このページの本文へ移動

「財政投融資の抜本的改革について」の概要

「財政投融資の抜本的改革について」の概要
(資金運用審議会懇談会とりまとめ)
平成9年11月





1.はじめに



 資金運用審議会懇談会は、本年7月に座長談話をとりまとめた後、さらなる検討を進め
てきたが、ここに以下のとおり、財政投融資の抜本的改革についての意見のとりまとめを
行った。


2.財政投融資がこれまで果たしてきた役割と問題点



 (1)  財政投融資は、国内の貯蓄を社会資本整備等に効率的に活用する財政政策手段とし
    て、我が国の経済発展に貢献してきた。

 (2)  経済全体の成熟化、市場機構の整備に伴い、民間部門の対応力が向上していること
    から、政府の役割の見直し、財政投融資の仕組みについての抜本的な見直しが必要で
    ある。財政投融資について改めて整理すると、1社会資本などの提供、2外部経済等
    への対応、3長期・固定資金の供給による民間金融市場の補完、といった機能がある
    と考えられる。

 (3)  公的資金の統合運用を柱とする現行の財政投融資の仕組みにおいては、1資金調達
    面では、資金の受動性からくる財政投融資の規模の肥大化等の問題点、金利設定面の
    問題点、2資金運用面では、財政規律面の問題点、長期・固定金利に伴う問題点、が
    指摘されている。
      このような問題点は、財政投融資の部分的見直しでは解決できないものが多く、制
    度・運営の全般にわたる財政投融資の抜本的改革が是非とも必要である。



3.改革の基本理念と方向


 (1)  財政政策の中で有償資金の活用が適切な分野に対応するという財政投融資の基本的
    な役割、必要性は将来においても残るが、その具体的役割は、社会経済情勢の変化等
    に応じて変わっていくことが必要である。
      今後の財政投融資の対象分野・事業については、官民活動の分担のあり方を精査し
    つつ、厳格に限定していくべきであり、民業補完を徹底し、償還確実性の精査、コス
    トとベネフィットの十分な比較などを行うことにより、財政投融資のスリム化に積極
    的に取り組む必要がある。

 (2)  財政投融資の対象分野・事業の面での改革を徹底するためには、資金調達の面にお
    いても、従来のように、受動的に集まった資金を一元的に管理・運用している現状に
    ついて見直しを行う必要があると考えられる。
      その際、1必要な額だけを能動的に調達すること、2市場と完全に連動した条件で
    最も効率的に調達すること、3金利リスクを適切に管理できるようにすること、とす
    べきである。


4.対象分野・事業の見直し


 (1)  1住宅、2中小企業、3農林水産業、4社会資本、5環境、6産業・技術、7国際
    協力、8地方、といった財政投融資の対象分野については、それぞれについて不断の
    見直しを行う必要がある。(個別分野の見直しの内容については本文を参照。)
      21世紀の少子・高齢化社会の進展等に対応し、医療・福祉、教育等、有償資金の
    活用が期待される分野が存在することに留意する必要がある。
      特殊法人等の整理合理化に関して本年行われた累次の閣議決定については、財政投
    融資編成の中で的確に対応する必要がある。

 (2)  政策金融については、今後、金融システム改革の進展に伴い、民間金融機関の役割
    ・機能が拡大していく中で、民業補完という使命に立ち、その必要性が薄くなったも
    の、あるいは民間金融機関が十分対応できるようになっているものは除外していくな
    ど不断の見直しを進めていく必要がある。
      今後、各政府系金融機関においては、保証機能の活用や貸付債権の証券化などを進
    めることにより、政策金融のスリム化に努めるべきである。


5.コスト分析手法の導入、充実



 (1)  今後の財政投融資の運営に際しては、国民負担に関する情報のディスクロージャー
    や財政の健全性を確保する観点から、コストの定量的な把握、公表を行っていくこと
    により、適切な審査、政策判断を行っていく必要がある。

 (2)  米国では、「1990年信用改革法」において、1992年予算から融資と保証の
    コスト計算を示すことが連邦各機関に対して義務付けられており、データの制約など
    実務上の問題の多さがなお指摘されているところではあるが、国民負担に関する情報
    のディスクロージャーと財政の健全化につながるものと理解されている。

 (3)  我が国において、事業の採択に当たり、将来生ずると考えられる税負担についてあ
    らかじめ定量的な分析を行うというコスト分析の具体的な手法としては、各財政投融
    資対象機関において利子補給等の将来コストのキャッシュフロー等を予測し、これに
    ついて割引現在価値化を行っていくことが考えられるところであり、可能なものから
    段階的に導入し、充実させていくことが重要である。


6.市場原理との調和の推進


 (1)  貸付金利については、民業補完を徹底しつつ、将来の償還に対するコスト負担意識
    の低下等を是正していくため、対象事業の性格等を踏まえ、基本的には貸付期間に応
    じ市場金利を基準として設定すべきである。

 (2)  今後の資金調達に当たっては、市場と完全に連動した条件で調達することが必要で
    ある。


7.資金調達のあり方



 (1)  現行の郵便貯金及び年金積立金の預託義務制度の下では、出口の所要資金量と入口
    の資金量とが切り離されているため、市場原理と財政規律が必ずしも十分に機能して
    いない状況にある。出口における財政規律を強化するためにも、入口の資金調達段階
    での財政規律が必要であり、郵便貯金及び年金積立金については、現行の預託義務を
    廃止し、財政投融資の資金調達については、その今後のあり方にふさわしい新たな仕
    組みを導入する必要がある。

 (2)  今後の財政投融資の資金調達のあり方としては、
    1  財投機関債(政府保証のない特殊法人債券)
    2  政府保証債(政府保証のある特殊法人債券)
    3  財投債(国の信用で市場原理に基づいて一括調達する債券)
    が考えられるが、それぞれの方式について意義と問題点を検討した。

 (3)  当懇談会においては、今後の財政投融資の資金調達について、財投機関債を基本に
    据えるべきであるという考え方と財投債を基本に据えるべきであるという考え方の両
    論が存在し、それぞれの立場から活発に議論が行われた。結局のところ、この問題は、
    財政投融資の対象分野・事業の見直しを行うに際し、市場原理による淘汰と、民主主
    義のプロセスに基づいた政治の決断のどちらにより信頼を置くかという価値観の相違
    によるところが大きく、その溝は容易には埋められなかった。

    1  財投機関債を基本に据えるべきであるという考え方の論拠を整理すると、次のと
      おりである。
        特殊法人等の様々な事業に対し、本来行われるべきである民主主義のプロセスに
      よる厳しいチェックを期待することは現実にはなかなか困難であるので、特殊法人
      等に財投機関債を発行させ、その財務に対する市場の評価を受けさせることにより、
      効率性の悪い機関を浮かび上がらせ、特殊法人等の運営効率化へのインセンティブ
      を与え、さらには非効率な機関の淘汰を図り、特殊法人等の改革を実現する。その
      意味から、特殊法人等については、政府保証も「暗黙の政府保証」もない財投機関
      債を発行し、自力で市場から資金調達を行うこととすべきである。

    2  他方、財投債を基本に据えるべきであるという考え方の論拠を整理すると、次の
      とおりである。
        本来、財政投融資の対象分野・事業については、不断の見直しを進め、最終的に
      は民主主義のプロセスに基づいた政治の決断によるべきであり、こうした民主主義
      のチェックを経た特殊法人等の事業については、国民がその政策を必要であると判
      断した以上、その資金需要を国の信用で市場原理に基づいて一括して調達すること
      によって国民の負担を最小とするよう努力することは政府の責務であるといえる。
      その意味から、特殊法人等の真に必要な政策分野に対する資金調達は財投債による
      べきである。

        この問題に関する当懇談会での議論が次第に深められていく中で、財政投融資の
      今後の資金調達について、財投機関債と財投債のどちらに重点を置いて考えるかの
      差は大きなものがあるが、いずれにしても、その一方だけで対応すべきであるとい
      う見解は次第に少なくなり、財投機関債と財投債の両者を併用すべきであるという
      ことについては大方の一致をみた。

 (4)  このような議論の経過を踏まえ、財政投融資の今後の資金調達について、大方の意
    見を整理すると、次のようになる。

    1  現在財政投融資の対象となっている各機関の資金調達に当たっては、各機関及び
      所管官庁において、当該事業を実施するために必要な額の範囲で財投機関債を発行
      することができるかどうかについて検討することが必要である。その際、財政負担
      が増大することのないよう留意する必要がある。
        ただし、「暗黙の政府保証」に依存した安易な財投機関債の発行が行われること
      は不適当であるので、現実に財投機関債の発行を行うためには、財投機関債発行法
      人等についての破綻及びその処理の仕組みの法的整備、補給金の取扱い、ディスク
      ロージャーの取扱いといった点に関し、市場の評価が適切に行われるための条件整
      備を進めておく必要がある。
        なお、財政投融資の対象となっている機関が政府保証のない債券を発行するに当
      たっては、いわゆるレベニュー債券やアセットバック債券を発行することについて、
      積極的に検討すべきである。

    2  財投機関債による資金調達では当該政策分野に必要な資金需要を満たすことがで
      きない機関又は資金調達コストが大幅に上昇してしまう機関に対しては、その政策
      が必要であると判断する以上、そのための資金を安定的に供給することは政府の責
      務である。その際、国民の負担を最小とする観点から、政府が資金の調達量と年限
      を能動的に決定し、国の信用で市場原理に基づいて一括調達する方式である財投債
      を導入することが必要である。財投債の導入は、今後の財政投融資が市場原理とよ
      り一層調和した資金調達を行っていくという観点からも重要な手段である。
        財投債については、法制面等の具体的な検討が政府において今後進められる必要
      がある。その際、財投債が安易に発行され、財政投融資の規模が肥大化することの
      ないよう、各年度の財投債の発行額について国会の議決対象とするほか、適切な歯
      止め措置について真剣に検討することが極めて重要である。


    3  政府保証債については、政府の保証に基づいた個別の機関の資金調達が安易に行
      われることを避けるため、できる限り抑制する方向で対応すべきである。
        しかしながら、直ちに政府保証なしで財投機関債を発行することが困難な機関に
      ついては、経営基盤の強化を図り、政府保証のない債券の発行ができるようになる
      までの過渡的な期間において、個別に厳格な審査を経た上でその債券に政府保証を
      付すことも考えられる。
        また、政府保証なしで財投機関債を発行することが困難な機関について、例えば
      当該機関の行う事業について受益者からの負担金の支払いを受けるまでの間の資金
      繰りのため発行される債券に政府保証を付す場合や、財投債の発行による政府から
      の資金調達の補完としてALM上の必要性からある程度の政府保証債を限定的に発
      行する場合等についても、個別に厳格な審査を経ることは当然の前提として、やむ
      を得ないものと考えられる。

 (5)  郵便貯金及び年金積立金について現行の預託義務を廃止する場合、それまでに行わ
    れた貸付を満期まで継続しつつ預託者への満期償還を履行するために必要な資金を確
    実に調達する手段としての財投債が必要である。
      財政投融資には極めて大きな融資残高を保有しているという特徴があるため、制度
    の改革に当たっては、資金運用部等の資産・負債管理に対して金融的なリスクが生ず
    ること等を避けながら、適切な経過措置を講ずるなど円滑な実施を図らなければなら
    ない。


8.自主運用のあり方



 (1)  郵便貯金及び年金積立金の自主運用については、結果として納税者の負担となるよ
    うな仕組みは是認できるものではなく、郵便貯金及び年金積立金が公的資金である限
    り、運用責任の所在を明確にすることに加え、安全・確実な運用を基本とすべきであ
    る。
      また、自主運用に際しては、民間金融市場に与える影響にも十分な配慮を行い、市
    場原理に則した運用とすることが不可欠である。
      仮に郵便貯金等の公的資金が特殊法人等へ市場を通さない形での資金供給を行うこ
    ととなれば、それは第二、第三の財政投融資を新たに作り出すことにほかならないも
    のであり、そういったことがあってはならない。

 (2)  郵便貯金の自主運用については、運用の失敗が結果としての国民負担につながるこ
    とのないよう、独立採算の事業である郵便貯金事業の責任において対応する仕組みが
    必要である。

 (3)  年金積立金の自主運用については、期待した運用収益が上がらなかったり損失が生
    じたりすれば、年金の給付水準の引下げ又は保険料の引上げといった形で年金加入者
    が負担することにならざるを得ないことから、運用リスクをとることについては慎重
    でなければならない。


9.財政投融資の持続的改革に向けて



 (1)  以上の財政投融資の改革案により抜本的な改革を行ったとしても、財政投融資を取
    り巻く社会経済情勢は今後とも変化するものであるので、改革を継続していくことが
    重要である。

 (2)  特殊法人等について将来にわたる規律の確保策が確立されることが、今後の財政投
    融資の必要性・役割が厳格に評価され、持続的な改革が行われていくためにも必要で
    あり、具体的には、特殊法人等の事業活動等について、定期的に客観的な評価・監視
    を行う仕組みが確立されることが望ましいと考えられる。
      そうした評価に向けての試みは、政策決定の透明性を高めるとともに、財政投融資
    の出口に当たる特殊法人等のみならず、財政投融資全体に対する規律の確保に資する
    ものとして有効であると考えられる。
      また、特殊法人等については、国民に分かりやすい形での一層のディスクロージャ
    ーを推進する必要がある。



[次に進む]

[「財政投融資の抜本的改革について」目次に戻る]