性につき疑問のある過剰な設備投資等の問題点が指摘されている。また、各国ともその経済成長を達成していく過程で、資本移動の自由化を背景に、90年代以降、直接投資に加え短期の海外からの銀行ローンにも大きく依存するようになり(資料11参照)、特に最近欧州の銀行からのローンが急増した(資料12参照)が、銀行制度、金融・資本市場の成熟前に自由化が先行し、外的ショックを被った時それを吸収するだけの余裕が制度に備わっていなかった。
 更に、金融セクターの脆弱性の他の側面としては、一般的な人材不足、及びその透明性や政治との癒着等の問題があったのではないかとの指摘もある。

(5)調整政策の内容と社会的弱者への対応

 通貨危機発生により、IMFの調整プログラムを受け入れた国もそこまでに至らない国も、当面の通貨下落への対応から、緊縮政策の採用、その結果としての信用収縮等を余儀なくされており、成長の急速な鈍化が予想されている。
 この成長率の急速な低下が、倒産の増大、不良債権の拡大、失業者の大量発生をもたらしている。タイやインドネシアでは、安い労働力として軽工業の輸出産業で働いていた女性に失業が集中しており、また農村部では、失業者の帰郷により土地なき農民人口が増えているばかりでなく、農業自体も輸入に依存してきた肥料・農薬・農機具等が値上がりし経営の悪化といった問題をもたらしていると言われる。


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